1
それは、圧倒的な暴風と言ってよかった。
巨獣の如き体躯を持つ大英雄は、手にした斧剣を振り翳して、一同を踏みつぶさんと襲い掛かってくる。
迎え撃つのは、3騎のサーヴァント達。
数の上では勝っている。
しかし、こちらは既にセイバー戦で満身創痍の状態。
3人の力を合わせたとしても、バーサーカー1人に対抗する事も出来ないだろう。
だが、
それでも、
彼らの背後にはマスター達がいる。
退くわけにはいかなかった。
「行きますッ!!」
「んッ」
迫りくる巨大な影を前にして、マシュとアサシンが前へと出る。
同時に、彼らの背後でクー・フーリンが空中にルーン文字を描き、魔術を発動させる。
踊る爆炎。
立ち上る巨大な炎は、迫りくるバーサーカーを覆いつくす。
並の敵なら、これで片が付く。サーヴァント相手でも、威力としては十分すぎるほどだ。
だが、
「チッ ダメかッ!?」
自ら行った攻撃の結果を見て、舌打ちするクー・フーリン。
彼の放った魔術は、全てバーサーカーの体表に弾かれ霧散してしまっていた。
それどころか狂戦士は一切速度を緩めずに、こちらへ向かってきている。クー・フーリンの魔術は、バーサーカー相手には目晦ましにもなっていなかった。
判ってはいたのだ。
あのバーサーカーは規格外の強さを誇っている。並の攻撃ではかすり傷一つ負わせられないのだと言う事が。
だが、サーヴァントであり続ける限り、諦める事は許されなかった。
間合いに入ると同時に、斧剣を振り翳すバーサーカー。
大気をも砕く強烈な一撃。
その前に立つのは、この中で一番小柄なアサシンの少年だった。
「んッ!!」
振り下ろされる岩の剣を前に、
アサシンは軌道を的確に見極める。
次の瞬間、宙返りをするようにして跳躍。バーサーカーの振り下ろした攻撃を回避する。
飛び上がったアサシン。
その眼前に、バーサーカーの凶相が迫る。
「これ、でッ!!」
ねじ巻きのように体を絞ったアサシン。
そのまま回転の力を上乗せして、手にした刀を振り抜く。
鋭く奔った刃が、バーサーカーの顔面を捉えた。
だが、
「ッ・・・・・・やっぱり」
バーサーカーは無傷。怯んだ様子すら見られない。
手のしびれを堪えながら、アサシンはバーサーカーの顔面を蹴って後方へ宙返り。そのまま距離を取る。
元より、こちらは消耗激しい身。既に全力には程遠い。
だが、それだけではない。
あのバーサーカー、真名がアサシンの考えている通りなら、並の攻撃では毛ほどの傷をつける事も出来ないだろう。
現状では、時間を稼ぐ事すら難しいかもしれない。
迫るバーサーカー。
斧剣が大きく振り上げられる。
「んッ!?」
とっさに回避しようとするアサシン。
しかし、
僅かに反応が遅れる。
ここまで無理を重ねてきたせいで、既に体内の魔力が限界に近いのだ。
身体能力も低下し始めている。
そこへ、バーサーカーは容赦なく襲い掛かった。
振り下ろされる斧剣。
避けようのない「死」が、少年に迫った。
次の瞬間、
「させませんッ!!」
割って入ったマシュが、盾を掲げてアサシンを守る。
間一髪。どうにか、防ぐ事に成功する
しかし、斬撃が及ぼす圧力はすさまじく、マシュは盾を構えたまま大きく後退を余儀なくされる。
「クッ 何て力・・・・・・・・・・・・」
盾を掲げながら、うめき声を上げるマシュ。
一瞬でも気を抜けば、腕が折れていたかもしれない。
そこへ更に、バーサーカーは叩きつけるように斧剣を振るう。
二撃、
三撃、
その度に、マシュは自分の腕が悲鳴を上げるのを感じる。
このままでは保たない。
押し切られるのは時間の問題だ。
だが、
「ハァァァァァァァァァァァァ!!」
跳躍で飛び出したアサシンが、真っ向から刀を振り下ろす。
更にクー・フーリンも矢継ぎ早に炎を飛ばしてバーサーカーに息をつかせない。
絶望的な状況の中、この場にいるサーヴァント3騎。誰1人として、諦めている者はいなかった。
一方、
アサシン達がバーサーカーと対峙している内に、
立香、凛果、そして美遊の3人は、動けないでいるセイバーを連れて、どうにか壁際まで移動する事に成功していた。
セイバーはレフの不意打ちによって致命傷を受け、既に現界を保つ事すら難しくなってきている。
しかし、
今も心配顔でセイバーに寄り添っている美遊を思えば、置いてくる事は出来なかった。
「兄貴ッ みんなが!!」
「フォウッ!!」
凛果の声に振り返る立香。
そこでは、暴虐を振るうバーサーカーに、果敢に挑むアサシン達の姿があった。
だが、
圧倒的とも言えるバーサーカーを相手に善戦はしているものの、皆の攻撃は殆ど用を成していない。
このままでは、全滅も時間の問題だった。
堪らず、立香は通信機に向かって怒鳴る。
「ドクター、まだかッ!? このままじゃみんなが!!」
カルデアにいるロマニたちがレイシフトの準備を負えれば、立香達はカルデアに帰還できる。
そうすれば、この不毛な戦いも終える事ができるのだ。
だが、現実は無情だった。
《すまないッ 特異点の崩壊が始まってしまい、霊力の磁場が安定しない。準備までもう少しかかるッ》
「もう少しって・・・・・・」
《とにかく、こっちも急ぐから、何とか持ちこたえてくれ!!》
とは言え、こちらの状況は、もはや寸暇と言えど予断を許さなくなりつつある。
その時、
ついにアサシンとマシュの防衛線を突破したバーサーカーが、その後方にいたクー・フーリンへと襲い掛かった。
「■■■■■■■■■■■■!!」
雄たけびを上げるバーサーカー。
その斧剣が、真っ向から振り被られる。
その様を見て、
「チッ・・・・・・・・・・・・」
クー・フーリンは舌打ち交じりに苦笑した。
次の瞬間、
斧剣は容赦なく、振り下ろされた。
飛び散る鮮血。
抉られる身体。
明らかなる致命傷。
「・・・・・・・・・・・・あーあ」
そんな中、
クー・フーリンは、肩を竦めながら振り返った。
「悪ィ マスター。どうやら俺は、ここまでみてえだ」
「クー・フーリン!!」
叫ぶ立香。
その顔は、今にも泣きだしそうなほど歪められている。
この崩壊した街で出会い、友誼を結び、共に戦ってきた仲間。
そのクー・フーリンが今、倒れようとしている。
立香は、胸が締め付けられるような思いだった。
だが、
「そんな顔すんな、マスター」
立香に対し、クー・フーリンは不敵な笑みを向けて見せる。
「クー・フーリン・・・・・・・・・・・・」
「俺達サーヴァントってのは、所詮は一時の仮初。用が終わればいなくなる幻みたいなもんさ」
言っている内に、クー・フーリンの姿は湧き出る金色の粒子に包まれていく。
「だが、お前らは違う。今のお前らは漂流者に過ぎないかもしれない。けど、だからこそ、先に進むことができる」
その姿は、既に霞み始めている。
だが、
最後に、クー・フーリンは力強く言い放った。
「光を見つけたら、迷わずそこへ進め。それが必ず、お前たちの
その言葉を最後に、
クー・フーリンの姿は、完全に消え去った。
本来の槍兵ではなく。魔術師として召喚されたが故に、実力を発揮できなかったクー・フーリン。
しかし最後まで諦める事無く、立香達に戦ってくれた男は、最後までその在り方を損なう事無く帰って行ったのだ。
だが、
クー・フーリンが倒れた事で、こちらの戦況は更に悪化している。
「んッ!!」
尚も暴れまわるバーサーカーに、一瞬にして距離を詰めたアサシンが刃を胴薙ぎに繰り出す。
だが、結果は同じ。
少年の剣は、鋼鉄の如き肉体を前に弾かれ、毛ほどの傷すら付ける事が出来ない。
マシュも同様だ。
彼女の場合、武器が重量のある大盾なので、一撃の打撃力はアサシンを上回っている。
だがそれでも、バーサーカーの肉体にダメージを負わせられるほどではない。
対して、バーサーカーは手にした斧剣を縦横に振るい、自身に纏わり付く2騎のサーヴァントを振り払っている。
「まずいな、このままじゃ・・・・・・」
険しい表情で、戦況を見詰める立香が呻く。
戦線の維持は不可能。
レイシフトにも時間がかかる。
完全に手詰まりだった。
その時だった。
「カフッ・・・・・・・・・・・・」
「セイバーさん!!」
血塊を吐き出すとともに、意識を取り戻したセイバーの手を、傍らで寄り添っていた美遊が取る。
その感触が、セイバーの意識を覚醒させた。
「マスター・・・・・・いったい、何があった?」
苦しそうに言いながら、視線を巡らせて状況を確認するセイバー。
彼女が意識を失っている間に現れたバーサーカーと、それと対峙するアサシン、マシュの両騎。
そして、姿の見えないクー・フーリン。
それらを見据えながら、セイバーは嘆息した。
「・・・・・・・・・・・・成程な」
死に掛けていても、幾多の戦いを乗り越えて伝説にまで語られた騎士王である。戦況がいかに絶望的であるかは瞬時に理解していた。
「このままではまずい、か」
「うん。マシュとアサシンが頑張ってくれているけど・・・・・・」
凛果が力なく返事をする。
クー・フーリンが脱落した事で、今は残った2人だけが頼みの綱となっている。
とは言え、セイバーも既に瀕死の身。彼女が戦線に加わったところで、どうにもならないであろうことは明々白々だった。
状況を理解したセイバーは、しばしの間思案してから、今度は美遊を見た。
「・・・・・・マスター」
「何ですか、セイバーさん?」
呼ばれて、騎士王の手を取る美遊。
そんな美遊の目を、真っすぐに見つめてセイバーは言った。
「この状況を覆せる手が、一つだけある」
「ッ 本当かッ!?」
勢い込んで尋ねる立香に、セイバーは頷きを返す。
「私と・・・・・・マスターなら・・・・・・万に1つの可能性だが、あるいは・・・・・・・・・・・・」
言葉を濁すセイバー。
分の悪い賭けだ。
セイバーはそう言いたいのだろう。
故にこそ、そこに躊躇いが生じる。
剣士の、静かな瞳の奥。
そこにある、小さな光が揺らぐ。
その正体に気付き、美遊は首を巡らせる。
視線が、立香と合う。
対して、
「君の、想う通りにして良いよ」
立香は優しく、頷きを返す。
正直、セイバーが何を考えているのか、立香には見当もつかない。
だが、
セイバーと美遊。
2人の間には、他者には推し量る事が出来ない、深い絆が存在している事だけは理解できる。
それは、黒化して尚、セイバーが美遊を守る為に戦い続けた事から考えても、間違いない事だった。
「兄貴の言う通り、かな」
美遊の頭を優しく撫でながら、凛果も告げる。
「聖杯戦争とか、サーヴァントとか、私にはまだ殆どよく分かんないけどさ、セイバーさんが美遊ちゃんの事を大切に思っているのだけは判るよ。なら、あとは美遊ちゃん自身が、どうしたいか、じゃないかな?」
「立香さん・・・・・・凛果さん・・・・・・」
なぜだろう?
立香と凛果。
そしてセイバー。
この3人に囲まれて、美遊は今、とても温かい気持ちになっていた。
自分を守るために戦い続けてくれたセイバー。
そっと、背中を押してくれる立香。
不安な自分に、寄り添ってくれる凛果。
不思議な気持ちだった。
セイバーはともかく、出会ったばかりの立香と凛果に、こんな気持ちになるなんて。
それに、
美遊は、今もバーサーカーと戦い続けているアサシンに目をやる。
なぜだろう?
彼とも初対面のはず。
まともに言葉すら交わしてはいない。
だが、
あのアサシンの少年が自分に向けてきた瞳。
どこか懐かしいような、温かいような、そんな気持ちにさせてくれた。
そんな彼らを守りたい。
今、少女の心に、純粋な想いが芽生えていた。
「・・・・・・私、やります」
短い言葉。
そこに、どれほど重い決意が込められているか。
だが、少女は揺るがなかった。
自分に、この人達の為にできる事があるなら・・・・・・
その想いが、少女を前へと進ませた。
そんな美遊の想いを受け、セイバーは深く息を吸い込むと、目を開いて少女を見た。
「判った・・・・・・マスター、手を」
言われるまま、セイバーの手を取る美遊。
同時に、互いの魔力が、同調するように高まるのを感じた。
「あるいは、その選択はマスター、貴女自身をも苦しめる事になるかもしれない」
「セイバーさん・・・・・・・・・・・・」
言っている間に、セイバーの体は内から湧き立つ光の粒子によって覆われていく。
その光の粒子は、やがて手を握る美遊をも包み始めた。
「だが、マスター・・・・・・私は、常に貴女と共にある。私の剣は、いつ如何なる時、たとえどこにいたとしても、貴女を守り続ける。それを、忘れないでくれ」
そう告げると、
最後にセイバーは、美遊に対して優しく微笑んだ。
2
状況は、いよいよもって末期的になりつつある。
バーサーカーの振るう猛威に対し、完全に防戦一方となるアサシンとマシュ。
2人は尚も、暴虐を振るうバーサーカーに対し、果敢に挑みかかっている。
しかし、その戦いは最早、「勝つ」事は放棄され、「1秒でもバーサーカーの進行を遅らせる」事のみに集約していた。
とは言え、既にそれすら果たせていないのが現状である。
2人にできる事は、少しでも長くバーサーカーの気を引く事のみ。
もし、ほんの僅かでもバーサーカーが気を変え、立香達を標的に変更したら、もう防ぐことは敵わないだろう。
「このッ!!」
渾身の力で、バーサーカーを斬りつけるアサシン。
だが、
無駄だった。
鋼の如き、バーサーカーの肉体は、小揺るぎすらしない。
動きを止めるアサシン。
次の瞬間、バーサーカーが放つ強力な前蹴りが、アサシンに襲い掛かった。
「グゥッ!?」
その一撃を、まともに食らい吹き飛ばされるアサシン。
小さな体は宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「アサシンさん!!」
悲鳴に近い声を上げながら、前に出るマシュ。
そのまま、振り下ろされる攻撃を掲げた大盾で受け止める。
だが、
「クッ!?」
マシュも既に限界が近い。
バーサーカーの強烈な一撃を受け止め、その場で膝を折るマシュ。
「マ、マシュ・・・・・・・・・・・・」
地面に転がったままのアサシンが、苦し気に声を掛けて来る。
「に、逃げ、て・・・・・・・・・・・・」
刀を握りしめ、どうにか立ち上がろうとするアサシン。
だが、もはやそれすらも叶わない。
倒れ伏した2人に、斧剣を振り上げるバーサーカー。
「■■■■■■■■■■■■!!」
雄たけびを上げるバーサーカー。
それは勝利の雄叫びか?
あるいは殺戮への歓喜か?
いずれにせよ、もはや「狩るべき獲物」と化した2人のサーヴァントを見下ろす。
その狂相が、歓喜に震えた。
次の瞬間、
流星の如く駆けてきた一条の白い閃光が、バーサーカーを弾き飛ばした。
「「なッ!?」」
思わず、絶句するアサシンとマシュ。
その目の前で、
1人の少女が、巨大なバーサーカーと対峙していた。
一方、
地面に倒れたセイバーは、今まさに消滅の時を迎えようとしていた。
だが、
その視線は、巨大な敵を前に敢然と立ち続ける少女を、しっかりと見据えていた。
やがて、
「・・・・・・・・・・・・フンッ」
どこか安心したように、鼻を鳴らす。
「何だ、その姿は? 私に対する皮肉か?」
憎まれ口をたたく騎士王たる少女。
だが、
その顔には、優しげな笑みが浮かべられている。
それは、姉が妹を見送るような笑顔。
「さあ行け、マスター・・・・・・否・・・・・・セイバー、朔月美遊」
その言葉を最後に、
セイバーの姿は光の粒子に包まれ、消えていった。
一方、
バーサーカーの前に対峙する美遊の姿は、一変していた。
白いブラウスに、白い末広がりのスカート。
胸部と腰回り、両腕には銀色に輝く甲冑が身に付けられている。
少し長めの髪は、白いリボンで結ばれている。
そして、
手には黄金に輝く、美しい剣が握られていた。
「これ以上は、やらせない」
剣の切っ先を真っ向から向け、
「皆は、私が守る」
新たなセイバーとなった少女は、凛とした声で言い放った。
第9話「其れは可憐なる華の如く」 終わり