陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十二章・第六節〕

 司令部建屋内を無言のまま歩いた三人だったが、外に出たところで、仁の背後から長門が声を掛ける。

「渡来殿――」

「何でしょう、長門さん?」

振り返った彼に、長門はやや逡巡する態を見せたあと、少し視線を外して再び口を開く。

「その、なんだ――、仁と呼んでも良いか?」

「あ――――、は、はい! もちろんです!」

「そうか――、では仁よ、少し話がしたいのだ、付き合ってくれるな?」

「はい!」

その返答に満足したらしい彼女は、三人の先頭に立って海辺の四阿に向かう。

仁に客側を薦めた長門は向かいあわせに腰を下ろし、二人の横に陸奥が座った。

「仁よ、お前の陸奥に対する曇りなき真情、しかと見届けさせて貰った」

「い、いえ、そのあの――」

「如何に一命の恩あるとはいえ、我が事を差し置いて、陸奥の幸せを第一等に慮ってくれるその心根、痛く感じ入った。姉として心より礼を言わせて欲しい、本当にありがとう」

そう言った彼女は、仁から後頭部が見える程深く頭を垂れ、艶のある漆黒の長い髪がまるで滝の様に肩から流れ落ちる。

「ま、待ってください長門さん! ど、どうかお顔を上げて下さい、お願いします!」

焦ったその懇請を聞き届けてくれたのか、長門は意外に早く頭を上げると、彼の顔を見て口許に笑みを浮かべる。

「陸奥がお前の話をするたびに、正直なところを言えば、この様な女の姿になったがために、少々浮かれてちゃらちゃらしているだけなのではないかと思っていたのだ。だが、それはどうやら杞憂だった様だな。これ程に大切に思われているとは、姉の目から見ても、我が妹はまことに果報者だ」

「姉さんったら、もう……」

言いながら赤面する陸奥を見る長門の瞳は、子の日を見守る時の初春の瞳に良く似た、暖かな光を湛えていたが、不意にその光をスッと消して真顔になると、再び仁に向き直る。

「私は仁に、とても辛い決断を強いてしまったのかも知れぬ。とは言えども、私がそれを望んでいるのもまた確かな事なのだ。だから、改めてお前に頼みたい。残された時間はあまりに短か過ぎるかもしれないが、どうか、陸奥に悔いのない様に過ごさせてやって貰えないだろうか。この身より他には何一つ持たぬ私は、ただこの頭を下げるより術はないのだが」

彼女が再び頭を下げようとするので、仁は慌てて止める。

「長門さん! お願いですから、それは勘弁して下さい!」

「しかしだな――」

「礼節を重んじておられるのは良く分かるつもりですが、こと僕に対してはご無用です。それに――、たとえお願いされなくても、僕は出来る限りの事をするつもりですから」

きっぱりと言い切った彼の顔をまじまじと見詰めた長門は、ふっと息を吐いて俯き加減に目を閉じ、改めて顔を上げると、先程陸奥に向けたのと同じ眼差しを彼にも向ける。

「仁よ、お前には誠があるし、他者に対する思い遣りも備えている。ただな、やはり男子たるもの、もう少し胆気と言うのか蓋世の気とでも言うのか、そういったものを身に帯びて貰いたいものだな。お前にそれが備われば、陸奥の婿として全く申し分ないのだが」

「ね、姉さんたら、何言い出すのよもうっ!」

顔を更に真っ赤にして陸奥が噛付くが、彼女は相変わらず瞳に穏やかな光を絶やすことなく、つるりと応じて見せる。

「何を言うか、我等艦娘には親と言うものは無いのだから、お前の肉親と言えば私だけだ。お前を嫁に出すことが出来るのは、私だけと言うのが道理ではないか?」

「何、屁理屈捏ねてるのよ! 本当に恥ずかしいわ」

「まぁそう言うな、この様な確たる寄る辺も持たぬ身ではなくて、なおかつ十分な時間が赦すのであれば、お前を仁に娶わせてやりたいのだが、それもおそらくは叶わぬことだろう。だからせめて、気持ちだけでもそうさせて欲しいと思っているのだ」

「姉さん……」

「あの――、長門さん?」

「なんだ、仁?」

「本当にありがとうございます、でも、例え長門さんのそのお言葉が無くても、僕の気持ちは変わりません。それに、陸奥さんはもう僕の家族だと思っていますから」

「――そうか、そうだったか――、すでにお前たちは家族であったか。しかし、それは聞き捨てならんな。お前は私の許可も得ずにこそこそと、陸奥と家族になっていたと言うわけか?」

急に彼女が気色を変えたので、仁はにわかに緊張してしどろもどろになってしまう。

「あっ、いえっ、そのぉ――そんな、そのなんて言うか、疾しい様な意味では無くてその――」

「姉さんったら! 仁をからかうのはやめて頂戴⁉ 仁も、心配しなくても大丈夫よ!」

「ははは、何も脅かしたつもりは無かったのだがな♪ それにしても仁よ、何度も言うが、もう少し泰然とは出来ぬか? そう毎度毎度震えあがっていては、身が持たぬであろう?」

「ま、全く仰る通りです……」

「分かっていても、出来ぬものは仕方無いか――、我ら艦娘も何かと儘ならぬとは感じるが、人間とは、それに輪を掛けて難儀な代物だな」

「姉さんは、仁に注文つけ過ぎよ⁉ それに、人間でも艦娘でもそんなに簡単に変われるものじゃないし、理屈で気持ちがどうにか出来るんだったら、苦労なんかしないわ⁉」

「やれやれ、お前は仁のこととなるとすぐ向きになるのだな。家に帰っても、そんな風にあの女と争っているのか?」

「い、いえ、幾らなんでもそんなことはありませんよ⁉ 陸奥さんは落ち着きと言うか余裕があって、どうかすると、僕や葉月よりもずっと年上なんじゃないかと錯覚する位ですし……」

「まぁ、年上には違いあるまいな、我らがこの世に生まれ出でたのは百年近くも昔の事だからな……。思えば、長い歳月を重ねてきたものだ」

「あたし――、本当に、船体を引き揚げて貰っても良いのかしら」

「お前で無ければ、同胞達の誰かになるだけだが、そうすればみすみす幾歳月かを無駄に過ごすこととなるのだ。気にするなというのは無理な話かも知れんが、仲間達に希望を示せると言う意味では大切な役割だと思うぞ」

「それはそうなんだけど……」

「出来るだけ早く、初春ちゃん子の日ちゃんにも説明してあげなきゃねぇ」

「ええ、引き延ばす理由も無いし、今晩話すわ」

「そうか、そうだったな――、私が共にいられれば良いのだが――。仁よ、初春も子の日も、同じくお前の家族として遇してくれるのだな?」

「はい、もちろんです!」

「ならば、どうかあれらの事もよろしく頼む、おそらくは、強い衝撃をうけるだろうからな」

「僕に出来ることは何でもするつもりです、ですけど――」

「分かっている、それだけで十分だ。己の力で乗り越えねばならぬこともあるし、そればかりは誰かが代わってやることも出来ぬ」

「はい……」

彼がそう返事をしてしまうと、三人はそのまま黙り込んでしまう。

長門は軽く眼を瞑って何事かに想いを巡らせている様子で、陸奥は憂いの篭った眼差しで海を見つめている。

仁が何かを言おうかどうしようかと迷っていると、長門が目を閉じたまま口を開く。

「副長殿は、引き揚げに反対の様だったな」

「そうでしたね、ちょっと驚きましたけど」

「でも、あたしは何となくだけど納得したわ」

「ほう、以前にも何かあったのか?」

「姉さんと出会う前の晩にね、ちょっと感じるところがあったのよ」

「そう言われると、最初にこの話をされた時も、何だかちょっと浮かない感じだったかなぁ」

「多分、何か辛いことが過去におありなんだと思ってるんだけど」

「そっか――、そういえば、中嶋さんは離婚してるんだよね、それと何か関係あるのかな」

「それは、良くわからないけど……」

「そういうものなのか――、私も数多の男達を――ほとんど軍人ばかりだが――見ては来たが、改めて思い返してみるに、確かに只々強いだけの者は居なかった様だ。皆どこかしら、弱さを抱えていたような気がするな……。思うに、男というものは、常に何かしらの支えを必要としているのかも知れん。そして、それを与えることが出来るのが女なのかも知れんな」

「そうかも知れません――、男はやっぱり臆病で小心ですから……」

「そうか……」

波の音と鳥の声が、暫しの間三人の上に流れた後、腕組みをした長門がそっと低い声音で呟く。

「すまぬ――――、赦せ、仁」

「い、いえ……」

今にも泣き出しそうな空だった。

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