Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第8話「噴き出る悪意」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レフッ!!」

 

 男の姿を見たオルガマリーは、思わず感極まって駆け寄った。

 

 レフ・ライノール。

 

 カルデアの技術主任で、未来観測レンズ「シバ」の開発者。

 

 そして、

 

 カルデア内において、何かと気苦労の絶えないオルガマリーにとって唯一、心から信頼できる人物でもあった。

 

 思えば、彼女にとって苦難の連続だった。

 

 予定外の事故によってカルデアは壊滅。46人のマスター候補を含む、スタッフの大半が全滅するという異常事態。

 

 そして彼女自身も予定外のレイシフトに巻き込まれ、特異点へと飛ばされる羽目になった。

 

 地獄と化した街の中を逃げ回り、化け物やサーヴァントに命を狙われ続けた。

 

 魔術師のエリートとは言え、基本的に「温室」で育った彼女には耐えがたい苦痛の数々だった。

 

 だからこそ、だろう。

 

 今この瞬間における異常性に、オルガマリーが気付けなかったとしても、誰が彼女を浅慮と責める事が出来よう?

 

 そんなオルガマリーとは反対に、藤丸兄妹は冷静に状況の推移を見詰めていた。

 

「あれって・・・・・・レフ教授、だよね? 何でここにいるの?」

 

 ブリーフィングでレフと顔を合わせている凛果は、信じられない面持ちで、突如として姿を現したレフを見ていた。

 

 カルデアにいたはずのレフが、なぜここにいるのか? そもそも、先のロマニの話によれば、レフは爆発の影響で行方不明になっていた筈である。

 

 と、

 

 そんな凛果を守るように、小さな影が立ちはだかる。

 

「アサシン?」

「フォウッ キュ」

「凛果、下がって」

 

 言葉少なに、凛果を下がらせるアサシン。

 

 フォウもまた、凛果の肩の上によじ登って、警戒するようにレフを睨んでいる。

 

 アサシンにとって、レフは初めて見る相手である。

 

 だが、本能とでも言うべきか、少年の目には、レフが何か、得体の知れない存在のように映っていた。

 

 傍らのクー・フーリンもまた、同様に杖を構えて警戒している。

 

 一方、

 

 立香もまた、警戒心も露わにレフを見据えていた。

 

 立香も、カルデアの廊下でレフと会っており、その時には好印象の人物として捉えていた。

 

 だが今、突然現れてセイバーを不意打ちで倒したレフは、セイバー以上に危険な存在の様に思えるのだ。

 

 そのセイバーは、レフによって胸を貫かれ、瀕死の状態になっている。今も心配げな美遊に寄り添われ、苦し気な呼吸を繰り返していた。

 

「先輩・・・・・・」

「マシュ、気を抜くんじゃないぞ。いつでも動けるようにしておいてくれ」

 

 立香の言葉に、マシュは無言で頷きを返すと、手にした盾を構えなおす。

 

 どうやら彼女もまた、立香と同じ思いのようだ。

 

 マシュ自身、レフにはオルガマリー並みの信頼を抱いていた筈。

 

 そのマシュですら、今目の前にある状況が、いかに異常であるか理解していた。

 

 一方、

 

 そんな中、オルガマリーはレフに駆け寄り、縋りついた。

 

「ああッ レフッ!! レフッ!! 良かった、生きててくれて!! あなたが死んだと聞かされた時、どんなに心配した事か!! 私だけじゃ、この先どうやってカルデアを守れば良いのかすら、判らなかった!!」

「やあ、オルガ。元気そうで何よりだよ。大変だったね」

 

 縋りつくオルガマリー。

 

 対して、レフは彼女を抱き留める事もせず、淡々とした口調で返事をするのみだった。

 

 言葉では気遣っているようにも聞こえるが、その態度は明らかに素っ気なく、オルガマリーをぞんざいに扱っているように思える。

 

 だが、オルガマリーは、そんなレフの態度に気付かないまま、これまでため込んで来たものを全て吐き出すように告げる。

 

「そうなのよレフ!! 予想外の事ばかりで頭がどうにかなりそうだわ!!」

 

 言いながら、

 

 オルガマリーは涙を浮かべてレフを見上げる。

 

「でも良いの!! あなたがいれば何とかなるわよね!! だって、今までだってそうだったもの!! だから、今回だって!!」

 

 レフがいてくれればどうにかなる。

 

 レフがいてくれれば、自分は大丈夫。

 

 レフがいてくれれば何とかしてくれる。

 

 ああッ レフ!!

 

 レフ!!

 

 レフ!!

 

 レフ!!

 

 レフ!!

 

 今のオルガマリーは、それしか考えられなくなっていた。

 

 と、

 

 そんなオルガマリーを見ながら、レフが告げる。

 

「ああ、本当に予想外の事ばかりで頭にくる」

 

 淡々とした口調で、

 

 オルガマリーの鼻先に顔を近づけ、

 

 残酷にも言い捨てた。

 

「中でも君だよオルガ。爆弾は君の足元に設置したと言うのに、まさかこうしてまた、顔を合わせる事になるなんてね。トリスメギストスは、ご丁寧にも体を失った(死んだ)君の残留思念を拾い上げて、一緒に転移させてしまったのだろう。そうでもしなければ、適性の無い君の肉体では、転移できるはずもないからね」

「な、何を言っているの?」

 

 信頼する技術主任の突然の豹変に、戸惑うオルガマリー。

 

 対して、レフは面白くもなさそうに続ける。

 

「理解できないかね? 愚鈍だとは思っていたが、まさかここまでとは恐れ入る。良いかい、愚図の君にも分かりやすく説明してあげると、カルデアにいた君は死んだからこそ、初めてレイシフトできるようになったと言う訳さ。おめでとう、大した皮肉じゃないか。生前には全く適性が無かった君が、今こうして、レイシフトできているのだからね」

 

 悪意があふれ出る。

 

 つまり、

 

 既にオルガマリーは死んでいる。

 

 だからこそ、本来なら予定の無かった彼女までレイシフトしてしまい、この場に存在してしまっているの。

 

 レフは、そう言っているのだ。

 

 そして、

 

 彼女の殺害、ひいてはカルデアの爆破を実行したのも、彼自身と言う訳だ。

 

「そ、そんな・・・・・・嘘よ・・・・・・嘘・・・・・・」

 

 力なく首を振り、後ずさるオルガマリー。

 

 信じられなかった。

 

 否、

 

 理解を拒んだ、と言っても良いかもしれない。

 

 自分が最も信頼するレフが、自分を裏切ったなどと、どうしても信じたくなかったのだ。

 

 だが、

 

「フム、言葉では信じられないかね? ならば証拠を見せようじゃないか」

 

 言い放つと、レフは手を空中に翳す。

 

 果たして、

 

 開いた空間の先に見えたのは、カルデアに安置されていた筈のカルデアスだった。

 

 どうやら、何らかの魔術を用いて、空間を繋げたらしい。

 

 だが、

 

 本来なら疑似地球環境モデルとして、目が覚めるような青色をしているはずのカルデアスが、まるで炎を上げたかのように真っ赤に染め上げられているではないか。

 

「そんな・・・・・・カルデアスが、赤く・・・・・・」

 

 愕然とするオルガマリーに、レフは冷酷に告げる。

 

「見たまえ。あれが、お前たちの愚行の末路だ。人類の未来は焼却され、結末は確定した。いかに足掻こうが、最早何も変える事などできはしない」

 

 言い放つと、

 

 レフはオルガマリーに向けて手を翳す。

 

「せめてもの慈悲だ、オルガ。最後に、君の宝物に触れてくると良い」

「宝物って・・・・・・?」

 

 茫然と呟くオルガマリー。

 

 いったい、何のことを言っているのか?

 

 既に思考が破綻しているオルガマリーは、茫然としてレフを見ている。

 

 すると、

 

 その体が突如、ふわりと浮かび上がった。

 

「な、何これッ? 何が? 何が起きてッ!?」

 

 戸惑うオルガマリーの体は、どんどん上昇していく。

 

「所長!!」

 

 立香が飛びだして追いかけようとするが、それよりも早く、オルガマリーの体は手の届かない場所へと浮き上がっていく。

 

 そして、

 

 その向かう先には、

 

 赤く燃え上がるカルデアスがあった。

 

 そこでようやく、オルガマリーはレフの意図を察する。

 

 レフは、今まさに、燃え盛っているカルデアスの中に、オルガマリーを投げ込もうとしているのだ。

 

「やめて・・・・・・お願いやめて、レフッ カルデアスは高密度な情報体よ? 次元が異なる領域よ? そんな物に触れたら・・・・・・」

 

 徐々に近づいてくるカルデアスを見ながら、恐怖の為に涙を流すオルガマリー。

 

 だが、レフは一切の感慨も見せる事無く応じる。

 

「そう。人間が触れれば、分子レベルまで分解される地獄の具現(ブラックホール)だ。遠慮なく、無限の死を味わいたまえ」

 

 レフがそう言った、次の瞬間。

 

 小さな影が、彼の前に踊った。

 

 アサシンだ。

 

 アーチャー、セイバーと強大な英霊2騎と対峙した少年は、既にボロボロとなっている。

 

 それでも、最後の力を振り絞るようにして、レフへと斬りかかった。

 

 振り下ろされるアサシンの刀。

 

 その一撃を、

 

「ッ!?」

 

 レフはとっさに腕を振るって払う。

 

 弾かれるアサシンの剣閃。

 

 同時に、

 

 レフは憎悪に満ちた目でアサシンを睨みつけた。

 

「おのれッ 木っ端なクズ英霊の分際で!!」

 

 手を翳すと同時に、放たれた魔力弾がアサシンへと襲い掛かる。

 

「クッ!?」

 

 直撃を受け、吹き飛ばされるアサシン。

 

 対して、

 

 レフは忌々し気に、立ち上がる少年を睨む。

 

 その手からは薄く鮮血が噴き出している。

 

 アサシンの一撃は、僅かなりともレフにダメージを与えていたのだ。

 

 だが、既に遅い。

 

 その時には既に、オルガマリーはカルデアスのすぐ眼前まで迫っていた。

 

 今にも呑み込まれようとしているオルガマリー。

 

「イヤッ イヤッ 誰か助けて!! 私、こんな所で死にたくない!! だってまだ、褒められてない!! 誰も私を認めていないじゃない!! 誰もわたしを評価してくれなかった!! みんな、私を嫌ってた!! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのに!!」

 

 それは、彼女にとって魂の底から湧き出た叫び。

 

 彼女はただ、自分を認めてほしかったのだ。

 

 誰でも良い。自分を肯定し、自分を誉めてほしかった。

 

 ただ、それだけだったのだ。

 

 だが、

 

 運命は、どこまでも残酷だった。

 

 燃え上がったカルデアス。

 

 その開いた地獄の口へ、

 

 オルガマリーは成す術もなく吸い込まれていく。

 

 最後に、彼女が何を思ったのか?

 

 それは判らない。

 

 本当に呆気なく、

 

 オルガマリー・アニムスフィアと言う女性は、彼女が最も大切にしていたカルデアスに飲み込まれて、完全に消えてしまったのだった。

 

「フン」

 

 そんなオルガマリーの様子を眺め、

 

 レフはつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「まったくもって使えない。最後まで愚鈍極まりない女だったな」

 

 仮にもかつては、己の上司だった相手に対し、何の感慨も見せず冷酷に吐き捨てるレフ。

 

 そこには一片の人間性すら見出す事すらできない。

 

 まるで使い終わって飽きた玩具を、ごみ箱に捨てただけのような、そんな感じだ。

 

「・・・・・・お前、誰なんだ?」

 

 そんなレフに対し、

 

 振り絞るように声を上げたのは立香だった。

 

「どうして、こんな事をする? 所長はあんたの仲間だったんだろ?」

「兄貴・・・・・・・・・・・・」

 

 レフを睨みつける立香。

 

 その瞳には戸惑いと共に、確かな怒りが浮かんでいた。

 

 付き合いの短い立香にも、オルガマリーがレフを信頼してたのはよく分かる。

 

 そのレフが、あっさり斬り捨てるように、オルガマリーを裏切った事が、未だに信じられなかった。

 

 レフを真っ向から睨みつける立香。

 

 対して、

 

「フム・・・・・・・・・・・・」

 

 シルクハットを目深にかぶりながら、レフは口を開いた。

 

「良かろう。死にゆく者への手向けだ。せめて、滅びの理由くらいは語ってやろうじゃないか」

 

 レフは一同に向き直ると、その冷酷な視線を容赦なく向けてくる。

 

 その視線からは、今や隠そうともしない悪意が満ち溢れていた。

 

「私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために使わされた、2015年担当だよ」

「人類の・・・・・・処理?」

 

 立香達を守るように盾を構えるマシュが聞き返す。

 

 どう考えても不吉な言葉としか思えない。

 

 と、

 

《なるほどね》

 

 突如、立香の腕に嵌めた通信機が鳴り、カルデアにいるロマニの声が聞こえてきた。

 

 その声は、いつもの明るく浮ついた物ではない。明らかな緊張の色が見て取れた。

 

《立香君たちがレイシフトしてから、救援要請の為に外部との通信を試みていたんだけど、それが全く繋がらなくなっていた。てっきり通信機の不調かと思っていたんだけど・・・・・・・・・・・・》

 

 実際にはカルデアの通信機は不調ではなかった。

 

 なぜなら、通信を受け取る相手、すなわち「カルデアの外の世界」の方が既に滅んでいたのだから。

 

 例えるなら、大海の中で漂流する小舟。それが、今のカルデアの現状だった。

 

「ロマニか。相変わらず賢しいな貴様は。しかし、臆病者(チキン)の貴様が、ずいぶんと冷静じゃないか」

《・・・・・・・・・・・・》

 

 嘲弄するようなレフの言葉に、ロマニは沈黙で返す。

 

 ロマニ自身、オルガマリーの信任厚かったレフが、まさか自分たちを裏切っていたという事実が、いまだに信じられない様子だ。

 

 そんな一同を前に、レフは謳い上げるように言い放つ。

 

「貴様ら人類は滅んだ。自分たちの愚かさ故に、我が王の寵愛を失い、惨めに滅び去ったのだ!!」

 

 嘲笑を上げるレフ。

 

 悪魔の如き笑い声は、暗い地下空洞に陰々と響いていた。

 

「さて・・・・・・」

 

 一同の沈黙を心地よさげに眺めながら、レフは踵を返す。

 

「私はここで去らせてもらうが、最後の一つ、余興を用意させてもらった。ぜひ、楽しんでくれたまえ」

 

 そう言うと、

 

 レフは指をパチンと鳴らす。

 

 次の瞬間、

 

 空間が開き、その中から巨大な影がにじみ出てきた。

 

 筋骨隆々とした、巨体を持つ男。

 

 まるで巨岩を人型に削ったかのような、その人物は、狂気を孕んだ双眸で立香達を睨みつける。

 

「あ、あれはッ!?」

 

 声を上げたのは、セイバーを介抱していた美遊だった。

 

 その瞳は、信じられないと言った感じに見開かれている。

 

 少女は、その姿に見覚えがあった。

 

 そして、

 

 同時にそれが、如何に最悪な相手であるかも理解していた。

 

「バーサーカー・・・・・・そんな、何で?」

 

 冬木が炎上し、聖杯戦争が崩壊した後、セイバーに斬られたバーサーカー。

 

 死して尚、郊外にある城を守り続け居た大英雄がなぜ、今自分たちの目の前にいるのか?

 

「何、舞台袖で暇そうにしていたからね。彼にも手伝いをしてもらおうと思ったまでだよ。廃品たる君ら人類を始末するには、やはり廃品を再利用するのが一番手っ取り早いからね」

 

 嘯くように言いながら、再び空間を開くレフ。

 

 そのまま、呑み込まれるようにして消えていく。

 

「ではさらばだ、最後の人類たちよ。滅びゆく時間の最後の一時を味わいたまえ」

 

 それだけ言い置くと、

 

 レフは開いた空間の中へと姿を消してしまった。

 

 後に残ったのは、カルデアのマスターと、そのサーヴァント達。

 

 そして、

 

 巨大な英雄が1人。

 

「■■■■■■■■■■■■!!」

 

 咆哮を上げるバーサーカー。

 

 その様子に、一同は戦慄する。

 

「まじぃな、こいつは・・・・・・・・・・・・」

 

 杖を構えながら、クー・フーリンが緊張気味に呟く。

 

 彼を含めて、こちらのサーヴァントは全員が既に満身創痍。

 

 どう戦っても、バーサーカーを相手するのは不可能だった。

 

《頼む、少しで良い、時間を稼いでくれ!!》

 

 通信機から、ロマニの悲痛な叫びが響いてくる。

 

《こちらでレイシフトして、立香君たちをカルデアに戻す作業に入る!! それまでどうか、持ちこたえてくれ!!》

「簡単に言ってくれるぜ」

 

 ロマニの言葉に、苦笑交じりに応じるクー・フーリン。

 

 しかし、やるしかない。

 

 自分たちが戦わないと、立香達が殺されてしまう。そうなると、全てが終わりだった。

 

「やるぞッ 坊主ッ 嬢ちゃん!!」

「んッ!!」

「了解です!!」

 

 クー・フーリンの言葉に、頷きを返すアサシンとマシュ。

 

 同時に、バーサーカーは手にした巨大な斧剣を振り翳して斬り込んでくる。

 

 今、最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

第8話「噴き出る悪意」      終わり

 


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