陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十一章・第七節〕

 横濱への帰港を明日に控え、久し振りに全員揃っての打ち合せがもたれた。

中嶋と斑駒(父)によると帰港は明日の朝が予定され、入港後は念のため全員が一旦横須加にある防衛隊病院にて健診を受けるとのことだった。

 

(少なくとも、家に帰って寛げるのは夜になりそうね)

 

場合によっては一晩隊に泊まって帰宅は翌日になることも有り得るだろう。

 

(はぁ~……)

 

口には出さないが、思わず内心で溜息を吐く。

いよいよ葉月と対面しなければならないと思うと、とにかく憂鬱で仕方が無い。

勘の良い彼女の事なので仁の変化にはすぐに気付いただろうし、ことに依っては何があったのか厳しく詰問して洗い浚い白状させる位の事はしているかも知れない。

 

(仁が葉月に逆らうのは無理よねぇ♪)

 

陸奥の脳裏に、葉月の前で正座させられた仁が彼女の説教を懇々と聞かされて首を項垂れている様が浮かんで来る。

その様子を普通に表現するならば不甲斐無いとしか言い様がないところなのだろうが、どう言う訳かそんな彼を想像して見ても一向に腹が立つとか歯痒いとかいった感情は湧いて来ない。

寧ろ、しょ気返っている彼をきゅーっと抱き締めてあげたいなどと妄想してしまう位だ。

 

「どうかしたのか? 何か嬉しい事でもあるのか?」

さも訝しげな長門の声に、突然現実に引き戻される。

「えっ、あらっ? な、何でも無いわよ、姉さん⁉」

「そうか、それにしては随分と楽しそうな笑顔だったぞ?」

「そ、そうだったかしら? 自分じゃどんな顔してるか判らないから気付かなかったわ♪」

「まぁ、それは確かにそうだな」

 

(あ、危ない危ない――でも――何時かは説明しないとね……)

 

そう思いながら改めて食事に箸をつける。

打ち合わせの後の昼食は、これも同じく出撃前夜の夕食以来久方振りの全員揃っての食事だ。

龍田は念のためにまだ車椅子に乗ってはいるものの、食事は普通に摂って良いと許可が出たので今も長門の隣でにこにこしながら箸を動かしており、頗る上機嫌の様だ。

周囲にさっと視線を走らせると蒼龍と飛龍が今の遣り取りに聞き耳を立てていたらしく可笑しそうに含み笑いをしているが、彼女らにはそれなりに弁えもあるので、姉の前で陸奥が焦るような話題を突然振ったりする様子は無さそうだ。

 

(大丈夫――見たいね……何時話そうかしら、迷うわね)

 

すっかり油断して先の事に考えが飛んだ時だった。

「それにしても、どうやら無事に陸奥さんを渡来さんの許へお帰し出来そうで何よりです! お誓いした手前、とても安堵しておりますよ」

 

(!!)

 

思わず全身が凍り付く――誰かなどと考える迄もない大きな声――。

必死で目だけを動かして咄嗟に彼女を止められそうな加賀を探すが、今日に限って赤城の傍にはおらず陸奥よりも更に遠くにいる。

ならば仕方が無い、何とか自分でこの場を取り繕わねば!

 

「いやあの、赤城――」

「ほほ、赤城殿、如何に本土の近海迄辿り着いたとは申せ、安堵するには気が早うござりませぬか? 油断と慢心とは鬼門にござりまするぞ♪」

何とか口を開きかけた陸奥の言葉を絶妙の間合いで遮った初春が例によって雅やかな調子で口を挟むと、そこへ更に赤城の隣に席を占めていた瑞穂が言葉を継ぐ。

「初春さんの仰る通りですわ、古より百里を行く者は九十をもって半ばとすと言うではありませんか? 無事に陸に足を付けてから存分に安堵しても遅くは無い様に思いますがいかがでしょう」

 

二人の見事な連携で一瞬の空白が生じると、長門がにこやかに赤城を顧みる。

「赤城よ、どうやら一本取られた様だな。良いではないか、二人の言う通り陸に足を付けてから存分に気を弛めようぞ。私も初めて陸に足を付けるのを今から楽しみにしているのだ♪」

と軽く窘めるように言って、その場を旨く纏めてしまう。

「これは参りました、全く皆さんの言われる通りですね♪ それでは、気を抜くのは長門さんの仰せの通り陸に足を付けてからに致します」

赤城の美徳が如何なく発揮されるのを見るのはさして珍しい訳でもないが、この度ばかりは激賞したくなる程素晴らしかった。

 

(何より初春ちゃんと瑞穂ちゃんに感謝だわ――二人共有難う)

 

そう思って彼女らの顔を見ようとした陸奥は、次の姉の言葉を全く予期していなかった。

「それはそうと陸奥よ、お前はどういう訳でその渡来殿とやらの許に居候しているのだ?」

 

(うぅ――ま、まだ終わってなかったのね)

 

「そ、そうね、ちょっと色々あってこうなっちゃったのよ♪」

「それにしても渡来殿はまだお若いと言うことだったな。家庭の生活というものが私には良く判らんが、居候を抱えるのは結構な経済的負担になるのではないのか? それとも、そこはやはり命を助けられた事に対する恩義と言うことなのか?」

「まぁそうねぇ――自分の命はあたしから貰ったものだって、何時も繰り返し言ってくれるわね」

「そうか、やはりそういう律儀なところがあるのだな――しかしそれにしてもお前たち二人も居候しているのだろう、それはまたどういう経緯なのだ?」

言いながら長門は初春と子の日の顔を見る。

今すぐ席を立って逃げ出したい気分だがさすがにそれは出来かねるので、ここはもう二人の機転に任せるしかないのだろうか?

「長門殿、有り体を申しますれば、子の日が陸奥殿を思慕致しまして寝食を同じゅうしたいと願うたところ、それを叶えて頂いたのにござります。妾は子の日の目付け役と言うところにござりましょうかの」

彼女は何気なく事実を述べただけに見えるが長門の歓心を得られるように巧みな物言いをしており、その説明を聞くやいなや姉の機嫌が良くなる。

「そうか♪ 子の日よ、そんなに陸奥が好きか?」

笑顔でそう言うと隣に座った子の日の顔を見る。

「うん! 大好きだよ!」

如何にも天衣無縫なその言い様に長門は、

「そうかそうか、子の日は素直な良い子だ♪」

と相好を崩す。

 

(はぁ良かった――本当に初春ちゃんには足を向けて寝られないわね)

 

今度こそ何とか切り抜けただろう、そう思った陸奥は手早く食事を終えてしまおうと改めて膳に箸を付けなおし掛けたが、何と三度危機が襲ってくる。

「待てよ? ――子の日よ、そもそもお前は最初どこで起居していたのだ? 内地に帰還するなりその渡来殿の許へ行った訳ではあるまい?」

問いかけられた彼女は困ったように俯いてしまうが、それでも少々気乗りしない様子ながら首を左右に振って見せる。

「最初は訓練隊にいたの。霰ちゃん、朧ちゃんと一緒に帰って来たから――」

と言い難そうに口にする。

「それでは何時そこを離れて陸奥の許へ行きたいと思ったのだ? 陸奥が初めて隊を訪れた時なのか?」

駄目だ、これ以上成り行きに任せておくわけにはいかない――覚悟を決めて長門には場所を変えて説明するとはっきり言おう。

そう決心した陸奥が口を開きかけると、その意図を察したものか横合いから初春が長門の問い掛けに応える。

「そうではござりませぬ。妾と子の日は訓練隊にて短い間ではござりましたが、陸奥殿と起居を共にさせて頂いておりました。渡来殿のお宅にお世話になり申したのはその後の事にござりまする」

「そうだったのか――だが、一体何故そんな行きつ戻りつをしたのだ?」

言葉と共に姉が顔を見るものの、既に肚を据えていた陸奥は落ち着いて返答出来る。

「それを話し出すと食事時の雑談じゃ済まなくなっちゃうのよ、後でゆっくり話すわ姉さん」

「――そうか判った。ではそうしよう、後程詳しく聞かせてくれ」

「ええ」

思わず食卓に突っ伏しそうになる。

 

(結局こうなっちゃったわね――まぁ仕方無いかしら)

 

心中で嘆息しながら三度改めて食事に戻ろうとしたが、先程のこともあるのでまだ気が抜けないと用心し掛けた矢先、案の定四度長門が口を開く。

「――ちょっと待ってくれ陸奥よ」

「今度は何、姉さん⁉」

とはいえ、今度の姉の反応はどうやらこれ迄とは少し気色が違う様だ。

「まさかとは思うが――その渡来とかいう男、お前にふしだらな情念を抱いているのではあるまいな⁉」

「いや、ふしだらって姉さん――」

「何を言うか! その男が馬鹿でないのであればお前にはこの私と言う姉がいる事位判っていよう⁉ にも関わらず、私がおらぬを幸いとばかりにお前を誑かして私宅に引き入れるなど、これをふしだら不品行と言わずして何と言うのだ⁉ 大体――」

「もう、いい加減にして姉さん! どうしてそんなにあたしを晒し者にしたいの⁉」

 

思わず立ち上がって言い放つと、さすがの長門も一瞬口を噤む。

 

そのまま勢いに任せて溜まった文句を並べ立ててやろうと思ったものの、僅かに生じた沈黙を縫って今迄笑顔を浮かべて事の推移を眺めていた龍田が唐突に口を挟む。

 

「長門さぁん、龍田ちょっとご機嫌斜めなんですけどぉ~」

「そ、そうか、これは済まなかった、つい大声を出してしまったな」

「違いますよぉ、大声なら赤城さんで慣れっこですしぃ。そうじゃなくてぇ、長門さんはやっぱり陸奥さんが一番大事なんだなぁ~って思ったからですぅ」

「何を言い出すのだ、確かに陸奥は私の妹だから大切に思いはするが、だからと言って龍田や皆の事をどうでも良いなどとは思わんぞ?」

「でもたった今、陸奥さんのことを好きな男の方がいるって言うだけで怒ってらっしゃいましたよねぇ。長門さんは龍田のことを『男達が放っておかない』なんて誉めて下さったそうですけど、私が男性に言い寄られてもちゃんと怒って下さるんですかぁ?」

そう言って龍田は拗ねた様な顔で長門を横目に見る。

自然な媚びなどと言うものがあるのかどうかはともかく、もし陸奥が同じことをしようとしたならどこかが引き攣ってしまうだろうと思われる程、彼女は繊細な表情と仕草で嬌態を露にして見せる。

 

(や、やっぱり龍田ちゃん恐るべしね……)

 

「む――いや、お前の言う通りだ龍田よ。私も些か性急にものを言い過ぎた様だな」

「うふふぅーありがとうございますぅ、龍田もちょっとご機嫌なおりましたよぉ♪」

たちまち今度は打って変わって邪気のない笑みを浮かべて見せる彼女に、さすがの長門も少々気圧されている様だ。

 

「姉さん?」

「うん、なんだ?」

「気持ちは良く判るけど、焦って早合点したって何にも良いことなんか無いわよ、あたしはそれで大失敗したんだから――。それに、ものを感じる心っていうやつと折り合いを付けて行くのってそんなに簡単じゃないわ。あたしも皆も未だに苦労してるのよ?」

「やれやれそう言うものなのか、何にせよ厄介な事だな」

「それに皆があたし達に一生懸命気を使ってくれたのよ、判る?」

「ああどうやらその様だな――皆済まなかった、何事にも時と場所を弁えねばならんと言う事が良く判った。何様慣れていないものでな、勘弁してくれまいか」

その言葉を聞いてやっと皆の空気が元通り和やかになる。

「それじゃ姉さん早く食事を済ませましょ? それからゆっくり姉さんの疑問に応えることにするわ」

「判った、しかしくれぐれも言っておくが簡単には納得せんぞ? 場合によってはその不埒な男を締め上げねばならんからな」

「はいはい、判りました」

苦笑した陸奥は、やっと安心して残りの食事に箸をつけた。

 

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