腕と教師と花畑 作:インクルージョン!
カツカツと乾いた音を鳴らしてハイヒールが石英の床を叩く音が廊下に響く。
廊下をどこか苛立たしげに歩いているの彼の名前はターフェアイト。
硬度は八。紫の髪にハイヒール履いている。
アメジストと比べると淡い紫の長髪を二つの三つ編みに纏めており、すらりと伸びた足を一定のペースで動かし学校中を歩き回っていた。
「まったく。一体何処に行ったんですの?せっかくわたくしが教えようと思っていたのに」
軽く文句を言いながらも彼の足は止まらず、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていた。やがて大量の棚と一つの大きな箱がある場所にたどり着いた。その場にいた人物はターフェの足音に気がついてそちらを振り返る。
「何をそんなに探しているんですか?騒々しい」
「あら、ルチル。ごきげんよう。わたくしの生徒を探していますの。見かけませんでした?」
「あぁ。フォスですか。また逃げているんですか。どうせクラゲでも眺めてぼーっとしているのではないでしょう」
ターフェに尋ねられたルチルは飽き飽きといった態度でおざなりに返事をして、医療品の整頓を始める。ターフェはそんな彼の態度にムッとした表情をした。
「なんですか、その態度は。わたくしは先生から頂いた役目をしっかりと果たすために動いているんですの。そんな適当にあしらわないで下さいまし」
「はいはい。あら?」
「聞いているんですの!?」
「ちゃんと聞いていますよ。それよりもすみませんが白粉が減ってるんです。誰が使ったのか知りませんか?」
ルチルはそう言うと、本来は昨日までは確かに残りわずかとはいえ確かに入っていたはずの白粉の箱をターフェに見せる。ターフェは一瞬で無断使用をした人物の笑みが頭に浮かび、表情を歪めた。
「……多分グランではないのですか?」
「あぁ。やはりあなたもそう考えますか。すみませんが呼んできてもらえません?彼、今月に入って白粉の無断使用は八度目でして。流石に一度はきっちり怒っておこうかと」
「わかりましたわ。フォスを探すついでに見つけたらとっ捕まえてきますの」
ルチルは怒りとも呆れともつかない表情を浮かべ、そんな彼にターフェは苦笑しながら了承した。それから再度ヒールをカツカツと鳴らしながら生徒探しに戻って行った。
彼の仕事は教師である。瞑想中の金剛先生にかわり、新しく生まれた宝石に知識を授ける役割を担っているだ。
*****
「よーし、フォス。この花を見てみろ、綺麗だろ」
「うん、すごい綺麗」
数十年前に生まれた薄荷色をした最年少の宝石、フォスフォフィライトに輝く緑の宝石が話しかける。座り込むフォスの上で彼の緑の短髪はきらきらとお日様の光を浴びて力強く輝いていた。
さわやかな顔つきに凛々しい瞳、緑に輝く短髪、風を受けてたなびく片方の袖。
彼の名前はグランディディエライト。硬度は七半である。
彼とフォスの目の前には赤、紫、黄、桃、白、色とりどりの花のが咲き誇っていた。学校から少し離れたこの場所はあまり他には知られていないグランにとってのお気に入りの場所である。彼は自分たちの中で最年少の宝石、フォスを可愛がっておりひっそりとそのお気に入りの場所に連れてきていた。
「フォス、これはな、全部同じ花なんだ」
「ぜんぶ?色がちがうのも?」
「おう。スゲェだろ」
「ヘェ〜、凄いね」
座っていたフォスの脇にグランは座り込み、そのままフォスの横で寝転がった。そして自分の横をぽんぽんと叩き、フォスはグランの様子を見て真似するようにころんと寝転がる。
寝転がった彼らの頭上で花々が風に吹かれてゆるく揺れた。そんな様子を見て二人は顔を合わせて笑い合う。
「しばらくゆったり光浴びてようぜ」
「んーお日様がおいしい」
「いい天気だからなぁ。……なぁ、フォス」
「なに?」
「ここはオレとお前の二人だけの秘密の場所な。先生にも教えんなよ」
「いいとも!僕とグランだけの秘密だね!」
ゆったりとした時間の流れの中で彼らは夕方までのんびりと会話を続けていた。
*****
「どこをほっつき歩いていたんだ!!全く!!」
二人が帰ると同時に待ち構えていたのは怒髪天のジェードだった。そんな彼から軽く隠れるようにフォスはグランの背後に回る。対照的にグランはヘラヘラと薄く笑って、一本の腕でフォスの頭を撫でていた。
烈火のごとく怒っているジェードであるが、その怒りの根底が心配から来ているものだ。そのことをグランは気がついているから飄々とした態度をしているのだが。
「まぁまぁそんなカリカリすんなよ、ジェード。いいじゃねぇか偶には。フォスもまだ二十才で遊びたい盛りだろ。毎日勉強ばっかじゃ疲れちまうしよ」
「アホか!フォスの勉強のペースはただでさえ遅れているのだぞ!」
「あ、そうなの?あ、じゃあこれは課外学習だったってことで」
「それだけではない。そもそもフォスは硬度三半な上に脆い。まだ戦えない身の者を学校の外に連れ出すな!!月人に襲われたらどうするつもりだったんだ!」
「いや、ほらいざとなったらオレも戦うし」
「それこそ馬鹿だろう!!隻腕のお前の強さなどたかが知れている!!フォスを庇いながら戦えるわけがなかろう!」
「少なくともフォスを逃がすぐらいには戦えるつもりだって」
「私だけが心配していたわけじゃないぞ!ターフェも心配していたぞ!!」
ジェードのその一言でグランの余裕あるへらへらしていた表情が凍る。そんな彼の顔を初めて見たフォスは不思議そうに覗き込んでいた。苦々しそうな表情のままグランは軽口を続ける。
「い、いやあいつが心配していたのはフォスだろ」
「その通りですの!!ジェード、勝手なこと言わないでくださいまし!!」
そういいながら薄い紫の三つ編みを揺らしながらターフェが現れた。彼の顔は怒りで歪んでいた。
「全く誰がこんな穀潰しのことなんて気にするんですの。冗談も大概にしでくださる? 」
「ひでぇ言われようだな」
「さぁフォス!貴方にはわたくしが追加でお話がありますの!!こちらへいらっしゃい!」
苦笑するグランを他所に怒髪天といった態度のターフェに手を引かれ、フォスはグランのもとから離される。フォス助けを求めるようにグランに視線を送るが、力弱く微笑んでいるだけであった。
「頑張ってこい、フォス」
「ノォォ!!」
ちらりとターフェが気まずそうにグランを見つめていたのにはフォスは気がつかず、悲鳴をあげながら連れ去られていった。
*****
残されたグランにジェードは先程までの勢いとは打って変わって気まずそうにしていた。
「グ、グラン。ターフェは本気で言っているわけではないと思うぞ」
「分かってるよ、なんてたって元相棒だからよ。オレとしてはあいつの方が吹っ切れるべきだと思うんだけどなぁ」
そうカラカラと笑うグラン。笑っているがジェードには空元気のようにしか思えない。
「だ、大丈夫か、グラン」
「んー、まぁーな。ふう!」
彼は自身に残った一本だけの腕で勢いよく顔を叩く。カンッと澄んだ音が静かに響いた。
「よし、元気出してリハビリと行くか!ジェード剣の練習に付き合え!オレの腕が鈍っていないことを証明してやる!!」
「人が心配したと思ったらそれか!?」
快活なグランが珍しく凹んだと見せたらこれだ、と絶叫するジェードと一本の腕で器用に剣を鞘から音もなく抜き、目の前に構えるグラン。
まさか、本気か?とジェードがどう対応するか決めあぐねているとぬっとグランの肩に手がかけられる。
「グラン」
「うお!?」
「ひぃ!?」
短い悲鳴が両者から漏れる。
「何をそんなに驚いているのですか」
「お前こそ急に現れるな!!」
「……ゴーストじゃあるまいし」
「ジェード、お説教は済みましたか?私はグランに話があるのですが」
「お、おう。もう済んだ」
「では、グラン。私からも話があります」
「えー。オレもう寝たいんだけど、ほら空見てみろよ、お日様沈んでんだろ。良い子は寝る時間だって」
「まぁ良い子でしたら眠る時間なのでしょうが、話があるのは無断で白粉を盗んだ悪い子でして」
「げ、バレた」
「貴方にお説教と用意したものがありますのでついて来てください」
「うぇー、ジェードヘルプ」
助けてぇとグランはジェードに腕を伸ばすがジェードは曖昧に笑って見送るだけであった。
*****
「全くどこをほっつき歩いていたんですの!!」
ターフェの怒声に机を間に椅子に座っているフォスはびくりと震えた。
「何時になっても勉強部屋にやってこない、部屋に行ってももぬけの殻。慌てて学校中探しても誰も見ていないと!」
「ごめんってば」
「そして夕方になってみなさんに捜索を依頼しようと思いきやひょっこりグランと帰ってきて!!」
ターフェはバンと勢いよく机に手を置き、衝撃と迫力にフォスは萎縮する。それからぐっと手を伸ばされ反射的に目を瞑った。
「……本当、どれだけ心配したと思ってますの」
フォスを襲ったのは衝撃ではなくて、ターフェが優しく頭撫でただけであった。恐る恐る目を開ける。
「……ターフェ、怒ってないの?」
「怒っていますわ。ええ、怒っていますの。ですが、それ以上に貴方のことが心配だったんですの。……本当に、無事に帰ってきてくれて良かったですわ」
「…………ごめん」
フォスはされるがままにターフェに頭を撫でられていた。しばらくの間ターフェは頭を撫でて、それからゆっくりと手を離した。
「ですが、今日やるべきだった学習はきっちり明日やりますの」
「えぇっ!?」
「当たり前ですわ!貴方どれだけ学習が遅れているか時間してほしいものですわ!!本当に悲惨ですわよ!!」
先程の慈愛に満ちた表情から一変。勢いよく机に本を山のように重ねる。
「これが貴方が読むべき本ですわ!」
「え!?こんなに残ってんの!僕もう無理だよ!!」
「何を言ってるんですの!わたくしが立てていた計画に従っていればこの本の量は三分の一ほどまで減っていましたわ!!」
「うぅぅ……」
「サボりに次ぐサボり。授業中の睡眠。誰かと遊びに行ったり。計画通りとは程遠い有様ですのよ!!」
「遊びに行くのは誘われるんだからしょうがないじゃん!」
「断りなさいこのお馬鹿!全く貴方よりも少し前に生まれたジルコンなんてわたくしの計画を前倒して終わらせましたのよ!」
「……耳が痛い」
フォスはうぅぅと唸りながら頭を抑えて机に伸びる。その様子にターフェは大きくため息をついた。ぐでんぐでんになったフォスを一瞥してからコホンと軽く咳をする。
「そ、それで、話は変わりますが、グランと二人でどこに行ってらっしゃったのですの?」
「ヒ・ミ・ツ……ってストップストップ本を振りかぶんないでよ、僕だよ!硬度三半にして靭性ぶっちぎり最下位の僕だよ!?割れちゃうじゃん!グランと僕だけの秘密の場所だから誰にも言わないの!!」
「はぁ、そうですか……。……羨ましいですわね。それはどかく、フォス、グランに何を言われても勉強が一段落するまで着いて行ってはいけませんよ」
すっと構えていた本を下ろして、ため息混じりにフォスにそういうターフェ。当然フォスは不満げであった。
「えぇ〜!ターフェのケチ!生真面目!インドアガリ勉!!」
「やっぱり一発逝きますの?」
「素敵な先生です!……っとそうだ。はい、これ」
ターフェはくるりと手のひらを返したフォスにイラッとしつつ、若干グランに似てきたかもしれないと思った。悪影響が出てるな、と感じているとフォスがあるものを渡してきた。
「どうしたんですの?この花束?」
「今日外出たときに取ってきたんだ。綺麗だよね」
「……ありがとうございますわ」
「あれあれぇ〜もしかしてターフェ照れてるぅ?」
「おや、花に免じて明日の授業は少し免除しようと思っていましたがそんな態度では無しですね」
「うわっ!冗談だってターフェ!!」
「うふふ。ですが花はありがとうございます。グランの提案ですの?」
「え?うん。そうだよ」
「……そのまま彼の良い部分だけ吸収していって欲しいものですわね」
「 ? 」
*****
「それで、貴方が白粉を盗んだ犯人で間違いありませんか?」
「いや冗談きついっすわールチルさん。オレがそんなことするわけないじゃないっすか」
詰めるルチルに対して明後日の方向を見て答えるグラン。
「頭カチ割りますよ。というか先程バレたとか言ってましたよね。それと昨日廊下に落ちていた貴方の服を見たんですが」
「……げ」
「全く、たださえ去年は収穫量も少なく今年もあまり多くないというのに。白粉は貴方のためだけではないのですよ」
「まぁまぁ、そんなカッカしなさんな。ストレス溜まるぞ」
「ストレスの原因がそれを言いますか」
「うぉう今日もエッジ効いてるな。それはともかく、ほい」
頭を抱えるルチルとは対照的に楽しげに笑うグラン。そんな彼はおもむろに袋を渡す。
「なんですか、これ。悪戯グッズでも入ってるんですか」
「ちげぇよ。ほれ、中見ろや」
促されて袋を開けるとそこには袋いっぱいにオシロイバナの種子が入っていた。
「どうしたんですこんな量の種子」
「採ってきたぜ」
そう軽く笑ってサムズアップするグラン。おまけにウィンクつきである。腹立たしい。
「群生地でも見つけたんですか?」
「ヒ・ミ・ツ……おいちょっと待てトンカチを下ろそうか、話せばわかる」
ゆらりと構えられたトンカチに怯えつつ、数歩ルチルから距離を取るグラン。
「群生地を見つけたっていうか育てんだよ」
「は?」
「いや〜なんだ、隻腕になってから時間だけはあったからな。オブシディアンやスフェンに協力してもらって道具作ってもらったりして地道にオシロイバナを自身の手で増やせないか試したんだ」
グランはへらへらと片方の腕を振りつつ笑う。彼は軽く言うが今まで誰も行ってこなかったことを始めたのだ。おそらくかなり試行錯誤したのだろう。
「オシロイバナの育成と白粉の製作。これが新たなオレの仕事だな。うんうん。これで晴れてオレも脱無職だ。二度とターフェに穀潰しなどとは言わせん!!」
「……あなたそんなこと言われたんですか」
フハハハハと高笑いするグランにルチルは呆れたような視線を送る。ルチルはそれから少し身を正して唐突にグランに頭を下げた。
「……申し訳ありません」
「は?どうした、ルチル?オレ頭を下げられることされてねぇぞ」
「……いえ、あなたとターフェの仲違いの原因は全て私にあります。私の腕がもっと良ければこんなことには」
「冗談よせよ、ルチル。お前だけだぞ医術なんて七面倒なことに執心してんのは。みんなお前に助けられてんだ。それにオレの隻腕はオレが弱かっただけだし、あいつとオレの仲違いはオレたちの心が弱かっただけだ。そう気を揉まなよ」
「ですが……」
「んだよ、しつけぇな。オレの腕が新しくならないのはオレのインクルージョンが頑固なだけだって。むしろオレはお前に感謝してんだぞ、諦めずに何度もオレの腕を造ってくれて」
沈痛な面持ちのルチルとは対照的にケタケタと気にもしてないと笑うグラン。
彼の腕は欠損してから何度も何度も新しいものを取り付けているが、どれだけ近しい性質の鉱物を使用しても一回も彼のインクルージョンが新しい腕に馴染んだことはなかった。
その事実に責任を感じているルチルたが、当の本人は気にしていないと一蹴している。
「つうことで、そこに置いてあるオレの新しい腕はパパラチアのパズルにでも使ってくれ。そっちのがまだ成功例はあって確率は高いだろ」
グランはそう言って残った一本の腕で頭を掻いて笑いながら去っていた。
*****
日が完全に静まった深夜。
自室で広げていた資料をまとめて、ターフェはググッと体を伸ばした。
「多分この量ならばフォスでもきっちりと終わらせるでしょうね。全く。もっとしっかりしてもらいたいものですの」
ターフはそう愚痴をこぼすが、顔つきは穏やかであった。
「それにしても、あんなことを言うつもりなかったんですけど……」
思い出すのは今日の夕暮れ。とっさに出てきてしまったセリフであった。
「いい加減過去と向き合って素直にならなくてはいけませんの。ファイトですわ、わたくし」
ターフェはカチンカチンと頬を叩いて気合を込める。
部屋の隅には淡いクラゲの光によって照らされた色とりどりの花、オシロイバナがあった。