Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第21話「魔の都に霧は晴れ」

 

 

 

 

 

 

 視界全てが、赤黒く塞がれる。

 

 誰もが理解できない。

 

 それ程、一瞬の事だった。

 

 ソロモンに向けて、銃を放った士郎。

 

 次の瞬間、

 

 そのソロモンの身体から無数の剣が突き出し、魔術王を刺し貫いた。

 

 今や魔術王の姿は、赤黒い魔力の奔流に飲み込まれ、伺う事すらできない。

 

 その様子を眺めながら、

 

 士郎はゆっくりと、銃を降ろした。

 

 視線は尚も険しいまま、ソロモンが立っていた辺りを睨みつけている。

 

 「無/の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)

 

 衛宮士郎が辿る運命の、一つの終着点。

 

 とある理由から、自らの理想を捨て去り、目的の為ならば一切の手段を選ばない冷酷さを発揮した時、彼の宝具は恐るべき姿へと変貌する。

 

 魔弾の内部へ封じ込められた固有結界は着弾と同時に解放。標的内部で解き放たれる。

 

 本来、あらゆる武器を投影する結界が体内で解き放たれ、標的を内側から突き破り、完膚なきまでに破壊するのだ。

 

 古今東西、およそ残酷さにおいてこれに勝る宝具は無い、と言っても良いかもしれない。

 

 切り札である、2つめの宝具開放。

 

 これで終わった。

 

 誰もが、そう思いたい所だった。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・チッ」

 

 険しい表情で舌打ちする士郎。

 

 嘆息と諦念が入り混じった表情からは、ある種の予定調和にも似た雰囲気がにじみ出ている。

 

 あるいは、

 

 この戦場にあって、最も正確に戦況を分析し得ていたのは士郎だっただろう。

 

 すなわち、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか、興味深い。座興としては、そこそこ楽しめた、と言っておこうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分では、ソロモンに勝てない、と言う事を。

 

 士郎の考えを肯定するように、

 

 晴れた奔流の中から、ソロモンが姿を現す。

 

 その姿は、

 

 無傷。

 

 士郎の「無/の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)」をまともに食らったにもかかわらず、致命傷どころか、衣服の乱れすら見受けられない。

 

 まったくの無傷だった。

 

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 信じられない物を見たような面持ちで、立香が呟きを漏らす。

 

 彼の目から見ても、士郎の宝具は完全に決まっていた。

 

 倒せないまでも、何らかのダメージを与える事くらいは期待していたのだが。

 

 それがまさか、無傷とは。

 

「・・・・・・成程、そういう事か」

 

 どこか、納得したように口を開いたのは、後方で見守っていた作家サーヴァントだった。

 

 アンデルセンはゆっくりと前に出ると、ソロモンを真っ向から見据える。

 

 そして、ここまで戦い続けた弓兵(アーチャー)に向き直った。

 

「おい、これ以上は無駄だ。やめておけ」

「だろうな」

「・・・・・・・・・・・・どういう、事だ?」

 

 頷く士郎。

 

 理由が判らず戸惑う立香に、アンデルセンは肩を竦める。

 

 士郎が1人で戦っていた分、後方にいたアンデルセンは状況について冷静に分析するだけの余裕があった。

 

 これまでの戦況、士郎の戦力、ソロモンの反応。

 

 それら全てを統合した結果、アンデルセンの中で組み上がった答え。

 

「奴を倒す事は出来ん。少なくとも、この場ではな」

 

 告げられた言葉は、絶望以外の何物でもなかった。

 

 ここまで来て、

 

 黒幕を前にして、

 

 手も足も、出す事が出来ない。

 

 それが、稀代の天才童話作家ハンス・クリスチャン・アンデルセンの出した答えだった。

 

「宝具か、あるいはもっと別の何かか、それは判らん。だが、少なくとも無策に突っ込んでダメージを与える事は不可能だと思った方が良いだろうな」

 

 言いながら視線を向けた先で、

 

 ソロモンがほくそ笑む。

 

「凡百以下のごみの分際で、よくぞ見抜いた物だな。まあ、これくらいは気付いてもらわねば張り合いも無いのだが、しかし予定よりは早かった。その点は褒めてやろう」

「光栄だな」

 

 ソロモンの言葉に、皮肉気に返すアンデルセン。

 

 実のところ、アンデルセンとて全てを把握しているわけではない。現状の少ない時間と情報で分析できることなど、たかが知れている。彼は作家であって、探偵ではないのだから。

 

 だが、

 

「光栄ついでに、もう一つ語ってやろうか?」

「ほう、聞いてやろう。今度は何を囀る気だ? 面白ければ楽に殺してやるぞ」

 

 余裕の態度を見せるソロモン。

 

 対して、

 

「貴様の正体、その特例の真実について」

 

 アンデルセンは語った。

 

 これは先日、魔術協会を探索した際に読んだ資料。

 

 その中で特に、アンデルセンの気を引いた「英霊召還」について。

 

 現在の聖杯戦争システムの上位版にしてオリジナル。

 

 強大な1つの存在に対して、召喚される最強の7騎。

 

「それがお前だ。人理を守る最高峰にして天の御使い。冠位(グランド)の名を頂く、7騎の最高峰の英霊」

 

 アンデルセンの目が、真っ向からソロモンを射抜く。

 

「すなわち、冠位魔術師(グランド・キャスター)、魔術王ソロモン!!」

 

 言い放った瞬間、

 

 巨大な哄笑が鳴り響いた。

 

 ソロモンの口から放たれる笑い声。

 

 一同が見守る中、

 

 魔術王は笑いを張りつかせたまま言った。

 

「良いぞ、よくぞそこまでたどり着いた物よ」

 

 冠位魔術師(グランド・キャスター)

 

 すなわち7騎のクラスの一つ。キャスターの頂点に立つ人物。

 

 魔術師や、キャスターとして召喚された英霊は、決して目の前の王には敵わない。

 

 メディア・リリィが抵抗を諦めて人類の敵に回ったのも、マキリ・ゾォルケンが変節したのも無理はない。

 

 およそ「魔術師」と言う存在である限り、決して逆らう事の出来ない相手がそこにいた。

 

「ロマン君、レイシフトは?」

《いや、まだ駄目だ。まだ君達の座標を固定できてない。どうしても、ソロモンの支配領域を打破できない!!》

 

 問いかける凛果に、悲鳴交じりのロマニが返事を返す。

 

 凛果は絶望感に苛まれる。

 

 最先端の科学と魔術。その粋を結集したカルデアですら、ソロモンを打ち破る事が出来ないとは。

 

 圧倒的、

 

 などと言う言葉すら、陳腐に感じてしまうほど、隔絶した力の差があった。

 

 全滅。

 

 その言葉が、皆の脳裏を支配し始めた。

 

 その時だった。

 

「フム、では、そろそろ帰るとするか」

 

 まったく唐突に、

 

 終幕の宣言が、とうの黒幕の口から語られたのだった。

 

「なッ 帰るって・・・・・・」

「うん? 何を不思議がる?」

 

 驚く立香に、ソロモンは小ばかにしたような口調で言った。

 

「言ったではないか、これは『座興』だと。それが終わったから帰るまでの事。どこにおかしな事がある?」

 

 まるで、ちょっと散歩のついでに立ち寄っただけ、とでも言いたげな軽い口調で話すソロモン。

 

 対して、

 

「良いのかよ、俺等を残して行って?」

 

 挑発するように語り掛けたのはモードレッドだった。

 

 その剣の切っ先は、尚も油断なくソロモンへと向けられている。隙あらば、いつでも斬りかかるつもりなのだ。

 

「お前は既に4つの聖杯を立香達に奪われている。その割には、随分と余裕じゃねえか?」

「・・・・・・・・・・・・4つ?」

 

 対して、

 

 ソロモンは足を止めると、真っ向からモードレッドに向き直る。

 

 その口元に、侮蔑の笑みを向けて言い放った。

 

「4つ・・・・・・何を言い出すかと思えば、4つとはな」

「テメェ、何が可笑しいッ!?」

 

 激昂するモードレッド。

 

 対して、ソロモンはさも、おかしいジョークを聞いたと言わんばかりに、笑みを浮かべたまま振り返る。

 

「なに、随分と程度の低い勘違いをしていると思ってな」

「何ッ」

「言っておくが、1つも6つも、私にとっては何も変わらん。最後の1つを奪われない限り、私の事業を止める事など不可能。カルデアなど、取るに足らん些事に過ぎん」

「じゃあ、テメェはいったい、ここに何しに来たんだッ!?」

 

 それだけ圧倒的な力を有しながら、カルデア特殊班に手を出さずに立ち去る事の意味が分からない。

 

 ここでカルデアを滅ぼすでもなく、ただ戦って見過ごすだけなら、ソロモンは、なぜ姿を現したのか。

 

「言っただろう? 座興だと。ここに来たのはただの暇つぶしだ。誰しも、一つの読書を終えて、次の本に取り掛かる前に用を足しに立つ事があるだろう。これは、それだけの話だ」

「なッ!? 小便ぶっかけに来たってのかッ!?」

「モーさん・・・・・・」

「言い方・・・・・・」

 

 響と美遊が、ジト目で睨む。

 

 チビッ子たちの抗議の視線が飛ぶ中、ソロモンが邪悪に染まる顔で高笑いを上げる。

 

「その通りッ!! 実にその通りッ!! 実際、貴様らは小便以下だがなあ!! 私はお前たちの事など、垂れ流した小便並みにどうでも良いのさッ ここで生かすも殺すも、全てどうでも良い!! 判るか? 私はお前たちを見逃すのではない。お前たちなど、初めから見るに値しないのだ!!」

 

 ひとしきり高笑いを上げた後、

 

「だが、まあ・・・・・・・・・・・・」

 

 ソロモンは笑いを止めて言った。

 

「もし万が一、奇跡が起きて全ての特異点を修復できたとしたら、その時はお前たちを、私自ら処理すべき案件と考えてやろうではないか」

 

 貴様らには無理だがな。

 

 言外に、そう告げるソロモン。

 

 と、

 

「・・・・・・楽しいのか?」

「先輩?」

「兄貴?」

 

 突然、口を開いた立香に、マシュと凛果が戸惑うような視線を向ける。

 

 そんな2人に構わず、立香はソロモンを真っすぐに見つめて言い初。

 

「何で、こんな事をするんだッ!? 人類を滅ぼして何が楽しいんだッ!?」

 

 アンデルセンの考察が正しければ、ソロモンは本来、人類に対する脅威に立ち向かう、7騎の英霊の1騎のはず。

 

 それがいったいなぜ、人類を滅ぼす側に回っているのか? これでは自己矛盾も甚だしいと言わざるを得ない。

 

「・・・・・・・・・・・・楽しいか、だと?」

 

 口元に笑みを刻むソロモン。

 

「ああ、楽しいさッ 実にッ!! 実にッ!! 実にッ!! 実にッ!! 実にッ!! 実にッ!! 楽しくて楽しくて仕方がないなッ!! 貴様ら人類程、この地球で無意味な存在はいないッ 貴様らはこの2000年で全くと言って良いほど進歩しなかったッ!! だからこそ、私と言う滅びを迎える事になったッ!! 滅びる事で初めて、貴様ら人類はその存在に意味を持つ事が出来るのだッ むしろ感謝してほしいくらいだなッ!! 喜べ、人間ども!! お前たちは私に滅ぼされる事によって、はじめて存在に意味が生まれるのだからな!!」

 

 高笑いを上げるソロモンを見て、立香は思う。

 

 こいつとは分かり合えない、と。

 

 決して、何があっても。

 

 ソロモンの念頭には既に「人類を滅ぼす」と言う大前提が存在している。

 

 そこには和解も交渉も、余地は残されていなかった。

 

 だからこそ、

 

「そんな事は、させない」

 

 敢然と、

 

 決意をもって、

 

 立香は立ちはだかる。

 

 目の前の魔術王に対し。

 

 ソロモンからしたら、立香の存在など取るに足らないだろう。それこそ、指先一つ、動かす事無く存在を抹消する事も、不可能ではあるまい。

 

 だが、しかし、

 

 それでも、

 

 立香は、全ての恐怖を飲み込み、立ち続けていた。

 

「俺達は決してあきらめない。必ず、人類を守って見せる!!」

 

 言い放った立香。

 

 対して、

 

「フンッ 良いだろう」

 

 侮蔑を含む言葉を言いながら、ソロモンは、自らの背後の空間に門を開くと、その中へと足を踏み入れる。

 

 アヴェンジャー、キャスター、アサシンもまた、付き従う。

 

「せいぜい、醜く足掻く良いッ!! 滅びを迎える、その瞬間までなッ!!」

 

 門が閉じる。

 

 ソロモンの笑い声を残して。

 

 後には、無力のまま立ち尽くす、カルデア特殊班だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧が、晴れて行く。

 

 ロンドンの街を覆いつくし、あれだけの猛威を振るい続けた魔霧が晴れ、少しずつ、太陽の光が届き始めていた。

 

 それと同時に、戦闘で破壊された街並みも、まるで逆再生のように元に戻り始めていた。

 

 魔神柱が倒れ、聖杯を確保した事で、特異点の修復が始まろうとしていたのだ。

 

 そして、

 

 それは同時に、役目を終えたサーヴァント達もまた、消え去る事を現していた。。

 

「まあ、仕方がない。できれば着いて行きてェけど、元々、寄る辺の無い俺等じゃ、そうもいかないしな」

 

 さばさばした口調でそう言ったのはモードレッドだった。

 

 彼女の体からは既に、金色の粒子が立ち上り、消滅現象が始まっていた。

 

 モードレッドだけではない。

 

 アンデルセン、ナーサリー、シェイクスピア。

 

 生き残ったサーヴァント達は皆、この世界から立ち去ろうとしている。

 

 残るのは、もともとこの世界の住人だったジキルとフランだけである。

 

「ありがとう、円卓の騎士、モードレッド卿。君のおかげで、この世界を救う事が出来た。本当に、ありがとう」

「よせよせ、そんな改まって言われると、背中がかゆくなるッ」

 

 頭を下げる立香に対し、モードレッドはどこか照れたような口調で言う。

 

「それに、こんな俺でもロンドンを守るために戦う事が出来たんだ。感謝すんのは俺の方だよ」

 

 そう言って笑うモードレッド。

 

 次いで、その視線はマシュへと向けられた。

 

「あー、マシュ。お前の持ってる盾なんだけどな。そいつは、ひょっとして・・・・・・」

「この盾について、何か知ってるんですかッ!?」

 

 モードレッドの物言いに対して、マシュは食いつくように身を乗り出した。

 

 マシュに憑依している英霊の名は、未だに判っていない。それ故に、彼女は全力発揮できないでいるのだ。

 

 唯一の手掛かりは、この盾のみ。

 

 マシュとしては、是が非でも手掛かりが欲しいところだった。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・いや、やっぱダメだ。こいつは、俺の口から言っちゃいけねえ。マシュ、お前自身が、自分で見つけないと意味ない事だ」

「そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 そこまで言っておいて。

 

 そう言いかけるマシュ。

 

 だが、

 

 そんなマシュに、モードレッドは嗤いかける。

 

「んな顔すんなって。ただ、これだけは絶対言えるぜ。あのいけ好かない盾ヤロウよりもマシュ、お前の方が絶対、その盾をうまく使えてる。だから自信もって胸を張れッ この俺が保証してやる!!」

 

 勢い良く言い放つと、

 

 モードレッドの姿は急速に薄れ、そして消えて行く。

 

「負けるんじゃねェぞ」

 

 最後に、

 

 鮮烈な笑みを残し、叛逆の騎士は去って行った。

 

 

 

 

 

 背中を向けて、立つ少年。

 

 その姿を、彼の弟や妹が、言葉も無く立ち尽くしている。

 

 どれくらい、そうしていただろうか?

 

「・・・・・・・・・・・・ソロモンはああ言ったが」

 

 ややあって、士郎が口を開いた。

 

 振り返る。

 

 その口元には、

 

 爽やかな、笑顔が刻まれる。

 

「悪いが、この戦いは、俺の勝ちだ」

「え? お兄ちゃん?」

「ん、士郎、何言ってる?」

 

 士郎の言葉に、クロエと響は、訳が分からず声を上げる。

 

 確かに、魔神柱を倒し、聖杯を回収、特異点の修復が成った以上、勝ちと言えない事も無い。

 

 しかし、肝心のソロモンは倒せず、その側近であるアヴェンジャー、キャスター、アサシンも取り逃がしてしまった。

 

 結果的に見れば引き分け、悪く見ればこちらの敗北とも言える。

 

 抑止の守護者として、人理を守り、諸悪の根源たる魔術王ソロモンを倒す事には失敗した事になる。

 

 だが、

 

「お前らを、1人も欠ける事無く守り通す事が出来たんだ。これ以上の勝利が他にあるかよ」

 

 そう言って、士郎は笑う。

 

 ソロモンの事も、

 

 特異点の事も、

 

 言ってしまえば人理修復ですら、士郎の眼中にはない。

 

 彼の目的はあくまで、弟と、妹たちを守る事のみ。その他の事など、物のついででしかなかった。

 

 その時、

 

「お兄ちゃん、それッ」

 

 驚いて声を上げたクロエ。

 

 子供たちが見ている前で、

 

 士郎の身体から、金色の粒子が立ち上り始めた。

 

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 納得したように、士郎はその光景を受け入れる。

 

 判っていた。

 

 元より、こうなる事は覚悟のうえで魔術王に挑んだのだから。

 

 勝つ為ではなく、守るために。

 

 だから、悔いは一切なかった。

 

「悪いな、クロ、響、美遊。俺は、ここまでみたいだ」

「お兄ちゃん・・・・・・」

「士郎・・・・・・」

「俺はもう、一緒にいてやれないけど・・・・・・けど、大丈夫だよな。お前ら、強いし」

 

 そう言っている間に、

 

 士郎の身体は透け始める。

 

 もう、本当に、時間がなかった。

 

「悪い。イリヤにも、会ったら伝えといてくれ。会えなくて悪かったって」

 

 消えて行く士郎。

 

 その姿を、

 

 美遊は黙って見つめている。

 

 目の前で、今にも消えて行こうとしている士郎。

 

 その姿が、自分の中で誰かと重なろうとしている。

 

 遠い世界。

 

 自分ではない誰か。

 

 その中にある、一番大切な思い出。

 

 

 

 

 

 

 

 

『美遊がもう苦しまなくていい世界になりますように』

 

 

 

 

 

『やさしい人たちに出会って・・・・・・』

 

 

 

 

 

『笑いあえる友達を作って・・・・・・』

 

 

 

 

 

『あたたかでささやかな・・・・・・』

 

 

 

 

 

『幸せをつかめますように・・・・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、

 

 あるいは奇跡をも超越した何かだったのかもしれない。

 

 今ここにいる美遊は、「美遊」ではない。

 

 当然、記憶もない。

 

 だが、

 

 かつて、自分を守る為にボロボロになるまで戦ってくれた兄。

 

 自分に全てを与えてくれた兄。

 

 その姿が、目の前の少年と重なった瞬間、

 

 今、美遊の中で、自分の物ではない記憶が、奔流のように流れ始めていた。

 

 兄に助けられた事。

 

 兄と共に過ごした事。

 

 それら一つ一つが、美遊の中で花開くように再現されていくのが判った。

 

「お兄ちゃん!! ダメッ 行かないで!!」

「美遊・・・・・・・・・・・・」

 

 消えゆく士郎に縋りつこうとする美遊。

 

 士郎は、駆け寄って来た妹を抱き留め、その頭を撫でてやる。

 

 互いに、僅かな時間で温もりを確かめ合う、兄と妹。

 

 やがて失われると判っているからこそ、その尊さが愛おしく感じる。

 

 だが、

 

 別れは否応なくやってくる。

 

 士郎の体の消滅は、急速に早くなり始めた。

 

「お兄ちゃんッ!!」

 

 声を上げる美遊。

 

 そんな妹を安心させるように、士郎は優しく語り掛ける。

 

「美遊、大丈夫だ」

「お兄ちゃん?」

「お前には、こんなにたくさん、頼れる仲間がいるじゃないか」

 

 マスターである立香、凛果、ロマニやダ・ヴィンチと言ったカルデアのスタッフたち。

 

 クロエやマシュ。

 

 それに、

 

 響。

 

「後は、任せた」

「ん」

 

 頷きをかわす2人。

 

 それを見て、

 

 士郎は満足そうに微笑む。

 

 同時に、

 

 意識が、急速に薄れて行くのを感じる。

 

 だが、

 

 最後まで、目は閉じない。

 

 愛おしい、弟妹達を、その眼に焼き付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美遊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦え

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諦めるな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諦めなければ、必ず、道は前に開けるから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第21話「魔の都に霧は晴れ」     終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロンドンの特異点は修復された。

 

 聖杯も無事に回収され、今はダ・ヴィンチを筆頭とする技術班によって解析が進められている。

 

 カルデア特殊班も、全員が無事に帰還している。

 

 隊長である藤丸立香以下、今回も全員が帰還できたことは喜ばしい。

 

 同時並行で、次の特異点の絞り込みも進められている。

 

 解析が終われば、次のレイシフトに向けて準備に入る事になる。

 

 だが今は、

 

 少なくとも今だけは、皆が無事に戻れたことを喜びたい。

 

 だが、

 

 払った犠牲は大きかった。

 

 坂田金時、玉藻の前、ジャック・ザ・リッパー、

 

 そして、

 

 衛宮士郎。

 

 戦力の大半を現地で召喚されたサーヴァントに頼っているカルデアだが、それでも一度の戦いで、これほどの犠牲が出たのは初めての事だった。

 

 特殊班自体も壊滅寸前まで追い込まれた事を考えれば、戦慄せざるを得ない状態だった。

 

 そんな中、

 

 帰還してすぐに、特殊班のメンバーたちは揃って、ロマニ・アーキマンの部屋へと押しかけていた。

 

 彼らは聞かなければならなかった。

 

 どうしても。

 

 対して、

 

 険しい面持ちで詰め寄る一同に対し、ロマニもこれあるを予期していたのだろう。神妙な面持ちで語り始めた。

 

「士郎君がカルデアにやって来たのは、特異点Fから立香君たちが帰還してすぐ。響君と美遊ちゃんが召喚されるより、少し前の事だった」

 

 驚いたのは、ロマニをはじめとしたカルデアスタッフだった。

 

 立香達の帰還作業により大わらわの中、レフ・ライノールのテロによって爆破、機能停止状態に張ったはずの英霊召還システム「フェイト」が突然稼働し、召喚の光の中から、傷だらけの弓兵(アーチャー)が姿を現したのだから。

 

 衛宮士郎を名乗ったそのアーチャーの少年は言った。

 

 自分は抑止力のバックアップを受けた守護者である事。しかし、たとえ抑止力の力をもってしても、今回の事態を解決する事は難しいであろう事。その為に、カルデアの協力を求めたい事。

 

 勿論、ロマニ達にとっても、願っても無い事だったのは確かである。

 

「なら、何でわたし達には黙ってたのよ? 一緒に戦った方が良かったんじゃないの?」

 

 険の籠った声で尋ねるクロエ。

 

 こんな大事な事を黙っていた事が、彼女には自分達に対する裏切りにも思えたのだ。

 

 否、クロエだけではない。

 

 響や立香達もまた、納得いかない表情を向けていた。

 

 対して、ロマニは淡々とした口調で言った。

 

「君達には黙っている事。それが、士郎君の意思だったからだ」

 

 士郎は言った。

 

 自分の霊基は壊れている。恐らく、長くは戦えないだろう。だがそれでも、弟や妹たちの為に、ただ黙って消滅を受け入れる事だけはしたくない。

 

 そこから、士郎の孤独な戦いが始まった。

 

 崩れかけた体を引きずって戦場へ赴き、常に皆を見守る。

 

 そして、本当に危機が陥った時のみ、手を貸す。

 

 それが、士郎にできる最大限の支援だった。

 

 しかし、黙っていても霊基の崩壊は進む。

 

 そして、ロンドンでの戦いが始まった時には、もう士郎の身体は現界を越えつつあったのだ。

 

「だが、その士郎君ももういない。それでも、僕らは戦い続けなうちゃいけないんだ、判るね?」

「ああ、判っているさ」

 

 ロマニの問いかけに、立香は静かに答える。

 

 自分たちを守ってくれた士郎は、もういない。

 

 ならば、

 

 彼が守りたかった物も含めて、これからも戦い続ける。

 

 それが、新たなる自分たちの使命だと思えた。

 

 

 

 

 

 立香達が去った部屋の中で、

 

 ロマニは1人、虚空を眺めていた。

 

 その脳裏に浮かぶのは、ロンドンでの戦いの事。

 

 士郎の事は、ロマニにしてみてもショックではあった。

 

 だがそれ以上に、彼には考えなければならない事があった。

 

 今まで、多くの戦いの中で見え隠れしていた黒幕の存在。

 

 レフ・ライノール、メディア・リリィ、マキリ・ゾォルケンと言った魔術師たちを裏から操っていた存在が、ついに姿を現したのだから。

 

「ソロモン・・・・・・やはり、そういう事なのか」

 

 ロマニは1人、呟きを漏らすのだった。

 

 

 

 

 

死界魔霧都市ロンドン      定礎復元

 




衛宮士郎(えみや しろう)

【性別】 男
【クラス】 アーチャー
【属性】 中立・中庸
【隠し属性】 人
【身長】 167センチ
【体重】 58キロ
【天敵】 言峰綺礼 ジュリアン・エインズワース

【ステータス】
筋力:D 耐久:C 敏捷:C 魔力:B 幸運:E 宝具:EX

【コマンド】:BAAAQ

【保有スキル】
〇心眼
自身に回避状態付与(1ターン)、防御力アップ(3ターン)

〇鷹の目
自身のスター発生率アップ(3ターン)、スター集中アップ(3ターン)、クリティカル威力アップ(3ターン)

〇投影魔術
自身のクイック性能アップ(1ターン)、アーツ性能アップ(1ターン)、バスター性能アップ(1ターン)

【クラス別スキル】
〇対魔力
自身の弱多態性アップ

〇単独行動
自身のクリティカル威力アップ。

〇壊れた霊基
自身の攻撃力アップ。毎ターンHPを少し減少(デメリット)

【宝具】 
無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)
 効果《敵全体に強力な防御無視攻撃、攻撃力ダウン(3ターン)》
英霊「エミヤ」の使用する固有結界を宝具化した物。あらゆる武具を構成する要素が満ちており、見た事がある武具を瞬時に複製、投射が可能。

無/の剣製(アンリミテッド・ロストワークス)
 効果《敵単体に強力な防御無視攻撃、敵単体のチャージを減らす》
英霊「エミヤ・オルタナティブ」の持つ宝具。固有結界の効果を弾丸サイズに押し込めて射出。対象の体内で結界を展開する事で、体の中から無数の剣が突き出て刺し貫く。

永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)
 効果《敵全体に超強力な防御無視攻撃》
 彼の騎士王の聖剣を投影によって複製した剣。その為、オリジナルよりランクが落ちる。無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)展開時にのみ使用可能な宝具。

【備考】
 正義を成すために世界と契約した抑止の守護者でもなく、正義を捨てて失墜した無心の執行者でもなく、ただ1人の大切な人を守るために悪である事を選んだ少年。

 元は冬木の聖杯戦争に参加したアーチャーが、カルデア勢を逃した後、バーサーカーを食い止める為に召喚した。

 その実態については「アーチャーが自身を触媒にして衛宮士郎を召喚した後、消滅した」のか、あるいは「アーチャー自身が霊基を変換して衛宮士郎になった」のかは不明。

 抑止力の後押しにより「衛宮士郎から繋がる全ての存在」の能力と記憶を受け継いでいる。ただし疑似サーヴァントに関してはその限りではない。

 強引な召喚であったことは間違いなく、現界した時点で既に霊基は半壊に近い状態だった。

 霊基が崩れている状態であるから当然、その体も緩慢に崩壊を続けている状態。その為、カルデアから直接魔力を供給する事で、辛うじて現状維持に努めていた。

 長く、彼が正体を隠していたのは、長く戦える身体ではない事を悟っていた為。

 しかし、ロンドンの戦いにおいてカルデア特殊班が壊滅の危機に陥った時、ついに、長く隠していた正体を白日の下へと晒した。

 そして、弟や妹たちを守れた事を確認した後、満足げな笑顔と共に消えて行った。




八百比丘尼(やおびくに)

【性別】 女
【クラス】 キャスター
【属性】 混沌・中庸
【隠し属性】 ヒト
【身長】 141センチ
【体重】 46キロ
【天敵】 玉藻の前、安倍晴明、蘆屋道満

【ステータス】
筋力:E 耐久:E 敏捷:E 魔力:A+ 幸運:A 宝具:EX

【コマンド】:BAAAQ

【保有スキル】
〇無明の道標
味方全体のHPを回復。及び、HP回復状態を付与(3ターン)、弱体状態解除。

〇彷徨える苦行者
自身にターゲット集中状態付与(1ターン)、及びNPアップ(3ターン)。

〇入定
味方全体の攻撃力アップ(3ターン)、自身のアーツ性能アップ(3ターン)、アーツカードのクリティカル威力アップ。

【クラス別スキル】
〇陣地作成
自身のアーツ性能アップ

〇道具作成
自身の弱体付与成功率アップ

【宝具】 
人魚伝説、此岸の地獄(にんぎょでんせつ こがんのじごく)
効果《自身にガッツ状態付与(3回、3ターン)、ガッツ後HP回復状態付与(3ターン)、NP回復(40パーセント固定)、攻撃力アップ(1ターン)》
人魚の肉を喰らい、不老不死となった、八百比丘尼自身の肉体が宝具化した物。

【備考】

 真名「八百比丘尼(やおびくに)

 その昔、とある漁師が酒宴の席において、人魚の肉が料理されているのを見てしまった。

 古来より、人魚の肉には不思議な力があり、食した者はその身の万病が払われ、また一口食べれば不老不死になれると言う言い伝えがあった。

 とは言え、得体が知れない事に変わりはない。

 気味悪がった男は、肉を食べずに、そのまま持ち帰ったと言う。

 しかし、その肉を、男の娘が誤って食べてしまった事で、娘は不老不死の身体となってしまった。

 永遠に歳を取らず、永遠に生き続ける事となった娘。

 何人もの男と結婚したが、夫は皆、先立ってしまった。

 永遠に若いままの娘を残して。

 嘆き悲しんだ娘は尼僧となり、日本全国をさ迷い続けた後、やがてたどり着いた若さの血で入定(真言密教における究極の修行。「永遠の瞑想」)したと言う。

 そしてもう一つ、

 こんな都市伝説も存在する。

 すなわち、八百比丘尼は未だ存命であり、今も日本の何処かを当て所なくさ迷い続けていると言う。

 そして永劫とも言える彷徨の末、魔術王と出会い、彼の計画に協力する事を決める。自らの目的の為に。

 因みに、全くの余談だが、

 伝説通りの尼僧姿ではなく巫女服姿なのは、以前師事した大妖怪の趣味で、強制的に着替えさせられたからだとかどうとか。詳細は不明である。


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