陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十章・第四節〕

 敵は一定の組織的な行動を取っているものの、やはり統率がとれている訳では無い様だ。

環礁に接近するに当たっては敵が一塊のままで味方を待ち受けられると非常に都合が悪いため、妙高の率いる隊が敵に揺さ振りを掛けて分断を図る事にはなっていたが、事前に具体的な策を絞り込んでいた訳ではなかった。

とは言え赤城が刻々と状況を報告してくれるので、それを基に臨機応変な判断を下していく事は妙高にとって大して苦になる話しでも無く、敵の様子を観察しながら自在に作戦を組み立てることは十分可能だ。

そもそも高速で移動可能なサラトガや酒匂・駆逐艦に比べると長門とアーカンソーの船足は遅く、そこに付け込む隙があることは仲間達とも既に確認済みだった。

実際に敵に対峙して見て動きに纏まりの悪さを感じ取った妙高は、北西側から環礁内に進入すると見せ掛けて有効射程ぎりぎり迄接近して見せた後に、急に転針して環礁に沿って最大戦速で東進し始める。

もちろん正面から接敵しそうになったのを土壇場で回避して迂回し様としていると思わせる為だったが、それはまんまと図に当たり、敵の内三隻が妙高達を同じ速度で追尾し始めたのだ。

 

(ふん、随分と張り合いの無いこと♪)

 

この時点で取り残された方の三隻に少なくとも長門とアーカンソーがいる事は確実になったが、その様子を逐一窺っていたらしい陸奥隊が、これ以上は無いと言う間合いで反対方向から環礁に接近し始めたと赤城が報告してくれる。

 

(さすが陸奥さん、良い呼吸だわ)

 

しかしこれで全て懸念が無くなった訳ではない。

普通に考えれば長門ら二隻と一緒にいるのは駆逐艦だろうと思われるが、それが酒匂である可能性は否定出来ないからだ。

こうして敵に回すことになるとそれがどれ程危険な事なのか改めて思い知るが、酒匂は八射線の九三式魚雷を持っていた。

その厄介な代物と長門の四十一糎砲による攻撃とを同時に受け止める事になった場合、陸奥隊が無事に生還する為にはかなりの幸運が必要になるだろう。

 

(やっぱり確認しておく必要がありそうね)

 

ここはもう一芝居打って、誘いを掛けて見た方が良さそうだ。

そう結論付けた妙高は仲間達に向かって声を上げる。

「高雄ちゃんは私と一緒に敵に接近するわよ? 赤城さんと朧ちゃんは、そのまま距離を保って現針を維持して下さい!」

「了解です!」

 

すーっと接近してきた高雄に更に追加の指示を与える。

「私の後方二〇〇を保ちながら、距離一六〇〇〇まで接近します! それ以上は近づかない様に注意して⁉ 射撃はお互いに個射で、間合いは全て任せます!」

「判りました!」

間髪を入れずにそう応じた彼女は、滑らかに後方に下がると妙高の動きにぴたりと追随して来る。

 

(戦場ではそれなりに頼もしいのにね♪)

 

陸の上に上がった高雄は、何がそこ迄気に入ったものか判らないが渡来仁が隊にやって来る度に彼の事で頭が一杯になってしまう残念な娘になる。

だが、どう考えても彼女が陸奥を出し抜いて彼の心を射止められるとは思えないし、恐らくはあの少々いけ好かない塔原と言う人間の女にも勝てないだろう。

 

(まぁ気の済む様にさせとくしか無いかしら?)

 

そんな事を考えている内にあっという間に距離が詰まって来たので、改めて敵を測距儀に捉えて射撃の準備に掛かるが、その時頭の中に黒い稲光の様なものが閃く。

 

(何が起きたの?)

 

顔を上げた妙高の(艦娘としての)目に、奇妙な陽炎の様なものが飛び込んで来る。

それは三つあり、自分達をやや通り過ぎた後方の海面に落下して行く。

ズズーンと言う弾着音と共に水柱が上がり、それが砲弾だったことがはっきりと判るが、それを高雄と確認し合う間も無く更に三つの陽炎が飛来し同じ様に水柱を上げた。

 

(弾が見えるだなんて――でも、とにかくこれで充分だわ)

 

そう思った妙高が腕を振り上げてくるくる回しながら再び敵から距離を置き始めると、高雄が滑るように接近して来るなり昂った調子で問い掛けて来る。

「一体どういう事なんでしょう⁉ 妙高さんにも見えましたか?」

「ええ、どうやら弾が近付いて来たら見えるみたいね。とにかく一旦下がって赤城さん達と合流しましょう」

そう言って敵の砲撃が追い掛けて来る中を更に下がって行き、間もなく二人と合流すると赤城が開口一番に報告してくれる。

「敵が一隻突出して来ている様です。他の二隻は余り距離を詰めて来ていませんね、どうしますか?」

「その一隻が恐らく酒匂さんです。私に考えがありますので、全員現速現針のまま集まって下さい」

 

妙高が説明しているその最中にも、かなり近くに複数の弾着がある。

酒匂が撃ち気に逸ってくれている内に次の行動を起こさねばならない。

「――以上です、判りましたか?」

「良く判りましたけど――妙高さんが単艦で行動するのは危険なのではないでしょうか?」

「もちろん危険は承知の上です。それでも、誤って酒匂さんを轟沈させたりするよりは遥かにましだと思ってるの」

そう答えると、朧はまだ心配そうにしながらも頷いて見せる。

「それじゃ早速行動に移りましょう! とにかく、暫くは敵弾を躱すことに集中して下さい!」

「はい!」

 

四人は適当な間隔を保ちながら急速に環礁に接近するが、やがて酒匂以外が放ったと思しき敵弾も飛来し始める。

環礁を間に挟んではいるものの既にかなりの近距離にいる酒匂をほぼ無視して、それより遠方にいるサラトガと駆逐艦と思しき敵に砲撃を集中する。

そうしながら四人は更に環礁に接近し、間もなく前方に見えて来た椰子などが生い茂る小島を目指す。

そしてその脇を通過する刹那、妙高だけが急減速して波打ち際に滑り込み、そのまま小島に上陸する。

茂みに走り込む時、もし人間と鉢合わせしたら――と一瞬想像してみるが、航海初日に斑駒(父)から環礁にいた数名の人間は一時的に退避していると説明を受けたのを思い出して苦笑する。

茂みを抜けて様子を窺うと、既に酒匂であろう白っぽい人影は肉眼で辛うじて見える程に小さくなっていた。

 

(行くわよ酒匂さん⁉)

 

素早く波打ち際を離れると、蘇った艦娘としての知覚が酒匂の後ろ姿をはっきり捉える。

躊躇う事無くその後ろ姿に狙いを定めると一番砲塔の斉射、そして僅かに指向修正をした二番砲塔の斉射を続けて浴びせ、自身は微妙に転針して弾着を待つ。

 

(――三、二、一、今!)

 

妙高の予想通り酒匂は弾着直前に気が付き、こちらを振り返りざま何とかその二斉射を躱したが、もちろんそれは織り込み済みだ。

態勢を崩してがっくり速度が落ちた酒匂に向かって既に装弾済みの三番砲塔以後の斉射を続けざまに放ち、更にほんの少しだけ間合いをずらして高角砲の片舷斉射をも念の為に浴びせる。

距離が詰まっているため弾着までの時間もごく短く、体勢を崩した彼女がそれらを全弾避け切れるとは考え難かった。

 

(魚雷は⁉)

 

高速で航行している為に水測兵器が使えない。

まさかこんな形で九三式魚雷と言う兵器の恐ろしさを意識する事になろうとは予想だにしなかったが、どうやら酒匂には僅かな間隙を縫って魚雷を放つ余裕は無かった様で、反撃は全主砲の斉発が一度だけだった。

相変わらず不可思議な陽炎の様なそれがひゅんと風を切る様に傍らを掠めて行くのと同時に激しい衝撃が酒匂を吹き飛ばし、もんどり打って海面上を跳ねごろごろと転がる。

 

(私が行く迄沈んじゃ厭よ!)

 

最大戦速で彼女の許に走るが、その数分がとても長く感じられる。

が、幸いどうやら沈ませずに済んだ様で、肉眼ではっきり見える所迄接近すると、海面上にうずくまる様にして体を丸めている華奢な姿がそこにあった。

警戒しながら近づくが既に戦意を喪失しているらしく、すぐ傍迄近寄っても顔を上げようとしない。

姿形は自分達とそっくりだが、死体よりも更に不気味な青白い肌をして、雪の様に真っ白な髪はごく短めだ。

 

「酒匂さんですね?」

妙高が声を掛けると、不安気に上げたその顔には血の様に赤い瞳があった。

 

「ダレ?」

くぐもった様な作り物めいたその声は、それでもどこか幼さを感じさせる。

 

「一等巡洋艦の妙高です。本土に戻る事が出来ずにシンガポールで終戦を迎えたんですよ、聞いた事ないかしら?」

「シラナイ――ミョウコウ、シンガポール――ミョウコウ――シンガポール――シンガポール――――」

 

やはり駄目かと思いかけたその時、酒匂がその生気のない青白い顔をパッと輝かせる。

「シンガポール! ミョウコウ! タカオ! カミカゼ!」

「思い出してくれたんですね⁉ そうですその妙高です! 高雄さんも一緒ですよ⁉」

「ミョウコウ、タカオモイッショ――ナニシニキタ? ナゼキタ?」

「貴方に、日本に帰って来て貰いたくて迎えに来たんですよ」

 

日本という言葉を口にした途端、酒匂は俯きながら視線を逸らして自分の膝をきゅっと抱き締める。

 

「ニッポンキライ――ニッポンイカナイ、イヤ……」

 

「なぜ、日本が嫌いなんですか?」

そう尋ねて見ると、彼女はきっと眼差しを上げる。

血の様に赤いその瞳の奥に、どす黒い炎が燃え立つのがはっきりと見てとれた。

 

「ニッポン、サカワステタ!

 ベイテイ、サカワツレテッタ!

 ニッポン、ダレモコナイ!

 マッシロナヒカリ――

 アツイアツイヒカリ、サカワヤカレタ――――

 アツカッタノニ、コワカッタノニ――――

 サカワステタ!

 ニッポンステタ――

 ダカラキライ――

 キライ…………」

 

彼女は小さく震えていた。

 

見捨てられたと言う怒り、悲しみ、不安、恐怖――

それらに打ちのめされるその姿は、異形ではありながらも却って人間に近く見える。

 

そっと膝をついた妙高は、震えるその手に自分の手を重ね合わせる。

 

「私も、捨てられたんですよ」

 

「ミョウコウモ? ニッポン、ミョウコウステタノカ?」

「はい。降伏した帝国海軍は、私を憎い英軍に引き渡したんです。私は英軍の命令でマラッカ海峡に沈められました。私はまだ戦えたのに――まだ、船として日本の役に立つことも出来たのに――」

 

「ニッポン、ミョウコウステタノニ、ミョウコウ、ナゼニッポンスキカ? ナゼ?」

「別に、好きじゃありませんよ」

 

「――――ジャア、ナゼ?」

「私の故郷は、やっぱり日本しかないからです。仲間もそこにしかいないからですよ」

 

「ナカマ?」

 

「ええ、同じ艦隊の仲間ですよ。海の底の暗さも冷たさも寂しさも、皆同じ様に知っている仲間達ですよ」

 

「オナジ、ナカマ――」

 

「酒匂さんにも、お姉さん達が居ますよね?」

 

「オネエサン? オネエサン――オネエ――オネエチャン! ヤハギオネエチャン!」

 

「矢矧さんのこと、覚えていますか?」

 

「ヤハギオネエチャン、イッショニイケナカッタ――オネエチャン、カエッテコナカッタ――オネエチャン、アイタイ……」

 

酒匂の瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。

 

「きっと、会えますよ」

 

「ホントウニ? ヤハギオネエチャンニ?」

 

「矢矧さんが沈んでいる所は判っています。もちろん何時と約束は出来ませんけど、日本に帰れば何時か必ず探しに行ける筈です。そうしたら、一緒に矢矧さんを捜しに行きましょう?」

 

「イク! オネエチャン、サガシニイク――アイタイ、ヤハギオネエチャン――アイタイ――」

 

大粒の涙を幾筋も流しながら、彼女は妙高にしがみ付いて来た。

小刻みに震える細い肩に手を回して抱き寄せると、酒匂は胸に顔を押し付けて啜り泣き始める。

 

「カエリタイ、ニッポンニカエリタイ――オネエチャンにアイたい、矢矧お姉ちゃん――会いたいよぉ――」

 

「大丈夫よ、きっと会えるわ――だから、一緒に日本に帰りましょう」

 

そう言って改めて両腕に力を込め、しっかりと彼女を抱き締める。

 

暫くそうしていると彼女の嗚咽も少しずつ治まって来たので、ゆっくりと身体を離した妙高は一瞬我が目を疑う。

 

「酒匂さん、貴方――」

 

彼女の不気味な青白い肌は、何時の間にかやや色白だが健康的な肌色に変わっており、青味を帯びた短めの黒髪が艶々としている。

そして、小さな顔に丸い大きな瞳が黒々としてとても愛らしい。

 

「なぁに?」

 

「――いえ、何でも無いわ。やっぱり貴方も私達の仲間なのね」

 

「酒匂も仲間?」

「ええ仲間よ、今から貴方も艦娘よ」

「ぴゃあ!」

 

彼女は無邪気な子犬か何かの様に、妙高に抱き付いて来る。

 

(こんなに素直に振舞えるのね――羨ましいわ)

 

「さあ、皆の所に行きましょう?」

そう言って立ち上がり艦娘の視覚で周囲を見回すが、一緒に立ち上がった酒匂が妙高の手をギュッと握っているのに気が付く。

 

これ迄の自分なら誰かのそういった振る舞いが鬱陶しくて仕方無かったのに、不思議な程に全く嫌悪を感じない。

 

「何も心配ないわ、私が付いててあげるから」

 

思わずそう口に出してしまい、何を言い出すのかと自分自身に戸惑うが、真っ直ぐに見詰め返して来る酒匂の無垢な瞳は、何故かとても心地良かった。

 

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