陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十一章・第六節〕

 その日の夕食後、艦娘達の為に開放された船室の水密隔壁に斜路が設えられると、そこから長門が押す車椅子に乗って龍田が姿を見せた。

期せずして皆の口から歓声が上がるが、その中にあって一人子の日は弾かれる様に立ち上がると彼女の許に転がる様に駆け寄り、膝に取り縋ってわっと泣き出す。

その小さな肩をしっかりと抱き締めた龍田も涙を零し、陸奥や仲間達が思わず貰い泣きしてしまうと暫しの間全員が涙にくれる。

やがて涙を拭った初春が近付き、龍田に深々と頭を下げながら妹を立たせ、くしゃくしゃになったその顔を拭いてやると仲間達も夫々に涙を拭い始めた。

それが一通り終わった頃合いを見計らって、長門が龍田の肩に手を掛けながら朗々と声を上げる。

 

「皆に報告させてくれ、龍田は私を赦すと言ってくれた、私を仲間だと認めてくれたのだ。だから今改めてお願いしたい、皆が許してくれるのならば今日只今よりこの長門を仲間に加えてくれないだろうか、どうか宜しく頼む」

「ぴゃああーっ酒匂もぉ~っ!」

「もちろんだ、酒匂も一緒だぞ」

彼女が無邪気に加わると、長門も笑顔を見せてその肩に手を置く。

もちろん許すとか許さないとかを言い出す者などいない事は百も承知だが、皆が何と言うのか興味があった陸奥は自ら口火を切って見る。

「あらあら、龍田ちゃんの許可はもう出たのにまだ誰かの許可がいるの姉さん? 皆もどうかしら?」

そう言って全員の顔をさらりと見渡すと、悪戯っぽい笑みを浮かべた皐月がさも嬉しそうに上段から口を開く。

「しょうが無いなぁ~、それじゃあボクが特別に長門さんと酒匂ちゃんに許可したげるよ!」

「ふふっ、皐月さんの許可が出たのならもう大丈夫ですね♪」

妙高が酒匂の顔を見てにっこり微笑むと、酒匂は如何にも感心した様子で問い返す。

「へえぇーっ凄いねぇ~~、皐月ちゃんは偉いんだね! みんなの中で一番偉いの?」

彼女の無邪気な様子に思わず皆笑顔を浮かべる中、皐月のすぐ背後に立った霰が何時もの様にボソッと(しかし周囲にはちゃんと聞こえる様に)呟く。

「……実は皐月ちゃんが一番偉かったんだ……知らなかった……」

「な、何言ってんだよぉ! そんな訳無いだろ⁉ あ、霰は本当にぃ……」

例によって気色ばむ皐月に、酒匂がきょとんとした様子で聞き返す。

「え~っそうなのぉ? じゃあ誰が一番偉いの?」

「そ、そんなの陸奥さんに決まってるよ! ボクの訳無いだろ⁉ もうっ」

「あら、あたしはてっきり皐月ちゃんだと思ってたんだけど違ったかしら?」

「陸奥さん迄酷いや! もう勘弁してよぉ⁉」

思わず全員がどっと笑うと皐月は顔を赤らめて歯を見せるが、そこへ長門が歩み寄って彼女の傍らに片膝を付くと微笑みながら声を掛ける。

「偉いか偉くないかなど関係無いぞ、私は皐月が許可してくれた事がとても嬉しいな」

「ボクも長門さんが帰って来てくれて凄く嬉しいよ!」

満面の笑みでそう応えた皐月を、長門は目を細めて抱き締める。

「あぁーん、酒匂もぉ!」

「判った判った、酒匂もだな」

皐月だけ狡いと言わんばかりに二人の横に膝を付いた酒匂に、長門は優し気に応じて片腕を廻す。

陸奥が車椅子の横に立って空いた押し手に手を掛けると、龍田は

「長門さんって子供好きなんですかねぇ~」

と彼女らに視線を据えたまま、問い掛ける様な同意を求める様などちらとも付かない事を言う。

「そうねぇ、好きなのかどうかは判らないけど、あんな風にしてる時は何だか寛いでる様に見えるわね」

「やっぱり色々背負っておられるからぁ、邪気の無い子達に囲まれてると癒されるんですかねぇ」

「その癒しって――難しい言葉よね、とっても」

陸奥のその言葉に反応したのは龍田では無く、すっと反対側の押し手に手を掛けた高雄だった。

「どうすれば自分は癒されるのか、どうすれば誰かを癒すことが出来るのか――考えれば考える程判ら無くなりますよね。それとも判ら無いのは私達だけで、人間達はちゃんと答えを知ってるんでしょうか?」

「そんな事は無いと思うわ、きっと人間もあたし達もそう変わりはしない筈よ」

「そうですよね――。それにひょっとしたら、答えは人間や艦娘の数と同じだけあるのかも知れませんね」

あの日のそれも僅か数時間を境に、高雄は何やら変わってしまっていた。少々おっとりとして優し気な様子は何も変わりないが、以前であれば時折見せた様な感情的になって浮き足立つ様はすっかり影を潜めてしまった。

その上とても深味を感じさせる物言いや立ち居振る舞いが目立つ様になり、彼女の上にどれ程の星霜が巡ったのかと疑ってしまう位だ。

「因みにぃ、高雄さんは癒したいんですかそれとも癒されたいんですかぁ?」

龍田の問いに、彼女は微笑して胸元に軽く手を当てる。

「私は――欲張りだから両方ね。渡来さんの癒しになりたいし渡来さんに癒されたいわ♪」

 

(いやいや出来たらそこが一番変わって欲しかったんだけど⁉)

 

「うふふぅ~陸奥さんも敵が多くて気が抜けませんねぇー♪」

「龍田ちゃんはそんな事心配しなくていいの!」

「大丈夫ですよぉー? 心配してるんじゃなくて面白がってるだけですからぁ~」

「余計悪いわよ!」

そう突っ込んでいると斑駒(娘)が何やら箱を抱えて入って来る。

「あら、駒ちゃんなあにそれ?」

「特にお許しがあったので、皆さんにちょっとおやつをお持ちしたんですよ♪」

そう言って彼女は机の上に箱を下ろし、中身を取り出し始める。

「おお、それはひょっとして甘味か?」

「あらぁ~長門さんは甘味がお好みですかぁ?」

「お好みと言うにはまだ口にするのは二度目だがな。とは言え正直なところとても有難い、斑駒殿、副長殿かお父上かは知らぬがお心付けの礼を言わねばならんな」

「駄目とは言わないけど、わざわざ言いに行くのはちょっと大袈裟よ姉さん」

「そうですね、私からちゃんとお伝えしておきますのでそれで宜しいかと思いますよ?」

「そう言うものなのか――やはり現代の日本は随分豊かになったと見える。昔の将兵達と来たら、甘味と言うだけでそれこそ大騒ぎになったものだがな」

そう言って、姉はどこか遠くを見詰める様な目をする。

「でも、時の流れってそう言うものなんだと思うわ。それに姉さんだって、もう一度荒廃し切った国や人間達の姿なんて見たく無いでしょ?」

「そうだな、それは確かにお前の言う通りだ。第一、もし悲惨な有様を見せられたりしたら辛辣な事の一つも口にし辛くなるだろうしな」

「そぉですよぉ~長門さんは文句を一杯溜め込んでるんですよねぇー、今の日本にだったら安心してそれをぶつけられますからねぇ~♪」

「龍田の言い草は随分だな、それでは私がとんだ阿婆擦れか唐変木の様ではないか」

「でも口を憚って我慢するのはよろしく無いですわ、誰かを中傷する様な事で無い限り出来るだけ口に出すべきかと思います」

「そうなのか? 妙高は何か経験がある様だな」

「毒舌妙高さんはずっと猫被っておられましたからねぇ~」

「誰が毒舌ですか! しかもよりにもよって貴方の様な腹黒い方に言われたくありません。斑駒さんのお手伝いをした折、どうして貴方の血が赤いのか不思議でしたわ⁉」

「それが毒舌だって言ってるだけですよぉ~」

「ま、待てお前達! 目下の者も見ている前で仲間割れなぞしてはならん!」

長門が如何にも慌てた様子で割って入ると、二人はけろりとした顔で口を揃える。

「まぁ長門さん、それは誤解ですわ?」

「そぉですよ~お気になさらずなさらずぅー」

「本当なのか? 信じていいのか?」

戸惑った様な顔をする長門に、思わず陸奥も苦笑する。

「まぁ信じて良いんじゃないかしら? その娘達にとっては何時もの事だし」

「そんなものなのか? 何とも早や――」

「えぇ~! 皆まだ食べて無いのに、赤城さん普通に二個目食べ無いで下さいよぉ~」

横で飛龍の上げた声が、続けて喋り掛けた長門の言葉に被る。

「おやそうでしたか? 特に意識して無かったのでつい手が出てしまって」

と口ではそう言いながらも赤城は食べるのを止める様子は無い。

「――陸奥よ、お前達は本当に大丈夫なのか?」

怪訝な顔をする姉の気持ちは良く判るが、このどこか気楽な日常が戻って来た事が皆の安堵感を象徴している様にも思える。

「多分大丈夫よ姉さん。皆少しずつ今の日本にも自分の心にも慣れて来た処だから、小さな引っ掛かり位はまだまだ起こるかも知れないけれどね」

「そうか――まぁお前がそう言うのならそうなのかも知れんな」

そう言って少し背筋を伸ばした長門の目の奥には、少々戸惑いの色こそあるものの穏やかな光が宿っている。

 

(良かったわ、こうして姉さんと一緒に日本に帰れるんだから♪)

 

そんな細やかな喜びを感じている陸奥の視界の端でその姉の手をさり気無く握る龍田が見えてしまったのだが、当の姉が特に意識する様子も無さそうなので思わず見なかったことにしてしまった。

 

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