陸奥と僕のこと改   作:Y.E.H

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〔第十二章・第八節〕

 月曜日には、初春と子の日も少し落ち着いてきたので、通常通りに隊に出向くことにした。

二人には少しずつ会話が戻ってはきたものの、普段通りというには程遠く、特に子の日は陸奥と片時も離れたがらなかったため、不安に思って仁と相談はしたものの、いつまで休めばいいのか見当もつかないので、仲間と一緒にいる時間が出来るほうが良いと思ったからだ。

心配そうな斑駒とともに隊に到着すると、早速長門が出迎えてくれたが、二人の様子を見るなりすっとかがみこんでその手を取る。子の日は黙ったままで長門と目を合わせるのが精一杯だったが、初春は会話できることが少し嬉しかったらしく、

「子の日の姉でありながらまこと不甲斐無き仕儀にて、長門殿におかれては、ご心労をお掛けして申し訳ござりませぬ」

と、やや普通の口調で応えをする。

「そのようなことを気にしてはならん、いくら姉だとて、万事において妹より優れているわけでもあるまい。お前たちも、私と陸奥を見ておれば判りそうなものだ」

その如何にもくだけた物言いに子の日が微かに笑顔を浮かべると、それを見た長門は彼女の頭を撫で、その様子に目を細めた初春の頭をも撫でる。

(ありがと、姉さん)

心の中で礼を言ったのが聞こえたのか否か、姉はすっと立ち上がり、陸奥に向かって口を開く。

「副長殿には既にご相談した。この後、早速話をする場を持っていただけるそうだ」

「変に間があくよりも、その方がありがたいわ」

「私もそう思うな――、二人のためにもその方が良かろう」

「皆さん、おはようございます」

職業的な笑顔で現れた中嶋は、どうやらいつもの冷静さを取り戻しているようだ。

「おはようございます」

陸奥らが答礼しながら挨拶すると、彼は一瞬ちらりと初春、子の日の顔に視線を走らせた後、さっと真顔になる。

「陸奥さんさえよろしければすぐに参りましょう、お話は私からしようと思いますが?」

「はい、よろしくお願いいたします」

迷う理由も無かったので即答すると、初春と子の日の顔を顧みて軽く両手を差し出す。二人がめいめいその手を握るのを見届けた中嶋が、向き直りながら声をかける。

「では、こちらへどうぞ」

子の日の手にくっと力が入るのを感じながら、陸奥は彼の背を追いかけた。

 

 中嶋が話をしている間、陸奥は横に座っていたが、何となく皆の顔を見るのが辛く、専ら初春や子の日、それに姉の横顔を見たり自分の手を見つめていた。

「――以上、急なお話になってしまいましたが、陸奥さんのご希望もあり、少しでも早く皆さんにお伝えしたいと思った次第です。私の話は以上ですが、ご質問などがありましたらご自由にお聞きください」

彼がそう話を締めくくったので、そっと顔を上げてみる。

斑駒が気配りしてくれたらしく、机が下げられた室内は、陸奥と艦娘達が膝詰めで話せるよう椅子だけが並べられ、なおかつ誰も陰にならないよう互い違いに席が配置されていたので、一目で全員の顔が見渡せた。俯いて口をへの字に結んだ皐月が、目に一杯涙を溜めているのが目に入り、胸の奥がぐっと絞られるが、彼女だけでなく霰や長良も涙を浮かべており、朧も唇を噛んで俯いている。

「よろしいですか?」

「加賀さん、どうぞ」

思わずその顔を見るが、彼女は意識してそうしているのか、その視線はひたと中嶋に向けられている。

「今伺ったお話では最短で一ヶ月少々との事でしたが、実際のところは、概ねどの程度の期間を見込んでおられるのですか?」

「あくまで私個人の推測となりますが、長くても三ヶ月を超えることは無いと思っています。何か特殊な事情が発生した場合には、その限りではありませんが」

「わかりました、ありがとうございます。そういうことであれば、私から提案があります。これまで無理をお願いして、陸奥さんに私達のまとめ役をお引き受け頂いて来ましたが、こうして天寿を全うされることとなられましたので、その荷を降ろして身軽になって頂きたいと思いますが、皆さんは如何?」

いささか予想外のその言葉に、室内は一瞬静まり返ってしまうが、こらえ切れなくなった様にがたっと音を立てて長良が立ち上がり、加賀を詰る。

「幾らなんでもひどいですよ! 陸奥さんが――陸奥さんが居なくなってしまうかも知れないのに、どうしてそんなに事務的なことが言えるんですか⁉」

「長良さん? かも知れないのじゃないわ、陸奥さんは本当に居なくなってしまわれるのよ」

その非情な言葉に耐えられなかったのか、皐月が声を漏らして泣き出してしまう。

「皐月ちゃん――」

思わず陸奥が声を掛けると、彼女は弾かれた様に席を立ち、

「うわぁはぁぁぁーんっ! 陸奥さぁぁんっ!」

と叫びながら陸奥のもとに駆け寄り、膝にかじりついて号泣する。朧と霰も、膝の上で拳を握り締めてさめざめと泣き出すが、それを見て取った高雄と龍田が立ち上がり、傍らに寄り添ってやると、二人は彼女らにしがみついて嗚咽を漏らす。そこから少し離れて座っていた酒匂は、どう反応して良いのか分からないらしく、心細げな様子で隣に座った妙高の腕に抱きつくと、彼女がその手を強く握ってやる。

その様子を見た瑞穂が軽く手を伸ばし、突っ立った長良の腕にそっと触れて目をあわせると、彼女はやや消沈した様子で腰を下ろす。加賀が何か言うのだろうかと思って顔を見るが、どうやら、その場の空気がおさまる頃合を見計らっていたらしい赤城がすっと立ち上がり、皆を軽く見回しながら話しはじめた。

「陸奥さんが居なくなってしまわれると言うのに、悲しくなかろう筈がありません。更に言えば、陸奥さんでなくて他の誰かであったとしても、別れが辛くない訳がありません。それでも、私達がなすべきことは、陸奥さんが去っていかれるのを嘆き悲しむことでは無いと思います。私たちは皆、天寿を全うして永遠の安らぎを得たいと願っていますが、それが本当はどういうことなのか誰も知りません。陸奥さんは、私達の先陣を切ってその道を指し示してくださるのですから、その後ろ髪を引くようなことは慎むべきだと思います。私には、陸奥さんがこのお話を嬉々としておうけになったとは到底思えません。悩み苦しまれた末に決断なさったのだろうと思うと、尚のこと、少しでも心安らかにその日を迎えて頂けるよう、お手伝いしなければと強く思うのです。ですから、先程加賀さんが言われたことに私も賛成です。泣くなとか悲しむなとか言うつもりはありませんが、それを少しだけ堪えてなすべきことをなすのが、仲間として私達に求められていることのように思います」

陸奥は何か言わなければと思ったものの、話し終えた彼女の瞳からつぅっと涙が一筋零れるのを見て胸が詰まってしまい、何も言えなくなってしまう。

だが、それを察したものか、長門がかわりに声をあげる。

「赤城よ、ありがとう。それに、これほどまでに皆が陸奥を慕い、そのためを思ってくれることに、姉としてなんと礼を言っていいものか見当も付かない。今はただ、皆と共に過ごせる残りの日々を、最後まで同胞として過ごさせてやってもらいたいとお願いするばかりだ、どうかよろしく頼む」

そう言って姉が頭を下げると再び全員がしんとしてしまい、皐月達のすすり泣く声が響く。

すると、意外なことに子の日がつと立ち上がり、陸奥のもとにやってくると、膝に顔を埋めて泣いている皐月の傍らに膝を付いてその手を握る。

握られた皐月は顔を上げたが、目の前に居たのが子の日であったのが予想外だったらしく、涙を零ししゃくり上げながらも彼女の顔を見つめかえす。見つめられた子の日は、服のポケットから葉月に貰ったハンカチを取り出し、涙でそれこそぐちゃぐちゃの皐月の顔を拭い始める。

「子の日は――、悲しくないの?」

顔を拭かれながら皐月が聞くと、彼女は少し逡巡しながらも応える。

「――悲しいけど――、子の日が泣くと、陸奥さんも泣きたくなっちゃうから――、だから、あんまり泣かないようにしようって思ったの」

それを聞いた皐月は、尚も顔を拭われながらも彼女の顔をまじまじと見詰め、やがて徐に頷くと、頷き返した子の日が手を引っ込めるのと共に、自らの手を上げて拳を握り、ぐいっと目元を拭う。

「分かった――、ボクもそうしてみる」

「――うん」

その健気な様子を目にした陸奥は、何かが込み上げて来るのを抑える事が出来ず、二人に腕を回して抱き締める。

「二人ともありがとう――、本当にありがとうね――」

涙が溢れ出してしまい、言葉を続けられなくなるが、抱き締めた二人はかわるがわる慰めてくれる。

「陸奥さん泣かないで――、子の日も頑張るから」

「ボクもだよ⁉ ちょっとずつだけど、強くなるからね――、だからね……」

「――分かったわ、二人が泣かないんだったらあたしも泣かないわ」

嬉しそうな笑顔を浮かべる二人から、暖かなものが伝わってくるのを感じ、胸の中に渦巻いていた様々なものが、静かに洗い流されていく。

「皐月も子の日も、とっても立派だよ! いつの間に、こんなに強くなったのかな、二人とも」

その声に顔を上げると、まだ顔に涙のあとが残ったままの長良が笑みを見せて立っていた。

「長良ちゃんもありがとう――、皆がいてくれて、あたし本当に幸せよ……」

少し照れくさそうにした彼女が皐月の肩を抱いて席に戻ると、今度は初春が口を開く。

「一つ、よろしゅうござりますかの」

「初春さん、なんでしょう?」

「先程、加賀殿が仰せられたことについてですが、その件については皆如何様にお思いでしょうや?」

「そうですね――、皆さん如何ですか? 異議のある方がおられたら、決して遠慮せずにご意見を仰ってください」

中嶋はそう言ったものの、その声に応じるものは誰も居ないようだ。

「では皆さん、加賀さんのご意見には賛成と言うことで宜しいですね? ――どうやら宜しいようですよ、初春さん?」

「有難うございまする。それでは改めて、陸奥殿が退かれたあとのまとめ役を、妾は長門殿にお引き受け頂きとうござりますれば、皆のご存念をばお聞かせ下さりませ」

「いや、ちょっと待て初春よ、お前が信頼してくれるのは有難いが、幾らなんでも私はまだ日が浅すぎる。もう少し、皆との信頼関係が培われてからであればやぶさかではないが、さすがに今すぐと言うのは――」

「あら姉さん、あたしがいつまとめ役を引き受けたのか知らないの?」

「いや、知らんぞ? まだ聞いたことは無いと思うが――」

「実は、陸奥さんと私達がお会いしたその日のことなんですよ♪」

「何だと赤城――、それは本当か⁉」

少々面食らった様に問い返す姉に対して、赤城ではなく加賀が答える。

「はい、その通りです。赤城さんと私がお願いを致しましたが、陸奥さんにはその場でご快諾頂いたのです」

「何と言う事か――、それでは、私が断るわけにはいかぬではないか――。そ、それで、皆は本当に私などで良いのか?」

意識して背筋を伸ばした長門が全員の顔を見渡すと、一瞬静寂が流れた後、微笑を浮かべた瑞穂が最初に意見を述べる。

「長門さんこそが最も相応しいと思いますわ、迷う謂れはございません」

彼女がそう言い切ったのを皮切りに、皆が一斉に声をあげる。

「異議ありません!」

「賛成ですぅ~」

「酒匂もさんせい!」

それらの声が一巡したのを見て取ると、長門は再度姿勢を正して口を開く。

「それが皆の総意であるのなら、私は謹んでお受けしよう。正直に言えば、陸奥の事情を理解してもらうだけで十分だと思っていたので、まさかこのようなことまでこの場で決めることになろうとは、考えていなかったと言うのが本音ではあるが――、ともあれ、今後は私に未熟なところがあれば、どうか遠慮することなく指弾して貰いたい、宜しく頼む」

そう言って頭を下げた姉と並んで、改めて陸奥も頭を垂れると、中嶋がまとめをしてくれる。

「それでは皆さん、陸奥さんのご事情をご理解頂いた上で――――」

彼の言葉を聞きながら、陸奥はいささかの安堵を味わっていた。

初春や子の日、それに仲間たちは、一緒に居る限り支え合って何とかやっていけるだろうし、何より、信頼する姉がその中心になってくれるのだから、皆の紐帯はより一層揺るぎ無いものになるだろう。そう思うと、正に赤城や加賀が気遣ってくれたその通りに、心の中に新鮮な空気が流れ込んできたかのような落ち着きを感じるとともに、今最も気に掛けたいと願っていることがはっきりと見えてくる。

(仁……)

残された時間の中で、自分は彼に何が出来るのだろうか。

(あたしは――、何を一番してあげたいのかしら……)

彼が寄せてくれるその強い想いにどうにかして応えたい、その気持ちが胸の中で急速に膨らみ始めるのを陸奥は感じていた。

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