Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第2話「監獄塔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、どれくらいの時が経ったのだろうか。

 

 見える物は闇、闇、闇。

 

 周囲を囲むのは、冷たい石の壁ばかり。

 

 全てが暗闇の中へと飲み込まれていく恐怖。

 

 叫び声は、誰の聞いてくれない。

 

 いくら無実を訴えても、誰も聞いてくれない。

 

 看守は彼をせせら笑うだけ。

 

 一度だけあった再審の機会も無視された。

 

 彼はその容疑から、熱心な皇帝信者と思われており、その上、何者かによって書類も改竄され、皇帝復権の為のいくつもの陰謀に加担した重罪人にされていた。その為、再審の余地なしと判断されていたのだ。

 

 全ては、彼の全く関わりの無い場所で起こり、彼に関わりの無い場所で、彼の運命は決まってしまったのだ。

 

 ああ、皆は今どうしているのか?

 

 愛しい婚約者は心配している事だろう。

 

 愛する父には何と言って謝れば良いのか。

 

 大恩ある船主にも迷惑をかけてしまっている。

 

 幼馴染や先輩会計士も、せっかく祝福してくれたのに。

 

 自分の無実を勝ち取る為に戦ってくれた、あの検事にも申し訳が無い事をしてしまった。

 

 そうして、暗く閉ざされた闇の中に、彼はどこまでも落ちて行く事になる。

 

 何年も、

 

 何年も、

 

 何年も、

 

 何年も、

 

 何年も、

 

 何年も、

 

 暗い牢獄の中で過ごしている内に、彼の中で歪みが生まれ始めた。

 

 なぜ、自分がこんな所にいなくてはならないッ!?

 

 自分は何もしていないのにッ!!

 

 そう、自分は何もしていないのだ!!

 

 ならば、他に犯人がいるのは間違いない!!

 

 そいつのせいで自分は、この暗い牢獄に繋がれてしまったのだ!!

 

 許さないッ

 

 絶対に許さないッ

 

 殺してやるッ

 

 否、殺すだけなど生ぬるいッ 必ず見つけ出し、自分が受けた苦痛を何倍にもして叩き返してやるッ

 

 闇の地獄でのたうち回らせてやるッ

 

 こうして、かつては明朗快活で、誰からも好かれた好青年だった彼は、徐々に狂い、堕ちて行った。

 

 だが、

 

 いくら叫び狂おうが、ここは絶海の孤島にある、牢獄の奥底。

 

 彼の狂気に満ちた叫びも、闇に呑まれ、虚しく消えて行くだけだった。

 

 

 

 

 

 さて、

 

 聊か、想定した事態とは異なるようだが、果たしてどうなる事やら。

 

 状況を冷静な眼差しで見据えながら、男は暗闇の中で嘆息気味に呟く。

 

 何がどうなるのか。ここから先は、賽の目の出次第と言う事になる。

 

 もっとも、ここでは、彼が全てを司っている。

 

 故に、何が起き、そしてこれから何が起こるかは、彼には容易に想像できるのだが。

 

 とは言え、結果などに彼は興味は無い。

 

 ただ、己に直面した理不尽な運命に対し、人が見せる反応にこそ、彼の興味は向けられていた。

 

「苦境に立たされた時こそ、人の本性は現れると言う。果たして連中は、どんな喜劇を見せてくれるのやら」

 

 自身が張り巡らせた罠に、囚われた囚人たち。

 

 哀れな彼らは、もはや牢獄から抜け出す事はできない

 

 ここはこの世の地獄。その在り方を最も醜悪な形で再現した場所。

 

 この牢獄に囚われた彼等は足掻き、やがては落ちて行く事になるだろう。

 

 だが、所詮はどうでも良い事。

 

 足掻きたいなら足掻けば良い。

 

 諦めたければ諦めれば良い。

 

 この先、何が起きようとも男にとっては知った事ではなかった。

 

「よくも言いますね」

 

 不意に、掛けられる声。

 

 男は振り返らず、視線だけを背後にやる。

 

 男の背後に佇む人物。

 

 裾の長いドレスに、顔には目元だけを覆う仮面を付けた女。

 

 その視線は、憎々し気に男へと向けられている。

 

「我が主を裏切り、このような勝手な振舞をするとは・・・・・・」

「裏切ったことは否定しない」

 

 呪詛にも似た女の糾弾。

 

 対して男は、事も無げに肩を竦めて肯定して見せた。

 

「だが、それは所詮、奴にはその程度の器しかなかったと判断したまでの事。恨むなら、無能な上司を恨め」

「おのれッ 我が主への愚弄は許さぬぞ!!」

 

 嘯く男に対し、女は腕を振り上げて背後から襲い掛かる。

 

 魔力を込めた腕が、男へと振り翳された。

 

 致死の威力を込めた一撃が、真っ向から振り下ろされる中、

 

 事も無げに立ち尽くす男。

 

 次の瞬間、

 

 男は振り返る事無く魔力を放出する。

 

 その背より放たれた黒色の雷撃が、一瞬にして、襲い掛かろうとしていた女を吹き飛ばした。

 

「ギャァァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 悲鳴と共に、女の身体は引き裂かれる。

 

 塵も残らず、消滅する女。

 

 だが驚くべき事に、

 

 その姿は、まるで幻であったかのように消え去ってしまった。

 

「フンッ」

 

 完全に姿を消滅させた女に対し、一瞥すらくれず、男は鼻を鳴らす。

 

「影が相手とは、俺も見くびられた物だな」

 

 女が実態の伴っていない存在でない事は、初めから男には判っていた。

 

 だが、影を送り込んで来たと言う事は、本人もこの監獄のどこかにいると言う事。

 

「さて、聊か面倒な事にはなってきたが、果たして、これがどう転ぶ事やら」

 

 口元に笑みを浮かべて、歩き出す男。

 

 その姿は、すぐに闇へと溶けていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚愕と共に、メイド少女は目を見開いた。

 

 いったい、何が起きたのか?

 

 朔月美遊は気が付くと、この場所に立っていたのだ。

 

「これはいったい・・・・・・・・・・・・」

 

 呻きにも似た声ととともに、周囲を見回す。

 

 ゴツゴツとした石の床と壁。

 

 長い廊下の先は、暗闇に閉ざされて見通す事が出来ない。

 

「・・・・・・・・・・・・確か私は、カルデアの厨房にいた、はず」

 

 美遊は落ち着いて、状況の整理を試みる。

 

 確かに、一瞬前まで自分は、カルデアの厨房にいたはず。服装もその時と同じ、メイド服のままなので間違いない。

 

 そこで食事に来たアニーとムニエル、2人と話している時、

 

「そう・・・・・・確か、おかしな声が聞こえた」

 

 聞いた事も無いような声。

 

 まるで、自分を手招きするような、耳に残る声だった。

 

 それも不思議な事に、アニー達にはどうやら聞こえなかったらしく、美遊にだけ聞こえていた。

 

 いったい、あれは何だったのか?

 

 それに、

 

 美遊は手を伸ばし、石の壁にそっと触れてみる。

 

 ゴツゴツとした、冷たい感触。

 

「これは、本物。間違いない」

 

 夢でも何でもない。自分は今、現実としてこの場に存在している。

 

 と、

 

 その手が、冷たい金属の板に触れた。

 

 つるつるした感触の板は、よく見れば金属製である事が判る。とは言え、経年劣化で相当錆びているが。

 

「扉・・・・・・でも、これは・・・・・・・・・・・・」

 

 岩壁に、埋め込まれるように閉じられた鉄の扉。

 

 それが意味するところを感じ、美遊は背筋に寒い物を感じる。

 

 回りを見回せば、似たような扉がいくつも存在しているのが判る。

 

「ここは、監獄・・・・・・・・・・・・」

 

 冷えた空気の中で、美遊は緊張気味に呟く。

 

 ひどく重苦しい岩の壁。

 

 冷たい鉄の感触。

 

 それに、

 

 冷えた空気に混じる、鼻に付く饐えた匂い。

 

 監獄。

 

 勿論、美遊は実際に見た事など無いが、知識として、その場所がどのような役割を持っているのかは知っていた。

 

 罪人を収監し、時には処刑するための場所。

 

 いったいなぜ、自分がこのような場所にいるのか。

 

 それに、

 

「・・・・・・・・・・・・この扉は、かなり古い物だ」

 

 扉にそっと触れた美遊は、ザラザラとした感触を掌に感じる。

 

 鋼鉄製の扉には赤錆が浮き、かなりの間、放置されていた事が判る。

 

 しかも、他にも奇妙な事がある。

 

 監獄であるならば当然、看守や囚人がいる筈。

 

 だが、先程からそうした気配が一切ない。

 

 この広い闇の空間にあって、監獄は無人だった。

 

 薄暗い岩肌の廊下に、少女の靴音だけが響き渡る。

 

 いったい、どれくらいの広さなのか?

 

 行けども行けども、深い闇にはそこが見えなかった。

 

 どれくらい、歩いただろうか?

 

 それは、突然聞こえてきた。

 

「・・・・・・うゥ・・・・・・・・・・・・あァァァァァァ」

 

 呻くような男の声。

 

 地を這いずるような低い声に、美遊はハッとして顔を上げる。

 

 見れば1か所、視線の先で独房の扉が開いているのが見えた。

 

 声は、その中から聞こえてきているらしい。

 

「人? 私以外にも、誰か・・・・・・」

 

 足早に駆け寄り、独房の中を覗き込む美遊。

 

 見れば、

 

 闇に蹲るようにして、男が倒れているのが見えた。

 

 ボロボロの衣服を着た、痩せた男。

 

 うめき声は、その男が発しているらしい。

 

 誰だろう? その姿に見覚えは無い。

 

 だが、ここにいると言う事は、この監獄に関係した人物である事だけは間違いなさそうだった。

 

「あの・・・・・・すみません」

 

 慎重に、声を掛ける美遊。

 

 相手が何者か分からない以上、警戒を解く気は無かった。

 

 だが、

 

 美遊が声を掛けても、男は反応を示さない。

 

 尚も、うめき声を続けている。

 

「あのッ!!」

 

 今度は、強めに声を掛ける。

 

 すると、

 

「・・・・・・・・・・・・た」

「え?」

 

 男のうめき声が止み、何事か呟く。

 

 耳を傾ける美遊。

 

 すると、

 

「・・・・・・・・・・・・うば、われた」

 

 まるで地の底から這い出して来るような声が、美遊の耳を震わせる。

 

「うばわ、れた・・・・・・なにも、かも・・・・・・かぞ、くも・・・・・・あい、する、ものも・・・・・・・・・・・・なにも、かも・・・・・・」

 

 闇の中で、声が震える。

 

 その様子に、背筋が寒くなる美遊。

 

 普通じゃない。

 

 相手の正体は判らないが、それだけは、はっきりとわかった。

 

 ゆっくりと、後ずさりながら扉の方向に後退する美遊。

 

 対して、

 

「・・・・・・なにも、かも、あいつらの、せいだ・・・・・・」

 

 男は、ゆっくりと、美遊に背を向けながら立ち上がる。

 

 扉に、手を掛ける美遊。

 

 次の瞬間、

 

 振り返った男の姿に、思わず美遊は目を剥いた。

 

「あいつらが、おれの・・・・・・すべてを、うばった・・・・・・・・・・・・」

 

 男は、「人」ではなかった。

 

 顔の肉は削げ落ち、目は空洞となり、歯は抜け落ちている。

 

 体は所々、肉が千切れ、骨が露出している。

 

 辛うじて「人間」の形をしている。

 

 が、

 

 それも一瞬の事だった。

 

 男の身体が、内側から膨張するのが見えた。

 

「おまえがァァァァァァ!! 、ウバッタンダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 肉が盛り上がり、内臓が破け、更に呑み込んで膨れ上がる。

 

 まるで巨大な風船のように、一気に5倍近い大きさまで膨張した男。

 

 顔面は大きくはれ上がり、口の中はむき出しになり、手足は13本にまで増えてわさわさと、まるで虫のように動き回る。

 

 見る者の不快感を煽る、ひたすら醜悪な姿。

 

 そのまま、立ち尽くす美遊に襲い掛かる。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、廊下に身を翻す美遊。

 

 間一髪。

 

 男(と、呼んで良いのかは、最早分からないが)の体当たりを回避し、転がるように廊下へと逃れる。

 

 男は、その巨大になった体のせいで、小さな扉の外には出られない。

 

 だが、

 

 轟音と共に、扉が崩れる。

 

 同時に、男が、廊下へと飛び出して来た。

 

「ガエゼェェェェェェ!! ガエゼェェェェェェ!! ガエゼェェェェェェ!!」

 

 呻くように叫びながら、美遊に巨大な手を伸ばしてくる男。

 

 対して、

 

「ッ 仕方がないッ」

 

 スカートを翻し、勇敢にも振り返る美遊。

 

 逃げても始まらない。ならば、戦う以外に無かった。

 

 美遊は自身の魔術回路を起動、迎え撃つ決意をする。

 

 目の前の男が、何者かは知らない。

 

 だが、美遊には英霊化と言う強力な武器がある。いかに怪物とは言え、騎士王アルトリア・ペンドラゴンの力に敵うはずが無い。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「・・・・・・えッ!?」

 

 驚愕する、美遊。

 

 霊基が、反応しない。

 

 まるで、何も無いかのように、美遊の中にあるアルトリア・ペンドラゴンの霊基は、答えようとしなかった。

 

「英霊化できないッ!? そんなッ!?」

 

 英霊化できなければ美遊は、多少、魔術知識のあるだけの小娘に過ぎない。

 

 次の瞬間、

 

 男は美遊に掴みかかるべく、襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、幾年もの月日が流れた。

 

 闇の底で狂気に憑りつかれた彼も、やがては叫ぶ事をやめていた。

 

 いくら待っても、助けは来ない。

 

 いくら叫んでも、ここから出られる事は無い。

 

 きっと、自分はここで朽ち果て、誰にも知られる事無く死んでいくのだろう。

 

 もう、

 

 何もかもが、どうでもよくなった。

 

 看守たちも、彼には関心を払わなくなっていた。

 

 だから、もう良い。

 

 このまま、ここで死のう。

 

 そう思い始めた、ある日の夜の事だった。

 

 目を閉じ、眠りにつく彼。

 

 今や眠りだけが、彼の心を癒す唯一の方法となっていた。

 

 そうして、暫くした頃だった。

 

 彼は、音を聞いた。

 

 目を覚ます。

 

 それは一定のリズムで岩を叩く音。

 

 初めは空耳かと思った。

 

 だが、次の日も、音は聞こえた。そして、その次の日も。

 

 しかも、初めは微かだった音が、徐々に大きくなってきているのが判る。

 

 もしや、と思い、試しにこちらからも音を出してみた。

 

 するとどうだろう? 音がピタリと止んだではないか。まるで、何かを警戒するように。

 

 彼は確信した。

 

 誰かが、穴を掘っている。

 

 脱獄用の穴を。

 

 その日から、彼も音の出ている方向に向かって穴を掘り始めた。

 

 一心に掘る事数日。

 

 ついに、2人は出会った。

 

 彼は驚いた。

 

 何と、15メートル以上も掘り進めて、この独房にたどり着いた人物は、小柄で白髪。齢80近い老人だったのだ。

 

 司祭であるその老人は、イタリアを統一しようとして失敗し、このシャトー・ディフに送られたと言う。

 

 司祭は博識だった。

 

 司祭は6か国語を操る事が出来、更にローマに5000冊もの蔵書を持ち、とりわけ、その中から世界の真実を綴ったとされる150冊を諳んじる事さえできた。

 

 あらゆる教養に長け、あらゆる知識は司祭の頭の中に記録されている。

 

 脱獄の為のナイフ、のみ、やっとこや、日常に必要な蝋燭、紙、ペン、インクと言った道具も、司祭は全て手作りしていたのだ。

 

 この人なら、あるいは自分に起きた事が判るかもしれない。

 

 そう思った彼は、今日出会ったばかりの司祭に、自分の身の上を話してみた。

 

 ある日、突然逮捕された事。

 

 裁判も無しに、この牢獄へ収監された事。

 

 再審請求が握り潰された事。

 

 司祭は彼に言った。

 

 まずは、誰が疑わしいのか考えてみるべきだ。彼がいなくなる事で得をする奴は誰だ?と。

 

 彼は初め、そんな奴はいないと言い張った。自分なんかを妬む奴など、居るはずが無い。それが彼の本音である。

 

 だが、そんな彼の考えを、司祭は戒める。

 

 そうした考えは良くない。人は生きていれば誰しも、必ず妬みや嫉みを受ける物だ、と。

 

 すると、驚愕するべき事が、司祭の推論によって導き出された。

 

 船の会計士は、彼さえいなくなれば自分が船長になれた。

 

 幼馴染は、彼さえいなくなれば、彼の婚約者を自分の物にできた。

 

 もし、あの2人が結託したのだとしたら・・・・・・

 

 会計士が計画し、幼馴染が協力して、偽りの密告状を作る。

 

 そうすれば、彼に無実の罪を着せる事が出来る。

 

 更にもう一つ。彼が裁判無しで投獄された理由も、司祭は解き明かして見せた。

 

 あの、彼が投獄される切っ掛けになった、皇帝からの密書。

 

 その宛名に書かれた人物。

 

 それは、彼を取り調べた検事の父親だったのだ。

 

 自分の父親が、失脚した皇帝と未だに繋がっている事を世間に知られれば、自分の出世に響く。そう考えた検事は、親切顔をしながら、証拠諸共彼を葬ったのだ。

 

 怒りが、

 

 湧き上がった。

 

 否、

 

 そんな生易しい話ではない。

 

 内から湧き上がる黒い炎が、心を燃やし尽くしていくのが判った。

 

 浮かび上がる、3人の顔。

 

 お前らだったのか。

 

 お前らが、俺を・・・・・・・・・・・・

 

 許さない。

 

 絶対に、

 

 許さない。

 

 必ず生きて帰って、全員、地獄に叩き落してやる。

 

 彼は、司祭に懇願した。

 

 自分はこの通り、何も判らない愚か者です。ですから、どうか知識をお与えください。

 

 それに対し、

 

 司祭は、静かに頷きを返す。

 

 君に私の、全てを与えよう。

 

 良いかね、

 

 大事なのは待つ事、そして、希望を持つ事なのだ。

 

 

 

 

 

 美遊に迫る、巨大な怪物。

 

 その体は常にゲル状の液体を、全身から吐き出し続けている。

 

 溶けている。

 

 怪物は生きながら、自らの身体を溶かし続けているのだ。

 

「ガァァァァァァエェェェェェェェェゼェェェェェェェェガァァァァァァエェェェェェェェェゼェェェェェェェェガァァァァァァエェェェェェェェェジィィィィィィィィィでェェェェェェェェェグゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥデェェェェェェェェェェェェ」

 

 最早、言葉にすらなっていない奇声を発しながら、怪物は美遊に迫って来る。

 

 伸ばされる腕が、少女に掴みかからんと広げられる。。

 

 広げた掌は、それだけで畳ほどの大きさもある。

 

 あんな手に掴まれたら、少女の体など一瞬で捻り潰す事も不可能ではないだろう。

 

「クッ!?」

 

 美遊はとっさに、英霊化を諦めて切り替える。

 

 理由は判らないが、使えない武器に固執するのは愚の骨頂だ。

 

 一つの戦術に固執せず、常に複数のパターンを想定して備える。

 

 少女とは言え、かつて聖杯戦争を戦い抜いた美遊。その経歴は、決して伊達ではない。

 

 魔術回路を再起動。

 

 脚力を強化して、相手の攻撃を回避する。

 

 衝撃と共に振り下ろされる腕が、岩肌を破壊する。

 

 飛びのく美遊。

 

 更に後退しつつ、距離を置く。

 

 とにかく、英霊化できない以上、接近戦は愚の骨頂。

 

 ならば、なるべく距離を置いて逃げる以外に無い。

 

 だが、

 

 そんな美遊の考えを見透かしたかのように、怪物は口をすぼめると、その中から粘性のある液体を飛ばしてきた。

 

「クッ!?」

 

 舌打ちしながら回避する美遊。

 

 だが、

 

 やはり、動きは遅い。

 

 魔力で多少強化しても、所詮は少女レベル。異形の怪物相手に、正面切って戦えるようなスペックは、生身の美遊には無い。

 

 そこへ、怪物が突進してくる。

 

 振り翳される、巨大な腕が、再び美遊に掴みかかる。

 

 対して、

 

 美遊の回避は間に合わない。

 

「キャァッ!?」

 

 思わず、尻餅を突いてしまう美遊。

 

 しかし、それが却って、功を奏する。

 

 美遊が倒れる事を予想していなかった怪物の狙いが逸れる。

 

 辛うじて、致命傷を免れる美遊。

 

 一方、

 

 獲物をしとめ損なった怪物は、怒り狂ったように方向を変えて、更に襲い掛かってくる。

 

 対して、

 

 地面に座り込んでしまった美遊は最早、身動きすらままならない。

 

 迫る怪物。

 

 見上げる美遊。

 

「そんな、こんな、ところで・・・・・・・」

 

 美遊は悔しさに、唇を噛み締める。

 

 自分の人生が、

 

 自分の戦いが、

 

 こんな所で終わってしまうなんて。

 

 ギュッと、目をつぶる美遊。

 

 そこへ、怪物が迫った。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀の一閃が、空間を斜めに切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の背後から空間が開き、小柄な影が飛び出す。

 

 手にした刀を一閃。

 

 今にも美遊に掴み掛からんとしていた腕を斬り捨てる。

 

 更に、

 

 そこで動きを止めない。

 

 苦悶の咆哮を上げる怪物。

 

 対して、

 

 空中を飛び跳ね、動きの鈍い怪物を翻弄する。

 

 同時に斬線は無数に走り、怪物の身体を容赦なく切り裂く。

 

 やがて、

 

 怪物は轟音と共に、地に倒れ伏す。

 

 同時に、

 

 少年は倒れた美遊を守るように怪物に立ちはだかると、刀の切っ先を真っすぐに向けて構えた。

 

 漆黒の着物に、黒の短パン、首には白いマフラーを巻いた、幼い外見の少年。

 

「・・・・・・美遊に手を出すなら、斬る」

 

 衛宮響(えみや ひびき)は、刃よりも鋭い眼差しで言い放った。

 

 

 

 

 

第2話「監獄塔」      終わり

 




プリヤ11巻の発売がまた伸びた件。

いったい、ひろやま先生に何があったのやら。

このままだと、こっちの作品にも影響が出そうです。

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