陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十一章・第三節〕

 陸奥や長門を迎え入れる雰囲気に染まっていた艦娘達だったが、そこへ唐突に正体の無い加賀が担ぎ込まれた所為でちょっとした蜂の巣を突いた様な騒ぎになってしまう。

取るものも取り敢えず壁際の寝台に加賀を寝かせて、赤城に傍について介抱してくれる様頼んだ陸奥は一先ず胸を撫で下ろす。

ほっと一息吐いて皆の方に向き直ったのだが、胸の前で両手を握り締めながらじりじりしていた子の日が無言のまま抱き付いて来る。

 

「――怖い思いさせちゃったわね、でも――とっても偉かったわ――とっても……」

 

そう言って抱き締めると、彼女は声を出さない様に我慢しながらも静かに啜り泣き始める。

 

「陸奥殿――妾の浅慮から龍田殿をあの様な目に遭わせ申しました――。罪のこれより大なるはござりませぬ……」

 

陸奥の前に進み出てそう言った初春は視線を落としたまま悄然と膝を着こうとするが、背後から長門がぐいと進み出るとその腕を掴んで押し止める。

 

「な、長門殿!」

「久しいな初春よ。再会した開口一番に言う事では無いが、お前は間違っているぞ」

 

そう言いながら、彼女は初春を立たせたまま自身が膝を着いてその顔を見上げる。

 

「何を為されますか⁉」

「いいか初春よ、お前の所為でも無ければ誰の所為でもない、お前の大切な妹を脅かし龍田を傷付けたのは他ならぬこの私だ。お前には何の罪も無い、詫びねばならぬのはこの長門だ。本当に申し訳ない」

 

片膝を着き深々と頭を垂れた長門に、さすがの初春もおろおろする。

「お、お止め下され長門殿! その様な勿体ない――」

「皆にばかり辛酸を舐めさせ、己は徒に生き残り、あまつさえ米帝に縄目の恥辱を受けた身だ。何の勿体無いことなどあろうか」

 

きっぱりと言い切った長門は顔を上げると、まだしゃくり上げながら如何にも不安げな様子で陸奥にぎゅっとしがみ付き、目だけで此方を見ている子の日の顔を見やる。

「子の日よ、お前に怖ろしい思いをさせたのもこの私だ。その上お前を庇った龍田迄傷付けてしまった。赦して貰えるなどとは思わぬが、せめて詫びる事だけは寛恕して貰えぬだろうか、この通りだ」

そう語り掛けると改めて深く頭を下げるその様子に初春が思わず口を開く。

「子の日よ、長門殿が斯様に――」

「初春ちゃん⁉」

陸奥がその言葉を遮ってゆっくり首を左右に振って見せると、彼女も意図を察して黙する。

 

子の日はと見るとまだ少し戸惑っている様だったが、やがてゆっくりとしがみ付いていた腕をほどき、おずおずと言った態で一歩ずつ長門に近づく。

 

傍らにやって来た彼女の気配に長門も徐に顔を上げると、少し涙が乾き掛けたその瞳を真っ直ぐに見詰める。

 

空気が張り詰め時が止まった様な数瞬の後、二人の間に垂れた帳を開くかの様に子の日が長門の首に両腕を回して抱き付くと、呪縛から解き放たれた様に彼女もまたその小さな身体をしっかりと抱き締める。

 

「有難う子の日よ――有難う……」

 

目を閉じたその眼尻からつうっと一筋涙が零れ、まるで不意に明かりが灯った様に雰囲気が変わると共に艦娘達が一斉に集まって来る。

「長門さん!」

「お帰りなさい長門さん!」

「長門さん、本当にお疲れ様でした!」

皆が口々に声を上げる中、際立って邪気の無い声が響く。

「ぴゃああぁぁ! 長門さーんっ!」

「おお! 酒匂! 酒匂なのか⁉」

 

陸奥も初めて目にするその姿はややほっそりとして華奢ではあるものの、身長は龍田や長良よりも高く決して幼子の容姿では無い。

にも関わらず声と言い話し方と言いその表情と言い、仲間達の中では一番幼いのではないかと思う程だ。

彼女は子の日がいるのも気にならない様子で長門の前にすとんと膝を着くなり、それこそ子の日ごと腕を回して抱き付く。

「良かったぁ、長門さんが来てくれなかったらね、酒匂どうしようかと思ってたよ! 本当に良かったぁ♪」

如何にも嬉しげに話し掛けられた長門も明るく朗らかに応じる。

「莫迦を言うな、私が酒匂を一人で行かせたりするものか! 何一つ満足に出来無い私が唯一お前にしてやれる事はそれ位なのだからな」

そう言った彼女は驚きに目を丸くしている子の日の顔を見遣ると、これまた朗らかに声を掛ける。

「子の日よ、私が最後に得た戦友の酒匂だ。どうか仲良くしてやってはくれまいか」

言われて一瞬きょとんと仕掛けた子の日も、すぐに破顔して応える。

「うん! 子の日だよ、酒匂ちゃんよろしくね!」

「ぴゃん! 酒匂だよ、子の日ちゃんもよろしくね!」

そう言い交わした二人は長門を間に挟んだまま頬を寄せて笑い合うが、ふと気付くと妙高がこれ迄見せた事も無い柔和な笑顔で慈しむ様に見詰めている。

 

(あらあら、妙高ちゃんたら何があったのかしら♪)

 

「こりゃ子の日よ! 物言いには気を付けよと言うて聞かせたではないか?」

「初春よ、大目に見てやってくれぬか? 酒匂には尊敬よりも同じ目の高さの友が必要なのだ」

確かに長門が言う通りで、同じ二等巡洋艦とは言っても歴戦の古強者である龍田や長良と同様な扱いは出来そうになかった。

 

「初春は、私にもその位気を遣ってくれたって良いんじゃないの?」

と言いながらその長良が近づいてくる。

「ほほ、これはまた些事には拘わらぬ寛容な長良殿らしからぬ仰せじゃ。ご不快の段はどうか平にご容赦下さりませ」

殊更に戯けて見せた初春にはもちろん彼女の心遣いが通じていたものの、まだ仲間同士の呼吸が判らない長門は二人の会話を言葉通りに受け取ってしまう。

「長良よ、どうか堪えてやってはくれまいか。長らく戦隊を率いて転戦したお前ならば判るだろう、衣食足りて礼節を知ると言うではないか。皆の永い辛苦の道もまだ幾許も明けやらぬこの様な折なればこそ、上に立つ者がまず進んで寛容を示してやってはくれぬか?」

「あ、は、はい……」

 

幾ら勘違いとは言えこれでは折角気遣ってくれようとした長良が流石に可哀想なので、陸奥はきまり悪そうに俯いてしまった彼女に声を掛ける。

「ねぇ長良ちゃん、その包帯はどうしたの?」

「あ、はいっ! 陸奥さんこれはその――」

「名誉の負傷だよ!」

さっと顔をあげて口を開き掛けた彼女にみな迄言わせずに、横合いから皐月が威勢良く声を上げる。

「あら、そうなの?」

そう問い返すと、今度は反対側から霰が応える。

「……旗艦の大役を立派に務められた証ですから……」

「そうだよ⁉ 本当に凄かったんだから!」

「そうだったのね! どうなの、傷は痛むの?」

「そっ、そんな事ありませんよ――全然深傷とかじゃありませんから――皐月も霰も大袈裟過ぎますよぉ」

「そんな事あるよ! こ~んな目の前で撃たれたのに紙一重で躱しちゃったんだよ⁉」

「私がつい余計な事言っちゃって――思わず冷汗出ちゃいましたから!」

飛龍が頭を掻きながらそう言うと、霰が大きく引き裂かれた救命胴衣を持ち上げて見せる。

「ちょっと――まさかそれ長良ちゃんのなの? それで大怪我じゃ無いなんてどう言う事?」

「敵潜に最後っ屁をやられちゃいまして――ひょっとして曳航出来るかなと思って近付いたらいきなり喰らっちゃったんです。でも本当に大丈夫なんですよ⁉ 軽い火傷と打ち身だけですから――」

 

胸に曰く言い難い何かが込み上げて来た陸奥は、長良に近付きしっかりと抱き締める。

「よく無事に戻って来てくれたわね――その上ちゃんと重責を果たしてだなんて――本当に立派よ」

「い、いえあのっ、陸奥さん――その、あり――あり……」

 

なんとか返事をし様とした彼女だったが途中から涙声になり、そのままさめざめと泣き出してしまう。

「あらあら、せっかく立派な旗艦振りだったって誉めたとこなのに、泣いたりしておかしいわよ♪」

そうは言ったものの、仲間達のみならずこの船に乗り組む全ての人間達の命までも背負った長良はその期待に立派に応えたのだから、重圧から解放された今位は好きなだけ泣けば良いと思っていた。

 

「――有難うございます陸奥さん、傷の痛みなんてもうどっかに消えちゃいました。これでまた頑張れます……」

 

それでもやはり気丈で負けん気の彼女はほんの少し泣いただけで体を起こし、手の甲で涙を拭いながら嬉しそうに笑って見せる。

「良かったわ――頑張り屋さんの長良ちゃん、あたしとっても好きよ」

顔を覗き込みながらそう言うと、彼女は真っ赤な顔ではにかむ。

「長良殿、此度のご活躍を聞き及びこの初春括目致しました。これからも何かとお導き下さりませ」

何時の間にか傍に来た初春が、最前とは異なる神妙な物言いで長良に向かって頗る丁重に礼をする。

「え、いやその――うん、判ればいいのよ判れば! これからも宜しくね初春!」

 

(あらあら♪)

 

思わず微笑んだ陸奥だったが、ふと見ると皐月と霰が小さく口を尖らせて、上目遣いにこちらと長良を交互に見ている。

「もう仕方無いわね、二人共いらっしゃい」

そう言って両の(かいな)を広げて見せると皐月は満面に笑みを浮かべ、霰は何時も通りほんの少しだけ嬉し気にきゅっと抱き付いて来る。

「二人共良く頑張ったわね――とっても偉かったわ」

そう言って、顔を擦り付ける様にして甘えて来る皐月と安心し切った様に体を預けて来る霰を抱き締めている内に、先程込み上げて来た気持ちが一体何だったのかが判る。

 

(仁……)

 

陸奥の胸の裡に去来したのは、岸壁に立ってこちらをひたと見詰めているあの日の彼の眼差しだった。

 

(仁が約束守ってくれたからあたしも約束守れるわ――姉さんと一緒に仁の許に帰れるのね)

 

一日でも早く日本に帰って、あの日の約束通り長門と共に只今を言いたい。

そして何よりも、彼を力一杯抱き締めたい。

 

(待っててね、仁♪)

 

そんな想いに浸りながら皐月と霰を見下ろす陸奥を、長門が嬉しさや誇らしさを隠そうともせずに目を細めて見詰めていた。

 

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