陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十一章・第九節〕

「二人共用意出来たかしら?」

「うん!」

「宜しゅうござりますぞえ」

初春と子の日の返事を確認すると、二人を先に出させて船室をぐるりと見渡してから陸奥も後に続く。

船が複雑な動きをしており、接岸し様としているのが感じ取れる。

 

(落ち着きなさい、落ち着くのよ陸奥!)

 

全力を振り絞って平静を装ってはいるが、実の処は期待と不安とで腹の中がひっくり返りそうな気分だった。

斑駒(娘)によれば仁には帰港の連絡は行っているとの事なので、余程のことでも無い限りは彼が迎えに来ているのはほぼ確実である。

それはもちろんそうなのだが、葉月は果たしてそこに居るのだろうか?

言う迄もなく彼が知らせなければ葉月には判らない筈だが、生憎今日は平日なので彼が大学を休むなり遅れて行くなりすれば何をしに行ったのかばれてしまうのは確実であり、そこを惚け切る様な度胸は多分ないだろう。

 

(あんまり期待し過ぎても可哀想よねぇ)

 

心の片隅では両手を広げて立つ彼の胸に飛び込む自分を想像してつい期待してしまうのだが、現実にはそんな事は無理だろうという諦めもある。

ただどういう状況であれ、もしも葉月がやって来た場合陸奥としてはどう彼女に接したらいいのかさっぱり見当が付かなかった。

 

そんな不安定な思いを抱え込んだままとうとう上甲板に出るが、陸奥が顔を見せるやいなや既に先に出ていた仲間達が曰く言い難い表情でこちらを見る。

 

(はぁ、判っちゃった……)

 

辺りを見回す迄もなくそれで結果が判ってしまったが、念の為に彼を探して見る。

とは言え早朝の埠頭に集まった人の数はさして多くは無く、仁の姿を見付け出すのはいとも容易い。

彼は警備官や防衛官達の後ろで大人しく接岸を待っており、そして彼の腕を――まるで関節技でも掛けているかの如く――がっちりと拉いだ葉月がその傍らにぴたりと張り付いていた。

 

(ん……)

 

その光景を見た瞬間、少々意外なことに自分が腹を立てているのに気が付く。

当然と言えばそれ迄だが、彼女の露骨な態度は仁の気持ちが大きく陸奥の方に振れたことに気が付いているからであり、『絶対に渡さないからね!』という明確な意志表示なのだろう。

 

(でも――何もそこ迄しなくたって良いじゃない!)

 

彼女が力尽くで仁を取り返そうとしている事に対して何とは無しに反発したくなるのを感じると共に、その感情の所為なのか幾らか落ち着きが戻って来る。

「あ~あ、もう仁ったら頼りないんだからぁ」

子の日の大人びた言い方が可笑しく、少し心に余裕が出てきた陸奥はごく軽い調子でそれに応じる。

「仕方ないのよ、仁は葉月に歯が立たないんだから♪」

「――という事であれば、やはり我々が積極的に動かざるを得ませんね」

「えっ?」

何時の間にか、そっと加賀が傍らに立っていた。

「陸奥さん、ここは奇襲攻撃あるのみかと思いますが如何でしょうか」

「えっ、奇襲って――この状況で?」

思わずそう聞き返すと、今度は反対側に妙高がすいと身を寄せて来るなりまるで軍師よろしく解説してくれる。

「奇襲とは即ち、その備え無きを攻めその不意に出ずと言うことです。敵の虚を突きさえすれば必ず奇襲は成功します」

「み、妙高さん、ちょっと物言いを加減してもらえませんか? 私、背中に厭な汗が出て来ました」

赤城の口調は半ば真剣で、思わず吹き出しそうになる。

「良く判ったわ、でも具体的には何をし様って言うの?」

そう言って彼女らを顧みると、これまたその間合いを見計らっていたかの様に斑駒(娘)が呼び掛けて来る。

「艦娘の皆さんは一旦こちらに集合して下さ~い」

どうやらこれは目敏く勘も鋭い葉月への対策として、ひそひそ相談しあっている様子を悟らせ無い為に、場所を移動した上で人垣を造るのが目的の様だ。

 

(何時の間に、こんな企みが進んでたの?)

 

そうは思いながらも皆の積極的な後押しは素直に嬉しいし、彼女に対する反発心もあって些か痛快にも感じてしまう。

 

「――――と言うのが作戦の内容です、ご理解頂けましたか?」

「う、うん大体呑み込めたわ――因みにどの位の時間がありそうなの?」

「普通に考えて数秒と言う処ではないでしょうか――」

「いえ、頑張って十秒稼いで見せます!」

両手を握りしめた朧の鼻息は荒い。

彼女に声を掛け様とした時、長門が龍田の手を引いて現れる。

「皆もう整列しているのか、いよいよ上陸だな!」

「長門さん、早速で恐縮ですが我々は現在臨戦態勢にあります。勝手を申し上げますが私の指揮下に入って頂けますか?」

「何だ随分穏やかでは無いな赤城よ、そもそも敵は何処なのだ?」

「あら~、ひょっとして敵はあそこですねぇー♪」

すぐに状況を察した龍田がちらりと目配せして見せる。

「あの人間達が敵だと? 何を一体――ちょっと待て陸奥よ、ひょっとするとお前が言っていたのはあの二人の事か?」

「――そうよ姉さん」

「やはりそうか、つまりあの不埒千万な男を締め上げると言う訳だな⁉ ならば余計な前置きなぞ不要だ、この私に任せておけ。全く――お前と言うものがありながら、あの様に他の女と膠漆として見せるなど怪しからん男だ!」

「うふふぅ~長門さぁん、多分ちょっと違うと思いますよぉ~?」

「何だと、そうなのか?」

「龍田さんの言う通りです、作戦開始迄余り時間もありませんので、失礼ながら私の指示をお聞き頂けませんか?」

「う、うむ、判った――」

 

それから幾許も無く『おおやしま』は岸壁に接岸し、舫が打たれた後に下船用の舷梯が降ろされる。

「それでは、そろそろ参りましょうか」

「え、ええ、良いわよ」

「行くぞ陸奥よ。いいか、どんな戦であっても勝たねば意味が無い。やると決めたからには全力で勝ちに行くのだ、いいな⁉」

「判ったわ姉さん」

そして間もなく艦娘達は、一団となってゆっくり舷梯を下る。

出迎えた警備官や防衛官達に一通り答礼を済ませると、斑駒(娘)がさり気無く少し下がってそれを見守っていた仁と葉月の方に皆を誘導する。

先頭に立っているのは加賀と朧、霰、皐月で、四人はそのまま葉月の前に進み出る。

「塔原さん、急な出立でもあり先日のご案内のお礼を申し上げることが出来ませんでした。こうして無事に帰投致しましたので改めてお礼をと思った次第です。本当に有難うございました」

彼女達を代表した加賀は丁寧に口上を述べて深々とお辞儀をし、朧達もそれに倣って深々と礼をする。

「あ、いえ、こちらこそどう致しまして、そんなに丁寧にお礼を言われると恐縮してしまいます。もう頭を上げて下さい」

さすがの彼女も仁の腕を離して礼に応じると、早速顔を上げた朧達が彼女を素早く取り囲む。

「すっごく楽しかったです! 本当にありがとうございます♪」

「ほんとだよ! それに、塔原さんがなんでも知ってて驚いちゃったよ⁉」

「小さい頃からあの近くで育ったんだから、そんなの別に凄く無いわよ!」

一瞬葉月の警戒心が薄れ、仁から視線が外れる。

 

(い、今ね――仁! 仁!)

 

陸奥が彼を見詰めて強く念じながら歩み寄ると、その心の声が届いたのか気配を察したのか仁はこちらを振り返ってくれる。

 

(あっ!)

 

視線が交わったその刹那、胸の奥から彼に対する感情が湧き上がって来るのを感じ、抑え切れないかの如く体が自然に動いていた。

 

「ただいま、仁!」

 

そう言いながらぎゅっと力一杯抱き付くと、さすがに不意を衝かれた彼は束の間凍り付く。

 

が、数瞬の後にはまるで何かに引き付けられるかの様にその腕が陸奥の背に回され、しっかりと抱き締められる。

 

「お帰り――むっちゃん……」

 

耳元で囁かれるその優しい声に、溶けてしまいそうな自分がいた。

 

得も言われぬ幸福と安堵が体中に満ち溢れ、無事に彼の許へ帰って来たと言う実感で胸が一杯になる。

 

「なっ! 何してるのよ⁉ ちょっと仁! 離れなさいよ⁉」

 

僅かに遅れて気が付いた葉月が、大声を上げながら朧や皐月たちを一生懸命に振り解く。

その声を聴いた陸奥はごく自然に腕を弛めると、改めて仁の瞳を真っ直ぐに見詰める。

「家に帰れるのは夜になるかも知れないの、だからまた後でね」

「分かったよむっちゃん、連絡待ってるからね」

 

「ナニ目の前で堂々とそんな事してる訳⁉ 良い加減にしなさいよ!」

 

焔の様な勢いで葉月が詰め寄って来るが、最前の周章振りが自分でも不思議になる位に落ち着いていた。

「ごめんね葉月、でもほんのちょっとだけ独り占めして只今を言いたかったの。仁が毎日ちゃんと祈ってくれてたから、こうして無事に姉さんと一緒に帰って来れたんだもの」

「渡来殿に塔原殿で良かっただろうか? 初めまして、陸奥の姉の長門です。妹が一方ならず世話になっているとの事、衷心よりお礼申し上げたい」

 

何だかんだと言いながら長門は自分の役回りをちゃんと心得てくれており、実に泰然として威のある挨拶をしてくれる。

そしてきちんとした建前を用意してあげさえすれば、仁は葉月の顔色に囚われずに振る舞う事も出来るのだ。

 

「初めまして長門さん、渡来仁と申します、長い間本当にお疲れ様でした。僕如きが言うことではありませんが、こうして日本に帰って来て頂いて本当に嬉しく思います。それに――お世話だなんてとんでもありません、陸奥さんに命を助けて頂いたのは僕の方なんですから」

 

彼がそう言うのを耳にすると長門が『ほう……』とでも言いた気な表情を見せ、それから改めて葉月に向き直る。

 

「塔原殿、我が妹の不躾な振舞いにご立腹なのであろうが、どうか大度をもってご寛恕頂けないだろうか。貴方がた人間とは命と言うものの意味も違うかも知れないが、妹達は現に命の遣り取りをする戦の場裏を潜り抜けて来たのだ。それに免じて少しだけ目を瞑ってやって頂けると有難い」

「ちょっと姉さん、何もそんな事迄――」

 

姉が事前の打合せからは大きく外れた様な処迄(しかも流暢に)述べ立てるので、さすがにばつの悪い思いがしてそう口に出し掛ける。

しかしそこはやはりと言うべきか、陸奥に皆迄言わせる事無く葉月が溜め息を一つ吐いて喋り始める。

「――良く分かりました――むっちゃん、今のは一応フィフティ――いやお互い五分の星と言う事にしといてあげるわ。でも、言っとくけど大目に見るのも限度があるからね? それははっきり言っとくわよ⁉ それと長門さん、改めましてご帰還を心よりお慶び申し上げます。この先お時間が許すことがありましたら是非一度現代の日本を案内させて下さい、宜しくお願い致します!」

さすがと思わせる見事な挨拶でその場を纏めてしまうと、葉月はその勢いのままに仁の手をぐいっと掴む。

「さ、今からなら一枠目に間に合うから急ぐわよ! ――初春ちゃん子の日ちゃん、晩ご飯楽しみにしててね♪ それではこれで一旦失礼します」

そう淀みなくかつ一方的に捲し立てておいて、笑顔で彼を引き摺って行ってしまう。

 

「やれやれ、あの女かなりの剛の者だな」

「うふふ、そうよ姉さん、葉月は特別だわ♪」

「それにしてもあの様な男がお前の好みであったとはな――まぁ、思っていたよりは誠実そうではあったがな」

「ね、姉さん、そういう言い方止めてくれない? さすがにちょっと恥ずかしいわ」

「そういうものなのか、まぁ私はどちらにせよ余り関心は無いがな」

「うふふぅーそうですよねぇ~、長門さんも男性に興味が無くて龍田はとっても嬉しいですぅ♪」

「な、何だと龍田よ、今のは一体どう云う意味だ?」

「何でもありませんよぉ~お気になさらずなさらずぅー♪」

そう言って姉の腕に抱き付く龍田の笑顔が余りに嬉しそうなので、仲間達も唯々苦笑いするより他無い。

 

(でも良かった♪ 皆のお陰ね……)

 

何はともあれ、どうして乗り切れば良いのか見当も付かなかった帰国後最初の対面を無事に終えることが出来たのだ。

その実感が徐々に湧いて来た陸奥の脳裏はやっと晴れやかになった。

 

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