Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第5話「黒焔」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元幼馴染の議員は死んだ。これにより、復讐の一つは、完全に終わりを告げた。

 

 そして、

 

 それは同時に、伯爵に付き従ってきた奴隷少女の復讐もまた、終わった事を意味していた。

 

 伯爵は、彼女に財産の一部を与え、国へと返そうと考えていた。

 

 元々、幼馴染への復讐を行う舞台役者として奴隷商から買い取った少女だ。その復讐が終わった今、手元に置いておく意味は無い。

 

 何より、立場としては奴隷ではあるが、伯爵は少女を実の娘のように愛おしく思っている。その少女をこれ以上、自分の復讐劇に巻き込みたくは無かった。

 

 だが、暇を告げる伯爵に、少女は頑なに拒否した。

 

 どうか、あなたの傍に置いて欲しい、と。

 

 少女の意志は固く、伯爵であっても反意させる事は難しい。

 

 伯爵は嘆息しつつも、少女の好きにさせるのだった。

 

 

 

 

 

 背後から立香に迫るアヴェンジャー。

 

 振り上げた手刀には魔力の炎が宿り、一個の刃となって斬りかからんとする。

 

 対して、立香はゆっくりと振り返る。

 

 しかし、

 

 襲い掛かるアヴェンジャーを見て尚、己に迫る事態に気付いた様子は無い。

 

 命を刈り取らんとする死神を前に、

 

 しかし立香は、不思議そうな顔を向ける。

 

 まるで、相手が自分を殺しにかかる事などありえない。とでも思っているかのようだ。

 

 だが、

 

 アヴェンジャーの手刀は、確実に立香に迫る。

 

 次の瞬間、

 

 2人の間に、小さな影が割って入った。

 

「んッ!!」

 

 振り上げる刃が、アヴェンジャーの手刀を弾く。

 

 同時に、横なぎに奔った一閃が、復讐者を切り裂かんと大気を両断する。

 

 対して、とっさに攻撃を諦め、後退するアヴェンジャー。

 

 その視界の中で、

 

 小さな暗殺者が、立香を守るように刀の切っ先をアヴェンジャーに向けていた。

 

 その姿に、立香は驚きの声を上げる。

 

「響ッ お前、どうしてッ!?」

「ん、立香、無事で何より」

 

 油断なく刀を構えながら、響は立香に頷きを返す。

 

 間一髪だった。

 

 メルセデスに導かれるまま上階を目指した響と美遊。

 

 そこで、怪物の痕跡を追いながら辿り着いた部屋では、まさに、アヴェンジャーが立香に襲い掛かる寸前の状況だったのだ。

 

 そこで、とっさに響が割って入る事で、アヴェンジャーの攻撃を防ぐことに成功したのだ。

 

 立香を守るようにして、アヴェンジャーを睨みつける響。

 

 そこへ、駆け寄ってくるメイド服姿の少女。

 

「立香さんッ!! 大丈夫ですかッ!?」

「美遊!? お前達も、ここに来てたのかッ!?」

 

 響に送れる形で駆けて来たメイド少女に驚きつつ、立香は目まぐるしい状況変化に困惑を隠せなかった

 

 そんな2人を守るように、響が慎重にアヴェンジャーとの距離を測る。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーもまた、身構えながら少年と対峙した。

 

「ん、お前が、この世界を、作った?」

「ほう・・・・・・・・・・・・」

 

 響の物言いに、アヴェンジャーは目を細めながら笑みを浮かべた。

 

「成程、どこで聞いたかは知らんが、ある程度の事情は心得ているようだな」

「ん」

「如何にも、お前の言う通りだ。ついでに言えば俺を倒せば、この世界は消える。なぜなら、ここは聖杯によって形作られた世界。その聖杯を持っているのは俺だからな」

 

 聖杯。

 

 その存在に言及した以上、もはや確定と言っても良いだろう。

 

 それにしても、

 

「ん、それ、話して良いの?」

「何か、問題があるのか?」

 

 日々位の問いかけに対し、

 

 アヴェンジャーは事も無げに笑い声をあげた。

 

「まさかと思うがお前、勝つ心算なのか? この俺に?」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 明らかな侮りを見せるアヴェンジャーに対し、響は少しムッとした表情を見せる。

 

 そんな中、

 

「アヴェンジャー・・・・・・・何で、お前が・・・・・・」

 

 立香はアヴェンジャーを見ながら、信じられない面持ちで呟く。

 

 ここに来るまで協力し合った仲だ。アヴェンジャーは立香をよく守り、立香もまた、アヴェンジャーの為に魔力を供給し、指揮に専念してきた。

 

 短い間だったが、信頼関係は築けたと思っていた。

 

 だと言うのに、そのアヴェンジャーが裏切るとは。

 

 そんな、立香に対し、

 

 アヴェンジャーは一瞥を向けた後、僅かに顔を伏せ、表情を隠すように呟く。

 

「言ったはずだマスター。双方に利があるから協力する、と。脱獄を目指すお前に、俺は協力した。ならば、今度はこちらに協力してもらうまでの事」

 

 顔を上げるアヴェンジャー。

 

 その凶悪な双眸が、立香を睨んで射抜く。

 

「カルデアのマスター、藤丸立香ッ!! その命、この場にてもらい受けるぞッ!!」

 

 吹き上がる魔力の炎。

 

 その圧倒的な質量が、

 

 アヴェンジャーの本気を物語る。

 

 対して、

 

「ん、立香」

 

 この場にあって、唯一のカルデア所属サーヴァントである少年が、促すように振り返る。

 

 あどけない眼差しが、真っすぐに立香を見る。

 

 カルデア特殊班のリーダーは立香だ。

 

 その立香が戦えと言うなら、いつでも戦う覚悟だった。

 

「響・・・・・・・・・・・・」

 

 そうだ。

 

 リーダーであるならば、決断に迷う事は許されない。

 

 それは、立香自身がいつも、自分に言い聞かせている事。

 

 これまで関わってきた、多くの英霊達から学んできた、自分自身の中にある絶対のルールだった。

 

 ならば、

 

 この場にあっても、そのルールを実践するのみだった。

 

 ややあって、

 

 立香は苦渋を噛み下すように言った。

 

「頼む」

「ん」

 

 頷くと同時に、

 

 少年の身を、浅葱色の羽織が包む。

 

 「盟約の羽織」。

 

 温存していた宝具をここで使用し、勝負を掛ける気なのだ。

 

 対して、

 

「来るか。良いだろう」

 

 アヴェンジャーは更に、身の内より莫大な炎を吹き出し、響を睨みつける。

 

 切っ先を向ける響。

 

 迎え撃つアヴェンジャー。

 

 次の瞬間、

 

 両者、同時に仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬にして、両者の間合いがゼロとなる。

 

 仕掛けたのは、

 

 アヴェンジャーが先だった。

 

「クハハハハハハッ!!」

 

 甲高い笑いと共に、手掌より漆黒の閃光を放つアヴェンジャー。

 

 間断なく降り注ぐ閃光は、さながら漆黒の壁を形成するように、響の進路に立ち塞がる。

 

 対して、

 

 その一撃を一撃を、

 

 響は紙一重で回避しながら間合いを詰める。

 

「んッ!!」

 

 突き込まれる刃。

 

 しかし、切っ先の向かう先に、

 

 アヴェンジャーはいない。

 

「こっちだ」

 

 声がする頭上を振り仰ぐ響。

 

 そこには、

 

 両手に炎を抱えるようにして構えるアヴェンジャーがいる。

 

「フッ」

 

 炎を放つアヴェンジャー。

 

 対して、

 

 着弾の直前に、飛びのいて回避する響。

 

 黒色の炎は、床に当たると同時に炸裂し、四方へ炎を撒き散らす。

 

 炎が驟雨の如く降り注ぐ中、

 

 響は飛んで来る炎の軌跡を見極め、再度、距離を詰めに掛かる。

 

「んッ!!」

 

 間合いに入ると同時に、刀を横なぎに振るう響。

 

 だが、

 

 刃が届くと思った、

 

 寸前、

 

 アヴェンジャーは、響の視界の中から一瞬にして掻き消える。

 

「なッ!?」

 

 驚く響の背後で、

 

 踊る、魔力の炎。

 

「遅いな」

 

 嘲笑と共に、魔力の閃光を響の背中目がけて放つアヴェンジャー。

 

 対して、

 

「ま、だァッ!?」

 

 響は強引に空中で体勢を入れ替えると、飛んで来る魔力光を刀で弾く。

 

 構わず、次々と閃光を放つアヴェンジャー。

 

 その全てを、弾いて見せる響。

 

「ん、こんな物ッ」

 

 更に放たれた魔力の閃光を弾いた。

 

 次の瞬間、

 

「やるな、だが」

 

 低く囁かれる声。

 

 同時に、

 

 響の腹に、容赦なく蹴りが叩き込まれた。

 

「グッ!?」

 

 うめき声を上げながら、地面に叩きつけられる勢いで落下する響。

 

 しかし、どうにか落着直前で衝撃を殺し、着地に成功する響。

 

 対して、アヴェンジャーもまた、危なげなく地面に降り立つ。

 

 再び対峙する両者。

 

 しかし、

 

「ん・・・・・・強い」

 

 響は顎に伝い落ちる汗を拭いながら、再び刀を構える。

 

 予想以上だ。

 

 目の前のボロボロの外套を纏った男は、響の予想を遥かに超えた強さを発揮している。

 

 しかも、動きも素早く、宝具を使った響ですら、追いすがる事が出来ないでいる。

 

 事によるとあのギリシャの大英雄ヘラクレスですら、目の前の男は凌駕するかもしれない。

 

 対して、

 

「どうした、その程度か?」

 

 余裕すら感じさせるアヴェンジャーの声。

 

 実際、響の攻撃は復讐者に届いてすらいない。

 

 実力は明らかに、アヴェンジャーの方が上だった。

 

「ん、なら・・・・・・」

 

 もう1枚、カードを切る。

 

 この状況に対抗しうるカードを、響は己の手札の中から選び出す。

 

 魔術回路を起動。宝具に変質を促す。

 

 響の魔力に応え、「盟約の羽織」は地が黒に、段だらは深紅に染まる。

 

 髪は白に、目も赤に変化する。

 

 「盟約の羽織・影月」

 

 盟約の羽織の高速戦形態。

 

 同時に、響は更に魔力を流し込む。

 

「我が剣は狼の牙・・・・・・我が瞳は闇映す鏡・・・・・・されど心は誠と共に」

 

 囁かれる詠唱。

 

 次の瞬間、

 

 少年の身体を、魔力で構成された球体状の薄い膜が覆う。

 

「限定固有結界、『天狼ノ檻(てんろうのおり)』。展開完了」

 

 呟くと同時に、

 

 響は地を蹴った。

 

「クハッ」

 

 対抗するように、アヴェンジャーも笑い声を上げながら、真っ向から迎え撃つ。

 

 激突する両者。

 

 突き込まれる響の剣と、

 

 アヴェンジャーの手刀がぶつかり合う。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に弾かれる。

 

「ぬッ!?」

 

 そこで初めて、アヴェンジャーが驚いたように、僅かに目を見開いた。

 

 後退しながら着地。

 

 眦を上げれば、響もまた体勢を立て直しているのが見える。

 

 ここまで、響の全ての攻撃を回避してきた自分が、まさか当てられるとは思っていなかったようだ。

 

 響は、更に畳みかける。

 

 瞬きする一瞬。

 

 響の姿は、アヴェンジャーの背後に出現する。

 

 限定固有結界を展開した事で、響の周囲のみ時間が加速した状態にある。

 

 その速度差が、アヴェンジャーの動きを凌駕していた。

 

 横なぎに振るわれる剣。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーは辛うじて振り返ると、後退しながら、手刀で響の剣を弾く。

 

 同時に、魔力を集中させた閃光を連続して放つ。

 

 襲い来る、黒色の閃光。

 

「んッ」

 

 だが、響は着弾の直前にその全てを回避。

 

 瞬きした一瞬で、アヴェンジャーの懐へ飛び込む。

 

 振るわれる剣閃。

 

 一撃、

 

 二撃、

 

 三撃、

 

 四撃、

 

 五撃、

 

 斬線が縦横に奔り、銀の閃光は四方から復讐者へと殺到する。

 

 だが、

 

 その全てを弾くアヴェンジャー。

 

 刃はただの一撃たりとも、彼を捉える事は無い。

 

「クハハハッ 良いぞッ まだ速くなるかッ!!」

「んッ!!」

 

 互いに応酬を繰り返す、響とアヴェンジャー。

 

 その様子を、立香と美遊は離れた場所で見守っている。

 

 2人の視界の中で、2騎のサーヴァントが激突を繰り返している。

 

 とは言え、超高速で動き続ける響とアヴェンジャーを視界に捉えるのは不可能に近い。

 

 ほんの僅か、激突の瞬間に視界に映る程度だ。

 

「響の奴、やるな・・・・・・アヴェンジャーと互角に戦ってるぞ」

 

 感心したように、声を上げる立香。

 

 立香の目から見ても、響とアヴェンジャーの実力は完全に伯仲していると言っても良い。

 

 しかも、響にはまだ鬼剣と言う切り札を残している。

 

 勝てる。

 

 これなら、アヴェンジャーを倒せるはず。

 

 立香が、そう思ったのも無理はない。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・違う」

 

 傍らの少女から、否定の声が上がった。

 

「違うんです、立香さん」

「み、美遊? どうしたんだよ?」

 

 美遊は戦う響きを見守りながら告げる。

 

 その口調には、常にない焦りが含まれているように思えた。

 

「あの状態になった響はスピードに特化した戦い方をします。けど・・・・・・」

 

 美遊が言っている間にも、響とアヴェンジャーは激突を繰り返している。

 

 両者、未だに決定打は無い。

 

 一見すると確かに、互角の戦いを演じているようにも見える。

 

 だが、

 

「あの人は、今の響とも互角の戦い方をしている」

 

 それはつまり、

 

 アヴェンジャーもまた、切り札を隠し持っている事を意味している。

 

 このままじゃ、響は負ける。

 

 美遊の直感が、そう告げていた。

 

 果たして、

 

 互いに攻め手を欠き始めた響とアヴェンジャー。

 

 距離を取って睨み合う。

 

 このままでは埒が明かない。

 

 響は決断する。

 

 元より、「天狼ノ檻」の展開時間は3分が限度。長期戦には向かない。

 

 やるなら短期決戦に持ち込むしかないのだ。

 

 次の瞬間、

 

 響が仕掛けた。

 

「リミット・ブレイク!!」

 

 高まる魔力。

 

 同時に、少年を取り巻く時間の流れが加速する。

 

 駆ける響。

 

 その双眸が、真っすぐにアヴェンジャーを捉える。

 

 対して、

 

「来るか。ならば、受けて立とう」

 

 アヴェンジャーもまた、帽子の奥の双眸をギラリと輝かせる。

 

 同時に、高まる魔力が、炎となって迸る。

 

「我が征くは、恩讐の彼方」

 

 凄絶とも言える魔力が解き放たれる。

 

 地を蹴るアヴェンジャー。

 

 迫る響。

 

 両者の距離が、一気に縮まる。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

鬼剣(きけん)魔天狼(まてんろう)!!」

虎よ煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)!!」

 

 

 

 

 

 炸裂する魔力。

 

 弾ける視界。

 

 見守っていた立香と美遊が、思わず目を覆うほどの閃光が周囲を一気に満たす。

 

 次の瞬間、

 

 衝撃が駆け抜ける。

 

 振り返る2人。

 

 その視界の先では、壁に叩きつけられて意識を失った響の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、

 

 復讐劇を進める中で、意外な出会いがあった。

 

 もっとも、伯爵からすれば、出会いではなく「再会」なのだが。

 

 立派な軍服に身を包み、フランス軍大尉の階級章を付けた、精悍な顔立ちの青年。

 

 それは、かつて伯爵が務めていた船会社の、船主の息子だった。

 

 船主は数年前に他界したが、その後、青年は会社を畳んで軍へ入隊。その優秀さから、着々と出世を遂げていたのだ。

 

 青年は、伯爵の事を覚えてはいなかった。

 

 当然だろう。伯爵が無実の罪で逮捕された時、青年はまだ、ほんの小さな子供だったのだから。

 

 しかし青年は、かつての父親同様、誠実で優しく、多くの人々から好かれており、伯爵ともすぐに意気投合した。

 

 そんな青年からある日、伯爵は相談を受ける。

 

 青年には、どうやら愛し合っている娘がいるのだとか。

 

 祝福する伯爵。

 

 だが、

 

 その相手の名を聞いた瞬間、伯爵はかつてない衝撃を受けた。

 

 青年と愛し合っている娘。

 

 それは、事もあろうに、伯爵の仇の1人、検事総長の娘だったのだ。

 

 笑えなかった。

 

 まったくもって、笑えない喜劇だった。

 

 寄りにもよって、恩人の息子と、仇の娘が愛し合っている、などと。

 

 だが、

 

 恩人の息子の頼みとあれば、無碍にも出来なかった。

 

 それに、話の内容もまた、伯爵にとって聊か無視できない物だった。

 

 どうやら娘は、命を狙われていると言う。それも、相手は義理の母親だとか。

 

 検事総長は一度目の妻と死別し、今の妻は後妻であり、娘は前妻との間にできた子供だった。因みに、後妻との間にも息子が1人いる。

 

 だが後妻は、検事総長の持つ莫大な財産を我が物にすべく前妻を毒殺、更にはその娘にも、少しずつ毒を盛って殺そうとしていたのだ。

 

 話を聞いて、伯爵は請け負った。娘は必ず助ける、と。

 

 だが、その誓いも虚しく、程なくして娘は死んだ。

 

 ショックのあまり、自殺しようとする青年。

 

 しかし間一髪、伯爵がそれを止める。

 

 青年は、伯爵を罵る。どうして、あの娘を救ってはくれなかったのか? あの娘を救えなかったあなたに、私の自殺を止める権利は無いはずだ。

 

 だが伯爵は、落ち着き払って告げる。

 

 いえ、私はこの世でただ1人、あなたに対して命令をする事が出来るのです。と。

 

 そして、伯爵は真実を明かした。

 

 自分がかつて、御父上の会社で船乗りをしていた事。

 

 そして、御父上の会社が危機の折、借金を帳消しにしてあげた事。

 

 話し終えた伯爵は、その上で青年に告げる。

 

 あと1か月、自殺を思いとどまってほしい。もし1か月待ってくれるなら、必ず魔法を見せて差し上げる、と。

 

 

 

 

 

 人間の感情は、大きく4つに分けられると言われている。

 

 すなわち「喜」「怒」「哀」「楽」の4つだ。

 

 その中で、もっとも激しく滾る感情があるとすれば、怒りを表す「怒」だろう。

 

 人は何かに怒りを覚える事によって、常にない感情を爆発させる。

 

 だが、

 

 怒りの感情とは得てして、激しく燃え盛るものだが、長続きはしない。

 

 激しく燃え盛り、やがて燃え尽きる。

 

 それが「怒り」と言う感情の本質である。

 

 だが、もし、

 

 もし、その怒りを、黒き焔を、その内に燃やし続ける事が出来る者がいたら?

 

 死して尚、怒りを抱き続ける者がいたとしたら?

 

 その人物こそ、あるいは最強の復讐者(アヴェンジャー)足り得るだろう。

 

 虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)

 

 この監獄塔に長い間閉じ込められ、、深い絶望と地獄を味わった果てに身に着けた鋼鉄の精神。

 

 そしてもう1人の「父」である司祭から教え、受け継いだ教え。

 

 それらを昇華した、アヴェンジャーの宝具だった。

 

 この宝具を使用した際、アヴェンジャーは常識を遥かに超えた超高速移動を可能にし、更に思考回路を高速化、疑似的な時間停止すら可能となる。

 

 圧倒的な実力と、人知を超えた精神力が合わさって、初めて実現可能な宝具である。

 

 さらに言えば、時間を加速する性質を持つ、響の「天狼ノ檻」とは、あまりにも相性が悪い相手と言わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 倒れた響。

 

 その姿は、ある意味、現実離れした光景として映り込む。

 

 響はこれまで、鬼剣を使って敗れた事は無い。

 

 鬼剣は響にとって切り札であり、大英雄すら凌駕しうる唯一の手段でもあった。

 

 故に鬼剣を使う際は「使えば必ず勝てる」と判断した時か、あるいは逆に「使わなければ確実に負ける」と考えた時のみだった。

 

 今回は後者に当たる訳だが。

 

 しかし、その響が敗れた。

 

 それは余りにも、現実離れした光景に映ったのだ。

 

「響ッ!!」

 

 慌てて駆け寄る美遊。

 

 追随するように、立香も駆け寄る。

 

「響ッ!! しっかりして、響!!」

 

 美遊が響を抱き起し、呼びかけるの反応は無い。少年はぐったりとしたまま目を閉じている。

 

 一方、

 

「ク、ハ・・・・・・・・・・・・」

 

 アヴェンジャーはくぐもった笑いを漏らすと、己の左肩に手をやる。

 

 僅かに零れる鮮血。

 

 あの瞬間、アヴェンジャーの宝具が完全に決まった一瞬。

 

 響の魔天狼もまた、彼に一太刀浴びせていたのだ。

 

 流石の執念と言うべきだろう。

 

 とは言え、アヴェンジャーからすれば、ほんの掠り傷に過ぎない。

 

 傷も程なく塞がる。

 

「さて」

 

 その視線が、立香達に向けられる。

 

 今度こそ、トドメを刺すつもりなのだ。

 

「クッ」

 

 立ち上がり、行く手を塞ぐように遮る立香。

 

 その背には、倒れた響と、少年を抱きしめる美遊の姿がある。

 

 足を止め、立香を見やるアヴェンジャー。

 

「立ちはだかる気か?」

「ああ・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねるアヴェンジャーに、立香は緊張交じりに応える。

 

「俺はこいつらのリーダーだからな。こんな時くらい、体張らないとな」

 

 声が震える。

 

 相手は、響すら全く寄せ付けなかったサーヴァント。

 

 立香を一瞬で屠る事すら不可能ではない。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーは無言のまま腕を振り上げた。

 

 次の瞬間、

 

 その背後から、巨大な影が襲い掛かった。

 

「何ッ!?」

 

 とっさに振り返るアヴェンジャーの視界には、巨大な腕を振り翳した岩の巨人が迫る。

 

「ダセェェェェェェッ!! ダセェェェェェェッ!!」

 

 錯乱したような呻き声を上げて迫る巨人。

 

 その姿に、アヴェンジャーは舌打ちする。

 

「ヴィルフォールッ もう復活したのかッ 面倒な奴が!!」

 

 とっさに攻撃をキャンセルし、攻撃の手をヴィルフォールへと向ける。

 

 解き放たれる魔力の炎。

 

 たちまち、炎に包まれる岩の巨人。

 

 対して、ヴィルフォールもまた、アヴェンジャーに掴みかかるべく襲い掛かっている。

 

 一時的に、忙殺されるアヴェンジャー。

 

 立香達にとっては、命拾いした形だが、それも長くは続かないだろう。

 

 いずれアヴェンジャーがヴィルフォールを倒せば、矛先をこちらに向け直すはずだ。そうなれば終わりである。

 

 と、

 

「・・・・・・み、美遊・・・・・・りつ、か」

「響ッ!?」

 

 美遊の腕の中で、響が意識を取り戻したのだ。

 

 とは言え、アヴェンジャーの宝具をまともに食らった上に、固有結界の反動もある。少年の身は既に満身創痍であった。

 

 だがそれでも、

 

 尚も戦うべく、少年は立ち上がろうとする。

 

「立香・・・・・・あいつ、強い・・・・・・たぶん、まともにやったら、勝てない」

「・・・・・・ああ」

 

 頷く立香。

 

 響が敗れた以上、アヴェンジャーに対抗する方法は無いように思われる。

 

 だが、

 

「何か、方法があるの、響?」

「ん・・・・・・」

 

 問いかける美遊に、響は頷きを返す。

 

 見開かれる両目。

 

 その幼き双眸には、どこか決意を示すような光が宿っているのが判る。

 

「普通じゃ、できない・・・・・・・ん、けど」

 

 響は美遊を、そして立香を見ながら言う。

 

「2人が、いれば・・・・・・たぶん」

 

 そう言っている間に、アヴェンジャーの攻撃でヴィルフォールが苦悶の悲鳴を上げている。

 

 もう、あまり時間がなかった。

 

「判った、どうすれば良い?」

 

 立香は素早く決断すると、響を促した。

 

 

 

 

 

 こうして、改めて復讐劇に立ち返った伯爵。

 

 その矛先を、検事総長へと向ける。

 

 その日、検事総長はとある事件の裁判に出廷する事になっていた。

 

 その事件とは、あの銀行頭取を破滅させた、偽子爵の事件についてである。

 

 だが、家を出る直前、一通の手紙が検事総長の下へと届けられる。

 

 その手紙を一読した検事総長は、すぐに後妻を呼び出した。

 

 手紙には、後妻がした事、その全てが書かれていたのだ。

 

 後妻が毒物を使い、検事総長の前妻や娘を殺したことまで。

 

 狼狽する後妻に、検事総長は告げる。

 

 私はお前に死刑判決を下したくない。そんな事をすれば家名に傷が付くからな。だから、私が帰るまでに自殺しておけ。

 

 泣き崩れる後妻に冷たく言い放つと、検事総長は裁判所へと向かった。

 

 だが、裁判は思わぬ形で推移した。

 

 裁判が始まり、出生について尋ねられた偽子爵は、事もあろうに、自分は検事総長の息子、私生児だと答えたのだ。

 

 実は検事総長は、前妻と結婚するより前に、愛人関係にあった女を妊娠させ、子供を産ませた事があったのだ。

 

 しかし自身の経歴が傷つく事を恐れた検事総長は、生まれたばかりの赤ん坊を母親から取り上げ、そのまま生き埋めに殺してしまったのだ。

 

 偽子爵は、自分こそが、その赤ん坊であると主張し、証拠もある事を告げた。

 

 だが、証拠など必要なかった。

 

 なぜなら、その話が真実である事を、検事総長だけは知っていたからだ。そして、誰も知らないはずのその話を知っている以上、偽子爵の話もまた、真実であると認めざるを得なかった。

 

 思わぬ形で幕が引かれる裁判。

 

 そのまま検事総長は、自宅へと戻る。

 

 暴かれた、自らの過去。

 

 法の番人でありながら、自らが犯した罪深さに打ちのめされる。

 

 そこでふと、後妻の事を思い出す。

 

 自分は彼女に、何と酷い事をしてしまったのか。自分にあんな事を言う資格など無かったと言うのに。

 

 謝らなくては。

 

 謝って、またやり直そう。

 

 そう思って自宅の寝室に入った時、

 

 検事総長は、崩れ落ちた。

 

 ちょうどそこへ、来客が告げられる。

 

 相手は、伯爵だった。

 

 伯爵は検事総長に告げた。

 

 貴方は、私に対する負債を、全て完済されました、と。

 

 訳が分からず困惑する検事総長に、伯爵は告げる。

 

 自らの本当の名を。

 

 自分が、かつてあなたの手によって無実の罪を着せられ、シャトー・ディフの牢獄に送られた彼である、と。

 

 それを聞いて、

 

 検事総長は、力なく、乾いた笑い声を立てた。

 

 成程、君は立派だ。君は見事に復讐を果たした。さあ、君の復讐の結果を見るが良い。

 

 その言葉と共に、開けられるカーテン。

 

 その先にある光景に、

 

 思わず、伯爵も衝撃を受けた。

 

 引かれたカーテンの中にあるベッド。

 

 その上で、検事総長の後妻と息子が息絶えていたのだ。

 

 あの後、自らの罪を暴かれ、検事総長の愛も失った後妻は、息子と共に無理心中してしまったのだ。

 

 これは、伯爵にとっても、完全に誤算だった。

 

 復讐は伯爵にって悲願である。

 

 後妻が死ぬところまでは伯爵の計算の内だった。しかし、何の罪もない幼い子供まで巻き込むのは、彼の本意ではなかった。

 

 罪を暴かれ、自らの言葉で妻と息子を死に追いやってしまった検事総長は、ついには気が狂ってしまった。

 

 だが、

 

 復讐を果たした伯爵もまた、躊躇いの淵に立たされていた。

 

 本当に、自分は正しかったのか?

 

 無関係の者まで殺してまで、復讐を続けることは、本当に正しいのか?

 

 今、伯爵の中で初めて、迷いが生まれていた。

 

 

 

 

 

 轟音と共に、ヴィルフォールの身体が崩れ落ちる。

 

 岩の身体は崩れ落ち、暗き焔に包まれる。

 

「手こずらせてくれる」

 

 帽子の位置を直しながら吐き捨てるアヴェンジャー。

 

 いかに不意を突いたとはいえ、サーヴァントの敵ではなかったのだ。

 

「さて・・・・・・・・・・・・」

 

 振り返るアヴェンジャー。

 

 だが、

 

 その視界に映った物は、

 

 令呪を翳し、真っすぐに自身を見据える藤丸立香の姿だった。

 

「藤丸立香が令呪をもって、アサシン、衛宮響(えみや ひびき)に命ずる!!」

 

 少年の双眸が、アヴェンジャーを真っ向から睨む。

 

 復讐者が巨人の相手をしている隙に、少年は響との間に仮契約を結んでいたのだ。

 

 契約が通り、パスが繋がった事で、立香の持つ令呪も使用可能になった。

 

「アヴェンジャーを倒せ!!」

 

 立香が言い放った直後。

 

 変化が起こった。

 

 沸き起こる、光。

 

 だが、その光は響ではなく、彼を支える美遊の身体から溢れ出していた。

 

 彼女は生まれながらにして、人の願いを叶える事が出来る生きた聖杯。

 

 その、美遊の中にある聖杯が、立香の令呪行使に反応して動き出したのだ。

 

 同時に、

 

 その光は、響を優しく包み込んだ。

 

 

 

 

 

 開ける視界。

 

 目を開ける少年。

 

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 周りには誰もいない。

 

 美遊も、立香も、アヴェンジャーも。

 

 それは当然だろう。

 

 なぜなら、

 

 ここは監獄塔ではなく、少年の・・・・・・・・・・・・

 

 目の前にある、扉に手を掛ける。

 

 やや躊躇うような手つきで、扉を開け、中に入る。

 

 そこは、比較的広い部屋だった。

 

 清潔、と言えば聞こえはいいが、余計な物が少ない事から考えて「無機質」と称した方が、近い物がある。

 

 だが、それらを感じさせないほどの光景が、壁一面に広がっている。

 

 見上げる天井は、あまりに高すぎて視認する事すらできない。

 

 その見果てぬ天井へ通じる一面の壁には、

 

 壁一面に本が埋め込むように、無数の本が収められているのだ。

 

 さながら図書館のようにも見えるが、仮に図書館だとしても、蔵書の量は半端な物ではない。

 

 およそ、人が一生かかっても読み切れないほどの書籍が、視界を埋めていた。

 

 その中央で、

 

「やあ、君がここに来るのも久しぶりだね」

 

 椅子に腰かけた少年が、顔を上げて響を見た。

 

 線の細い顔立ちをした少年だった。

 

 色白で、どこか儚げな雰囲気すらある。

 

 だがそれより何より、

 

 驚くべきは、その少年の顔が、響によく似ている事だろう。

 

 ちょうど、響がもう4~5歳、歳を重ねたら、目の前の少年と同じくらいになるのではないだろうか?

 

 少年は椅子から立ち上がると、歩み寄ってくる響に笑顔を向ける。

 

「ほんと、ここにいると、退屈しないで済むよ」

 

 言いながら、少年は壁一面の本棚にうずたかく収められた本の群れを見上げた。

 

「ここにある君の記録を見ているだけで、いくら時間があっても足りないくらいだよ。まあもっとも、それだけ君が英霊として召喚される確率が高い事を意味しているんだけど」

 

 捲し立てるように告げる少年。

 

 対して、

 

 響は無言のまま、一切、少年の言葉には応じようとはしない。

 

 とは言え、

 

 少年の言った通り、ここはただの図書館ではない。

 

 壁に埋め込まれるようにして置かれた無数の書籍は全て、ただの本ではない。

 

 これらは「衛宮響」と言う英霊が歩んで来た軌跡を綴った、言わば魂の記録とでも言うべき代物だった。

 

「まあ、それでも・・・・・・・・・・・・」

 

 少年が、響の方へ視線を向け直す。

 

「君がここに来たと言う事は、それだけやばい状況なんだろうけど」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響は無言のまま。

 

 ただ、その手を少年に向けて差し出す。

 

「ん、アレ、出せ」

 

 短く、要求のみを伝える響。

 

 対して、少年は嘆息する。

 

「やれやれ、相変わらずつれないね。久しぶりに来たんだから、少しくらい、おしゃべりに付き合ってくれても良いと思うけど?」

「良いから、出せ」

 

 一方的に告げる響に、少年はやれやれと肩を竦める。

 

 そして、

 

 差し出される手。

 

 その手には、

 

 一振りの日本刀が握られていた。

 

 漆塗りの鞘に納められた日本刀。

 

 響が普段使っている無銘の刀に比べて、若干、刀身が長いように見える。

 

 だが、

 

 どこか禍々しい印象のあるその刀は、鞘に収まった状態ですら、気配として伝わってくる。

 

「ん」

 

 手を伸ばし、刀を受け取ろうとする響。

 

 だが、

 

 何を思ったのか、少年は刀を掴んだまま放そうとしない。

 

 訝る響。

 

「・・・・・・何?」

「いや」

 

 少年は、どこか哀れむような瞳で響を見ながら言った。

 

「判っているよね。これを使えば使うほど、君は・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、口をつぐむ。

 

 その視線が、響の双眸を覗き込んだ。

 

 少年らしいあどけない瞳の奥に、確かに光る決意の眼差し。

 

 その瞳を見て、

 

 少年は嘆息しながら、手を放した。

 

 刀を受け取り、踵を返す響。

 

 もう、ここに用は無い。

 

 そう言いたげな、淡白な態度である。

 

 その響の背中に、

 

「そうだね・・・・・・僕たちは・・・・・・いや、君は、こんな所で立ち止まる事はできない」

 

 少年は静かに語り掛ける。

 

 扉から、外へと出て行く響。

 

「なぜなら」

 

 少年に対し、一顧だにすらしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朔月美遊(さかつき みゆ)と言う少女を守る為だけに、衛宮響(えみや ひびき)は英霊として存在を許されているのだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、閉まる扉。

 

 少年はただ、黙ってその姿を見送った。

 

 

 

 

 

第5話「黒焔」      終わり

 


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