Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第1部後半戦開始です。


第5章 北米神話大戦「イ・プルー・リバスウナム」
第1話「深紅の天使」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、殆ど一方的な様相を見せていた。

 

 荒野に見渡す限りの死体、死体、また死体。

 

 その数たるや、100や200では効かぬ事だろう。

 

 そして、

 

 慄然たる事実。

 

 その全てを、ただ1人の男が現出せしめたなどと、誰が想像が及ぶ事だろう?

 

「貴様・・・・・・・・・・・・」

 

 叫ぶ少年。

 

 その眼差しに、炎の如き怒りが込められている。

 

 燃えるような赤い髪を持つ、端正な顔立ちの少年。

 

 叙事詩で語られる主人公に相応しい、凛とした出で立ちだ。

 

「なぜこのような、無意味な殺戮をするッ!? 貴様の武は、何かに授かった物ではないッ 途方もない修練によって得た物だろうッ その領域に達したなら善悪を超越しているッ くだらぬ邪悪に染まる事などあり得ぬのに!!」

「あ? 寝言は寝て言えよ」

 

 心の底から湧き上がる怒りに震える少年に対し、立ちはだかる男は面倒くさそうに嘆息しながら答える。

 

 少年とは打って変わり、禍々しい雰囲気がある男だ。

 

 長身の体を覆う甲冑は、ところどころ巨大な爪が伸び、背部からは長大な尾が伸びている。

 

 フードの奥から覗く、冷徹な眼差し。

 

 何より、その手にした槍は不気味なほどに赤黒く染まり、見た者を震え上がらせる。

 

 少年の役割が勇者なら、男は間違いなく魔王だろう。

 

「善悪がぶっ飛んだからこうなったんだろうが。敵は殺す。自分(テメェ)が死ぬまで、殺せるだけ殺し尽くす。それが戦の理だろうが」

「この死体の山を見ろッ これが貴様の理かッ!?」

 

 少年の怒りは、男の残虐な行為のみを差しているわけではない。

 

 少年も、そして男も大英雄と呼ばれる立場にある英霊だ。

 

 大英雄ならば人々の理想を体現し、その希望の象徴たる存在であるはず。

 

 にも拘らず、男がこのような殺戮に走った事が、少年には許せなかった。

 

 だが、

 

 そんな少年の叫びを、男は花で笑い飛ばす。

 

「いちいち見るか、くだらねえ。テメェは相手の質で殺す殺さないを決めるのか? 相手が弱けりゃ生かし、強ければ殺すのか? 話にならねえ。優しい殺しがしてぇなら牧場に行けよ。ここは戦場だ」

 

 言いながら、

 

 槍を構える男。

 

 そのまがまがしい切っ先が、少年を真っ向から睨む。

 

 対して、少年もまた、手にした片刃の大剣を構える。

 

 もはや問答は無用。

 

 言葉が聞き入れられないなら、力で押し通る以外に無い。

 

 だが、男の力が隔絶している事は、少年にも分かっている。

 

 まともにやったら相手にもならないだろう。

 

 ならば、

 

 初手から全力で仕掛けるのみ。

 

 剣を頭上へと掲げる少年。

 

 頭上で回転を始める刃より、炎が生じる。

 

「受けよッ 『 羅刹穿つ不滅(ブラフマーストラ) 』!!」

 

 炎の刃が、回転しながら飛翔する。

 

 大気すら焦がし斬る焔が迫る中、

 

 男は、槍の穂先を僅かに下げて構える。

 

「・・・・・・蠢動しな、死棘(しきょく)の魔槍」

 

 静かな呟き。

 

 同時に、

 

 赤い閃光が走る。

 

抉り穿つ殴殺の槍(ゲイ・ボルグ)!!」

 

 次の瞬間、

 

 少年の胸を、槍の穂先が刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の奔流が抜けると同時に、視界に鬱蒼とした森の風景が広がる。

 

 視界を塞ぐ木々。

 

 しかし、

 

 見上げる光帯は変わらず。

 

 この場所が特異点である事を、無言のうちにも雄弁に物語る。

 

「レイシフト成功です、先輩方。ここが1783年のアメリカ、のどこかの森ですね」

「フォウッ フォウッ」

 

 肩に乗ったフォウと共にマシュが説明した通りだった。

 

 後方支援スタッフが不眠不休で解析作業を続けた結果、5番目の特異点の場所が特定された。

 

 今回は、これまでに比べて比較的近代に当たる。

 

 時代は18世紀。

 

 西暦1783年のアメリカ大陸。

 

 当時、アメリカはイギリスの植民地であり、後の「合衆国」としての体を成していない。

 

 時代はまさに、独立戦争の真っ最中だった。

 

 この当時、アメリカは現在のような強国ではなく、イギリスの植民地であり、また、ヨーロッパで食い詰めた者達が職を求めて集まる移民の地としてイメージが強かった。

 

 当然、本国であるイギリスから重い関税が課せられており、住民たちの不満は募る一方だった。

 

 自分たちの作った作物や紅茶が、イギリスによって安く買いたたかれていく現状に、アメリカ国民の怒りは募っていく。

 

 そしてついに、1775年6月。彼らは決起する事となる。

 

 アメリカ大陸軍を組織。司令官にジョージ・ワシントンを据えると、宗主国イギリスに、敢然と反旗を翻したのだ。

 

 このアメリカの決起に対し、フランス、スペインをはじめとしたヨーロッパの大国がこぞって支援する事になる。

 

 無論、善意の為ではない。彼等からすれば、アメリカが独立すれば、ヨーロッパ最強国であるイギリスの権威は確実に失墜する事になる。何より、独立に成功すれば、アメリカの権益が手に入る。あわよくば、イギリスに代わってアメリカを統治する事も不可能ではないかもしれない。などといった思惑が透けていたのは言うまでもない事だろう。

 

 そのような背景があった為、独立戦争は「アメリカVSイギリス」と言うよりは「アメリカを中心とした有志連合VSイギリス」と言う構図が正しい事になる。

 

 とは言え、集まった兵力は膨大であり、最終的にはアメリカ軍はイギリス軍の倍以上の兵力が参集していた。

 

 その圧倒的物量を背景に、アメリカ軍はイギリス軍を圧倒。徐々に追い詰められたイギリスは、1781年に起こったヨークタウンの戦いにおいて敗北した事を機に、アメリカに対し停戦を打診。ここに、アメリカ独立戦争はアメリカ側の勝利に終わり、ジョージ・ワシントンは初代大統領に就任する事になる。

 

 もっとも、

 

 勝利したアメリカは以後、世界中に版図を伸ばす覇権国家としての側面を強め、実質的には独裁国家的な正体を現して行く事になるなどとは、当時の支援国は予想だにしなかった事だろうが。

 

 今回、その独立戦争の真っただ中に飛び込む事になったカルデア特殊班。

 

 状況的に考えれば、独立戦争への介入が主題となると思われる、のだが。

 

「けど、独立戦争にアメリカが負けたとしても、それで人理の崩壊にはつながらない筈」

「どういう事?」

「フォウ?」

 

 発言した美遊に、傍らのクロエが首を傾げながら訪ねる。

 

 この時期、既に世界はある程度、形を成していると言って良い。

 

 イギリスにしても、植民地経営による赤字負債が溜まりつつある。その在り方が、歴史的に見てもいずれは行き詰る事は目に見えている。

 

 それ故、仮にここで歴史を逆行して独立戦争でアメリカが負けたとしても、世界的にはそれほど大きな影響は出ない。せいぜい、アメリカの独立が歴史的に数十年遅くなる程度であろう。

 

 美遊の言う通り、ここで歴史改変を行ったとしても、それほど大きな影響は出ないと思われた。

 

 その時だった。

 

《ちょっと待ってくれ。近くで戦闘をしている反応がある》

 

 通信機から発せられたロマニの言葉に、一同に緊張が走った。

 

《かなり大きな戦闘だ。いや、これはもう、戦争と言っても良いかもしれないッ》

 

 と言う事は少なくとも、このアメリカで争い合う2つ以上の勢力が存在していると言う事だ。

 

 そのどちらか、あるいは両方が特異点形成に関与している可能性がある。

 

「行ってみよう」

 

 立香の言葉に、頷く特殊班一同。

 

 まずは相手を見極める事が重要だった。

 

 

 

 

 

 それは、奇妙な部隊だった。

 

 大多数は、手にライフルや拳銃を携えた兵士達。

 

 独立戦争期のアメリカの光景としては、さほど不思議な物ではない。

 

 不思議なのは、彼等に付き従う兵士。

 

 巨大なドラム缶のような胴体に、大味な手足が取り付けられ、腕の先端にはマシンガンや迫撃砲と言った銃火器が装備されている。

 

 言ってしまえば、ロボットだった。

 

 イギリスで特殊班が戦った、ヘルタースケルターが最も近いだろうか?

 

「突撃ッ 突撃だッ!! 奴らの侵攻を、ここで食い止めるぞ!!」

《イエッサー!!》

 

 指揮官の指示に従い、機会歩兵たちは銃撃を行いながら突撃していく。

 

 その足裏から土煙が立ち上り、滑らかに地面を滑っていく。

 

 どうやらホバー走行の類を実装しているようだ。

 

 対して敵軍はと言えば、

 

 こちらはある意味、更に奇妙だった。

 

 こちらは鎧兜や鎖帷子を着込み、武器も古代的な弓、剣、槍、棍棒を使っている。

 

 とてもではないが、18世紀のアメリカで見られるような光景ではなかった。

 

 激突する両軍。

 

 たちまち、乱戦の巷が現出する。

 

 状況は一進一退だった。

 

 機会歩兵の砲撃で、吹き飛ぶ古代兵士達。

 

 火力の面から行けば、機会歩兵の戦闘力は圧倒的である。

 

 しかし、敵兵たちも負けていない。

 

 仲間のシカバネを物ともせず肉薄。機会歩兵に攻撃を加える。

 

 槍で突き、剣で斬り付ける。

 

 それでも叶わないと知るや、機会歩兵に縄をかけて引きずり倒す。

 

 機会歩兵も圧倒的だが、敵軍兵士もまた化け物じみていた。

 

「うわッ 状況が斜め上すぎるんですけど?」

「フォウ・・・・・・」

 

 フォウを胸に抱いて、凛果が呆れたように声を出す。

 

 戦場を確認する為にやってきた特殊班一同の目撃した光景は、あまりにも謎過ぎて理解が及ばなかった。

 

 まず、あの明らかに人間じゃない、機会歩兵は何なのか?

 

 そして、その機会歩兵とも互角に戦う蛮族の如き兵士たちの存在も謎だった。

 

 とは言え、

 

 この18世紀のアメリカにあるまじき謎の光景こそが、この場所が特異点である事を如実に表していた。

 

 その時だった。

 

 戦線に加わろうとしていた機会兵士の内、1体のセンサーアイがこちらを向くのが見えた。

 

《新たなる敵の増援を確認。直ちに攻撃に入ります》

 

 警告するような音声と共に、機会歩兵達の一部が、潜んでいる特殊班の方向へ向かってくるのが見えた。

 

「クソッ 見付かったかッ 仕方がない、みんな、頼む!!」

「了解です先輩。これより、マシュ・キリエライト以下、特殊班戦闘員は、戦闘行動に入りますッ!!」

 

 マシュの号令と共に、各々の武器を構える特殊班のサーヴァント達。

 

 美遊は聖剣を抜き、響は刀の柄に手を当て、クロエは双剣を投影する。

 

 そして、マシュが大盾を構えた。

 

 次の瞬間、

 

 両者は激突した。

 

 先陣を切るマシュ。

 

 腕を振り上げ、今にも砲撃を開始しようとしていた機会歩兵に迫る。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

 対して、大盾を横なぎにするマシュ。

 

 この一撃で、

 

 機会歩兵の胴はひしゃげ、宙を大きく舞う。

 

 一瞬、あり得ざる光景を見た人間の兵士たちが呆気に取られる中、

 

 マシュの攻撃を喰らった機会歩兵達は、地面に叩きつけられて粉々に粉砕される。

 

 それが、混乱の呼び水となった。

 

「な、何だ、こいつらはッ!?」

 

 指揮官が狼狽する中、

 

 年少組サーヴァント達も駆ける。

 

「ハッ!!」

 

 白しスカートをはためかせた美遊は聖剣を振り翳し、機会歩兵の首を一刀の下に斬り捨てる。

 

 白百合の剣士が放つ一閃が、機会歩兵をブリキ人形の如く斬り捨てる。

 

 戦線後方も穏やかではない。

 

 次々とさく裂する爆炎。

 

 見れば、岩の上に立った弓兵少女が、構えた弓に捩じれた矢を番えている。

 

「どうやらこいつら、サーヴァントほどの戦力は無いみたいね」

 

 放たれる矢が着弾するたびに、爆炎が躍る。

 

 次々と吹き飛ぶ兵士達。

 

 そんな中を、

 

 漆黒の着物を着た少年が駆け抜ける。

 

 白いマフラーを靡かせた響が、マシンガンを振り翳して銃撃する機械歩兵へと迫る。

 

 響は今回、いつも通りの、黒装束に短パン姿をしている。

 

 あの、監獄塔で最後に見せた特異な姿が何だったのか、けっきょく判らないままだった。

 

 一方、

 

 機械歩兵の方でも、接近する響に気付いて銃口を向けようとする。

 

 だが、

 

「んッ」

 

 短い呟きと共に、更に加速する暗殺少年。

 

 銃撃が開始される前に、間合いに入ると同時に、右手に握った刀を、斬り上げるように一閃する。

 

 弾丸が吐き出される寸前、

 

 響の一撃が、機会歩兵の腕を切り落とす。

 

 更に、

 

 響はそこで、動きを止めない。

 

 二閃、三閃と斬撃を走らせる。

 

 その度に、機会歩兵の身体は切り裂かれて行った。

 

 

 

 

 

 戦いは、完全に一方的な物となっていた。

 

 少数ながらもサーヴァントを有する特殊班を前に、異形の機会歩兵と言えど無力でしかない。

 

 たちまち、その数を減らしていく。

 

「こ、こいつらまさか、噂のサーヴァント兵士かッ!?」

 

 震えるような指揮官の声。

 

 殆ど都市伝説に近いとされている、文字通り一騎当千の兵士の存在に思い至り、その心は恐怖に捕らわれる。

 

 もし、相手がサーヴァントなら、一般兵士はおろか、機会歩兵であっても、束になっても叶うものではなかった。

 

「撤退ッ 全軍撤退!!」

 

 ただちに撤退の合図が出される。

 

 たちまち、機会歩兵達の撤退が始まる。

 

 砲撃で牽制しつつ、後退していく機会歩兵達。

 

 その水際立った行動は、人間には真似できる類ではないだろう。

 

 一方、

 

 勝利したカルデア特殊班だが、

 

「まだ、気は抜けない、な」

 

 緊張気味に呟く立香。

 

 その周囲を、

 

 方位するのは、機会歩兵と戦っていた、もう一方の部隊。

 

 手にした剣や槍を、こちらに向けて明らかな威嚇の意志を見せている。

 

 残念ながら、「敵の敵は味方」と言う訳にはいかないらしい。

 

「殺せェェェェェェ!!」

 

 大音声とと共に、兵士たちは一斉に襲い掛かって来た。

 

 再び起こる乱戦。

 

 兵士1人1人の戦闘力は、機会歩兵に比べれば確実に劣る。

 

 しかし、今度は敵の数が多い。

 

 しかも既に包囲されている状況である。

 

「とにかく、包囲網に穴を開けますッ!!」

 

 マシュが大盾を振るい、2~3人の兵士をいっぺんに薙ぎ払う。

 

 美遊も魔力を惜しげも無く放出し、包囲網を突き崩しにかかる。

 

 大出力の攻撃を行うこの2人にとっては、対集団戦闘こそが華だった。

 

 だが、

 

 すぐに、その異常性に気付く。

 

「何なのよ、こいつらッ!?」

 

 黒白の双剣で近づく兵士を斬り捨てながら、クロエが悲鳴じみた声で叫ぶ。

 

 倒した敵の背後からは、すぐに別の兵士が褐色弓兵少女に迫っていた。

 

 繰り出された槍を、クロエは紙一重で回避。

 

 同時に懐に飛び込むと、すれ違い様に刃を交錯させて斬撃を繰り出す。

 

 倒れる兵士。

 

 だが、

 

 その背後からは、また別の兵士がクロエに迫ろうとしていた。

 

 彼らは退かない、怯まない。

 

 たとえどれだけの味方が倒れようとも、その屍に見向きすらせずに向かってくるのだ。

 

「敵兵、止まりませんッ!!」

 

 美遊が聖剣で切り払いながら叫ぶ。

 

 その美遊に、槍を振り翳した兵士が迫る。

 

 だが、

 

「はッ!!」

 

 美遊はとっさに身を翻して攻撃を回避。

 

 薙ぎ払う剣閃は、兵士を容赦なく斬り捨てる。

 

 離れた場所では、響が刀を振るっている。

 

 兵士たちの間を高速ですり抜け、斬り捨てて行く。

 

「んッ!!」

 

 跳躍する響。

 

 縦横に奔る剣閃が、複数の兵士を斬り捨てる。

 

 奔り、飛び、跳ね、響はトリッキーな動きで戦場を縦横に駆けまわり、敵兵たちを翻弄する。

 

 徐々に、戦場の様子が変わり始める。

 

 いかに死を恐れない兵士たちとは言え、サーヴァント4騎の攻撃が積み重なれば、戦線にほころびも出来始める。

 

 兵士たちが後退をはじめ、攻勢が弱まり始める。

 

「よし、今のうちよッ!!」

「フォウッ フォウッ!!」

 

 フォウを胸に抱いた凛果が駆け出し、それをマシュが大盾を掲げて援護する。

 

 続いて、立香も駆けだそうとした。

 

 その時。

 

 風を切る飛翔音。

 

 見上げれば、

 

 降ってくる、巨大な砲弾。

 

 敵軍の接近に焦ったアメリカ軍が、後方支援用の大砲部隊に砲撃を命じたのだ。

 

 彼等からすれば、敵軍も、そして突然現れたカルデア特殊班も、同じような存在に見えた事だろう。一緒くたに吹き飛ばしてしまおうと言う魂胆だった。

 

「兄貴ッ!!」

「先輩ッ!!」

 

 凛果とマシュが悲痛な叫びをあげる中、

 

 立香の身体は、衝撃で大きく投げ出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい、そうしていただろう?

 

 誰かが入って来た気配がして、意識が僅かに浮上するのが判った。

 

 気配は、すぐ傍らに立つと、無言のまま見下ろしてい来る。

 

「・・・・・・・・・・・・患者ナンバー99。右腕の損傷が激しく切断が望ましい」

 

 何やら、物騒な事を言っている気がするが、朦朧とした意識の中では、その判別も出来なかった。

 

「ここもダメでしょう。左大腿損傷。生きているのが奇跡です。やはり切断しかないでしょう。右脇腹が裂けていますが、こちらは損傷した臓器を摘出して縫合すれば問題ないはず。大丈夫です。それでも生きられます。他の負傷者よりも遥かにマシです。あと200年もすれば、高性能な義手もできます・・・・・・気長すぎますね」

 

 何か、金属がぶつかり合う小さな音。

 

 ややあって、再び気配が覗き込むのが判った。

 

「さて、では切断のお時間です」

 

 次の瞬間、

 

 遅まきながら立香の意識は跳ね起きた。

 

「ちょっと待った待った待った!!」

 

 慌てて相手を止めに入る。

 

 意識が一気に覚醒する。

 

 そうだ。戦闘の流れ弾で負傷した自分は、戦場の近くにあった野戦病院に担ぎ込まれたのだ。

 

 そんな立香に、メス片手に迫る女性。

 

 真っ赤な軍服に身を包んだ妙齢の女性は、無表情で切り刻まんと刃を向けてくる。

 

 リアルホラー

 

 ぶっちゃけ、めちゃくちゃ怖かった。

 

「本来なら軍医の仕事ですが、何しろ軍医が絶望的に不足しているので、私が代行します」

 

 言いながら、メスを近付ける。

 

「歯を食いしばってください。たぶん、ちょっと痛いです」

「いや、ちょっとどころじゃないよねッ!?」

「そうですね、たとえるなら、腕をズバッとやってしまうくらい痛いです」

「たとえになってないッ!!」

「わがままを言ってはダメですッ 少なくとも死ぬよりはマシでしょう!!」

 

 ダメだ。

 

 全く話を聞いてくれない。

 

「大丈夫。あなたはまだ若い。きっと耐えられます」

「無責任なッ!?」

「そうですね。曖昧な所感でした。訂正します。何としても耐えなさい」

 

 もはや取り繕う気すらないようだ。

 

 と言うか、最初からそんな物無かっただろうが。

 

 メスが近付けられる。

 

 いよいよダメか?

 

 そう思った時。

 

「ちょーっと待ったァァァァァァ!!」

「そ、その人は違うんです!!」

「フォウフォウフォウッ」

 

 凛果、マシュ、フォウが飛び込んでくる。

 

 どうやら、砲弾に吹き飛ばされたままはぐれた立香を探して、野戦病院中を駆け回ったらしい。

 

 飛び込んで来たのはまさに、間一髪のタイミングだった。

 

 対して、

 

 女性が向けた銃口が、2人と1匹を迎える。

 

「治療中に不衛生な姿で入ってこないでください」

「いや、だから違うんだって。兄貴は治療しなくても大丈夫なんだって!!」

 

 必死に抗議する凛果。

 

 だが、女性は冷めた目で銃口を向けたまま、凛果達を威嚇し続ける。

 

「患者は平等です。二等兵だろうが大佐だろうが負傷者は負傷者。誰であろうと可能な限り救います」

 

 その姿勢は立派だが、銃口は引っ込めてほしかった。

 

 ていうか、盛大に論点がずれている。

 

「良いですね。そこから1歩でも踏み込めば打ちますから」

 ドォォォンッ

「ふ、踏み込んでいませんがッ!?」

「踏み込んできそうな気がしましたので」

 

 いきなり発砲され、ホールドアップするマシュ、凛果、フォウ。

 

 完全に問答無用、馬耳東風。いや、ここはアメリカらしくゴーイングマイウェイと言うべきか?

 

 と、

 

「お、俺は大丈夫だ」

「先輩ッ 意識が戻ったんですかッ!?」

 

 ベッドの上で起き上がる立香に、安堵の声を上げるマシュ。

 

 だが、

 

「大丈夫ではありません。本来なら余分な箇所を切断して、血の巡りを防ぐべき所。そうすれば、清潔にしてさえいれば感染症は防げます」

「何が何でも切りたいんだなッ!?」

「安心してください。私はたとえあなたを殺してでもあなたを守ります」

「結果と目的が入れ替わってるッ!!」

 

 もはや、この場を修めるには、この女性と一戦交える以外に無いように思われた。

 

「あなたはサーヴァント、ですよね?」

 

 マシュが前に出て問いかける。

 

「その方はマスターです。そして、私は、先輩のサーヴァントです。あなたがあくまで先輩を傷付けるなら、私は先輩のサーヴァントとして譲る訳にはいきません」

「譲れないのは、こちらも同じです」

 

 決意を示すマシュ。

 

 だが、女性も一歩も引かずに応じる。

 

「確かに私はサーヴァントですが、そんな事は関係ありません。この戦場に召喚された以上、私は私の信念を貫くのみ。そして私の信念とは治療。サーヴァントであろうがなかろうが、その信念を貫くのみです」

 

 睨み合う、マシュと女性。

 

 戦闘開始1秒前。

 

 そんな空気が張り詰めた。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・あら?」

 

 マシュを見て、何かに気付いた女性が銃を降ろした。

 

 同時に、場を圧倒していた殺気も和らいでいる。

 

「成程。そういう事なら、治療は保留としましょう。さあ、そういう事ですので、次の患者を治療しなくてはなりませんから、とっととベッドを空けてください」

 

 と、今度は一転、立香の腕を取って無理やり立たせると、マシュの方に放り投げてくる。

 

 大丈夫とは言え、重症である事に変わりない相手に対し、この扱いである。

 

 先程の会話具合から見ても、彼女のクラスが狂戦士(バーサーカー)である事は疑いないだろう。

 

「あの・・・・・・」

 

 マシュに支えられながら、立香は尋ねる。

 

「あなたの、お名前は?」

 

 対して、

 

 女性は興味なさげに答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フローレンス・ナイチンゲールですが、それが何か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1話「深紅の天使」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、ざっくり『ナイチン』で良い?」

「好きに呼びなさ・・・・・・」

「良い訳ないでしょ」

 


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