陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十二章・第五節〕

 三人が退室してしまうと、室内は静寂に支配される。

「見苦しい真似を致しました、申し訳ございません」

静寂を破った中嶋の声には、どうやら、いつもの冷静さを多少なりと取り戻したらしい響きがある。

「いや、本当に詫びねばならんのは私の方だ」

そう応じた西田はゆっくりと踵を返し、窓に近付くと、そっとブラインドを開けて外を眺める。

「いえ、改めて申し上げますが、全ては私の未熟から発したことです」

そう言い切った中嶋には応じず、西田は暫く黙ったまま屋外を見続けていたが、先程退出した三人が海の方に歩き去るのを見ると、それを目で追いながら誰いうともなく呟く。

「慎君は、幾つになるかな……」

「高校生のはずです、生きておりましたら」

「そうか、もうそんなになるのか」

「はい」

「生きて――、元気でいてくれたなら、きっと彼の様な、優しく誠実な青年になっていただろうな」

「――そう思っています」

二人の会話はそこで途切れ、再び室内は静けさに包まれるが、どこからか鳥の声が微かに聞こえてくる。

そのままどれほどの間、鳥達の囀りを聞いていただろうか、相変わらず窓の外に眼差しを向けたまま、西田が口を開く。

「私も――、断ってくれることを願っていたよ」

「はい」

「君も、彼の目を見たのだろう?」

「はい――、それでつい取り乱してしまいました、申し訳ございません」

「とても真っ直ぐで、勁い目だったな――。私は、それを見た瞬間にあきらめてしまったよ。彼は心の底から、陸奥さんの――、彼の言葉を借りるなら――」

「救い、です」

「うむ――、そうだな。――救いか――、重たい言葉だ。だが、彼は自分自身の想いを犠牲にしてでも、それを望んでいると言うことだ。男があの様な目をしている時に、その決心を覆せるとは私には思えなかった」

「――――はい……」

「君も、私も、兄夫婦も、あの時は、皆それぞれに最善の決断をしていると信じていたはずだ。横合いから誰かが、このままでは悲劇が起きるからやめろと忠告してくれていたら、果たして防げたのだろうか?」

「それは――――、わかりかねます」

「そうだな、私にも君にもわからん――。だから、今の彼らにもわからんのだよ、おそらくはな」

「はい……」

相変わらず鳥達の鳴き交わす声は聞こえているのだが、にもかかわらず、痛みを覚えるほどのシンとした静寂が二人の間に流れる。

「兄貴は、近頃すっかり老け込んでしまってな……」

「その――、やはり音沙汰は――」

「何もない、全くの音信不通だそうだ。生きているのか死んでいるのかすらわからない、と言っていたよ」

「――申し訳ありません……」

「君が詫びることでは無い、君がどれほど努力していたのかは、私が良く知っている。何度も言うが、詫びねばならんのは私だ。君の輝かしいキャリアを台無しにしたばかりか、人生をも大きく狂わせてしまった――」

「どうかお止め下さい、司令に感謝しこそすれ、恨みを抱いたことなど一度もございません」

「ありがとう、君がそう言ってくれることは、良く分かっているつもりなんだがな……」

何度目かの沈黙が訪れ、どうしたものかという思いが両名に交錯する気配があるが、結局は、再び西田が口火を切る。

「君はどう思うのか知らんが、私はやはり、彼を我々の仲間に迎え入れるべきだと思う」

「――そうすることで、我々が彼を支えることが出来る――と言うことでしょうか?」

「そう何もかも、うまくいくと思っているわけではないがな――。それに――、おそらく我々の意図がどうであれ、それには関わりなく、彼女達が彼を必要とするだろう」

「私も、そうなるだろうと思います、それに――」

「それに――何かな?」

「はい、単なる思い入れ以外の何ものでもありませんが、――彼は、生涯を彼女達のために奉げるのではないかと――、そう感じております」

「――そうか――、そう思うか……」

「はい」

彼の返事を背中で聞いた西田は、もう一度ちらと窓外の景色に視線を投げ掛けると、サッと振り返り、

「もし、本当にそうなるのであれば、我々にも支え甲斐があると言うことだ。彼にとって、それが幸福なのか否かまでは何とも言えんがな」

と敢えてカラリと言い放ち、扉に向かって歩を進める。

「もっと、別の人生を歩むことが出来たかも知れません」

その背を悲しげな声が追いかける。

「そうだな――、そうだったかも知れんな……」

中嶋の目に涙が光っているのを見ない様にしながら、西田はそっと室外に出た。

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