Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第4話「獅子の如く」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ?」

 

 絶句する、藤丸立香以下、カルデア特殊班一同。

 

 トーマス・アルバ・エジソンなる、大統王(ライオンさん)が繰り出した、極めて破壊力の高い先制パンチに、誰もが言葉を失っていたのだ。

 

 傍らに立つカルナはノーコメント。キメラと名乗っている銃士の少女も、興味なさげにそっぽを向いている。

 

「ほらね、やっぱり驚いたでしょ」

 

 ただ1人、エレナだけが、可笑しそうにコロコロと笑っている。

 

 確かに、これで驚くなと言う方が無理だろう。どんな未来予知の能力者であったとしても、これを見通す事など、出来る訳がない。

 

 トーマス・アルバ・エジソンと言えば、言わずと知れた発明王。

 

 白熱電球、映画、蓄音機、トースター、電話など、現代でも広く使われている多くの日用品を生み出した化学発展の父。

 

 また、彼は典型的な科学者にありがちな、化学崇拝とも言うべき頑迷さは無く、オカルト的な思考にも理解と興味があったと言われている。これは、彼が最後に完成を目指した発明品が、死者と会話する事が可能となる「霊界交信機」であったと言われている事からも明らかであろう。

 

 そのエジソンが、

 

 その偉大なる発明王が、

 

 こんなとんちきなライオンヘッドだった、などと誰が想像し得ようか?

 

「あの、本当に、あなたがエジソン、なのか?」

「いかにも、その通りだよ、少年」

 

 尋ねる立香に、鷹揚に頷くライオン、もといエジソン。

 

 と、

 

「チーチチチチ」

「ちょっとヒビキ、やめなさいッ 噛まれるわよ!!」

「うん。まずは保健所に連れて行って、予防接種を受けさせてからでないと」

「フォウッ フォウッ」

「君達、失礼過ぎじゃないかね?」

 

 チビッ子サーヴァント達の反応に、地味に落ち込むエジソン。

 

 どうやら、本人的には割と気に入っているらしかった。

 

 流石に見かねたマシュがフォローに入る。

 

「あ、あの、すみません。今までいろいろな物を見て来たので、皆さん、割と慣れてしまっていると言うか・・・・・・とにかく、皆さん、ミスター・エジソンに謝罪を」

「「「ごめんなさい」」」

「フォウッ」

 

 素直に頭を下げる3人。

 

 その姿に、エジソンは咳ばらいをして威厳を取り戻す。

 

「う、うむ。素直でよろしい。素直な子供は宝だからな。勿論、大統王は寛大な心でもって許してあげるとも」

 

 そう言うとニカッと笑う。

 

 が、ライオンが大口を開けている風にしか見えないのが何とも。

 

「そして・・・・・・」

 

 エジソンは次いで視線を巡らせる。

 

 その獣じみた(文字通り)視線が、立香の傍らに立つ婦長を見る。

 

「あなたがフローレンス・ナイチンゲールですな。報告通り美しい。不幸にも生前に知り合う機会はありませんでしたが、今この瞬間こそエネルギーの、いや、魂の奇跡でしょう。私は戦場に生きるものではありませんが、だからこそあなたの信念を、理性を尊重する。ぜひ、あなたの力を貸していただきたい。医療の発展は勿論、兵士の士気向上、広告塔としての効果は計り知れないのだからな」

 

 捲し立てるように言って大笑するエジソン。

 

 そんなライオンヘッドを、当のナイチンゲールは冷ややかな目で見つめる。

 

「成程、あなたがトーマス・エジソン・・・・・・・・・・・・」

 

 どこか、納得したように呟く。

 

「失礼。まさか、人間ではなかったとは知りませんでした」

「うん。猫的って言うか、サバンナ的?」

 

 同意だとばかりに頷く凛果。

 

 まさか、こんなのが出てくるとは思いもよらなかった。

 

 と、

 

 先程の響達の反応と言い、不満だったらしいエジソンが吼える。

 

「何を言うッ 私は紛う事無き人間である。人間とは理性、知性を持った上位存在であり、それは肌の色や顔の形で区別されるものではない。私が獅子の頭になったところで、それが変わる訳でもない。私は知性ある人間、エジソン。それだけの事である」

 

 言い切りやがった。

 

 つまるところ、生前は普通の人間だったが、召喚されたらライオンヘッドになっていた、と言う事のようだ。

 

 この手の事例はそれほど珍しくもない。

 

 実際に体験した例でいえば、エリザベート・バートリ。彼女は生前の「女吸血鬼」としてのイメージが先行し、羽や牙が生えていた。

 

 もっともエリザベートが、そうした姿で召喚された自分を見て諦念にも似た感情で受け入れていたのに対し、エジソンの場合は「其れもまた良し」と前向きになっている辺り、スケールが違っているのだが。

 

「はいはい、エジソン。演説はそれくらいで良いでしょ。いい加減、話を進めましょう」

「むう、確かにエレナ君の言う通り。時間とは決して戻らない、貴重な物だからな」

 

 エレナに指摘され、エジソンは改めて、この中で交渉すべき相手。

 

 すなわち、特殊班リーダーの藤丸立香へと向き直った。

 

「君が、人類最後のマスターである、藤丸立香君だね。単刀直入に言おう。4つの時代を修正したその力を活かし、我々と共にケルトを駆逐せぬか?」

 

 持ち掛けられた内容は、ある意味で予想通りの物だった。

 

 北米大陸を東西に分断する形で抗争を続けているアメリカ軍とケルト軍。

 

 しかし、先の戦いを見るに、どうにも旗色はアメリカ軍に悪いようだ。

 

 サーヴァントは勿論、ケルト兵は1人1人が歴戦の勇士たち。それも、死をも恐れない狂戦士の群れだ。言っては何だが、銃で武装した程度の通常の兵士では対抗が難しい。

 

 それを補うために機械歩兵なのだろうが、それでもサーヴァントが戦線に出てくればひとたまりも無いのは、火を見るよりも明らかだった。

 

 兵力は十分にある。

 

 だが目下、エジソンたちにとって喉から手が出るほど欲しいのは、戦力の中核となるサーヴァントであり、部隊を率いる「将」なのだ。

 

 そこに来て、サーヴァント4騎を有するカルデア特殊班の登場は、正しく渡りに船だった。

 

 エジソンたちとしては、是が非でも身柄を確保したい所だろう。

 

「アメリカ合衆国は資本と合理が生み出した最先端の国。この国は我々の物であり、知性ある者たちの住処だ。しかしケルトの奴等はまるでプラナリアのように増え続け、その兵力差でアメリカ軍は敗れ去った」

 

 もし、アメリカにエジソンが召喚されなかったら、あふれ出るケルト軍に蹂躙されつくされていた事だろう。

 

 エジソンが機械兵士を開発し、軍組織を改編、兵站を整えた事で、ようやく戦線を押し返す事に成功したのだ。

 

 しかし、サーヴァント数の差は如何ともしがたい。

 

 いかに大兵力を投入して拠点を確保できたとしても、サーヴァントが1騎出現しただけであっさり取り戻されてしまう事もある。

 

 このままでは、再び戦線を押し込まれるのも時間の問題だった。

 

「現状、こちらのサーヴァントは私を含めて、この場にいる4騎のみ。他のサーヴァント達は皆、こちらに着く素振りすら見せん。全く、嘆かわしいにも程がある。アメリカを救うために召喚されたサーヴァントが、敵を恐れて戦いを拒否するなど。私に理性が無ければ絶叫している所だ」

 

 言いながらグワッと大口を開けて絶叫するエジソン。

 

 理性とは一体。

 

「お、落ち着いてください、ミスター・プレジデント!!」

 

 取りなすように、マシュが間に入った。

 

「世界を救うと言うならば、我々も協力するにやぶさかではありません」

「おお、君は話が分かるな!!」

 

 マシュの誠実な対応に破顔するエジソン。

 

 もっとも、ライオンが吼えているようにしか見え(以下略)

 

「実に良い、食いつきたくなるボディだ」

 

 と、マシュの、甲冑の上からでも確認できる胸を評するエジソンに、すかさずフォウが飛びついた。

 

「フォウッ フォウーッ」

「これ、叩くなッ 噛むな小動物!! 今のは感動の表現だ。私は淑女には手を上げん!!」

 

 小さなフォウにかみつかれ、たじたじになるエジソン。

 

 小動物に噛みつかれて悲鳴を上げるライオンというのも、なかなか情けない光景である。

 

 まあ、マシュの胸が、なかなか程よい大きさを誇っている点については、全面的に同意だが。

 

 と、

 

「2つほど、質問よろしいですか?」

 

 目の前で行われているコントを無視して挙手したのはナイチンゲールだった。

 

 凛果にフォウをどけてもらいながら、エジソンは居住まいを正す。

 

「何かね? 他ならぬあなたの言葉だ。真摯に答えよう。うむ、紳士、真摯に答える。おおエレガンティック!! カルナ君、今のを大統王録に記しておいてくれたまえ」

 

 上機嫌で、日本のオヤジギャグを飛ばすアメリカ大統王。

 

 カルナの方は淡々とした態度を取っているが、どことなく呆れているような雰囲気が伝わってくる。

 

 構わず、ナイチンゲールは続ける。

 

「1つ目の質問です。ここに来るまでに何度か機械化兵団を見ましたが、あれはあなたの発案なのですか? あなたの言う新体制の目指すところだと?」

「うむ。その通りである」

 

 エジソンは大きく頷くと、説明に入った。

 

 国家団結し、全ての国民が一丸となってケルト軍を迎え撃つ。

 

 老若男女、勿論、人種の別も問わず、全国民が機械化兵団となって戦い、敵を打ち破る事こそがエジソンの理想だった。

 

「勿論、その為には大量生産ラインを確保しなくてはならない。各地に散らばった労働力を確保。1日20時間の労働。休む事のない監視体制。無論、福利厚生も最上級の物を用意する。娯楽無くして労働無し。我々は3倍遊び、3倍働き、3倍勝ち続ける。それが、私の目指す新しいアメリカだ」

「人間の限界を知らないのか?」

「う~ 楽しいのは良いけど、3倍働くってのはちょっと・・・・・・」

「フォウ」

 

 エジソンの主張に、藤丸兄妹が難色を示す。

 

 機械なら良いかもしれないが、人間は体力と言う限界からは逃れられない。エジソンの主張は、あまりにも現実味がないように思える。

 

 心なしか、凛果の腕の中にいるフォウも、呆れているように見えた。

 

「2つめの質問です」

 

 ナイチンゲールの声が響く。

 

「あなたは、いかにして世界を救うつもりですか?」

「あの、それなら、聖杯を確保すれば達成されます」

 

 エジソンよりも先に答えたのはマシュだった。

 

 これまでの特異点で、聖杯の確保が至上の課題だった。

 

 聖杯を獲得して特異点と化した時代を修正する。それがカルデア特殊班の使命である。

 

 今回もまた、聖杯を確保できれば、全て解決するのは間違いなかった。

 

 だが、

 

「いいや、時代を修正する必要はない」

 

 エジソンの口から出たのは、意外な言葉だった。

 

「どういう事だ?」

 

 戸惑う立香に、エジソンは諭すように言った。

 

「聖杯があれば、私が改良して時代の焼却も防げよう。そうすれば、他の時代と全く異なる時間軸に、このアメリカと言う世界が誕生する事になる。既に、その為の計算も終えている。十分可能だと言う結論も得た」

 

 聖杯を獲得するところまでは同意。

 

 だが、求める答えは全く違うものだった。

 

 エジソンは言わば、このアメリカを人理焼却の炎から切り離し、一種の独立国家と化す事で滅びの一切から守ろうと考えているのだ。

 

 だが、

 

 エジソンの話の中で、どうしても確かめなければならない箇所があり、立香は口を開いた。

 

「なら、他の時代はどうなるんだ?」

 

 尋ねる立香。

 

 対して、

 

 エジソンは、少し躊躇うようなそぶりを見せてから口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・滅びるだろうな」

 

 至極、あっさりと言ってのける。

 

 そう。

 

 エジソンの考えは、要点を纏めると「アメリカだけを救い、他を見捨てる」と言う事だった。

 

 聖杯を手に入れ時代を修正すれば、確かに人類史は守れるかもしれない。だが、これからも続く魔術王との戦いに万が一敗れれば、アメリカごと世界は滅びる事になる。

 

 だが今なら、

 

 自分の力をもってすれば、アメリカだけは守る事が出来る。それも、確実に。

 

 不確定な可能性に賭けるより、確実な未来を選択する。

 

 それがエジソンの主張だった。

 

 だが、

 

「それじゃあ意味がないッ」

 

 当然、立香は反論する。

 

 それでは、カルデアがこれまで、多くの犠牲を払いながら戦ってきた意味を否定する事になる。何より、世界中に住み、人類史を形成し、そしてこれからの未来を創り出すであろう、全ての人類を捨て去る事になる。

 

 絶対に、受け入れられるものではなかった。

 

「何を言う」

 

 立香の反論に対し、エジソンも退かずに答える。

 

「これほど素晴らしい意味があろうか? このアメリカを永遠に残すのだ。私の発明がアメリカを作り直すのだ。ただ増え続け、戦い続けるケルト人共に示してくれる。私の発明こそが人類の光、文明の力なのだと!!」

 

 他の者では不可能だったかもしれない。

 

 他の英霊、

 

 否、

 

 たとえ神霊であったとしても、ここまでの事を発想し、実行に移そうと言うだけの行動力は持ち得ないだろう。

 

 他ならぬ、トーマス・アルバ・エジソンだからこその閃きと実行力だった。

 

 だが、

 

 吼えるエジソンに、冷ややかな視線が斬りかかる。

 

「その為に、戦線を拡大するのですか?」

 

 ナイチンゲールが、真っすぐにエジソンを見据えながら言った。

 

「戦いで命を落とす兵士を見捨てて?」

「決して切り捨てたくて切り捨てているのではない。だが、今は私にとって、この国がすべてだ。王たる者、まず、何よりも自国を守護する責務がある」

「ですがッ!!」

 

 反論したのはマシュだった。

 

 前髪に隠れた片目を見開き、盾兵の少女は大統王に言い募る。

 

「英霊なら世界を守る義務がッ 理想が、願いがあるはずです!!」

「そうですね。今の私ですら、理性の隅でそう考えるところがあります」

 

 マシュの言葉に同意しながら、ナイチンゲールはエジソンに向き直る。

 

 心なしか、その瞳に宿る冷気は、更に密度を増したように思えた。

 

「ミスター・エジソン。今のミス・キリエライトの言葉を否定するならば、あなたはただの愛国者に過ぎません」

「そうだとも」

 

 対して、エジソンは否定するでもなく、むしろ誇らしげに頷いて見せる。

 

「王たる私が愛国者で何が悪い?」

 

 傲然と胸を反らす大統王。

 

 自らの理想を、信じて疑わぬ者の超然たる態度。

 

 だが、

 

 その言葉が、決定的だった。

 

「そうですか」

 

 ナイチンゲールは悟る。

 

 目の前の男とは、決して相容れないであろうことを。

 

「であるならば、私のするべき事は一つです!!」

 

 婦長の手が、腰の拳銃へと延びる。

 

 だが、

 

 それよりも早く、事態を予期していた大英雄が動く。

 

「そこまでだ、ナイチンゲール」

 

 カルナはナイチンゲールの肩に手を置いて、動きを制する。

 

「ここでの戦闘は許さん。それこそ、俺の命に代えてもな」

 

 軽く肩に手を置いてあるだけのようにも見えるが、カルナはたったそれだけの行動で、完全にナイチンゲールの動きを封じていた。

 

 だが、ナイチンゲールもまた、その程度で退くほどか弱くは無かった。

 

「離せッ 私は知っている!! こういう目をした長は、必ず全てを破滅に導く!! そうして最後には無責任にも宣うのだッ 『こんな筈ではなかった』とッ!!」

 

 それは、クリミア戦争で泥沼の地獄を体験したからこそ言える言葉。

 

 上官の曖昧な判断、優柔不断な態度、そして甘すぎる理想論に振り回され、何十万と言う兵士たちが前線で死んでいった。

 

 後方でふんぞり返り、自分は一切、前線に出ないような人間たちが、まるで特権のように兵士たちの命を消耗して、顧みようともしない。

 

 そして最後には決まって責任放棄と転嫁に走る。

 

 そんな無責任な連中を、生前のナイチンゲールは何人も見て来た。

 

 そうした生前の無能な上官と、目の前にいるエジソンが重なって見えていた。

 

 暴れるナイチンゲール。

 

 だが、カルナもまた、彼女を掴んだ手を緩める事は無い。

 

 そんなナイチンゲールを制したのは、

 

 立香だった。

 

 少年は真っ向から大統王に対峙する。

 

「すまない。けど、あなたの意見に、賛同はできない」

 

 見れば、

 

 凛果も、マシュも、響も、美遊も、クロエも、

 

 皆、立香の意見に賛同するように、彼の背後に立つ。

 

 そもそも、エジソンは交渉する相手を間違えている。

 

 立香、凛果、響、美遊は日本人。

 

 クロエは日本人とドイツ人のハーフ。

 

 ナイチンゲールはイギリス人。

 

 マシュの出身地は不明だが、少なくともアメリカではない。

 

 この中にアメリカ人は1人もいない。

 

 「アメリカだけを残して他を見捨てる」などと言う選択肢に、そもそも賛同するはずが無い。

 

 何より、これまでフランス、ローマ、オケアノス、ロンドンと、4つの世界を巡り、特異点を修正してきた。

 

 エジソンに賛同すると言う事は、そこで触れ合った仲間達や、助けた人々を見殺しにする事になる。

 

 たとえ天地が逆転しても、それはあり得なかった。

 

「・・・・・・意外と言えば意外だな。裏で何か策するにしても、共闘は承知すると思っていたのだが」

 

 対して、エジソンは少し落胆したように言った。

 

「その誠実さ、真摯さ、トーマス・アルバ・エジソン個人としては許すべきだろう。しかし残念ながら、大統王としては、お前達をここで断罪しなくてはならない」

 

 サッと、手を振るエジソン。

 

 同時に、謁見の間の扉が一斉に開き、機械歩兵が雪崩れ込んでくる。

 

 その数たるや、あっという間に謁見の間を埋め尽くしてしまう。

 

 直ちに、立香と凛果を守るように、陣を組むカルデア特殊班。

 

 だが、大量の機械歩兵に加えて、大英雄カルナやエジソン、エレナ、キメラと言ったサーヴァント達の存在もある。

 

 状況は、きわめて不利だった。

 

「やれッ」

 

 腕を振り翳すエジソン。

 

 次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もない空間から奔った無数の矢が、次々と機械歩兵を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何事だッ!?」

 

 驚くエジソンの目の前で、数体の機械歩兵が撃ち抜かれて倒れる。

 

 崩れる、包囲網の一角。

 

 その瞬間を逃さず、カルデア特殊班が動いた。

 

 響が刀を抜いて斬り込み、クロエは双剣を投影、マシュは大盾を掲げてマスター2人を守る態勢を取る。

 

 一瞬の乱戦。

 

 だが、サーヴァント達にとっては、それで十分だった。

 

 たちまち、機械歩兵たちは響達に斬り倒され、無惨な残骸と化す。

 

 エジソン自慢の機械歩兵も、サーヴァント相手には形無しである。まさに、アメリカ軍が苦戦する理由を、この状況が如実に表していた。

 

 そんな中、

 

 黒白の双剣を翳した弓兵少女は、機械兵士に一顧だにせず大将首を狙う。

 

 跳躍と同時に双剣を振り翳すクロエ。

 

 だが、斬撃は中途で中断せざるを得ない。

 

 なぜなら、

 

 世界最強とも称される大英雄が、槍を振り翳して立ちはだかったからだ。

 

 カルナが繰り出した槍の一閃を、双剣を盾にして防ぐクロエ。

 

 否、

 

 防ぎきれない。

 

 少女の身体は、空中にあって吹き飛ばされる。

 

 同時に、双剣は砕け、床に散らばる。

 

「チッ」

 

 クロエは舌打ちすると、空中で猫のように宙返りし着地。

 

 同時に再度、投影魔術を展開。双剣を構え直す。

 

 睨み合う、弓兵少女と大英雄。

 

「不思議ね・・・・・・・・・・・・」

 

 声を掛けたのは、クロエの方だった。

 

「完全に初対面なのに、何なのかしらね? わたし、あなたの事は好きになれそうにないわ」

「奇遇だな。俺もお前を見るたびに、聊かの苛立ちは抑えられん。おかしなものだ。あいつ(アルジュナ)が相手と言う訳でもあるまいに」

 

 理由は判らない。

 

 因縁など、元よりある訳がない。

 

 しかし、

 

 カルナはクロエを、

 

 クロエはカルナを、

 

 互いに相容れないと感じていた。

 

 互いに刃を向ける両者。

 

 共に、隙有らば、いつでも斬りかかるつもりだった。

 

 一方、

 

 キメラと名乗る少女は状況を判断すると、無言のうちに行動を起こす。

 

 機械歩兵の残骸を遮蔽物にすると、手にしたライフルを取り出して構える。同時に腰のポーチから1発だけ弾丸を抜き放つと、慣れた手つきで薬室を開いて装填、ボルトを押し上げる。

 

 ここまでの所要時間、僅か2秒足らず。キメラは攻撃態勢を整える。

 

 向けられる銃口。

 

 しかし、

 

 その筒先は、何も無い空間へと向けられている。

 

 引き金を引くと同時に放たれる弾丸。

 

 次の瞬間、

 

「ウオっとォっ!?」

 

 突如、

 

 「何もない空間」から、青年が飛び出して来た。

 

 緑衣に身を包んだ、痩身の青年。

 

 慌てた様子ながら、しかし整然とした足取りで着地。

 

 右腕に装備した、小型のボウガンを油断なく構える。

 

「やるね、オタク。まさか、俺の宝具を見切るとは。こいつは、ちょっと傷付いたぜ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 緑衣の男の言葉に対し、キメラは無言のまま答える。

 

 別に難しい話ではない。

 

 キメラは別に、男がどこにいたのか、把握していたわけではない。

 

 ただ、飛んできた矢の方向と発射された位置。

 

 その大凡の見当を付けて銃撃を行っただけである。

 

 恐るべき直感と技術力。

 

 正しく、アーチャーになるべくしてなった女であると言えよう。

 

 と、

 

「貴様か、ロビンフッド」

「あらら。まさか、こんな所で知り合いに会うとはね」

 

 クロエに油断なく槍の穂先を向けるカルナ。

 

 対して、ロビンフッドと呼ばれた青年も、油断なく弓を構えながら、カルナと睨み合う。

 

 どこか、因縁めいた印象のある2人。

 

 だが、

 

「悪いんだけど、今日は遊んでいる場合じゃないんだよね。てなわけで、カルデアの!!」

 

 ロビンが声を張り上げる。

 

「タイミングを、見誤らないでよッ」

 

 言った瞬間、

 

 巨大な閃光が、謁見の間を破壊した。

 

「今だッ!!」

 

 ロビンの合図とともに、

 

 特殊班のサーヴァント達が動く。

 

 マシュが立香を、響が凛果を、それぞれ抱え上げ、フォウが響の頭へ飛び乗る。

 

 美遊とクロエが、機械歩兵を斬り倒しながら、今の砲撃で開いた穴へと飛び込むのに続き、マスターを抱えた2人も続く。

 

 一瞬の混乱の後、その場に残ったのは、エジソン以下、アメリカ軍の面々のみだった。

 

「・・・・・・魔力砲ね。それも、とんでもないくらい強力な」

 

 破壊跡を見ながら、エレナが告げる。

 

 つまり、ロビンフッドは初めから囮として場内に潜入。その間に外にいた仲間が脱出の手はずを整える。

 

 そうしておいて、ロビンフッドが攻撃を仕掛けたタイミングで、外の仲間が脱出口を開く。

 

 各人が互いを信頼してこそ成立する、高度な連係プレイだった。

 

「・・・・・・・・・・・・やれやれ、修理の為の資材がいるな。まあ、私の発明をもってすれば、この程度の修理に半日もかからんが」

 

 壁にできた大穴を見詰めながら、エジソンがポツリと呟いた。

 

 その背中は、落胆しているのが判る。

 

 もっとも、その落胆は城を破壊されたからではない。

 

 結局、カルデアとは袂を分かつ結果となってしまった。

 

 落胆しているのは、自分の理想に賛同してくれなかった藤丸立香に対してか、あるいは彼を説得できなかった自分自身に対してか。

 

「しょうがないわ、トーマス」

 

 友人を慰めるように、エレナが声を掛ける。

 

「誰しもが、あなたの理想を理解し、共感できるわけじゃない。王様はいつだって孤独だもの。それは、あなたにも判っているでしょう?」

「ああ、判っている。判っているとも、エレナ君」

 

 カルデアの協力が得られなかった以上、アメリカ軍の劣勢は続く事になる。

 

 しかし、それでも戦わなくてはならなかった。

 

 アメリカの民の為、自分自身の理想の為に。

 

 

 

 

 

 一方、

 

 ロビンに案内されたカルデア特殊班は、追撃を振り切り、どうにか小高い丘の上まで逃げてくる事に成功していた。

 

「ま、ここまで来れば大丈夫でしょ。どうやら、連中も追ってはこないみたいだし」

 

 弓をしまい、警戒を解くロビン。

 

 と、

 

「うまく行ったみたいだね、グリーン」

 

 木立の影から、少年が顔を出す。

 

 金髪の下に、整った顔立ちを持つ小柄な少年だ。

 

 黒のジャケットに黒のレザーパンツ姿。腰には1丁の拳銃を刺している。

 

 英霊、と言うより、悪戯好きな近所の悪ガキと言った風情である。

 

 その姿に、ロビンは僅かに顔をしかめる。

 

「うまく行ったのは結構ですけどね。オタク、何もしてないじゃないの?」

「しょうがないでしょ。潜入が得意なグリーンがカルデアの人たちの確保。で、僕は、万が一、敵に動きがあった場合の攪乱と脱出支援が役割。まあ、敵は殆ど動きを見せなかったから、僕がする事は何もなかったんだけど」

「へいへい。貧乏くじを引かされるのは、いつもの事ですよ」

 

 肩を竦めて悪びれもしない少年に、ロビンは嘆息するしかない。

 

 しかし、こうした生意気な態度を見せても、少年に悪意のような物を感じる事が出来ないのは、一種のキャラクター性なのかもしれなかった。

 

「それに・・・・・・・・・・・・」

 

 言いながら、

 

 少年は空を仰ぎ見る。

 

「彼女もね」

 

 その視線の先で、

 

 舞い降りてきたのは、1人の少女。

 

 その姿に、一同は息を呑む。

 

 ピンク色の服に、白のミニスカート。

 

 流れる髪は銀色に輝き、白く整った顔立ちは、西洋人形を思わせる。

 

 可愛らしさと美しさを同居させた、形容しがたい美を体現した少女。

 

 何より、

 

 立香達を驚愕させたのは、

 

 その少女が、特殊班にいる、ある少女と容姿が瓜二つだったからに、他ならない。

 

「「イリヤッ!?」」

 

 叫ぶ、衛宮姉弟。

 

 それは、響の姉であり、クロエにとっては姉妹以上の「分身」と言える少女。

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 

 仲間内での愛称は「イリヤ」。

 

 それが、少女の名前だった。

 

 

 

 

 

第4話「獅子の如く」      終わり

 


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