陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第一章・第七節〕

 徳山に向かう列車には少し間があったので、駅のトイレで着替えを済ませる。

仁の服はほぼ乾いていたもののたっぷりと潮を吸っていたので、葉月がコインロッカーに入れてくれていた荷物から着替えを選んだ。

彼は同行していた大崎・吉田が荷物番をしてくれているものと思っていたが、駅に彼らの姿は無かった。

怪訝そうにする彼の様子を見てとった葉月が聞きもしないのに、

「予約してあった列車に間に合うみたいだったから、先に行っててって言ったのよ!」

とお得意の軽いドヤ顔で解説してくれる。

何時もの如くそれは一体何に対するドヤ顔なんだと突っ込みたくなるが、それよりも先に解決しなければならない懸案もあるので我慢してやめておく。

とにかく陸奥の奇抜な格好は恐いぐらいに人目を惹いており、このまま移動するのはどう考えても無理があった。

彼女の身長は仁とほとんど変わらず、葉月よりは10センチ以上高いと思われたため、彼女の服を借りるのはおそらく無理だろう。

 

(それに、身長だけの問題じゃないんだよなぁ♪)

 

などと考えながら彼は自分の荷物を漁って陸奥が着られそうな服を探し、結局ハーフパンツと薄手のパーカーを選びだした。

 

「取り敢えずこれに着替えてくれる?」

 

と言いながら彼女に手渡そうとするとそれを横合いから葉月がサッと引ったくり、

「服を着替えるのも初めてなんでしょ? わたしが手伝ってあげるわ、行きましょ陸奥さん!」

 

と捲し立て、有無を言わせず陸奥を引っ張って行ってしまう。

だが仁をちらと見た彼女のその柔らかな笑顔に不安の影はなく、寧ろ事態を楽しんでいる様な明るさがあった。

少し安心した彼は、荷物を纏めるとベンチに座って新幹線の空席情報を確認し始める。

程無く葉月が呼ぶ声に顔を上げると、そこには全く別人と言っても差し支えない位に雰囲気を一変させた彼女がいた。

洒落っ気の欠片も無い只のパーカーとハーフパンツが、こんなに華やいで見えるものなのだろうか?

男物の無愛想な衣装も彼女の見事な曲線を隠し切れていない。

 

「ま、取り敢えずはこれで良いわよね!」

 

何やら妙に満足気な葉月がちょっと滑稽にも見えるが、そんな事で余計な突っ込みをして彼女を不愉快にさせるいわれは何も無い。

 

「新横濱ででも、何か服を買わなきゃね」

「服を着替えるのって何だか不思議な感じね――でもとってもワクワクするわ♪」

「じゃあ、自分で服を選んだらもっと楽しいね♪」

「あたしが選んでいいの⁉ 嬉しい! とっても楽しみだわ♪」

「調子に乗らないでくれる? 只じゃ無いのよ!」

 

葉月はまるで自分が払わされるかの様に噛み付く。

 

「別に葉月が払う訳じゃないだろ! それにエニクロやGAでどんだけ高い服買えるんだよ」

 

彼がそう突っ込むと彼女はぷっとふくれ面になり、自分の荷物を乱暴にひっ掴んで、

「もうすぐ電車来るわよ⁉ ぼやぼやしないの!」

とさっさと歩き始めてしまう。

仁は思わず陸奥の顔を見た(彼女が悲し気な顔をしてはいないかとついチェックしてしまうのだ)が、初めて彼女が苦笑するのを見てしまった。

 

「何て言うかその……いちいちゴメン」

「葉月さんって本当に裏表の無い人ね♪ もし許してくれるなら仲良くなりたいわ」

「きっとなれるよ! 時間は掛かりそうだけど……」

 

口ではそう言った彼も、内心では本当にそんな日はやって来るのだろうかと危ぶんでいた。

 

とにもかくにも葉月を一人で行かせる訳にもいかず、二人は改札を通ってホームへ向かうが、その間に仁は彼女の顔に大きな変化がある事に気が付く。

 

「えっと、その――角はどうしたの?」

「信号桁よ!」

「え、なに?」

「あのね、あたしの艦橋には信号旗なんかを掲揚するための信号桁っていうものが付いてたの。それがこんな形をしてたのよ!」

 

そう言いながら陸奥は何時の間にか手に持っていた巾着袋から角つきのカチューシャを取り出し、顔の高さに差し出す。

金属光沢を帯びたその角――では無くて信号桁を彼は何気なく手に取ったが、意外な程の重さに驚く。

 

「こんなに重いんだ! これをどうやって頭に載せてるの?」

「答えられない事ばっかりでごめんなさい。でも、頭に載せてた時は全然重さなんて感じ無かったし落ちそうな感じも全然無かったのよ?」

「へぇぇ何だか不思議な事尽くしだねぇ~、やっぱり陸奥さんは本当に軍艦なんだなぁ」

「……」

 

彼女は一瞬困った様な顔をして、少しだけ唇を尖らせる。

 

「どうしたの?」

「大した事じゃないの……やっぱりいいわ!」

「え、何? ――あ、もしかしてゴメン! 何か嫌なこと言っちゃった?」

「ち、違うわ! そんな事じゃないの! 大丈夫よ、何も変な事なんか言って無いわよ」

「じゃあ何? 気になるから言ってよ」

 

少し躊躇った彼女だったが、それでも言葉を選びながら話し始めた。

 

「……あのね、あたしさっきはつい仁って呼び捨てにしちゃったけど――」

 

「え、全然OK――いや、全く気にして無いけど?」

「有難う♪ でもね、仁はあたしのこと陸奥さんって言うでしょ? それが何だか――その――くすぐったいの」

「陸奥さんは、くすぐったがりだね♪」

「やだもう! 色々とくすぐったい事があるの!」

 

そう言って彼女は愉しげにクスクス笑う。

 

「でもなぁ~、何て呼んだらいいの? ――『陸奥』とか?」

 

「……」

 

一瞬満更でも無さそうな表情を彼女は見せたが、すぐに少々困った様な顔になり、おずおずと口を開く。

 

「……気になる事、言っても良い?」

「う、うん」

「葉月さんが、また不機嫌になりそうな気がするの」

「だよね……」

 

この時点で既に葉月は、ホームの向こうの方から抵抗力の無いお年寄りや幼児なら軽く卒倒させられる程の殺気だった眼差しでこちらを睨み付けていた。

思わず身震いした仁は、

 

(このままだと何時か刺される気がする……)

 

と真面目に心配になり、少なくとも葉月の見ている前では陸奥とあまり楽しそうに話をしない様心掛ける事にした。

 

「長旅お疲れ様でした。それともそんなに長くは感じなかったかしら?」

 

葉月の刺々しい言葉がグサグサ突き刺さってくるが、神妙な顔付きでやや俯き加減の陸奥は、彼が説明する迄も無く目の前の嵐を何とかやり過ごす態勢に入っている。

彼女の飲み込みの早さというか状況を読み取る力は、こういった能力が抜群に優れている葉月程とは言え無いものの中々のものだ。

 

「待たせてごめん! 葉月が巾着貸してあげたんだね」

 

これ迄の人生で蓄積した経験値を総動員して彼は考え抜いた第一声を発するが、それが報われたのか多少は葉月の琴線に掠った様だ。

 

「別に、わたしの荷物に入れたく無かっただけよっ!」

「あのさ、葉月の意見を聞きたい事があるんだけど」

「わたしが言いたい意見以外は、言わないわよ」

「陸奥さんの事なんだけど――」

「言わない」

「陸奥さんって呼ぶの、何か堅すぎの様な気がしない?」

「しないわ」

「本当に? でも葉月を塔原さんって呼んだらおかしいだろ?」

「そうでも無いけど」

「じゃ、今から塔原さんって呼んでも良いかな?」

「したければどうぞ」

「で、陸奥さんの事陸奥って呼んでいい?」

「い――良い訳無いでしょ! 幼馴染みのわたしが苗字でさん付けなのに何で呼び捨てなのよ! 有り得ないでしょ⁉」

「だと思うから相談してるんだよ~、頼むから一緒に考えてよ」

「そんな事も自分で考えられないの? ホンとに世話が焼けるわねぇ」

「じゃあ、葉月は何て呼んだらいいと思う?」

「考える様な事じゃ無いでしょ! さん付けで堅過ぎるんだったらちゃん付けしか無いじゃない⁉」

「つまり、陸奥ちゃんって呼べと?」

「そうよ、気に入らないの⁉」

「じゃあ葉月も呼んでみなよ~」

「む、むちゅちゃん、ほら、ちゃんと呼べるじゃない!」

 

誰がどう聞いても失敗した早口言葉としか思えないのだが、彼女は強弁した。

 

「今のは、ちゃんと呼べてるんだ……」

 

「五月蠅いわねぇ~、大体こんな語呂の悪い名前なのがいけないのよ!」

「ごめんなさい……でも、あたしの名前って言うより陸奥国の名前なんだけど……」

 

「そうだよ、東北の人達ににケンカ売ってるよ?」

「知らないわよもうっ! 陸奥ちゃん、陸奥ちゃんって100回くらい呼んでたら馴れて来るわよ!」

「『つ』と『ち』が繋がってるから発音し難いんだよなぁ~、『つ』を飛ばしてむーちゃんとか?」

 

「……」

 

陸奥が曰く言い難い微妙な表情になり、それを代弁するかの様に葉月が酷評する。

 

「何だか、無性にカチンと来るわね」

「まぁ、そもそも言った自分が気持ち悪かったけどね……」

 

「あの、もうそんなに気にしないで? 一生懸命考えて貰うの何だか申し訳ないわ」

「じゃあお言葉に甘えてこれが最後よ。伸ばすのがダメなら詰めて『むっちゃん』でどう? これで気に入らなきゃ、さん付けで我慢するのね!」

 

「……」

 

「……」

 

「何よ、まだ気に入らないの⁉」

 

「いや……」

 

「ええその……」

 

「何? はっきり言えば?」

「いやその――良いんじゃないかな?」

「あの――良く分からないけど何だかちょっと嬉しい感じ? がするわ」

「うん、凄く良いと思うよ! ねぇ、むっちゃん?」

「あっ――とっても不思議な感じ……この辺が温かい様な、そんな感じ」

 

陸奥は胸の中央辺りを両手で軽く触れながら、伏し目がちにそう言った。

 

「有難う葉月! 何か凄くはまってていいよ♪」

「葉月さん有難う。とってもいい呼び名だわ」

「き、気持ち悪いわねぇ~、急にしおらしくしてもダメなんだからね! まぁ感謝の気持ち位は受け取っといてあげるけど」

 

その時駅のメロディーが鳴り響き、列車の到着を告げる。

 

「あら、ひょっとして汽車が来たのね?」

「汽車じゃなくて電車だよむっちゃん」

「さっきも言ってたけど電車って何? 電気で動いてるの?」

「そう言う事! さあ、感心してないで乗るわよ⁉」

 

 こうして仁は、陸奥を彼女がまだ見ぬ新世界――現代の日本へと連れ出した。

心配事は山の様にあったが、それこそ彼女が迷惑だと言い出さない限りそれら全てを自分が何とかするのだと、これ迄の彼には似つかわしくない昂ぶりとともに決意していた。

 

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