陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十一章・第二節〕

 停船した『おおやしま』の舷梯が固定され、デッキから斑駒(娘)が旗を振ってくれるので長門の顔を顧みるが、姉の返答はあっさりとしたものだった。

「旗艦であるお前が真っ先に帰投すべきだ、私は後でいい」

それはもっともだと思ったので加賀の顔を一瞥してからさっさと舷梯を上がり、待ち受ける中嶋の前に立つ。

 

「陸奥、只今帰投致しました」

「陸奥さん、たいへんお疲れ様でした」

 

恐らくこちらを気遣ってくれているのだろうが、微かな笑みを浮かべて答礼した中嶋に向かって改めて口を開く。

「申し訳ありません。私の指揮が稚拙であった為に僚艦を危険に曝してしまいました」

「いいえ、初春さん子の日さんから状況は伺いましたが明らかに陸奥さんの指揮の問題ではありません。また、もし仮にその局面で龍田さんが割って入らなければ子の日さんを喪っていたものと思われます。龍田さんの為さった事はもちろん英雄的行為でもありますが、見方を変えれば極めて冷静かつ合理的に最悪の事態を回避出来る可能性が最も高い選択をされたとも言えます。どちらにせよ、指揮や判断の誤りが介在したとは思えません」

 

「――ご配慮恐れ入ります。ですが、何の処分も無しと言うのは――」

「陸奥さんは我々に対して義務を負っている訳ではありません。強いて言うなら皆さんがお互いを大切にするという義務を負っておられるかも知れませんが、それは皆さん同士の事ですのでお任せ致します。それよりも、今はとにかく休息されては如何ですか? 皆さん早く話したがっておられますよ」

「そうですか――有難うございます。では、お言葉に甘えさせて頂きます……」

 

そう言った陸奥はそのまま背後に控えた斑駒(父)に敬礼して挨拶し更に斑駒(娘)と言葉を交わすが、その間に長門が中嶋の前に進み出る。

「初めまして、改めて確認致しますが長門さんでいらっしゃいますね? 小官は日本国海上防衛隊横須加訓練隊副長を拝命しております、中嶋と申します」

ほぼ同時に敬礼した二人だが、先んじて中嶋が口火を切ると長門も落ち着いて返答する。

「こちらこそ初めまして中嶋副長、私は――長門です。それ以上何と言って名乗って良いものか判りません。何れにせよ私は貴官を始め、その――日本国と嘗ての同胞達に弓引き、あまつさえ龍田や子の日を傷付けた身です。どうか速やかに拘束して頂きたい」

「残念ですがそれは致しかねます。この期に於いてなお長門さんが我々に害意を抱いておられると言うのであればいざ知らず、こうして敵対行為を解いて日本国の公船に乗船する事を同意されたからには、貴方を日本国への帰還者として取り扱わせて頂きます」

 

「――私は日本へ復員するのか――しかし、一つだけはっきりと申し上げておかねばなりません。私はまだ日本国へ復員する事に同意した訳ではありませんぞ」

「何と、それでは本船が日本国に帰還し接岸する前に本船を去る事もあり得ると言うことでしょうか? 再会叶った陸奥さんやお仲間を見捨てて行かれる事もあり得ると?」

さすがに長門は苦笑する。

 

「やれやれ、副長殿迄もその様な仰り方を為さるとは――陸奥よ、今の日本国では何処へ行ってもこの様な調子なのか?」

「ええそうよ♪ 姉さんが根負けしてうんと言う迄ね」

陸奥がそう応じると、横合いから斑駒(父)もにこやかに口を挟む。

「初めまして長門さん、本官は海上警備庁警備船『おおやしま』船長を拝命しております斑駒と申します。本船にようこそ乗船下さいました、ですが一度乗船された以上、離船を希望される際は必ず本官の承諾を得て頂きたくお願いしておきます」

「いやはや――どうやら私はまんまと嵌められた様ですな。宜しいでしょう、少なくとも日本国へ向かう途上で離船するとは言いださぬと約しましょう。とは言い条、斯様に卑劣な企てに陥れられるとは私も随分侮られたものだ」

そう言った長門は陸奥や皆の顔を見回しながら少し道化て見せ、中嶋が笑顔でそれに応じる。

「失礼の段はどうかご容赦の程お願い致します。改めてと申し上げては何ですが長門さん、永きに渡りたいへんお疲れ様でした。日本国を代表しましてご帰還を心より歓迎致します。まずは傷を癒し身体を休めて頂くと共に、嘗ての戦友の皆さんと旧交を温めて頂ければ幸いです」

「感謝致します、それではお言葉に甘えさせて頂くとしましょう。ですが一点だけお尋ねしたい、龍田の様子を見舞わせて頂く事は叶いますかな?」

 

もちろん陸奥にとってもそれは一番の関心事だが、それに対する回答は予想通りだった。

ちらと中嶋と視線を交わした斑駒(父)が、長門の問いに応える。

「それについては残念ながらもう少しお待ち頂かねばなりません。只今本船の船医が診療に当たっておりますが、予断を許さない容態との事です。従って、もう少し状況が好転する迄お時間を頂きたく思います」

「判りました、どうか龍田を宜しくお願い致します。状況が変わりました際は速やかにお知らせ下さい」

「それじゃ姉さん、皆の所に行って少し休ませて貰いましょ。そろそろ喉が渇いたりお腹空いたりして来る頃じゃない?」

「正直な処それがどんな感覚なのか良く分からんのだ、どう言うものなのだ?」

「それでは百聞は一見に如かず、どうぞ飲食を体験なさって下さい、ご案内致します」

斑駒(娘)がそう言って誘ってくれるので、陸奥は長門の手を取る。

「さ、行きましょ姉さん♪」

「ああ判った、行こう」

 

 三人が連れ立って船内に向かうのでそれ迄傍らで見守っていた加賀も後に続こうとすると、中嶋に呼び止められる。

「加賀さん、ちょっと宜しいですか?」

声を掛けられた瞬間、胸の中で何かがどくんと音を立てる。

「はい、何でしょうか?」

こんな時にどうやって平静を装うのかあの腹黒巡洋艦女にもっと良く聞いておけば良かったと少々後悔するが、既に如何ともする無しであった。

「他でもありませんが、よく陸奥さんを補佐して長門さんを無事にお連れ下さいました。龍田さんの救護を初春さん達に任せられると判断されて、陸奥さんの援護に回られたのも見事な対応だったと思います」

「い、いえ、特段のお褒めに与る様な事では――」

「それだけではありません、昨夜私が決断出来たのも――正直に申しますが加賀さんのお言葉があったからこそです、本当に有難うございます。一言お礼を言わなければと思っておりましたので――その――これからも、忌憚の無いご意見をよろしくお願いします」

 

砕けた処の無い生真面目な物言いではあったが、それでも明らかに中嶋の個人的な感情が込められたその言葉は、彼女が精一杯装った平静さを散り散りに吹き飛ばしてしまう。

 

「こ、こ、こちらこそ、宜しくおね、お願い致します――。で、では私は、その、これで……」

「こちらこそ、お引留めして申し訳ありませんでした」

 

とにかく一瞬でも早くその場を離れたくて、ばね仕掛けの人形か何かの様にぴょこんと一礼した加賀は、くるりと向き直るなり前を確かめもせずに歩き始める。

ところが、案の定ごんっと鈍い音がする程水密扉に額を打ち付けてしまい、思わずよろめいた拍子に肩を中嶋に支えられてしまう。

「だ、大丈夫ですか加賀さん⁉」

「は、はい! ご心配には及びません、大丈夫です、大丈夫ですので……」

 

大丈夫かそうでないかなどは全くどうでも良く、歩くのが無理ならば這ってでも中嶋の視界から逃げ出したい気持ちで一杯だった。

それ故なのか今度はいやと言う程支柱に肩をぶつけてしまうものの、全力でその痛みを押さえ込むと必死で三人の後を追って船内に消える。

 

(し、死ぬかと思ったわ……)

 

頭は腫れ上がっているかの様に痛むわ肩口はずきずき激しく疼くわで、戦闘中よりも余程酷く負傷している気がしてならない。

 

「加賀よ、大丈夫か?」

顔を上げると通路の端で長門がこちらを見ており、陸奥と斑駒(娘)と共に彼女を待ってくれている様だ。

「だ、大丈夫です――さ、参りましょう」

必死に心を落ち着かせて普通に応答しながら小走って追い付くと、長門は少々怪訝そうな顔をして口を開く。

 

「なあ加賀よ」

「何でしょうか?」

「ひょっとして副長殿に懸想でもしているのか?」

 

(!!)

 

突然何か塊の様な物が胸から喉に上がって来て、そのまま口から飛び出しそうになる。

そして息が出来なくなると共に世界がゆっくりと大きく揺れ始め、次第にそれに回転が加わって…………。

 

「か、加賀ちゃん⁉」

慌てて陸奥が駆け寄りすんでの処で抱き止めるが、既に彼女は気を失っていた。

 

「お、おい、しっかりしろ加賀! どうしたのだ⁉」

「もう姉さん! どうもこうも無いわ⁉ 間が悪すぎるわよ!」

「な、何を言っているのだ? 私は何か間違った事でも言ったのか?」

「間違って無くても不味い事だってあるの!」

「そ、そう言うものなのか? 歳月と言うのはかくも世の中を変えてしまうものなのだな」

「歳月の問題じゃ無いとは思うんだけど――まぁ良いわ。それよりも駒ちゃん、肩貸して頂戴?」

「ええ! 一先ずこのまま皆さんの所に運びましょうか」

「そうね、すぐ気が付くわよね。姉さん、取り敢えずその話題は暫く禁止よ⁉」

「判った判った……」

 

三人は加賀を抱え上げると、改めて艦娘達が待機している部屋へと向かった。

 

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