Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第7話「聖女の涙」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フランス南部の街リヨン。

 

 北東から流れ込むローヌ川と、北から流れ込むソーヌ川が合流するこの街は、古くから水運によって栄え、物資の集積所としての役割を果たしていた。

 

 この時代、大量の物資を一時に運べる船は、最も効率的な輸送手段である。その為、海や川に隣接した場所に街は作られ、繁栄する要因となったのだ。

 

 リヨンもまた、こうした水運で栄えた街の一つである。

 

 本来であるならば、活気に満ちた光景が広がっていた筈。

 

 しかし、

 

 その水運の街が今、

 

 炎と破壊に蹂躙されていた。

 

 上空を乱舞する翼竜の群れ。

 

 地上を進む死者の軍勢。

 

 逃げ惑う人々の悲鳴が、折り重なるように響き渡り、地には躯が折り重なる。

 

 ワイバーンが人々を食らい、群がる死者が蹂躙する。

 

 まさに、地獄の如き光景。

 

 そして、

 

 そのワイバーンを指揮する、1人の女性。

 

 ゆったりとした法衣に身を包んだ、美しい女性は、感慨の浮かばない瞳で虐殺の様子を眺めていた。

 

「・・・・・・ここは、もう十分かしら?」

 

 どこか投げ槍な感じに呟く。

 

 まったく無抵抗の人間を一方的に殺戮するなどと言う行為は本来、彼女の望む物ではない。

 

 しかし、それが主からの命令であるならば、サーヴァントである彼女には抗う術は無かった。

 

 まして、今の彼女には「狂化」の要素が付け加えられている。

 

 それ故、今この状況を、心のどこかで楽しんですらいた。

 

 今また、視界の先で幼い子供が、死者の群れに蹂躙され、斬り殺されている。

 

 その姿を見ても、もはや何の感情も浮かぶ事は無かった。

 

 聖女は冷めた目で、眼下で行われている蹂躙を見続けている。

 

 逃げ惑う人々。

 

 彼らを守る物は何もない。

 

 既にフランス王国軍は壊滅し、僅かに残っている残党も北の砦に立て籠もって抵抗を続けるだけの状態になっている。

 

 そちらにはジャンヌが率いる本隊が向かっている。恐らく、数日の内には決着が着く事だろう。

 

 視線を、再びリヨンの街へと戻す聖女。

 

 既に街の半分以上は炎に包まれている。

 

 住んでいた住人も逃げ延びたか、あるいはワイバーンに食われたかして、姿は見えない。

 

 語るまでもない。

 

 水運で栄えた美しい街リヨンは、この日壊滅したのだ。

 

 竜の魔女ジャンヌ・ダルクの犠牲者が、また増えた事になる。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 聖女の胸の内に去来する虚しさ。

 

 己と言う存在が抱える矛盾を前に、ただ立ち塞がる運命を呪う事しかできない。

 

 たった一つ、

 

 気になる報せが、つい先日齎された。

 

 曰く、かねてより懸念されていたカルデアと呼ばれる勢力が、ついにこのフランスの地に現れたとの事。

 

 人理守護を掲げる彼らの存在は、自分達と相反している。

 

 となれば早晩、カルデアは自分たちの前に立ちはだかる事になるだろう。

 

「・・・・・・・・・・・・来るなら、早く来なさい」

 

 聖女は、硬い口調で告げる。

 

 そして、

 

「・・・・・・お願い・・・・・・早く、私を殺しに来て」

 

 その瞳から一筋、涙が零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北へ向かう立香達と別れた凛果、響、美遊、エリザベートの4人は、一路、南部を目指して移動していた。

 

 南部地方を荒らし回っていると言うジャンヌ・オルタ軍の別動隊。

 

 これを撃破しない事には、後顧の憂いを断つ事が出来ない。

 

 何より、彼女らの蹂躙によって苦しめられている人々がいる以上、見ぬふりはできない。

 

 オルレアンを目指すのも大事だが、別動隊の撃破もまた急務であると言えた。

 

 とは言え、広いフランスでのこと。闇雲に動き回ったところで、敵を見つける事は容易ではない。

 

 凛果たちは情報収集しながら南下。

 

 ラ・シャリテと言う街の東まで来ていた。

 

 そこまで来て日が暮れてしまった為、今日のところはお開きと言う事になった。

 

 幸い、街道沿いに見つけた牧場主が、一夜の宿と食事を提供してくれた事もあり、長旅の疲れを癒す事も出来た。

 

 

 

 

 

 テーブルの上には麦の粥とホットミルク。1人1個ずつ配られたパン。焼いた鹿肉もある。

 

 豪華、とはお世辞にも言えないだろう。むしろ質素なくらいである。

 

 しかしテーブルを囲み食事にありつけることは、何とも幸せな事である。

 

 まして、今この戦時下におけるフランスにおいては、それが最高級の贅沢である事は間違いなかった。

 

 テーブルを囲むのは凛果、響、美遊、エリザベート。

 

 そして、牧場主である老夫婦2人。

 

 本来であるなら、サーヴァントには食事は必要はない。行動に必要なエネルギーは全て、マスターからの魔力供給で補えるからだ。

 

 だが、当然だが人間の身である凛果は食事が必要である。

 

 加えて美遊も、元々が人間である為、普通に空腹を覚える事になる。

 

 よって、こうしてまともな食事にありつけた事は僥倖だった。

 

「さあさあ、遠慮なく食べなさい」

「まだまだありますからね。若い子はしっかり食べないと」

 

 一行を温かく迎え入れてくれた老夫婦は、そう言って食事を勧めてくる。

 

 この厳しいご時世に、珍しいくらい優しい2人である。

 

 ましてか、こちらは見るからに怪しげな出で立ちの一行である。怪しいと言えばこの上なく怪しいだろう。

 

 それを、こうもあっさりと信用してくれたところに、老夫婦の人柄の良さが伺えた。

 

「あの、ほんとありがとうございます。泊めていただいた上に、食事まで」

「なーに、どうせ2人だと食べきれないくらいあるんだから」

 

 謝る凛果に、ご主人はそう言って笑う。

 

 その表情からは、本当にうれしそうな雰囲気が伝わってくる。

 

 どうも話を聞く限り、息子をイングランドとの戦争で失い、長く妻と2人暮らしだったようだ。

 

 そのせいもあるのだろう。久しぶりに若い連中と食事を囲む事が出来て喜んでいるようだ。

 

「この辺も、殆ど人がいなくなってしまったからねえ。寂しくなったもんだよ」

 

 ジョッキのエールを煽りながら、ご主人は愚痴のように呟きを漏らす。

 

「やはり、竜の魔女の影響、ですか?」

「ああ。そうらしいねえ」

 

 言ってから、ご主人は深々とため息を吐く。

 

「まったく、誰が言い出したか知らないが、ひどいもんだよ。寄りにもよって、聖女様を魔女呼ばわりするだなんて。彼女がこのフランスの為にどれだけ尽くしてくれたと思っているんだろうね」

 

 そう言って憤る奥方。

 

 どうやら、このご夫婦は揃って、ジャンヌ・ダルクを支持しているようだ。

 

 しかし、そんな2人の様子に、凛果たちは黙り込む。

 

 一同はサーヴァントとして召喚されたジャンヌと出会い、彼女の人となりを知っている。確かに、ジャンヌは彼らの思った通りの「聖女」であった。それは間違いない。

 

 しかし同時に、魔女として蘇った黒いジャンヌ・ダルクであるジャンヌ・オルタの事も知っている。

 

 サーヴァントとして、再び祖国を守るために立ち上がったジャンヌと、祖国を滅ぼすために暗躍するジャンヌ・オルタ。

 

 どちらも「ジャンヌ・ダルク」である事が分かっている凛果たちとしては、老夫婦の想いに対して、複雑な感情を抱かずにはいられなかった。

 

 ところで、

 

「あのさ、話の腰折って悪いんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 口を開いたのはエリザベートだった。

 

 何事かと一同が視線を向ける中、

 

 エリザベートは何とも言えない微妙な表情を見せていた。

 

「どしたの?」

 

 首をかしげる凛果。

 

 対して、

 

「さっきから、すんごい気になってたんだけど・・・・・・・・・・・・」

 

 躊躇いがちなエリザベート。

 

 いったい、何だと言うのか?

 

 その視線は、一点に向けられる。

 

「美遊・・・・・・あんた結構、食べるのね」

『はい?』

 

 エリザベートの唖然とした言葉に、一同が視線を美遊へと向ける。

 

 見れば確かに。

 

 他の者は、せいぜい皿一枚分くらいしか食べていないのに。美遊の前には、既にその5倍近い皿が重ねられている。

 

 明らかに、摂取量に大きな差があった。

 

「え、えっと、これはつい美味しくて、その・・・・・・・・・・・・」

 

 顔を赤くして縮こまる美遊。

 

「あの、私、本当はこんなに食べる訳じゃないんです。けど・・・・・・」

「ん・・・・・・にしては、すごい」

 

 美遊の前に積み上げられた空の皿を見て、唖然とした感じで響が呟く。

 

 何と言うか、とんでもない物を見た気分である。

 

 確かに。

 

 これでは「あまり食べない」などと言ったところで、何かの冗談だとしか思えなかった。

 

「そう言えば、ダヴィンチちゃんが言ってたんだけど、マシュや美遊ちゃんみたいな、人間がサーヴァントの霊基を受け継いだ場合、元の英霊の癖とか考え方とかの影響を受ける場合もあるらしいよ」

「ん、て事は・・・・・・・・・・・・」

 

 すなわち、

 

 ブリテンの大英雄アーサー王こと、アルトリア・ペンドラゴンは、

 

 実は大食いキャラだった!!

 

 と言う事になる。

 

 今、歴史が(どうでも良い方向に)動いた。

 

「まあええじゃろ。まだまだたくさんあるしな、よく食べてよく寝る。それが、子供が大きくなる秘訣だよ。そら、そっちの子も、たくさん食べなさい」

「ん」

「・・・・・・すみません」

 

 ご亭主に勧められるまま、スプーンで粥を掬って食べる響。

 

 そんな中、美遊はひたすら恐縮した感じで顔を赤くして俯いていた。

 

 

 

 

 

 水音が、心地よく響く。

 

 サイドポニーを解き、一糸まとわぬ裸を湯煙の中に曝す凛果。

 

 白く健康的な少女の裸身が、艶やかに浮かび上がる。

 

 食事を終えた後、一同は後退で風呂に入る事になったのだ。

 

 まったくもって、至れり尽くせりである。

 

 肩まで湯に浸かりながら、凛果はゆっくりと体を伸ばしていく。

 

 ただ、それだけで、一日歩きとおした疲れが抜けていくようだった。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・そう言えば」

 

 そこでふと脳裏に、別行動をしている立香の事が思い出された。

 

 立香が向かった北部ルートは、ジャンヌ・オルタ軍の最前線にぶつかっている。

 

 正直、凛果たちが向かっている南部よりも危険と言えるだろう。

 

「大丈夫かな、兄貴? まあ、マシュもジャンヌもいてくれるし・・・・・・」

 

 それに、と凛果は続ける。

 

 あの兄は、いざとなったらとんでもない機転を発揮して、危機を切り抜けてきた。

 

 その事を、妹である凛果は一番よく分かっている。

 

 だからこそ、だろう。

 

 離れていても、あの兄だけは大丈夫だろうと言う予感が、凛果にはあった。

 

 その時だった。

 

 浴室の扉が開き、中に入ってくる人物があった。

 

「お邪魔するわよ」

「エリザ?」

 

 アイドル風の衣装を脱ぎ、生まれたままの姿になったエリザベートが、浴室の中に入ってくる。

 

 どうやら、エリザベートも風呂に入るつもりらしい。

 

「一緒に入っても良いかしら?」

「うん、別に構わないけど」

 

 良いながら凛果は、隅によってエリザベートのスペースを開けてやる。

 

 まあ、同じ女同士、凛果に拒む理由は無い。それに、こうして風呂に入れるだけでもありがたいのだ。これから先の事を考えれば、時間はなるべく短縮すべきだった。

 

 と、

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 ある事に気が付き、凛果は声を上げる。

 

 服を脱いで、裸身を晒したエリザベート。

 

 その背中には、折りたたまれた蝙蝠の羽があり、そして、お尻からは長い尻尾が伸びている。

 

 明らかに、人とは違う外見をしているエリザベート。

 

 そんな凛果の視線に気が付いたのだろう。エリザベートは微笑を浮かべて振り返る。

 

「ああ、これが気になっているのね?」

「う、うん」

 

 図星を言われて、口ごもる凛果。

 

 正直、触れても良い話題なのかどうか、判断が着きかねたのだ。

 

 だが、当のエリザベートはと言えば、気にしていないと言った風に、体を洗いながら言った。

 

「いわゆる『無辜の怪物』って奴なんですって。私は、多くの人々が持つ、『血の伯爵夫人』と言うイメージを固められた結果、こんな姿になってしまった」

 

 そう言って、エリザベートは自嘲気味に笑う。

 

 言われてみれば当然の話だが、生前のエリザベート・バートリが、今と同じように、角や尻尾、羽を生やしていたわけがない。

 

 元々は普通の人間だったのだ。

 

 だが、

 

 後世の人間が思い描いた「女吸血鬼エリザベート・バートリ」と言うイメージが具現化し、彼女はこのような形に容姿を歪められてしまったのだ。

 

 これを魔術的な用語で「無辜の怪物」と言う。

 

 英霊の姿を歪めてしまうほどに、人間が持つ想念とは強い物なのだ。

 

「でも、だからこそ、あたしはあいつを許せない」

 

 真剣な眼差しで告げるエリザベート。

 

 その言葉に、凛果はエリザベートが言わんとしている事を察する。

 

「・・・・・・カーミラ、だね?」

「そっ」

 

 凛果の言葉に、エリザベートは頷く。

 

 カーミラは、いわばエリザベート・バートリの「完成型」でもある。

 

 それは即ち、生前に悪行を成したエリザベートがカーミラとなり、それが巡って現在のエリザベートを形作ったような物だ。

 

「あたしがこんな姿になったのは別に構わない。それはあたし自身の罪だから。けど、多くの人々を殺し、悪名だけを残したあいつだけは絶対に許さない。自分の罪は、自分で償うわ」

「エリザ・・・・・・」

 

 呟くように声を掛ける凛果。

 

 普段はどこか、朗らかな感じがするエリザベートが、今は何だか悲壮な感を出しているような気がしたのだった。

 

 と、そこで一転して、エリザベートは笑顔で振り返った。

 

「ま、気にしない気にしないッ こんなのアイドルのアクセサリーみたいなもんよ」

 

 そう言って肩を竦めると、エリザベートも湯船に身を沈める。

 

 暫し、2人そろって湯加減を堪能する。

 

 戦場にあっては、いつ、体を清められるか分からない。ましてか風呂など、最高級の贅沢である。

 

 今のうちに、充分に楽しんでおきたかった。

 

「・・・・・・・・・・・・ところで」

 

 暫くしてから、エリザベートの方から声を掛けてきた。

 

「うん、何?」

 

 キョトンとする凛果。

 

 対して、

 

 エリザベートは何かを吟味するように、凛果をじっと見つめる。

 

 そして、

 

「子ジカ、あんた結構、おっぱい大きいのね」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 言われて、

 

 思わず自分の胸元を見る。

 

 湯に透けるように見える、凛果の胸は、少女らしい膨らみを持って存在している。

 

 取り立てて大きい、と言う訳ではない。

 

 しかし女性の象徴たる胸は適度に膨らみ、形の良い曲線を描いている。

 

 少なくとも、隣で羨望の眼差しを向けているドラゴン娘よりは大きかった。

 

「ちょ、ど、どこ見てんの!?」

「あら、恥ずかしがることじゃないでしょ」

 

 水音を立てながら胸元を隠し凛果に対し、エリザベートは嘆息交じりに告げる。

 

「むしろ羨ましいくらいよ。あたしだってそれくらい胸があれば、あっという間にサーヴァント界のトップアイドルになれるのに」

「アイドル?」

 

 予想しなかった単語の出現に、キョトンとする凛果。

 

 対して、エリザベートは自慢げに胸を反らしながら言った。

 

「そうよ。前にね、ある奴と誓ったの。所謂『ドル友』って奴ね。そいつとあたし、どっちが先に、サーヴァント界のトップアイドルになるか勝負しようって」

 

 成程、サーヴァントにも色々あるものだ。

 

 ちなみに「アイドル友達」を略して「ドル友」らしかった。

 

「ま、まあ、胸なんて人それぞれだし。必ずしも大きい方が良いって訳でもないんじゃないかな?」

「それは小ジカくらい胸があるから言えるんでしょ」

 

 言ってから、エリザベートは何かを思い出したように付け加えた。

 

「まあ、でも、ジャンヌに比べたらまだまだかな」

「え、ジャンヌって、そんなにおっぱいおっきいの?」

 

 言ってから、ジャンヌの事を思い出す凛果。

 

 あの清楚可憐なジャンヌが、まさか、と思うのだが。

 

「人は見かけによらないわよね。あの子、あんな大人しそうな顔してるくせに、脱いだらすごいわよ」

「へ、へー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~一方その頃~

 

 

 

 

 

「ハッ・・・クション!!」

「ジャンヌ、風邪か?」

「いえ、サーヴァントは風邪などひかないはずですが・・・・・・おかしいですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入浴を終え、部屋へと戻った凛果とエリザベート。

 

 火照った体を外気で冷まし、心地よい気分のまま扉を開ける。

 

 後は明日に備えて寝るだけだ。

 

 そう思って部屋へと入った時だった。

 

「・・・・・・あら?」

 

 部屋の中を見て、驚いた声を上げる凛果。

 

 後から来たエリザベートも、横からひょいッと首を伸ばして覗き込む。

 

「どうしたの? ・・・・・・って」

 

 呆れたように嘆息するエリザベート。

 

 その2人が視線を向ける先。

 

 老夫婦が気を利かせて敷き詰めてくれた干し藁の上で、

 

 響と美遊が眠りこけていたのだ。

 

 2人とも丸くなり、互いに向かい合うようにして目を閉じ、寝息を立てる姿は何とも微笑ましい感じがした。

 

「まったく・・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな2人の姿に、呆れたようにエリザベートが呟く。

 

「サーヴァントがマスターより先に寝てどうすんのよ」

「アハハ、まあ良いじゃない」

 

 そう言うと凛果は、2人の頭を優しく撫でてやる。

 

 起きる気配はない。どうやら、それなりに2人とも疲れがたまっていたようだ。

 

「本音を言うとね、ちょっと嬉しいんだ」

「嬉しい?」

 

 凛果の言葉に、首を傾げるエリザベート。

 

 対して、凛果は美遊の頭を撫でてやりながら答える。

 

「ほら、うちって兄貴と2人兄妹じゃん。だからさ、兄貴は私の事昔から可愛がってくれたけど、私も下の弟妹が欲しいなって、ずっと思ってたんだ」

「成程ね」

 

 苦笑するエリザベート。

 

 確かに、こうして見れば、2人は凛果の弟妹のようにも見える。

 

 とても、仲の良い姉弟達。

 

 いや、

 

 姉弟と言うよりも、むしろ・・・・・・・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・・・まさかね」

 

 自分の中で浮かんだ考えを、エリザベートは苦笑と共に打ち消す。

 

 それはあまりにも、突拍子の無い考えだったからだ。

 

「そうだ」

 

 と、

 

 代わりに、思いついたようにエリザベートが声を上げた。

 

「私、子守歌歌ってあげる。こう見えてもアイドルだからね。歌には自信あるのよ」

「お、良いわね、一曲お願い」

 

 興が乗った感じに答える凛果。

 

 エリザベートの美声なら、きっと心地よい歌声が聞けるはず。寝ている2人にもいいBGMになってくれるだろう。

 

「それでは・・・・・・」

 

 スッと、息を吸い込むエリザベート。

 

 瞳が閉じられ、手は胸に当てられる。

 

 気合十分と言った感じのアイドルサーヴァント

 

 そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凛果が己の判断を、素粒子レベルで後悔したのは言うまでもない事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空けて翌朝。

 

 老夫婦に礼を言って出発した一同は、再び南を目指して歩き出した。

 

 もう間もなく進めば、リヨンの街が見えてくるはずである。

 

 そこで情報を集めると同時に、敵の別動隊に備える予定だった。

 

 の、

 

 だが、

 

「ひどい目にあった」

「ん、右に」

「同じ」

「何でよー!!」

 

 げっそりした感じの、凛果、響、美遊の3人。

 

 対して、エリザベートは納得いかない感じで叫んでいる。

 

 いやはやまさか、

 

 これだけの美声を持っているエリザベートが、

 

 まさかのまさか、

 

 極度の「音痴」だったなどと、誰が想像し得ようか?

 

 「破滅的」と言う言葉では安すぎる。

 

 「壊滅的」でも遠すぎる。

 

 まるで地獄の全てを凝縮したような歌声が、ドラゴン少女の口から飛び出したのだった。

 

 またまた、歴史が(どうでも良い方向に)動いた。

 

 と、

 

 凛果の腕に嵌められた通信機から、大爆笑が聞こえてきた。

 

《いやはや、これだから人間は面白い。付き合っていけば、本や資料では分からない事が次々と出てくるからね》

「いや、ダ・ヴィンチちゃん。こっちからすれば笑い事じゃないからね」

 

 通信越しに笑い声を上げるダ・ヴィンチに、凛果は疲れ気味にツッコミを入れる。

 

 カルデア特殊班は隊を二手に分けるに辺り、立香率いる本隊をロマニがサポートし、凛果率いる別動隊はダ・ヴィンチがサポートする事になったのだ。

 

 尚も笑い続けるダ・ヴィンチ。

 

 そんなに言うなら一度、生で聞いて欲しいくらいだった。

 

「それにしても・・・・・・」

 

 歩きながら凛果が話題を変えるべく、空を仰いで言った。

 

「相変わらずあるよね。あれ」

 

 その視線の先には、天空一帯を囲むように存在する円環があった。

 

 いったい、あれが何を意味しているのか、未だに不明なままである。

 

 現状、特に脅威にはなりえないとはいえ、不気味な存在である事は間違いなかった。

 

「ん、エリザ、あれ何?」

「あたしが判る訳ないでしょ。見た事も聞いた事も無いわよ」

 

 尋ねる響に、エリザベートはそう言って肩を竦める。

 

 彼女も知らないとなると、あの円環の正体はますます持って不明と言う事になる。

 

 と、

 

 そこで先頭を歩いていた美遊が、ショートポニーを揺らしながら振り返った。

 

「凛果さん。もうすぐリヨンの街が見えてくるはずです。多分、あの丘を越えれば」

「やっとだね。これで少しは休めるかな」

 

 老夫婦の家を出て、既に半日近くも歩いている。

 

 サーヴァントなら何でもない距離だが、流石に生身の凛果にはきつい距離だった。

 

 街に入れば、少しは休む事も出来るだろう。

 

 そう思った時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・待って」

 

 ふと、

 

 響が足を止めて、一同を制した。

 

 足を止め、振り返る。

 

「どうしたのよ?」

 

 訝るように尋ねるエリザベート。

 

 対して、

 

 響は険しい表情で口を開く。

 

「様子が、変・・・・・・街から、気配が無い」

 

 響の言葉に、顔を見合わせる一同。

 

 いったい、何事が起きているのか?

 

 一同ははやる気持ちもそのままに、丘へと駆けあがり、リヨンを見回せる場所へと立つ。

 

 そこで、

 

 思わず絶句した。

 

 水運で栄える美しい街、リヨン。

 

 だが、

 

 一同の眼下に広がるのは、ひたすら蹂躙されつくした瓦礫の廃墟だけだった。

 

 

 

 

 

 街からは、生きた人の気配は全くしなかった。

 

 破壊された家屋。

 

 焼け焦げ、粉砕された石畳。

 

 そして、

 

 そこかしこに転がる躯。

 

 そこには、既に終わってしまった日常が存在していた。

 

「ひどいね・・・・・・・・・・・・」

 

 周囲を見回しながら、凛果が呟く。

 

 彼女自身、既に特異点Fで惨状を経験している為、取り乱すようなことはしない。

 

 だがそれでも、ここまで徹底した破壊跡を見せつけられて、憤りを感じずにはいられなかった。

 

 いったいなぜ、ここまでの事ができるのか?

 

 こんな事をする必要が、どこにあるのか?

 

 そんな想いが湧き上がってくる。

 

「わたし達が、もっと早く来ていれば」

「それは結果論でしょ。この破壊、どう見ても2日以上は前の物よ。これじゃあ、どう急いだって、あたしたちは間に合わなかったはずよ」

 

 後悔を口にする美遊に対し、エリザベートが破壊跡を確認しながら、淡々とした口調で告げる。

 

 その時だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 短く呟き、腰の刀に手を掛ける響。

 

「響?」

 

 訝る美遊。

 

 対して、

 

「来た」

 

 呟くと同時に、

 

 視界の中で、無数の影が躍るのが見えた。

 

 

 

 

 

第7話「聖女の涙」      終わり

 


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