Fate/cross wind   作:ファルクラム

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プロローグ
第1話「フィニス・カルデア」


 

 

 

 

 

 

 

 

 人は、

 

 自分の立つ大地が、突如として崩れる事を想像する者がいるだろうか?

 

 ある日突然、自分の頭の上に隕石が落ちてくる事を想像するだろうか?

 

 ありえない。

 

 そんな事あるはずが無い。

 

 そう言って笑い飛ばすのが当然の事だろう。

 

 誰もが当たり前の日常を当たり前に過ごす事を、当然として受け入れている。

 

 誰も、自らのすぐ隣に、滅びの運命が待ち受けている、などとは想像しない。

 

 皆が皆、昨日と同じ今日、今日と同じ明日を生き続けていく。

 

 だが、

 

 誰もが知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人類の命運はとっくに尽きていた、という事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは、雪と氷に閉ざされた世界だった。

 

 標高6000メートル。

 

 人跡もまばらな山の上。

 

 しかし、そこに明らかな人工物が見て取れた。

 

 白亜の外壁を持つ巨大な建造物は、吹き付ける猛吹雪の中に静かに佇んでいた。

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア

 

 国際連合所属の正式承認機関である、このカルデアは同時に魔術協会の天体科を統べるアニムスフィア家の管轄に置かれ、運営されていた。

 

 その目的は取りも直さず、人類史を存続させること。

 

 いささか、話が壮大すぎるきらいがある、と思うかもしれない。

 

 聞く人によっては、単なる誇大妄想と受け取る者もいるだろう。

 

 だが、決して誇張ではない。

 

 彼らはそれを可能にするだけの技術を有していた。

 

 疑似地球環境モデル「カルデアス」。

 

 そして、近未来観測レンズ「シバ」。

 

 カルデアが誇る発明品の中で、特に代表的なこの二つがあるからこそ、人理観測を可能としているのだ。

 

 前者は地球の魂を複写した疑似天球とも呼べる代物であり、同時に地球のコピーした物でもある。このカルデアスを使用すれば、地球上における現在、過去、未来を再現する事が可能となる。

 

 だが、カルデアスだけでは、地球の状況について再現は出来ても、観測する事は出来ない。

 

 そこで必要になるのが、「シバ」の存在である。

 

 レフ・ライノール教授によって作成されたシバはカルデアスを取り囲むように複数枚配置され、常に変化が起こらないか、常に観測している。

 

 カルデアスとシバ。

 

 人理観測の両輪とも言うべき、この2つがあるからこそ、カルデアは本来ならなし得る事のできないはずの人理観測が可能となっているのだ。

 

 勿論、これだけの代物を、一朝一夕で用意できるはずもない。

 

 その為に科学、魔術、双方から現代最高クラスとも言えるスタッフがカルデアに集結している。

 

 全ては人類の歴史を安定させるため。

 

 未来における人類の絶滅を、未然に回避する為に存在している。

 

 故に、「人理」の「継続」を「保障」する機関、と言う訳だ。

 

 

 

 

 

 金属製の床を踏む靴音が、甲高く響き渡る。

 

 歩く少女は、少し急ぎ足に目的の場所へと向かっていた。

 

 短く切った髪は、前髪だけ伸ばして、少女の右目を覆い隠している。

 

 細い体つきはおよそ運動とは無縁そうである。

 

 全体的に大人しめな印象の少女。

 

 どこか人気のない図書館辺りで、ひっそりと本を読んでいる。そんなイメージが似合いそうな雰囲気である。

 

 少女は時刻を確認しながら、気持ち、歩く足を速める。

 

 もうすぐファーストミッションのブリーフィングが始まる。その前に集合場所に行かなければ。

 

 このカルデアの所長は、規則にはことのほか厳しい人なのだ。時間に遅れようものなら、何を言われるか分からなかった。

 

 ふと、窓の外に目をやる。

 

 相変わらずの雪景色を、何の感慨も無く眺めながら通り過ぎようとした。

 

 その時だった。

 

 ふと少女は、足を止めて前方を見やる。

 

 目の前の床に、良く見慣れた白い毛玉が佇んでいたからだ。

 

「・・・・・・フォウさん?」

 

 リスのような猫のような、白い毛並みの小さな動物。

 

 どこからか迷い込んで来たのか、いつの間にか、このカルデアに住み着いていたその動物の事を、職員たちはそのように呼んでいた。

 

 と、

 

「フォウッ」

 

 フォウと呼ばれた小動物は、短くそのように鳴くと、踵を返して駆けていく。

 

 何事だろう? と首をかしげる少女。

 

 すると、数歩進んだところで、フォウは再び振り返ってこちらに首を回す。

 

「フォウッ フォウッ」

 

 まるで何かを促すように、鳴き声を上げるフォウ。

 

 何か訴えたい事があるのかもしれない。

 

 そう考えた少女は、駆け足でフォウの後を着いていく。

 

 暫く、廊下を進んだ時だった。

 

 休憩用に備え付けられたソファーの上に、フォウがよじ登るのが見えた。

 

 足を止める少女。

 

 果たしてそこには、

 

 ソファーに腰かけて眠りこける、1人の少年の姿があった。

 

 年齢的には、少女よりも少し年上くらいに見える。少し癖のある黒髪を短く切り、瞼は静かに閉じて寝息を立てている。

 

 特徴的な白い制服を着ている所を見ると、この少年は、少女がこれから向かうはずだったブリーフィングの参加者。

 

 とある事情で、このカルデアに招聘された48人のうちの1人と言う事になる。

 

 しかし、なぜこんな場所で寝ているのだろう? もうすぐブリーフィングが始まると言うのに。

 

 訝りながら少年に近づく少女。

 

 フォウがさっきから、前脚でテシテシと少年のほっぺを叩いているが、一向に起きる気配が無かった。

 

「フォウッ フォウッ キューッ フー フォウッ」

 

 諦めたように、フォウが少女の方を見やる。

 

 仕方なく、少女は少年の肩に手を掛けた。

 

「起きてください・・・・・・起きてください」

 

 揺り動かす少女に対し、少年は僅かな呻きを発するが、やはり目を開けようとしない。

 

 少女は、更に強くゆするべく、手に力を込めた。

 

「起きてください・・・・・・先輩」

 

 そう呼びかけると、

 

 ようやく、少年はうっすらと目を開けた。

 

「・・・・・・・・・・・・あれ、俺、は?」

「ようやく起きていただけましたか、先輩」

 

 ようやく覚醒した少年は、目の前で自分の顔を覗き込む少女を、不思議そうなまなざしで見つめる。

 

「えっと・・・・・・君は?」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて少女も、自分があまりにも不躾だった事に思い至ったらしい。

 

 慌てて立ち上がると居住まいを正す。

 

「その・・・・・・・・・・・・」

 

 少し考えてから、少女は再び口を開いた。

 

「何者か、と尋ねられたら、『名乗るほどの者ではない』と言うべきでしょうか・・・・・・」

「はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 何となく「一度言ってみたかった」みたいなニュアンスの少女の態度に、少年はますます困惑を強める。

 

 いったい、何なのだろう?

 

 イマイチ状況が掴み切れず、首をかしげるしかなかった。

 

 と、

 

「フォウッ フォウッ ンキュ」

 

 少女の足元で、フォウが何かを催促するように鳴き声を上げる。

 

 そんな小動物の意を察したのか、少女は頷いて指し示す。

 

「ご紹介が遅れました。こちらはフォウさん。我がカルデアを自由に闊歩する、特権生物です」

「はあ・・・・・・そうですか」

 

 少年の人生において、初対面の相手にいきなりペットの紹介から入ったのは、目の前の少女が初めてだった。

 

 と、紹介が終わった事で、フォウは己の役割が終わったとばかりに廊下を駆け去って行ってしまった。

 

「行ってしまいました・・・・・・」

「その、何て言うか、不思議な生き物だね」

 

 それ以上、コメントのしようがない。

 

 そもそも、目の前の少女は誰なんだろう?

 

 そんな事を考えた時だった。

 

「マシュ、こんな所にいたのか。そろそろブリーフィングの時間だぞ」

 

 掛けられた声に2人が振り返ると、身なりの良い男性が手を上げながら歩いてくるところだった。

 

 緑のコートに同色のシルクハットをかぶったその男性は、どこか落ち着いた雰囲気のある人物だった。

 

「あ、レフ教授。こちらの先輩が・・・・・・」

 

 マシュと呼ばれた少女は、少年を指し示す。

 

 対して、歩み寄って来た男性も、ソファに座ったままの少年を見下ろした。

 

「ふむ、見ればマスター候補のようだね。そう言えば、人数合わせで一般から公募した枠があったはずだが、君もその1人かな?」

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、少年はここに至るまでの経緯を思い出す。

 

 確か、たまたま買い物に出かけた際、駅前で献血キャンペーンをやっており、そこへボランティア精神を発揮して参加したのがきっかけだった。

 

 採血が終わってしばらく休んでいると、係員の人がやってきて「あなたには○○の適性があります」などと言われ、同時にとある仕事をやってみないか、と誘われた。

 

 なんでも国連から正式に委託されている事業で、専門職以外にもモデルケースとして一般人の適正者も探していたのだとか。献血はその為のカムフラージュだったらしい。

 

 いささか、うさん臭い物を感じないでもなかった。何より、話が大仰すぎる。

 

 しかし、調べると国連の正式事業であると言うのは本当らしいし、何より報酬がとんでもなく高額だった。学生の身分としては、目玉が飛び出そうになったほどである。

 

 そんな訳で、

 

 若干の不安はあった物の、学校が長期休暇中と言う事もあり、依頼を受ける事としたのだ。

 

 指定された日に空港へ行き、係員の人と国際便の飛行機に乗って最寄りの空港へ。

 

 そこからヘリで、このカルデアまでやって来た、と言う訳である。

 

 だが、入り口で再度の検査を受けた後、どうにも眠気が堪えきれなくなり、あのソファで眠ってしまっていた、と言う訳らしい。

 

「それは何とも、配慮が足りなくて申し訳なかったね。恐らく君が眠気に襲われたのは、慣れない霊視ダイブの影響だと思う」

 

 言われて、入館の際に簡単なシュミレーションも受けた事を思い出す。眠くなったのは、その影響らしい。

 

「申し遅れました」

 

 そこで、少女は改めて少年に向き直って言った。

 

「私はマシュ・キリエライト。ここの職員をしています。よろしくお願いします、先輩」

「私はレフ・ライノール。よろしく頼むよ」

 

 2人の名乗りを受けて、少年も立ち上がる。

 

 まだ色々と釈然としない物を感じないでもないが、こうして名乗ってもらった以上、こちらも名乗らない訳にはいかなかった。

 

「俺は、藤丸立香(ふじまる りつか)。よろしく」

 

 名乗ってから、そもそもの疑問を尋ねてみた。

 

「そう言えば、何でマシュは、俺の事を『先輩』って呼ぶんだ?」

 

 立場的な物を見れば、マシュの方が立香よりも圧倒的に「先輩」である。年齢的にも、そう変わらないように見えるが。

 

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀むマシュ。

 

 対して立香は首をかしげる。それほど難しい質問をしたつもりは無いのだが。

 

 困るマシュに、横合いからレフが助け舟を出した。

 

「彼女は、その・・・・・・いささか特殊な事情があってね。それ故、彼女にとっては君くらいの人間が全て、人生の『先輩』と言えるのだよ」

「成程・・・・・・・・・・・・」

 

 事情は分からないが、何か理由があるのだろう、と言う事は理解できた。

 

「しかしマシュ、君がこうまではっきりと『先輩』と呼ぶのは彼が初めてだね。何か理由があるのかい?」

 

 どうやらマシュの行動は、レフにとっても興味深かったものらしい。

 

 尋ねられてマシュは、立香を見ながら答えた。

 

「理由・・・・・・ですか? それは、立香さんが、今までで会って来た人の中で、一番人間らしいからです」

「ふむ、それは?」

 

 さらに突っ込んで尋ねるレフ。

 

 対して、マシュは微笑みながら答えた。

 

「まったく脅威を感じません。ですので、敵対する理由が皆無です」

「あ、そう・・・・・・」

 

 何とも返答に困る回答に、立香も二の句が告げられない。

 

 人畜無害だと思われたのか、あるいは能天気と思われたのか。

 

 まあ、マシュの態度を見る限り、悪意から出た言葉ではなさそうだった。

 

「成程」

「いや、何が成程なんですか?」

 

 そんなマシュの言葉を聞いて一人で納得するレフに、立香は戸惑いを隠せずに質問する。

 

 対してレフは、頷きながら答えた。

 

「いやなに、このカルデアの職員には一癖も二癖もある連中が多いからね。藤丸君とは、どうやらいい関係を築けそうだよ」

「そ、そうすか」

 

 飄々とした態度のレフとは裏腹に、何だかこれからの生活に不安を感じずにはいられない立香。

 

 ひょっとすると自分は、早まっただろうか?

 

「レフ教授が気に入ると言う事は、所長が一番嫌うタイプの人間ですね、立香先輩は」

「ふむ、確かにね。しかし、逃げる訳にも行くまい。ここは出たとこ勝負と行こうか。なに、あれでも慣れてしまえば、愛嬌のある人だよ」

 

 何とも不穏な言葉のオンパレードだった。

 

 だがマシュは見た目にも美少女と言って良い。そんな可愛い女の子に「先輩呼ばわり」されるのは、理由はどうあれ、思春期の少年としては、悪い気はしなかった。

 

 ともあれ、時間も押してると言う事で、後の話は歩きながら説明する事となった。

 

 それによると、今回のミッションには魔術協会から選りすぐられた精鋭魔術師38名と、一般公募の適正者10名が主軸となり、このカルデアの数100人からなる職員全員がバックアップする形となる大規模な物なのだとか。

 

 立香は、その一般公募枠の1人と言う訳である。

 

 まず、一般人の立香からすれば、「魔術」などと言うファンタジーな世界が実在すること自体、驚愕の限りなのだが、こうしてカルデアが存在している以上、それを信じない訳にも行かなかった。

 

 そうしている内に、3人は大きな扉の前までやって来た。

 

「ここがブリーフィングを行う部屋ですね。少し、時間に遅れてしまいました」

 

 時計を見れば確かに、マシュの言う通り、予定時間を5分ほどオーバーしていた。

 

「いや、助かったよマシュ。何だか頭がまだぼーっとしててさ。正直、俺1人じゃここまでたどり着けなかったかもしれないし」

「おいおい、大丈夫かね? 何だったら、医務室の方で少し休んだ方が良いんじゃないか?」

 

 苦笑する立香を気遣うように、レフがそう言ってくる。

 

 対して、立香は笑いながら手を振る。

 

「いや、それは流石に悪いし。ブリーフィングは出る事にしますよ」

 

 遅刻した上にボイコットまでやらかしたりしたら、噂の「おっかない所長」に何を言われるか分かった物ではなかった。

 

「そうか、まあ好きにしたまえ」

 

 そう言うとレフに従い、立香とマシュも部屋の中に入っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一同が静粛に自分の席に座る中、

 

 壇上に立った1人の女性が、一同を睥睨するように見据えていた。

 

 キチッとした制服を着込み、銀色の長い髪をまとめ上げた、どこか凛とした印象のある女性だ。

 

 壇上に立った女性は、鋭い視線で居並ぶ候補生全員を見回して口を開いた。

 

「皆さん。特務機関カルデアへようこそ。私が、所長のオルガマリー・アニムスフィアです」

 

 ブリーフィングは、そんな感じで始まった。

 

「あなた達は各国から選抜・発見された、稀有な才能を持つ人間です。才能とは霊視ダイブを可能とする適性の事。魔術回路を持ち、マスターとなる資格を持つ者。あなた達は前例の無い、魔術と科学を融合させた、最新の魔術師に生まれ変わるのです」

 

 オルガマリーの説明は続いていく。

 

 だが、そんな中、

 

 最前列の席に座った立香は、落ちそうになる意識を辛うじて支えながら説明を聞いていた。

 

 どうやらまだ、シュミレーションの後遺症とやらが残っているらしい。ここはレフの言う通り、医務室で休ませてもらえばよかった。

 

「・・・・・・とは言え、それはあくまで『特別な才能』であって、あなた達自身が『特別な人間』と言う訳ではありません。ここではあなた達全員が、同じスタート地点に立つ、未熟な新人だと理解しなさい。特に協会から派遣されてきた魔術師は学生気分が抜けていないようですが、それはすぐに改めるように。ここでは、私の指示が絶対です。意見、反論は認めません」

 

 高圧的に言ってのけるオルガマリー。

 

 どうやら本人的には最初の内に自分とマスター候補生たちとの立場を明確にしておきたいとの意図が働いてしまい、このような威圧するような訓示に現れてしまったらしい。

 

 とは言え、それが却って「背伸びをしている」感を出してしまっている様子すらあった。

 

 オルガマリー自身、その事は自覚しているのかもしれない。だからこそ、必死に自分を保とうとしている感もあった。

 

 案の定と言うか、マスター候補生たちの間にも動揺が起こる。

 

 人間誰しも、自分に価値が無いかのように言われれば憤る物だ。

 

 特に、オルガマリー自身が言ったように、魔術協会から派遣されてきた魔術師たちは、皆エリート揃い。殆どの者が、己の血と魔術に誇りを持っている。

 

 いかに所長とは言え、年若いオルガマリーに下に見られる謂れはない。

 

 だが、オルガマリーはそんな一同の思惑をよそに続ける。

 

「あなた達は人類史を守る為だけの道具に過ぎない事を自覚する・・・・・・よう・・・・・・に・・・・・・・・・・・・」

 

 言っている最中に、オルガマリーの言葉が不自然に途切れる。

 

 その鋭い視線が、最前列に座るマスター候補生に目を向けた。

 

 その候補生は、あろうことかオルガマリーの「ありがたい訓示」の真っ最中に、最前列で堂々と居眠りをこいていたのだ。

 

 

 

 

 

 質問:1

 

 あなたは学校の教師だとします。自分の受け持つ授業で居眠りをしている学生を見つけた場合、どのように対処しますか。次の3つの選択肢から答えなさい。

 

1、叩く

 

2、立たせる

 

3、つまみ出す

 

 

 

 

 

 人理継続保障機関フィニス・カルデア所長オルガマリー・アニムスフィアは、

 

 全部実行した。

 

 ツカツカと、居眠りぶっこいてる不届きな学生に、足早に歩み寄るオルガマリー。

 

 そして、

 

 スパーンッ

「どわァッ!?」

 

 いきなり頭をブッ叩かれた立香。

 

 その意識は、今度こそ完全に覚醒した。

 

 とは言え、

 

 いささか以上に遅すぎたが。

 

 目を開けた立香の視界にドアップで飛び込んで来たのは、明らかな怒り顔のオルガマリーだった。

 

「立ちなさい!!」

「は、はいッ」

 

 雰囲気に押されて、思わず背筋を伸ばして上がる立香。

 

 そんな立香を、オルガマリーは怒り心頭な目付きで睨む。

 

「あなた、名前はッ!?」

「アッハイ、マスター候補生ナンバー48番、藤丸立香ですッ」

 

 立香の言葉を聞き、

 

 オルガマリーの表情は、更に険しさを増す。

 

「48番・・・・・・つまり一般公募枠って事・・・・・・・そんな奴に、私は・・・・・・」

 

 何かをこらえるように、ブツブツと声を押し殺して呟くオルガマリー。

 

 やがて、全てを呑み込むようにして再び立香を睨みつけた。

 

「出て行きなさいッ 今すぐ!! ここはあなたのような人間にいる資格はありません!!」

 

 そう言うと、オルガマリーは容赦なく入口の方を指差した。

 

 

 

 

 

 一連の騒動は、当然ながら他の候補生たちにも見られていた。

 

 中には露骨に立香を指差して、侮蔑の笑いを浮かべている者までいる。

 

 彼らのようなエリート魔術師にとって、立香のような「落伍者」は、格好の物笑いの種と言う訳だ。

 

 そんな中、

 

 最後列に座った少女は、一連の様子を眺めると、やれやれとばかりに嘆息した。

 

「・・・・・・・・・・・・馬鹿」

 

 痛む頭を抱えつつ、そっと席から立ち上がる少女。

 

 そのまま人目に付かないように、つまみ出された立香を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 扉を閉められる。

 

 その様に、立香はやれやれとばかりに嘆息した。

 

「完全に締め出されてしまいましたね立香先輩。でも、おかげで意識は完全に覚醒したみたいで何よりです」

 

 なぜか一緒について来たマシュが、そんな風に告げる。

 

 そんなマシュに、立香は力なく笑う。

 

「まいったね。これからどうしよう?」

「こうなったら、立香先輩のファーストミッションへの参加は難しいでと思います。ですので、お部屋の方に案内しますので、そちらで休まれてはいかがでしょう?」

 

 それは、確かに魅力的な案だった。

 

 そもそも長旅で疲れている身である。休める時に休みたかった。

 

「それじゃあ、お願いするよ、マシュ」

「はい。それじゃあ先輩、着いて来てください」

 

 そう言って踵を返したマシュに、立香が着いて行こうとした時だった。

 

「まったく、何やってんのよ兄貴。マヌケにも程があるわよ」

 

 呆れた調子の声に2人が振り返ると、1人の少女が嘆息しながら立っていた。

 

 やや赤み掛かって髪をサイドで纏めて結び、全体的に小柄な印象のある少女である。

 

 その姿に、立香は嘆息しつつ振り返った。

 

「薄情だぞ凛果(りんか)。何で追いてったんだよ?」

「だって、随分気持ちよさそうに寝てたんだもん。起こしたら悪いと思って」

 

 立香の言葉に対し、凛果と呼ばれた少女は、唇を尖らせて答える。

 

 その様子を見ていたマシュが、状況を呑み込めずに首を傾げた。

 

「あの先輩、こちらの方は?

「ああ、こいつは・・・・・・」

 

 尋ねるマシュに応えようとする立香。

 

 だが、立香が答えるよりも先に、凛果の方が口を開いた。

 

「うわ、何この子、可愛いッ 兄貴、早速ナンパでもしたの?」

「こらッ 人聞きの悪いこと言うなよ」

 

 からかい口調の相手に対し、立香は嘆息しながら窘めると、改めてマシュの方を見やった。

 

「マシュ、こいつは俺の双子の妹で、藤丸凛果(ふじまる りんか)だ」

「マシュって言うんだ。よろしくね」

 

 そう言うと、凛果は手をひらひらと振って見せる。

 

「先輩の妹さん・・・・・・・・・・・・」

 

 呟くように言ってから、マシュは何かに気付いたように頷いた。

 

「あまり似てらっしゃらないのは、所謂『二卵性双生児』だから、ですか?」

「お、正解。よく分かったね」

 

 確かに、立香と凛果の顔だちは、男女差もあってあまり似ていない。

 

 立香の方は少年らしく引き締まった表情をしているのに対し、凛果は少し丸みがあって愛嬌を感じさせる。

 

 全体的に見れば似ている個所もあるが、言われなければ気付かなかった。

 

 二卵性双生児ならば、あまり似ていない事も納得だった。

 

 それにしても、

 

「何でお前まで出て来たんだよ? ブリーフィングに参加しなくても良いのか?」

「あのね、兄貴・・・・・・・・・・・・」

 

 兄の言葉に、凛果は今度こそ完全に呆れたとばかりに、深々とため息を吐いた。

 

「あの様子じゃ、兄貴はどうせクビでしょ。この後、強制帰国って事になるだろうし、そうなったら、あたしだけここに残されちゃうでしょ。そんなのまっぴらごめんよ」

「あ、そうか」

 

 その点に思い至らなかった立香は、そう言って手を打つ。

 

 確かに、こんな場所に妹を1人置いていく事には不安があるのも確かだった。

 

 そんな兄の反応を見ながら、凛果は少し悪戯っぽく笑って見せる。

 

「あ~あ、間抜けな兄貴のおかげで、せっかくの高額バイト料、取り損ねちゃったな」

「お前な・・・・・・・・・・・・」

 

 兄よりも金かよ。

 

 そうツッコむ立香に対し、凛果はアハハ―と笑って見せた。

 

「嘘嘘。ほら、お部屋に行くんでしょ。マシュ、案内して」

「は、はい。では、こちらへ」

 

 そう言うと、藤丸兄妹を連れて、マシュは歩き出す。

 

 対して、立香と凛果も顔を見合わせると、少女の後からついていくのだった。

 

 

 

 

 

 運命(Fate)は動き出した。

 

 もう、誰にも止める事は叶わない。

 

 彼らが突き進む先にあるのは破滅か? あるいは絶望か?

 

 若きマスターたちはまだ、己の進む先がどこかすら、見定めてはいなかった。

 

 

 

 

 

第1話「フィニス・カルデア」      終わり

 




主人公紹介

藤丸立香(ふじまる りつか)
年齢:17歳
性別:男
身長:167センチ
体重:58キロ

備考
本作の主人公、その1。男主人公(いわゆる「ぐだ男」)基本的に楽観主義者で、物事をいい意味で深く考えず、一見すると能天気とも言える雰囲気を持つ。ただし、一度決めた事は決して曲げようとしない強さを持つ。

藤丸凛果(ふじまる りんか)
年齢:17歳
性別:女
身長:154センチ
体重:42キロ

備考
本作の主人公、その2。女主人公(いわゆる「ぐだ子」)。立香とは双子の兄妹。素直で面倒見がいい性格。普段は彼女が立香を引っ張っているように見えるが、いざという時には彼女の方が振り回される事が多い。

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