Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第3話「無間の責め苦」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異形の怪物が、視界全てを埋め尽くす勢いで迫りくる。

 

 体中から生えた無数の腕が、ひたすらに不快感のみを与えてくる。

 

 その無数の腕に掴まれたら、人間の体などひとたまりも無く引きちぎられてしまう事だろう。

 

 だが、

 

 迫りくる怪物を前に、

 

 少女を守るべく、暗殺者(アサシン)の少年が立ちはだかる。

 

 向ける切っ先。

 

 射抜く視線。

 

「ん」

 

 短い声と共に、

 

 響は仕掛けた。

 

 地を蹴る暗殺者。

 

 その姿が、

 

 怪物のすぐ目の前へ。

 

 響の動きに、怪物は追随できない。

 

「んッ!!」

 

 斬り上げる一閃。

 

 怪物の身体が、逆袈裟に斬り上げられた。

 

 たちまち、悲鳴を上げた怪物の腕が1本、響が振り上げた刃によって斬り飛ばされる。

 

 怯んだように、後退する怪物。

 

 その隙を、

 

 響は見逃さない。

 

「ん、逃がす、かッ!!」

 

 加速と同時に、

 

 向けた切っ先が、怪物の中央を真っ向から刺し貫く。

 

 怪物の巨体に突き刺さる切っ先。

 

 だが、

 

 響は、そこで動きを止めない。

 

 すかさず、突き立てたままの刀の軌道を変更。刃を上に向けると、勢いに任せて斬り上げた。

 

 切り裂かれ、断ち割られる怪物の身体。

 

 更に、

 

 響の剣は止まらない。

 

 二度、

 

 三度、

 

 四度、

 

 銀の刃は縦横に奔る。

 

 その度に、怪物の巨体は切り裂かれる。

 

 鼓膜を掻きむしるような悲鳴。

 

 それでも、響は動きは止めない。

 

 容赦なく、

 

 躊躇いなく、

 

 響は怪物を斬り捨て続ける。

 

 その姿に、美遊は思わず息を呑む。

 

 普段の響からは考えられないような徹底さ。

 

 まるで人が変わったように、響は怪物を斬り続ける。

 

 やがて、

 

 斬撃に耐えかねた怪物が、ついには轟音を上げて地に倒れ伏した。

 

 その時には既に、怪物の姿はほぼ原形を留めてはいなかった。

 

 その様子を確認し、

 

「ん」

 

 響はようやく、刀を修めると、美遊へと振り返った。

 

「美遊、無事?」

「う、うん。ありがとう・・・・・・・・・・・・」

 

 答えながら、美遊は内心でホッとしていた。

 

 良かった。

 

 どうやら目の前にいるのは、美遊が知っているいつもの衛宮響(えみや ひびき)であるらしい。

 

 先の狂戦士(バーサーカー)にも似た、血に飢えた戦いぶりは、美遊の知る響とは余りにもかけ離れていた。

 

 もしかしたら、たまたま召喚された「別存在の衛宮響」である可能性も疑ったのだが、そうではなかったようだ。

 

 美遊の目の前にいるのは正真正銘、「カルデアの衛宮響」だ。

 

 知り合いが来てくれて、ひとまず安心する美遊。

 

 だが、まだまだ多くの疑問が残っていた。

 

「響、ここはいったいどこなの? なぜ、わたし達はこんな所に?」

 

 美遊にとっては、当然の疑問だった。

 

 いきなりこんな場所に飛ばされて、困惑しない方がおかしい。

 

 だからこその質問だったのだが。

 

「ん、さあ」

 

 響からの回答は(ある意味で予想通り)芳しい物ではなかった。

 

「よく分かんない」

「判らないって、じゃあ、響はどうやってここまで来たの?」

 

 先に響が登場した時、空間に亀裂が走り、閃光が迸ったのを覚えている。

 

 あれは間違いなく、レイシフトの光だった。

 

 と言う事は、響は美遊のように、気が付いたらここにいたわけではなく、自分の意志でここに来た事になる。

 

 来る事が出来たのなら、戻る事も出来るのでは、と思ったのだ。

 

 だが、

 

「ん、内緒」

「・・・・・・あっそう」

 

 白を切る響をジト目で睨む美遊。

 

 いったい、何を隠していると言うのか。

 

「まあ、言いたくないなら聞かないけど。それより・・・・・・」

 

 この相棒が、キャラに似合わず何かと秘密主義者である事は前々から判っていた事。今更、腹も立たない。

 

 それより、現状把握の方が問題だった。

 

「響が来たって事は、カルデアの方でも異変を承知しているって事で良いの?」

「ん」

 

 今度は、響も頷く。

 

「カルデアで、美遊達が眠ったから、迎えに来ただけ」

「眠った? 私が?」

「ん」

 

 響のたどたどしい説明によると、要するに本物の美遊の身体はカルデアの医務室のベッドに横たわっており、今、ここにいるのは、言わば彼女の意識や魂に相当する部分らしい。

 

 状況的にはレイシフトに近いが、当然、正規の手順を踏んだわけではない。

 

「美遊達を見つけたら、カルデアの方で引っ張り上げてくれる」

 

 成程、と美遊は思う。

 

 要するに「釣り」を例にしたら判り易いかもしれない。

 

 響と言う「釣り餌」に釣り糸を付けて投擲。獲物(美遊)を捉えたら、カルデアの方で引き上げる手はずになっている。と言う事だ。

 

「ん、これ」

「え、これは、何?」

 

 響が差し出したのは、小さな指輪だった。

 

 極シンプルなデザインだが、嵌められた小さな宝石の中には、何かの紋様が輝いているのが見える。

 

「凛果から、令呪一角借りて来た。それがあれば、カルデアと繋がっていられる」

「凛果さんの令呪?」

 

 見れば確かに、紋様は凛果の令呪と酷似している。

 

 カルデア側は、響を送り出すに当たり、彼のマスターである藤丸凛果(ふじまる りんか)の令呪の一角を、この指輪に移して響に持たせたのだ。そうする事によって、響はマスター無しでもある程度の魔力供給ラインを確保でき、尚且つ、いざ引き上げる時の目印にもなると言う訳だ。

 

 確かに、令呪を他人に譲渡したり、あるいは何かの魔術アイテムに移す技術は存在している。これは、その技術の応用なのだろう。

 

「そっか」

 

 納得しつつ、響に指輪を返そうとする。

 

 だが、

 

「ん、美遊が、持ってて」

「え、何で?」

 

 響は首を横に振る。

 

 いったいどういうつもりなのか、響は指輪を受け取ろうとはしなかった。

 

 仕方なく、メイド服のポケットの中に指輪をしまう美遊。

 

 ところで、

 

 美遊は一つ、聞き捨てられない事柄があった事に思い至る。

 

「あの、響。今、『達』って言ったよね?」

「ん、たぶん、立香もどっかにいる」

 

 その言葉に、美遊は事態は自分が思っていた以上に複雑である事を悟る。

 

 美遊の他に、カルデアで意識を失ったのはもう1人。マスターであり、特殊班のリーダーである立香も、同時に意識を失っていると言う。

 

 状況から考えて、立香もこの世界に来ているであろうことは間違いなかった。

 

 つまり、今この状況で、カルデアに救助を要請する事はできない。

 

 立香を見つけない事には。

 

「じゃあ、立香さんを探せば」

「ん、帰れる」

 

 成程、と美遊は頷く。

 

 ならば、当面の目的は決まった。

 

 まずは立香を探す。全ては、それからだった。

 

「判った。じゃあ、行こう」

「ん」

 

 並んで、歩き出す美遊と響。

 

 相変わらず、冷たく重い空気の流れる監獄内。

 

 しかし、味方が1人増えた事で、僅かながら、美遊は気持ちが軽くなったような気がした。

 

 これなら、何とかなるかもしれない。

 

 そう思い始めていた。

 

 だが、

 

 その時だった。

 

 ズッ

 

 何か、重い物を引きずるような音が響く。

 

 次の瞬間、

 

「ッ!?」

「ひ、響ッ!?」

 

 驚く美遊を、響はとっさに抱えて横に飛ぶ。

 

 次の瞬間、

 

 轟音と共に、一瞬前まで2人がいた場所に、巨大な腕が叩きつけられた。

 

 美遊を抱えながら着地。

 

 そのまま軌道を半回転させて振り返る少年暗殺者。

 

 視線の先に、立ち上がる巨大な影。

 

「あれはッ そんな、さっき倒したはず、なのにッ!?」

 

 驚愕する美遊の目の前で、立ち上がる怪物。

 

 それは先程、響が原型も残らないほどに斬り捨てた怪物。

 

 だが、

 

 原型も残らないほどに斬り捨てたはずの怪物の姿は、完全に再生されているのが判る。

 

「いったい、どうして!?」

「んッ」

 

 響は美遊から離れると刀の柄に手を掛け、鯉口を切りながら疾走。

 

 同時に、怪物もまた響に襲い掛かるべく、無数の腕を広げて迫って来る。

 

 迫る両者。

 

 だが、

 

 響の方が早い。

 

 間合いに入ると同時に抜刀すると、逆袈裟に斬り付ける。

 

 奔る斬線。

 

 耳障りな悲鳴と共に、怪物は苦悶の声を上げる。

 

 だが、

 

 驚くべき事が起こった。

 

 何と、斬り付けた先から、傷口が再生し始めたのだ。

 

「んッ!?」

 

 舌打ちする響。

 

 再度、斬り付けるも結果は同じ。

 

 再生時間はそれほど早くないものの、傷は確実に塞がり始めている。

 

 疑うべくもない。怪物は、何らかの再生能力を持っているようだ。

 

 まともに戦っていたら、こちらが消耗するばかりだ。

 

 振り下ろされる巨大な腕を回避する響。

 

 そのまま宙返りしながら刀を鞘に納めると大きく後退して、美遊の元まで戻る。

 

「響?」

「ん、逃げる」

 

 言うや否や、

 

「キャッ!?」

 

 短く悲鳴を上げる美遊。

 

 肩と膝裏を両手で支える、所謂「お姫様抱っこ」の要領で、美遊を抱え上げる響。

 

「ちょ、響、この恰好・・・・・・」

「ん、喋ると舌噛む」

 

 言うや否や、響は疾風のように暗闇の中を駆けた。

 

 

 

 

 

 月日は、瞬く間に過ぎて行った。

 

 昼間は大人しくしている彼。

 

 だが、

 

 夜になると彼は横穴を使って司祭の部屋に行き、教えを受けた。

 

 数学、物理学、語学、歴史、倫理、哲学、礼節。

 

 司祭はありとあらゆる知識を、彼に教え込んだ。

 

 元々、純粋だった彼。司祭から与えられた知識を真綿が水を吸うように吸収し、己の物として行った。

 

 彼がひとかどの知識人に変貌するまで、それ程の時間は掛からなかった。

 

 同時に、2人は横穴堀りの作業も継続した。いつか来る、脱獄の日に向けて。

 

 ここで初めて、シャトー・ディフの構造が、彼等に味方した。

 

 脱獄不可能な絶海の監獄であるだけに、看守たちの勤務態度も緩み切っていたのだ。

 

 誰もが脱獄などありえないと思っていたからこそ、彼等が夜な夜な行っている勉強会と脱獄作業に、誰1人として気付かなかったのだ。

 

 こうして、運命共同体となった2人。

 

 深く暗い牢獄の中で、しかし充実した日々が続いた。

 

 だが、

 

 終わりは唐突にやってくる。

 

 既に高齢の域に達していた司祭が、病に倒れたのだ。

 

 司祭は、彼に言った。

 

 自分は間もなく死ぬ。だが、死ぬ前に、どうしても渡しておきたい物がある。

 

 そう言って差し出したのは、1枚の古ぼけた紙切れだった。

 

 小さな地図と、どこかの場所を示した文章。

 

 それは、古代王朝の、隠された財宝の在り処を示した地図だった。

 

 司祭は、自分が死んだら、財宝は全て彼の物だと告げた。

 

 勿論、彼は固辞する。

 

 そんな物は受け取れない。私は、あなたの家族でも何でも無いのだから、と。

 

 だが、司祭は言った。

 

 お前は、私の子供なのだ、と。たとえ血は繋がらなくとも、愛しい息子なのだ、と。

 

 長く共にあり、教え、教えられるうちに、司祭と彼は、本当の親子のような絆が生まれていたのだ。

 

 やがて、病の発作が起き、司祭は苦しんだのちに息絶えた。

 

 彼は、再び1人になってしまったのだ。

 

 この暗い、闇の牢獄で、また1人ぼっち。

 

 また、絶望の中に沈んで行く事になるのか?

 

 結局、ここから出る事は一生できないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あるいは、

 

 その瞬間だったのかもしれない。

 

 彼に初めて「悪魔」が憑りついたのは。

 

 そうでもなければ、こんな残酷な方法を思いつかなかっただろう。

 

 彼は迷った。

 

 悪魔の囁きに答えて良いのか? 

 

 悪魔の手を取れば、本当にもう、後戻りはできない。

 

 本当に、それで良いのか?

 

 だが、

 

 司祭から受けた教え。

 

 闇の中で研ぎ澄ました鋼の精神。

 

 心に宿る怨恨の焔。

 

 何より、ようやく訪れた、千載一遇の好機。

 

 その全てを、無駄にすることは許されない。

 

 彼は決断した。

 

 悪魔の微笑みを受け入れる事を。

 

 彼は愛する「父」の亡骸を、思い出ある地下道の横穴に丁重に隠すと、自らは代わりに死体袋の中に収まり、その時を待った。

 

 やがて、看守がやってきて死体袋の中で息を潜めている彼を運び出す。

 

 死体袋が妙に重い事に看守たちは訝ったが、誰も中身を確認しようとはしなかった。

 

 そして、彼の足に重りを付けると、崖から海に放り投げた。

 

 シャトー・ディフでは、死んだ人間を埋葬せず、海に捨てていたのだ。

 

 埋葬すれば、それだけ金もかかるし、下手に埋めて、腐った死体から病気が蔓延されても困る。これが、看守たちにとって最も手っ取り早い死体処理の手段だった。どのみち、記録も残せないような重犯罪者ばかり。捨てたところで何の問題も無い。あとは勝手に魚が死体を処分してくれる。とでも思っていたのだろう。

 

 だが、

 

 彼にとっては実に好都合だった。

 

 これでわざわざ、墓穴から這い出て、監視の目をかいくぐり、壁を乗り越えて監獄の外に脱出する手間が一気に省けたのだ。

 

 驚きはしたものの、焦りは無かった。

 

 彼は、予め隠し持っていた、穴掘りに使っていた小刀を使い死体袋を切り裂き、水中で足の鎖を解くと、そのまま水面に掻き上がる。

 

 長らく遠ざかっていたとは言え、元船乗りである。泳ぎの感覚は憶えてた。

 

 そして、ようやくの思いで岸に上がった時、

 

 彼は、その手に自由を掴み取っていた。

 

 彼が投獄されてから、実に14年の月日が流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を切らせて、立香は走っていた。

 

 暗がりの中を闇雲に走る少年の顔には、困惑と焦燥がないまぜになっていた。

 

 いったい、何が起きていると言うのか?

 

 見回せば、むき出しの岩が冷たい印象がある壁に囲まれた闇の中に立っていた。

 

 所々に見える、格子付きの鉄扉。

 

 知識の無い美遊と違い、流石に立香は、ここが監獄である事は、一瞬にして理解していた。

 

 が、なぜ自分がこのような場所にいるか、までは理解できなかった。

 

 自分は、ついさっきまでカルデアの廊下でマシュと話していた筈。

 

 それが一瞬、気が遠くなったかと思うと、気が付いたら、ここにいたのだ。

 

 肌を切る冷たい空気に、岩肌のゴツゴツとした感触。

 

 それらの感覚が伝える情報が、これは夢ではなく現実である事を物語っていた。

 

 そして、

 

 チラッと背後に目をやる立香。

 

 その視界いっぱいに、巨大な異形が迫って来るのが見えた。

 

 廊下一杯に迫る異形の化け物は、全体的な外見は蛸のようにも見える。

 

 とは言えそれは、あくまで「辛うじて」と言うレベル。

 

 その触手の全てがグロテスクな青紫色に染まり、一本一本が人間の胴体ほどの太さがある。

 

 更に、辛うじてだが、胴体の部分から人間の上半身らしき物が見えている。

 

 ちょうど、ギリシャ神話に登場する半人半魚のおぞましい怪物、「スキュラ」に

似ていた。

 

「カネェェェェェェッ カネェェェェェェッ ヨコセェェェェェェッ オレノカネェェェェェェッ ヨコセェェェェェェッ」

 

 追いかけてくる異形の化け物に、立香は息を呑む。

 

「クソッ このままじゃッ!?」

 

 追いつかれるッ

 

 焦る立香。

 

 今ここには、彼しかいない。

 

 マシュも、クロエも、響も、美遊も、

 

 頼りになるサーヴァントは、近くに1騎もいなかった。

 

 チラッと、右手に目をやる。

 

 手の甲に光る令呪。

 

 しかし、令呪だけあっても、サーヴァントがいなければどうにもならない。

 

「クソッ!! やられてたまるかよ!!」

 

 軋む足に力を込めて、更に駆ける立香。

 

 彼とて、今までの多くの戦いで危機を乗り越えて来た身。ある程度、自分で自分の身を護る事も不可能ではない。

 

 幸い、着ているカルデア制服の礼装は機能している。これならば、ある程度戦う事も出来る。

 

 しかし、既に駆ける足も限界に近い。

 

 このままでは追いつかれる。

 

 どうにか、しないと。

 

 何か打開策は?

 

 そう、思った時だった。

 

 廊下の先。

 

 行き止まりにある独房の扉が、開いているのが見えた。

 

 迷っている暇は無い。

 

 最後の力を振り絞って、独房の中へと飛び込む立香。

 

 そのまま床を転がるようにして倒れ込む。

 

 しかし、そこは独房。四方を壁に囲まれている中で、逃げ場などない。

 

 万事休すか?

 

 そう思った時だった。

 

「ようこそ、カルデアのマスター。絶望と狂気の監獄塔へ」

「え?」

 

 声を掛けられ、顔を上げる立香。

 

 そこには、

 

 粗末なベッドに腰かけた、1人の男がいた。

 

 痩せた、どこか陰のある男性。

 

 スーツを着て身なりはしっかりしているようにも見えるが、顔は目深にかぶった帽子のせいで、伺い知る事が出来ない。

 

 ただ、僅かに見える双眸が、何かに取り憑かれたように、ギラギラとした輝きを放っているのが判った。

 

「すまないッ 化け物に追われてて、連れて来てしまったッ!!」

「ハハ、この状況で、まずは謝罪を口にするとはな」

 

 別に面白い事を言ってつもりは無かったのだが、男は口元に笑みを見せる。

 

 その時だった。

 

 轟音と共に、床が大きく揺れる。

 

 とっさに目を向ける先では、立香を追ってきた怪物が、入り口に体当たりしているのが見えた。

 

 巨体のせいで、狭い入り口からは入ってこれないのだろう。

 

 しかし、徐々に壁に亀裂が入るのが見える。このままでは、時間の問題だろう。

 

「ほう・・・・・・ダングラールか。なるほど、初見でやり合うには、聊か面倒な奴に当たったな」

「え? ダングラール?」

 

 男の言動に、戸惑う立香。

 

 男は、構わずベッドから立ち上がると、そのまま入口の方へと歩み寄る。

 

「ここは永劫の監獄塔。生前に罪を犯した者は、決して出る事が出来ず、永遠の苦しみを与えられ続ける。死ぬ事も出来ず、されど生きている事も出来ない、無間の地獄の中でのたうち続ける事になる」

 

 言いながら、

 

 男の身体を、ボロボロの外套が覆っていく。

 

「ちょうど、こいつのようにな」

 

 次の瞬間、

 

 男が翳した掌から、巨大な炎が生まれた。

 

 炎は一瞬にして燃え広がり、怪物を焼き尽くしていく。

 

「キサマッ キサマァァァァァァァァァァァァッ」

「煩い奴だ。とっとと消えるが良い」

 

 断末魔の声を漏らす怪物に対し、冷酷に言い渡す。

 

 次の瞬間、

 

 男の腕が交差するように振られると、怪物の巨体は成す術も無く切り裂かれた。

 

「すごい・・・・・・・・・・・・」

 

 戦いの様子を見ていた立香が、感嘆の呟きを漏らす。

 

 あの、怪物を、こうもあっさりと倒してのけるとは。

 

 それに、

 

 今なら気配で分かる。目の前の男は、サーヴァントであると。それも、恐らくはかなりの力を有する英霊だと思われた。

 

「ここはかつて、この世の地獄とも言われた監獄塔シャトー・ディフ」

 

 足元の、化け物の欠片を踏み躙りながら、男は告げる。

 

「そして、察しの通り、俺は英霊だ。悲しみより生れ落ち、恨み、怒り、憎しみ続けるが故に、エクストラクラスをもって現界せし者、そう、復讐者(アヴェンジャー)と呼ぶが良い」

「アヴェンジャー・・・・・・・・・・・・」

 

 確かに、基本7騎から外れたエクストラクラスの中に、そんなクラス名があった。

 

 つい先日も、そのクラスを有する敵と交戦したばかりである。

 

 ロマニやダ・ヴィンチの説明では、かなり珍しいクラスだと言う話だったが。

 

「そうか、ありがとうアヴェンジャー。助けてくれて」

 

 そう言って、笑顔を向ける立香。

 

 少なくとも立香には、目の前の男が自分に敵対するようには見えなかった。

 

 そんな立香の様子に、アヴェンジャーは乾いた笑いを向ける。

 

 明らかに人の好さそうな少年を嗤っているのか、あるいは元々、冷笑癖があるのか。

 

 だが立香は、構わず続けた。

 

「知っているなら教えてくれ。ここ、シャトー・ディフって言ったか? ここはいったい何なんだ? 俺はいつの間にかここにいたんで、正直、何が起きたのかさっぱり分からないんだ」

 

 問いかける立香に一瞥すると、アヴェンジャーは軽く嘆息すると、少し億劫そうに口を開いた。

 

「マスターよ。お前は魂だけが飛ばされる形で、この監獄塔に囚われたのだ」

「魂だけ?」

「ああ。肉体その物は、恐らく元の場所にあるだろう。可愛い後輩の傍らにな。だが、魂が離れた肉体は、いずれは朽ちて行く事になるだろう」

 

 アヴェンジャーの説明に、立香は息を呑む。

 

 つまり、このまま長居するのはまずい、と言う事だ。

 

「どうすれば良い?」

「なに、簡単な話だ。ここは監獄だ。ならば脱獄すれば良い。檻は既に開け放たれているしな。看守もいない。ただし・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながらアヴェンジャーは、先程、自分で倒したダングラールの肉片を蹴り飛ばす。

 

「ここは罪を犯した者が、永劫に囚われ、責め苦を受け続ける場所だ。そら、見ろ」

 

 指し示すアヴェンジャー。

 

 するとどうだろう。

 

 先程、確かに倒したはずのダングラールの身体が、徐々に寄り集まり、再生を始めているではないか。

 

「いくら倒しても無駄だ。こいつらはこの監獄にいる限り『永劫に生きて責め苦を受け続ける』と言う呪いに縛られている。だから、いくら倒しても、いずれは再生してくる」

 

 言っている間に、再び寄り集まり、再生を進める。

 

 だが、

 

 8割がた再生したところで、アヴェンジャーは再び炎を纏う腕を一閃。ダングラールの身体を砕き散らす。

 

「・・・・・・・・・・・・協力してくれないか?」

 

 背中を向けるアヴェンジャーに、立香は語り掛ける。

 

 現状、立香は戦力となるサーヴァントがいない状態にある。このような状態で出歩けば、半人前以下の魔術師に過ぎない立香など、この暗闇の飲み込まれて消えてしまう事だろう。

 

 だが、

 

 幸か不幸か、目の前に強力な力を持ったサーヴァントがいる。

 

 それにどうやら、これまでの経験から、彼もはぐれサーヴァントであると思われる。

 

 サーヴァントのいないマスターと、はぐれサーヴァント。パズルのピースとしては、実に好都合である。

 

「・・・・・・・・・・・・そんな事をして、俺に何の益がある?」

「さっき、君は俺の身体が『可愛い後輩の傍らにある』って言っただろ」

 

 それがマシュの事を言っている事は言うまでも無いだろう。

 

「て言う事は、君は俺の事をある程度、知っている事だ。それに君は、俺がカルデアのマスターである事も知っていた。その上で、俺を助けたと言う事は、君にも何か目的があるって事だ。違うか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 立香の考察に、沈黙で答えるアヴェンジャー。

 

 しかし、否定しないところを見ると、あながち間違いでもないらしい。

 

 やがて、

 

「やれやれ。細かい事を色々と覚えている奴だな、お前は」

 

 フッと、笑うアヴェンジャー。

 

 口では皮肉を言いつつも、どうやら立香に僅かなりとも興味を持ち始めたらしい。

 

「良いだろう。ならば、互いの目的の為に、一時的な共犯と行こうじゃないか」

 

 どうやら立香は、アヴェンジャーの眼鏡に叶ったらしい。

 

 こうして、即席の主従が、脱獄と言う目的の為に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から迫りくる異形の怪物。

 

 無数の腕を伸ばし、逃げる子供たちに掴みかからんとしている。

 

「ガァァァァァァァァァァァァエェェェェェェェェェェェェゼェェェェェェェェェェェェッ!!」

 

 聞き取る事の出来ない奇声を上げながら、怪物は狭い廊下を迫って来る。

 

 ひたすら嫌悪感しか浮かばないようなその姿は、完全に2人の子供たちを標的に見据えて迫ってきている。

 

「響ッ 追いつかれる!!」

「ん、でかいくせに、速いッ!!」

 

 美遊を「お姫様抱っこ」で抱えながら走る響。

 

 その背後に、怪物の巨腕が迫る。

 

 その様子を見やりながら、響は舌打ちする。

 

 美遊を抱えて多少は機動力が落ちているとはいえ、アサシンである自分に追随してくるとは。

 

 倒しても復活してくるなら、戦うだけ時間の無駄である。

 

 とは言え、こうして逃げ続けるのも限界がある。

 

 既に、伸ばされた怪物の腕は、響の頭に届きそうな距離にまで迫っていた。

 

「ん、ならッ」

「えッ 響ッ!? キャァッ!?」

 

 美遊が驚いた瞬間、

 

 響は急減速を掛ける。

 

 同時に、美遊の悲鳴に構わず壁に足を掛け、垂直に駆け上がる。

 

 響の急激な機動変化に追随できず、怪物の剛腕は空を切った。

 

 ちょうど、空中戦で背後を取られた戦闘機が、急減速を掛けて敵機をオーバーシュートさせる戦術だ。

 

 同時に、

 

 響は美遊を片腕で支える。

 

 フリーハンドを得た右腕は腰裏へ。

 

 この状態で刀を抜く事はできない。

 

 だが、響にはもう一つ、武器がある。

 

 腰裏に装備した鞘から、ナイフを抜き放つ。

 

 以前、ダ・ヴィンチに作ってもらった、簡易型の魔剣機能を有するナイフである。

 

 魔力を流し、発光する刀身。

 

 そのまま、響は勢い任せて突撃してきた怪物の身体を斬り捨てる。

 

 苦悶の咆哮を上げる怪物。

 

 怒りに満ち溢れた異形の生物は、振り返った。

 

 次の瞬間、

 

 響は、既に攻撃準備を終えていた。

 

 美遊を降ろし、抜き放った刀の切っ先は、真っすぐに怪物へと向けられる。

 

 切っ先が鋭い牙の如く、獲物を見定める。

 

「餓狼・・・・・・一閃」

 

 次の瞬間、

 

 三歩、踏み込むごとに、音速まで引き上げられるスピード。

 

 切っ先の一点に集中された刃が、圧倒的な破壊力を実現する。

 

 吹き飛ぶ、怪物の身体。

 

 砕き散らされる異形。

 

 破砕した怪物の身体が、壁一面に飛び散る。

 

 今度こそ、倒した。

 

 そう思った響。

 

 だが、

 

「響、あれ!!」

「ん」

 

 美遊が指し示す先で、

 

 怪物が、早くも再生を始めているのが見えた。

 

 その姿に、舌打ちする響。

 

 より出力の高い攻撃をぶつければ倒せるかも、と期待して餓狼一閃を使ったのだが、どうやら当てが外れたらしい。

 

「ん、今のでもダメ、か」

 

 少し拗ねた調子で呟く響。自信のある攻撃でも仕留めきれなかった事で、少しプライドが傷ついたのかもしれない。

 

 とは言え、いよいよ手詰まりになってきた感がある。

 

 餓狼一閃でも仕留めきれないとなると、響の持つ手札は鬼剣しかなくなる。

 

 だが、鬼剣は一度の戦闘で一回が限度の切り札(ジョーカー)。おいそれと使用する事はできない。

 

 いよいよ手詰まりか?

 

 美遊を背に庇いながら、刀を構え直す。

 

 と、その時だった。

 

 

 

 

 

 こっち・・・・・・こっちです。

 

 

 

 

 

「響、今のッ」

「ん、聞こえた」

 

 頷き合う2人。

 

 微かだが、確かに声が聞こえた。

 

 まるで、手招きをするように、

 

 2人を牢獄の、更に奥へといざなっているかのようだ。

 

「ん、どう、する?」

「どうするって・・・・・・それは・・・・・・」

 

 行くしかない。

 

 どのみち、選択肢なんてないんだから。

 

「ん、なら」

「キャッ ちょ、響、またこの恰好ッ!?」

 

 再び、美遊を「お姫様抱っこ」で抱え上げる響。

 

「ひ、響ッ この恰好、恥ずかしい・・・・・・」

「ん、けど効率的」

「そ、それはそうなんだけどッ」

「まあまあまあ」

「『まあまあ』じゃないッ」

 

 抗議する美遊を無視して、駆け出す響。

 

 怪物の方はと言えば、未だに響の攻撃から立ち直る事が出来ず、追撃どころではない様子だった。

 

 

 

 

 

 彼が、かつて務めていた会社の船主は、昔こそマルセイユの名士で通っていたが、今ではすっかり落ちぶれてしまっていた。

 

 と言うのも、彼が投獄されて以降、彼の擁護と釈放に船主自らが奔走した結果、船主は狂信的な皇帝信者と言うレッテルを張られ、フランス政府や警察からマークされてしまったのだ。

 

 その為、仕事は激減。多くの人員や船を手放す結果となってしまった。

 

 今では古ぼけた商船1隻のみを保有するだけに落ちぶれてしまった。

 

 だが、その商船までも、ついに失われてしまった。

 

 交易の為、積み荷を積んでマルセイユに戻ろうとしていた船が、事故で沈没してしまったのだ。

 

 船主はちょうど、とある商会の役員に、借金返済の期日延期を申し入れている最中だったのだ。

 

 そこへ、舞い込んできた悲報である。

 

 船主は、足元から地面が崩れるような感覚に襲われた。

 

 幸い、乗組員は近くを航行していた別の船に助けられて全員無事だった事は不幸中の幸いである。しかし、船と積み荷は全て失われてしまった。

 

 既に多くの借金を背負っている船主にとって、とどめを刺されたに等しかった。

 

 事情を知った商会役員は、支払期日を3か月待ってくれる事を約束したが、3か月でできる事など、たかが知れていた。

 

 そして、約束の3か月後。

 

 結局、船主は金の工面が出来なかった。

 

 方々に駆けずり回り、僅かばかりの金額を借りる事はできたが、それでも多寡が知れている。

 

 最後の望みとして、かつて会計士だった男が、今は大銀行の頭取をしているので、借金を頼んでみたが、にべも無く断られてしまった。

 

 もはや、これしかない。

 

 そう思い、船主は拳銃の銃口を自らのこめかみに押し当てた。

 

 その時だった。

 

 扉が開き、歓喜と共に飛び込んで来たのは、船主の息子だった。

 

 何と、沈んだはずの船が帰って来たと言うのだ。しかも全くの新品になって。勿論、乗組員たちも一緒にだ。

 

 更に驚いた事に、船と一緒に1枚の書類が、船主に渡された。

 

 それは、彼が借金を完済した事の証明書だったのだ。

 

 奇跡だ。

 

 神の奇跡に違いない。

 

 船主は、息子たちと手を取り合い、この奇跡に感謝し打ち震えるのだった。

 

 

 

 

 

 その様子を、離れた物陰から見つめる人影があった。

 

 あの商会役員である。

 

 その人物こそ、誰あろう。シャトー・ディフから脱獄を果たした彼だった。

 

 彼は脱獄に成功した後、すぐに司祭からもらった地図を頼りに、その場所を目指したのだ。

 

 そして見つけた。

 

 司祭が言った通り、莫大な財宝を。

 

 財宝を手に入れた彼が、まず初めに行ったのは、かつての恩義ある船主の窮状を救う事だった。

 

 今の彼は、国すら余裕で買えるほどの莫大な財産を有している。借金を帳消しにして商船1隻買うくらい訳の無い事だった。

 

 これだけは、

 

 そう、これだけは「事」を始める前に、やっておきたかった。

 

 これだけは、言わば彼に残った最後の良心だった。

 

 だが、もうそれもいらない。

 

 人の心も、温もりも、優しさも、何もかもいらない。

 

 なぜなら、

 

 これでやっと、自分は悪魔になれるのだから。

 

 

 

 

 

 彼はここに来る前、人づてに、かつて自分の周りにいた人々の話を聞いた。

 

 彼を陥れる計画を立てた船の会計士は、今や大銀行の頭取になっていた。

 

 かつての幼馴染の男は異国の地で武功を立て、今や貴族院議員となっていた。

 

 彼を監獄送りにした検事は、検事総長にまで出世していた。

 

 そして、

 

 父は、

 

 父は彼の無実を信じながら、しかし世間から白い目で見られ続け、ついには自分たちを陥れた連中を呪いながら絶食、孤独の中で餓死したと言う。

 

 更に、

 

 婚約者だった彼女は、

 

 愛しい彼女は、彼を裏切った幼馴染と結婚、今では息子もいると言う。

 

 許さない。

 

 俺は、お前たちを絶対に許さない。

 

 計画は立てた。

 

 力も手に入れた。

 

 役者も配置した。

 

 ありとあらゆる根回しを、完璧にしてある。

 

 莫大な財力は湯水のように使い果たしてやる。

 

 必ずや、全員を地獄に叩き込んでやる。

 

 

 

 

 

 美遊を抱えたまま、暗闇の牢獄を走る響。

 

 途中、先程の怪物に似た怪物と何度か遭遇したが、こちらは流石に響の敵ではない。

 

 美遊を抱えたままでも、響の鎧袖一触だった。

 

 こうして、暫くかけた時だった。

 

「こっち・・・・・・こっちです!!」

 

 今度ははっきりと、間違いなく聞こえた。

 

「ん、こっち」

「うん。行ってみよう」

 

 響は美遊を降ろすと、揃って声の下方向へと歩いていく。

 

 その向かう先にある、扉の空いた牢獄。

 

 その中を覗き込んだ2人は

 

「「あッ」」

 

 思わず、揃って声を上げた。

 

 その牢獄に繋がれた人物。

 

 それは、美しい姿をした女性だったのだ。

 

「来て、くれたのですね」

 

 響と美遊の姿を見て、女性は柔らかく微笑む。

 

「私の名前はメルセデス、と言います。かつて、彼の王を愛しながら、裏切った罪深き女」

 

 そう告げると、女性は哀し気に顔を伏せるのだった。

 

 

 

 

 

第3話「無間の責め苦」      終わり

 


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