Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第1章 邪竜百年戦争「オルレアン」
第1話「恩讐の焔」


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西暦1431年 フランス某所

 

 かがり火がたかれた地下室に、炎が映し出す影が揺らぐ。

 

 闇の中から浮かび上がるのは、人の怨念か? あるいは憎悪の発露か?

 

 中央に描かれた魔法陣の中で、少女は一心に祈りを捧げていた。

 

 美しい少女だ。

 

 銀の髪に白い整った顔立ち。咲き誇る可憐な花のような印象のある少女。

 

 しかし、

 

 漆黒の鎧に身を包んだ少女は、神聖な雰囲気を出しながらも、どこか名状しがたい、煉獄の炎にも似た感情がにじみ出ていた。

 

 例えるなら、精巧な器の中を、ドロドロの汚泥を満たしたかのような、そんな雰囲気。

 

 胸の内にある滾った物を、少女は吐き出す時を待ちわびているかのようだった。

 

「・・・・・・・・・・・・告げる」

 

 少女の口から、低い声がささやかれる。

 

「汝の身は我が下へ、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意この理に従うならば、答えよ」

 

 暗い地下室の中で、少女の声だけが響き続ける。

 

「誓いをここに。我は常世総ての悪を敷くもの。されど汝は、その眼を混沌に曇らせ侍るべ。汝、狂乱の檻に囚われし者。我は、その鎖を手繰る者・・・・・・・・・・・・」

 

 詠唱を続けるうちに、

 

 少女の足元にある魔法陣が輝きを増していく。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天・・・・・・・・・・・・」

 

 光はやがて増大する。

 

 少女の姿すら、もはや視認する事も出来なかった。

 

「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 言い放った瞬間、

 

 輝きは地下室全てを包み込む。

 

「おお・・・・・・・・・・・・」

 

 傍らに控えていたローブ姿の男が感嘆の声を上げる中、

 

 輝きは徐々に収束していく。

 

 やがて、光が完全に消え去った時、

 

 部屋の様子は一変していた。

 

 つい先刻まで、確かに部屋の中には少女と男しかいなかった。

 

 だが今、

 

 花のように可憐な出で立ちの剣士

 

 幽鬼のような顔立ちに、漆黒の衣服に身を包んだ壮年の男性

 

 獣のような耳と尻尾を持つ狩人

 

 顔には仮面を付けた素顔を伺い知る事の出来ない女性

 

 どこか清廉な雰囲気を持つ女性

 

 それらの人物が忽然と現れ、少女の前に膝を突いていた。

 

 その様子を見て、少女は満足げに頷きを返す。

 

「良く来ました。我が同胞(サーヴァント)達。私が、あなた達のマスターです」

 

 少女の言葉に対し、サーヴァント達は黙したまま頭を垂れて聞き入っている。

 

「召喚された理由は判りますね? 破壊と殺戮、それが私から下す尊命(オーダー)です」

 

 花のように可憐な声で、少女は殺戮の宣言を行う。

 

「春を騒ぐ街があるなら思うままに破壊なさい。春を謳う村があるなら思うまま蹂躙なさい。どれほど邪悪であれ、どれほど残酷であれ、神は全てをお許しくださるでしょう。罰を与えになるならば、それはそれで構いません。それは、神の実在と、その愛を証明する手段に他ならないのですから」

 

 そう、

 

 この世に神がいるならば、今すぐ自分を罰してみるがいい。

 

 かつて、自分をそうしたように。

 

 少女の態度には、不遜とも取れる自信に満ち溢れていた。

 

 例え神であろうと、自分の歩みを止める事は出来ないという。

 

 言い終えてから少女は、傍らに控えていた男に向き直った。

 

「それではジル。『彼』を連れて来て頂戴」

「はい。畏まりました」

 

 命じられて、ジルと呼ばれた男は恭しく頭を下げる。

 

 見れば、その男の出で立ちも異様だった。

 

 ぼさぼさに伸ばした髪に、やせこけた顔立ち。目だけは異様に大きく見開かれている。

 

 悪魔めいた容貌の男は、命じられるままに立ち上がる。

 

 そこでふと、何かを思い出したように、少女は男を呼び止めた。

 

「ところでジル、手は出してないでしょうね?」

「もちろんですとも」

 

 言われるまでもない、と言った感じに頷きを返す、ジルと呼ばれた男。

 

 そんな少女に対し、今度はジルの方から声を掛けた。

 

「それで、『処遇』の方は、よろしいですね?」

 

 尋ねた男に対し、

 

 少女は不機嫌そうに視線を細める。

 

 と、

 

「ハッ バッカじゃないの、ジル。いつまでも愚かだと殺すわよ」

 

 少女はそれまでの清楚な雰囲気を自らぶち壊すように、乱暴な口調で言い放った。

 

「ジル。あなたはその日の食事の際、フォークをどう使うかで悩んだりする訳? それと同じことよ。彼をどうするか、なんて考えるまでもない些事ですので」

「・・・・・・畏まりました」

 

 聞かれるまでもない事だ。

 

 少女の言葉を受け、男は今度こそ部屋を出て行く。

 

 暫くして戻ってきたジル。

 

 その手は、縛られた男を引き立てていた。

 

 頭からズタ袋をかぶせられ、両腕を後ろ手に縛られた男は、何事かを喚いているが聞き取る事が出来ない。

 

 着ている服を見るに、かなり裕福な人物。それも権力を持った高位の人物である事が伺える。

 

「外しておあげなさい」

「はい」

 

 少女に促され、ジルは男の頭を覆うズタ袋を外す。

 

 と同時に、視界と呼吸が回復した男の喚き声は、一際大きくなった。

 

「き、貴様らッ この私を誰だと思っている!? 私にこのような狼藉を働いて、タダで済むとでも思っているのか!?」

 

 居丈高に言い放つ男。

 

 壮年の域に入っている男は、たるみ切った頬を怒りに振るわせて叫ぶ。

 

 やはり、くらいの高い人物なのであろう事は、その態度を見ればわかる。

 

 恐らく今までは、彼が声を荒げれば、あらゆる人物が慌てて首を垂れて許しを乞うた事だろう

 

 当然、目の前の者達もそうなるだろうと思っていた。

 

 だが、

 

 少女も、ジルも、

 

 そして、その他のサーヴァント達も、誰1人としてひれ伏す事は無かった。

 

「き、貴様らァッ!!」

 

 侮辱されたと感じた男は、顔面を真っ赤に染めて怒りに震える。

 

 と、

 

 そこで少女が、喚き散らす男の前に進み出た。

 

 その様子に反応したように、男が振り返る。

 

「答えろッ 答えないか、そこの・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかける男。

 

 だが、

 

 その視線が少女の姿を見た瞬間、

 

「ヒ、ヒィィィィィィィィィィィィ!?」

 

 思わず、その場で腰を抜かして座り込んでしまった。

 

 少女の存在は、男にとっては文字通り、悪魔の顕現に他ならなかった。

 

 なぜなら、少女は「絶対に」この場に、

 

 否、

 

 「この世にいてはいけない存在」だからだ。

 

 僅か、3日前の話だ。

 

 異端審問官として神に仕えている男は、目の前にいる少女を「異端者」として処刑した。

 

 否定し、蹂躙し、嘲弄し、罵倒し、侮辱し、凌辱し、そして最後には火炙りにして灰になるまで燃やし尽くしたはず。

 

 少女の姿が炎に焼かれて灰になり、ボロボロに崩れ落ちるのを男は見ている。

 

 だから、少女がこの場にいるはずが無いのだ。絶対に。

 

 いるとすれば、地獄から這い戻った悪魔だけである。

 

 そんな恐怖に駆られる男を、少女は薄笑いを浮かべて見つめる。

 

「ああピエール!! ピエール・コーション司教!! お会いしとうございました!! 貴方の顔を忘れた日は、一日たりともございません!!」

 

 本当にうれしそうに告げる少女。

 

 だが、

 

 その根底から湧き出る地獄のような炎にも似た感情は隠しようが無かった。

 

「馬鹿な!! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! あり得ない!! お、お、お、お前は・・・・・・お前が何で、ここにいるゥゥゥ!? 」

 

 恐怖の為に、今にも意識が途切れそうなピエール。

 

 だが、その意識は辛うじて保ち続けている。

 

 もっとも、

 

 この後の展開を考えれば、いっそ気を失ってしまった方が彼には幸せだったかもしれないが。

 

「三日前、確かに死んだはずだ!! じ・・・・・・・・・・・・」

 

 言いかけて、言葉を止めるピエール。

 

 それ以上言えば、己の命が危うくなることを本能的に察したのだ。

 

 もっとも、それはまったくもって無意味でしかなかったのだが。

 

 なぜなら、直後に少女の方が口を開いたからだ。

 

「『地獄に落ちたはずだ』ですか? 確かに、そうかもしれませんね、司教」

 

 確かに、少女はあの時、炎に焼かれて死んだ。

 

 人々から否定され、自分の持つ全てを奪われて地獄へと落とされた。

 

 だが、少女は死にきれなかった。

 

 そして地獄から舞い戻ったからこそ、今ここにいるのだ。

 

 そんな男に対し、少女は笑いかける。

 

「さあ、どうします司教? あなたが異端だと断じて処刑した女が目の前にいるのですよ? 十字架を握り、神に祈りを捧げなくてもよいのですか? 私を罵り、嘲り、踏みつけ、蹂躙しなくてもよいのですか? 邪悪がここにいるぞ、と。勇敢な獅子のように吠えなくても良いのですか?」

 

 挑発するように、少女は告げる。

 

 それはわずか数日前、ピエールが少女に対して行った行為。

 

 分厚い権力と、多くの兵士と、神の加護と言う鉄壁に守られた内側で彼は、捕らえられ、蹂躙され、無力となり、それでも神を信じて己の清廉さを損なわない少女を断罪したのだ。

 

 たった1人で戦い続けた少女を、よってたかって貪りつくしたのだ。

 

 何も難しい事は無い。それと同じことをするだけである。

 

 もっとも、今この場では、彼を守る権威は一切無いのだが。

 

 だが、そんな事は関係ないだろう。ピエールが真に神に仕える聖職者であるならば、同じことができる筈なのだ。

 

 あの時と同じように堂々と、声高らかに、弁舌でもって少女を貶め、断罪する事ができる筈。

 

 何しろ彼に言わせれば、少女こそが異端の魔女なのだから。

 

 そして異端者を裁く事こそが、彼が神から与えられた使命なのだから。

 

「た・・・・・・・・・・・・」

 

 だが、

 

「たす、けて。助けてくださいッ!! 何でもします!! だから助けてくださいッ!! 助けてくださいッ!!」

 

 ピエールがしたのは神への祈りでも、少女の断罪でもなく、

 

 無様に床にはいつくばって、命乞いをする事のみだった。

 

 それも、ほんの数日前、自らの手で処刑した相手に対して。

 

「何でもしますッ!! 助けてくださいッ!! お願いしますッ!!」

 

 そこには聖職者として、

 

 否、

 

 人としてのプライドすらない。

 

 ただただ、醜い生への執着。

 

 己が少女をはじめ、多くの人々に対してしてきた事を忘れ、自分だけが助かりたいという浅ましい精神が見て取れる。

 

 この姿を見るだけで、彼の神への信仰が、いかに上辺だけの物に過ぎないかが見て取れる。

 

 そんなピエールの姿を見て、少女はさも可笑しそうに高笑いを上げた。

 

「ねえ、聞いたジル? 『助けて下さい、助けてください』ですって。私を縛り、嗤い、焼いた、この司教が!! 私を取るに足らない、虫けらのように殺されるのだと、慈愛に満ちた眼差しで語った司教様が命乞いをしているわ!!」

 

 ひとしきり笑う少女。

 

 その間にもピエールは、必死になって命乞いを続けている。

 

 ほんの僅か、少女が気を変えれば、その瞬間、ピエールの命は奪われる事だろう。

 

 だからこそ、必死になって命乞いを続けた。

 

 ややあって、笑いを止めた少女は冷ややかな目でピエールを見据えた。

 

「ああ、悲しみで泣いてしまいそう。だって、それでは何も救われない。そんな紙のような信仰では天の主に届かない。そんな羽のような信念では大地に芽吹かない。神に縋る事を忘れ、魔女に貶めたわたしに命乞いするなど、信徒の風上にも置けません」

 

 言いながら、少女はピエールに対して手を翳す。

 

「判りますか司教? 貴方は今、自分で自分を異端であると認めたのですよ」

 

 それは滑稽以外の何物でもなかった。

 

 異端審問官が、自ら異端であると告白するなどと。

 

 少女からすれば、溜飲が下がる想いである。

 

「ほら、思い出して司教。異端者はどのように処されるのでしたっけ?」

 

 言いながら、

 

 少女の手には炎が躍る。

 

 黒い、地獄の業火のような炎。

 

 其れは即ち、神を信じながら、異端として処刑された少女の、復讐の炎に他ならなかった。

 

「イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ、助けてくださいッ 助けてくださいッ 助けてくださいッ 助けてくださいッ!!」

 

 もはや狂ったオルゴールのように、それだけを繰り返すしかなくなったピエール。

 

 だが、

 

「残念」

 

 少女は笑いながら告げる。

 

 本当に、

 

 心の底から楽しそうに、

 

「救いは品切れです。この時代には免罪符もまだありませんし」

 

 無慈悲な断罪は告げられる。

 

 かつて、彼がそうしたように。

 

「さあ、足元から行きましょうか。私が聖なる炎に焼かれたなら、お前は地獄の炎に、その身を焼かれるがいい!!」

 

 放たれる炎。

 

 それは一瞬にして、ピエールの体を覆いつくす。

 

 文字通りの地獄の業火が、彼の体を焼き尽くしていく。

 

 そうなりながらも、ピエールは叫び続ける。

 

「助けてくださいッ 助けてください!!」

 

 自らの命乞いを。

 

「イヤだァァァァァァ 死にたくないィィィィィィ 誰か、誰か、助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 だが、彼の祈りの言葉は、ついに天へは届かなかった。

 

 そして、

 

 やがて訪れる、永遠の脱落。

 

 その瞬間、

 

 ピエールは最後に叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジャンヌ・ダルクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰も残さずに焼き尽くされたピエール司教を、何の感慨も無くジャンヌ・ダルクは見下ろしている。

 

 この男は、僅か3日前に彼女を炎で嬲り殺しにした。

 

 神の御名と言う大層な大義名分のもと、火あぶりの刑に処したのだ。

 

 そのピエール自身が、蘇ったジャンヌ・ダルクに火あぶりにされたのだ。これほどの意趣返しは他にあるまい。

 

「ハッ 本当に、最後までくだらない男だったわね。こんな奴が司教だというのだから、神なんて言う存在も、大した事が無いのでしょう」

 

 もはや、死者への侮蔑を隠す事も無く、ジャンヌは言い放つ。

 

 その視線は、居並ぶサーヴァント達へと向けられる。

 

 これから宴が始まる。

 

 楽しい楽しい、殺戮の宴だ。

 

「喜びなさい猟犬(サーヴァント)達。残った聖職者たちの処分は、あなた達に任せます」

 

 まるで飼っている犬に肉を与えるように、

 

 ジャンヌは気安い気持ちで言い放つ。

 

「魂を食らいなさい。肉を食いちぎりなさい。湯水のように血を啜りなさい。聖女も英雄も、老若男女の分け隔てなく、悉くを殺しつくしなさい。その為に、あなた達全員に狂戦士(バーサーカー)としての特性を付与しました」

 

 やがて、この地に広がるであろう地獄の光景。

 

 その有様を想像するだけで、少女の心が湧きたつようだ。

 

 もうすぐだ。

 

 もうすぐ、全ての終わりが始まる。

 

 その為の準備は、すでに整っているのだ。

 

「私の願いはただ一つ。このフランスが成した過ちを一掃する事。主の御名を証明できなかった人類に価値はありません。全てを蹂躙し、灰燼と帰すのです」

 

 言い放つと同時に振り上げられる旗。

 

 そこには、白地に漆黒の竜を象った紋章が刺繍されている。

 

「さあ、始めましょう」

 

 少女は高らかに言い放つ。

 

「わたし達の真の戦い。邪竜百年戦争を」

 

 

 

 

 

第1話「恩讐の焔」      終わり

 


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