陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

76 / 120
〔第十章・第六節〕

 妙高隊の巧みな陽動によって、敵は見事に二手に別れる。

「残る三隻の内長門さん、アーカンソーは容易に推測出来ますが、後一隻は何者なのかが気になります。それにしても妙高さんは騙したり欺いたりするのが得意ですね、お里が知れると言うものです」

「加賀ちゃん、もう少し私情を交えずに報告してくれないかしら?」

「これは私見では無く客観的評価なのですが――とは申しましても、旗艦の指示とあらば致し方ありませんので仰る通りに致します」

 

(全く困ったものね♪ まぁ、最初に覚悟してたよりは随分ましなんだけど)

 

どちらにせよ今は決断しなければならない時だったし、ゆっくりそれに付き合っていられる状況では無い。

もう一隻の正体に付いて手掛かりが無い状態ではあるが、その判断によって自分たちの行動は大きく制限される。

 

(酒匂さん、貴方はどちらにいるの?)

 

九三式魚雷に備える為にはどうしても水測兵器を使う必要があり、それが故に戦闘速度がとれなければ恰好の砲撃の的になってしまう。

敵の駆逐艦は二隻のうち一方しか魚雷を持っておらず、しかも当時のMk十五であれば雷跡に注意している限りはそれ程恐ろしい物では無い。

だが、今のところそれを判断出来る根拠は何も無かった。

 

(直観で決めるしかない――と言うことね)

 

「陸奥殿、如何なさいますかの?」

初春が声を掛けて来たその時、突然頭の中に黒い火花の様なものが閃くと同時に、何者かの声なのか考えなのかは判らないものの、はっきりとした言葉が脳裏に響く。

 

(オロカモノドモメ、ショウコリモナイ――)

「誰⁉」

思わず声が出てしまい、初春らが怪訝そうな顔をする。

「陸奥さん、どうしたの?」

子の日が聞いて来るので「今ね――」と言いながら声が聞こえた(様な気がした)方角を見やったその目に、不思議な大気の揺らめきの様なものが飛び込んで来る。

「皆、あれ!」

そう叫びながら指差すのが精一杯だったが、全員ほぼ同時に異変を感じ取れたらしい。

その奇妙な何かは全員が見守る中右舷前方に外れた海面に落下すると、それと共にズドォーンという鈍く重い弾着音が響き、一際大きな水柱が上がる。

 

(姉さん!)

 

「陸奥さん、これは四十一糎砲弾なのではありませんか?」

加賀に指摘される迄も無く、陸奥にとっては改めて確認する事ですら無かった。

「加賀ちゃん、直ちに敵の配置を確認して! 今の砲撃が行われた射点も出来れば知りたいわ⁉」

彼女は例によって返事もせずに航空索敵に入り、子の日が素早くその手を掴みに行く。

「これもまた警告なんですかねぇ~?」

「たぶん間違い無いと思うわ、あたし――」

「どうしたんですかぁ?」

「実はさっきね、頭の中に声が聞こえたの」

「真に御座りますか⁉」

「もちろん気の所為かも知れないけど、でもその言葉の直後にあれが降って来たのよ」

「びっくりしましたよねぇ~、弾が見えちゃうんですねぇ」

「さりながら、あり得ぬ事には御座りますまい。陸奥殿と長門殿とはご姉妹にてあられる故、離れていながら心に通じ合う何かがあってもおかしくは御座りませぬ」

「陸奥さん!」

子の日が声を上げるので、素早く彼女と加賀の所に近付く。

「敵は概ね二隻と一隻に分かれております。向かって左舷側に位置する二隻がこちらに向かって距離を詰めて来ていますが、右舷側の一隻はゆっくりとしか移動していない様です。ですが、先程の砲撃の射点は明らかにその一隻だと思われます」

加賀の言葉を聞き終わるより先に陸奥は艦娘の視覚で水平線の彼方を見渡し、彼女の言葉を概ね追認する。

 

(姉さん、あたしの声は聞こえてるの? もし聞こえるなら返事をして!)

 

が、もう先程の様な声は聞こえてこない。

ならば仕方無いだろう、その事によって逆に陸奥の決心は固まった。

状況からして、姉が単艦で行動していて酒匂が米艦に随伴していると言うのはどう考えても不自然に思える。

「加賀ちゃん有難う、もういいわ。皆聞いて頂戴! これより概ね十二時方向に陸奥、加賀、初春、子の日、龍田の単縦陣で第三戦速にて進行します。その先にいるのは、アーカンソーと随伴の駆逐艦で間違い無いと思うわ。どうせ雑音で使い物にならないとは思うけど、念の為に雷走音には聞き耳を立てておいてね⁉ では前進!」

 

先頭を切って進みながら、敵の測距を続ける。

事前に調べた限りでは米艦の主力火器のほとんどが五インチの両用砲であり、それ以外に長射程の火器を持っているのはアーカンソー(と姉と酒匂)だけの筈だ。

彼我の距離は急速に縮まり、加賀の主砲も射程圏内に入る。

 

(よし、やるわよ!)

 

「全艦、方位五〇に回頭! 旗艦と加賀は統一射撃ヨーイッ!」

加賀にとっては射程ぎりぎりにはなるが、つい先程弾が見える事を知った以上、出来る限り多数の火器を同時に撃ち込むのが効果的だと考えたのだ。はっきりと手掛かりは無いものの、より遠方から視認出来る様子からして恐らくアーカンソーであろうと思われる敵を標的に定める。

「一斉撃ち方ヨーイッ――、撃―ッ!」

派手な発砲音も何も無いが、陸奥の主砲八門と加賀の主砲片舷五門とを動員したそれなりの火力の射撃である。

弾着を待つ間に直ぐに次射の準備を整える様指示を出すが、この構成での砲撃はあと一射と言う処だろうか。

「次発装填ヨシ!」

加賀が先に声を上げるが、陸奥が斉発出来る迄にはもう少し掛かる。

弾着とほぼ同時位だろうかと思いながら、敵を凝視し続ける。

 

(三、二、一、あっ⁉)

 

「やりました!」

思わずと言った態で加賀が声を出したので、結果が全員に伝わった。

初速の大きい加賀の二十糎弾が僅かに早く弾着し、予想通り敵はそれらを難無く躱していた。

ところが偶然にもその回避した先が遅れて弾着した陸奥の弾道にまともに重なっていた為、それら全てを躱し切れずに一発が直撃した様だ。

「加賀ちゃん、次射行くわよ⁉」

「はいっ!」

測距儀に捉えた敵は、がっくりと船足が落ちている。

まだ敵の射程外にいる筈なので、応戦も出来ないとすれば次にどうするのかと見ていると、彼らは右に――恐らくは長門がいると思われる方向に――転針した。

傍観し様としている姉を巻き込もうと言う魂胆なのだろうか。

 

(やらせないわよ⁉)

 

素早く的針、的速を見積もると加賀に指示を出し、準備を整える。

「撃ち方ヨーイッ、撃―ッ!」

次射からは更に龍田と陸奥の副砲が加わり、更に次からは初春と子の日も加わる事になるが敵も応射して来る筈だ。

その前に出来る限り無力化しておきたい処だが、残念ながら用心深くなった敵は全弾を回避してしまう。

「陸奥殿、水雷戦の許可を頂けますまいか!」

接近して来た初春が声を掛けて来る。

無論、陸奥もその可能性を考えていない訳では無い。

自分と加賀以外の三人は戦艦に対しては遥かに優速でもあり、砲撃を悉く回避されてしまう可能性がある以上、砲戦と同時に水雷戦を挑むのは順当なところであるが……。

「龍田ちゃん! 子の日ちゃん!」

陸奥が腕を振り上げながら大声を出すと、彼女らが滑る様に接近して来る。

「敵弾を全て躱しながら雷撃出来る?」

陸奥が問いかけると龍田は初春、子の日にさっと視線を投げ掛けるが、二人の反応は聞く迄も無い様だった。

「危険を冒しては駄目って事ですよねぇー、ご期待に沿える様に細心の注意を払って行きますよぉ」

相変わらず緊張感の無い言い方だが、龍田の目には良い加減な色は無い。

「では各艦初射のみとして頂戴。初射が終われば、結果を見届けずにまた合流すること。その間の指揮は龍田ちゃんに任せるわ! あと――長門には十分注意してね」

「了解しましたぁ、それじゃあ二人共私に続いて下さいねぇ~、第五戦速ですよぉ」

陸奥に敬礼した龍田は、それだけ言うとまるで散歩にでも出掛ける様に気負った様子も無くすーっと増速して離れて行き、初春と子の日がやはり陸奥に敬礼してその後に続く。

「さぁ加賀ちゃん、休まずに続けて行くわよ⁉」

「陸奥さん――長門さんが戦闘に加わって来られた場合はどうされますか?」

彼女だけでなく皆がそれを気遣ってくれている事はとても有難いとは思うが、陸奥自身には不思議な程迷いが無い。

「例え姉さんであってもあたしの仲間を傷付けさせる訳には行かないわ。だから、全力で応戦する積もりよ」

躊躇う事無くそう返答すると、珍しく加賀は口元に明らかな微笑を浮かべる。

「安心致しました。私は決して砲戦が得手とは言えませんが、どうか存分にお使い下さい」

「もちろん! 頼りにしてるわよ!」

間も無く敵も応射して来る筈だろう。

本格的な戦闘は、まだこれからだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。