Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第19話「黒幕」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 猛威を振るった魔神柱バルバトスが、悲鳴のような咆哮を上げて倒壊していく。

 

 既に全ての複眼は光を失い、その生命力が尽きている事を物語っていた。

 

 やがて、その体その物が立ち込める霧に包まれたかと思うと、根元から飲み込まれて消滅していく。

 

 後に残ったのは、聖剣を振り翳した状態で立ち尽くす弓兵が1人。

 

 士郎は剣を振り切った状態で、倒壊していく魔神柱を見据える。

 

「・・・・・・・・・・・・勝った、か」

 

 息を吐く士郎。

 

 同時に、

 

 周囲を取り巻いていた風景も、消えて行くのが見えた。

 

 固有結界「無限の剣製(アンリミテッド・ブレードワークス)

 

 士郎(正確に言うと英霊エミヤ)の心象風景を具現化した世界は、元より現実には存在しない虚構に過ぎない。

 

 役割を終えたら、ただ消え去るのみだった。

 

 同時に、士郎の手に握られている聖剣もまた、解けるように消えて行く。

 

 消え去る剣。

 

 その徐々に消滅していく刀身を、士郎は目の前に掲げる。

 

「・・・・・・・・・・・・また、世話になったな」

 

 いたわるように声を掛ける。

 

 剣を透かした先。

 

 そこに、青いドレスを着た、美しい少女の姿を見出す。

 

 自分、

 

 いや、

 

 自分ではない、どこか別の世界の衛宮士郎(えみや しろう)にとって、かけがえのない存在だった少女。

 

 そう言えば、ここは彼女の国だった事を、今更ながら思い出す。

 

 だからこそ、もしかしたらいつも以上に力を貸してくれたのかもしれなかった。

 

 やがて、

 

 少女は士郎に笑いかけると、やがて風のように消えて行くのだった。

 

「ありがとう・・・・・・セイバー」

 

 最後に、そう語り掛ける。

 

 と、

 

 同時に、

 

 士郎の身体を、強烈な痛みと倦怠感が襲った。

 

 体から力が抜ける。

 

 まるで全ての水分が蒸発したかのように、体中が熱かった。

 

 元より崩れかけの霊基。この体はとうに死に体となっている。それが無理を押して戦場に立ち、あまつさえ宝具の解放まで行ったのだ。

 

 こうなる事は自明の理だった。

 

「ッ!?」

 

 歯を食いしばり、上げかけた悲鳴を噛み殺す。

 

 まだだ。

 

 まだ、倒れるな。

 

 そう念じて、足を踏ん張る。

 

 クロ、

 

 響、

 

 それに

 

 美遊。

 

 1人1人の顔を見やる。

 

 妹や弟たちの前で兄が倒れれば、彼等が不安がる。

 

 兄として、士郎はたとえ死んでも、倒れる訳にはいかなかった。

 

 やがて、

 

 完全に消え去った魔神柱の中から、光る物体が浮かび上がる。

 

 眩く輝く物体はやがて形を成し、士郎の手の中に納まる。

 

 淡く輝く器。

 

「・・・・・・聖杯、か」

 

 士郎にとってはある意味、馴染み深いマジックアイテム。

 

 手にした者の願いを遍く叶える、万能の願望機。

 

 魔術師ならずとも、喉から手が出るほど欲しい代物。

 

 だが、

 

 士郎は見るともなしに聖杯を眺めた後、

 

「藤丸」

「わッ!?」

 

 立香に向かって、聖杯を放り投げてよこした。

 

 慌てて、飛んできた聖杯をキャッチする立香。

 

 恐る恐る、と言った感じに顔を上げると、士郎は背を向けていた。

 

 そんな器に興味はない。使える奴が有効に使えばそれで良い。

 

 そんな態度だ。

 

「い、良いのか?」

「ああ。構わない。それに・・・・・・・・・・・・」

 

 向ける、視線の先。

 

「まだ、終わってない」

 

 言いながら、干将・莫邪を投影して構える士郎。

 

 そこには、傷つきながらも、尚も立ち上がろうとしている3騎の姿があった。

 

 アヴェンジャー、アサシン、キャスター。

 

 皆、士郎との戦いで傷付いてはいたが、まるで何かに取り付かれたように立ち上がり、再び向かってこようとしている。

 

「・・・・・・やってくれましたね」

 

 呪詛の籠った言葉を発するアヴェンジャー。

 

 そこには、常に浮かべていた余裕の態度は無い。

 

 追い詰められ、尚も牙を剥こうとする獣の如き怨嗟が存在していた。

 

 無理も無い。

 

 9割、勝ちが確定したと思われていた状態から、まさか逆転を許すとは思っていなかったのだろう。

 

「驚いたな、まだ動けるとは」

 

 言いながら、注意深く観察する士郎。

 

 3基とも、士郎の攻撃を受けて完全に死に体だったはず。それが立ち上がってくるとは、流石の士郎も予想外だった。

 

 見回す士郎。

 

 意外な事に、最も傷が浅いのは、致命傷を確実に与えたと思っていたキャスターだった。

 

 士郎の攻撃は、完全に彼女の霊核である心臓を捉えていた。普通なら死んでいないとおかしい。

 

 にも拘らず、立ち上がってくるとは。

 

 これまでも、美遊やジャックとの戦いで幾度も致命傷を受けているにも拘らず、その度に蘇ってくるキャスター。

 

 まるで生ける屍(リビング・デッド)のような印象さえ受ける。

 

 見れば、アヴェンジャーとアサシンの胸には、キャスターの物と思われる呪符が張られている。恐らく、あれが回復用の呪符なのだろう。

 

 つまり、キャスターが健在である限り、彼等は何度でも蘇る事が可能と言う訳だ。

 

人魚伝説・此岸の地獄(にんぎょでんせつ・こがんのじごく)

 

 そんな声が、背後から聞こえて来る。

 

 振り返れば、

 

 いまだに現界を保っていた玉藻が、辛うじて立ち上がっているのが見えた。

 

「その子の持つ宝具・・・・・・と言うよりは、『呪い』ですわね。これは完全に」

 

 言いながら、玉藻の目はキャスターへと向けられる。

 

「まったく・・・・・・こんな形で再会したくは無かったのですけど。それに・・・・・・ええ、死んで召喚された、とかじゃないでしょうあなた・・・・・・」

 

 互いの視線が、交錯する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、まだ生きていたとは驚きましたよ。・・・・・・八百比丘尼(やおびくに)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八百比丘尼(やおびくに)

 

 その昔、とある漁師が酒宴の席において、人魚の肉が料理されているのを見てしまった。

 

 古来より、人魚の肉には不思議な力があり、食した者はその身の万病が払われ、また一口食べれば不老不死になれると言う言い伝えがあった。

 

 とは言え、得体が知れない事に変わりはない。

 

 気味悪がった男は、肉を食べずに、そのまま持ち帰ったと言う。

 

 しかし、その肉を、男の娘が誤って食べてしまった事で、娘は不老不死の身体となってしまった。

 

 永遠に歳を取らず、永遠に生き続ける事となった娘。

 

 何人もの男と結婚したが、夫は皆、先立ってしまった。

 

 永遠に若いままの娘を残して。

 

 嘆き悲しんだ娘は尼僧となり、日本全国をさ迷い続けた後、やがて辿り着いた若さの血で入定(真言密教における究極の修行。「永遠の瞑想」)したと言う。

 

 そしてもう一つ、

 

 こんな都市伝説も存在する。

 

 すなわち、八百比丘尼は未だ存命であり、今も日本の何処かを当て所なくさ迷い続けていると言う。

 

「・・・・・・・・・・・・今はもう、だいぶ昔の事なのですがね。わたしのところに、1人の尼僧が、弟子入りさせてくれと尋ねてきました。まあ、当時、わたしはちょーっとやんちゃし過ぎて都を追われて、面倒くさいから死んだ事にして田舎に隠れ住んでたんですけど、どこから聞きつけたのか、その尼さんはわたしの隠れ家を訪ねてきましてね」

 

 それは玉藻が、鳥羽上皇の元を離れて300年近く経った時の事だった。

 

 自らを訪ねて来た、1人の尼僧。

 

 身なりはボロボロでありながら、姿形は美しい10代の少女のようだったのを覚えている。

 

 彼女は言った。

 

 自分の身に起きた出来事。そして、不老不死となった我が身について。

 

 自分はいつまで生きるのか、生きて行かなくてはいけないのか判らない。

 

 ならばせめて、生きる為の力が欲しい、と。

 

 常ならば、玉藻も応じなかったかもしれない。勝手に不老不死になった人間の人生など、彼女にとっては知った事ではなかった。

 

 だが、朝廷を追われ、大討伐から逃れて隠れ住む事300年。さしもの大妖怪も、人恋しくなっていた感は否めない。

 

 暇つぶし

 

 長く生きる為の、ほんのお遊び程度に、自分の持っている術の一端を教えようと言う気になった。

 

 もっとも、

 

 その「弟子」は長生きしている割に随分と物覚えが悪く、教えている玉藻の方が余計な苦労を背負い込んでしまったのを覚えている。

 

 まあ、それでも、才能自体は元々あったらしく、10年近くも修行を続けた頃には、並の魔術師程度には魔力を操れるようになり、玉藻の下を離れて行ったのだが。

 

「まあ、散々暴れたわたしが言う義理じゃないんですけどあなた、あの頃と比べて随分とねじ曲がってしまいましたわね。我が弟子ながら玉藻、ちょーっと哀しいですわよ」

 

 言いながら、

 

 玉藻の姿が消えて行く。

 

 既に現界を保つ事が出来ないほどに消耗しつくしていたのだ。

 

「あー、カルデアのマスターさん、凛果さんと、それから立香さん、でしたっけ。申し訳ないんですけど、うちのバカ弟子の件含めて、あとお願いしますね。わたしと金時さんは、ここらで退場みたいです」

 

 その言葉を最後に玉藻、そして金時の姿は風に吹かれるようにして消えて行った。

 

 二大英霊を見送った後、

 

 衛宮士郎は再び、アヴェンジャー達に向き直った。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 淡々とした口調で告げる士郎。

 

 玉藻に言われるまでも無く、士郎にはこのまま事を修める気は無い。

 

 きっちり片を付ける。

 

 さもなくば、自らがこの場に来た意味はない。

 

 既に形成は逆転している。

 

 3騎は健在だが、頼みの魔神柱は倒れ、聖杯もカルデアの手に渡った。

 

 間もなく、この特異点は修正される事になるだろう。

 

 だが、

 

「まだ、やろうってのか?」

 

 言いながら、剣を構えたのはモードレッドだった。

 

 否、彼女だけではない。

 

 響が、クロエが、美遊が、マシュが、

 

 それぞれの武器を手に、士郎と並び立つようにして対峙している。

 

 先程まで瀕死に近かったサーヴァント達が皆、戦う力を取り戻して立ち上がっていた。

 

 誰もが、傷を負ってはいるが、戦えないほどではない。

 

 と、

 

「いやはや、何とか間に合いましたな」

「フンッ そこの自殺志願者に感謝する事だな。お陰で、全員回復させるだけの時間が稼げた」

 

 見れば、

 

 ハンス・クリスチャン・アンデルセンと、ウィリアム・シェイクスピア。

 

 更に作家サーヴァントに続いて、フランにナーサリー・ライム、ジキルの姿もあった。

 

 どうやら、遅れてやって来た彼らのおかげで、カルデア側はどうにか体勢を立て直す事に成功したようだ。

 

「ん、士郎が戦っている間に、みんな来た」

「おかげで、こっちは魔力も体力もばっちり。まだまだ戦えるわよ」

 

 意気を上げる衛宮姉弟。

 

 対照的にモードレッドは、やれやれとばかりに肩を竦めて嘆息する。

 

「まったく・・・・・・全部終わってからノコノコと現れやがって。来るならもっと、早く来やがれ」

「知らんのか? 真打は最後に登場するものだ。モブのピンチに駆け付けてやる事こそ王道と言うやつだ」

「叩っ斬られてェか?」

 

 嘯くアンデルセンに、今にも斬りかかりたそうなモードレッドを、立香がどうどうと押さえている。

 

 そして、

 

「わたし達も戦えます」

 

 士郎の傍らに立った美遊が、決意の籠った声で告げる。

 

 見上げる、小さな瞳。

 

 少女にとって、士郎はあくまでも見知らぬ他人に過ぎない。

 

 その士郎が、なぜ自分を知っているのか? 響やクロエとどういった関係なのか? 聞きたい事は山ほどある。

 

 しかし、

 

 今はともかく、目の前の問題を片付ける事が先決だった。

 

「さて、どうする?」

 

 士郎が剣の切っ先を向けながら告げる。

 

 その先に立つ3騎。

 

 いかに強大な力を持つ彼らとは言え、今は手負い。

 

 対してカルデア側は回復を終え、万全とは言えないまでも戦闘に支障はない。

 

 形勢は完全に逆転している。

 

 両者、最後の激突に向けて剣を持つ手に力を込めた。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くだらぬ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、頭の中に陰々と響き渡る声。

 

 その声にハッと顔を上げたのは、アヴェンジャーだった。

 

 居住まいを正す、軍服の復讐者。

 

 彼だけではない。

 

 キャスター、八百比丘尼も、そして今だ名の知れぬ仮面のアサシンも、居住まいを正し、恭しく首を垂れた。

 

 と、

 

《気を付けろ、みんな!! まだ、終わってないぞ!!》

 

 緊張を孕んだ声を発したのは、カルデアにいるロマニだった。

 

《何か、巨大ない魔力を持った存在が、その空間に現れようとしているぞ!!》

 

 ロマニが言い終える前に、

 

 恭しく、臣下の礼を取る3騎の目前で、空間が歪むのが見えた。

 

 歪みは徐々に大きくなり、やがて人1人が通れるほどの空間が出来上がる。

 

「いったい、何が始まるんだ?」

「見ていれば判るさ」

 

 戸惑う立香に、士郎は静かな口調で告げる。

 

「お前達も薄々は勘づいているんだろう。一連の人理焼却。その背後にいるであろう、黒幕の存在を」

 

 確かに。

 

 これまで何度か、その影が見え隠れしていた事に、立香達も気付いていた。

 

 だが、それが一体何者で、どんな存在なのか、カルデア側は全く、情報を掴めていなかったのだ。

 

「せ・・・・・・先輩・・・・・・」

「マシュ、どうしたッ!?」

 

 苦しそうに呻くマシュに、立香が駆け寄る。

 

 立香が少女の肩に手を置くと、マシュの身体は小刻みに震えているのが判った。

 

「マシュ?」

「寒い・・・・・・いったい、これは」

 

 震えるマシュの身体を、支える立香。

 

 そんな中、

 

 一同が見ている前で、

 

 空間に穴が開くのが見えた。

 

 内部に広がる、ひたすらに濃い「闇」。

 

 その中から、

 

 更なる巨大な「闇」が、姿を現した。

 

「実に、くだらぬ」

 

 闇の中より、陰々とした声が響いて来た。

 

「魔元帥ジル・ド・レェ、帝国神祖ロムルス、英雄間者イアソン、神域碩学二コラ・テスラ。少しは使えるかとも思ったが、小間使いすらできぬとは興ざめだ。やはり人間は、時代(とき)を重ねるごとに劣化するようだ」

 

 ゆっくりと、近付いてくる影。

 

「・・・・・・お前は、誰だ?」

 

 影に向かって問いかける立香。

 

 対して、

 

「ん? 何だ、既に知り得ている筈だが? そんな事も教わらねば判らぬ猿か?」

 

 返って来たのは侮蔑の言葉だった。

 

「だが良かろう。その無様さが気に入った。聞きたいなら答えてやろう」

 

 言いながら、

 

 影の主はついに、

 

「我は貴様らが目指す到達点。七十二柱の魔神を従え、玉座より人類を滅ぼすもの」

 

 立香達の前に姿を現した。

 

「名をソロモン。数多無像の英霊共。その頂点に立つ、7つの冠位の一角と知れ」

 

 

 

 

 

第19話「黒幕」      終わり

 




はい、と言う訳で、

長ッッッッッッらく、お待たせしました。

巫女キャスターの真名解放です。

答は人魚伝説で有名な「八百比丘尼(やおびくに)

因みに、彼女に関する情報の、大半はミスリードです。

巫女姿→本来は尼僧姿
魔術師→そんな伝承は無い
玉藻と知り合い→オリジナル

不死身っていうのと、あとは和鯖ってくらいですかね。真名に繋がる手掛かりは。





何か、プリヤ11巻の発売日が、どんどん延期されて行っている気がするのは気のせいだろうか?

(うちの県じゃやってないけど)映画コケたみたいだし、まさかそのせいって事も無い、と思いたい所です。

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