Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第3話「黒焔の聖女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その不気味な出で立ちは、全ての村人たちを不安にさせていた。

 

 男が村の片隅で座り込むようになったのは、つい数日前の事。

 

 頭からすっぽりローブを羽織り、手には鞘に収まった長剣を携えている。体格から見て男と思われた。

 

 恐らく、イングランドとの戦争に参加した兵士なのだろう。

 

 フランス兵か、あるいはイングランド兵か、それは不明だが。

 

 いずれにしても、このご時世、特に珍しい光景ではない。

 

 今は戦争中。それも、数々の異常事態が起こり、人心は荒廃の一途を辿っている。

 

 そんな中、戦に敗れた落ち武者が流れ着くのはよくある事だった。

 

 とは言え、事態は言うほど楽観視できない。

 

 流れ着いた落ち武者は大抵は、住民総出で追い立てて、村の外へと放り出すのが決まりである。

 

 戦争中で、どこもかしこも物資不足で苦しんでいる。そんな中で、よそ者にまで食わせる余裕は、どこの村にもない。

 

 落ち武者は、行く当てもなくどこに行ってもつまはじきにされ、ついには飢えて野垂れ死ぬか、己の腹を満たすために強盗や山賊になるが関の山である。

 

 前者なら良い。このご時世、行き倒れなど珍しくもないし、死体が野に転がっていたところで誰も気にしたりしない。せいぜい、気を利かせた人間が埋葬してやる程度である。

 

 問題は後者の可能性である。

 

 夜盗になって近隣住民に被害が出てからでは遅い。

 

 そうなる前に追い出すか、最悪の場合、殺して埋めてしまう事もある。

 

 当然、村に居付いたその人物も、そうなるはずだった。

 

 だが、

 

 男を追い出そうと、武器を手に近づいた村の住民達。

 

 しかし、男がひと睨みした瞬間、皆が震えあがり、逃げ散ってしまったのだ。

 

 ローブの下から放たれた鋭い眼光。

 

 まるで獣じみた双眸。

 

 尋常な殺気ではない。

 

 手を出せば、自分たちの身が危うい。

 

 以来、村の住民たちは、男に手出しすることなく、遠巻きに眺めている事しかできなかった。

 

 幸いにして、男は暴れだす事も犯罪に走る事も無く、日がな一日、村の隅で座っているのみだった事もあり、住民たちは得体の知れない恐怖と緊張を強いられながらも、平和な日常を過ごしていた。

 

 だが、

 

 そんな日々も、唐突に終わりを告げた。

 

 ある日の早朝の事だった。

 

 朝に狩りに出かけた男が、昼を前にして、息を切らせて戻って来たのだ。

 

 村に入るなり、男は広場に倒れながら、心配顔で駆け寄って来た村の仲間達に告げた。

 

 竜の魔女が出た、と。

 

 その言葉に、村人全員が慄いた。

 

 竜の魔女。

 

 其れは今、フランス全土で恐怖の対象となっている存在。

 

 突如として現れた魔女は、人非ざる軍勢を従え、フランスと言う国全てを蹂躙しているという。

 

 既にいくつもの町や村を焼き尽くし、軍隊を全滅させられているとか。

 

 そして、

 

 つい先日、恐るべきニュースがフランス中を震撼させた。

 

 オルレアンに侵攻した竜の魔女が王を守る近衛軍を撃破。国王シャルル7世までもが殺されてしまったという。

 

 もはや、フランスは終わりだった。

 

 ようやく、長きにわたる戦争にも終わりが見えてきたというのに。

 

 たった1人の魔女の登場が、全てを狂わせようとしていた。

 

 その魔女がついに、この村のすぐそばまで来たという。

 

 パニックに陥る村人たち。

 

 誰もが悲鳴を上げ、逃げる準備を始める。

 

 ともかく遠くへ!!

 

 できるだけ、見つかりにくい場所へ!!

 

 右往左往する村人たち。

 

 そんな中、

 

 村はずれで座り込んでいた男が、剣を手にゆっくりと立ち上がった。

 

「・・・・・・・・・・・・ついに、来たか」

 

 低い声で呟く。

 

 その視界の先では、立ち上る火柱。

 

 そして、その上空を乱舞する、人外の魔物たちの姿が見えた。

 

 歓喜する。

 

 同時に、ゆっくりと剣を抜き放った。

 

 自分は、この時を待っていたのだ。

 

 今こそ、この場にいる意味を示す時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光のトンネルを抜けると、そこは広大な草原だった。

 

 見渡せば緑の絨毯が彼方まで広がる。視界の先にはなだらかな丘陵があり、何かの動物がのどかに歩いているのが見えた。

 

 吹き抜けていく風に心地よさを感じる。

 

「ここが、フランス?」

 

 目を開けた凛果が、そんな風に呟く。

 

 その声が、一同を覚醒させる。

 

 立香、マシュ、美遊、響。

 

 カルデア特殊班全員が顔を見合わせる。

 

 響と美遊、そしてマシュは、既にカルデアで着ていた制服姿ではない。

 

 響は漆黒の着物に短パンを穿き、首には白いマフラーを巻いている。

 

 美遊はノースリーブの白いワンピースの上から、銀色の甲冑を着込んでいる。

 

 マシュは漆黒のレオタード風インナーの上から軽装の甲冑を着込み、手には大盾を構えている。

 

 それぞれ英霊としての戦装束に着替えを終えていた。

 

「間違いありません。1431年のフランス東部地方。レイシフト、成功です」

 

 マシュの言葉に、一同は改めて周囲を見回す。

 

 前回の時とは違い、正式なレイシフトは今回が初めてとなる。

 

 カルデアの管制室からコフィンと呼ばれる装置の中に入り、目が覚めたらこの場所に立っていたのだ。

 

 と、

 

「フォウッ ファウッ フォウッ!!」

「フォウさん。今回も着いて来てしまったのですか?」

 

 自分の肩に駆けあがるフォウを見て、驚いたように声を上げるマシュ。

 

 前回の時もそうだったが、フォウはいつの間にかレイシフトに同行してきている。恐らく今回は、誰かのコフィンの中に紛れ込んでいたのではないだろうか?

 

 いずれにしても、見た目も行動も不思議な生物である。

 

 そこで、立香の腕に嵌められた通信機が着信を告げる。

 

 前回のレイシフトで、だいぶ慣れてきた立香は、今度は戸惑う事無くスイッチを入れた。

 

 だが、通信機の向こうに出たのは、予想に反してロマニではなく、ダヴィンチだった。

 

《やあ。立香君、調子はどうだい? 勿論、こちらでもモニタリングはしているが、念のため、実際の状況も聞いておきたくてね》

「ああ、ダヴィンチちゃん。特に問題は無い。全員、レイシフトに成功したよ」

 

 そう告げる立香に、全員が頷きを返す。

 

《それは上々。まずはめでたい。因みに現在、君達がいる場所はフランス東部。ドンレミと言う村がある場所の近くだ。そこより西へ少し行けば、フランス軍が駐留する小さな砦がある。そこへ目指すのが良いだろうね。まずは地道な情報収集から行こう》

「はい、ダヴィンチちゃん、質問」

 

 通信機越しにわざわざ手を上げたのは凛果だった。

 

 何やら、先生と生徒と言った風情である。

 

 ダヴィンチの方でも、ノリを理解しているのだろう。気さくに応じてくる。

 

《何かな、凛果ちゃん?》

「わたしも兄貴も、フランス語喋れないけど、行っても大丈夫なの?」

「そうだよな。俺なんて、フランス語どころか英語も怪しいし」

 

 そう言って、立香が肩を竦める。

 

 藤丸兄妹の不安は当然だろう。そもそも言葉が通じなければ、情報収集も成り立たない。それどころか、現地の人とのコミュニケーションすら難しい事になる。

 

 だが、それくらいの事は、カルデアも想定済みである。

 

《そこは心配いらないよ。レイシフト中の君達の言語機能は、その現地の物に合わせられるよう、しっかりと自動変換されるようになっている。だから、安心してくれたまえ》

「フォウッ ンキュ」

 

 通信越しにも、ダヴィンチが胸を張るのが分かった。

 

 成程。カルデア様様と言ったと所である。

 

 と、そこで何かを思い出したように、ダヴィンチが声を掛けてきた。

 

《そうだ。ついでに出発前に、いくつか説明しておかなくちゃいけないね》

「説明? 何を?」

《今後、戦いが厳しくなるだろう事は、十分予想でいるからね。マシュ達だけでは対応しきれなくなることも考えられる。そうなった場合、マスターである立香君と凛果ちゃんのサポートが必要になってくるのさ》

 

 言われて、立香と凛果は顔を見合わせる。

 

 サポート、と言っても何をすれば良いのか?

 

 魔術については完全な素人である自分たちにできる事は少ないように思えるのだが?

 

 そんな2人の考えを察して、ダヴィンチは続ける。

 

《まず、令呪についてだ》

「令呪って、これだよな?」

 

 立香は自分の右手を掲げる。

 

 それに合わせるように、凛果も右手を掲げて見せた。

 

 手の甲には、複雑な意匠の文様が描かれている。

 

 一見すると刺青のようにも見えるが、これはサーヴァントとのつながりを表す物であるらしい。

 

 そこら辺の説明は、既に受けていた。

 

《その令呪は3回まで使う事ができる、言わばサーヴァントに対する強制命令権だ。それがあれば、まあ大抵のことはできると思ってくれ》

 

 よく見れば、令呪は三画に分かれているのが判る。つまり、1回分消費するたびに、一つずつ令呪が消えていくのだとか。

 

 以前の聖杯戦争だと、令呪は正に切り札であり、全て消えればそのマスターの敗北は確定だったらしい。それ故に、実質使えるのは二画までだったそうだ。

 

 だが、その効力は絶大で、殆ど「魔法」に近い効力も発揮できるのだとか。

 

 それはサーヴァントの能力強化、離れた場所からの瞬間移動、行動の強制など多岐にわたる。

 

 半面、命令の内容が中途半端だと、効力も中途半端になってしまうというデメリットもあるが。

 

《時代も進み、今は令呪と言えども補充は可能だ。だから遠慮なく三画全部使いきってくれて構わないから安心してくれたまえ。ただし、補充には莫大な魔力と時間が必要になる。実質、1回のレイシフトで使用できるのは手持ちの三画だけになるだろうから、使用のタイミングには十分注意してくれよ》

「成程な」

 

 ダヴィンチの説明を聞き、立香は令呪を眺めながら頷く。

 

 要するに、使いどころに考慮が必要な切り札、とでも考えていれば良いだろう。

 

 無駄遣いはできないが、これは大きな武器になる。

 

《次に、君達が着ている服、魔術礼装についてだ》

 

 言われて、立香と凛果は、自分たちが着ている服を見る。

 

 白いジャケットに、それぞれ黒のスラックスとスカート。

 

 カルデアにおける制服姿である。

 

 だが、先の特異点Fの時には知らなかったが、これは礼装と呼ばれる立派な魔術道具らしい。

 

 服にいくつかの術式が仕込まれており、簡単な魔術なら任意で使用する事ができるのだとか。

 

「じゃあ、これで俺達も戦う事ができるのか?」

 

 期待を込めて、立香が尋ねる。

 

 もしそうなら、自分も少しは戦闘の役に立てるのだが。

 

 しかし、

 

《残念ながら、援護がせいぜいだ。間違っても、それでサーヴァントに挑みかかったりしないでくれよ》

 

 勢い込む立香に、ダヴィンチが通信機越しにくぎを刺す。

 

 こうでも言っておかないと、本当に敵陣に突撃しかねなかった。

 

「そっか、駄目かァ・・・・・・」

 

 がっくりと肩を落とす立香。

 

 直接的な戦闘ではほとんど役に立てなかったため、今度こそは、と言う想いもあったのだろう。

 

「気にしないでください先輩」

「ん、援護は大事」

 

 そんな立香を慰めるように、マシュと響が告げる。

 

 その横に立った美遊も口を開いた。

 

「戦闘はわたし達に任せてください。大丈夫です。立香さんにも凛果さんにも、敵には指一本触れさせません」

「ああ、悪いな」

 

 真面目な美遊の言葉に、苦笑気味に答える立香。

 

 仕方がない。餅は餅屋、ではないが、自分が死んでしまっては元も子もない。ここは言われた通り、援護と指揮に専念した方が良いだろう。

 

 話が纏まったらしいことを感じ取り、ダヴィンチが再び口を開いた。

 

《魔術礼装はいくつか設定されていて、マスターの任意で着替える事ができる。ちょっと試してみてくれないかな?》

「えっと、こうかな?」

 

 言いながら立香は、通信機のスイッチをレクチャーされた通りに操作する。

 

 すると、一瞬、立香の姿が揺らいだと思った直後、その姿は変化していた。

 

 それまでのカルデア制服姿から、黒いローブ姿に一瞬にして変わっていたのだ。

 

 印象としては「これぞ魔術師」と言った感じである。

 

 何となく、世界的に有名な某魔法学校映画で、主人公達が着ていた服装に似ている。

 

《それは魔術協会の制服をもとに開発した物だ。主に回復や、サーヴァントに対する魔力供給に使う事ができる》

「へえ、なるほどね」

 

 自分の姿を眺めながら、立香は感心したように呟く。

 

 成程、これは面白い。

 

 他にもいくつかバリエーションがあるのだとか。

 

 これなら、直接的な戦闘は無理でも、かなり多彩な戦い方ができそうだった。

 

 と、その時だった。

 

「ちょッ!? な、何よこれーッ!?」

「フォーウッ!?」

 

 突然、悲鳴交じりの凛果の声が聞こえて来て、立香はとっさに振り返る。

 

 そこで、

 

「なッ!?」

 

 絶句した。

 

 なぜなら、凛果の恰好。

 

 彼女も魔術礼装のチェンジを試していたらしく、それまでの制服姿から変化している。

 

 だが、着ている服。それが問題だった。

 

 凛果が着ているのは、どこかの宇宙戦艦でクルーが着ていそうなぴったりしたボディスーツだ。

 

 首筋から足先まで包み込まれた姿は、スレンダーな印象を受ける。

 

 露出は却って少なくなっている。

 

 だが、

 

 体にぴったりとフィットするため、体のラインが強調されるデザインになってしまっている。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ?」

 

 凛果のその姿に、立香は思わず顔を赤くして目を逸らす。

 

 大きすぎず、さりとて小さすぎず、適度なサイズで自己主張する胸。なだらかにカーブを描くくびれ、引き締まった小振りなお尻。

 

 何と言うか、

 

 我が妹ながら、立派になった物である。

 

「ちょ、何見てんのよ、兄貴ッ!?」

 

 兄の視線を感じ、思わず顔を赤くして身を捩る凛果。

 

 兄とは言え、異性にこんな格好を見られるのは、それは恥ずかしいのだろう。

 

「ん、凛果、エロい」

「エロいって何!? エロいってッ!?」

 

 淡々と告げる響に、凛果が吼える。

 

 無表情で言っている分、却って羞恥心が強まっていた。

 

「落ち着いてください凛果さん・・・・・・その、立派だと思いますし」

「いや、何を誉めてんの!?」

 

 どこを見ての発言だったのか?

 

 かなりずれた発言をする美遊に、凛果は呆れ気味にツッコミを入れる。

 

 何と言うか、チビッ子組にそう言われるとますます恥ずかしかった。

 

《それは戦闘服だ。他の礼装に比べれば、攻撃的な魔術が使える。と言ってもさっきも言った通り、直接的な戦闘は出来ないから注意してくれたまえ》

「それよりこのデザイン、どうにかならなかったのー!?」

 

 一同がギャーギャーと騒ぎ続ける中、ダヴィンチは構わず説明を続ける。

 

 対して、バーサーカーの咆哮にも似た凛果の叫びが、フランスの青空に響き渡った。

 

 ややあって、凛果は元の制服姿に戻す。

 

「え、えらい目にあったわ・・・・・・・・・・・・」

 

 息も荒く嘆息する凛果。

 

 何と言うか、疲れた。

 

 ぶっちゃけ、早速帰りたくなってきた。

 

「ん、あのままでも良かった、のに」

「ショタっ子は黙ってなさい」

 

 響の頭をポコッと叩く凛果。

 

 あんな物、着せられる身にもなってほしい。

 

 まったく、カルデアの魔術師は何を考えてあんな服のデザインにしたのか? 首根っこ捕まえて問いただしてやりたい所である。

 

 もっとも、この間のテロで殆どが死んでしまったため、それも出来ないのだが。

 

 と、

 

 そこで、

 

 凛果が何気ない気持ちで、空を見上げた。

 

 本当に、何かの意図があった訳ではない。

 

 ただ、何となく振り仰いだだけ。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 そこにあった物を見て、思わず絶句した。

 

「凛果先輩、どうしました?」

「なに、あれ?」

 

 言われるまま、マシュも振り仰ぐ。

 

 見える視線の先。

 

 そこには、

 

 空に大きな光の輪が浮かんでいたのだ。

 

 高度は明らかに成層圏に達しているだろう。その大きさたるや、ほとんど地球を覆いつくしそうなほどである。

 

 さしずめ「光帯」とでも称するべきか? 

 

 異常事態である事は、見ただけで判る。

 

「何だ、あれはッ!?」

 

 遅ればせながら、事態に気付いた立香も声を上げる。

 

「そんなッ 15世紀のフランスに、あんな物があったなんて記録はどこにもありません!!」

「ん、見た事無い」

 

 美遊と響も、驚きを隠せずにいる。

 

《ふむ・・・・・・もしかすると、あれも特異点や聖杯に関係あるのかもしれないね。立香君、解析はこちらでもやるので、そっちも、他に何か変化が無いか警戒していてくれ》

「ああ、判った」

 

 いずれにしても、あんな上空にあったのでは、こちらから手出しする事は出来ない。現状は、放っておく以外に無かった。

 

「あれ、いきなり火とか噴いたりしない?」

「怖いこと言わないで」

 

 とんでもない事を言う響に嘆息しつつツッコミを入れる美遊。

 

 と、

 

《ちょっと待った》

 

 そこで、それまで沈黙していたロマニが、急に通信に割り込んで来た。

 

「ドクター、どうした?」

《今、君達がいる場所に、急速に近づいてくる反応がある。多分、その位置からでも何か見えるんじゃないかな?》

 

 尋ねる立香に、ロマニは緊張した声で答える。

 

 顔を見合わせる一同。

 

 同時に、サーヴァント達は武器をいつでも抜けるように身構える。

 

「敵か?」

《いや、反応から言ってサーヴァントではない。けど・・・・・・》

 

 言っている内に、響が指示した方角を見やった。

 

 その視線の先。

 

 緑の草原がなだらかに続く丘の向こうから、何かが近づいてくるのが見えた。

 

「ん、あれ」

 

 響が指さした方角からは、馬に乗った人物がやってくるのが見えた。

 

 見れば確かに。

 

 遠目にも馬である事が判る。その背には誰かが乗っているようだ。

 

 だが、どうも様子がおかしい。

 

「あの人、怪我してるんじゃないですか?」

 

 眺めていた美遊が、そう告げる。

 

 確かに。

 

 こちらに向かって走ってくる馬は、明らかにふらついてよろけているように見える。

 

 乗り手の人間も、手綱こそ握っているものの馬の背にうつぶせに寄りかかり、見るからに危なっかしい様子だ。

 

 あのままでは落馬の危険も有り得る。

 

「危ない。止めてあげて」

「了解しました!!」

 

 凛果に言われて、マシュが飛び出していく。

 

 程なく、マシュは馬の手綱を引いて戻って来た。

 

 その姿に、一同は息を呑む。

 

 馬上の男は、息はあるものの、かなりの重傷であった。

 

 全身傷だらけで、今も血が流れ続得ている。

 

 中には熱傷と思われる傷もあった。

 

 馬もあちこちから血を流している。余程疲れていたのだろう。到着するなり、地面に座り込んでしまった。

 

 どちらも、命からがら逃げてきたと言った風情である。

 

「ひどい・・・・・・・・・・・・」

 

 口を手で覆いながら呟く凛果。

 

 立香とマシュは男に手を貸して馬から降ろすと、地面へと寝かせてやる。

 

 その間にも、男は荒い息を繰り返している。

 

 幸い見た感じ、深手を負った様子は無い。傷は多いが、そのどれもが致命傷から外れている。現在の状態も、疲労によるものが大きい様だ。

 

「しっかりしてください。何があったんですか?」

 

 尋ねる立香の声に反応したのか、男はうっすらと目を開ける。

 

 ややあって、重々しく口を開いた。

 

「ま・・・・・・まじょ・・・・・・」

「魔女?」

 

 いったい何の事だろう?

 

 そう思っていると、男は更に口を開いた。

 

「魔女だ・・・・・・竜の魔女が出たんだ・・・・・・それで、俺の村を・・・・・・みんな・・・・・・みんな、殺されちまった・・・・・・・・・・・・」

「魔女? 魔女って何?」

 

 凛果が尋ねた瞬間だった。

 

 男はクワっと目を見開き、掴みかからん勢いで詰め寄った。

 

「知らないのかアンタらッ!? 竜の魔女だよ!! 今、フランスはあいつが蘇ったせいで、滅茶苦茶になっているんだ!!」

 

 その勢いに、思わず一同がたじろく。

 

 男の様子だけで、その恐怖が伝わってくるようだった。

 

 それにしても、

 

 蘇った。

 

 とは、穏やかな話ではない。

 

 一体、何が起こっているというのか?

 

 戸惑う一同に、男は尚も恐怖を絞り出すように言い放った。

 

「あの竜の魔女・・・・・・ジャンヌ・ダルクにみんな殺されちまうんだッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 群がりくる亡者の群れ。

 

 地獄から蘇り、地上を這いずり回る死者の軍団。

 

 竜の魔女と呼ばれる存在が現れてから、フランスでは各地でこのような光景が見られていた。

 

 群がる亡者が、手にした武器で逃げ惑う住民たちを次々と斬り殺していく。

 

 まさに地獄の如きおぞましい光景。

 

 死者が生者を殺し、殺された生者が使者として蘇り、また生者を襲う。

 

 まさに負の悪循環。

 

 今や彼らを止め得る存在は誰もいない。

 

 そして、

 

 今もまた、犠牲者が増えようとしていた。

 

「助けてッ!! 誰か助けてェ!!」

 

 逃げ遅れた女性を、亡者たちが追いかける。

 

 女性の腕に抱かれている赤ん坊は、彼女の子供だろうか?

 

 母親の恐怖が伝染したように、泣き叫んでいる。

 

 周囲は既に炎の海に包まれ、逃げ場は無い。

 

 亡者の腕が、ついに女性の服を掴んで地面に引きずり倒す。

 

「ああッ!?」

 

 足をもつれさせ、悲鳴と共に倒れ伏す女性。

 

 腕の中の赤ん坊が、一際大きな声で泣き叫ぶ。

 

 そこへ、亡者たちは群がってくるのが見えた。

 

「ヒッ!?」

 

 悲鳴を上げる女性

 

 それでも尚、腕の中の赤ん坊だけは放そうとしないのは、我が子への愛ゆえだろうか?

 

 だが、この戦場にあって(それ)に如何程の価値があろうか?

 

 母子の運命が旦夕に迫った。

 

 次の瞬間、

 

 迸る銀の一閃が、女性と赤ん坊に近づこうとした亡者を、一瞬にして斬り伏せた。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 驚いて顔を上げる女性。

 

 その視界の先では、長剣を構え、亡者を斬り捨てる男の姿があった。

 

 更に群がってくる亡者たち。

 

 だが、男は怯まない。

 

 手にした長剣を縦横に振るい、片っ端から斬り伏せていく。

 

 そんな男の姿を、女性は茫然と眺める。

 

 噂には聞いていた。村はずれに居付いたという落ち武者の事。

 

 誰もが恐れおののき、近づこうとしなかった男。

 

 その男が今、襲いくる亡者たちを次々と斬り伏せていた。

 

 まるで自分たちを守るように。

 

 と、

 

 男が倒れ伏している女性へと振り返る。

 

「ヒッ!?」

 

 外套越しに向けられる視線。

 

 噂に違わぬ、その鋭い眼差しを前に、思わず悲鳴を上げる。

 

 救世主、と呼ぶには、あまりにも殺気に満ちた視線。

 

 まるで死神に睨みつけられたかのような、そんな印象さえある。

 

「邪魔だ、失せろ」

「ハッ・・・・・・ハイィッ!?」

 

 底冷えするような男の言葉に、弾かれたように起き上がって駆け出す女性。

 

 その間にも男は、手にした長剣で亡者を屠っていく。

 

 周囲に群がっていた亡者が全滅するまでに、ものの数分もかからなかった程である。

 

 後には、燃え盛る村の中央に立つ、男が1人。

 

 と、

 

「あらあら、こんな所にネズミがいるなんて、聞いていませんでしたけど?」

 

 頭上から響いて来た嘲弄交じりに声に、男は振り仰ぐ。

 

 果たしてそこには、

 

 信じられない光景があった。

 

 見上げる視線の先。

 

 そこには、翼の生えた竜が浮かんでいるではないか。

 

 それも、一匹や二匹ではない。

 

 俗にワイバーンと呼ばれる翼竜だ。

 

 目に見えるだけで十匹以上。

 

 異様な光景に、男は目を細める。

 

 その視線の先で、ワイバーンの下に佇む女。

 

 漆黒の甲冑に身を包んだ女は、まさしく魔女と呼ぶにふさわしい、美しさと凶悪さを両演させていた。

 

「成程。多少はできるようですね。亡者程度では相手にもなりませんか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 無言で睨み据える男。

 

 対して女は、笑みを含んだ視線を向ける。

 

 ややあって、男の方が口を開いた。

 

「・・・・・・・・・・・・貴様が噂の、竜の魔女か」

「あら、光栄ですね。こんな田舎にまで、わたくしの名前が知れ渡っているなんて」

 

 そう言って、女は肩を竦める。

 

 今や、フランスで彼女を知らぬ者などいない、災厄の象徴。

 

 疑いようのない、死の具現。

 

「そちらも、どうやら人間ではないようですね。サーヴァント? さしずめセイバーと言ったところでしょうか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 問いかける竜の魔女に対し、セイバーと思われる男は真っ向から睨み据えた。

 

「僥倖だな。貴様には一度会ってみたかったところだ」

「あら、わたしのファンですか? 生憎と握手会などは催していないのですが」

 

 小ばかにしたように言いながらクスクスと笑う竜の魔女。

 

 だが、

 

 セイバーは取り合わずに、剣を構える。

 

「戯言は良い。その首、もらい受けるぞ」

 

 切っ先を真っすぐに向ける男。

 

 その鋭い刃に光が反射して、竜の魔女を射抜く。

 

 迸る殺気を隠そうともしない男。

 

 だが、

 

「あら、随分とせっかちなのですね。もう少し、この状況を楽しんでもよろしいのに」

 

 竜の魔女は一切怯む事無く、男の視線を受け流す。

 

 その手が、ゆっくりと掲げられた。

 

「まあ、わたしも無駄話が、それほど好きと言う訳ではないのですが」

 

 言った瞬間、

 

 竜の魔女の背後から飛び出すように、

 

 2つの影が、セイバーの襲い掛かった。

 

「ハァッ!!」

 

 黒衣の装束に身を包んだ幽鬼のような顔の男が、手にした槍を振り翳して迫る。

 

 長柄の武器をそ使用している事から、ランサーと思われるその人物。

 

 ルーマニアの悪名高き「串刺し公」ヴラド。

 

 吸血鬼ドラキュラの原点にもなった人物である。

 

 繰り出される槍。

 

 対して、

 

 セイバーはとっさに、手にした剣でヴラドの槍を打ち払う。

 

「フッ」

「・・・・・・」

 

 口元に笑みを浮かべるヴラド。

 

 対して、セイバーは無言のまま攻撃をいなす。

 

 と、

 

 そこへ、もう1人の襲撃者が襲い掛かる。

 

 豪華なドレスに身を包んだその女は、「美麗」と言うよりも「不気味」という印象だった。

 

 赤と黒の色を重ねたドレスは、美しさと同時に、どこか暗いイメージを想起させる。

 

 何より、顔は仮面によって隠され、伺い知る事が出来ない。

 

 カーミラ。

 

 「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリを元に生み出された、女吸血鬼。

 

 まさに、噂に違わぬと言うべき、不気味な出で立ちである。

 

「よそ見ていると、すぐに終わるわよ!!」

 

 振り上げられるカーミラの腕。

 

 その爪は、強化魔術を施され、名刀を上回る切れ味を齎している。

 

「ッ!!」

 

 とっさに剣を繰り出すセイバー。

 

 その一閃が、辛うじて軌跡を逸らす。

 

 次の瞬間、

 

 セイバーをかすめたカーミラの爪先が、彼のローブを斬り裂き、その下にある素顔を白日に曝す。

 

「これで、少しは風通しも良くなりましたか?」

 

 嘲弄交じりに問いかける竜の魔女。

 

 その視界の先に佇むセイバー。

 

 漆黒の軽装鎧に身を固め、短く切った金の髪。目付きは鋭く細められている。

 

 黒騎士(ダークナイト)、とでも形容すべき姿。

 

 殺気の籠った瞳は、尚も竜の魔女を睨み据えている。

 

 その視線を、竜の魔女は真っ向から受け止める。

 

「圧倒的に不利な状況でも退かない姿勢は、正に英霊と呼ぶにふさわしいですね」

 

 言いながら、手のひらを掲げる竜の魔女。

 

 対抗するように、セイバーも剣を構える。

 

「ですが、私も多忙な身。ここらで終わらせてもらいます」

 

 断言するように告げる竜の魔女。

 

 その手のひらから迸る、漆黒の炎。

 

 全てを焼き尽くす地獄の業火が、セイバーを焼き尽くさんと迫る。

 

 身構えるセイバー。

 

 次の瞬間、

 

 男を守るようにして飛び込んできた少女が、手にした大盾で炎を防ぎ切った。

 

「やらせませんッ!!」

 

 ワイバーンの放つ炎を完璧に防ぎ切ったマシュは、その視線を、上空の魔女へと向ける。

 

 視線を交錯させる両者。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 瞬時に上空へと駆けあがった響が、腰の刀を抜刀。魔女へと斬りかかる。

 

 横なぎに一閃される刀。

 

 その一撃を、

 

「フンッ」

 

 竜の魔女は、手にした旗で振り払う。

 

 弾き飛ばされる、響の小さな体。

 

 対して響は、空中で体勢を入れ替えて着地。同時に、眦を上げて竜の魔女を睨みつける。

 

「ん・・・・・・あれが、竜の魔女?」

 

 静かな声で、響は言い放った。

 

「ジャンヌ・ダルク」

 

 

 

 

 

第3話「黒焔の聖女」      終わり

 




謎のセイバー登場。

今度は本当に(?)謎です。

毎章、こんな感じに1~2人程度、オリジナルサーヴァントを出していこうと思っています。

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