第1話「英霊顕現」
1
気が付くとマシュは、ベッドの上に横になっていた。
周囲一帯真っ白な空間の中、彼女の横たわるベッドだけがぽつんと置かれていた。
「・・・・・・わたしは、どうしたんでしょう?」
曖昧な記憶を呼び覚まそうと、脳を動かす。
自分は確か、ファーストミッションのレイシフトの為に中央管制室にいたはず。
そこで爆発が起きて、
気が付いたら炎に巻かれていた。
そして、
そこに来てくれたのが・・・・・・・・・・・・
「そうだ、立香先輩ッ」
慌てて起き上がるマシュ。
そのままベッドから出ようとして、
床に倒れ込んだ。
「え・・・・・・・・・・・・?」
思わず、振り返るマシュ。
足が、動かない。
不思議と、痛みは無い。
だが、いくら力を入れようとしても、マシュの足はまるで置物と化したかのように、体にぶら下がっているだけになっていた。
「これは・・・・・・・・・・・・」
戸惑いながらも、しかしマシュは這って前へと進もうとする。
行かなければ。
行って、立香にお礼を言わなければ。
動かない足を引きずりながら、マシュは前へと進み続ける。
その時、
「・・・・・・・・・・・・え?」
マシュのすぐ目の前に、誰かがかがみ込んだ。
伸ばされる手。
顔は見えない。
白い部屋の中にあって、辛うじてシルエットだけが透けて見える。
歳の頃はマシュと同じくらいの、恐らく少年と思われる。
奇妙な事に、その少年は、中世ヨーロッパ風の甲冑を着込んでいるように見えた。
少年騎士が差し伸べた手を握るマシュ。
すると不思議な事に、それまで全く動かなかったマシュの足が動き、立ち上がる事が出来たではないか。
「貴方は、もしかして・・・・・・・・・・・・」
相手が誰なのか察し、問いかけるマシュ。
だが、少年騎士は何も語らない。
黙したまま、マシュをジッと見つめている。
やがて、
視界が光に包まれ、マシュはその中に飲み込まれていく。
少年騎士は、そんなマシュをいつまでも見守っているのだった。
2
地獄を抜けると、そこは地獄だった。
昔の偉い文豪が書いた有名な文面を引用してしまうあたり、心にまだ余裕があるのだろうか?
いえいえ、単なる現実逃避でございます。
立ち尽くす藤丸立香は、そんな事を考えながら周囲をぐるりと見回す。
「どうなってんだ・・・・・・これ?」
周囲は炎、炎、また炎。
見回しても、一面の炎以外何もない。
つい先ほどまでと同じ光景が広がっている。
だが、一つ違うのは、先程までいたのがカルデアの中央管制室だったのに対し、今は間違いなく屋外であると言う事。
更に言えば、場所。
辛うじて焼け残った道路標識には、見覚えがある。
「・・・・・・・・・・・・ここは、日本?」
茫然と呟く。
間違いない。「止まれ」や速度表記、更には日本語で書かれた道路案内板など、ここが間違いなく日本である事を示していた。
「俺。さっきまでカルデアにいたはずなのに・・・・・・」
それが今は、日本の街中にいる。
訳が分からなかった。
しかも、
立香はもう一度、周囲を見まわす。
瓦礫の山と化した街並み。まるで以前、テレビで見た事がある大地震の跡のようだ。
日本の街で、これほどの破壊が行われたりしたらただ事ではない。死傷者も、いったいどれほどになったのか、見当もつかなかった。
「・・・・・・もしかして、これがレイシフトって奴なのか?」
つい先ほど、ロマニから説明を受けた事を思い出して呟く。
燃え盛る炎も、崩れ落ちた瓦礫も、決して偽物ではない。
自分が夢を見ているとも思えない。
となると、残る可能性は、
確かあの時、
自分は燃え盛る中央管制室に飛び込み、瀕死のマシュに寄り添っていた筈。
そして凛果が呼ぶ声が聞こえ、顔を上げた。
その後の記憶が無い。
恐らくあの瞬間、レイシフトが行われたのだ。
そう言えば、アナウンスが何かを言っていたように思える。あの時は目の前のマシュに夢中だったため覚えていないが、あれがもしかしたらレイシフト開始を告げるアナウンスだったのかもしれない。
しかし、
だとしたらここは、ファーストミッションの舞台になるはずだった「特異点F」。2004年の日本の地方都市「冬木」と言う事になる。
しかし、2004年の日本で、都市一つが丸ごと壊滅するような大火災は無かったはず。
いったい、これはどういうことなのか?
そう考えた時だった。
視界の先で、複数の人影が動くのが見えた。
「お、誰かいる」
街の生存者か、あるいは救助隊か。
いずれにせよ、誰かに接触できれば状況も把握できるだろう。
「あの、すみませんッ」
そう声を掛けながら、相手に近づく立香。
その人影が見えた瞬間、
「なッ!?」
思わず絶句した。
目の前の人間。
否、
もはや人間ですらない。
それは、
人間だと思っていたそれは、
襤褸を纏っただけの白骨に過ぎなかった。
思わず、怖気を振るう立香。
手に手に槍や剣を持った骸骨が、動いている。
数にして数体程度だが、それがいかに恐ろしい光景であるか、語るまでもない事だろう。
「ひっ・・・・・・・・・・・・」
思わず、後じさる立香。
その音に反応したように、骸骨兵士は一斉に振り返る。
逃げなければッ
本能的に踵を返して駆けだす立香。
「クソッ いったい何なんだよッ!?」
訳が分からないことだらけで、頭が混乱してくる。
とにかく今は、この状況だけでもどうにかしないと。
追ってくる骸骨兵士たちを見やりながら、立香はそう考える。
骸骨兵士たちの足は速い。このままでは、そのうち追いつかれてしまう事だろう。
どうする?
どうすれば良い?
そう思った次の瞬間、
「あ・・・・・・・・・・・・」
向ける視線の先。
立香の行く手を塞ぐように、新たな骸骨兵士の一団が現れていた。
後から追ってくる骸骨兵士たちと合わせて、挟み撃ちにされた形である。
「クッ・・・・・・」
唇を噛み占める立香。
その間にも骸骨兵士たちは、徐々に包囲網を狭めてくる。
こうなると最早、時間の問題である。
「どうする・・・・・・・・・・・・」
相手は得体の知れない骸骨軍団。
対してこっちは、完全ド素人が1人。
まともに考えれば、勝機など一厘も無いだろう。
しかし、
「・・・・・・・・・・・・こんな所で、終わってたまるかよ」
喉の奥から絞り出すような声で、立香は呟く。
諦めない。
諦めたら、そこで全てが終わってしまう。
どんな絶望的な状況であっても、諦めなければ必ず道は開けるのだ。
近付いてくる骸骨兵士たちを睨みつける立香。
どうする? 隙を見て殴りかかり、包囲網を突破するか?
元より、立香の選択肢は「イチかバチか」しかない。こうなったら、その一点に賭ける以外ない。
そう思った。
次の瞬間、
「先輩ッ 伏せてください!!」
凛と響く少女の声。
同時に
右手の甲に走る鋭い痛み。
同時に、複雑な光が手に走り、赤い文様が描かれる。
「何だ、これッ!?」
驚く立香。
そこへ、
飛び込んで来た小柄な影が、骸骨兵士に襲い掛かった。
手にした巨大な盾を一閃。複数の骸骨兵士が、成す術無く吹き飛ぶさまが見えた。
更に動きを止めない。
骸骨兵士たちが大勢を立て直す前に襲い掛かると、蹴り砕き、殴り倒し、更に手にした大盾で吹き飛ばす。
その圧倒的な戦闘力を前に、数に勝る骸骨兵士たちは成す術がない。
立香を包囲していた敵が一掃されるまで、ものの1分もかからなかった。
立ち尽くす立香を守るように立つ少女。
それは、
「マシュ・・・・・・・・・・・・」
それは間違いなく、あのカルデアで出会った少女、マシュ・キリエライトだった。
しかしその姿は、立香にとって見慣れた制服姿ではない。
ノースリーブレオタードのようなインナーの上から、脚部、手甲、腰回りを覆う軽装の甲冑を身に着けている。
全体的に防御力よりも、動きやすさを強調する印象だ。
彼女の特徴を印象付けていた眼鏡も、今は外されている。
そして何より、
少女の身の丈をも超える、巨大な盾を携えていた。
十字架のような形をしたその盾の表面には、若干の装飾が施され、かなりの強度を誇っている事が見て取れた。
「お怪我はありませんか、先輩?」
小柄で華奢な少女は振り返ると、片方を前髪で隠した目で立香を見た。
「あ、ああ。俺は大丈夫・・・・・・」
助かったと言う安堵感から、抜けそうになる力を入れ直し、立香はマシュに向き直る。
あの瀕死だったマシュが無事だったばかりか、自分を助けてくれた事が信じられなかった。
「驚いたよマシュ。あんな風に戦えたなんて・・・・・・」
「はい。その点については、私も同様です。あんな事ができるとは思っていなかったので」
そう言いながらも、
マシュが震えている事を、立香は見逃さなかった。
無理も無い。
何がどうなっているのかは、相変わらず判らない。
しかし、如何に戦う力を得たとはいえ、マシュが「普通の女の子」である事に変わりはない。
「戦う力がある」のと、「戦う事ができる」と言うのは、ニュアンス的に似ていても、実はそこには天地の開きがある。
いかに強力な力を誇っていても、それを振るう人間が戦いになれていなければ、十全に戦う事は不可能だった。
「先輩」
そんな中で、マシュの方から立香に話しかけてきた。
「私の予想が正しければ、ここは『特異点F』。2004年の日本、冬木市だと思います」
「じゃあ、やっぱり俺達は、レイシフトってのをしたのか?」
納得したように頷く立香。
やはり、レイシフトしていたと言う、当初の立香の予測は正しかったわけだ。
だが、まだ疑問は残っている。
「けどなマシュ。2004年の日本で、こんな大火災があった、なんて記憶、俺にはないぞ」
都市一つが壊滅するほどの大火災だ。理由はどうあれ、ニュースにならないはずが無い。
それに対し、マシュは周囲を見回しながら言った。
「特異点は、本来の過去、未来から独立した存在です。故に、放置しておくことはできません」
つまり、今この場にある光景は、「本来ならあるはずが無い出来事」と言う事だ。
しかし、これを放置すれば、この光景が現実のものとして確定してしまう。
だからこそ、特異点が生じた原因を突き止め、排除する。それがファーストミッションの内容だったのだ。
その時
「フォーウッ!!」
聞きなれた鳴き声と共に、足元に駆けてきた白い毛玉が、マシュの肩へと駆けあがる。
その様子に、マシュは驚いて目を見開いた。
「フォウさん? フォウさんもこっちに来ていたのですか?」
「フォウッ フォウッ」
マシュの質問に答えるように、鳴き声を上げるフォウ。
そう言えば、立香が中央管制室に飛び込んだ時、フォウも一緒だった。その関係で、一緒にレイシフトしてきたのかもしれなかった。
一緒にいた、と言えば、立香にはもう一つ、どうしても無視できない事柄があった。
「そう言えば凛果、あいつももしかして、こっちに来てるんじゃないか?」
「え、凛果先輩も、ですか?」
驚くマシュ。
あの時、マシュは瀕死の状態だったから、状況の把握ができなかったが、まさか凛果までこっちに来ていたとは。
「確証はないんだけど、俺やフォウ君がこっちに来てたって事は、凛果の奴も来ている可能性は高いだろ」
「フォウッ」
立香の言葉に、同意するように鳴くフォウ。
その時だった。
彼方から微かに、女性の悲鳴のような声が聞こえてきた。
「マシュッ」
「ええ、私にも聞こえました」
立香の言葉に頷くマシュ。
2人はそのまま、声がした方向に向かって駆けだした。
3
凛果は、訳が分からないまま駆けていた。
兄を追って駆けこんだ中央管制室。
炎に包まれたその場所に分け入りながら兄やマシュの姿を探していると突如、沸き起こった光の渦に飲み込まれ、気が付いたらこの場所にいたのである。
「何なのよッ 本当に!!」
首を巡らせて背後を見やる。
その視界の先では、武器を手に追ってくる骸骨兵士たちの姿があった。
もしかして、ここは地獄なのだろうか? 自分は死んだから、こんな場所に来てしまったのだろうか?
そんな思いが駆け巡る。
自分は、そんな悪い人生を送って来たのだろうか?
「助けて・・・・・・誰か、助けて・・・・・・・・・・・・」
必死に逃げながら、うわごとのように呟く。
・・・・・・・・・・・・し、て
何かが、聞こえたような気がした。
だが、今の凛果には、それを認識するだけの余裕は無かった。
とにかく逃げる。
それ以外に無い。
だが、
終わりは、
唐突に訪れた。
「あッ!?」
瓦礫につまずき、転倒する凛果。
とっさに手を突いて顔面をぶつけるのは避けたものの、地面に投げ出され蹲ってしまう。
・・・・・・ば・・・・・・・して。今なら・・・・・・・・・・・・
「うッ・・・・・・うぅ・・・・・・・・・・・・」
痛みを堪えて、体を起こそうとする。
その間にも、骸骨兵士たちが凛果を追い詰めるべく迫ってくる。
「クッ・・・・・・・・・・・・」
唇を噛み占める凛果。
しかし、走りすぎた足はもはや動かす事が出来ず、凛果にできるのは、尻餅を突いたまま後ずさることのみだった。
「助けて・・・・・・助けてよ・・・・・・」
うわごとの様に繰り返す言葉。
「・・・・・・・・・・・ちゃん・・・・・・・・・・・・」
脳裏に浮かぶのは、1人の少年の姿。
自分と同じ月、同じ日に生まれた半身とも言うべき存在。
彼も今、もしかしたらここにいるのかもしれない。
そして、
彼ならきっと、こんな状況でも諦めずに戦うだろう。
決して強いわけではないくせに、
「諦めない」という事に関してだけは、世界最強と言っても良い。
「・・・・・・・・・・・・」
迫る骸骨兵士。
少女の運命は、旦夕に迫ろうとしている。
それに対し、
凛果は涙をぬぐい眦を上げる。
動かぬ足に力を込めて立ち上がる。
逃げてちゃだめだ。
彼はきっと戦っている。
なら、自分も戦わないと。
立ち向かわないと、この絶望的な状況を打破する事は出来ない。
次の瞬間、
手・・・・・・・・・・・・
「え・・・・・・・・・・・・?」
今度は、はっきりと聞こえた。
見渡しても、声の主は姿を見えない。
だが、凛果の耳には、確かに聞こえていた。
手・・・・・・・・・・・・
また、聞こえた。
顔を上げる凛果に、声は更に続ける。
伸ばして・・・・・・今なら・・・・・・きっと届く、から。
言われるままに、手を伸ばす凛果。
その手の甲に、赤い光で紋様が刻まれる。
何となく、盾と剣を掛け合わせたような印象のある模様。
同時に、
空間が横一文字に斬り裂かれた。
今にも凛果に襲い掛かろうとしていた骸骨兵士が、突然の事態に斬り裂かれて地面に転がる。
飛び出す、小柄な影。
白刃が炎を映し、剣閃は鋭く奔る。
反撃すべく、刃を振り翳す骸骨兵士もいる。
だが、無駄だった。
宙返りしながら骸骨兵士の剣を回避する。
着地。
同時に繰り出した袈裟懸けの一閃が背中から決まり、骸骨兵士は成す術無く崩れ去った。
その間、僅か5秒足らず。
凛果にとっては、瞬きする間すら無かった。
そして、
「あなたは・・・・・・・・・・・・」
凛果の視線の先に立つ少年。
小柄で華奢な姿は凛果よりも小さい。
黒衣の着物と短パンを着込み、長い髪は後頭部で纏めている。
口元は長いマフラーで覆っている。
そして、
手には不釣り合いにも見える、一振りの日本刀を携えていた。
中性的で、その儚さから少女的な印象さえある少年。
その静かな瞳が、真っすぐに凛果に向けられた。
「サーヴァント、アサシン・・・・・・召喚に応じ参上」
少年は静かな声で言った。
「ん・・・・・・マスター、で良い?」
第1話「英霊顕現」 終わり
謎のアサシン登場。
イッタイダレナンダ(爆