Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第6話「深月」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は一時、遡る。

 

 突如として倒れ、意識を失った立香と美遊。

 

 その事で、カルデアは大混乱へと陥っていた。

 

 医務室のベッドで眠り続ける、立香と美遊。

 

 原因も分からず、手の打ちようもない。

 

 ただ、

 

 ダ・ヴィンチやロマニの調べで、何らかの魔術的介入により、2人の意識が戻らなくなっている事だけは間違いない様子だった。

 

 だが、判ったのはそこまで。

 

 それ以上はどうしようもない。

 

 いったい、誰の手により、どのような手段で2人の意識が飛ばされたのか、調べようがなかった。

 

 職員一同、絶望しかけた。

 

 その時だった。

 

「ん、何とかなる、かも?」

 

 小さな暗殺者が手を上げるとは、誰もが予想していなかった事である。

 

 一同の困惑の視線が集まる中、響はいつも通り、茫洋とした視線で佇んでいる。

 

 ややあって、彼のマスターが声を掛けた。

 

「何とかなるって、響、どうするのよ?」

「ん」

 

 尋ねる凛果に頷くと、響はベッドの上で眠る美遊に目をやる。

 

 その寝顔は、一見すると穏やかだ。

 

 だがもし、

 

 このまま少女が目覚めないとしたら?

 

 そんな事は許さない。

 

 何があろうと、絶対に。

 

 そして、

 

 響には判っていた。

 

 袋小路にも似た、この状況を打破できる者がいるとすれば、

 

 それは自分しかいない、と。

 

「・・・・・・・・・・・・美遊がいる。なら、大丈夫。行ける」

「どういう事、それ?」

 

 訳が分からず、尋ねたのは、少年の姉だった。

 

 クロエもまた、友人である美遊や、マスターである立香をを助けたいと思っている。

 

 だが現状、打つ手が無いのは彼女も同じ。

 

 そんな中で、意外過ぎる人物が手を上げた事に驚きを隠せないでいる様子だった。

 

 対して、

 

 響は顔を上げて告げる。

 

「美遊がいる所なら、どこでも行ける、から」

 

 元々、言葉少ない少年。それ程、多くの事は語ろうとはしない。

 

 だがそれでも、多少は説明しない事には誰も納得しない事は判ってるのだろう。

 

 たどたどしい口調ながら、自分の考えを話す少年暗殺者。

 

 その断片的な説明からすると、要するに、響は美遊と言う少女と、ある種の(えにし)によって結ばれている。だからこそ、美遊が関わってさえいれば、どこでもサーヴァントとして召喚する事が可能なのだと。

 

 それが「英霊:衛宮響」としての特性の一つ。

 

 つまり、衛宮響と言う英霊を召喚する大前提として、美遊と言う少女の存在が不可欠と言う事になる。

 

「逆に言えば、美遊さえいれば、行けない事も無い」

「成程」

 

 響の言葉から理解したように、ダ・ヴィンチが頷く。

 

「要するに響君が言いたいのは、召喚システムの逆定義、みたいなものかね」

「ん?」

 

 ダ・ヴィンチの言っている意味が分からず、逆に首を傾げる響。

 

 どうやら、お子様には少し、難しい言い回しだったらしい。

 

 察したように、ダ・ヴィンチも言い直す。

 

「つまり、美遊ちゃんを目印にして、響君が彼女のいるところまで飛ぶ、て事で良いのかな?」

「ん」

 

 今度は通じたらしい。

 

 聖杯戦争で英霊召喚を行うにはいくつか方法がある。

 

 最も代表的な例を挙げれば、特定の英霊にゆかりのある物を触媒として用意するパターンだ。

 

 その英霊が生前に愛用した物品を用意して召喚儀式に臨めば、目当ての英霊を引き当てる可能性も高まる(それでも100パーセントとはいかないが)と言う訳だ。

 

 だが、もし触媒を用意できなかった場合。

 

 その場合は、その人物の相性に合った人物、あるいは、何らかの縁ある人物が召喚される事もある。

 

 響は生前、美遊と縁があったと言う。

 

 それが故に、あの特異点Fで召喚されたのだと言う。

 

 故に、

 

 今度は逆に、美遊と言う存在を基点にすれば、彼女のいる場所を、響を送り出す事も不可能ではない。

 

 勿論、本来なら、縁があるとは言え、「送り出す」と言う行為はできない。

 

 召喚するのはあくまでマスターの側であり、英霊の方から行き先を指定する事は、よほどの例外が発生するか、埒外な程強力な英霊でも無い限りはできる事ではない。

 

 だが、幸いな事に、ここカルデアにはうってつけの装置がある。

 

 そう、レイシフトだ。

 

 美遊に引かれると言う響きの特性と、レイシフト。この2つをかけ合わせれば、美遊達がいる場所に、響を送り込む事は不可能ではないはずだ。

 

「なら、あたしも行く」

「わ、私も、行かせてくださいッ」

 

 クロエとマシュが、勢い込んで響に詰め寄る。

 

 立香や美遊の事を心配しての事だろう。

 

 だが、

 

「ん、ごめん、無理」

 

 響はにべも無く、首を横に振った。

 

「何でよ?」

「これ、1人用」

 

 このやり方で行けるのは、響1人だけ、と言う事だ。

 

 マシュやクロエには悪いが、連れて行く事はできない。

 

 こうして、全ては小さな暗殺者に託される事になった。

 

 そんな響に対し、

 

「響」

 

 凛果が声を掛ける。

 

「兄貴と、美遊ちゃんの事、お願いね」

 

 本音を言えば、凛果とて心配だろう。

 

 それは、彼女の握りしめられ、震えた拳を見ればわかる事。

 

 だがそれでも、

 

 信頼するサーヴァントに信じて託す。

 

 それもまた、マスターの資質と言えるだろう。

 

「ん、任せろ」

 

 マスターの言葉に、少年は静かに頷きを返す。

 

 響にも、凛果にも判っている。

 

 待ち受ける戦いが、いかにきつい物になるか、を。

 

 いかにサーヴァントと言えど、十全に能力を発揮するにはマスターの援護が不可欠になる。

 

 だが、今回の戦いでは、凛果が響を援護する事はできない。

 

 響にとって過酷な戦いになる事は疑いなかった。

 

「本当に、大丈夫なのよね響?」

 

 珍しく、クロエが心配した表情で声を掛けて来る。

 

 何しろ、前例の無い事態である。そのようなやり方で弟を送り出す事に、流石の彼女も抵抗があるようだった。

 

 対して、

 

「ん、問題、ない」

 

 響は真っ直ぐに姉を見据える。

 

 その迷いの無い眼差しに、

 

 思わずクロエも息を呑む。

 

「たとえ、百万光年彼方だったとしても・・・・・・」

 

 毅然とした声で、

 

 少年は言い放った。

 

「そこに美遊がいるなら飛んで見せる」

 

 

 

 

 

 劇的な変化。

 

 否、

 

 それは最早、「進化」と言っても良かったかもしれない。

 

 溢れ出た魔力が爆風となって、視界全てを覆いつくす。

 

 美遊も、立香も、突然の事で目を開けている事が出来ず、思わず視界を塞ぐ。

 

 さながら、小規模な嵐が突然、眼前に出現したような印象だ。

 

 ただ1人、

 

 アヴェンジャーだけは、その場に立って、真っ向から状況の変化を見守っている。

 

 やがて、

 

 嵐が晴れる。

 

 その中心に、

 

 立つ少年が1人。

 

 その姿は、一変していた。

 

 蒼のインナーに黒の短パンを穿き、その上からは羽織ではなく、漆黒のコートを羽織っている。

 

 顔の上半分は漆黒のバイザーによって隠され、視線を伺う事はできない。

 

 そして、

 

 両腰に一振りづく、計二振りの日本刀が差してある。

 

 和の装いが強かった普段の姿に対し、明らかに一線を画し、洋装の姿に変じていた。

 

「何だ・・・・・・、響の、あの姿は?」

「判りません。けど・・・・・・」

 

 茫然と呟く、立香と美遊。

 

 だが、

 

 響の全身からあふれ出る魔力。

 

 それは、常の少年からは考えられない姿だった。

 

 ゆっくりと、

 

 前に出る響。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーもまた、

 

 待ち構えるようにして、正面から対峙する。

 

 バイザー越しに、アヴェンジャーと睨み合う響。

 

「・・・・・・フッ」

 

 対して、アヴェンジャーは笑みを刻み、響の視線を受け止める。

 

「先程までとは違う、とでも言いたげだな」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響は無言。

 

 ただ、

 

 左腰の刀へと手を伸ばす。

 

 涼やかな音と共に、刃が抜き放たれる。

 

 それに合わせるように、アヴェンジャーの両手も魔力の炎が纏われる。

 

「ん、行くぞッ」

 

 次の瞬間、

 

 響が仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、

 

 伯爵の姿は、パリではなく、別の場所にあった。

 

 そこは絶海の孤島。

 

 あの、絶望と狂気の監獄、シャトー・ディフだった。

 

 彼はまだ、迷っていた。

 

 自分は本当に正しいのか?

 

 無実の人間の命を奪ってまで、このまま復讐を続けるのは、正しい事なのか?

 

 その答が、伯爵は欲しかった。

 

 かつては脱出不可能だったシャトー・ディフは、今では監獄としての役割を終え、観光地となっていた。

 

 かつての監獄跡と言う事で、怖いもの見たさに訪れる者も多いと言う。

 

 中でも人気があるのが、とある独房。

 

 そこはかつて、脱獄不可能なシャトー・ディフから唯一、脱獄に成功した囚人の部屋だった。

 

 そう、かつて彼が、収監されていた部屋である。

 

 まさか案内人も、目の前にいる人物が、その脱獄囚本人だとは思いもよらなかった。

 

 かつて、絶望に苛まれながらも、もう1人の「父」である司祭と共に、希望をもって機会を待ち続けた場所。

 

 そこに、伯爵は再び戻って来たのだ。

 

 チップを渡すと、案内人はある紙を、土産として渡してくれた。

 

 それはかつて、司祭が書き残した一文。

 

 「主曰く、汝は竜の牙をも引き抜くべく、足元の獅子をも踏み躙るべし」

 

 そこには、そう書かれていた。

 

 お前は間違っていない。大望を成す為に躊躇うな。

 

 「父」に、そう言われた気がした。

 

 そうだ。

 

 全ては自分が決めて始めた事。既に留まる事などできはしない。

 

 ならば、最後までやり遂げるのみ。

 

 そして、全てが終わったら・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 一瞬にして、

 

 詰まる間合い。

 

 横なぎに振るわれる、銀の剣閃。

 

 対抗する、黒き炎が、刃を弾く。

 

「んッ」

 

 次の瞬間、

 

 少年の姿は、復讐者の頭上。

 

 両手で構えた刀の切っ先を、眼下にいるアヴェンジャーへと真っ直ぐに向けている。

 

 対の瞬間、

 

 空中で加速する少年。

 

 下向きに突き込まれる刃。

 

 致死の刃は断頭台の如く、復讐者を狙う。

 

 しかし、

 

 切っ先が向かう先には、既にアヴェンジャーの姿は無い。

 

 響の斬撃を回避し、アヴェンジャーは既に距離を取っている。

 

 一瞬にして、両者の間合いが引き離される。

 

「クハハハハハハッ!!」

 

 笑い声と共に、アヴェンジャーの手掌から放たれる魔力の閃光。

 

 響の命を刈り取るべく、次々と襲い来る。

 

 その軌跡を、

 

 響は正確に見極め、アヴェンジャーに迫る。

 

 間合いに入った瞬間。

 

 袈裟懸けに振るわれる一閃。

 

 しかし、

 

 刃は虚しく空を切る。

 

 アヴェンジャーは響の剣閃を見切り、僅かに後退して回避したのだ。

 

「フッ」

 

 少年の眼前に翳される掌。

 

 そこに宿る、黒き魔力。

 

 漆黒の焔が、地獄の様相を連想させる。

 

「そらッ」

 

 放たれる炎が、少年を焼き尽くす。

 

 と思った瞬間、

 

「んッ!!」

 

 一瞬にして少年の姿は、復讐者の背後へと回り込んでいた。

 

 その様に、

 

「何ッ!?」

 

 目を見開くと同時に、視線を巡らせるアヴェンジャー。

 

 刀を横なぎに振るう響。

 

 アヴェンジャーが手刀を一閃するのは同時。

 

 互いの一撃がぶつかり合い、激しく魔力が飛び取る。

 

 撒き散らされる衝撃。

 

 互いの視線が一瞬、至近距離でぶつかり合う。

 

「フッ」

「ッ」

 

 次の瞬間、

 

 互いに大きく後退する、響とアヴェンジャー。

 

 しかし、

 

 共に無傷。

 

 着地と同時に、

 

 アヴェンジャーは再び炎を噴き上げ、

 

 響は刀の切っ先を向ける。

 

「・・・・・・・・・・・・やるな」

 

 どこか、感心したようなアヴェンジャーの声。

 

 そこには、先程までの余裕は見られない。

 

 目の前にいる少年が、相当な実力の持ち主である事を認識した様子だ。

 

「その力、速さ、魔力、先程までとはまるで別人だ。今のお前なら、あるいは神話に名だたる大英雄ですら屠るかもな」

 

 称賛するアヴェンジャー。

 

 対して響は無言のまま、油断なく刀の切っ先を向け続ける。

 

「その力、もはや並のサーヴァントの枠に収まるまい。俺と同じエクストラクラス・・・・・いや、似ているが、僅かに違う・・・・・・さしずめ、別人格(アルターエゴ)、とでも言うべきか」

 

 言いながら、

 

 身構えるアヴェンジャー。

 

 高まる魔力。

 

 仕掛ける気なのだ。

 

 対して、

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 響はスッと目を細める。

 

 そして、

 

 左手を右腰へ、

 

 そこに納められた刀の柄を握る。

 

 抜き放たれる刃。

 

 それは、

 

 まるで闇を塗り固めたような、漆黒の刃を持つ日本刀だった。

 

「二刀流?」

「響・・・・・・」

 

 立香と美遊が固唾を飲んで見守る中、

 

 響はバイザー越しに、アヴェンジャーを睨む。

 

 対抗するように、アヴェンジャーも帽子の庇越しに響を見やる。

 

「良いだろう」

 

 次の瞬間、

 

「これで最後だ!!」

 

 両者は同時に地を蹴った。

 

 先制したのは、

 

 響だ。

 

 右手の刀を、袈裟懸けに繰り出す少年。

 

 対して、

 

 アヴェンジャーは魔力を込めた手刀で、響の剣を弾く。

 

 だが、

 

 アヴェンジャーが反撃に転じる前に、響が追撃を掛けた。

 

 左手の黒刀を横なぎに一閃、アヴェンジャーに斬り付ける。

 

「チッ!?」

 

 舌打ちしながら後退。アヴェンジャーは響の斬撃を回避する。

 

 だが、

 

 後退するアヴェンジャー。

 

 その頭上を、響は宙返りしながら飛び越えて着地。

 

 同時に、刃を交差するようにして構える。

 

「おのれッ」

 

 舌打ち交じりに、魔力を高めるアヴェンジャー。

 

 響が交差した剣を振り抜くのは、ほぼ同時。

 

 そこへ、アヴェンジャーが放った魔力の閃光が殺到する。

 

 響の斬撃はアヴェンジャーを捉える事叶わず、

 

 着弾と同時に炸裂する黒色の閃光が、響の姿を覆い隠す。

 

 一瞬、塞がれる視界。

 

 しかし

 

 次の瞬間、

 

 爆炎を衝いて、小柄な影が双剣を振り翳して飛び出す。

 

 上空に逃れるアヴェンジャーに、

 

 響が追いすがる。

 

「クッ!!」

 

 アヴェンジャーが放つ魔力の閃光。

 

 しかし、その全てを、響は空中を駆けながら回避。

 

 間合いに入ると同時に斬りかかる。

 

 襲い掛かる二本の刃。

 

 白刃を防げば、すかさず黒刀が襲い掛かる。

 

「しつこい、小僧だッ」

「んッ」

 

 振り払うアヴェンジャー。

 

 衝撃で互いに弾かれる両者。

 

 だが、

 

 共に、自身の背後の壁に「着地」。

 

 同時に魔力で脚力を強化。

 

 互いの視線が交錯した瞬間、

 

 同時に壁を蹴ってブースト。相手に襲い掛かる。

 

 閃光を放つアヴェンジャー。

 

 対して、

 

 響は二刀を水平に構えると、体のバネを最大限に活かし、自身を風車のように回転し斬りかかる。

 

 アヴェンジャーが放つ閃光。

 

 しかし、その全てが、響の剣に弾かれる。

 

 回転の勢いのまま、アヴェンジャーに斬りかかる響。

 

 間一髪、アヴェンジャーは後退して回避する。

 

 だが、

 

「「ッ!!」」

 

 互いに、そこで動きを止めない。

 

 響が刀を振り翳し、アヴェンジャーが魔力を帯びた手刀を繰り出す。

 

 正面から激突する、響とアヴェンジャー。

 

 沸き起こる、轟音と衝撃が、場の全てを満たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パリに帰った彼は、とある地下室へと足を向ける。

 

 そこには、元会計士の銀行頭取が監禁されていた。

 

 金を持って逃亡した頭取だったが、伯爵の配下の手によって、既に囚われていたのだ。

 

 意図的に食事を与えず、絶食させられた頭取。

 

 そこへ、食事が差し出される。

 

 ただし、一皿食べるだけで家一軒が建つ程の料金を請求された。

 

 金はある。孤児院に送る寄付金を横取りした金が、頭取の手元にあった。

 

 だが、この金は、自分が再起する為に奪った物。手放したくはない。

 

 だが、空腹は否応なく襲ってくる。

 

 食べなければ死ぬ。だが、食べる為には金を払わなければならない。

 

 どうする? 

 

 どうする?

 

 どうする?

 

 結局、

 

 頭取は、空腹に負けた。

 

 法外な金を払い、食事をする。

 

 だが、食欲を満たしても、時間が経てばまた腹は減る。その度に、金を支払った。

 

 そうして、ただ食べる為だけに、金は浪費されていく。

 

 やがて、その金も尽きる時が来た。

 

 最早、手元にははした金程度しか残っていない。

 

 もう、食べる事も出来ない。

 

 ついには、空腹で動けなくなる頭取。

 

 その脳裏に、ある光景が思い浮かべられる。

 

 それは、かつて自ら無実の罪に追いやった彼の父親の最後の姿。息子を想い、世を恨みながら餓死したその姿が、今の自分と重なって見えたのだ。

 

 いやだッ

 

 ああはなりたくないッ

 

 あんな死に方はしたくないッ

 

 最後の金を差し出して懇願する。

 

 この金をやる。だから、どうか殺さないでくれ。生かしておいてくれ。

 

 その懇願に、

 

 答えたのは伯爵だった。

 

 なぜ、伯爵がここにいるのか?

 

 困惑する頭取に、伯爵は冷笑と共に告げる。

 

 俺はかつて、お前の陰謀によって全てを失った男だ。父を、恋人を、青春を、全て奪われた。

 

 そして、

 

 今、お前を赦そうとしている男だ。

 

 それを聞いて、

 

 頭取は、全てを理解した。

 

 目の前の男が、かつて自らの薄汚い欲で破滅させた彼である事も。

 

 因果が、巡り巡って、今この場に現れた事も。

 

 伯爵は、踵を返す。

 

 そんな小銭はくれてやる。ついでに言えば、孤児院の金は、伯爵がちゃんと手を回して返しておいたから安心しろ。

 

 もはや、目の前の男に何の興味も無かった。

 

 その言葉を聞きながら、

 

 ショックから、髪を真っ白に染め、頭取はいつまでも放心しているのだった。

 

 

 

 

 

 吹きすさぶ爆風。

 

 監獄塔その物が吹き飛ぶかのような衝撃を撒き散らしながら、

 

 響とアヴェンジャー。

 

 2人は地へと降り立つ。

 

 睨み合う、両者。

 

 共に無傷。

 

 ダメージを負った様子は無い。

 

「思った以上に、やる」

「ん」

 

 互いに悟る。

 

 決定打に欠ける、この状況。

 

 打破するには、最大出力の攻撃を仕掛けるしかない、と。

 

 見守る、美遊と立香にも緊張が走る。

 

 次の瞬間、

 

「征け、恩讐の彼方へ!!」

 

 アヴェンジャーが仕掛ける。

 

 全身から吹き上がる魔力が、視界全てを呑み込んでいく。

 

 凝縮されて尚、圧倒的とも言える魔力。

 

 その全てを、アヴェンジャーは攻撃へ向ける。

 

 彼の脳裏で今、全てが停止して見える。

 

 疑似的に停止した時間の中、

 

 高速で駆け抜け、響へと迫る復讐者。

 

 駆け抜ける、魔力の閃光。

 

 

 

 

 

虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)!!」

 

 

 

 

 

 対して、

 

 響は刀を下げたまま立ち尽くす。

 

 上げられる眦。

 

 その視線が、

 

 真っ向からアヴェンジャーを射抜く。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界いっぱいに、無数の刃が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中に浮かぶ刃。

 

 まるで墓標のように浮かぶそれらの剣は、アヴェンジャーを取り囲むように、切っ先を向ける。

 

 同時に、

 

 両手に構えた刀を構える響。

 

「多重次元、広域展開・・・・・・・・・・・・」

 

 駆ける響。

 

 疑似的に停止した時間の中、

 

 響は尚、高速で動いて見せる。

 

 交叉する剣閃。

 

 アヴェンジャーの放つ閃光をすり抜け迫る。

 

 同時に、

 

 空中に展開した刃が一斉に奔る。

 

 四方から迫る刃の群れ。

 

 同時に、

 

 正面から響が斬りかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼剣(きけん)千梵刀牢(せんぼんとうろう)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、

 

 無数の刃がアヴェンジャーを刺し貫き、

 

 響の剣閃が斬り裂いた。

 

 

 

 

 

第6話「深月」      終わり

 




水着沖田さんは言ってみれば「悲願」だから、ぜひとも欲しいところだけど、水着メルトも、正直捨てがたい。でも、予想では2人とも星4だろうし。

同時に狙えるタイミングは、果たしてあるかどうか。

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