陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十章・第五節〕

 浅瀬を通過して環礁内に入らなければ魚雷が封じられたままになってしまうが、それでもその間は敵にとって格好の標的となってしまう。

指揮を任された高雄は、どうしてもその決断が出来ずに逡巡していた。

だがその時、赤城が大声で話し掛けて来る。

「高雄さん、浅瀬を抜ける時は私が援護射撃をします! その間に貴方は朧さんと一緒に環礁内に突入して下さい!」

その声を聞いて俄かに決意が湧き上がって来たので、急いで朧と赤城に指示を出す。

「私が先頭で浅瀬に進入します! 朧さんは私の直後に付いて下さい。危険を感じたら迷わず私の陰に隠れる事! 私達が浅瀬を渡り切って態勢を立て直したら、赤城さんも浅瀬を渡って下さい! 判りましたか⁉」

「はい!」

「では、行きます!」

 

一旦こうと決めてしまえば、彼女は躊躇すること無く行動出来る。

前方の浅瀬に真っ直ぐ近付き、敵弾が周囲に降って来るのも構わずそのまま踏み込む。

ただ、さすがに浅瀬が途切れていれば直ちに引き返さなければならない為、瞬きを忘れてしまったかの様に目を凝らす。

例え一時的にであっても艦娘の能力を喪失してしまえば、その間は全く無防備になってしまう。

 

(瀬が繋がっている所は――あそこね!)

 

背後に朧が付いて来ている物音を確認しながら進む。

自分の装甲ならば、至近距離でもない限り米軍の五インチ両用砲にも十分耐えられるが、駆逐艦はそうは行かないのだ。

がしかし、あと少しで浅瀬を抜けられると思い掛けたその時、不気味な亡霊の如く敵弾が飛来する。

 

(はっ!)

 

咄嗟に身を躱そうとするが、自分は避けられても後ろにいる朧に直撃しかねない事に気が付き、既の所で踏み止まる。

「た、高雄さん⁉」

いきなり振り返った高雄がぐいと腕を掴んだので朧は驚くが、構わず無言のままで力任せに彼女を引き寄せる。

自身よりも一回り小柄なその身体を小脇に抱え込み、背中を丸めて片肘を顔の前に突き出し思い切って加速する。

「痛っぁあっ!」

二の腕に灼け付く様な痛みが走り思わず声が出てしまうが、とうとう浅瀬を抜ける事が出来た。

腕の力を緩めて彼女を離し、すいっと背筋を伸ばすと直ちに敵に向き直り回避行動をとる。

 

「あ、あの高雄さん、申し訳ありませんでした!」

朧は恐縮し切った様に詫びて来るが、無論彼女が謝る理由など無い。

「謝る必要なんて何も無いわ、それよりも今は赤城さんの援護に集中してね」

「はい、判りました!」

そう元気良く応じた朧に満足して敵を射竦めるべく交互射撃を始めるが、反対舷に回り込んだ彼女が「ひっ!」と小さく息を飲む。

「どうしたの、朧さん⁉」

「高雄さん、腕――血が――」

言われて改めて己の腕を見ると、先程被弾した箇所のウェットスーツが引き裂けてその下の素肌から出血している。

全く気付いていなかったが、流れた血がスーツに黒い染みを作る程だったようだ。

「ア、アタシの所為で高雄さんにこんな――」

「この位大丈夫よ、それに貴方の所為でも無いわ⁉ だから気にしては駄目よ!」

「は、はい――」

 

そう返事をした彼女の顔が少々蒼褪めているのが気にはなったものの、今はどう考えてもゆっくり話をしていられる状況ではない。

高角砲まで動員して間断なく射撃を浴びせながらひたすら時間を稼いでいると、やっと背後から赤城の大きな声が響く。

「お二人共有難うございます! 無事抜けましたよ⁉」

それに反応して彼女を振り返り、

「それでは早速反撃に――」

と言い掛けたその時、視界の隅に異常を感じると同時に赤城が声を上げる。

「朧さん、どうしたんですか⁉」

慌てて顧みると、一体どうした事か彼女は敵に向かって一人で(間違い無く最大戦速で)飛び出して行く。

「待ちなさい朧さん! 一人で行っては駄目よ⁉」

叫んだ高雄の声が耳に達していないとは思え無いにも関わらず、彼女は引き返すどころか減速する気配も見せずにそのまま突進して行く。

「何かあったのですか?」

赤城の問い掛けに、高雄は腕を示して見せる。

「恐らくこれを気にしているんだとは思いますが――兎に角追い掛けましょう!」

「ええ!」

 

二人は一気に増速しながら、敵の動きを見極める。

突出する朧に対してすばしっこく側面に回り込もうとしているのが恐らく駆逐艦だろう。

どちらかと言うとこちらの方が危険な相手の筈だった。

「私が駆逐艦を抑えます! 赤城さんはサラトガをお願い出来ますか⁉」

「了解です! 気を付けて⁉」

短く言葉を交わすと、高雄はさらに増速して敵の針路を塞ぐ様に転針しながら、頭の中では雷撃の準備を整える。

素早く射三角を弾き出すと、躊躇う事無く片舷八射線を角度を絞った開進射で目立たぬ様に射出する。

そうしておいてから何食わぬ顔で敵の頭を押さえる様に盛んに交互射撃を加えるが、こちらが敵の砲撃をほぼ確実に回避出来る様に、敵も悉くこちらの射撃を回避して来る。

だがそれによって、敵は自分の放った雷道の扇上に誘き出されている事には気付いていない様子だ。

 

(ふっ、馬鹿め♪)

 

次々と至近距離を掠めて行く敵弾を躱しながらほくそ笑むが、その時斜め前方の海面に白い不自然な線が複数浮かび上がる。

 

(雷跡! な、何よやってくれるわね⁉)

 

際どくそれを躱して体勢を立て直した途端前方に大きな水柱が上がり、敵が木の葉の様に吹き上げられるのが見えた。

 

(あっ――!)

 

それは、思わず腋を締めたくなる様な薄ら寒い光景だった。

 

高雄の艦娘としての視界の中で、小さな人間の様な姿をした物体が、まるで高速度映像の様にゆっくりと落下して行く。

が、既にその姿は二つ――いや三つだろうか――に分かれてしまっていたのだ。

それを見た瞬間、自分の中で何かがすっと冷える。

 

(あれは、私達の誰かだったかも知れないのね……)

 

その恐ろしい実感が身体を強張らせてしまうより先に、彼女はくるりと踵を返す。

赤城や朧をあんな目に遭わせる訳には行かないと思うと同時に、それのみならずサラトガに対する気持ちも変わってしまっていた。

つい先程迄は一泡吹かせてやろうと言う気が漲っていたのに、今はもしも彼女が矛を収めてくれるのならそのまま見逃しても良いと言う気になっている。

しかし、どうやらそれが間に合うかどうかは微妙な処の様だ。

転針して二人の後を追い掛けて見ると、朧は怖いもの知らずの勢いで猪突猛進しているがその勢いを赤城は巧みに利用しており、上手くサラトガを挟撃する態勢に持ち込んでいる。

 

(赤城さん、やはり戦巧者だわ)

 

サラトガは既に複数の命中弾を受けているらしく、動きが鈍くなっている。今なら、もし意思の疎通が出来れば彼女は退くかも知れない。

そう考えた高雄は素早く接近すると、赤城と朧(とあわよくばサラトガにも)から良く見える様な位置に進入して大きく腕を振り上げて旋回して見せる。

すると赤城はすぐに心付いた様で、なおも射撃は継続しながらも敵から距離を置き始める。

そして何よりサラトガも高雄の様子を目に留めたらしく、転針して距離を取ろうとし始めた。

 

(やったわ!)

 

ところが、朧には全く伝わった様子が無い。

そればかりか、下がり始めたサラトガに対して更に肉薄し様としている。

 

(雷撃する気ね⁉)

 

「朧さん、止めなさい!」

咄嗟にそう叫ぶと増速して彼女を追い掛けるが、そもそも優速の相手なので並大抵の事では無い。

タービンが吹き飛ぶのではないかと言う位限界迄加速し、無駄とは思いながらも呼び掛け続ける。

「朧さん! もう止めなさい! 朧さん⁉ 聞こえ無いの⁉」

だが彼女は全く反応する事無く、そのままサラトガの至近距離に迄到達するとやや減速して大きな横旋回に移る。

「駄目ぇっ!」

思わず声が出てしまうが、それも空しく彼女は明らかに魚雷を射出してしまった様な振舞いを見せ、尚もサラトガに向かって砲撃を続ける。

最早声を掛ける余裕も無く朧の許へ突進するが、その時水柱が上がりサラトガがぐらりと倒れ掛かる。

それだけでは終わらず更に続けて二本の水柱が立ち、さしもの彼女も吹き飛ばされる。

 

(何てこと⁉)

 

遣り場の無い怒りに苛まれる高雄の目に飛び込んで来たのは、倒れたサラトガに向かって更に発砲する朧の姿だった。

思わずカッとして猛然と彼女に接近すると、物も言わずに横から乱暴に突き飛ばす。

頭から一回転して海面に尻餅を搗いた朧は、一瞬何を思ったのか高雄に向かってさっと腕を上げ掛けたが、それが更に高雄の怒りに油を注ぐ。

 

いい加減にしなさいっ! もう終わったのよ⁉

 

大音声(だいおんじょう)で怒鳴り付けながら彼女を睨み付けると、一体誰なのかと思わず目を疑う程別人の様な顔をしている。

 

(何なのこの顔⁉)

 

何かに憑かれた様な吊り上った目は血の様に赤く、まるで刃物で切り欠いた様な裂け目にも似た口とこけた頬が目立つその顔は、血の気が無く真っ白だ。

その上気の所為なのか髪の色も見慣れた狐色では無く、白っぽく変色している様に見える。

だが、高雄が怒鳴り付けた所為なのかそれは急激に変わり始め、見る見る何時もの彼女の顔付きに戻って行くと同時にがたがたと震えだす。

 

「た、高雄さん――ア、アタシ一体何を……」

 

何がそこ迄彼女を追い詰めていたものか判らないが、どうやら朧は激情に駆られて正気を失っていたらしい。

それは判ったものの、正直な処高雄自身も煮えたぎる怒りを抑えかねており、冷静に彼女に接する事が出来そうに無いと感じたので、そのまま朧を無視してサラトガに近付く。

不気味な青白い肌をして体に巻き付く程長い真っ白な髪を蓄えた彼女は、既に半ば迄沈み掛けていたものの、まだ辛うじて浮いてはいた。

とは言ってもまだ浮いていると言うだけで体のあちこちからは奇妙な色の体液らしきものを流し、左腕はひじから先が無くなっていると言う有様だ。

 

「……(ナンノツモリダ?)」

 

彼女が発したのは明らかに日本語では無かった筈だが、何故か高雄には意味が理解出来た。

 

「もう助けることは出来無いかしら?」

 

「ミレバワカル、オマエタチノシタコトダ」

 

「御免なさい、こんな積もりでは無かったのよ」

 

「ソレモワカル、ダガアノデストロイヤーハチガウツモリダッタヨウダ」

 

「あの娘を責める気は無いわ、きっと自分を見失う位必死だったのよ」

 

「ヨクイイキカセルコトダ、キョウハワタシダッタガ、ツギハオマエカモシレヌトナ」

 

「あの娘に言って聞かせるだけじゃ無くて、私も肝に銘じておくわね」

 

「ソウダナ、ソレガイイ」

 

「ねぇ――本当にもう無理? 私達が手を貸せば何とかならない?」

 

「ムリヲイウナ、ダイイチタスケラレタワタシハドウスレバイイノダ?」

 

「私達と一緒に日本に来ない?」

 

「ジョウダンモホドホドニシロ、ソレコソムリナソウダンダ」

 

「ねぇ知ってる? 私達が海底に放置されてた七十年の間に、日本と米国は同盟国になってたのよ?」

 

それを聞いたサラトガは、一瞬ぽかんとした後で苦虫を噛み潰した様なしかめ面になる。

 

「イカニモ、サカシラナニンゲンドモノヤリソウナコトダ……」

 

「だから貴方が日本に来たってなんの不思議も無くなってるのよ? それでも駄目?」

 

「――ヤハリソレハデキヌ、ワタシハオマエタチトタタカッタソノコウセキデ、イクツモクンショウヲモラッタノダ――。イマノアメリカハシラヌガ、ワガソコクハヤハリウラギレヌ……」

 

「でも、貴方はその祖国に実験台にされたんでしょう⁉ なのに何故――」

 

「イウナ! ソレデモヤハリデキヌノダ――。アキラメテ、オマエノカエルベキバショヘ――ナカマタチノモトヘカエレ」

 

「そう――判ったわ、何時かもう一度また会えるのかしら?」

 

「オソラクソウナルダロウ、コノノロワレシカンショウニワガミノアルカギリ、イツノヒカマタアイマミエルコトニナルダロウナ」

 

「今度はもっと違う形で会えたら良いわね」

 

「ソレコソママナラヌモノダトハオモウガナ――。オマエノナヲオシエテクレ、ニッポンノクルーザーヨ」

 

「私は、帝国海軍の一等巡洋艦高雄よ」

 

「タカオカ、オボエテオコウ。――――ドウヤラトキガキタヨウダ、サラバダタカオ」

 

そう口にすると、彼女は最後の力を振り絞って右手を差し伸べる。

 

「また何時かね、サラトガ……」

 

そう言いながら高雄が手を伸ばしてその手に触れると、

満足気な笑みを浮かべた彼女はゆっくりと目を閉じ、

そのまま静かに沈んでいった。

 

水面(みなも)からその姿を見送る高雄の瞳に、どうし様も無く涙が溢れて来る。

判り合えるとか合え無いとか言う以前に、自分は未熟だったのだ。

自らも心を抱いて、同じ様に心を持つ相手と対峙することが如何なる事であるのかと言うことも想像すら出来ていなかったのだから。

 

「高雄さん」

 

背後から赤城の声がする。

振り向くと彼女は、涙を浮かべて小刻みに震える怯えた様な朧の肩にそっと手を回して立っていた。

その姿を見た高雄の心中に、また新たに悔恨が滲んでくる。

朧に何か声を掛け様かと思ったのだが、気の利いた言葉が何も出て来ないので無言ですっと両腕を広げると彼女の瞳を見詰める。

見詰められた朧ははっとした様な顔になり、一瞬の後弾かれた様に高雄の胸に飛び込んで来るそのまま号泣する。

 

「もう良いのよ、私が間違っていたわ……」

 

激しく泣きじゃくる朧を抱きしめる高雄に、赤城が声を掛ける。

「貴方達は、これ以上無いと言う位に立派に為すべき事を為したのです――。誰からも責められる謂れなどありませんよ?」

「有難うございます。でも――私達は誰かに褒めて貰う為に、こんな事をしている訳では無いと思います。自らの心の許す処に従って、為すべきことを為すのみなのでは無いでしょうか。どれ程過ちを繰り返し積み重ね様とも、何時か私達の手で運命を切り開くことが出来るその日迄は、それこそ何度でも……」

 

その言葉を聞いた彼女は、何やら眩しそうに高雄を見詰めた。

「それでも、今朝迄の貴方を知っている者であれば、今の貴方を褒めたくなると思いますよ」

そう感慨深げに言って、水平線の彼方を見やる。

その視線を追った高雄の目に、遠く二つの人影が近付いて来るのが見えた。

 

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