陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十章・第八節〕

 三人が上手く敵の頭を押さえ込んで長門に近付かせない様にしてくれているので、陸奥と加賀も徹底して敵の動きを妨げる様な砲撃を加え続けていた。

そしてついに敵に隙が出来、間髪を入れず龍田らは雷撃の態勢に入る。

「加賀ちゃん! 的側に弾着を――」

 

彼女らを援護し様とそう言い掛けた時、またも頭の中に(恐らく姉の)声が響くと共に真っ黒な閃光が奔る。

(ニンゲンノテサキドモメ、チョロチョロトメザワリナ!)

「やめて姉さん! 仲間を撃つ気なの⁉」

思わず叫んだその声を聞き付けて加賀が言葉を発し掛けるが、陸奥の様子を見て口を噤む。

(ナンダコレハ! テキノコエガキコエテイルノカ⁉)

(敵じゃないわ仲間よ⁉ 目を覚まして姉さん!)

(フザケルナ! ネエサンナドト、ワタシノタイセツナイモウトヲカタルキカ⁉ タダデハスマサヌゾ!)

(偽物なんかじゃないわ、あたしは陸奥よ! 姉さん判らないの⁉)

(ウソヲツケ! ワガイモウトハ――ムツハアノヒ、ワタシノメノマエデシズンデイッタノダ! ワタシハタスケルドコロカ、ソバニイテミトッテヤルコトスラデキナカッタ――イマイマシイニンゲンドモノセイデ!)

(人間達にはあたし達の事が判らなかったのよ⁉ 只愚かだっただけだわ――愚かな事が罪だって言うんなら、あたし達だって偉そうに言えた義理じゃない筈よ?)

(ダマレニンゲンドモノテサキメ! キサマガホントウニムツダトイウナラ、ナゼニンゲンドモノカタヲモツノダ⁉)

(一方的に人間の味方をする積もりなんか無いわ! 姉さんは今、恨みや憎しみに囚われてまともに物事を見られなくなってるだけよ⁉)

(ニセモノメ、マダヘラズグチヲタタクカ⁉ ムツナラゼッタイニソンナコトハイワヌ! モウキクミミハモタヌゾ!)

(待って姉さん! 姉さん⁉ 姉さん⁉)

 

どれ程呼び掛けても、もう姉が応じる気配は無かった。

 

我に返った陸奥は傍らにいる加賀を顧みるが、彼女の様子からして姉との会話は精々数秒間の出来事だった様だ。

それなりに長い時間だった様にも感じていたのだが、意識の中の世界と現実世界とでは時間の経過も異なるのだろうか。

「陸奥さん、長門さんは何と?」

「姉さんは龍田ちゃん達を撃つ積もりだわ! 付いて来て⁉」

「はい!」

直ちに転針して最大戦速で三人の許へと急ぐが、姉は焦りを感じる程の時間すら与えてくれなかった。

陸奥の視界の中で、雷撃を終えて急反転する子の日の背後に一際大きな水柱が幾本も立ち、彼女がまるで棒切れか何かの様に弾き飛ばされて転がる。

「子の日ちゃんっ!」

思わず叫んでしまうが、その直後更に恐ろしい出来事を目の当たりにする。

よろめきながら立ち上がる子の日は絶好の砲撃の的であり、それこそ届く訳が無い事は知りながらも大声で警告し様としたその時、何時反転したものか龍田が間近に迄迫っていた。

そして彼女が勢い良く子の日を突き飛ばすのとほぼ同時に、新たな水柱が龍田のいるその場所に幾本も重なって立つ。

 

「あっ!」

 

声を上げた――いや、上げる事が出来た――のは加賀のみで、陸奥はその瞬間世界が白い閃光に包まれたような錯覚に陥り、茫然としていた。

 

立体感が薄い一面真っ白な世界に、

これまたほとんど色を為さない水柱が何本も立つその光景の中で、

黒々とした作り物の人形の様な龍田の体が、

奇妙な非現実感と共にふわふわと宙を舞っている。

 

それは果てしなく続くかと思われる程長い長い時間でもあり、

瞬きする時間も無い程の束の間でもあったが、

それが始まったときと同様唐突に終わり、

彼女は海面に叩き付けられ、

物の様に跳ね転がって動かなくなる。

 

実の処この時から幾らも経たぬ内に、ここより少し左舷側に離れたところで先程よりもさらに巨大な水柱が何本も立ち上がって、二つの針金細工の様な人影が宙に舞き上げられた後に波間に消えていくのだが、これ以後の成り行きが陸奥の関心を呼び起こすことはなかった。

 

加賀ちゃん、後ハオネガイ

 

「はっ、え――」

 

その異様に低く据わった声に驚いた加賀は返事をし様として振り返るが、凡そ目にした事も無い彼女の姿を見るなり言葉が喉に詰まってしまう。

 

赫怒するとはこの様な態を言うのだろうか、陸奥の髪は(しろがね)の輝きを帯び、血の気を失った様な真っ白な顔に血の様に赤い瞳が爛々と燃えていた。

 

(許さナイ――絶対ニユルサないから!)

 

体内の血がまるで全て溶岩に置き換わってしまった様に煮え滾っていて、その凄まじい熱で全身が二た周り程膨れ上がってしまった気分だった。

体を焼き尽くす様なその怒りは己自身に秘められている力を全て絞り尽くすかの如く増大させており、遠い昔の過負荷全力公試でも出した事の無い速度で矢の様に突き進むことが出来る。

自分を偽物と思い込んでいる長門はもちろん容赦なく砲撃を加えて来るが、それらはどれも全く中る気がしない。

 

(アタシノ大切な仲間を奪っタノヨ――その報いはウケテモラウワ!)

 

激しい怒りが余計な感情を全て押し流してしまい、信じられ無い程心が研ぎ澄まされている様で、認識力や判断力とでも言うのかそれらが己の体を突き抜けて拡がって行く様な奇妙な感覚がある。

その所為なのか、長門が発砲して来る間合いや転針する方向などがまるで未来が見えるかの様に明瞭に見えてしまい、次々に姉を追い込むような正確無比の射撃を繰り出せる。

だがさすがに姉は手強く、陸奥の厳しい砲撃を全て紙一重で躱して行き、至近弾でも容易には態勢を崩さない。

 

(構わないわ、砲撃でケリヲツケラれないんだったら傍迄行ってオモイキリタタキノメシテヤル!)

 

怒りに任せてそう思うと、奥歯に力を入れて拳を固く握り締める。

にも関わらずそんな激しい感情には全く影響されないのか、陸奥の艦娘としての体は全く倦む事無く砲撃を続けていた。

少しずつ位相をずらした交互射撃に副砲の片舷斉射、更には高角砲の片舷斉射も取り混ぜて一瞬たりとも攻撃の手は緩めない。

そして姉もまた、まるで鏡に映った自分と対峙しているかの様に同じ攻撃を息尽く暇も無く繰り出して来る。

 

一体どれ程の時間、そうやって丁々発止とばかりに一騎打ちを続けていたのだろうか。

例えほんの僅かであっても長門に隙が出来る迄ひたすらこれを続けて行くしか無いと思い定めたその時、自身のものとは明らかに異なる弾着が姉のすぐ傍に生じる。

 

(誰⁉)

 

そう思った瞬間、加賀の(これもまた珍しい)大声が響く。

「遅くなりました陸奥さん!」

「加賀ちゃん!」

呼び掛けながらも長門に対する砲撃の手を休めない陸奥のすぐ傍ら迄勢い良くやって来た彼女は、驚くべき事を口にする。

「陸奥さん、龍田さんは無事です!」

 

(えっ!)

 

恐らく加賀がわざわざ言いに来たのはそれなりに意図があっての事だったろうが、それは正しく彼女の思惑通りになった。

陸奥の脳裏にすうっと冷たい風が吹き込んだかの如く激しい怒りの感情が抑えられ、冷静な思考力が戻って来るのが判る。

 

(そうだわ、やって見様と思ってた事があったのよね)

 

昨夜考えていた事を思い出す。

これを二人で協力して実行すれば、膠着状態を打開出来るかも知れない。

「加賀ちゃん、聞いて頂戴⁉」

「はい!」

 

陸奥は砲撃を続けながら、自分の考えを手短に話して聞かせる。

「私は、陸奥さんが実行されるのを見てから行なっても良いのですね?」

「そうよ、それと可能であれば二回以上続けて繰り返す積もりよ! どちらにしろこの手は何度も通用しないとは思うけど」

「了解しました、必ず成功させましょう」

それだけ言うと彼女は滑らかに陸奥の左舷側に展開して行き、長門に対して挟撃態勢を取る。

それを見届けた陸奥は、何食わぬ顔で先程迄と同じ様な隙間の無い砲撃を再開し始め、弾着の様子から全く同じ事を加賀が始めたことも確認する。

無論のこと姉はその程度で急に隙を見せたりはせず落ち着いてこちらの砲撃を躱して行くが、さすがに反撃は手薄にならざるを得ず、こちらには更に余裕が出来る。

暫くそうしながら陸奥は十分に頃合いを見計らうと、そのまま流れる様に考えを実行に移す。

まずは主砲の交互射撃、それから片舷側の全火砲の斉射――ここ迄は何も変わらないが、ここで最大戦速のままいきなり強引に体を捻る。

「あぐぅっ!」

さすがに体が悲鳴をあげ、無理な挙動はそのまま激痛となって襲い掛かって来るが、巨大な軍艦の身では到底不可能な急転回もこの身軽な体なら出来てしまう。

「くらえっ!」

姉である以上再装填迄に要する時間は全く同じ筈であり、それ故に次の砲撃までの間隔が正確に予測出来てしまうが為に、長門は次の陸奥の射撃が来る間合いを測っていた筈だ。

その予測を覆すあり得ない短い間合いで反対舷の全火砲の斉射を浴びせ、更に反対舷側の加賀からも同じ攻撃を一瞬遅れて実行することで姉の回避行動の裏を掻いた積もりだ。

だからと言って気を抜いたりはせずに、弾着迄のその僅かな時間もそのまま続けて次射に移り、再び強引に体を捻って同じ事をする。

そして――――必要なら更に続ける積もりではいたものの、長門はそこ迄無敵では無かった。

陸奥と加賀の両方からその不規則な砲撃を受けた姉は、さすがにそれら全てを躱し切ることが出来ずにまともに弾着点に突っ込んでしまい、複数の衝撃が彼女をよろめかせる。

 

(あたし達の勝ちよ姉さん!)

 

何時の間にか彼我の距離は、主砲の零距離射撃が出来る程に接近していた。

それ迄完璧な回避を続けていた長門だったが、一度狂ってしまったそれは傷ついた体で簡単に取り戻せるものでは無い。

しかも全く攻撃の手を緩めない二人の正確な射撃が更にその傷を増やし、挙動を不安定にする。

がしかし、それでもまだ諦める気配を微塵も見せない姉は陸奥の主砲弾だけはどうにか躱しており、致命的な一撃を避け続けている。

 

(でも――時間の問題ね)

 

如何に中小口径弾と言えど度重なる被弾は着実に機動力を奪って行き、次第に鈍い回避運動しか出来なくなって行く。

にも関わらず、まるで長門は運命に正面から抗うかの如くあく迄も陸奥の砲撃だけは全て完璧に躱し、そしてその代償として加賀の砲撃を無防備な迄にまともに浴び続ける。

そこ迄しながらも射撃を止め様とはしない姉は、どこ迄も誇り高くそして痛ましかった。

 

(姉さん、それが姉さんの誇りなのね――だったら全力で応える迄だわ!)

 

一切の力押しは止め、動きの鈍った姉の回避能力の低下を突く様に主砲の交互射撃と副砲、高角砲を取り混ぜた射撃を再び繰り出すが、結局それは三射と続かず終わりを告げる。

 

陸奥と、そして加賀の余りにも正確な射撃とを手負いの姉が躱し続けることはやはり不可能だった。

 

ついに水平線の彼方に長門の姿を肉眼で捉えることが出来る程接近したその時、僅かに早く弾着した加賀の砲撃を躱し損ねた姉は、直後に飛来した陸奥の主砲弾を回避することが出来ずに直撃を浴びる。

 

姉さん!

 

幾ら接近しているとは言えそんな細かなものが見える筈は無いのだが、陸奥の目には弾着寸前に長門が笑みを浮かべるのが見えた様な気がした。

 

だがその一瞬の後、立ち上がる水柱の中、姉の体は衝撃で吹き飛ばされ宙に舞う。

 

(あぁ……)

 

急に体の力が抜けた陸奥は立っていられなくなり、がっくりと膝を付く。

 

その所為で再び肉眼で見ることは出来なくなったが、艦娘としての視界の中では、水柱が消えた後の海面に横たわって動かない姉の姿がはっきりと見えていた。

 

「終わった……」

 

体が燃え尽きて灰になってしまった様に、何も考えが浮かんで来ない。

 

只々座り込んで肩で荒い呼吸を続ける以外に、何もやる事が思い付かない。

 

そのまま座り込み続けていれば取り返しの付かない事になったかも知れないが、幸いにもここには加賀が居てくれた。

「陸奥さん! どうされました? 大丈夫ですか⁉」

急速に近づいて来た彼女が陸奥の様子を見て心配そうに声を掛けて来る。

「大丈夫よ加賀ちゃん――何でも、何でも無いわ……」

どこか上の空のまま、陸奥は気の抜けた返事をする。

「それならよろしいのですが――そうであれば急がなければいけないのではありませんか? 長門さんの所へ」

 

(!)

 

加賀の言葉が稲妻の様に脳裏に閃く。

 

(あたしったら何してるのよ!)

 

頭の天辺から鋼の芯でも突き入れられたかの様に勢い良く立ち上がる。

「有難う加賀ちゃん! 姉さんのところへ最大戦速よ⁉」

「はいっ!」

一気に増速しながら、まっしぐらに姉の許へと走る。

 

(ばか! ばか! 愚か者! 姉さんを沈ませる積もりなの⁉)

 

幾ら自分を責めても、前方の海面に横たわる姉との距離はもどかしい程じりじりとしか縮まらなかった。

 

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