Fate/cross wind   作:ファルクラム

2 / 120
第2話「レイシフト」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 案内された居住区は、どこも同じような間取りで、何となく病院みたいな印象が感じられる。

 

 同じような扉が並んでいる中、マシュはその内の一つの前で足を止めた。

 

「こちらが、立香先輩のお部屋になります。荷物などは、もう運び込まれているはずです」

「ああ、色々とありがとうマシュ」

 

 案内してくれたマシュに、立香は礼を言う。

 

 それにしても、

 

 立香は何の気なしに、自分の部屋として紹介された扉を見やる。

 

 多分、この部屋との付き合いは短い物になるだろう。

 

 もしかしたら、明日には放り出される事になるかもしれない。そう思うと、あまり感慨もわいてこなかった。

 

「あの・・・・・・」

 

 そんな立香に、マシュが話しかける。

 

「一応、凛果先輩とは別の部屋になってますので」

「いや、そうじゃないと困るよ」

 

 ずれた事を言うマシュに、横合いから凛果がツッコミを入れた。

 

 自分が失言したと言う自覚はあるのだろう。マシュが慌てて訂正してきた。

 

「すみません。兄妹ですから、同じ部屋の方が良いとばかり思っていたので」

「いや、俺等も子供じゃないから」

 

 苦笑しながら立香が言う。

 

 流石に17にもなって、兄妹一緒の部屋は勘弁してほしかった。

 

 その時だった。

 

「フォーウッ」

 

 突如、飛来する白い物体。

 

 そのまま、マシュの顔面目掛けて「着地」した。

 

「ワブッ!? フォウさんッ!?」

 

 驚いてよろけるマシュ。

 

 フォウはそのままマシュの首を回り、彼女の左肩へと落ち着いた。

 

「だ、大丈夫か、マシュ?」

「は、はい。慣れていますので」

 

 どうやら、彼女にとってフォウの顔面ダイブは日常茶飯事らしかった。

 

 と、

 

 突然現れたフォウに、目を輝かせたのは凛果だった。

 

「ふわーッ 何この子ッ 可愛い!! すっごく可愛い!!」

「フォウッ ンキュッ フー」

 

 そう言いながら、マシュの肩に乗っているフォウをワシワシと撫でる。

 

 フォウの方もまんざらでないのか、気持ちよさそうにされるがままになっていた。

 

 すると、フォウは今度は、腕を伝って凛果の肩によじ登り、そのまま居ついてしまった。

 

「どうやら、フォウさんが先輩方のお世話をしてくれるそうです」

「そうなんだ。ていうか、言ってる事が判るの?」

 

 マシュとフォウを交互に見ながら尋ねる凛果。

 

 マシュがフォウの言葉を本当に判っているのかどうかはともかく、フォウが凛果の肩から動こうとしないのは事実だった。

 

 その様子を見ながら、マシュは踵を返した。

 

「それじゃ先輩方。私はこれで」

「あ、マシュ」

 

 そのまま戻ろうとするマシュを、立香が呼び止めた。

 

「本当に色々とありがとうな。マシュは、ミッションってのに参加するのか?」

「はい。私はAチームに所属していますので」

 

 Aチームは、今回集められたマスター候補生の中で、特に最精鋭と思われる魔術師で編成された班である。

 

 立香達は知らない事だったが、マシュはその中でもトップ。主席の地位にいるのだった。

 

「それじゃあ立香先輩、凛果先輩、また後で。ゆっくりしていてください」

 

 そう言うと、廊下を走っていくマシュ。

 

 少女の後姿を、立香は見えなくなるまで見送った。

 

「可愛い子だよね、マシュ」

「フォウッ フォウッ」

 

 と、そんな兄をからかうように、凛果が声を掛けて来る。

 

 その声に、立香は我に返った。

 

「何だよ、変な事言って。何か言いたい事でもあるのか?」

「んー、別に」

 

 そう言って意味ありげに笑う凛果。

 

 そんな妹に、立香は嘆息する。

 

「それにしても凛果、本当に良かったのか? 所長に目を付けられたのは俺だけなんだし、何だったらお前だけでも残れば・・・・・・」

「ああ、良いの良いの」

 

 兄の言葉を遮って、凛果はひらひらと手を振って見せた。

 

「どうもね、あの所長さん、ちょっと好きになれそうもないし。あんな人の下で働くくらいなら、日本に帰った方がマシかなって思って」

「勿体ないな」

 

 苦笑しながら肩を竦める立香。

 

 とは言え、こうなったら凛果も、梃子でも意見を曲げないであろうことは、昔から判り切っている。説得するだけ時間の無駄だった。

 

 諦めたように、部屋のスライドドアを開ける立香。

 

 そこで、

 

 中にいた男と、ばっちり目が合ってしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ・・・・・・・・・・・・」

 

 3人と1匹の間に、気まずい沈黙が走る。

 

 部屋の中にいる男は、ベッドの上に堂々と胡坐をかき、手にしたまんじゅうを頬張った状態で動きを止めていた。

 

 改めて言うが、

 

 ここはマスター候補生48番、藤丸立香の私室である。少なくとも今のところは。

 

 ならば、そこに「先客」がいるなどと、誰が想像し得ようか?

 

 と、

 

 部屋の中にいた男は、急いで口の中のまんじゅうを飲み込みにかかる。

 

 途中で喉に引っ掛かり、胸を叩いたりお茶を飲んだりする事、約1分。

 

 ようやく饅頭を呑み込み終えたところで、立香と凛果をズビシっと指差した。

 

「誰だ、君達は!?」

 

 それはこっちのセリフだ。

 

 という前に、男は畳みかけてくる。

 

「ここは僕のサボり部屋だぞ!!」

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

 絶句する藤丸兄妹。

 

 初対面で堂々とサボり宣言する奴は初めて見た。

 

 年齢的には20代前半から中盤くらいだろうか? 白衣を着ている所を見ると医者のようにも見える。少し長い髪を後頭部で纏めて縛っている。柔和な印象のある青年だ。

 

 まったくもって色々な人間がいる物である。どうやらカルデアは、思った以上に愉快な場所らしかった。

 

「て言うか、ここ俺の部屋なんですけど?」

「て言うか、あんたこそ誰よ?」

 

 不審な眼差しを向ける立香と凛果。

 

 対して、

 

 部屋の中にいたサボり男は、脱力したように息を吐いた。

 

「君の部屋・・・・・・て事は、そうか、ついに最後の子が来ちゃったか」

 

 いったい、何に対して落胆しているのやら。

 

 ともかく、事情を了解したらしい男は、改めて2人に向き直った。

 

「僕はロマ二・アーキマン。このカルデアで医療部門のトップをしている。よろしくね」

 

 どうやら、目の前のサボり男は、見た目に寄らず随分と高い地位にいる人物だったようだ。

 

「他のみんなからは、ドクター・ロマンって呼ばれてる。良いよね『ロマン』って響き。格好良いし。君達も遠慮なくロマンって呼んでくれ」

 

 そう言ってアハハ―と笑うロマニ。

 

 そんな様子を見ながら、藤丸兄妹はヒソヒソと話し合う。

 

『ちょ、何なのよ、このゆるふわ系は?』

『お、俺に聞くなよ』

『こんな奴等ばっかりで、カルデア(ここ)、大丈夫なの?』

 

 そんな藤丸兄妹の様子を他所に、ロマニは饅頭を頬張りながら話しかけてきた。

 

「君達、マスター候補生なんだろ? なら今頃はファーストミッションに参加する頃合いじゃないか。こんな所で油売ってて大丈夫なのかい?」

「それが・・・・・・・・・・・・」

 

 言われて、立香は大凡の事情について説明した。

 

 ブリーフィングの最中に、所長に怒られてつまみ出された事。

 

 それに便乗して、凛果が抜け出して来た事など。

 

 それを聞いて、ロマニも納得したように頷きを返す。

 

「成程、マリー所長にね。そいつは災難だったね。あ、食べる?」

 

 差し出された饅頭を受け取りつつ、立香と凛果も適当な椅子に座る。

 

 その様子を見ながら、ロマニも新しい饅頭に手を出した。

 

「実は僕もね、所長から追い出されたクチなんだよ。『ロマニがいると空気が緩むから』とか言われてね。何でだろう?」

「いえ、納得の理由だと思います」

 

 首をかしげるロマニに、凛果があきれ顔にツッコミを入れる。

 

 その点に関しては、オルガマリーの名采配だと思った。

 

 そこで、立香は真剣な眼差しで尋ねた。

 

「あの、ドクター。ちょっと、聞きたい事があるんですけど」

「ロマンで良いよ。それで、何だい?」

 

 立香の表情から、何か真剣な事を聞きたいのだろうと感じ取ったロマンは、自身も改まる。

 

 対して、立香も抱えていた様々な疑問をぶつけてみる事にした。

 

「そもそも、このカルデアって何するところなんですか?」

 

 言いながら、立香は傍らの妹を見やる。

 

「俺も凛果も、殆ど説明受けないうちに連れてこられたから、そこらへんイマイチよく分かってなくて」

「成程、もっともな質問だね」

 

 ロマニは頷くと、立香の疑問に対して説明した。

 

 そもそもカルデアは、人類史を長く継続させることを目的に設立された。

 

 人類の未来とは本来、とても不安定な代物であり、ちょっとした事象の変化で取り返しのつかない事態になる事も有り得るのだとか。

 

 その不安定な未来を確固たる形で変革、決定させ、人類の未来における絶滅を防ぐ事。

 

 それこそがカルデアの持つ最大の使命だった。

 

 これまでカルデアは、カルデアスやシバと言った様々な発明品を用い、100年先までの未来を観測し続けてきた。

 

 「予測」ではなく「観測」。

 

 まるで天体を観測するように、カルデアは未来を観測してきたのだ。

 

 だが異常は、半年前のある時を境に起こり始めた。

 

 本来ならカルデアスに映し出されるはずの文明の光が消え去り、未来の観測が困難になってしまったのだ。

 

 これは由々しき事態である。

 

 カルデアスは地球の疑似モデル。要するに「生きた地球儀」とも言える存在であり、カルデアス上で起こった事は、実際の世界でも起こる事を意味している。

 

 つまり、人類は2016年でもって、全滅する事が確定したに等しかった。

 

 焦ったのはカルデア、そしてその上位組織である国際連合である。

 

 何としても原因を究明し、事態を打開しなくてはならない。

 

 そこでカルデアは、カルデアス、シバと並ぶ発明品である事象記録電脳魔「ラプラス」、および量子演算装置トリスメギストスを用いて、過去2000年分の情報を洗い出した。

 

 その結果、あぶり出された異常は、2004年、日本の地方都市「冬木」に存在した。

 

 カルデアはこれを人類絶滅の原因「特異点」と捉え、原因究明、および破壊を決定した。

 

 これが、ミッションの内容である。

 

 その為に必要なレイシフト可能適正者48名を、魔術協会、および一般から集めたわけである。

 

 レイシフトとは、人間を量子に変換し、予め設定した時代やポイントに飛ばす技術の事を差す。

 

 簡単に言えば、タイムマシンの魔術版とも言うべき代物だった。

 

「て、感じかな」

 

 そう言うと、ロマニは手元の湯飲みに入っていたお茶を飲みほした。

 

 正直、立香も凛果も、説明された事の半分も理解できなかった。

 

 人類が2016年で全滅する?

 

 その為に魔術師が集められた?

 

 完全に理解の範囲外である。

 

 これは本格的に、さっさとお暇するべきだと思い始めた時だった。

 

 ロマニの腕に嵌められた、腕時計のような機械が、何やらアラームを響かせた。

 

《ロマニ》

 

 どうやら通信機の役割をしているらしい、その「腕時計」から、レフ教授の声が聞こえてきた。

 

「レフ、どうかしたのかい?」

《あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えて、こちらに来ておいてくれ。医務室からなら2分もあれば着けるだろう》

 

 そう言うとレフは、ロマニの返事を待たず、一方的に通信を切ってしまった。

 

 後には、気まずい沈黙だけが残される。

 

「フォウッ」

「ここ、医務室じゃないですけどね」

 

 改めて言うまでもなく、ここはマスター候補生48番、藤丸立香の私室である。ここから管制室までは、どう急いでも5分以上かかる。

 

「・・・・・・ま、少しくらいの遅刻は許されるよね」

 

 開き直ったように言いながら饅頭を頬張るロマニ。

 

 本当に、こんなのが部門トップで大丈夫なのだろうか?

 

「頭脳労働者には糖分接種は必須だよ。前はパンケーキ派だったんだけど、今は漉し餡が好きかな? 凛果君はどうだい? やっぱり女子らしくスイーツとかは?」

「はあ、そりゃまあ、人並みには・・・・・・」

 

 いい加減行かないと、本気で怒られると思うのだが。

 

 そう言いかけた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、強烈な振動がカルデア全体を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人とも、思わず座ったままよろけてしまうほど、強烈な振動。

 

 地面そのものが一瞬、浮き上がったようにさえ錯覚してしまった。

 

「何だッ 地震!?」

「いや、これは・・・・・・」

 

 驚く立香に、ロマニはそれまで緩んでいた表情を一瞬で引き締めて答える。

 

 衝撃の直前、強烈な爆発音が聞こえた。それも、カルデアの内部からだ。

 

 その時だった。

 

《緊急事態発生、緊急事態発生、中央発電所及び中央管制室で火災が発生しました。中央区角の隔壁は240秒後に閉鎖されます。職員は速やかに、第2ゲートから退避してください。繰り返します・・・・・・・・・・・・》

 

 不吉が、現実となる。

 

 爆発事故。

 

 しかも中央管制室は今、レイシフトの為にカルデアスタッフのほぼ全員が集まっていた筈。

 

「まずい事になったッ」

 

 ロマニは菓子箱を放り投げると、慌てて立ち上がる。

 

「僕は行って様子を見てくる。君達はここを動かないようにッ 良いね!!」

 

 先程まで見せていた緩い雰囲気をかなぐり捨てて、きつい口調で告げるロマニ。

 

 そのまま部屋を出て駆け去って行く。

 

 後には、藤丸兄妹とフォウのみが残された。

 

「・・・・・・動かないようにって」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果の言葉を聞きながら、立香は黙り込む。

 

 その脳裏に浮かぶのは、先程まで一緒にいた少女の事。

 

 マシュ・キリエライト。

 

 自分の事を「先輩」と呼んでくれたあの少女も、中央管制室にいた筈。

 

「クッ」

「あ、ちょっと、兄貴ッ!?」

 

 凛果の制止も聞かずに、部屋を飛び出す立香。

 

 フォウもまた、俊敏な足取りで立香の頭の上へと飛び乗る。

 

 そこには、爆発事故に対する危険も、ロマニの警告も関係なかった。

 

 ただ、あの少女を助けたい。その一心あるのみだった。

 

「あーもーッ いっつもこれなんだから!!」

 

 苛立ち紛れに叫ぶ凛果。

 

 彼女もまた、兄を追って部屋を飛び出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び込んだ中央管制室は地獄の様相を呈していた。

 

 爆発の衝撃で壁や天井が崩れ、瓦礫がそこら中に散乱していた。

 

 一面を覆う炎は尚も勢いを増しつつあり、部屋全体が灼熱の様相を呈していた。

 

 周囲に時々見える、人型をした炎の塊。

 

 あれは・・・・・・・・・・・・

 

 そこまでで、立香は思考を止める。

 

 考えるのは後回しだ。今、優先すべき事は他にあった。

 

「マシュッ どこだマシュッ 返事をしてくれ!!」

「フォウッ フォウッ!!」

 

 一緒に着いて来たフォウと一緒に叫ぶ立香。

 

 だが、返事は無い。

 

 周囲に生きている者の気配はなく、ただ死の匂いだけが充満しているようだ。

 

「マシューッ!!」

 

 声の限りに叫ぶ。

 

 だが、やはり返事は無い。

 

 絶望が、立香の心を理解し始める。

 

 炎はますます勢いを増し、

 

 ダメ、なのか?

 

 間に合わなかったのか?

 

 そう思った。

 

 その時、

 

「せ・・・・・・・・・・・・先輩?」

 

 微かに聞こえた声を、立香は聞き逃さなかった。

 

「マシュッ!?」

 

 すぐさま、声がした方へ駆け寄る。

 

 どこだ?

 

 どこにいる?

 

 はやる気持ちを抑える事が出来ず、立香は瓦礫をかき分けて奥へと進む。

 

 そして、

 

 見つけた。

 

 見つけて、しまった。

 

 結論から言えば、マシュは生きていた。

 

 だが、その言葉の前に「まだ」と付くが。

 

 マシュは天井から崩れ落ちてきた瓦礫に挟まれ、身動きが取れなくなっていた。

 

 上半身は辛うじて直撃を免れていたが、挟まれた下半身は恐らく完全に潰れてしまっているだろう。

 

 マシュはもう、助からない。それは火を見るよりも明らかだった。

 

「先輩・・・・・・どうして、来たんですか? ここは危ないです・・・・・・早く、逃げてください」

 

 自分が瀕死の状況にありながら、マシュは立香の方を心配しているのだ。

 

 ちょうどその時、生きていたスピーカーからアナウンスが流れてきた。

 

《観測スタッフに警告。カルデアスの状態が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます》

 

 その言葉につられるように、頭上にあるカルデアスを見やる立香。

 

 思わず、息を呑んだ。

 

 疑似地球環境モデル「カルデアス」。

 

 既に何度か説明した通り、地球そのものを再現したカルデアスは本来、地球と同じく青い色をしている。

 

 しかしどうだろう?

 

 見上げたカルデアスは、不吉なまでに真っ赤に染まっているではないか。

 

《近未来100年までの地球において、人類の痕跡は発見できません。人類の痕跡は発見できません人類の痕跡は発見できません》

 

 不吉なアナウンスが、上がれ続ける。

 

 まるで、地球そのものが燃え上がってしまったかのようである。

 

「カルデアスが・・・・・・・・・・・・」

 

 茫然と呟く立香。

 

 魔術的知識の無い立香から見ても、あれがいかに異常であるか、一目瞭然だった。

 

 アナウンスは、更に続く。

 

《中央隔壁封鎖します。館内洗浄開始まで、あと180秒です》

 

 同時に、瓦礫の向こうで何かが閉まる音が聞こえた。

 

「隔壁、閉まっちゃいましたね・・・・・・すみません。私のせいで・・・・・・」

 

 そう言って謝るマシュ。

 

 そうしている間にも、彼女は自分の身体が徐々に冷たくなっていくのを自覚している。

 

 不思議な事だった。

 

 周りはこれだけ派手に燃え盛っているのに、自分は寒気を覚えているのだから。

 

 これが「死」なのだ。

 

 そう、自覚する。

 

 このまま何もできずに死んでしまう。その事に、不安を感じずにはいられなかった。

 

 と、

 

「まあ、何とかなるさ」

 

 そう言うと、

 

 立香はあろう事か、マシュの傍らに座り込んでしまった。

 

「先輩、何を・・・・・・・・・・・・」

「いや、何となく」

 

 言いながら、立香はマシュに笑いかける。

 

「マシュの傍にいたいって思ってさ」

 

 その言葉だけで、マシュは自分の中にある不安が消えていくようだった。

 

 今日会ったばかりの、

 

 ほんの少し会話をしただけの、マシュにとっての「先輩」。

 

 その存在が、瀕死のマシュの心に、温かい光を齎していた。

 

「あの、立香先輩・・・・・・お願いがあります」

 

 マシュは、立香を見上げながら言った。

 

「手を・・・・・・握ってもらえますか?」

「うん? こうか?」

 

 そう言うと、マシュの手を握りしめる立香。

 

 炎は、ますます強くなり始める。

 

「兄貴ッ!! マシュ!!」

 

 遠くで、凛果が呼ぶ声が聞こえる。

 

 その声に答えようと、立香が顔を上げた時だった。

 

 

 

 

 

《レイシフト定員に達していません。該当マスターを検索中・・・・・・・・・・・・発見、適応番号48番「藤丸立香」、47番「藤丸凛果」をマスターとして再設定します。アンサモンプログラムスタート。全行程クリア。ファーストオーダー、実証を開始します》

 

 

 

 

 

 同時に、視界が光の渦に飲み込まれる。

 

 後には、何も判らなくなった。

 

 

 

 

 

第2話「レイシフト」      終わり

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。