Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第7話「獣の王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜明けを待たず、レジスタンスの拠点は慌ただしく動き出した。

 

 ケルト軍にこの場所が知られてしまった以上、長居はできない。

 

 グズグズしていたら、いずれ討伐隊を差し向けられるのは目に見えている。

 

 サーヴァントは問題ないが、人間の兵士たちはそうは行かない。ケルトの大軍に攻められたら、如何に難攻不落の拠点にこもったとしてもひとたまりも無いだろう。

 

 それ故に、彼らの決断も早かった。

 

「苦労を掛けるな」

「なに、生きていれば、いくらでもやり直せるからな」

 

 すまなそうに語り掛けるジェロニモに、リーダー格の兵士が笑い返す。

 

 彼が兵士たちの統率役となって、脱出の指揮を執る事となった。

 

「それに、むしろ大変なのはジェロニモ達の方だろ」

 

 作戦内容については、彼等にも伝えてある。

 

 確かに、逃げる彼らに対し、ジェロニモたちは、むしろ敵に向かっていく形になる。その道程が過酷な物となる事は間違いなかった。

 

 リーダーと別れた後、ジェロニモは真っ直ぐに、待っている立香達の下へと戻る。

 

 時間がない。

 

 夜が明ければ、ケルトの討伐隊がやってくるだろう。その前に、行動を起こす必要があった。

 

「残念だったな。良い村だったのに」

「仕方ないさ。命には代えられない。それに、拠点はここだけではないからな」

 

 そう言って、寂しそうに肩を竦めるジェロニモ。

 

 確かに命には代えられない。

 

 しかし、故郷を追われる事になる皆の苦労を思えば、決して手放しで安堵も出来なかった。

 

「だからこそ、この作戦を成功させないと」

「ああ、そうだな」

 

 立香に頷きつつ、ジェロニモは一同を見回す。

 

 住民たちの脱出と同時に、サーヴァント達も行動を起こす事になる。

 

 目的は2つ。

 

 1つはラーマの妻、シータを探してナイチンゲールの治療を促進する事。

 

 そしてもう1つは、ケルトの勢力圏に赴き、クー・フーリンと「女王」を暗殺する。

 

 できれば戦力は集中して運用したい所だが、どちらも状況的には一刻を争う。

 

 ラーマはこうしている間にも緩慢に死へと向かっている。

 

 そして、ケルト軍兵士も絶えず増え続けている。

 

 ラーマの治療とケルト兵士の供給停止は、いずれも急務である。残念ながら、どちらを優先する、と言う悠長なことをやっている余裕はない。

 

 故に、カルデア・レジスタンス連合(と言うほど大層な規模でもないが)は、部隊を2つに分ける事となった。

 

 まず、藤丸立香を中心とする本隊は、リーダーである立香の他に、藤丸凛果、マシュ・キリエライト、朔月美遊、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、ナイチンゲール、ラーマ、エリザベート・バートリとなっている。ラーマがいる事からも分かる通り、目的はシータの発見と接触となっている。

 

 もう一方は、ジェロニモをリーダーとした別働隊。編成はジェロニモ、ロビンフッド、ビリー・ザ・キッド、衛宮響、クロエ・フォン・アインツベルン、ネロ・クラウディウス。目的はクー・フーリン、および「女王」の暗殺。その為、潜入や暗殺に向いた面子が揃っている。

 

 暗殺部隊に関しては、とにかく身軽さを重視した形だった。

 

 ところで、

 

 一同、どうしても一つ、確認しなくてはならない事がある。

 

 いや、実のところ、先程から気になって仕方がなかったのだ。

 

 しかし果たして、そこに触れても、本当に大丈夫なのかどうか。

 

 事は、非情にデリケートな対応を要すると判断されたがゆえに、誰もが逸れに触れずにいたのだが。

 

「ん、ラーマ、何でナイチンにおんぶされてるの?」

「聞くなッ 頼むから、聞かないでくれ」

 

 あっさりと核心に触れる響に、ラーマは涙すら浮かべて悲痛な叫びを発した。

 

 そう、

 

 今現在、ラーマはナイチンゲールの背に負われて、ベルトで厳重に固定されているのだ。

 

 まるで赤ん坊が母親の背中におんぶされるように。

 

 小さい子供。それこそ、響辺りがやられるなら問題は無いが、少年とは言え、ある程度の年齢に達した男子が、(実年齢的に)年上とは言え、女性にこれをやられると、恥ずかしい事は言うまでも無いだろう。

 

「余とて、反対したのだ。こんな・・・・・・こんな、情けない姿」

 

 さめざめと泣きたくなるラーマ。

 

 と、

 

「失礼、あまり患者を興奮させないように、響君」

 

 婦長に怒られてしまった。

 

「これは私が急遽、考案した、要救助者運送装置、ボディバックならぬ、『ラーマバック』です」

 

 胸を張って告げるナイチンゲール。

 

 どこか、ドヤ顔をしているように見えるのは、気のせいではあるまい。

 

 確かに、山岳地などで被災し、身動きが取れなくなった要救助者は、レスキュー隊員が背負い、厳重に固定して下山させる事がある。その応用らしかった。

 

「屈辱だ・・・・・・余が、女にこんな形で担がれるなど・・・・・・」

「患者には老若男女関係ありません。あなたは歩けないほどの重症者だと言う事をお忘れなきように」

 

 ラーマの嘆きをばっさりと切り捨てるナイチンゲール。

 

 初めから判っていたが、一切、聞く耳を持たないようだ。

 

 そんな中、別れを惜しむ姿もあった。

 

「ネロは、何でそっちなの?」

「フッ 愚問だな、凛果よ」

 

 ネロは小柄な割に大き目な胸を反らせ、どや顔で言い放つ。

 

「毒殺、闇討ち、何でもござれッ 古今東西、暗殺するにしてもされるにしても、余ほど暗殺に慣れた者など他にはおらぬ」

「何の自慢よ」

 

 げんなりした調子で応じる凛果。

 

 確かにネロは皇帝と言う立場上、暗殺と無縁ではいられなかったし、自身も陰謀を蔓延らせ、数多の人間を死に至らしめ、果ては自分の母すら斬り捨てている。

 

 適役と言われればその通りかもしれない。

 

 冗談にしても本気にしても笑えないが。

 

「響とクロはそっち?」

「まあ、仕方なくね」

「ん、適材適所」

 

 カルデア特殊班から暗殺部隊に加わった響とクロエ。

 

 この配置にも考えがあってのことである。

 

 当初、暗殺部隊はジェロニモ、ビリー、ロビンの3人のみの予定であったが、それでは戦力的に不足は否めない。そこで、響とクロエに白羽の矢が立ったのである。

 

 敵陣深く潜入する事を考えれば、マスターである立香や凛果を伴う事はできない。それは現段階では、あまりにも危険すぎる。

 

 だが響はアサシン、クロエはアーチャー。ともに単独行動のスキルを持っており、マスターからの魔力供給無しでも数日、節約すれば数週間程度は行動可能となっている。

 

 この特性を活かし、響とクロエを分派する事にしたのだ。

 

「でも・・・・・・」

 

 そんな2人を見ながら、美遊は不安そうに告げる。

 

 不安。

 

 そう。

 

 不安と言う感情を抱いている事に、美遊は自分でも意外な想いだった。

 

 考えてみれば、カルデアに来て以来、響と別行動をとるのは、これが初めてである。

 

 自分でも意外に思うほどに、衛宮響と言う少年の存在が大きくなっていた事を実感していた。

 

「大丈夫」

 

 そんな美遊に、クロエがそっと話しかけた。

 

「クロ?」

「良い機会だし、あいつの事、少し探ってみるわ」

 

 言いながら、横目で響を見やるクロエ。

 

 その響はと言えば、視線に気付かないのかフォウと戯れていた。

 

「大丈夫?」

「あいつ、嘘つくのは下手なくせに、妙にガードだけは硬いからね。探りがいがあるってもんよ」

 

 そう言って、フフフと笑うクロエ。

 

 何やら、妙なスイッチが入ってしまっている感がある。

 

 一抹の不安を感じないでもないが、美遊としてはクロエに期待するしかなかった。

 

 一方、

 

 別の場所でも、別れを惜しんでいる者達がいた。

 

「あんたとも、ここでお別れって事ね、ネロ」

「うむ。お互いにベストを尽くそうではないか」

 

 ネロとエリザベート。

 

 共に(ひじょうに傍迷惑な)アイドルユニットを組む2人も、ここで別行動となる。

 

「まあ、あんたのことだから大丈夫だとは思うけど、気を付けなさいよ。相手、強敵みたいだし」

「無論だ。余とて油断する気は無い。何しろ、実現したい夢があるからな」

「夢?」

 

 首を傾げるエリザベートに、ネロは満面の笑顔を浮かべて告げる。

 

「ウムッ 余は、このアメリカの地に、新たなる『ハリウッド』を作るのだッ 余を主役とした余の為の舞台。それはハリウッド以外に考えられぬッ!!」

「な、何ですってッ!?」

 

 驚愕するエリザベート。

 

 その一方で、一同がドン引きしたのは言うまでもない事だった。

 

 対して、

 

「奇遇ね、あたしにも夢があるわ」

「ほうッ 余にも聞かせてみるが良い」

 

 興味につられて尋ねるネロ。

 

 対して、エリザベートも自信満々に言い放った。

 

「あたしの夢は、ブロードウェイを作る事よッ アイドルとしてトップに君臨するには、ブロードウェイこそが相応しいじゃないッ!!」

「な、何とッ!?」

 

 驚愕するネロ。

 

 その一方で、一同が(以下略)

 

「実に良き夢だッ 実現した暁にはエリザよッ」

「ええ、判っているわ。どちらがトップスターに相応しいか勝負よ、ネロ」

「うむ。幸い、審査員はたくさんいる事だしな」

 

 そう言って、互いの夢をたたえ、笑い合う少女たち。

 

 実に微笑ましい光景である。

 

 事は間違いないのだが・・・・・・・・・・・・

 

「ん、審査?」

「はいはいはい、何も聞こえないッ 何も聞いてないッ 以上、全員行動開始~!!」

 

 凛果が手を叩きながら、強引に話をまとめ上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が経てば、いずれその場所は、世界の中心となっていたであろう。

 

 しかし、歴史に強制的な修正が加えられ、今やケルト兵士達が跋扈する、魔窟と化していた。

 

 ケルト人はある意味で純粋であるとも言える。

 

 彼らは戦う時は戦い、そして故郷へと戻れば、一時の安らぎを求める。

 

 ここ北米でも、その様子に変わりは無かった。

 

 ここは、本来の歴史で、後に「ワシントンDC」と呼ばれる事になる都市。

 

 今はケルト軍によって占領され、彼等の首都と化していた。

 

 既にアメリカ独立軍は、総司令官であるジョージ・ワシントンをはじめ、主だった幹部全員が処刑され、壊滅状態にある。

 

 残されたわずかな勢力は西部に逃れ、エジソンの指揮下に収まっている。

 

 とは言え、僅かな残党が寄り集まったところで、獰猛なケルト兵を押し留める事など不可能なのだが。

 

 何より、ケルト側には聖杯がある。

 

 これがある限り、ケルト兵は文字通り無限に生まれてくるのだ。

 

 事実上、アメリカ軍に勝ち目など無かった。

 

 

 

 

 

 膝を突く、青年。

 

 流れるような金髪の下に、端正な顔立ちを持つ戦士。

 

 フィン・マックールは、彼等の王に対し深々と首を垂れる。

 

 先の戦いにおいて先方を任されたフィンだったが、アメリカ軍の前線突破を果たせず、敗退の憂き目を見る羽目になった。

 

 百戦百勝とは行かないが、サーヴァント2騎を投入して敗北したのは初めての事。

 

 フィンは、己の命は無い物と覚悟して、王の御前へと進み出ていた。

 

 そのフィンが首を垂れる先。

 

 玉座に腰かけた王は、冷たい眼差しを有能なる将へと向ける。

 

 クー・フーリン。

 

 ケルトは赤枝騎士団最強の戦士にして「光の御子」の名で呼ばれる大英雄。

 

 しかし今、クー・フーリンの姿に、伝説に語られるような凛然たる様相は無い。

 

 そこにあるのは、血に飢えた魔獣が、ただ己の牙を研ぎ澄ましている様があるのみだった。

 

 だが、

 

「へー、それで逃げ帰って来たの。情けないわね」

 

 クー・フーリンよりも先に口を開いたのは、彼に傅くようにして佇んだ女性だった。

 

 流れるような長い髪と白磁のような肌。

 

 少女のような初々しさと、熟女のような色香を併せ持つ女。

 

 ただそこにあるだけで、全ての存在を魅了してやまない魔性。

 

 まるで、彼女自身が、あらゆる雄を引きつけ加え込む妖花であるかのようだ。

 

 女王メイヴ。

 

 アルスター伝説に登場するコノート国の女王にして、ケルト神話最大とも言われる悪女。

 

 あらゆる勇者、戦士と褥を共にし、あらゆる男を虜にしたとされる魔性の女。

 

 ただ1人、戦士クー・フーリンのみが、彼女の誘惑をはねのけた結果、大英雄は、この悪女が仕掛けた陰謀によって抹殺される事となった。

 

 そのメイヴが、クー・フーリンの傍らにて寄り添っている。

 

 まるで皇帝に取り入り、全てを喰らいつくす傾国の美姫の如く。

 

「ねえ、クーちゃん、こいつらどうしようか?」

「・・・・・・ん? ああ、別にどうでも良い」

 

 まるで話を聞いていなかったかのように、クー・フーリンは気だるげに答えた。

 

「ガキじゃねえんだ。失敗は2度までは許す。まだ1度目だ、次までは好きに動けばいい。だが3度目はねえ。余計な手間を掛けさせるなよ」

「ハッ 了解しました。寛大なご処置を賜り、感謝いたします」

 

 恭しく告げると、フィンはディルムッドを伴って謁見の間を後にする。

 

 残ったメイヴは、少し不服そうにクー・フーリンを見た。

 

「あまーい。甘すぎよクーちゃん。ああいうのはね、厳しく躾けないといけないの。もっとアニマルにならないと、アニマルに」

「たわけた事を。獣の流儀なら死ぬまで自由だろうが。生憎、こちとら王様だ」

 

 言い募るメイヴの言葉を、クー・フーリンは鼻で笑い飛ばした。

 

「1度目の油断は許す。2度目の惜敗は讃える。3度目の敗北は弱者に甘んじる覚悟だ。それは要らん」

 

 それはクー・フーリンの戦士としての矜持。

 

 戦いは相手がある以上、百戦百勝とはなかなかいかない。

 

 だが、敗北の度に将の首を切っていたのでは軍はやせ細り、やがてその報いは己自らが支払わねばならない時が来る。

 

 故にこそ、クー・フーリンが配下の者たちに求める物は、1度の敗北を、1度の勝利で購う事。ただそれだけだった。

 

 その時、謁見の間に新たな侵入者の足音が響き渡る。

 

 顔を上げれば、最近になってケルト軍に加わった気鋭の将が、顔を上げて赤じゅうたんの上を歩いて来るのが見えた。

 

「お前か」

「はい。ただ今、戻りました。王よ」

 

 軍服を着た少年。

 

 アヴェンジャーは、クー・フーリンとメイヴの前に進み出ると、恭しく膝を突いた。

 

「北部戦線の平定、完了いたしました。ついでに、はぐれサーヴァントも2騎程、討ち取ってございます」

「ほう」

 

 報告を聞き、クー・フーリンは感心したように喉を鳴らした。

 

 この少年が自らの仲間だと言う2騎のサーヴァントを従えて、クー・フーリンの前に訪れたのは、今から1か月ほど前の事。

 

 当時、北部戦線はアメリカ軍の精鋭部隊が要塞線を築き、強固な守りを固めていた。それ故、ケルト軍も攻めあぐねていたのだ。

 

 クー・フーリンは配下のサーヴァントを1騎か2騎、北部戦線への増援へ回す事も考えていたが、そこへ現れたのが、アヴェンジャー達だった、と言う訳である。

 

 有用だったなら儲け物。と言う程度で一軍を任せ、すぐに北部戦線へと送り出した。

 

 アヴェンジャー達が使えるなら良し。そうでなくても、クー・フーリンにとって損にはならない。兵士は聖杯を確保している以上、いくらでも補充できるのだから。

 

 だが、予想に反して、アヴェンジャーはあっさりと北部戦線を平定したと言う。

 

 しかも、兵力の移動時間を考えれば、制圧に要した時間は半月を出るか出ないか、と言ったところである。

 

「有能だな」

「いえ、師が良かっただけのことでございます」

 

 鼻を鳴らすクー・フーリン。

 

 つまらない、とでも思ったのか、あるいはどうでも良いと思ったのか。

 

 いずれにせよ、彼にとって重要なのは、使える配下のサーヴァントが増えた。

 

 ただ、それだけのことだった。

 

「まあ良い。これからも励め」

「ハッ」

 

 もう一度、首を垂れると、アヴェンジャーは踵を返して、謁見の間を後にした。

 

 

 

 

 

 少年が謁見の間を出ると、仲間のサーヴァント2人が、待ちわびたように顔を上げて来た。

 

 仮面で顔の上半分を覆い、華美なドレスに身を包んだ女と、御子装束に身を包んだ女。

 

 キャスター「八百比丘尼」と、未だ名を明かさぬ仮面のアサシン。

 

 2人はリーダー格であるアヴェンジャーの姿を見ると、こちらに視線を向けて来た。

 

「どうだった?」

「ええ。間違いないようです。どうやら、カルデアは既に、この北米に来ているようです」

 

 アヴェンジャーの言葉を聞いて、アサシンは仮面から見えている口を釣り上げ、舌なめずりをした。

 

「そう。なら、あの娘も来ている訳ね」

 

 脳裏に浮かぶのは、白百合の衣装に身を纏った少女。

 

 まだ穢れは愚か、恋すら知らぬであろう、真っ新な白いキャンバス。

 

 その白き無垢な心を染め上げる事が出来れば、最高の快楽を得られることは間違いない。

 

 まずは赤く、次いで黒く。

 

 染め上げるごとに変わるであろう、少女の姿を想像するだけで興奮の度合いが跳ね上がるようだった。

 

「・・・・・・また来たんだ。はあ、面倒くさい」

 

 一方でダウナーな声を発した八百比丘尼。

 

 アサシンと比べると、随分とオンオフの差が激しい。

 

 もっとも、八百比丘尼にとってはこれが素の状態であるのだからオンもオフも関係無いのかもしれないが。

 

「あなた、たまには、やる気と言う物を出したらいかが?」

「仕事はするわ」

 

 呆れ気味のアサシンの言葉も、どこ吹く風。

 

 八百比丘尼は大きな欠伸をしながら去って行く。

 

 その後ろ姿を、アサシンは嘆息交じりに見送る。

 

「ねえ、あれ、何とかなんない訳? 見てて滅入るんですけど?」

「なりませんね。あれは、どうにも」

 

 アヴェンジャーもまた、嘆息で応じる。

 

 八百比丘尼のあの気だるげな性格は、彼女が歩んで来た、気が遠くなるほどの長い年月によって醸成されたもの。英霊とは言え、彼女の人生の10分の1も生きていない人間の言葉など、届くはずも無かった。

 

 とは言え、あれで戦闘の時は全力を発揮してくれるので、何の問題も無かった。

 

 ほくそ笑むアヴェンジャー。

 

 この北米にやってきて、聖杯を持つサーヴァントを支援し、人理焼却を推進する。

 

 それが少年たちの任務だった。

 

 その聖杯を手に入れていたのはメイヴだった。

 

 もっとも、メイヴが聖杯を使い、クー・フーリンをあのような姿に変えていたのは予想外だった。

 

 生涯を戦士として貫いたクー・フーリンが、王としての冷徹さに目覚めた時、人々を震撼させる魔王が出現する事になる。

 

 それが、あの凶獣と化した大英雄だった。

 

 だが、状況は良い意味で予想外だったと言える。

 

 このまま行けば、クー・フーリンとメイヴが北米を喰い尽くしてくれる事になる。

 

 それこそが、彼等の、そして真の主君たる魔術王ソロモンの意向に沿うものだった。

 

 カルデアの存在だけが不確定要素となっている。

 

 しかし、これまでの間、さんざん自分たちを妨害してくれた邪魔者、「抑止の守護者」衛宮士郎はロンドンで葬った。

 

 ならば、後は寄せ集めの烏合の衆のみ。

 

 あとはクー・フーリン以下、ケルト軍の力をもってすれば、カルデア如きを押しつぶす事は訳なかった。

 

「・・・・・・・・・・・・全ては、あのお方の為に」

 

 微かな呟き。

 

 だが、その声は、傍らのアサシンにすら、聞き取る事はできなかった。

 

 

 

 

 

第7話「獣の王」      終わり

 


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