陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十章・第七節〕

 龍田らが接近すると敵は盛んに砲撃を浴びせて来たので、それを回避しつつ応戦する。

 

(長門さんには近付いて欲しく無いんですけどぉ~)

 

既に陸奥も気付いているだろうが、やはりもう一隻は駆逐艦だった様で、後は魚雷を持っているか否かだけが不明だった。

船足が落ちたアーカンソーの頭を押さえるのは容易い事だが、駆逐艦が素早く回り込んで来ては妨害するので中々思うに任せない。

とは言え、敵は自分達のみならず陸奥と加賀からの砲撃にも対処しなければならず、次第に回避にも限界が見え始めていた。

 

(もう少しで隙が出来そうね~♪)

 

このまま長門が傍観し続けてくれればこの二隻を叩くのは左程難しく無さそうだが、その一点だけが何とも言えない不安材料だった。

 

(陸奥さんの声が、届いてくれれば良いんですけどねぇ)

 

姉妹と言うのは本当に心が通じ合うものなのだろうか。

ふと自分の姉妹である天龍の事が頭に浮かぶが、正直な処どうしても会いたいと思っている訳では無い。

もし会えたなら自分は嬉しいのだろうかなどと、まるで他人事の様な興味が湧くだけだ。

それよりも龍田が艦娘として最初に目覚めた時からずっと思い続けている事は、この新たな枷から一日も早く解放して欲しいということだった。

光も届かぬ暗黒の海底に縛られている鉄の我が身は、忘れ様として忘れられる様なものでは無い事をつくづく思い知らされていたのだ。

毎夜眠りに就く度に、この心と言う厄介なものを持った女の身体のままで冷たく暗い奈落の底で目を覚ますと言う悪夢に、彼女は際限もなく付き纏われている。

何時か天龍が現れて龍田をこの苦しみから救ってくれると言うのであればともかく、そんな夢の様な事が起こる筈も無い。

この先一体どれ程の年月を過ごす事になるのか見当も付か無いが、自らの船体が引揚げられる迄は歯を食い縛って耐え続けるしかないのだろうか。

それでも悩んだり苦しんだりしている様を仲間に見せるのは何となく癪に障るので、出来るだけ鷹揚にのほほんとした振舞いを今日迄演じ続けて来た。

ところがそんな風に過ごしている内に、最近は何となくそれが自分の地である様な気にすらなって来ている。

 

(似た様な事を考えてるもんなのねぇ……)

 

仲間達と過ごす内に、妙高が表には出さない本音の様なものを抱えているらしい事が判ったのも自分と同じ匂いを感じ取ったからなのだ

にも関わらず、その彼女はほんの数日前にそれらを陸奥に曝け出してから、何やら少し雰囲気が変わってしまった様だ。

 

(正直、ちょーっと羨ましいかもぉ♪)

 

陸奥はちゃんと龍田のことも慮ってくれていたし、何より自分と同じ恐れを抱いていた事迄話してくれたのだから、あの時素直に自分の胸の内をぶちまけていたならば、きっと今頃はもう少し心が軽くなっていたかも知れない。

 

(我ながら、こんなに意地っ張りさんだったなんて全然気付かなかったんですけど!)

 

陸奥はもちろん仲間達の事も十二分に信頼しているし、彼女達を大切にしたいと言う強い衝動にも似た気持ちが自分の中にあるのも理解しているのだが、どうにも素直にはなれない龍田が居ることもまた事実なのだ。

 

そんな事をぼんやりと考えていると、最前から目障りな動きを続けていた敵駆逐艦が、今しも弾着した陸奥と加賀の砲撃を十分に躱し切れずに至近弾で態勢を崩して船足を落としてしまう。

「二人共ぉー絶好の機会ですよぉ~♪ 用意は良いですかぁ?」

そう声を掛けると、初春と子の日は綺麗に揃った返答をきびきびと返す。

「はいっ!」

「それじゃあ最大戦速ですよ~!」

そう言って龍田は鋭く敵に切り込む様に転針し、一段と増速する。

その動きを見た敵は慌てて態勢を立て直そうとするが、素早く動けるのは駆逐艦のみな上に陸奥と加賀が間断なく砲撃を加えて来る。

その正確な砲撃を躱しながらでは到底思う様な位置取りが出来ず、見る見る内に死地へと追い込まれて行く。

「私から行きますよぉ~、射ったら砲撃しながら反転・撤退ですよぉ、良いですねぇー?」

改めてそう確認すると、一々二人の返事を待つことはせずにそのまま魚雷を投射する態勢に入る。

三人の中では初春だけが強力な九三式魚雷を射てるが、子の日も九〇式を射つことが出来る。

魚雷の性能が最も劣るのは自分自身なので、自らが露払いとなって先に二人の援護に回るのが妥当な処だろう。

敵の頭を押さえる様に続けざまに六射線全てを射出してしまうと素早く反転して初春に射点を譲り、砲撃に切り替える。

続いた初春も素早く射出を終えて反転すると敵を射竦めるべく砲撃に加わり、更に続いて子の日も遅れること無く射出態勢に入る。

 

(後少しねぇ~)

 

龍田がそう思ったその瞬間、頭の中にぱしっと鋭い音が響いて真っ黒な火花が散った様な感覚がある。

それが何なのか直ぐには理解出来無いが、自分の中の軍艦の本能の様なものが危険を知らせていた。

咄嗟に子の日に声を掛け様とするが、今まさに射出態勢に入っている彼女に迂闊に指示を出すと混乱して却って危険かも知れない。

ぐっと奥歯を噛み締めてその僅か数秒間を耐え忍び、彼女が射出を終えたと見るや鋭く声を上げる。

「子の日ちゃん! 砲撃はいいから急いで⁉」

思わず素になってしまうが、そんな事を気にしている場合では無いと言う焦燥感が募る。

しかしながらどうやらそれは一瞬遅かった様で、宙を見上げた龍田の目に、禍々しい気の塊の様な揺らめきが八つ、丁度反転し様としている子の日に襲い掛かろうとしているのが映る。

「躱すのじゃ子の日よ!」

初春の叫びに呼応して、子の日はよろめき身を捩りながらも必死に回頭してそれらを回避し様とする。

 

(ぎりぎりだわ!)

 

彼女はどうにか回頭を終えて増速し始め、それこそ紙一重で直撃は避けられそうだが襲って来た一撃は恐らく四十一糎砲弾であり、並の衝撃ではない筈だ。

そう思うのと同時に、龍田は自然に反転していた。

何をし様とか頭で考えていた訳では無いが、不思議な程迷いも無く冷静だった。

一瞬ののち、体が芯から揺さ振られる様な鈍く重たい轟音と共に、逃げる子の日のすぐ背後に弾着の水柱が白い山脈のように重なり合って立ち上がる。

その凄まじい衝撃で斜め前方に――龍田の方に向かって――吹き飛ばされた彼女は、宙に舞い上がると海面に落下して跳ね返り再び叩き付けられる。

 

立つのじゃ! 止まってはならぬ!

 

初春の悲鳴の様な叫びがまだ衝撃で意識が混濁しているらしい彼女を蹌踉と立ち上がらせるが、先程とは別の方角からの砲撃が邪悪な幽鬼の如く手を伸ばして来る。

急に時の流れが遅くなった様に龍田の視界に映る全ての動きがゆっくりとし始め、益々己が何をし様としているのかがはっきりしてしまう。

 

(何だか不思議ですねぇー、何でこんな事し様としてるのかしらぁ~)

 

ふとそんな風に何時もの調子で自問して見るが、答えなぞ問う迄も無い事だった。

蜃気楼の様に妖しく揺らめく死の咢が彼女を絡め捕ろうとするその刹那、龍田は僅かに早くその場に辿り着く。

そして、驚愕の表情を浮かべて自分を見た子の日に向かって何とか笑顔を作った積もりなのだが、上手く笑えていたかどうかは判ら無い。

躊躇うこと無く両手で力任せに彼女を突き飛ばすと、自分自身も出来るだけ体を丸めて低い姿勢を取って腕で頭を庇おうとしたが、そこ迄完璧に遣って退けられる程時間は無かった様だ。

 

周囲の世界が見る見る内に金色の光に満たされて行き、陸奥や仲間達の笑顔が見えて来る。

 

(陸奥さん済みませぇん、危険は冒さ無いって約束破っちゃいましたねぇ……)

 

更に良く見ていると、仲間達の中にはっきりと判ら無い顔が一つ混じっているのに気が付く。

 

不思議な事に誰かすら定かで無いのにも関わらず、何故か笑っているのは判るのだ。

 

あれは誰なのだろう、

長門なのか酒匂なのか――――

それとも――

ひょっとして天龍なのだろうか?

 

(でもぉーちょーっと遅かったかしらぁ――――残念だけどぉ、会うのは無理見たいよぉ~?)

 

次第に光は強くなり、やがて視界の全てが金色一色に塗り潰されてしまう。

 

何だかその光に触れる事が出来る様な気がして、そっと手を伸ばしてみる。

 

(あら~あったかいのねぇ……)

 

ぼんやりとそう思いながら、

経験した事も無い程に穏やかで、

寛いでいる自分を感じる。

 

(今なら、あんな厭な夢も見ないでゆっくり眠れそうね~……)

 

龍田は、初めて安心して目を閉じた。

 

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