陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十二章・第七節〕

 その夜、むっちゃんは初春ちゃんと子の日ちゃん(それに葉月にもだ)に、事情を打ち明けた。

ただ、どんなに普通に振る舞おうとしても、僕らの口数はあからさまにいつもより少なく、何とか朗らかに会話しようとするほどぎこちなくなる有様だったので、話す前からみんな雰囲気を感じ取ってしまい、子の日ちゃんなどは常よりも殊更にむっちゃんの手をギュッと握りしめて、傍から離れようとしなかったのだ。

そのいじらしい様子を見ているだけで、僕は胸が詰まってきてしまい、もう到底平常心ではいられなかったのだが、むっちゃんはいつもより物静かではあったものの、慈しむ様な優しい眼差しを注いでいたのがとても印象的だった。

夕食が終わり、後片付けも済ませてお風呂を沸かすまでの落ち着いた時間を選んで、彼女は話を切り出した。とても静かに淡々と、しかも余計な脚色も無ければ必要以上に冷淡でも無くむっちゃんが話し終えると、ごく短い間沈黙が流れたあと、つと居住まいを正した初春ちゃんがいつもの調子で口上を述べる。

「お話し、しかと承りましてございます。斯様にゆくりなくも遂に天寿を全うされるとの由、まことに祝着至極に存じまする」

そう言って恭しく礼をする彼女を見て、例によって僕は、

(さすがは初春ちゃんだな~)

と感心するはずだったのだがそうはいかなかった。

落ち着いて淀みなく言葉を紡いだはずの彼女の声は、最後の最後で震えたのだ。

(!)

見えない手で食道を掴まれでもしたように、息が出来なくなった僕の目前で、深々と礼をした彼女の肩が小刻みに震えており、そのまま不自然なほど頭を上げない。深い息がわななく様に漏れ、やがてとてもゆっくりと上体が起こされるが、彼女は顔を上げることが出来ず、そのまま両手で顔を覆うとなおも必死で嗚咽を堪えている。にもかかわらず、その努力は結局実らなかった。隣で目に一杯涙を溜めながら、歯を食いしばって我慢し続けていた子の日ちゃんが、とうとう耐え切れずに声を上げて泣き出してしまったからだ。思わずといった様子でむっちゃんが両手を差し伸べると、彼女はその手の中に飛び込む様にしてしがみ付き、激しく泣きじゃくる。

「ぅあぁぁぁーーぅぅっ……ぅわぁぁ~~んんっ、んうっ、うっ……」

抱き締める彼女の瞳からも、幾筋と無く涙が零れては子の日ちゃんの髪を濡らし、そして、初春ちゃんは顔を覆ったまま切れ切れの声を上げる。

「も――申し訳ござりませぬ――、陸奥殿の――目出度き門出に――ござりますれば、――我ら姉妹、し、祝言をもって――寿がねば――なりませぬところ……。お赦しくだされ――お赦しくださりませ……」

涙にぬれた瞳を上げたむっちゃんが、伸ばした片手をその肩にまわすと彼女を抱き寄せでやる。傍らにいる僕が、そんな彼女達の様子を見て我慢できるはずなどなく、とっくに限界を超えて涙が溢れ出していたが、あることに気づいてしまい、思わずハッとさせられる。

悲しみに耐えられなくて泣いてはいるものの、二人は只の一言も、『やめて』とか『いやだ』とは言わないのだ。言うまでも無いが、同じ艦娘である二人にとっては、船体を引き揚げてもらい寿命を全うして船の天国に行くのがどれほど尊いことなのか、その重さが良く分かっているからだろう。

(なのに――なのに君達は……)

再び、西田司令が掛けてくれた言葉が甦ってくる。彼女達は、如何に仮初のものとはいえ、間違いなくむっちゃんと深い絆で結ばれた家族同然の存在だ。もっと言えば、この家族における父親役は余りにも頼りなく薄っぺらいが、その分、母親役たるむっちゃんはとても強く優しく頼りがいのある存在だ。

にもかかわらず、僕がはじめて手にしたこの小さくも大切な家族は、今まさにその中心を喪おうとしている。彼女達は、どれほど『行かないで!』と叫びたいことだろうか。でも、二人は決してそれを口にしない。悲しみに耐えかねて涙を流しはしても、むっちゃんを引き留めようとはしないのだ。

それに気づかされた甚だ頼りない父親役としては、また改めてそのいじらしさにドッと涙が溢れて来たものの、同時に自分が何をしなければならないのかと言うことの一つに、どうにか思い至る。所詮、一緒になってワンワンなく程度のことしかできないかも知れないが、少なくとも彼女達の傍に居る程度のことは僕にでもできる。いないよりまし位であったとしても、それは間違いなくやれる筈のことであり、何よりも僕自身が選択したことでもあるのだ。

(そうだ、これは自分自身の意思で選んだことでもあるんだ――。何が起こっているのかすらわからなかった、あの日の僕とは違う――、むっちゃんへの誓いを果たすためには、どうしても避けては通れないことだ)

大切なものをまさに喪おうとしているのに、どうすることも出来ずに身悶えするばかりだった幼い僕には、自らの運命を選択する可能性など無かった。だが今の僕は、むっちゃんにとって一番大切だと思えることを自分の意思で選び取ることができるし、なによりも、その悲しみや苦しみを共有し互いに支え合うことすらできる家族が居てくれるのだ。

そう思ったからなのか、意識してそうしたわけではないのだが、いつのまにか彼女達ににじり寄って両腕をまわしていた。無論のこと、情け無い僕の涙は都合良くとまってくれたりはしないが、それでも彼女達をしっかり抱き締めると、むっちゃんが僕の肩に頬を寄せてきてくれるとともに、初春ちゃんと子の日ちゃんの震えと体温もしっかり伝わってくる。

(僕も怖ろしくて仕方ないよ――、でも、君達が一緒に居てくれるなら、何とか耐えられそうな気がするんだ)

頼りない話には違いないが、彼女達と一緒にボロ泣きすることで、やっと僕自身も少しずつこの怖ろしい事実を受け止め始めた。残された日々をどんな風に過ごして――じゃない、過ごさせてあげればいいのか、そのことを考えなければいけない。

頭の片隅に、ほんの少し落ち着いてものを考えられる部分が出来始めた僕は、抱き合って啜り泣いている三人を抱いたまま少し顔を上げたが、その途端、目の下に涙を溢れさせながら下唇をきつく噛んだ葉月に睨み付けられ、どっと汗が噴き出る。

(そ、そうだった、ゴメン葉月……)

彼女達と一緒になってオイオイ泣いている間、まるで、その場に偶然居合わせた通行人か何かのように、葉月のことを放ったらかしていたのだ。しかも、今日まで何くれとなく、彼女達の世話を焼いてくれていたというのにである。

「葉月――、そのぉ――」

「お風呂、沸いたみたいよ」

思わず謝りかけたのを遮って、わざとぶっきら棒にそんな(場違いなほどに日常的な)ことを口にするのは、無論意図があってのことだろう。それを何となくだが感じ取ったので、僕は三人に向かって出来るだけ優しく声を掛ける。

「みんな、お風呂が沸いたみたいなんだ。三人で顔を洗って来れそうかな?」

その声に、僕の大切な家族達はちゃんと反応してくれる。

「――ほんとね――、こんなクチャクチャの顔になっちゃって、恥ずかしいわ……」

「まことにござります――、陸奥殿、申し訳ござりませぬ……」

「子の日ちゃん、大丈夫? 一緒にお風呂、入れるかしら?」

「――ゔん――、はいる……」

しゃくりあげながらも何とか子の日ちゃんが返事をしたので、僕が三人に手を添えて立ち上がらせると、葉月はさっさと動き回って着替えなどを整え始める。そうして、どうにか彼女達をバスルームに導いてから、僕もキッチンに行って顔を洗い居間に戻るが、程なくして、まだ少し赤い目をしたままの葉月も戻ってくると、キッとこちらを一睨みして腰を下ろす。

「ごめん、葉月」

「当たり前よ! これから、毎日ずっと謝って貰わなきゃ割に合わないわよ⁉」

「もしそうしろって言うんだったら、ホンとにそうするよ」

「……」

「……」

「全く――、一体なんなのよこれ! こんなのって――、卑怯じゃない!」

わざわざ卑怯などという言い方をした彼女の意図が、珍しく僕にも伝わった。

葉月はいわば正面からとでもいうのか、どこからも突っ込みどころのない横綱相撲で僕を取り返すつもりだった様だが、そう意気込んでいた矢先に、全く唐突に不戦勝(不戦敗?)を告げられたうえに、振り上げた拳を振り下ろすことも出来なくなってしまったので、それが腹立たしくて仕方ないらしい。

「今日まで、話すわけには行かなかったんだよ――、本当にごめん」

「そんなことくらい、良く分かってるわよ!」

「……」

「それよりも仁――、あんた、これからどうして行かなきゃいけない位は、ちゃんと自覚してるんでしょうね⁉」

「自覚くらいはね」

「ちゃんとしろだなんて、無理なことは良く分かってるけど、それでも、少し位はしっかりしなさいよ⁉」

「努力します――」

「時間が無いことも分かってるんでしょうね⁉ いいこと、まだ誰も経験したことの無いことなんだからね⁉ ほんとにしっかりしなさいよ⁉ じゃなきゃ――、あの子達可哀想じゃない……」

「葉月……」

「なによ」

「その――、ありがとう」

「礼なんか言って欲しく無いわ⁉ どっちにしたって、あんたにはいずれきっちり責任とって貰うんだから」

そう言い捨てると、彼女はさっと立ち上がるなり二階に上がって行ってしまった。

(責任か……)

僕の取れる責任なんて本当にちっぽけなものだが、それでも、それに何がしかの価値を見出してくれる誰かが居ることに、これまで僕はずっと拠りかかっていたんだろう。だからこそ、色々なものを見落とし続けたうえに、時には見えない振りすらしていたのだ。

さしもの葉月も、そんなどっちつかずな僕に業を煮やしたのだろうか、珍しく(というより多分生まれて初めて)責任を取れなどと直接的な言い方をしてみせた。

(これから、何をすべきなんだろう?)

いくら付け焼刃で頭を捻ってみたところで、突然目覚ましいことを思いつく訳もなく、ましてや葉月の様に、二歩も三歩も先を見詰めながら今やるべきことを考える様なまねは、やはり僕には出来るはずもなかった。

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