陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十一章・第五節〕

 暖かな金色の光に包まれているととても穏やかな気持ちでいられるので、時間の経過が判らなくなってしまう。

 

(あ~でも何だか幸せぇ~)

 

厭な悪夢に追い掛けられる事も無く、ふわふわとした不思議な感覚に身を任せてころころしているのは何とも言えず心地が良い。

仲間達が誰もいてくれないのは少々残念だし、自分がいなくなった(きっと派手に吹き飛ばされたりしたんだろうなと想像して見たりもする)後どうなったのかも気にはなるが、何故か仲間達が酷い目に遭っていそうな嫌な感じはしない。

 

(これから一体どうなっちゃうのかしらねぇー)

 

自分の船体が引き揚げられた訳では無いので、このまま天国に行けたりする様な都合の良い事にはならないだろう。

そうなると何れ自分は目を覚ますのだろうか、それとも最初に得たあの体は滅んでまた何時の日か自分の頭の上で誰かが危機に陥る時に新たな体を得て再誕するのだろうか。

考えて結論の出る話でもないが、どうせなら横須賀の仲間達の許に戻るなり先に天国へと旅立った仲間達の許へ行くなりはしたいものだと思う。

 

(気楽なのは良いけどぉ、やっぱりちょっと寂し過ぎよねぇ~)

 

そんな事をつらつら思い浮かべていると、ふっと右手の甲にじんわりとした温もりを感じる。

 

(あら~?)

 

不思議に思ってその辺りに触れて見るが、何も変わった感覚はない。

ところが、それを切っ掛けに周囲の様子が変化し始めた様だ。

金色の暖かい光が衰え始め、どこからか隙間風の様な冷え冷えとした空気が流れ込んで来る。

同時に、今迄何かに支えられている様にゆったりと浮かんでいた身体が少しずつ浮力を失って沈み始める。

 

(いや~ん、ちょっとこれは不味いんじゃないかしらー?)

 

そう思って何気なく下を見ると、そこに彼女が最も見たく無い物があるのに気が付き全身からどっと冷たい汗が吹き出す。

 

(嘘――何で……)

 

そこは光も届かぬ暗い海底で、砂とも泥とも付かない一面の灰色の中に黒々とした鉄の塊が横たわり、その周りを奇怪な姿の生き物達があるものは這いずりあるものは陰鬱に漂っている。

その情景こそは龍田が苦しめられ続けた悪夢の具現化に他ならず、自分は今正にそこに落ちて行こうとしていた。

 

(止めて! 一体何の嫌がらせなの⁉)

 

必死でそう叫んだ途端、自分の頭上――そこはまだ金色の光に満たされた明るい空間であったが――に陸奥を始めとする仲間達の姿が出現する。

 

(助けて、あそこに行くのは厭っ! 皆の処が良いの!)

 

力一杯手を伸ばし仲間達に助けを求めると、有難い事に皆一斉に龍田に向かって手を伸ばしてくれるのだが、どれも後少しで届かない。

沈み込む速度は少しずつ確実に増して行き、次第に金色の光が遠ざかると共に冷たい気配が足元から忍び寄って来る。

 

(お願い! もう少し、もう少しだけ頑張って⁉ 見捨てないで!)

 

彼女の懇願を仲間達はちゃんと聞き入れてくれ、懸命に手を差し伸べてくれる。

にも関わらずそれらは次々に龍田の手を擦り抜けてしまい、急に沈み込みが早くなって身体が落下し始める。

 

(厭ぁっ!)

 

悲鳴を上げたその瞬間ぐっと力強い手が伸ばした手を握り締め、落ち込みが止まる。

 

(えっ⁉)

 

恐る恐る上を見上げると自分の手をしっかりと掴んだ手が見え、その先には笑顔が――――いや、顔が見えるわけでは無かった。

それは仲間達の中で只一人、顔は見え無いのに笑みを浮かべている事だけは何故か判るあの不思議な『誰か』だった。

そして今、相変わらず顔は見えないままに、頼もしいその腕で龍田を再び暖かい光の中へ引き上げてくれている。

 

(あ、有難う……)

 

辛うじて礼を言うとその誰かは改めて笑みを浮かべて見せ、空いた片腕で彼女の肩を包み込む様に抱き寄せてくれるが、その腕の暖かさに思わず陶然としてしまう。

言い様の無い安心感が全身を包み込み、再び穏やかな気持ちが戻って来るのがはっきり判る。

 

(何なのかしらぁ――この何だかとっても嬉しい感じ……)

 

不思議な幸福感に包まれながらもう一度その顔を見上げると、不意に視界の全てがぼやけ始めどこからか自分を呼ぶ声が聞こえて来る。

 

(たつた――たつた――たつた――)

 

「――龍田――龍田――しっかりしろ龍田、私の声が聞こえるか?」

 

「――あ――え……?」

 

「おお! 気が付いたか! しっかりしろ、どうだ私が判るか?」

「姉さん! いきなり畳み掛けちゃ駄目よ⁉」

「そ、そうか――済まんな龍田、大丈夫か?」

 

まるで夜の闇の様な漆黒の長い髪、はっきりとした目鼻立ちの凛々しい顔と無駄の無い精悍な顎。

それでいて、傍らから覗き込む様にこちらを見詰めている陸奥の顔とどことなく似ている。

 

「……な、長門さん?」

 

新しい仲間に出会う度に経験するこの不思議な感覚――初対面なのに何故か誰なのか判ってしまう。

それにとても温かな手――――手?

そうだった、長門は龍田の手をしっかりと握ってくれている。

とても温かく、力強い手……。

 

(もしかして――長門さんだったの?)

 

急に胸の奥で心臓(と言う器官だと教わっているが……)がどくんどくんと勢い良く動き始め、顔も熱くなって来た様な気がする。

「おや――ちょっと済みません、様子を見させて下さい」

長門と陸奥の更に向こうから男の声が聞こえ、それに応じて陸奥が、

「姉さん先生に場所を空けましょ、ちょっと外した方が良さそうだわ」

と長門の肩に手を掛けて促す。

「そうだな、仕方あるまい――龍田よ、また後で話そう」

 

彼女はそう言って口元に笑みを見せて、手を少しだけきゅっと握り直してから立ち上がる。

入れ替わりに斑駒(娘)と眼鏡を掛けた男が寝台の際から身を乗り出して来るが、龍田は半ば上の空のまま去って行く長門を目で追い続けている。

「済みません、ちょっとお口を開けて少し舌を出して頂けますか?」

男が何か言っているので言われるがままに口を開けると何やら金属製のへらの様な物で舌を押さえ付けられるが、専ら龍田は水密扉を開けて退室して行く長門の背中ばかり見ていた。

「それじゃ今度はこれをちょっと咥えてて貰えますか」

と今度は先が銀色で途中から薄橙色になった棒の様な物を差し出されるので、これまた言われるままに口に咥えた。

そんな風に只言われた通りに振舞いながらも、目の前には口元にほんのり笑みを浮かべた長門の顔がまるで残像の様に踊り続けている。

 

(どうしちゃったのかしらぁ~、何だかとっても嫌~な予感がするわぁ♪)

 

もちろんそれは彼女の本心では無く、寧ろ心弾む予感すら感じているにも関わらず敢えてそんな風に独り言ちてみる。

やはり、龍田はちょっと素直ではないのだった。

 

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