正門前で待っていると、陸奥が初春と共に子の日の手を引いて歩いてくるのが見える。だが、仁が一緒にいるのは当然としても、あの塔原という女まで同行しているのはさすがに戸惑う。
「陸奥さ~ん♪」
(まぁ、かくいう私の側がこれではな)
妹の名を呼びながら一斉に手を振る仲間達を横目に見ながら、心中秘かに嘆息する。
もともと、今日は蒼龍・飛龍や長良達が外出するはずだったものを、自分や子の日などが陸奥と共に過ごせる時間は限られているのだからと、彼女ら自身がとても楽しみにしていたにも関わらず、それは後回しにして一緒に外出してくるように奨めてくれたのだ。
(皆、本当に思い遣りのある、良い仲間なのだがな)
その点についてはたいへん感謝しているし、嬉しくも誇らしくも思えるのだが、だからといって、こんなお祭り騒ぎの様に全員で見送らなくても良いだろうにと思ってしまう。
「姉さんお待たせ。みんなも、お見送りありがとう」
歩み寄ってきた陸奥がそう声をかけたので、何となく気が緩んだ長門もつい本音を口に出してしまう。
「全くもって、皆、大袈裟にも程があろう。たかだか一晩泊まってくるだけだと言うのに、困ったことだ」
言ってしまってから、少々失敗したかと軽く臍を噛んだのだが、案の定妙高に窘められてしまう。
「まぁ長門さん、もう少し、思い遣りのある物言いがあっても宜しいのではありませんか? 酒匂さんにとっては、たかだか一晩ではありませんよ」
妙高は酒匂のことをとても可愛がってくれており、酒匂もよく懐いている様だった。実際、彼女は一人になることを大層嫌がり、ともすれば四六時中長門の傍にへばり付き兼ねないところだが、妙高がいてくれるお蔭で、そんな体たらくにはならずに済んでいる。長門自身、酒匂をもう一人の妹の様に可愛がっているものの、それだけに、彼女がなかなか人間に親しもうとはしないことが気に掛かってもいた。
(必要以上に甘やかすのは、酒匂のためにならんだろうな)
長門と酒匂が訓練隊に受け容れられてから直ぐに、西田と中嶋は、余人を交えることなく面談の機会をつくってくれ、「あなた方のうけた、謂れ無き屈辱と多大な苦痛に対して、心からお詫びしたい」と言って深々と頭を下げてくれた。
その真摯な態度を見た長門は、七十年前の日本と日本人達に対して感じる恨みや不信を、当時生まれてすらいなかった彼らにぶつけるべきでないと思い、普通に接する様に心掛けているが、酒匂はその心根の幼さ故なのか、わだかまりを顕わにすることもしばしばあり、時に献身的なまでに自分たちの世話を焼いてくれる斑駒に対してですら、どこかぎこちない態度をとりがちなのだ。
「あら~、酒匂ちゃんだけじゃ無いですよぉ~? 龍田にとっても、一晩は長いんですから~♪」
「あなたと酒匂さんとを同列に扱うなど、言語道断です! この娘が汚れてしまいますから、控えて下さいませんか⁉」
「あ~ん、長門さん聞きましたかぁ? 妙高さんたら、あんな非道いこと言うんですよぉ⁉」
(やれやれ)
思わず苦笑が漏れてしまう。考えてみれば、長門にとっては酒匂よりも龍田のほうが余程厄介な問題だった。
隊での部屋割りは、当初、四人部屋に長門と酒匂の二人だけだったが、最初の晩に酒匂が夢を見て夜中に飛び起き、泣いて長門を起こすということが起こった。長門自身はそれを特段に苦にしたわけでもなく、時間が解決していくことと受け止めていたものの、彼女はそれを殊更にとらえて、
「やっぱり、二人は淋しいですよね~♪」
と言いながら、問答無用で居室を引っ越してきたのだ。
もちろんそういう名目で移って来ただけに、龍田は酒匂に対して優しく接しているものの、次第に、それは単なる表向きの理由だということがよく分かって来た。とにかく、何かというと手を握ったり抱きついてみたりが甚だしく、あまりに訝しく思って加賀に思い当たる節が無いか尋ねたところ、長嘆息した彼女は、
「龍田さんは、どうやら女色を好むようなのです」
と、愕然とするようなことを口にしたのだった。
(何たることか――、よりにもよって、まさか女色沙汰に巻き込まれるとはな……)
どのような嗜好の持ち主であろうが、龍田は大切な同胞であり、辛く悲しい記憶を共有する存在であることは間違いないので、あまり邪険にしたくはないが、さすがに女色に対しては何の興味もないので、どうにか深く傷つけることなく拒絶できないものかと思案してしまう。
(まぁよい、今日はそんなことで悩む日でもあるまい)
頭の中を切り替えた長門は、二人の言い争いには加わらず、傍らの酒匂の頭に軽く手を載せる。
「酒匂よ、私がおらねば耐えられぬか?」
「ぴゃー……、ちょっと寂しいけど――、でも、みんな一緒だから大丈夫だよ⁉ 夜寝る時もね、妙高さんが来てくれるって♪」
「そうか、それは良かったな、一晩留守にするが良い子にしているのだぞ」
「ごめんなさいね酒匂ちゃん、一晩だけ姉さんを貸してもらえるかしら?」
「うん! 酒匂はちゃんと留守番できるから、長門さんも陸奥さんも安心してね♪ 」
陸奥は特別に優しくするわけでもなく、ごく自然に接しているだけなのにもかかわらず、酒匂がとても素直に屈託なく応じているのを見ると、
(さすが、わが妹だ)
とつい自賛してしまう。やはり、裏表も無ければ打算もなくありのままに振る舞い、誰にも分け隔てなく接することを、何の演技も底意もなくやってのける妹は、長門にとって正しく掌中の珠であった。
「それでは行ってくる、皆勝手をさせて貰って申し訳ないが、留守中のことは宜しく頼む。大事の折には迷わず呼び戻して欲しい、頼んだぞ!」
長門がそう言って敬礼すると、仲間達が一斉に答礼した後、手を振って見送ってくれる。
「行ってきま~す!」
手を振りながら応える子の日の声が明るい。
「仲間が居るって、本当に良いものね」
「全くだな、こんな風に言葉を交わして意志を通じ合えるということが、これ程その――、繋がり、とでも言えば良いのか――」
「絆ですか?」
今まで、脇役になり切って静かにしていた仁が横合いから口を挟んだので、長門は大いに我が意を得たりと頷いて見せた。
「そうだ、絆だ、互いの絆を、とても心強く感じられるのだ。在りし日の将兵達は、こんなことを感じていたのかも知れんな」
「でも、まさかあたし達が、こんな風に人間そっくりの姿と心を手に入れるだなんて、誰も想像もしなかったでしょうね」
「ほほ、如何な遠望神知の持ち主と言えど、こればかりは思いもよりますまいて。まこと、こはいかなる神のなし技とも存知ませぬが、妾は図らずも子の日に巡り合うた、それのみにて十分にござりまする」
そう言った初春は、しゃがみ込んだ仁から水筒のお茶をもらっている子の日を見遣って目を細める。束の間、共に目を細めた長門だったが、どうしても気になるので思わず話し掛けてしまう。
「塔原殿、不躾を承知で口にするのだが、この様な場に同行されるのは、貴殿にとっては不愉快以外の何ものでも無いのではないか? 我らとすれば、凡そ不案内なところへ繰り出す以上、貴殿が同道してくれるのはまことに有難いとは思うのだが」
言いながら長門は、彼女が満面の笑顔で当たり障りの無い応答をするものと、どこか心の中で思っていたが、その予想は見事に外れてしまう。
「もちろん、何の事情も無ければ仰るとおり不愉快だと思いますけど、今はそんな気分ではありません。それに、もし仁が頼んで来なくても、わたしから一緒に行きたいとお願いしたと思います」
そう真顔で静かに答えたあと、一呼吸おいた彼女は改めて笑みを浮かべて見せると、
「それに、長門さんにお約束したことを果たせる機会ですしね♪」
と締めくくってみせる。
(少々見くびっていたか……)
彼女――塔原葉月の評価を、少し改めねばならないらしい。どうやら、陸奥がいなくなってしまえば邪魔者が居なくなって、仁を取り返せるなどと安直に考えている訳ではなさそうだ。
(成る程な――、仁の奴が煮え切らずにふらふらするわけだ)
「気が済んだの、姉さん?」
そう問い掛ける陸奥の顔を見ると、えもいわれぬ微笑を湛えている。
(なんと――、結局、お前達同士も通じるところがあると言うわけか――、拈華微笑とはこういうことなのかも知れんな)
そう得心してしまえば、これ以上思い惑うこともなかろう。改めてそう割り切った長門は、この話柄を終わりにすべく声を上げる。
「ああ、もう済んだ。今日は一つ、蒼龍達や仁や塔原殿の好意に、せいぜい甘えさせてもらうことにする♪」
「もちろんですよ、是非そうして下さい!」
先程から、事の成り行きを緊張して見守っていたらしい仁が、ほっと安堵したように明るい声を上げる。
思わず苦笑した長門の目に、銀色と水色に塗られた、ボンネットの無いバスが近づいてくるのが映った。