陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十二章・第三節〕

 会議では先日の遠征に付いてのお浚いが行われ、それはとても興味深い話だったのだが、残念ながら僕は全く集中力を欠いていた。

更に昼食を挟んで昼一番からは僕と斑駒さんが付き添い役になる次の外出予定に付いての話になり、蒼龍ちゃん飛龍ちゃん達はテンションが上がりまくっていたのにそれにもほとんど付いて行くけなかった。

何故かと言えば、昨夜初春ちゃん達が寝てしまってから、葉月がトイレに立った折にそっとむっちゃんに告げられた今日の会議後の予定が(情け無くも)ずっと頭の中を占拠し続けているからだ。

 

(とっくに気付いてるんだろうな……)

 

何時もと変わり無く葉月は何一つそれらしいことも言わずあからさまな疑いの眼差しを向ける訳でもないが、どこ迄もナチュラルに僕から目を離さないので何かある(しかも、僕が後ろめたいことだ)ことはお見通しなのだろう。

結局、幾ら必死で外面を取り繕おうが何も結果は変わらないのだ。

そう思うと、この後「申し訳無いけど、ちょっと外しててくれる?」と言わなければならないなど憂鬱を通り越して拷問に近いとも思えて来る。

そんな僕をむっちゃんが時折心配そうにちらと見るが、それを知ってか知らずか横の長門さんはほぼガン無視である。

 

(やっぱり嫌われてるんだ――はぁ~)

 

先日埠頭で短く挨拶して以来だったので改めてきちんと挨拶した積もりなのだが、長門さんはまことに素っ気無い紋切り型の返礼しかしてくれなかった。

それでもむっちゃんのお姉さんと不仲でいる訳にはいかないと思った僕は、相当勇気を振り絞ってこう申し出て見たのだ。

「今後、僕のことは『仁』と呼び捨てにして頂ければ幸いです」

しかし僕の奮った弱々しい勇気などに何の関心も示さない彼女は

「判った、一応聞き於こう渡来殿

と、一瞬にしてにべも無く否定してしまった。

 

そうこうしている内にとうとう会議は終わり、皆が立ち上がって移動を始める。

当然だが事情のあるむっちゃんと長門さんは意図的にゆっくりと立ち、自然に皆の最後について斑駒さんの声掛けを待つ態勢だが、最早説明不要な位に澄ました顔の葉月が、僕の傍には居座っている。

「済みません、陸奥さんと長門さんそれに渡来さんには少々お時間を頂きたいのですが宜しいですか?」

 

(き、来たっ!)

 

全身の筋肉を緊張させたその一瞬、まるで僕など歯牙にも掛けていないと言わんばかりに葉月が声を上げる。

「済みません、わたしが同席しては不味いお話ですか?」

 

(言えっ! ちゃんと返事をするんだ!)

 

そんな心中の掛け声とは裏腹に、僕の舌は喉の奥に引っ込んだまま出て来ようとしない。

気不味い沈黙が流れる中、所詮僕のことなど誰も待ってくれたりはしないという事を改めて思い知らされる。

痺れを切らした斑駒さんが、殊更にビジネスライクな声でさっさと返答してしまう。

「ええ、申し訳ありませんが今回は同席頂く訳にはいかないんです」

「分かりました――仁、終わったらちゃんと連絡するのよ⁉」

「う、うん、分かったよ」

全身の力が抜けてその場にへたり込みそうだ。

悠々と部屋を出て行く葉月を見送った後、斑駒さんがハァッと溜め息を一つ吐いてから僕らを誘ってくれる。

「それではこちらへどうぞ」

その言葉と共に彼女に従って動き出した直後、一瞬長門さんがこちらに冷たい視線を投げ掛ける。

 

『この腰抜けめ』

 

下眼遣いの蔑むような眼差しは明らかにそう言っており、まるで心臓に鈍らな刃物でも突き立てられた様に心を抉る。

二人の後について建屋を移動する間、僕はずっと項垂れたままだった。

木々の生い茂る丘の縁を回って司令部の建物内に用意された部屋に入ると西田司令と中嶋副長が立ち上がって迎えてくれるが、何となく二人の様子は何時もと違う様だ。

「今日はお呼び立てして申し訳ありませんでした。本来は陸奥さんのご意志を確認するご面談をと思っていたのですが――少々事情が変わりましたので、渡来さんと長門さんにも同席頂くのが適当かと思い、ご一緒にお呼びした次第です」

一見何時もとそう変わらない調子で淀みなく切り出した中嶋さんだったが、ふと気付くと僕ら三人の何れとも微妙に視線を逸らしている。

 

(何だろ――事情って一体?)

 

そのまま暫く不自然な沈黙が流れたあと、副長は心の中で何かを決意したらしくむっちゃんに視線を合わせて徐に口を開く。

「前回陸奥さんにお話ししました際には、もしご承諾を頂ければ少なくとも次年度の予算措置をした上で船体引き揚げに掛かると申し上げていました」

「はい、その様に伺いましたが――」

「ですがその事情が変わりました。陸奥さんのご承諾が頂けるなら、次年度の予算措置を待たずに準備が整い次第直ちに船体の引き上げに着手したいと考えています。本日はその前提でお話をさせて頂きたいのです」

その言葉が終わらない内に耳がツーンとし始めて、感覚がおかしくなってしまう。

視界に一枚余計な幕でもかかった様に、何だか周囲の光景が酷く遠い。

どうにか首を動かして隣に座ったむっちゃんを見たのだが、彼女は液体窒素の中にでも放り込まれた様に凍り付いており、目を見開いたまま固まっている。

 

(大丈夫かい、むっちゃん?)

 

と声を掛けたいのだが、声を出すどころか口も動かせない。

ありったけの力を出してもがこうとしたその時、長門さんの声が響く。

 

「副長殿、一体どう言う事なのかお聞かせ願えませんか。何よりも、陸奥の引き揚げは一年後では無くて何時になると言う事ですか?」

 

その落ち着いた声は僕の耳鳴りを止めむっちゃんを金縛りから解き放ち、更には副長の緊張迄も解いた様だ。

彼はフーッと深く息を吐き、

「今から申し上げることは、この場限りでお願い致します」

と口火を切ると(僕の見る限りだが)かなり努力して平静を保ちながら話し始める。

 

「皆さんが帰還されるのとほぼ同時に米軍から照会があったとの事です。どうやらレーダー監視衛星による観測結果と地震計及び音響サーベイの記録を解析して、何らかの戦闘が行われたのではないかと疑っている様です。ですが、それは裏返せば彼らの光学衛星による観測が出来なかった上に、偵察機や情報収集艦の派遣も出来ていなかったが為に、確証を掴むことが出来なかったと言う事でもあります。だからこそ、仕方なく当方に情報提供を求めて来たものと推測しています」

「それに対してこちらは何と?」

「派遣されたのはあく迄警備庁の船艇です。従って警備庁側から交信記録やレーダー監視記録などの提供が行われましたが、言う迄も無くそこには何ら目新しい手掛かりは無い訳です」

「成程」

「しかしながら、このことで幕僚監部――軍令部の様なものとお考え下さい――は皆さんの存在を秘匿し続けることの時間的な限界が近づいていると認識しました。もしそうなってしまえば何をするにも諸外国や一般市民の耳目が立ち、政府や防衛隊に批判的な方達からは一々説明を求められ、場合によっては露骨に妨害されるかも知れません。ですので、そうなってしまう前に可能な限り懸案を解決するなりしておきたいと言う事だとお考え下さい」

「それでその――私の引き揚げ時期は何時頃になりそうなんでしょうか?」

むっちゃんの声は少し掠れていて、否が応でも緊張してしまう。

「もちろん、正確なことは、何とも言えません。ですが――、40数年前に、陸奥さんの船体の一部をサルベージした業者は、――今も健在で、既に、そことは接触しているとのことです――。陸奥さんのご承諾があれば、おそらく、すぐに、実作業の検討に入るのではないでしょうか――。実際に着手するまでに、どれほどの時間を要するかが不明ですが――、着手後の、作業期間については、――業者から、大凡の回答は、その、あったとのことです……」

「それは、どの程度を見込んでおられるのでしょうか?」

急に話すのが大儀そうになった中嶋さんに、長門さんが重ねて問いかける。それに対して、何処かしら重苦しそうな表情をした副長は、視線を下げたまま、低い声でこう応えたのだ。

「――十分な態勢で臨めば、――1ヶ月余りだそうです……」

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