Fate/cross wind   作:ファルクラム

25 / 120
第13話「ヴィヴィ・ラ・フランス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、

 

 ふと、目が覚めた響は、天幕を抜け出して外へと出た。

 

 冷たい外気が顔に掛かり、僅かに顔をしかめる。

 

 見上げれば、漆黒の空一面に星の明かりが見える。

 

 純粋に、綺麗だと思った。

 

 多分、空気が澄んでいるからだろう。おかげで星明りが良く見えた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 暫く、立ち尽くしたまま星を見ている。

 

 明日は、決戦になる。

 

 ジャンヌ・オルタ軍はオルレアンに万全の布陣を敷いて待ち構えている事だろう。

 

 対して、カルデア特殊班の陣容は、残念ながら万全とは言い難い。

 

 切り札であるジークフリートは戦線離脱中。それに合わせて、ジャンヌとゲオルギウスも解呪の為に離脱している。

 

 現状のカルデア特殊班は、戦力を大きく削がれている状態だった。

 

 しかし、これ以上時間をかけても、状況の好転は望めない。ならば、手持ちの札に賭けて決戦を挑む以外に無かった。

 

 と、

 

「あら、そこにいるのは、響かしら?」

「ん?」

 

 声を掛けられ振り返る。

 

 闇の中から、控えめに草を踏む音と共に現れたのは、花のように可憐な姿をした少女だった。

 

「マリー、どした?」

 

 フランス王妃マリー・アントワネットは、少年暗殺者に対してニッコリとほほ笑みかけてくる。

 

 ほのかな星明りの下で、その美しさはより一層映えているように思える。

 

 今の彼女は全盛期よりも少し前、フランス王妃となる前の少女時代の姿として召喚されている。

 

 しかし、生前より語られる美貌は、既に開花していると言ってよかった。

 

「眠れないのかしら?」

 

 響の傍らに寄って来たマリーは、響の頭を撫でながら優しく微笑みかける。

 

「子守唄を歌ってあげましょうか?」

「・・・・・・いい」

 

 ちょっと、顔を赤くして背ける響。

 

 何となく、マリーにそんな事を言われると、気恥ずかしい気持ちになってしまった。

 

 それにまあ、

 

 正直「子守歌」には最近、ちょっとしたトラウマがあるので勘弁してもらいたい、と言う気持ちもあるのだが。

 

「ん、そう言えば、聞きたい事あった」

「何かしら?」

 

 マリーに促され、響は彼女の隣に腰かける。

 

 ちょうど、2人で並んで星空を見上げる形だった。

 

「マリーの事、凛果から聞いた。生きてた頃の話」

「・・・・・・・・・・・・ああ」

 

 響が何を言いたいのか得心したように、マリーは頷きを返す。

 

「良いわ、少しだけ、お話ししてあげる。おせんべいのお礼よ」

 

 そう言って、マリーは笑いかける。

 

 マリー・アントワネット。

 

 ルイ16世の妻にして、フランス王妃。

 

 誰よりもフランス国民を愛し、誰よりもフランス国民から愛され、そして裏切られた悲劇の女性。

 

 彼女は生前、貧困に喘ぐフランス国民を慮り、あらゆる手を尽くして彼らを救おうとした。

 

 自ら率先して倹約を行い、貴族たちから寄付金を募った事もあった。

 

 しかし、先王であるルイ15世の無理な外征がたたり、国庫が破綻寸前だった当時のフランスは、既にマリー1人が奮闘した程度で覆る事は無かった。

 

 加えて、時代は激動を迎えようとしていた。

 

 当時、フランスの首都パリでは王党派と革命派が睨み合い、殆ど内戦状態に近い様相だった。

 

 そんな状況の中、マリーは何とか人々の暮らしを良くしようと奔走を続けた。

 

 だが、

 

 いくら待っても、暮らしは良くならず、人々の不満は日増しに募っていく。

 

 やがて国民は、ある結論へと導かれる。

 

 自分たちが日々、必死に働いても暮らしが良くならないのは、誰か黒幕がいるからだ。そいつが富を貪り、自分達に貧困を押し付けているのだ、と。

 

 それは誰か?

 

 決まっている。あの凡庸な国王にそんな事ができるはずが無い。

 

 ならば誰か?

 

 王妃マリー・アントワネットだ。あの小狡い女が、王を誑かしているに違いない。

 

 全ては、政権奪取に躍起になった革命派が流した悪質なデマだった。

 

 事実無根な噂は、やがてフランス中を巻き込んで拡大していく。

 

 やがて起こる、フランス史上に残る一大スキャンダル「首飾り事件」。この事件はマリーにとって冤罪以外の何物でもなかったが、国民は誰も信じなかった。

 

 国民のマリーへの信頼は、完全に地に堕ちた。

 

 もはや、フランスは彼女にとって、安全な場所ではない。

 

 彼女は断腸の思いで家族を連れ、実家であるオーストリアへ亡命しようとする。

 

 しかし、既に周りは敵だらけになっていた。

 

 亡命計画は発覚し、連れ戻されたマリー達国王一家。

 

 それでも最初の頃はまだ良かった。

 

 初めの内は、国王一家に対する敬意が残っており、マリーは家族と暮らす事が出来た。

 

 思えばあの時が、マリーが心休まる時を過ごせた、最後の時間だったかもしれない。

 

 やがて起こる、対フランス同盟軍との革命戦争。

 

 戦況が芳しくないフランス軍は、「マリー・アントワネットがフランス軍の情報を敵に流している」と、あらぬ噂を言い立て糾弾。国民の多くが、それに賛同してしまった。

 

 やがて夫、ルイ16世が処刑。

 

 それに続き、マリーもまた断頭台の露と消えた。

 

「マリーは、恨んでない、の?」

「そうね・・・・・・」

 

 尋ねる響に対し、マリーは正面から見つめ返す。

 

 彼女にも気づいていた。

 

 目の前に座る暗殺者の少年は幼い。だが、幼いがゆえに、物事の本質を真っすぐに見ようとしているのだ。

 

 フランス国民に裏切られたマリー・アントワネットは、フランス国民を恨んで当たり前。少なくとも、その権利はある。

 

 響は、そう言いたいのだろう。

 

「私が殺された事については別に・・・・・・あの時は、どうしようもなかった事だから。けど・・・・・・」

「ん、けど?」

「私の子供にした事については、少しだけ」

 

 マリー・アントワネットには生涯、4人の子供がいたが、そのうち長男と次女は夭折しており、革命時に共にいたのは長女マリー・テレーズと、次男にして王太子のルイ・シャルルであった。

 

 マリー・テレーズは革命後、亡命に成功し、その後も波乱に満ちた生涯を送る事になる。

 

 だがルイ・シャルルは、

 

 幼かった息子は両親の死後、王太子だった事もあり、王政復古を警戒する革命派によって監禁され、ひどい虐待を受ける事になる。

 

 罵倒に暴力、洗脳、隷属、放置、果ては病気になっても医者にさえ診せてもらえなかった。

 

 全ては、国王一家を貶める為に仕組んだ、革命派の差し金である。

 

 彼らは僅か10歳にも満たぬ少年の心身を、文字通り貪りつくしたのだ。ただ、国王夫妻の息子であると言うだけの理由で。

 

 一部の心ある人々が救いの手を差し伸べた時には、既に手遅れだったと言う。

 

 マリーの息子は、父にも母にも先立たれ、わずか10歳で寂しく死んでいったのだ。

 

「けどね、それでも私は、この国への愛を捨てる事が出来なかった。だって、最後には裏切られたけど、一度は確かに幸せだったのだから」

「マリー・・・・・・」

「だから、私は心からこう言うの『ヴィヴィ・ラ・フランス(フランス万歳)』って」

 

 声を掛けようとする響の頭を、マリーはそっと撫でる。

 

「びびー、らふらんす?」

「ちょっと、発音が違うかなー?」

 

 復唱する響に、マリーは苦笑を返す。

 

 と、そこで少し真剣な眼差しで響を見る。

 

「あなたも、何か守りたい人がいる。違う?」

「それは・・・・・・・・・・・・」

 

 言い淀む響。

 

 対して、マリーは柔らかく微笑む。

 

「別に、無理に言わなくて良いの。ただ・・・・・・」

 

 言いながら、マリーは立ち上がる。

 

「本当に守りたいと思ったその時は、決して迷っちゃだめよ。あなたが迷えば、あなたが守りたいと思う子にも危険が及ぶことになるのだから」

「ん・・・・・・・・・・・・」

 

 頷く響に、マリーは笑いかける。

 

「良い子ね。さあ、明日も早いわ。子供はもう、寝る時間よ」

 

 そう言うとマリーは響の手を取り、天幕の方へと連れ立っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開けて翌日、

 

 カルデア特殊班はついに、決戦の地、オルレアンへと進出した。

 

 その視界の先では、血を埋め尽くすほどに配置された骸骨兵士たちの姿が見える。

 

 はじめから予想は出来ていた事である。

 

 敵とて馬鹿ではない。攻められると分かっていれば、守りを固めるのは当然の事だろう。

 

「予定通りってとこか」

「そうですね先輩。ジャンヌ・オルタ軍はこちらの予想通り、万全の布陣で待ち構えているようです。

 

 オルレアンを望める丘の上に立ちながら、立香は低い声で呟いた。

 

 その視界の先では、敵軍が布陣しているのが見える。

 

 地上には死者の軍勢が立ち並び、上空にはワイバーンの群れが乱舞する。

 

 答えるマシュの声にも、緊張が混じる。

 

 ジャンヌ・オルタ軍は、万全の態勢で待ち構えていたのだ。

 

 今回、立香は戦力を2つに分けている。

 

 と言うのも、ジークフリートの存在が大きかった。

 

 ジャンヌ・オルタとの戦いで死の呪いを受けてしまったジークフリート。

 

 幸い、ジャンヌ、ゲオルギウスと言う2大聖人が揃ってくれたおかげで解呪の目途は立ったのだが、それでも時間がかかるとの事。

 

 その為、立香としても兵力を二分せざるを得なかった。

 

 そこでジャンヌ、ゲオルギウスをジークフリートの解呪に当て、マリーとモーツァルトがその護衛。

 

 前線担当は、響、美遊、マシュ、エリザベート、清姫が立ち、マスターである立香と凛果がサポートに当たる予定だ。

 

 竜殺しの英雄であるジークフリートとゲオルギウスを初手から欠いているのは痛いが、この状況では仕方がない。彼等には後から戦線に合流してもらう予定だった。

 

「さて、じゃあ一番槍はあたしがやらせてもらうわよ」」

 

 一言言ってから前に出たのはエリザベートである。

 

 数で劣るカルデア特殊班。

 

 ならば、まずは先制攻撃で敵の出鼻をくじく必要がある。

 

 その一番槍を、エリザベートに任せる事にした。

 

「サーヴァント界最高のヒットナンバーを聞かせてあげるわ!!」

 

 意気揚々と告げるエリザベート。

 

 だが、

 

 その後方では、響がみんなに何かを配っていた。

 

「何だこれ?」

「耳栓、ですわね?」

「これを、耳にすればいいのですか?」

「ん、良いから良いから」

 

 戸惑う立香と清姫、マシュに、早く付けろと促す。

 

 一方、事情が分かっている凛果と美遊は、既に装備済みだった。

 

 同時に、エリザベートの周囲に魔力が活性化する。

 

 現れしは巨大な城。

 

 其れはかつて、彼女が居としたハンガリーのチェイテ城。

 

 「女吸血鬼エリザベート・バートリ」の舞台となった血塗られた伝説を刻まれし場所。

 

 勿論、現物ではない。エリザベート本人の魔力によって創り出された幻想だ。

 

 しかし、このチェイテ城こそが、エリザベートにとって最高の「ライブ会場」に他ならない。

 

 そして、

 

 これこそが、槍兵(ランサー)エリザベート・バートリの宝具でもあった。

 

 胸いっぱいに吸い込むエリザベート。

 

 次の瞬間、

 

 一気に解放する。

 

鮮  血  魔  嬢(バートリ・エルジェーベド)!!」

 

 放たれる、強烈な咆哮。

 

 本物のドラゴンもかくやと思えるほどの一撃は最早、「音波砲」と称しても良いだろう。

 

 これこそがエリザベート・バートリの宝具「鮮血魔嬢(バートリ・エルジェベード)」。

 

 竜属性である彼女の声を、魔力で増幅して最大開放。それを余すことなく敵に叩きつける対軍宝具。

 

 チェイテ城と言う、かつてエリザベート自身が外征中の夫に代わって治めた城を舞台とする事で、その威力は更に跳ね上がる。

 

 受けた相手は、彼女の「歌声」を前に、ワイバーンや骸骨兵士が次々と吹き飛ばされ、粉砕されていくのが見える。

 

 今の一撃で、数十は巻き込んだ事だろう。

 

 ジャンヌ・オルタの陣容に、大きな穴が開くのが見えた。

 

 やがて、徐々に収束していく咆哮。

 

 それと同時に、幻想として出現したチェイテ城も霞のように消えていく。

 

 だが、先制攻撃としては十分以上の威力を発揮したのは確かだった。

 

「どうよッ!!」

 

 意気揚々と振り返るエリザベート。

 

 そこで、

 

「う・・・・・・こ、これは・・・・・・」

「ちょ、これ、ひどくない?」

「もはや、騒音公害のレベルです・・・・・・」

「ん、エリザもう、歌うの禁止」

「何でよー!!」

 

 耳栓越しにも大ダメージを受けたカルデア特殊班一同が、苦悶しながら蹲っていた。

 

 

 

 

 

 ~一方その頃、オルレアン城では~

 

「な、何だったの、今のは!?」

「わ、判りませぬ」

「何と言うか・・・・・・ガラクタを一斉に叩きつけたような音だったね」

「いやいや、魔獣100匹が一斉に吼えてもああはいくまい」

「地獄の亡者が一斉に蜂起したのかも」

「いずれにしても、この世のものでは無いひどさだった事だけは確かだな」

 

 敵軍(ギャラリー)からの反応も散々な物だった。

 

 

 

 

 

 何はともあれ、

 

 「多少の誤差」はあった物の、エリザベートの一撃で、カルデア特殊班が先制したのは事実である。

 

 ならば、ここは一気に押し込むべき所だった。

 

「ん、先行く」

 

 先頭に立った黒装束の少年が、腰に差した刀を抜き放つ。

 

 彼方を見据える響。

 

 次の瞬間、

 

 一気に斬り込む。

 

 100メートル以上隔てた戦場を、数秒で駆け抜け前線に踊り込む響。

 

 敵軍からしたら、何か影のような物が走り抜けたようにしか見えなかった事だろう。

 

 次の瞬間、

 

 前線にいた骸骨兵士複数が、一気に斬り倒された。

 

 突如、自陣に飛び込んで来た少年に、陣形を乱すジャンヌ・オルタ軍。

 

 一部の骸骨兵士はバラバラに斬りかかってくる。

 

 だが、

 

「ん、遅い」

 

 低く呟く響。

 

 同時に、剣閃が縦横に奔る。

 

 空間そのものを斬り裂くような斬撃。

 

 一拍の間を置いて、近づこうとした骸骨兵士は悉く、バラバラに斬り捨てられ、地へと転がった。

 

 目にもとまらぬ早業、とでも言うべきか。

 

 アサシンの真骨頂とでも言うべき戦いぶりである。

 

 更に、響は間髪入れず、上空に目をやる。

 

「んッ!!」

 

 跳躍。

 

 同時に、魔力で足場を作ると、上空のワイバーン目がけて一気に駆け上がる。

 

 鋭く奔る刃。

 

 その一撃が、翼竜の腹を容赦なく斬り裂いた。

 

 着地する響。

 

 次の目標に向けて、視線を向けようとした。

 

 

 

 

 

 カルデア特殊班の勢いはすさまじかった。

 

 先制した響を先頭に、ジャンヌ・オルタ軍の隊列を次々と蹴散らしていく。

 

 それに対し、ジャンヌ・オルタ軍もワイバーンや骸骨兵士を集中投入して特殊班の進撃を防ごうとする。

 

 だが、勢いを止めるに至らない。

 

 カルデア特殊班は、指揮官である藤丸兄妹指揮の元、次々とジャンヌ・オルタ軍の戦線を打ち破っていく。

 

 中央にマシュを置き、敵の攻撃を防ぎ止めると同時に、美遊、エリザベート、清姫の3騎が斬り込む陣形を取っている。

 

 3人が道を開き、敵の攻撃に際してはマシュが前に出て防御を固めるのだ。

 

 急降下してくるワイバーン。

 

 鋭い爪が、美遊に狙いを定める。

 

 だが、

 

「はァァァァァァ!!」

 

 気合と共に大盾を振るうマシュ。

 

 その一撃が、ワイバーンを弾き飛ばす。

 

 その間に美遊が、剣を振り翳して斬り込んでいく。

 

 群がる骸骨兵士に対して手にした剣を一閃、斬り飛ばす。

 

 両翼を固めるエリザベートと清姫も負けていない。

 

 左右から群がろうとする敵を、次々と屠っていく。

 

「みんな頑張ってる。これなら一気に行けるかなッ!?」

 

 歓喜の声を上げる凛果。

 

 実際、響達の活躍によって、ジャンヌ・オルタ軍は総崩れとなりつつある。

 

 このまま行けば、一気にオルレアンに攻め込む事も不可能ではないように見える

 

 だが、

 

「いや」

 

 凛果の横を駆けながら、立香はかぶりを振る。

 

「出てきているのは雑魚ばっかりだ。連中はまだ、主力を出してきていないッ」

「そう言えばッ」

 

 出てきているのはワイバーンと骸骨兵士ばかりだ。

 

 敵の主力であるはずの狂化サーヴァント達が未だに出てきていないのが気になる所だった。

 

 その時、

 

「止まってくださいッ 先輩方!!」

 

 突然のマシュの警告に、思わず足を止める立香と凛果。

 

 既に周囲の敵は殆ど倒している。

 

 いったい、何が起きたと言うのか?

 

 いぶかる様に向けた視線の先。

 

 そこには、一振りの呪旗を掲げた漆黒の少女が、カルデア特殊班を待ち構えるようにして立っていた。

 

「おいおい。いきなり親玉の登場かよ」

 

 ジャンヌ・オルタの突然の出現に、戸惑いを隠せない立香。

 

 対して、迎え撃つジャンヌ・オルタは、ニヤリと笑みを見せる。

 

「よくぞおいでくださいました、カルデアの皆さま。このジャンヌ・ダルク。皆さまの来訪を、一日千秋にお待ちいたしておりました」

 

 慇懃に挨拶するジャンヌ・オルタ。

 

 対して、立香達を守るように立つ美遊達。

 

 マシュは2人の正面で盾を構え、美遊が剣を、エリザベートが槍を、清姫が扇子を真っすぐにジャンヌ・オルタに向け、いつでも攻撃できる態勢を整えている。

 

 だが、3騎のサーヴァントを前にしても、ジャンヌ・オルタは平然と立ち尽くし、その口元には笑みを浮かべていた。

 

 余裕の態度を崩さないジャンヌ・オルタ。

 

 まるで、既にこうなる事は計算済みであった、とでも言いたげな態度である。

 

「皆様が来る日を心待ちにしておりました。どうぞ、わたし達が用意した歓迎を、存分に楽しんでいってくださいね」

 

 そう言うと、

 

 ジャンヌ・オルタは静かに、右腕を掲げた。

 

 一体何事か?

 

 訝る立香達。

 

 その時だった。

 

「これはッ・・・・・・」

 

 美遊が何か異常を感じ、思わず声を上げる。

 

 同時に、

 

 地面が突然、揺れるのを感じた。

 

「な、何ッ!?」

「どうしたんだ、急に!?」

 

 驚く妹を支えてやりながら、周囲を見回す立香。

 

 揺れは更に大きくなっている。

 

 そればかりか、地鳴りまで聞こえ始めていた。

 

 地鳴りは徐々に大きくなり、既に大気も震え始めている。

 

「いや、これ地震って言うよりも、むしろ・・・・・・・・・・・・」

 

 嫌な予感を感じ、声を震わせる凛果。

 

 これと同じような感覚を、つい最近も体験していたのだ。

 

「一つ、良い事を教えましょうか」

 

 戸惑う一同を見ながら、ジャンヌ・オルタは口元に笑みを浮かべて言った。

 

「私はこの邪竜百年戦争を始めるに当たり、複数のサーヴァントを召喚しました。ただし、その中にバーサーカーだけは、あえて召喚しなかった。それはなぜだと思いますか?」

 

 固唾を飲んで見守る立香達。

 

 対して、ジャンヌ・オルタは楽しそうに言い放った。

 

「必要なかったのですよ。なぜなら、『彼』がいましたからね!!」

 

 ジャンヌ・オルタが言い放った、

 

 次の瞬間、

 

 視界の先にあるオルレアン城が、轟音と共に崩れ落ちた。

 

「い、いったい何がッ!?」

 

 マシュが驚愕して声を上げる中。

 

 崩れ落ちるがれきの下から、

 

 「それ」は姿を現した。

 

 巨大な体、巨木の如き四肢、うねる尾は一撃で大地をも叩き割れるだろう。

 

 そして天をも衝かんとする長い首が、地面の下から姿を現す。

 

 小山の如き巨体を誇る竜。

 

 上空を飛ぶワイバーンが「ヤモリ」程度にしか見えない。

 

 リヨンでマルタが召喚したタラスクよりも、尚も大きい。

 

 「恐怖」を具体的に視覚化した存在が、そこにいた。

 

「な、なんだ、あれはッ!?」

 

 凛果を背中に庇いながら、立香はうめき声を発する。

 

 その圧倒的な存在感を見せる邪竜は、今にもこちらに襲い掛かろうと睨みつけていた。

 

「邪竜ファブニール。こいつが完成してくれたおかげで、わたくしたちの布陣は完璧になりました」

 

 ジャンヌ・オルタは謳い上げるように告げる。 

 

 邪竜ファブニール。

 

 北欧神話に登場する邪竜であり、英雄ジークフリートとの対決は有名な伝説である。

 

 なぜ、砦の戦いでジャンヌ・オルタがジークフリートの排除を行ったのか?

 

 その理由がこれだった。

 

 ジャンヌ・オルタは、ファブニールを運用する上で邪魔になるジークフリートを先に倒してしまおうと考えたのだ。

 

 そして、

 

 立香はジャンヌ・オルタの狙いを悟った。

 

 彼女は初めから、カルデア特殊班がオルレアンに攻め込んで来るのを待っていたのだ。

 

 このファブニールを使って、自分たちを一網打尽にする為に。

 

 特殊班は言わば、張られた罠の中に自ら飛び込んでしまった形である。

 

「さあ、始めましょう。真なる邪竜百年戦争を!!」

 

 そう告げるとジャンヌ・オルタは、手にした呪旗を高らかに振り翳した。

 

 

 

 

 

第13話「ヴィヴィ・ラ・フランス」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 装置の前に立つ。

 

 見上げるほどの高さを持つ、棺桶のような機械群。

 

 正直、何がどんな機能を有しているのか、はた目には殆ど分からない。

 

 だが、これらの装置は皆、カルデアが誇る技術の結晶であり、今や人類の未来を担う、大切な戦力である。

 

 そして、

 

 これらの装置は今、遥か過去のフランスへと繋がっている。

 

 戦いはいよいよ大詰め。

 

 カルデア特殊班とジャンヌ・オルタ軍との決戦が始まっていると言う。。

 

 ここまで味方は全戦全勝を続けている。

 

 正直、よくやっていると思う。

 

 藤丸兄妹は殆ど素人にも拘らず、サーヴァント達をよく指揮して難局を乗り切って来た。

 

 サーヴァント達もその実力を大いに発揮して、大敵を打ち破って来た。

 

 それだけでも快挙と言えるだろう。

 

 だが、まだ油断も出来ない。

 

 ジャンヌ・オルタ軍の主力。特に狂化サーヴァント達は、ほぼ無傷で残っている。

 

 いかに連戦連勝のカルデア特殊班と言えども、苦戦は必至だった。

 

「行くのかい?」

 

 背後から駆けられた声に振り返る。

 

 視線の先に立つのは、白衣姿の優男。

 

 ロマニ・アーキマンだ。

 

 一見するとなよっとした学者風のこの男が現在、このカルデアにおける指揮官でもある。

 

 そのロマニが、嘆息交じりに口を開いた。

 

「正直、賛成できないな。今の君はまだ、安定しているとは言い難い」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな事は判っている。自分が万全でない事くらい。

 

 しかし、

 

 それを押してでも尚、自分は行かなくてはならないのだ。

 

 ロマニが、嘆息する。

 

 止めて止まる相手ではない事は、とうに悟っていた事だ。

 

「判ったよ、止めはしない。ただ、くれぐれも無茶だけはしないでくれよ」

 

 肩を竦めるロマニ。

 

「僕たちの戦いは、まだ先が長い。君も、こんな『序盤』で脱落なんかしたくないだろ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 嘯くロマニに頷きを返す。

 

 そのまま、振り返る事無く装置へ歩み寄った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。