Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第2話「ケルトの騎士」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 立香が運び込まれたのは、アメリカ独立軍の後方拠点だった。

 

 この時期、アメリカ独立戦争は既に大勢は決しつつあり、ジョージ・ワシントンを総司令官としたアメリカ独立軍は、宗主国であるイギリス派遣軍を圧倒。

 

 その後、独立を勝ち取り、アメリカ合衆国憲法を制定。ジョージ・ワシントンが初代大統領となったのは、あらゆる教科書にも載っている有名な出来事だった。

 

 だが、既にその歴史は、本道からの乖離を始めているのは、火を見るよりも明らかであった。

 

 機械兵士を主力としたアメリカ軍と、原始的な剣や槍を主武装とした兵士達。

 

 見るからに混沌とした状況であるのが判る。

 

《結論から言えば、このままではアメリカ合衆国、その物が誕生しない可能性が出てくる》

「フォウッ」

 

 通信機越しに、ロマニが険しい声を発する。

 

 もし、ここでアメリカ合衆国が生まれなければ、20世紀以降の歴史が崩壊する事は、言うまでもない事だろう。

 

 となれば、カルデア特殊班としては、早急に特異点発生の元凶たる聖杯を見つけ出し、これを確保する事が任務となる。

 

 当然、特殊班のみでの任務遂行は困難。いつも通り、現地召還されたサーヴァントに協力を仰ぐ事になる。

 

《で、早速なんだけど、目の前にいる彼女はどうだい? キットヤクニタチソウダケド?》

「ドクター、目が泳いでます」

「フォウフォウッ」

 

 マシュとフォウに追及され、目を逸らすロマニ。

 

 そのやり取りを見ながら、立香は視線の先でせわしなく動き回る狂戦士(バーサーカー)の女性に目をやった。

 

「彼女か・・・・・・・・・・・・」

 

 フローレンス・ナイチンゲール

 

 恐らく、

 

 と言うより、間違いなく、歴史上最も有名な女性の1人だろう。

 

 19世紀初頭のイギリスに生を受けた女性(ただし出身はトスカーナ大公国(現イタリア))。

 

 実家が裕福だった事もあり、幼いころからあらゆる学問において、徹底した英才教育を施される。

 

 当時、まだ看護と言う概念が未発達だった時代、貧しい人々が満足な治療も受けられず死んでいくさまを見て、奉仕活動の世界を志すようになり、やがては看護婦としての道を目指していく。

 

 そんな彼女の名を歴史に強烈なまでに刻み付けたのは、何と言っても1854年に起こったクリミア戦争だろう。

 

 当時、強大化の一途を辿るロシア帝国は、不凍港の確保を行う為、南下政策による膨張を続け、その食指はついに、黒海沿岸のクリミア半島やバルカン半島にまで達していた。

 

 このロシアの動きを止める為に、イギリス、フランス、オスマン等が中心となって結成された連合軍と、ロシア帝国軍とが、黒海沿岸で激突する事になる。

 

 連合軍50万、ロシア軍90万と言う、途方もない大兵力が投入される事となったこの戦争は、両軍とも、当初から決定打を欠いたまま、泥沼化の一途を辿る事になる。

 

 双方の兵力差を見ればロシア側が圧倒的なようにも見えるが、当時、帝政を布き、軍の指揮系統にも貴族的な階級制度を色濃く反映していたロシア軍の指揮が精彩を欠いていたのに対し、イギリス、フランス軍は実戦経験豊富な精鋭部隊を多数、戦場に送り込んでいた事が、戦線を膠着させる原因になったとも言われている。

 

 最終的に、連合軍がロシア側の最重要拠点であるセヴァストポリ要塞を陥落させたことで、ロシア側の士気は瓦解する。

 

 ただし、他方面においては尚も、ロシア軍が連合軍を圧倒している状態であった為、結局のところ、形の上では連合軍の勝利だが、実質的には痛み分けに近い結果だったとも言われている。

 

 この戦いで、両軍合わせて80万近い死者を出したと言われている。

 

 ナイチンゲールが看護婦として派遣されたのは、そのような地獄と化した最前線の野戦病院だった。

 

 当時はまだ医療も未発達であり、当然ながら戦争時における衛生管理も行き届いてはいない。

 

 その為、辛うじて命を取り留めた兵士も、野戦病院のベッドの上で、ろくな治療も施されずに死んでいくケースが後を絶たなかった。

 

 そこでナイチンゲールは献身的な看護で、多くの人々の命を救う事になる。

 

 彼女の看護は、とにかく徹底していた。

 

 ナイチンゲールは、それまでの人生で培ってきた全ての知識と経験を総動員し、あらゆる状況で負傷者の看護と治療を行った。

 

 また、彼女を語る上で、最も有名なエピソードは、その平等さだろう。

 

 ある時、彼女のいる野戦病院に、敵であるロシア軍兵士が誤って担ぎ込まれてきた。

 

 当然、医師はつまみ出そうとする。

 

 だがナイチンゲールは、医師を命令を拒絶し、その敵兵にも味方と変わらない治療を行ったのだ。

 

 敵だろうが味方だろうが、そんな事は関係ない。病院に来れば1人の患者に過ぎないのだから。

 

 それがナイチンゲールの、生涯掛けて、決して曲がる事も折れる事も無かった信念である。

 

 その献身かつ公正な姿勢から「白衣の天使」のモデルとも言われており、実際に彼女は、戦場にちなんで「クリミアの天使」あるいは「ランプの貴婦人(毎晩、夜回りを欠かさなかったため)とも呼ばれた。

 

 そうした姿勢は、赤十字国際委員会の創設者となったアンリ・デュナンも高く評価している。

 

 もっとも、ナイチンゲール自身は、デュナンを快く思っていなかったと言われているが(理由は、赤十字の精神が「無償の奉仕」であるのに対し、ナイチンゲールは、しっかりとした看護や医療には、経済支援が不可欠であると考えていたから、と言われている)。

 

 その姿勢は、実際の看護活動のみならず、看護教育や、看護婦の地位向上にも向けられる。

 

 当時、看護婦と言うのは卑賤な職業と思われており、娼婦と同程度に扱われていた。その為、専門の教育機関も殆ど存在せず、ろくな知識も経験も持たない女性が看護婦として病院勤務を行いモラルを乱すケースも珍しくなかった。

 

 ナイチンゲールはこうした状況を改める事に尽力し、専門知識の育成、看護婦の地位向上に努めた。

 

 と、ここまで書けば、まるで聖女のようにも聞こえるかもしれない。

 

 しかしナイチンゲールのと言う人物を語る上で、外せないのが、その性格の「徹底」ぶりだろう。

 

 彼女がクリミア戦争において戦場に乗り込んだ当時、医療部門は官僚的な縦割り行政の影響で単純作業が停滞し、ろくな医療行為すらできていなかった。それどころか、医療部門のトップは、自分たちの既得権益が脅かされる事を嫌い、ナイチンゲール達の従軍を拒否している。

 

 だがナイチンゲールは諦める事無く、トイレ掃除要員として病院内に入り込んで医療を行うと同時に、後ろ盾であるイギリス女王ヴィクトリアに書簡を送り、体制改善に努めたと言われている。

 

 名医、神医と呼ばれる存在は数々おれど、およそフローレンス・ナイチンゲールを置いて有名な存在は他にはいないだろう。

 

 そのナイチンゲールが今、サーヴァント狂戦士(バーサーカー)として、戦乱渦巻くアメリカの大地に立っていた。

 

 そんな彼女の献身ぶりを見ながら、立香は嘆息する。

 

 どうやらナイチンゲールの信念は、彼女自身が語った通り、クリミアからアメリカに場所が変わった程度で変わる物ではないらしい。

 

 今も、苦痛に喘ぐ兵士を叱咤しながら、治療に専念している。

 

 とは言え、

 

 何しろ立香は、ついさっき、彼女の狂気を目の当たりにした身だ。

 

 マシュが来るのが、あと数秒遅かったら、今頃足が胴に付いていなかったかもしれない。

 

 正直、ちょっと・・・・・・

 

 否

 

 かなり、気が引ける物がある。

 

「ん、ナイチン、きっと役に立つ」

「フォウ、ンキュッ」

 

 発言する響に、フォウが同意するように一鳴きする。

 

「いや、それは判ってるんだ。けど・・・・・・」

「さっきから、無しの礫なんだよね」

 

 実は、彼女の真名が判った時点で、立香と凛果がスカウトに動いている。

 

 一緒に特異点を修復してくれないか、と。

 

 だが、

 

「愚かな事を仰らないでください。目の前に患者がいる。私が召喚され、動く理由はそれだけです」

 

 ある意味、安定の回答だと言えるのかもしれない。

 

 特異点を修復したいなら勝手にやれ。こっちは忙しい。と言う事らしい。

 

 と、

 

「患者ですか?」

 

 視線に気付いたらしいナイチンゲールが、顔を上げて尋ねてくる。

 

 どうやら、治療がひと段落したらしかった。

 

 手が空いたと言う事は、こちらの話を聞いてくれるかもしれない。

 

 その期待と共に、立香は意を決して話しかけた。

 

「なあ、さっきも言ったけど、頼む。俺達に力を貸してくれ」

「それこそ、さっきも言いました。目の前の患者を見捨てて行くなどありえません」

 

 けんもほろろ、とはこの事だ。

 

 そもそも、こちらの話を聞く気すらない者を相手に、説得は困難の極みだった。

 

「けど、そもそも特異点を修復しないと世界が滅びるんだよッ」

「世界が滅びる前でも人は死にます。世界の破滅は、目の前の人間を見殺しにして良い理由にはなりません」

 

 言い募る凛果に対しても、ナイチンゲールは取り付く島がない。

 

「駄目ね、こりゃ」

「うん。説得は難しい」

「ん、ナイチンの耳に念仏」

「フォウ・・・・・・」

 

 チビッ子サーヴァント達の間にも、あきらめムードが漂い始めていた。

 

 やはり、この女狂戦士を反意させる事は難しいか?

 

 だが、

 

 諦めずに、立香は前に出る。

 

 対して、もはや立香には、完全に興味が失せたかのようにそっぽを向くナイチンゲール。

 

 立香は、構わず続けた。

 

「元凶を絶たなきゃ、意味がないぞ」

「・・・・・・・・・・・・何ですって?」

 

 何気ない口調で放った少年の一言に、

 

 しかしナイチンゲールは、初めて視線を向けて反応した。

 

「今、何と?」

「あなたが偉業を成したのは知っている。患者がいる限り諦めない精神は立派だと思うし、尊敬もする」

 

 けど、

 

 立香は、ナイチンゲールが抱える、根本的な問題を突く事で、彼女の攻略を狙った。

 

「フローレンス・ナイチンゲールは1人しかいない。あなたがここでどれだけ患者を治療したとしても、あなたが助けるより先に、患者は増えて行く。人も死んでいく。それは、あなたにも判っているはずだ」

 

 その通りだった。

 

 看護の世界に革命をもたらしたナイチンゲールとは言え、彼女が診れる患者の数は、1回につき1人のみ。しかし、彼女が1人の患者を診ている内に、患者は50人、100人と増えて行く。

 

 勿論、ナイチンゲールはアメリカ軍の軍医にも自分の技術を伝えており、その効果によって救える患者の数も増えているのも事実だ。

 

 だがそれでも、追いつかない。

 

 現状、ナイチンゲールの行動は対処療法以下、焼け石に水でしかなかった。

 

「だからこそ、根本的な解決策が必要なんじゃないか?」

 

 根本的な解決策。

 

 すなわち、聖杯を見つけ、特異点を修復する。

 

 要するに、目に見えている症状に対応するのではなく、根本となる癌細胞を取り除く、外科的手術こそが、現状を打破できる唯一の策と言う事だ。

 

 真っ直ぐにナイチンゲールを見る立香。

 

 ややあって。

 

「・・・・・・・・・・・・判りました」

 

 ナイチンゲールは、淡々とした口調で立香に告げた。

 

「あなた達に同行しましょう」

 

 その言葉に、特殊班一同、顔を明るくする。

 

 その時だった。

 

「敵襲ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

「ケルト軍が来たぞォォォォォォ!!」

 

 緊張を孕んだ声が、陣内に轟き渡る。

 

 同時に、周囲の兵士たちが一斉に動揺が走るのが判った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その男は偉丈夫、

 

 否、

 

 美丈夫だった。

 

 刀剣類を思わせる引き絞られた四肢には、バランスよく筋肉が配され、いかにも俊敏なスポーツ選手と言ったイメージがある。

 

 その細身ながら締まった体は、動き易さと機動性を重視し、最低限の甲冑によって覆われている。

 

 そして、何より顔。

 

 たとえ1000人の美男を並べたとしても、その男には叶わないだろう。

 

 手に掲げしは、紅黄の二槍。

 

 馬に乗って突撃する姿は「精悍」の一言に尽きる。

 

 拠点各所に配置に着いたアメリカ兵士が、一斉に銃撃を加える。

 

 更に、配備されていた機械兵士ヘルタースケルターも加わった砲撃が鳴り響く。

 

 たちまち、戦場全体を覆いつくすかのような爆炎の嵐が吹きすさぶ。

 

 炎が荒野を染め上げ、衝撃波が周囲一帯を薙ぎ払う。

 

 誰もが、自分たちの勝利を疑わなかった。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深紅の閃光が駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刺し貫かれる、ヘルタースケルター。

 

 余りの衝撃に、巨体が傾ぐ。

 

 その頭部に、

 

 一振りの槍が突き刺さっているではないか。

 

「はッ!!」

 

 次の瞬間、

 

 常人ではありえない距離を跳躍した美丈夫が、紅槍の柄を手に取り引き抜く。

 

 地面に轟音と共に崩れ落ちるヘルタースケルター。

 

 同時に、地に降り立つ美丈夫は、両手に構えた双槍を羽のように掲げる。

 

「参るッ」

 

 鋭い宣誓。

 

 同時に、戦士は駆ける。

 

 両手で1本振るう事すら困難な槍を、片手で1本ずつ振るい、縦横に奔る。

 

 たちまち、アメリカ軍内は大混乱に陥る。

 

 美丈夫に対し銃撃を行うも、全て回避され、逆に彼の振るう槍によって刺し貫かれる。

 

 巨体と、それに見合う攻撃力を誇るヘルタースケルターとて例外ではない。

 

 美丈夫は一瞬にして接近したかと思うと、紅黄の槍を持って、ヘルタースケルターを切り刻んでしまった。

 

「う、うわァァァ、サーヴァント兵士だァ!?」

「距離だッ 距離を取って囲めッ!!」

「だ、駄目だッ 敵う訳がないッ!!」

 

 混乱の坩堝と化す、アメリカ軍。

 

 美丈夫はその中を駆け抜け、次々と兵士たちを屠っていく。

 

 そんな中、指揮官と思われる男が、ライフルを手に前へと出る。

 

「おのれッ 何がサーヴァント兵士だ!! 槍で銃に敵うものかッ!!」

 

 撃鉄を起こし、槍を振るう美丈夫へ銃口を向ける指揮官。

 

 彼は勇敢だった。

 

 そして、

 

 愚かだった。

 

 放たれる銃弾。

 

 亜音速に迫る弾丸が、美丈夫の頭を狙って放たれる。

 

 当たれば、たとえサーヴァントと言えどもタダでは済まないだろう。

 

 しかし次の瞬間、

 

 美丈夫は振り返る事無く黄槍を振るい、飛んできた弾丸を叩き落してしまった。

 

 同時に、視線は指揮官を真っ向から捉える。

 

「ヒッ」

 

 慌てて腰を浮かしかける指揮官。

 

 しかし、遅かった。

 

 振るわれる、双槍。

 

 交叉する刃が、慌ててライフルを構えようとした指揮官を、容赦なく斬り捨てた。

 

「た、隊長ッ!?」

「馬鹿なッ!?」

 

 動揺が、兵士たちの間に伝播する中、

 

 美丈夫は双槍を翳して嘆息する。

 

「成程、銃砲火器の登場によって、私が生きた時代に比べ、戦のやり方は格段に便利になった。しかし、そのせいで、兵士1人1人の質は、明らかに低下しているようだ」

 

 逃げ惑うアメリカ兵士たちを見て呟く。

 

 技術の発展は素晴らしい事と理解しつつも、それによって、兵士たちの鍛錬の度合いが減っているのは事実なようだ。

 

 ディルムッド・オディナ

 

 ケルト神話に名高きフィオナ騎士団において、最強騎士として謳われる美しき戦士。

 

 またの名を「輝く貌のディルムッド」。

 

 二本の槍を自在に操るディルムッドを前に、アメリカ軍兵士や、高火力を誇るヘルタースケルターですら、物の数には値しなかった。

 

 しかも、状況はアメリカ軍にとって、更に悪化する。

 

 ディルムッドを先陣とした軍勢が、雪崩を打って攻め込んで来たのだ。

 

「よくやったディルムッドッ それでこそ、我が栄えある騎士よ!!」

 

 部隊の先頭に立って槍を振るう男は長い金髪をストレートに流し、切れ長な瞳が知性を感じさせる。

 

 引き締まった体はディルムッドに負けず劣らず、その槍捌きも、見るからに洗練されている。

 

 フィオナ騎士団団長フィン・マックール。

 

 ディルムッドと同時期に活躍した伝説級の戦士の登場により、アメリカ軍兵士は絶望の淵に立たされる。

 

 獰猛な兵士達によって蹂躙され、壊乱状態となる。

 

 剣や槍で切り刻まれる者や矢で撃ち抜かれる者が続出する。

 

 勿論、反撃に成功して、敵兵を撃ち倒すアメリカ兵も中にはいる。

 

 しかし、そうしたささやかな抵抗も、圧倒的な暴力の波によってのみ込まれ、押し流されていく。

 

 もはや、後方の野戦病院まで攻め込まれるのも時間の問題。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 複数の兵士たちが、前線で吹き飛ぶのが見えた。

 

「む?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 フィンが眉を顰め、ディルムッドは油断なく双槍を構える。

 

 2人が視線を向ける中、

 

 ゆっくりと歩いてくるのは、深紅の軍服に身を包んだ凶眼の天使。

 

 狂戦士(バーサーカー)フローレンス・ナイチンゲールは、敵兵を素手で掴んでは引きちぎり、殴り倒し、手刀で斬り飛ばすと言う、「正しくバーサーカー」としか言いようのない戦いぶりで、戦線を圧倒していた。

 

「あなた方ですね、この国を害する病原菌は?」

 

 ゆっくりと歩いてくるナイチンゲール。

 

 その姿に、思わず歴戦のケルト戦士が息を呑む。

 

 手に兵士の遺体を掴んで引きずる姿は、戦慄するに余りある光景だった。

 

「よし」

 

 その様を見て、

 

 フィンは、まことに騎士団長らしく、積極果断、電光石火、正しく快刀乱麻を断つが如く決断を下した。

 

「彼女の相手はディルムッド、君に任す」

「なッ!? 主!?」

 

 仰天するディルムッド。

 

 今の光景を見て、平気でこのような事を言う主君の正気を疑いたくなる。

 

 対して、肩を竦めるフィン。

 

「ハッハッハ、もちろんジョークだとも。言っておくが、君が女性の扱いが上手いから言っている訳じゃないから安心したまえ」

「は、はあ・・・・・・」

 

 フィンの物言いに、げんなりするディルムッド。

 

 因みに、このフィンとディルムッドには、主従以上に聊か複雑な関係があり、

 

 ディルムッドが、とある事情からやむに止まれず、フィンの妻だったグラニアと駆け落ちをしてします。

 

 当然、フィンは怒り狂って追っ手を差し向けるが、ディルムッドは最強騎士。その全てを返り討ちにしてしまう。

 

 致し方なく、2人の仲を許して、フィンはディルムッドを帰参させる事になる。

 

 そのような事情を考えれば、先程のジョークもいささか以上に笑えない物がある。悪趣味も甚だしいと言わざるを得ない。

 

 ましてか、その逸話が巡り巡って、ディルムッドの死因にも繋がっているとなれば猶更だ。

 

 とは言え、このフィンと言う男、これで全くと言って良いほど悪意が無い。先ほどの言葉も、本当に、場を和ますためのジョークのつもりだったのだから、まことに始末に負えない。

 

「ケルトコントはそれで終わりかしら?」

 

 ナイチンゲールの傍らに立ったクロエが、干将莫邪を構えながら言い放つ。

 

 更に響、美遊、マシュ。

 

 そして、その背後に手、立香と凛果の藤丸兄妹が立つ。

 

「主、あれは」

「ウム、どうやら、うわさに聞くカルデアの者たちらしい」

 

 自分達と対峙する立香達を見て、フィンとディルムッドは頷きを交わす。

 

 その表情は、鋭く、そして静かな闘志によって満たされている。

 

 ケルト神話に名高き騎士2人は、戦線介入してきたカルデア特殊班を迎え撃つべく槍を構える。

 

「彼らは既に、いくつもの世界を救った猛者だと言う。心して掛かろうではないか」

「はい、主。一番槍は、このディルムッドにお任せを」

 

 勇ましく言いながら、双槍を掲げて構えるディルムッド。

 

 対して、

 

「行くぞみんな。準備は良いな?」

 

 立香の言葉に、頷く一同。

 

 次の瞬間、

 

 両者、同時に動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マフラーを靡かせて、駆ける響。

 

 間合いに入ると同時に抜刀。

 

 月牙の剣閃が、双槍の騎士を狙う。

 

「んッ!!」

 

 横なぎに放たれる剣閃。

 

 対して、

 

 ディルムッドは響の剣を、左手に持った黄槍で防ぐと、鋭く体勢を返して右手に装備した紅槍を繰り出してくる。

 

 鋭い切っ先。

 

 その一閃を、響は後退して回避。

 

 切っ先が鼻先を霞める中、

 

 響は大きく後退する。

 

「速い、だがッ」

 

 しかし、響が後退するよりも速く、ディルムッドが間合いを詰める。

 

 槍の長いリーチを生かし、響へと突きかかる。

 

 だが、

 

「んッ!!」

 

 追撃を予期していたかのように、体を沈みこませる響。

 

 ディルムッドの槍は、響の頭上を駆け抜け、少年の髪が衝撃で靡く。

 

 だが、

 

 響の視線は真っ直ぐに、ディルムッドを睨み据える。

 

 同時に、

 

 低い姿勢のまま、駆け抜ける暗殺者。

 

 地上を駆ける風のように、槍騎士へと迫る暗殺者。

 

 だが、

 

「はッ!!」

 

 ディルムッドは黄槍を横なぎに振るい、響の接近を阻む。

 

 騎士のとっさの機転により、接近を阻まれる響。

 

 だが、

 

 黄色の槍は、暗殺少年を捉えない。

 

 ディルムッドの槍が捉える前に、響は彼の背後へと回り込んでいた。

 

「ん!!」

 

 大上段から繰り出される刃。

 

 だが、

 

「甘いッ!!」

 

 ディルムッドは、とっさに紅槍の石突きを繰り出す事で、背後から迫る響に襲い掛かった。

 

 刺突と何ら変わる事のない、刺突の一撃。

 

 その閃光の如き打突を、

 

「ッ!?」

 

 響は、とっさに刃を立てて防ぐ。

 

 ぶつかり合う、両者。

 

 体重の軽い響は吹き飛ばされ、大きく間合いを取って着地する。

 

 対して、ディルムッドは追撃せず、双槍の穂先を地面に向けて構えなおす。

 

「フム」

 

 響を真っすぐに見据えながら、ディルムッドは告げる。

 

「なかなか悪くない。少なくとも、不甲斐ないアメリカ兵達よりは、よほど、骨がある」

 

 槍を油断なく構えながら、称賛を送るディルムッド。

 

 対して、響は刀の切っ先を油断なく双槍の騎士へと向けている。

 

 互いに隙あらば、いつでも斬りかかれるタイミングを計っているのだ。

 

 睨み合う両者。

 

 だが、

 

 戦機が高まる。

 

 仕掛けるか。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 突如、飛来した弾丸を、ディルムッドは槍で払い落とした。

 

「むッ!?」

 

 更に、次々と飛来する弾丸。

 

 正確無比な弾丸は、確実にディルムッドを仕留めるべく、急所を狙ってくる。

 

 向ける視線の先。

 

 そこには、片膝を突いてライフルを構えた、小柄な少女の姿がある。

 

 更に、

 

 少女の背後に翻る星条旗。その下には、1000を超える、兵士と機械歩兵たち。

 

 その指揮官は、先程の銃士の少女よりも、更に小柄な外見をした少女だった。

 

「そこまでよッ ケルト軍ッ!! わたし達が来たからには、これ以上の狼藉は許さなくってよ!!」

 

 言い放つと同時に、指揮官の少女はサッと腕を振り翳す。

 

 同時に、前線部隊からの一斉射撃が鳴り響き、後方に控えた砲撃部隊は大砲を撃ち鳴らす。

 

 蹂躙するが如き、圧倒的な火力。

 

 大兵力を活かした制圧攻撃。

 

 これには、さしものケルト兵もたまったものではない。

 

 砲撃で吹き飛ばされ、銃弾に撃ち抜かれる兵士が後を絶たなかった。

 

 たちまちのうちに、戦場はケルト兵の死体によって埋め尽くされていく。

 

「・・・・・・・・・・・・どうやら、今日はここまでのようだな」

 

 飛んできた銃弾を、槍で弾きながらディルムッドが告げる。

 

 相変わらず彼を攻撃しているのは、指揮官少女の傍らで膝を突いた銃士の少女だ。

 

 その正確無比な狙いは、ディルムッドをして戦慄させるほどだった。

 

 既に全線戦において、退却を始めている。

 

 アメリカ軍の援軍が到着した事で、戦況不利と判断した様子だ。

 

 とは言え、その退却行動も、フィン主導の下で水際立っており、決して無様な「全面潰走」ではない。

 

 この一事だけをもってしても、彼等がいかに歴戦の戦士たちであるかが伺えた。

 

 走って来た馬に飛び乗るディルムッド。

 

「いずれ、再戦の機会もあろう、少年。その時は、お互いに全力を尽くしたい物だな」

「ん」

 

 馬上のディルムッドと、視線を交わす響。

 

 今回は邪魔が入ったが、共に互いの実力は認め合うところ。

 

 何より、

 

 今回は響も、そしてディルムッドも全く本気を出していない。

 

 響は鬼剣は愚か、盟約の羽織すら使っていないし、ディルムッドも巧みな槍術は見せたが、こちらも宝具の真名解放は行っていない。

 

 お互いに、手の内を隠したまま、時間切れとなってしまった。

 

「その時まで、死ぬなよ、少年!!」

「ん、そっちも」

 

 響の言葉に、笑みを見せるディルムッド。

 

 やがて、馬首を返すと、赤茶けた荒野を颯爽と駆け去って行くのだった。

 

 

 

 

 

第2話「ケルトの騎士」      終わり

 


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