Fate/cross wind   作:ファルクラム

107 / 120
第4話「恋人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある頃から、パリは1人の男の噂で持ち切りとなっていた。

 

 伯爵を名乗る、その男。

 

 あらゆる教養を身に着け、全ての学問に通じ、この世の真理すら掌に納めている。スマートな立ち居振る舞いは、女性のみならず男性すら引き付ける程の魅力あふれた人物。

 

 まるで旋風のように花の都に現れた伯爵は、その活躍も「華麗」の一言に尽きた。何でも議員の息子を盗賊の手から救い出し、検事総長の妻と息子を暴れ馬から助け出したと言う。

 

 更に彼は莫大な私財を有し、パリの大銀行に多くの口座を持っていると言う。

 

 郊外に豪邸を構え、エキゾチックな美少女奴隷を伴った男。

 

 人々は彼を見て、その華麗振りに憧憬する一方、まるで吸血鬼のようだと畏怖もしていた。

 

 伯爵。

 

 それは、歳月を重ねて「準備」を整え、ついに満を持して表舞台に登場した「彼」その人だった。

 

 彼が脱獄に成功してから9年、無実の罪によって投獄されてから、実に23年の月日が流れていた。

 

 時間はかけた。計画も練った。役者は配置した。

 

 彼がこれから披露する「復讐」と言う舞台劇。その全ての準備が整ったのだ。

 

 彼はまず、自分の標的を見定めるべく、彼の復讐の標的、検事総長、貴族院議員、銀行頭取。その全てが揃う舞踏会へ出席した。

 

 そこで、思わぬ再会を果たす事になる。

 

 かつての幼馴染。今や貴族院議員となった男の傍らに寄り添うのは、かつての伯爵の婚約者だった。

 

 数十年の時を経ても尚、彼女は美しかった。

 

 だが、

 

 伯爵を見た瞬間、

 

 彼女は思わず、血の気を失って倒れてしまったではないか。

 

 その様子に、思わずほくそ笑む伯爵。

 

 どうあれ、これが、開幕のベルとなった。

 

 

 

 

 

 まず、伯爵の標的となったのは、銀行頭取となっていた、かつての先輩会計士だった。

 

 頭取はスペインに莫大な量の株を所有していた。

 

 しかしある日、スペインで政変が起こったと言う知らせが届く。

 

 大きなビジネスチャンスと考えた銀行頭取は、手持ちのスペイン株を全て売り払ってしまった。

 

 しかし、それは誤報だった。スペインで政変など起きていなかったのだ。

 

 気付いた時には既に手遅れ。彼が所有していた株は、全て、はした金同然の金額で買い叩かれてしまった後だった。

 

 大損である。銀行の運転資金すら、借金の返済に当てなくてはならないほどの大打撃だった。

 

 起死回生を図り、銀行頭取は、自分の娘を資産家の子爵に嫁がせようとした。

 

 政略結婚である。資産家の財力を頼りに、銀行を立て直そうとしたのである。

 

 だが、縁談が決まり、後は結婚するだけという段階になった頃、とんでもない事実が発覚する。

 

 娘と婚約した子爵は真っ赤な偽物。それも詐欺と殺人罪で逮捕された重犯罪人だったのだ。

 

 実は、スペイン政変の誤報は伯爵が裏から手を回し、賄賂を使って出させた物であり、偽子爵も、とある陰謀の為に、予め伯爵が雇っておいたのだ。

 

 それがトドメだった。

 

 銀行は倒産。

 

 破産した銀行頭取は、孤児院に寄付される予定だった金を横取りし、家族も捨てて夜逃げした。

 

 

 

 

 

 メルセデスと名乗ったその女性は、美しい容姿をしていた。

 

 長い髪を三つ網にしており、落ち着いた雰囲気を出している。

 

 整った身なりや穏やかな立ち居振る舞いからして、それなりの教養ある人物に思われた。

 

「ん、メルセデス・・・・・・ベンツ?」

「あの、ちょっと言っている意味が分からないんですが」

「響、お願いだから、ちょっと黙って」

 

 ボケる暗殺少年に、メルセデスと美遊は揃って嘆息する。

 

 この状況でもボケられる少年の胆力には、ある意味で感心するしかなかったが。

 

 しかし、

 

 メルセデスはある意味、ここに来て初めて出会った、まともな「人間」だった。

 

「あの、メルセデスさん。教えて欲しいんです。ここはいったい、どこなんですか? それに、さっきの怪物はいったい・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかける美遊。

 

 ともかく、今は何であれ、情報が必要だった。

 

 響が来てくれたおかげで怪物に対する対抗手段はできたものの、問題の根本的な解決にはなっていない。

 

 どうすれば、ここを出られるのか。それを探る必要があった。

 

 ややあって、メルセデスは口を開いた。

 

「ここはシャトー・ディフ・・・・・・かつて、現実の世界にも実在した、脱獄不可能な監獄塔です」

 

 メルセデスの言葉に、美遊は息を呑んだ。

 

「シャトー・ディフッ じゃあ、ここがッ」

「ん、知っているのかライデン?」

「響、黙って」

 

 いい加減にしろ。

 

 言外に込めた言葉で相棒を黙らせる美遊。

 

 怒られて、すごすごと後退する響を無視しつつ、美遊は考えを巡らせる。

 

 シャトー・ディフ。

 

 それは確か、とある小説に出てくる、絶海に建てられた監獄の名前であるが、メルセデスの言う通り、実際に昔、地中海にあった、とある監獄をモチーフにしたとも言われている。

 

 当時、今以上に、刑罰に厳しさと理不尽が混ざっていた時代。シャトー・ディフは、一度収監されたら、死ぬまで絶対に出る事が出来ない牢獄として恐れられていた。

 

 だが、

 

 そのシャトー・ディフからただ1人、脱獄に成功した男がいる。

 

「あの、『モンテクリスト伯』が収監されていた?」

「ええ」

 

 モンテクリスト伯。

 

 その言葉を聞いて、メルセデスの顔が曇るのを感じた。

 

 そこで、美遊は思い出す。

 

 メルセデスと言う、名前の持つ意味を。

 

「じゃあ、メルセデスさん。あなたが・・・・・・・・・・・・」

「はい」

 

 問いかける美遊に、頷きを返すメルセデス。

 

「私はかつて、伯爵と愛し合い、そして彼の愛を裏切った女。そして・・・・・・さっきの怪物の名は、フェルナン。私の、夫だった男の、成れの果てです」

 

 フェルナン・モンディゴは、確かにモンテクリスト伯から恋人を奪い、結婚した男の名前である。

 

 そして、モンテクリスト伯を裏切り、フェルナンと結婚し、その子供まで産んだ女の名前。それこそが「メルセデス」に他ならなかった。

 

 つまり、目の前にいる人物は、そのメルセデス本人と言う事になる。

 

 しかし、疑問は更に出てくる。

 

 目の前のメルセデスは、生前を思わせる美しい姿をしているのに、彼女の夫であったフェルナンがなぜ、あんなおぞましい姿で現れたのか? と言う事である。

 

「お気づきかもしれませんが、このシャトー・ディフは、実際にあったシャトー・ディフとは違います。ここでは生前、罪を犯した者が、死んでからも責め苦を受け続ける場所」

「死んでからも、ですか?」

「ええ。生きている限り、その人物は生前の罪に見合った苦しみを味わい続ける。しかも、ここでは、『死』は救いになりません。たとえ死んでもすぐに蘇り、また責め苦を受け続ける事になるのです」

 

 それは、正に「無間地獄」とでも言うべき世界だった。

 

 仏教やキリスト教においては、死がある種の安らぎを得る為の手段であると考える場合がある。

 

 生きていれば、必ず何かしらの苦難を味合わねばならない。それよりも、死んで神の膝元に行ってこそ、人は安らぎを得られると言う考え方だ。

 

 しかし、ここではそれすら許されない。

 

 生きている限り、苦しみを味わい続け、死んだら強制的に蘇らされて絶望の中へと引きずり落とされる。

 

 これこそ正しく、究極の地獄と言って良いかもしれなかった。

 

「ん、成程、それで、か」

 

 メルセデスの言葉を聞いた響が、納得したように響が頷く。

 

 先程の戦闘で響は、フェルナンに対し何度も致命傷となる攻撃を放っている。

 

 にも拘らず、傷口は回復し再び襲い掛かって来た。

 

 初めは、そういう何らかのスキルでも使っているのかと思ったのだが、

 

「不死の概念・・・・・・だとすると、少し厄介かも」

 

 美遊は険しい表情で呟く。

 

 スキルや宝具の類なら、相手の魔力が尽きれば押し切る目も出てくる。

 

 しかし、あの怪物は、この監獄塔の中にいる限り「何度でも蘇って責め苦を味わい続ける」と言う概念を受けている。つまり、ここにいる限り、フェルナンは不死身。倒しても何度でも蘇り、襲い掛かってくると言う訳だ。

 

「ん、倒す方法は?」

「ありません。それこそ、この監獄塔そのものを破壊でもしない限り」

 

 尋ねる響に、メルセデスは首を振る。

 

 この監獄塔も、ある意味、一つの「世界」と定義できる。

 

 つまり、監獄塔を破壊すると言う事は、世界を破壊するに等しい。

 

 世界を破壊するほどの威力を持つ宝具に心当たりが無い訳ではない、が、現状手元にはないし、当然ながら響も、そんな大層な宝具は持っていない。

 

「それと、もう一つだけ・・・・・・ここを出る方法があります」

「それは一体?」

 

 どんな方法があるのか?

 

 躊躇うメルセデス。

 

 ややあって、口を開いた。

 

「この監獄塔は、ある人の力によって形成されています。その人は、聖杯と呼ばれる巨大な力を使って、この監獄塔を作り上げたのです」

 

 メルセデスの言葉に、響と美遊は顔を見合わせる。

 

 聖杯。

 

 言うまでも無く、これまで5つの特異点を巡る戦いで、中心に位置したキーアイテムである。

 

 その聖杯が、ここでも絡んで来たのだ。

 

「逆を言えば、その人を倒し、聖杯を奪う事が出来れば、この世界も崩壊する事を意味しています」

「それは、誰なんですか?」

 

 尋ねる美遊。

 

 対して、

 

 メルセデスは少し躊躇うようにして沈黙すると、ややあって口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・その人は、裏切りの果てに、かつてこの牢獄に、無実の罪で閉じ込められた人。そして、私が今も、この世で最も愛する人です」

「それって、まさか・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊が言葉を詰まらせる。

 

 メルセデスが愛する人物。

 

 それは、モンテクリスト伯本人に他ならない。

 

「そんな、メルセデスさん、それじゃあ・・・・・・」

 

 伯爵は、彼女の愛する人。

 

 その伯爵を殺さないと、ここを出る事はできないと言う。

 

 何と言う皮肉だろうか。

 

「私も、辛いです。けど、彼は変わってしまった」

 

 メルセデスは顔を俯かせる。

 

「この監獄塔を作り上げ、かつて自分を陥れた人たちを閉じ込め、苦しむ姿を見続ける事に愉悦を感じる悪鬼へと変貌してしまったのです」

 

 復讐の念に囚われ、この監獄塔を支配する男、モンテクリスト伯。

 

 ここを出るには、彼を倒すしかない。

 

 愛する者を倒すか、

 

 それとも、囚人となって、この監獄塔に囚われ続けるか。

 

 選択肢は、2つに1つしかなかった。

 

 それともう一つ、気になっている事があった。

 

 そこで、美遊は改めてメルセデスに向き直る。

 

「あの、わたし達の仲間が1人、この監獄塔に囚われている筈なんですけど、メルセデスさんは心当たりありませんか?」

「お友達、ですか・・・・・・・・・・・・」

 

 しかし、メルセデスは首を振る。

 

「残念ながら心当たりは・・・・・・いえ、そもそも、私も、この部屋を出る事はできませんから」

「え、それって・・・・・・・・・・・・」

「私も、生前に罪を犯し、ここに閉じ込められている身ですから」

 

 その言葉に、美遊はハッとする。

 

 確かに。

 

 考えてみれば、メルセデスが1人で、この場にいる事がずっと疑問だったのだ。

 

 だが、彼女もまた、客観的に見れば「モンテクリスト伯を裏切り、他の男と結婚した」事に変わりはない。

 

 となれば、メルセデス自身も生前の罪によって、この監獄に囚われているのだとしたら納得の理由だった。

 

 となると、彼女はここから動く事が出来ない事になる。

 

 その時だった。

 

 廊下の向こうから、奇怪な雄叫びが響き渡るのが聞こえた。

 

 聞くだけで魂が掻き毟られるような、不協和音交じりの叫び。

 

 その声に、チビッ子2人が振り返る。

 

「ん、あれは・・・・・・」

「フェルナンッ もう追いついて来たッ」

 

 身構える、響と美遊。

 

 一度は撒いたと思ったフェルナンが、しつこく追いかけてきたのだ。

 

 そんな2人の背中を、メルセデスは監獄の外へと押し出す。

 

「ん、メルセデス?」

「あなた達は行って。早く、あの人が来る前に」

 

 そう言うと、緊張した面持ちを、廊下の向こうへと向ける。

 

 既に怪物の影は、壁越しに移りは言めている。

 

 フェルナンは、すぐそこまで迫っていた。

 

「上の階に続く階段を探して。ここは監獄の最下層だから、探している人がいるとすれば、この階よりは上にいる筈です」

「でも、メルセデスさんッ」

 

 ここに残ったら、あなたもフェルナンにやられてしまう。

 

 しかし、言い募る美遊に対し、メルセデスは首を振る。

 

「言ったでしょう。私は、ここから出られないって」

「そんな・・・・・・・・・・・・」

「大丈夫。私も、この監獄に呪われた身だから、そう簡単に死んだりしないわ」

 

 そう言うと、メルセデスは美遊を響の方に押し出す。

 

「お願いね。彼女を、守ってあげて」

「ん」

 

 頷く響。

 

 そのまま、背を向けて駆け出す。

 

 その背後から、くぐもった雄叫びが、いつまでも響いて来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の標的は、婚約者を奪った幼馴染の貴族院議員だった。

 

 その日、議会に出席した議員は、思わぬ突き上げを喰らう事になる。

 

 議員は若い頃、軍人として海外派遣に選抜、ギリシャの地方君主に仕えていた時期があった。

 

 しかし、その王は権力争いに敗れ、家族諸共処刑されてしまった。

 

 その際、武功を立て、議員は今の地位を手に入れた訳だが、

 

 しかし、今になって、その事実に疑義が呈された。

 

 実は王を裏切り、反王族派と結託してクーデターを引き起こし、王を死に追いやったのは、他ならぬ議員自身だったのではないか、と言う事である。

 

 その事を、今更になって糾弾されたのだ。

 

 当初、議員は高をくくっていた。どうあれ、15年以上も前の話。今更、証拠など残っているはずもない、と。

 

 だが、彼は愚かだった。

 

 証拠は無いが、証人はいたのだ。

 

 議会の場に、証人として出廷した人物。

 

 それは、伯爵と共に暮らしている、あの奴隷少女だった。

 

 そして、明かされる真実。

 

 何と少女は、議員がかつて仕え、そして裏切りを働いた王の1人娘。元第1王女だったのだ。

 

 議員が裏切り、父王が処刑された後、少女は王妃である母親と共に、奴隷として娼館に売り飛ばされていたのだ。他ならぬ、王が全幅の信頼を置いていた議員の手によって。

 

 そして伯爵によって救い出されるまで、幼い身でありながら娼館で客を取らされる過酷な生活を送っていた。

 

 少女の追及を前に、議員の仮面はついに剥がされ、議会は議員の背信を認めた。

 

 向けられる、糾弾と侮蔑の視線。

 

 裏切りに裏切りを重ねて築き上げた虚栄の権力が崩壊していく。

 

 もはや議員が、持てる全てを奪われた事は明白だった。

 

 少女は長い年月を経てついに、父と母の仇を打ったのである。

 

 だが、話はそこで終わらなかった。

 

 この事態に納得できないと、議員の息子が伯爵に対して決闘を申し込んで来たのだ。

 

 議員の息子はかつて、盗賊に攫われたところを伯爵に助けられたことがあり、その事から、伯爵を心の底から尊敬していた。

 

 だが、それでも尚、今回の伯爵の行動は許せなかった。

 

 当時、決闘による闘争の解決は、まだ法的にも認められていた。当然、勝って相手を殺しても、正式な決闘である以上、勝者の罪が問われる事も無い

 

 笑みを刻む伯爵。

 

 議員の過去の罪を暴き、その息子を挑発。その上で合法的な決闘で息子を殺す。

 

 議員と、その妻である彼女。双方に苦しみを与える、最高の陰謀だった。

 

 だが、

 

 その決闘前夜、伯爵を訪ねて来た客があった。

 

 誰あろう、それはかつての婚約者である彼女だった。

 

 彼女は一目会った時から、伯爵の正体が、かつて愛し合った彼、

 

 否、

 

 今でも愛している彼である事が判っていたのだ。

 

 彼女は言った。あなたを裏切った自分はどうなっても構わない。だからどうか、息子だけは助けてください、と。

 

 そんな彼女に伯爵は、冷めた声で全てを打ち明ける。

 

 幼馴染がした裏切り。

 

 彼女がした裏切り。

 

 自分が受けた絶望。

 

 そのどす黒い感情の全てを、かつて愛し合った女へとぶつける。

 

 彼女の顔面が蒼白になるのが、暗がりでもわかった。

 

 聞けば聞くほど、吐き気を催す真実。

 

 自分が想像していた以上の、夫の裏切りと、彼が受けた屈辱、絶望。

 

 その事実に、息が止まる程だった。

 

 だが、

 

 それでも彼女は、伯爵の慈悲にすがるしかなかった。

 

 愛する息子を守るために。

 

 揺らぐ、伯爵の心。

 

 振り切った、と思っていた。もう、彼女に未練など無い、と。

 

 だが、

 

 その心の中で、完全に消え去ったはずの、彼女への思いが微かに燻るのを感じていた。

 

 懇願を続ける彼女。

 

 ややあって、

 

 伯爵は折れた。

 

 仕方がない。申し込まれた決闘である以上、自分から取り下げる事はできない。ならば、あとは自分が死ぬしかない、と。

 

 それを聞いて、

 

 彼女は哀しくも、しかしかつてと変わらない、愛おしい笑顔を見せた。

 

 ありがとう。けど、あなたも、息子も、決して死なせない。私が、2人とも守って見せるから。

 

 彼女は決意に満ちた顔で言った。

 

 そして、決闘当日。

 

 誰もが驚くべき事態が起こった。

 

 何と決闘の場に慌てた様子で駆けてきた議員の息子が、伯爵の前に来るなり、決闘を取り下げるとともに、謝罪の言葉を述べてきた。

 

 彼女が、息子に全てを話したのだ。

 

 伯爵と彼女が、かつて愛し合っていた事。そして、父である議員が、伯爵に対して取り返しのつかない裏切りを犯した事。

 

 打ち震える伯爵。

 

 彼女は、嘘はつかなかった。

 

 彼女は、自身の決断によって、伯爵と息子、愛する2人を守ったのだ。

 

 嗚呼、

 

 彼女は、まだ彼女のままだった。

 

 かつて、伯爵と愛し合った頃の、身も心も美しいままだったのだ。

 

 一方、息子が決闘を取り下げたと知って、議員は激怒した。

 

 不甲斐ない息子に代わり、伯爵と決着を着けるべく屋敷に乗り込む議員。

 

 だが、

 

 激昂する議員を、伯爵は冷笑を浮かべて迎え入れる。

 

 いったい、お前は何者だッ!?

 

 そう問いかける議員。

 

 対して、

 

 伯爵は告げた。

 

 彼の本当の名前を。

 

 そこで、議員は全てを悟った。

 

 かつて、自分たちが薄汚い欲から犯した罪の過去。

 

 その過去が、監獄の暗闇から蘇り、帰って来た事を。

 

 その言葉を聞いて、議員は理解する。

 

 自分の身に何が起こったのか。

 

 ここに至った原因は何だったのか。

 

 その全てを理解し慄いた。

 

 全て、過去に自分がしでかした事が原因だったのだ。

 

 追われるように、伯爵の家から逃げ出す議員。

 

 早くッ

 

 一刻も早く、家に戻らなければ。

 

 家族の下へ、帰らなければ。

 

 だが、

 

 家に戻った議員を待っていたのは、妻と息子の冷たい眼差しだった。

 

 既に全てを察した2人は身支度を済ませ、議員には一瞥すらせずに家を出て行ったのだ。

 

 事実を知った2人にとって最早、議員は愛する家族ではなく、薄汚い裏切り者でしかなかった。

 

 ガックリと、崩れ落ちる。

 

 全てを失った議員。

 

 そのまま自室に行くと、弾の入った銃口をこめかみに押し当て、そして力なく引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 立香は目を見張る想いだった。

 

 復讐者を名乗る青年との一時的な共闘。

 

 この監獄塔を抜けるまでの仮初の契約。

 

 だが、

 

 アヴェンジャーが見せる力は圧倒的だった。

 

 正直、これまでいくつかの特異点を巡り、多くの戦いを経験した立香。そこに至るまで、たくさんの英霊と触れ合い、その戦いぶりを目の当たりにしてきた。その為、ある程度、戦い慣れしてきているつもりだった。

 

 しかし、

 

 アヴェンジャーの見せる戦闘力は、その立香の目から見ても、隔絶した強さと言えた。

 

 群がる亡者の群れ。

 

 彼等もまた、生前の罪によってこの監獄に囚われ、無間の責め苦を味わい続ける存在なのだろう。

 

 しかし、アヴェンジャーは、その全てを一切、自ら手を下すことなく魔力放出のみで退けている。

 

 アヴェンジャーは何もしていない。

 

 ただ、立香の前に立ち、暗い廊下を真っすぐに歩いているだけだった。

 

 ただそれだけで、群がる亡者が吹き飛ばされ、引きちぎられていく様は、圧巻と言わざるを得なかった。

 

 牢を出て、アヴェンジャーの案内の下、脱出(アヴェンジャー曰く「脱獄」)を目指す立香は、その姿に驚嘆するばかりだった。

 

 一方、

 

「クハハハハハハ」

 

 低い笑い声を立てるアヴェンジャーも、上機嫌で魔力を放ち、群がる亡者を薙ぎ払う。

 

「悪くない。これが『使役させる』と言う感覚かッ」

 

 立香と仮契約を結ぶことで、魔力効率が上がっているのだろう。

 

 おかげでアヴェンジャーは莫大な魔力を惜しげも無く放出する事が出来るのだろう。

 

「こいつらも、放っておけばまた復活してくるのか?」

「当然だろう」

 

 足元の亡者を蹴り飛ばしながら、アヴェンジャーは立香の問いかけに応える。

 

「ここに入れられた囚人共に例外は無い。どいつもこいつも、生前は浅ましい欲に塗れて死んでいった連中だ。ここは、そのツケを強制的に支払わせる場所なのだからな。そら、また来たぞ」

 

 アヴェンジャーが指示した瞬間、

 

 見覚えのある触手が、襲い掛かってくるのが見えた。

 

「ガネェェェェェェッ オデノガネェェェェェェェェェェェェッ ガエゼェェェェェェッ オデノガネダァァァァァァァァァァァァ」

 

 ダングラールだ。

 

 アヴェンジャーの攻撃でボロボロになりながらも、またぞろ復活してきたらしい。

 

「あいつ・・・・・・」

「フンッ 浅ましさだけは生前と変わらんな」

 

 迫りくるダングラールの姿をつまらなそうに一瞥するアヴェンジャー。

 

 次の瞬間、振り向きもせずに魔力を放出。

 

 迸った雷撃が、ダングラールの身体を砕き散らした。

 

 一撃。

 

 ただの一撃で、アヴェンジャーはダングラールの身体の半分を吹き飛ばしてしまった。

 

 轟音と共に、地に倒れるダングラール。

 

 その様子を、立香はkン町交じりで眺めていた。

 

「本当に、復活するんだな、こいつら」

「だから言っただろう。ここは永遠の責め苦を与え続ける場所だと」

 

 言いながらも、アヴェンジャーは倒したダングラールに一瞥すらせずに歩き続ける。

 

「こいつらがここで苦しみ続けるのは、こいつらが犯した生前の罪による物。所詮は自業自得言う訳だ」

 

 そこでふと、立香は気になった事を聞いてみた。

 

「そう言えば、この・・・・・・ダングラール、だっけ? こいつみたいなやつが、他にもいるのか?」

「なかなか鋭いな。こいつのように、生前の罪の重さ故に、他の奴以上の責め苦を味わい続けている奴は3体。ダングラール。それに、フェルナン、ヴィルフォールがいる」

 

 どれも、立香には聞いた事が無い名前だった。

 

「まあ、ダングラールの方はこの通り、暫くは動けないだろう。フェルナンは別の場所をさ迷っているはずだから、こっちには来ないだろう。となれば・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 アヴェンジャーは視線を前方に向ける。

 

 その視界の先に、

 

 立ちはだかる巨大な影。

 

「あれが・・・・・・」

「ああ、奴はヴィルフォール。かつて、法の番人と言う立場にありながら、己の欲望の為に、権力を悪用した男だ」

 

 吐き捨てるように呟くアヴェンジャー。

 

 すると、

 

 そんな2人に気付いたのか、ヴィルフォールと呼ばれた巨人が顔を上げた。

 

「ヨクモ・・・・・・・・・・・・」

 

 巨大な岩を削り出し、人形のように手足を付けたような大味な造りの巨人。

 

 それが、ヴィルフォールの姿だった。

 

「ヨクモワタシヲコンナトコロニィィィィィィィィィィィィッ!!」

 

 巨大な足音。

 

 そして地震のような響き。

 

 巨大な人影が、2人目がけて迫って来る。

 

「ダセェェェェェェッ ココカラダシテクレェェェェェェ!!」

 

 迫る、ヴィルフォールの巨影。

 

 その巨大な掌が、握りつぶさんと迫る。

 

 次の瞬間、

 

「フンッ」

 

 アヴェンジャーは迫るヴィルフォールに一顧だにする事無く、炎を纏った腕を一閃する。

 

 その一撃で、ヴィルフォールの腕が肘より上から吹き飛ぶ。

 

「ギャァァァァァァァァァァァァッ!?」

 

 悲鳴を上げる巨人。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーは飛び上がると、その頭に手を当てる。

 

「苦しみに苛まれろ。所詮、貴様の自業自得だ」

 

 言った瞬間、

 

 迸る閃光が、ヴィルフォールの首を一撃の下に吹き飛ばした。

 

 地に降り立つアヴェンジャー。

 

 同時に、

 

 首を失ったヴィルフォールも、力なく地面に崩れ落ちた。

 

「さあ、マスター。こっちだ」

「あ、ああ」

 

 促されるまま、視線を向ける先には、小さなドアが見える。

 

 どうやら、あそこが終点らしい。

 

 アヴェンジャーに続いて、扉の中へと入る立香。

 

 そこは、比較的広い空間だった。

 

 吹き抜けのホールのようになっており、見上げれば高い天井が見える。

 

 だが、

 

「ここが、出口なのか?」

 

 首を傾げる立香。

 

 見渡しても、出口はおろか窓すらない。

 

 ここから外に出られるとは、正直思えなかった。

 

 対して、

 

「ああ」

 

 立香の声に頷きを返すアヴェンジャー。

 

 次の瞬間、

 

「その通りだ」

 

 アヴェンジャーの手刀が、立香に向かって突き込まれた。

 

 

 

 

 

第4話「恋人」      終わり

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。