Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第8話「竜飼いの聖女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワイバーンを従えた女性は、その可憐な双眸に険しい光を湛え、真っすぐにこちらを睨み据えている。

 

 ゆったりと長い髪に、白を基調とした裾の長い法衣。

 

 手には十字架を模した錫杖。

 

 ゲームや小説に登場する「僧侶」を連想させる女性だ。

 

 いや、落ち着き払った威厳ある態度は、僧侶よりも高位な存在であるようにも思える。

 

 言わば「聖女」と言うべきか。

 

 ジャンヌもまた聖女ではあるが、目の前にいる女性はより、神に近しい存在であるように思える。

 

 対して、響、美遊、エリザベートの3人も、凛果を守るようにして対峙する。

 

 睨み合う両者。

 

 立ち込める、一触即発の雰囲気。

 

 そんな中、

 

「・・・・・・・・・・・・やれやれ。随分と遅かったじゃない」

 

 落ち着き払った女性の口調。

 

 だが、

 

 告げられる言葉にはどこか、侮蔑が混じって見える。

 

 ぞの侮蔑に、いったい何の意味があるのか?

 

 いずれにせよ、目の前の女性がジャンヌ・オルタ軍の別動隊を率いているのは間違いなさそうだった。

 

 女性は周囲を見回しながら告げる。

 

「おかげでこの有様よ。まあ、私としては仕事がやりやすくて助かったけど」

「どうしてこんな事したのよ?」

 

 女の言葉を無視して、非難する凛果。

 

 いつまでも敵の戯言に付き合ってはいられない。

 

 呑まれる前に呑む。

 

 幾度かの戦いを経験して、凛果にも戦いの呼吸のようなものが掴め始めていた。

 

 その視線は、周囲の惨状へと向けられている。

 

 破壊しつくされたリヨンの街。

 

 住人たちは、文字通り全滅だった。

 

 不必要と思われるほど、徹底的な蹂躙。

 

 こんな事をする必要が、いったいどこにあると言うのか?

 

「無駄な質問をするのね。そんな事決まっているでしょう」

 

 長い髪を揺らしながら、女性はさも何でもない事のように告げる。

 

「サーヴァントだからよ。サーヴァントなら、マスターの命令は聞くものでしょ」

 

 そう言って嘯く。

 

 だが、

 

 その言動が、凛果の心を逆なでする。

 

 サーヴァントである以上、マスターの命令に従う物。それは確かにその通りだろう。

 

 立香や凛果も、少ない時間を利用して様々な知識を学んでいる。

 

 マスターとサーヴァントは決して切り離せない関係であり、サーヴァントはマスターの指示に従う物であると言うのは、聖杯戦争における基本の一つである。

 

 だが、サーヴァントである以上、目の前の女性も歴史に名を成した英霊であるはず。

 

 そんな英霊がなぜ、このような残虐な事ができるのか?

 

 凛果が思う「英雄」の姿と、目の前の女が行った行為は、どうしても結びつかなかった。

 

「・・・・・・さあ、問答なんて、どうでも良いでしょ」

 

 そんな凛果の思考を遮るように、女性はいら立ったように言い放った。

 

 同時に、手にした錫杖を掲げる。

 

「私は竜の魔女の配下として、この街を蹂躙した張本人。そしてあなた達は、私を阻止する為にここへやって来た。なら、お互いの『役割』を果たすとしましょう」

 

 それは、紛れもない開戦への誘い。

 

 既に両者、激突は不可避なところまで来ている。

 

 眦を上げる凛果。

 

 元より、こちらとしてもこれだけの惨状を齎した相手に、躊躇する気は無かった。

 

「みんな、お願い」

「ん、任せて」

 

 凛果の言葉を受けて、腰の刀を抜き放つ響。

 

 同時に美遊とエリザベートもそれぞれ、剣と槍を構える。

 

 次の瞬間、

 

 両者は同時に動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 群がりくるワイバーンの群れ。

 

 翼を鳴らし、極まを剥く獰猛な魔獣。

 

 その姿を見据え、

 

「はァァァッ!!」

 

 美遊が飛んだ。

 

 跳躍と同時に、抜き放った剣を振り翳す白百合の少女。

 

 陽光に反射して煌めく剣閃が、振り翳された翼竜の鉤爪と交錯する。

 

 次の瞬間、

 

 竜の前肢は叩き斬られる。

 

 たちまち、翼竜は激痛により、空中でのたうち回る。

 

 見える、決定的な勝機。

 

「決めるッ!!」

 

 美遊はそのまま勢いを殺さずに、翼竜の腹部に剣を突き立てる。

 

 致命傷を与えた、と言う確信が、剣を通して美遊の手に伝わってくる。

 

 断末魔の絶叫を放つ翼竜。

 

 だが、美遊はそこではまだ、留まらなかった。

 

 力を失い落下しかける翼竜に足を掛けて剣を引き抜くと、巨体を足場にして更に跳躍する。

 

 風に舞うスカートが、ふわりと可憐に跳ね上がる。

 

 舞い踊るように、少女は空中で剣戟の体勢を取る。

 

 翼ある竜に対して、空中戦を仕掛ける美遊。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 大上段から斬り落とされる剣閃。

 

 その一撃が目の前の翼竜の首を叩き落す。

 

 鮮やかな剣閃。

 

 同時に、着地する美遊。

 

 やや遅れて、翼竜の躯も少女の背後に落下した。

 

 不安定な空中にあってさえ、美遊はその剣技は冴えを損なう事無く翼竜を屠っていく。

 

 立ち上がり、剣を血振るいする美遊。

 

 その鋭き眼差しは、尚も踊る戦気を輝かせていた。

 

 一方、

 

 エリザベートも手にした槍を振るって戦い続けていた。

 

 彼女の場合羽がある分、より安定した空中戦が可能となっている。

 

 翼竜の攻撃を急ターンして華麗に回避するエリザベート。

 

 同時に手にした槍を、思いっきり旋回させる。

 

「遅いわよ!!」

 

 重量のある槍は少女の細腕によって豪快に旋回し、遠心力の乗った一撃を容赦なくワイバーンにお見舞いする。

 

 一撃で致命傷を負い、断末魔の悲鳴を上げるワイバーン。

 

 そのまま高度を保てずに落下していく。

 

 エリザベートは更に、背中の羽を羽ばたかせ、高度を上げに掛かる

 

 そこへ、1匹のワイバーンが旋回しつつ、エリザベートを追って襲い掛かってくる。

 

 だが、

 

 軽快に動き回るエリザベートを捉える事は出来ない。

 

 エリザベートは小回りに旋回を繰り返し、翼竜の攻撃を空振りさせていく。

 

「はッ そんなんじゃ、ステージに立つのは百年早いわね!!」

 

 言いながら、槍を振り翳すエリザベート。

 

「下積みから出直してきなさい!!」

 

 突き立てられる槍の穂先。

 

 その一撃は、ワイバーンの脳天を真っ向から刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 美遊とエリザベートがワイバーン相手に死闘を繰り広げる中で、

 

 響は1人、指揮官である女と対峙していた。

 

 刀の切っ先を向けて構える響。

 

 対して、聖女は手にした錫杖を構えて迎え打つ。

 

 睨み合う両者。

 

 その視線が空中で激突し、火花を激しく散らす。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 響が仕掛けた。

 

 長いマフラーを靡かせて駆ける、アサシンの少年。

 

 正面からは仕掛けず、間合いを斜めに切るように走る響。

 

 対して、聖女は手にした錫杖を掲げると、響めがけて魔力弾を放つ。

 

 炸裂する魔力弾。

 

 しかし、それよりも一瞬早く、響は地を蹴って進路を切り替える。

 

「速いッ!?」

 

 驚いたように声を上げる聖女。

 

 だが、呆けている暇は無い。

 

 すかさず響を追って、更に魔力弾を放つ。

 

 次々と連射される魔力弾。

 

 空中に閃光が迸り、着弾した瓦礫がさらに破壊される。

 

 だが、聖女が魔力弾を放つよりも先に、響は身を翻して回避。着実に距離を詰めていく。

 

 ジグザグ走法、とでも言うべきか。

 

 正面から突撃するのではなく、敵の攻撃をかく乱、回避しつつ距離を詰めていく。

 

 人間相手では、そうそう成功するものではない。いかに素早く動こうと、人間の瞬発力はたかが知れているからだ。

 

 だが、サーヴァントなら話が違ってくる。

 

 特にアサシンである響は、高い敏捷ステータスを誇っている。並の相手なら機動力で充分圧倒できる。

 

 駆ける響。

 

 その速度たるや、少年の姿が霞んで見える程である。

 

 移動の瞬間は視界から外れ、僅かに切り返しの瞬間のみ、視界に入る程度だ。

 

 殆ど瞬間移動に近い速度。

 

 女が放つ魔力弾は響を捉える事叶わず、虚しく瓦礫を弾けさせるのみ。

 

 素早く動く響の影すら追えないでいる。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 間合いに入った響が、刀の切っ先を突き込む。

 

 きらめく刃。

 

「クッ!?」

 

 対して、聖女はとっさに錫杖を掲げて響の斬撃を受け止める。

 

 だが、

 

「まだッ!!」

 

 響も、そこで止まらない。

 

 すかさず刃を返すと同時に、斬り上げるように斬撃を繰り出す。

 

 縦に走る一閃。

 

 その一撃を、聖女は後退する事で辛うじて回避する。

 

 だが、

 

「やるわねッ けど、まだまだよ!!」

 

 不敵な笑みを浮かべながら、聖女は魔力を錫杖に充填する。

 

 対して響も、刀を構えなおして再度仕掛ける。

 

「やらせないッ!!」

 

 袈裟懸けに振り下ろされる刀。

 

 だが、

 

 今度は女の方が早かった。

 

 至近距離から放たれた魔力弾が響へと襲い掛かる。

 

「ッ!?」

 

 響の視界いっぱいに広がる魔力の閃光。

 

 回避は不可能。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「ん、こっち」

「なッ!?」

 

 背後から聞こえてきた声に、とっさに振り返る聖女。

 

 果たしてそこには、

 

 刀を振り翳した状態で立つ響の姿があった。

 

 魔力弾が直撃するよりも早く、響は彼女の背後へと回り込んでいたのだ。

 

「これ、でェ!!」

 

 刀を振り下ろす響。

 

 月牙の軌跡を描く銀の刃。

 

 対して、

 

 女性も咄嗟に、錫杖を振り上げて響の攻撃を防ごうとする。

 

 だが、勢いは響の方にある。

 

 振り下ろした剣は、聖女の体勢を大きく崩した。

 

「チッ ここまで素早いなんてッ!?」

 

 よろけるように舌打ちしつつ、とっさに後退して体勢を立て直そうとする聖女。

 

 だが、響もそれを許さないとばかりに追撃を掛ける。

 

「逃がさな、いッ!!」

 

 刀の切っ先を女性に向け、攻撃を掛けるべく引き絞る。

 

 次の瞬間、

 

 女性の目が、鋭く光った。

 

「まだよッ!!」

 

 叫びながら、前へと出る聖女。

 

 刀を繰り出す響。

 

 両者、交錯する。

 

 そして、

 

 ドスッ

 

「・・・・・・・・・・・・なッ!?」

 

 驚く響。

 

 その腹に広がる、鈍く重い痛み。

 

 少年の腹には、女の拳が深々と突き刺さっていた。

 

 響が攻撃を仕掛けようとした一瞬の隙を突く形で、女性は反撃を仕掛けたのだ。

 

 しかも、その清楚な姿からは想像もつかない肉弾戦で。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 静かな呼気と共に響の体から拳を引き抜くと、猛烈な拳打のラッシュを仕掛ける。

 

 それだけではない。聖女の拳には強化魔術が掛けられており、並の武器を遥かに上回る打撃力を誇っている。

 

 その圧倒的な打撃量を前に、虚を突かれた響は完全に後手へと回る。

 

 小さな体に、次々と突き刺さる拳。

 

 その圧倒的な手数を前に、響は反撃の糸口を掴めずにサンドバック状態にされてしまう。

 

 そして、

 

「これで・・・・・・終わりよッ!!」

 

 強烈な一撃が、響の顔面に炸裂した。

 

 拳を打ち切った状態の聖女。

 

 対して、

 

 大きく後退する響。

 

 眦を上げる。

 

「結構・・・・・・やる」

 

 呟きながら、口元から垂れた血をぬぐう。

 

 最後の一撃が特に効いているようだ。それ以外にも強烈な攻撃を幾度も食らい、少年の小さな体は大きなダメージを受けている。

 

 その体には、殴られた事による大小の傷が見えた。

 

「悪いわね。最近の聖女は、肉弾戦も必須なのよ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 成程。

 

 まさか、あの姿で白兵戦(ステゴロ)を仕掛けてくるとは、流石に考えてもいなかった。

 

 「僧侶=後方支援担当=非力」と言う方程式は、目の前の聖女には当てはまらないらしい。

 

 それにしても、

 

 響は自分の体の状況を確認する。

 

 かなり重いパンチだった。今もダメージが足に来ている。

 

 機動力が最大の武器である響が、足をやられたらそこで終わりである。

 

 だが、

 

「ん・・・・・・まだ、動く」

 

 呟きながら、刀を構えなおす。

 

 体内に魔力を走らせ、活性化させる。

 

 ダメージを負って下がった身体能力を補正。再び刀を構えなおす。

 

「響、回復を」

 

 後方で見ていた凛果も、礼装に施された術式を起動。響に回復魔術を掛けていく。

 

 温かい光が少年の身を包み、傷ついた体が少し楽になっていく。

 

「ん、凛果、ありがと」

 

 マスターに礼を言い、改めて刀を構えなおす響。

 

 対して、

 

「そう、まだ来るのね」

 

 どこか悲し気な口調で告げる聖女。

 

 同時に、眦を上げる。

 

「なら、こちらももう、手加減はしないわ」

 

 静かに告げられる言葉。

 

 だが、

 

 同時に、女の中で魔力が高まるのを、響は感じていた。

 

「・・・・・・・・・・・・何を」

 

 刀の切っ先を向けながら、響は緊張した面持ちで呟く。

 

 女が何か、奥の手を使おうとしている。

 

 そう感じたのだ。

 

 やがて、

 

 女を中心に魔法陣が描かれる。

 

 同時に、見開かれた目から魔力の光が放たれる。

 

「出でよ、愛知らぬ哀しき竜よ・・・・・・ここに、星のように!!」

 

 魔力が空間に呼応する。

 

 振動する大気。

 

 同時に、女の背後に魔力の門が開かれる。

 

「来なさいッ 愛知らぬ哀しき竜(タ ラ ス ク)!!」

 

 開かれる巨大な口。

 

 そこから現れた物は、想像を絶していた。

 

 岩をそのまま削り出したようなごつごつした巨体に、短い首。長い尾が空気を叩くように旋回し、脚は6本もある。

 

 その凶悪な目が、自らの主の敵を睨み据えていた。

 

 

 

 

 

 翼を羽ばたかせて急降下してくるワイバーン。

 

 その光る鉤爪が、眼下の少女に狙いを定める。

 

 対して、

 

 美遊は眦を上げて剣を構える。

 

「ハァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 同時に跳躍。勢いを殺さずに斬りかかる。

 

 少女の白いドレスが、空中に咲く花の如く舞う。

 

 交錯。

 

 次の瞬間、

 

 ワイバーンの前肢は美遊の剣によって叩ききられる。

 

 苦悶の絶叫を上げるワイバーン。

 

 だが、美遊はそこで動きを止めない。

 

「これで・・・・・・終わり」

 

 静かな呟き。

 

 同時に、斬線が縦横に奔る。

 

 美遊の素早い斬撃を前に、ワイバーンは血しぶきを上げて絶命する。

 

 スカートをふわりと靡かせる美遊。

 

 そのまま重力の法則に従い着地する。

 

「・・・・・・・・・・・・これで」

 

 剣を下ろしながら、美遊は呟く。

 

 既に周囲に、ワイバーンの姿は無い。全て、美遊とエリザベートによって倒されていた。

 

 とは言え、

 

「今更こんなことしても、どうにもならない・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊は哀し気な眼差しで呟く。

 

 周囲に広がるのは、瓦礫と化したリヨンの街。

 

 自分たちがもう少し早く来ていたら、こんな事にならなかったかもしれない。

 

 そんな想いが、美遊の脳裏によぎる。

 

 だが、

 

「考えすぎよ」

 

 そんな美遊の想いを感じ取ったように、背後から声が聞こえてきた。

 

「エリザベートさん・・・・・・・・・・・・」

 

 槍を肩に担ぎながら、美遊に歩み寄るエリザベート。

 

 どうやら、向こうの方も片付いたらしかった。

 

「あたしたちが間に合わなかったのは結果論よ。先の事なんて誰にも判りっこないんだから、あそこでああしてれば良かった、とか、こうしてれば良かったとかって考えるだけ、時間の無駄よ」

「けど・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな風には割り切れない。

 

 美遊は、どうしてもそう思ってしまうのだった。

 

 そんな美遊の様子に、エリザベートは嘆息する。

 

 まあ、気持ちは判らないでもない。

 

 切り替える術は、自分で見つけていくしかないのだ。

 

 その時だった。

 

 突如、巨大な地鳴りが発生し、思わず2人の体が浮き上がるのが感じた。

 

「キャッ!?」

「な、何ッ!?」

 

 思わず振り仰ぎ、振動のした方角を振り返る美遊とエリザベート。

 

 果たしてそこには、

 

 瓦礫と化した街を破壊しながら、巌の如く現れた巨竜の姿があった。

 

「あれはいったいッ」

 

 思わず絶句する美遊。

 

 竜は、その凶悪な姿でリヨンを蹂躙しながら、ゆっくりと進撃している。

 

「まずいわね。多分あれ、さっきの女の宝具よ」

「あれが・・・・・・・・・・・・」

 

 エリザベートの言葉に、美遊は唇を噛み占める。

 

 いったい、あんな奴を相手にどう戦えばいいのか?

 

 そして、

 

 今、あれと戦っているであろう少年の事を思い浮かべる。

 

「響・・・・・・・・・・・・」

 

 あんな相手と単独で対峙している少年の身が思うと、美遊の中で気が逸るようだった

 

 その理由は判らない。

 

 だが、

 

 茫洋として、どこか危なげな印象がある響。

 

 気が付くと、放っておけない気持ちになってしまう少年。

 

 行かなければ。

 

 美遊がそう思うのに、刹那の間も必要なかった。

 

「行きます」

「あ、ちょっと待ちなさい、美遊ッ あたしも行くってば!!」

 

 駆けだす美遊。

 

 その背後から、エリザベートも慌てて追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 果たしてこれを「竜」と呼んで良い物か?

 

 凛果と響は、突如として目の前にその巨体を現した「怪獣」を、あんぐりと口を開けて眺めている。

 

 もしここが日本なら「玄武」と呼称したかもしれない。

 

《まずいぞ凛果ちゃん!! あの女の真名が判ったッ!!》

「わッ ダ・ヴィンチちゃんッ!? 急に何!?」

 

 突然、割り込んで来たダ・ヴィンチに、驚く凛果。

 

 だが、ダ・ヴィンチは構わず続ける。

 

《「愛知らぬ哀しき竜(タ ラ ス ク)」とは、遥か昔、ローヌ川近辺に生息していたと言われる半獣半魚の竜だ。伝説の怪物リヴァイアサンの子として産まれ、人々に恐れられた怪物でもある。だが、1人の女性によって鎮められる事になる》

 

 その間に聖女は、竜の頭に飛び乗ると、真っすぐに錫杖を響へと向ける。

 

《彼女の真名は「聖マルタ」。悪竜討伐の伝説を持つ聖女だ!!》

 

 

 

 

 

 

第8話「竜飼いの聖女」      終わり

 


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