Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第16話「罪の在り処」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刃を交わす、エリザベートとカーミラ。

 

 魔力弾を矢継ぎ早に放ち、弾幕に近い攻撃を仕掛けるカーミラ。

 

 対してエリザベートは背中の羽を羽ばたかせると機動力に物を言わせて、攻撃を回避しつつ、懐に飛び込むタイミングを計っている。

 

 飛び交う魔力の光弾。

 

 だが、その全てを回避していくエリザベート。

 

「このッ 一丁前にかわしてんじゃないわよ!!」

 

 声を荒げるように言いながら、魔力弾を放つカーミラ。その仮面の下には、苛立ちの色が浮かんでいる。

 

 対して、

 

 一撃を、上空で旋回して回避するエリザベート。

 

 カーミラとは対照的に、その動きには余裕すら感じられた。

 

「かわすに決まってんでしょうが!!」

 

 叫びながら、槍を振り上げる。

 

 高速で斬り込むエリザベート。

 

 漆黒の穂先が、陽光を浴びて怪しく光る。

 

 対抗するように、魔力弾を次々と撃ち放って迎え撃つカーミラ。

 

 だが、当たらない。

 

 エリザベートは羽根を羽ばたかせて上昇すると、カーミラの攻撃を回避。

 

 同時に、槍を逆手の持ち替える。

 

「あたしは、あんた(あたし)を許さないッ 自分1人の為にたくさんの人を犠牲にして、悪名だけを残して死んだあたし(あんた)を!!」

 

 突き込まれる刃。

 

 その一閃を、錫杖で防ぐカーミラ。

 

 しかし、いかに少女としての姿を取っていても、ランサーのエリザベートの方が、アサシンのカーミラよりも直接的な戦闘力において上回っている。

 

 攻撃を防ぎきれず、大きく後退するカーミラ。

 

 対して、エリザベートも、槍を構えなおしてフルスイングするように襲い掛かる。

 

 お互いに「エリザベート・バートリ」である存在は、至近距離で互いに睨み合う。

 

「だから終わらせてやるわッ!! ここで全部!!」

 

 言い放つと同時に、膂力に任せて槍を振り抜くエリザベート。

 

 その一撃が、カーミラを直撃する。

 

 大きく後退するカーミラ。

 

 一瞬の静寂が、両者の間に流れる。

 

 エリザベートもまた、槍を構えなおしてカーミラを睨む。

 

 やがて、ゆっくりと顔を上げるカーミラ。

 

 その口元からは、一筋の血が零れ落ちる。

 

 どうやら、とっさに打点をずらす事で、ダメージを減殺したらしい。

 

 やはり、一筋縄ではいかない。

 

 警戒するように、槍を構えるエリザベート。

 

 対して、カーミラは、錫杖をだらりと下げて佇む。

 

 不気味な沈黙が流れる両者の間。

 

 ややあって、

 

「・・・・・・・・・・・・いい気なものね。自分1人が善人のつもりかしら?」

 

 カーミラの口から、低い声で告げられる。

 

 仮面の下から放たれる眼光。

 

 そこから、憎悪に近い殺気が漏れ出していた。

 

「私は確かに罪を犯した。それは否定しない。けどなら、あなたはどうなのかしら?」

「何が・・・・・・・・・・・・」

「私が既に罪を犯した存在なら、あなたはこれから罪を犯す存在。そこにどんな差があると言うのかしら? ただ後か先かの問題よ」

 

 言いながら、

 

 カーミラの魔力が高まっていく。

 

 身構えるエリザベート。

 

 次の瞬間、

 

「私が罪深い存在だと言うなら、あなたも同じ!! なら、あなたもまた、ここで消えるべきなのよ!!」

 

 背後から伸びてきた鎖がエリザベートの細い体に絡みつき、あっという間に拘束してしまった。

 

「これは・・・・・・しまったッ!?」

 

 驚いて振り返るエリザベート。

 

 その視界の中で、

 

 不気味な顔が上部に付属した巨大な棺桶が、口を開けてエリザベートを待ち構えているのが見えた。

 

 その扉の内側には長く鋭い針が、びっしりと設置されていた。

 

「クッ!?」

 

 何とか抵抗しようと、もがくエリザベート。

 

 しかし、鎖で引き寄せられる力は強く、あっという間に中へと引きずり込まれていく。

 

 棺桶の中に拘束されるエリザベート。

 

 その様を、カーミラは愉悦と共に眺める。

 

 そして

 

幻想の鉄処女(アイアン・メイデン)!!」

 

 詠唱と同時に、エリザベートを閉じ込めた扉は、重々しく閉じられるのだった。

 

 

 

 

 

 鋭く伸びた長い爪を駆使して斬り込んでくる仮面の男。

 

 その攻撃を弾きながら、美遊はどうにか距離を取ろうとしている。

 

「歌っておくれクリスティーヌ、君の美声こそがこの世の光よ!!」

「誰と、勘違いをッ!!」

 

 正面から迫る下面の男。

 

 対抗するように、右手に構えた剣を横なぎに振るう美遊。

 

 鋭く奔る銀の剣閃。

 

 だが、仮面の男はいっそ華麗に思えるようなステップで後退。少女の剣を回避する。

 

 その姿に、舌打ちする美遊。

 

 強い、と言う訳ではない。

 

 むしろ、実力的には、美遊の方が相手を凌駕している事だろう。

 

 しかし先ほどから、美遊の攻撃は絶妙なタイミングでかわされている。

 

 「強い」と言うより「厄介」な相手だった。

 

 ファントム・オブ・ジ・オペラ

 

 またの名を「オペラ座の怪人」

 

 歌姫を目指す1人の少女に愛を抱き、彼女を守るために狂ったように凶行を繰り広げた哀しき殺人鬼。

 

 その愛は決して報われる事は無い。

 

 しかし報われないからこそ、死して英霊に成り果てた後も狂気に囚われ、かつて恋焦がれた存在を求め続けているのだ。

 

 相手を想うほどに殺したくなる。

 

 白のドレスを身に纏い、剣を振り翳した美遊の姿は、ファントムの目にはかつての想い人と重ねられているのだ。

 

「ルルル!!」

 

 体を揺らすようにして襲い掛かってくるファントム。

 

 まるで踊るかのように迫る怪人は、見る者にとって不気味ですらある。

 

 立ち尽くす美遊に対し、ファントムは長く伸びた両の爪で攻撃を仕掛ける。

 

 その攻撃を、美遊は剣で弾く。

 

 後退するファントムを追って、斬りかかろうとする美遊。

 

 だが、正面ばかり気にしている訳にはいかない。

 

 背後から迫る気配。

 

「ッ!?」

 

 息を呑み、とっさに振り返ると巨大な鉄棒を振り翳して迫る黒騎士の姿があった。

 

 黒の全身鎧にフルフェイスマスクで覆った姿からは、相手の正体を察する事は出来ない。ただ、ひたすらに不気味さのみが際立っていた。

 

「■■■Ar■■■thr!!」

「ッ!?」

 

 怖気を振るような声。

 

 一瞬、背筋を凍らせる美遊。

 

 黒騎士が手にした鉄棒が、鋭く振るわれる。

 

 対して、美遊の対応は追いつかない。

 

 強烈な一撃が、少女を襲う。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 吹き飛ばされて地面に転がる白百合の剣士。

 

 口の中に広がる、鉄錆めいた味。

 

 小さな全身に痛みが走る。

 

 辛うじて致命傷は防いだものの、大ダメージは免れなかった。

 

 どうにか体を起こす美遊。

 

 しかし、そこへ2騎のサーヴァントは容赦なく襲い掛かってくるのが見えた。

 

「このままじゃ、まずい・・・・・・」

 

 美遊は唇を噛み締めながらも、剣を手に立ち上がる。

 

 しかし、状況は少女にとって極めて不利な事に変わりはない。

 

「せめて、どちらか1人だけでも倒さないとッ」

 

 呟きながら、美遊は迎え撃つべく剣を振り翳した。

 

 ファントムが繰り出した爪を剣で弾き、更に黒騎士の鉄棒を後退して回避する。

 

 連続して襲い掛かってくる両者の攻撃をかわしながら、美遊は駆ける。

 

 だが、2騎の方も、攻撃の手を緩める気配はない。

 

 特に黒騎士の方は、執拗に攻撃を繰り返してくる。

 

「Ar・・・・・・thar!!」

 

 振るわれる鉄棒。

 

 その姿に、美遊は険しそうに目を細める。

 

 真名は判らないが、言動から察するに、この黒騎士がアーサー王、つまりアルトリアと何らかの関係ある人物である事が伺える。

 

 彼女に余程の怨みああるのか、その攻撃は苛烈を極めており、美遊に反撃の機を掴ませない。

 

 こうなると、今はアーサー王その物である美遊にとっては、厄介な存在である。

 

「クッ!!」

 

 とっさに強引な反撃に出る美遊。

 

 向かってくる黒騎士に対し、真っ向から剣を振り下ろす。

 

 だが黒騎士は、手にした鉄棒で美遊の剣をいともあっさりと防ぐと、そのまま流れるような手つきで槍のように繰り出す。

 

 対して、体勢を崩した美遊は、とっさに反応ができない。

 

「しまったッ」

 

 呟いた瞬間、

 

 黒騎士の鉄棒は、美遊の腹に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 進撃を続けるファブニール。

 

 その巨体はゆっくりと、しかし確実に破滅へと突き進んでいる。

 

 その前に立ちはだかるべく、奮闘するマシュと清姫。

 

 指揮を執る立香と凛果もまた、彼女らと共にファブニールと対峙していた。

 

 マシュが大盾を掲げてファブニールの攻撃を防ぎ、その間に清姫が炎を噴き上げて攻撃を仕掛ける。

 

 立香の指揮のもと、連携攻撃を仕掛けるマシュと清姫。

 

 しかし、

 

「・・・・・・ダメか」

 

 邪龍に纏わり付く炎は、すぐに下火になっていくのが見える。

 

 鋼鉄よりも固い表皮を破る事が出来ないのだ。

 

 尚も進撃の足を止めないファブニールを前に、立香は悔し気に呟く。

 

 その間に、礼装の術式で清姫の傷を癒してやっている。

 

 マシュも清姫もよくやってくれていると思う。

 

 しかし、相手は神話級の幻想種。倒しきるには明らかに火力が足りなかった。

 

「兄貴、まだッ!?」

「待ってくれ、もう少し・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果に急かされながらも、回復魔術を冷静に続ける立香。

 

 焦る気持ちは判るが、サーヴァント達を万全の状態で前線に出してやりたかった。

 

 手を翳し、教えられたとおりに術式を起動すると、みるみるうちに清姫の傷が癒えていくのが見える。

 

 立香も家ではゲームをするが、まるで本当にRPGの魔法使いになったような印象だった。

 

「もう、結構ですわ、安珍様」

「清姫?」

 

 立香からの治療を打ち切り、前へと出る清姫。

 

 振り返りながら、笑いかける。

 

「マシュさんを1人で戦わせておくわけには参りませんから。それに、この程度の傷で退いていたら、狂戦士の名が泣きますわ」

 

 言い放つと同時に、清姫は再び前へと出て攻撃を再開する。

 

 その後ろ姿を見送る立香。

 

 打てる手は、もう全て打った。

 

 この場にあって立香にできる事は、状況に応じて指示を出すくらいである。

 

 だが、それで良い。

 

 エドワードにも言われた事だ。配下のサーヴァントを信頼して任せるのも、指揮官でありマスターである自分の務めだと。

 

「頼んだぞ、みんな」

 

 呟く立香。

 

 その瞳には、皆に対する尽きる事の無い信頼が溢れていた。

 

 だが、

 

 そんな立香を、彼方から狙う目があった。

 

 

 

 

 

 

 アーチャーであるその女性は、可憐であると同時に異様だった。

 

 緑を基調とした衣装に、鋭い眼差し。

 

 手にした弓は気高き存在感を示し、正に「女狩人」と称すべき、凛々しい出で立ちをしていた。

 

 だが、

 

 その頭部には獣の耳が生え、お尻からはネコ科の長い尻尾が揺れている。

 

 純潔の狩人アタランテ。

 

 アルカディアの王女にして、ギリシャ神話最速の戦士。

 

 ギリシャ中の勇者が集ったアルゴナウタイに参加し、カリドゥンの猪討伐にも加わった、生粋の戦士である。

 

 誰よりも気高い彼女が今、ジャンヌ・オルタの召還に応じ、狂化サーヴァントとなって彼女の指揮下に収まっている。

 

 戦闘を開始してからここに至るまで、アタランテは殆ど戦線には加わらず、様子見に徹していた。

 

 それは取りも直さず、決定的な「一手」を刻むための布石に他ならない。

 

 アタランテは戦士であると同時にアーチャー、「狙撃手(スナイパー)」でもある。

 

 戦場におけるスナイパーの最大の役割は敵の指揮官を撃ち倒し、指揮系統を混乱させて敵を分断する事にある。

 

 その役割を、アタランテは忠実に実行しようとしていた。

 

 向ける視線の先。

 

 そこでは、マシュと清姫に指示を飛ばす立香の姿がある。

 

「・・・・・・貴様に恨みは無い」

 

 言いながら、弓を引き絞るアタランテ。

 

「しかし、これも互いの立場故の事。許せよ」

 

 静かに言い放つと同時に、

 

 アタランテは矢を鋭く放った。

 

 

 

 

 

 唸りを上げて飛んで行く矢。

 

 大気をも斬り裂き、向かう先にはカルデア特殊班のリーダー、藤丸立香が立つ。

 

 勿論、人間に過ぎない立香が、英霊の放った矢を知覚することなど不可能。

 

 矢は確実に、立香の胸に向かって飛ぶ。

 

 あと数瞬。

 

 それで全てが決まる。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

「先輩ッ 危ないッ!!」

 

 大盾を掲げ、飛び込んでくるマシュ。

 

 その盾の表面に、アタランテの放った矢が突き立った。

 

 衝撃、

 

 異音と共に、矢が弾かれる。

 

「クッ!?」

「マシュ!!」

 

 盾から伝わる衝撃に、マシュが顔を歪ませる。

 

 それ程までに強烈な一撃だった。もし、あれを立香が食らっていれば、命は無かった事だろう。

 

 だが、英霊と融合し、デミ・サーヴァントとなったマシュは、通常の人間よりも感覚が鋭くなっている。

 

 その為、飛んで来る矢の存在に気が付く事が出来たのだ。

 

 だが、安堵したのもつかの間だった。

 

 次々と飛来する矢。

 

 魔力が込められた矢は、着弾と同時に炸裂して地面を抉る。

 

「これはッ!?」

「先輩、下がってくださいッ 遠距離からの狙撃です!!」

 

 先の砦での戦いから、敵に凄腕のアーチャーがいる事は判っていた。それ故にマシュは、敵の狙撃に常に警戒していたのだ。

 

 その判断が、間一髪で彼女のマスターを救った形である。

 

 とは言え、状況は予断を許されない。

 

 矢は容赦なく飛来して攻撃を繰り返している。

 

 伝説の狩人アタランテの狙撃は正確無比であり、マシュが少しでも気を逸らせば、その背後に立つ立香が刺し貫かれる事になりかねに合。

 

 その為、立香は歯噛みしつつも、アタランテの狙撃に耐え続ける以外に無かった。

 

 

 

 

 

 各戦線で一進一退の攻防を続けるカルデア特殊班とジャンヌ・オルタ軍。

 

 数でも質でも劣るカルデア特殊班だが、各人が個々の奮戦を見せる事で、状況をどうにか拮抗させていた。

 

 そんな中、

 

 1人、

 

 戦場から離れた場所で、高みの見物を決め込んでいる人物がいた。

 

 歳の頃は10代中盤から20前後。

 

 鋭い目付きをしたその少年は、軍服の上から長いマントを羽織り、制帽を目深にかぶっている。

 

「ふむ・・・・・・・・・・・・」

 

 その視線は、彼方の戦場を真っすぐに見つめていた。

 

 特に、敵の指揮官である、2人のカルデアマスター。その存在を深く注目していた。

 

「成程、筋は悪くない」

 

 感心したように、呟きを漏らす。

 

 特に男の方。粗削りで、まだまだ未熟な部分はあるが、指揮官として片鱗を見せ始めているのが判る。

 

「我が主に対抗しようと言うのだ。それくらいでなければ張り合いが無い」

 

 言いながら、視線を移す。

 

 一方で、彼の協力者は今、黒衣のセイバーと死闘を繰り広げていた。

 

 マスターを得て、真の実力を発揮しているセイバー。その戦闘力は、控えめに見ても、ジャンヌ・オルタと拮抗していた。

 

 彼女が徐々に押され始めているのは、遠目に見ても分かるくらいである。

 

「かの黒太子が相手では、聖女殿でも苦戦は必至、と言ったところですね」

 

 やれやれ、と肩を竦める。

 

 せっかく助力してやったと言うのに、この体たらくとは。落胆にも程がある。

 

 だが、

 

「まあ、良いでしょう。どのみち主からも、深入りはしなくて良いと言われていますし」

 

 嘆息交じりに呟く。

 

 主の深淵なる智謀は図り知る事は出来ないが、どうにもこの時代の事は「余興」程度にしか考えていない節があると感じていた。

 

 その証拠に、聖杯こそ与えた物の、主の眷属はこの世界には存在していない。

 

 つまりこの世界は主にとって「余興」。

 

 もう少し真面目な見方をすれば、カルデア特殊班の実力を図るための「実験」であったと考えられる。

 

 それを見届けるために、自分は派遣されたのだ。

 

「まあ良い。いずれにせよ、間もなく終わる事。なら、私もこの世界には用は無い」

 

 言いながら、少年は踵を返す。

 

 最後に一瞬、

 

 チラッと背後に目をやる。

 

 その視界の先では、尚も指揮に専念し続ける立香の姿があった。

 

「次は、直接相まみえる事を期待していますよ」

 

 それだけ告げると、そのまま振り返らずに歩き去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉じられた扉。

 

 カーミラの宝具は、そのまま少女の棺桶となっていた。

 

 宝具「幻想の鉄処女(アイアン・メイデン)」。

 

 生前、エリザベート・バートリが処女から生き血を搾り取るために使用したとされる拷問道具の一つ。

 

 実在に関しては疑問視される声もあると言うが、宝具とはしばしば、実在よりも伝聞や言い伝えと言った曖昧な物が優先される場合がある。

 

 「幻想の鉄処女(アイアン・メイデン)」もそうして生まれた宝具の一つだった。

 

 エリザベートが作り出した拷問具が、そのエリザベート本人に対して使われた事は、何とも皮肉な形である。

 

「・・・・・・終わったわね」

 

 カーミラは嘆息気味に呟く。

 

 正直、精神的にきつい戦いだった。

 

 既に罪を犯している彼女にとって、まだ罪を犯していないエリザベートの存在は、頭痛以外の何物でもなかった。

 

 同族嫌悪、など生ぬるい。

 

 文字通り、自分自身の黒歴史を相手にしていたような物だ。

 

 エリザベートにとってカーミラが憎い相手であったように、カーミラにとってもエリザベートは最優先で排除したい相手だったのだ。

 

 だが、それももう終わった。

 

 後は苦戦している他の戦線の援護に回るだけだ。

 

 どうやらマスターである魔女殿も苦戦しているようだし、ここらで彼女に恩を売っておくのも悪くは無いだろう。

 

 ほくそ笑むカーミラ。

 

 と、

 

 そこで何かを思いついたように、アイアン・メイデンの方を振り返った

 

「・・・・・・最後くらい見届けてやりましょうか」

 

 そう言いながら、棺桶に近づくカーミラ。

 

 いくら憎い相手とは言え、少女は自分自身。

 

 ならば、その結末ぐらいは見届けてやるのも悪くない。そう思ったのだ。

 

 アイアン・メイデンに歩み寄るカーミラ。

 

 その扉に手を掛け、観音開きに開いた。

 

 次の瞬間、

 

 ザクッ

 

「なッ!?」

 

 突如、棺桶の中から飛び出して来た槍の穂先が、彼女の胸を真っ向から刺し貫いた。

 

 驚くカーミラ。

 

 貫かれた胸は見る見るうちに赤く染まり、鮮血が口から迸る。

 

 と、

 

「・・・・・・油断、したわね」

 

 棺桶の、暗がりから聞こえてくる声。

 

 苦し気な息遣いが混じる。

 

 その棺桶の中から、

 

 槍を持ったエリザベートが姿を現した。

 

 その可憐な容姿は、手と言わず足と言わず顔と言わず、至る所から血を噴出している。

 

 着ている服はズタズタに裂かれ、羽はボロボロ、角に至っては片方が折れて消失している。

 

 全身血まみれと成り果てた無惨な姿。

 

 しかしそれでも、

 

 手にした槍はしっかりと構え、カーミラを刺し貫いていた。

 

「馬鹿な・・・・・・・・・・・・」

 

 血反吐を吐き出すカーミラ。

 

 同時に仮面が外れ、美しい要望の女性は素顔を露わにする。

 

 対してエリザベートは、真っすぐにカーミラを見据える。

 

「あんたがあたし自身なら、この宝具も半分はあたしの物みたいなもんでしょ。なら、攻略法の1つや2つ、思いつくってもんよ」

「おのれ・・・・・・・・・・・・」

 

 歯を噛み鳴らすカーミラ。

 

 エリザベートの槍は、カーミラの霊核である心臓を刺し貫いている。完全に致命傷だった。

 

「あんたの言った通りよ」

 

 カーミラを睨みながら、エリザベートは言う。

 

「あんたが既に罪を犯した存在なら、あたしはこれから罪を犯す存在。あんたの罪はあたしの罪・・・・・・そこに差なんて無いわ」

 

 だから、

 

「これで『おあいこ』ってことで良いでしょ」

 

 言っている間に、

 

 エリザベートとカーミラは、お互いの体から金色の粒子が吹き上がり始める。

 

 消滅が始まったのだ。

 

 霊核を貫かれたカーミラは勿論、宝具を喰らった時点で、エリザベートも致命傷を受けていたのだ。

 

「・・・・・・おあいこ、ね」

 

 カーミラもまた、どこか納得したように呟く。

 

「まあ・・・・・・それも悪く、ないわね」

 

 どこか笑みを含んだような言葉を最後に、消滅していくカーミラ。

 

 それを見届けてから、

 

 エリザベートもまた、消滅していく。

 

 同時に立ち上る金色の粒子。

 

 それらはどこか、絡み合うようにして、天へと昇っていくのだった。

 

 

 

 

 

 美遊を挟むように、前後から攻撃を仕掛けてくるファントム、そして謎の黒騎士。

 

 2騎のサーヴァントを相手にしては、さすがにアーサー王を身に宿した美遊であっても、苦戦を免れなかった。

 

 トリッキーな動きで翻弄してくるファントム。

 

 そちらに気を取られていると、真っ向から力技を仕掛けてくる黒騎士にやられてしまう。

 

 その2人の攻撃が、美遊の動きを完封していた。

 

 攻撃態勢に移行する事はできず、防御すらままならない。ただ只管、回避に専念して逃げ続けるしかない。

 

 美遊にとっては殆どジレンマに近い状況。

 

 しかし、他の皆も頑張っている。

 

 それに、あと少しの辛抱だ。

 

 ジャンヌ達がジークフリートの復活に成功すれば、状況を覆す事もできる筈。

 

「それまで、何としても保たせます!!」

 

 剣を構えなおす美遊。

 

 そこへ、ファントムが斬りかかってくるのが見える。

 

「さあクリスティーヌ、終幕の時間だ。君の血をもって舞台を彩ろうじゃないか!!」

「誰が、そんな事!!」

 

 相変わらず訳の分からない事を歌うように告げて襲い掛かってくるファントム。

 

 対して、美遊も真っ向から迎え撃つ。

 

「ヤァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 剣を振り翳し、純白のスカートを翻しながら、ファントムに正面から斬りかかる美遊。

 

 一見すると、無謀な突撃。

 

 しかし、これは美遊の計算の内である。

 

 あえて突撃する事で交戦範囲を狭め、ファントムのトリッキーさを封じるのだ。

 

 交戦範囲を狭めてしまえば、ファントムも美遊を正面から迎え撃たざるを得ない。

 

 案の定、美遊が突撃した事で、ファントムもまた真っ向から向かってきた。。

 

「ルルルッ!!」

 

 謳い上げるように呟きながら、両の爪を正面から繰り出すファントム。

 

 しかし次の瞬間、

 

「遅いッ」

 

 低く呟きを放つ美遊。

 

 次の瞬間、

 

 剣閃が鋭く奔る。

 

 袈裟懸けに刻まれる斬線。

 

 その一撃が、

 

 ファントムの体を斬り裂いた。

 

「お・・・・・・おお・・・・・・クリス・・・・・・ティーヌ・・・・・・」

 

 ファントムの口から、力なく漏れる言葉。

 

 美遊の剣は、ファントムの胴を斜めに斬り裂いていた。

 

 明らかなる致命傷なのは、見るまでも無かった。

 

 やがて、

 

 致命傷を負ったファントムの体が、光の粒子となって解け、天へと帰って行く。

 

 1騎撃破。

 

 だが、息つく暇は無い。

 

「Arthar!!」

 

 轟く雄叫び。

 

 美遊は反射的に剣を構えなおしながら振り返る。

 

 だが、

 

「あれはッ!?」

 

 絶句する美遊。

 

 その視界の先で黒騎士が携えている物。

 

 それは、武骨な甲冑姿の騎士とは、あまりにも不釣り合いな存在だった。

 

「ガトリング砲!?」

 

 多数の銃身を束ねた大型銃火器は美遊自身、書籍の写真でしか見た事が無いガトリング砲に間違いない。

 

 古くはアメリカ南北戦争において北軍の従軍医師リチャード・ジョーダン・ガトリングが考案、開発したとされる兵器。

 

 束ねた銃身を回転させて撃つ事で過熱防止と連射性を両立したこの武器は、日本では戊辰戦争の頃、長岡藩の家老、河井継之助が北越戦争において使用、新政府軍に多大な損害を与えた事で有名である。

 

 現代においても主力火器の一つであり、軍艦の対空砲や戦闘機の機銃としても採用されている。

 

 なぜ、あの騎士がそんな物を持っているのか、その理由は判らない。

 

 だが、その脅威は間違いなく本物である。

 

「しかも、この魔力の高まりは・・・・・・」

 

 呻く美遊。

 

 瞬時に悟る。

 

 あのガトリング砲が、黒騎士の宝具であると。

 

「クッ!?」

 

 既に回避も反撃も間に合わない。

 

 ならば防御しかない。

 

 しかし、防ぎきれるか?

 

 身を固くする美遊。

 

 対して、魔力を高める黒騎士。

 

 バイザー越しの視線が、美遊を睨み据える。

 

「Artharaaaaaaaaaaaa!!」

 

 弾丸が放たれる。

 

 次の瞬間、

 

 ザンッ

 

 突如、

 

 背後から突き込まれた刃が、黒騎士を背中から刺し貫いた。

 

「え?」

 

 驚く美遊。

 

 その視界の中で、

 

 ガトリング砲を取り落とした黒騎士が、苦悶の声を上げる。

 

「Ar・・・・・・aaaaaaaaaaaa・・・th・・・ar・・・・・・」

 

 やがて、その体が光の粒子となって消えていく。

 

 そして、

 

 その背後から、黒装束姿の少年が姿を現した。

 

「響ッ!?」

「ん、無事でよかった」

 

 美遊の姿を見て、どこかホッとしたような顔をする響。

 

 ヴラド三世を撃破した後、響はすぐさま取って返して美遊の下へと駆け付けた。

 

 そして、どうにか彼女の危機に間に合う事に成功したのだ。

 

 駆け寄ってくる美遊。

 

 その姿を響は、茫洋とした瞳で眺めている。

 

 流石に2騎のサーヴァントを同時に相手にしたため無傷とは行かないようだが、それでも軽症の範囲で済んでいる。

 

 どうやら美遊自身、サーヴァントとしての戦い方を心得てきているようだ。

 

 だからこそ、ファントムと黒騎士と言う、2人の敵を相手にしても粘り勝つ事が出来たのである。

 

「ありがとう、響」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 手を取って笑いかけてくる美遊。

 

 対して、響は少し照れくさそうに視線を逸らす。

 

 ほんのり、顔を赤くする少年。

 

 こうしているだけで、気恥ずかしさが込み上げてくる。

 

 そんな響の反応には気付かず、踵を返す美遊。

 

「さ、行こう。まだみんなが戦っている」

「ん」

 

 駆けだす2人。

 

 戦場を掛ける、幼いサーヴァント達。

 

 その手は、しっかりと互いの掌を握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

第16話「罪の在り処」      終わり

 


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