Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第20話「盟約の刃」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンヌ・オルタを抱えて走る立香。

 

 その背後では、猛威を振るう海魔と、死闘を繰り広げるカルデア特殊班との熾烈な戦いが大気を震わせて響き渡ってきている。

 

 このフランスにおける最後の戦い。

 

 ここで勝てば終わる。

 

 その想いが、皆の限界を超えて力を絞り出していた。

 

 立香の腕の中にいるジャンヌ・オルタが抵抗する様子は無い。

 

 既にエドワードとの戦いによって、大きく傷ついた彼女には、戦う力は残っていなかった。

 

 それに、

 

 既にジャンヌ・オルタに戦う意思は無いのだろう。

 

 それを立香は、何となく感じていた。

 

 自分と言う存在。

 

 本来の「ジャンヌ・ダルク」ではなく、ジル・ド・レェが聖杯に願う事で生み出された復讐の為の存在。すなわち「偽りのジャンヌ・ダルク」が彼女だ。

 

 その事実が、彼女の心に大きな穴をあけたのかもしれない。

 

 あるいは、

 

 彼女の軍は壊滅し、彼女自身も倒れた今、復讐を誓う心が融け去ったのか?

 

 どちらでも良い、と立香は思う。

 

 彼女自身が復讐をやめ、自分が成した事の意味をもう一度考えてくれれば、この戦いにも、彼女に付き従った狂化サーヴァント達にも、何がしかの意味が出てくるだろう。

 

 と、

 

「おーい、兄貴ィッ!!」

 

 呼ばれて振り返る立香。

 

 妹の凛果が、手を振りながら走ってくるのが見えた。

 

 その背後からはマシュと、清姫の姿も見える。

 

 まだ、どこに敵が潜んでいるか分からない。2人が護衛の為に来てくれたらしかった。

 

「凛果、マシュ、状況はどうだ?」

「皆さん、奮戦してくれています。ジャンヌさん、エドワードさん、ジークフリートさん、マリーさん、ゲオルギウスさん、モーツァルトさんが海魔の牽制を行い、響さんと美遊さんは、ジル元帥への直接攻撃を掛けているようです」

「フランス軍の人達には、取りあえず下がってもらったよ。流石に、あんなの相手にはできないでしょ」

 

 マシュと凛果の戦況説明に、頷きを返す立香。

 

 確かに、これ以後は人ならざる者たちの戦い。ただの人間に割って入る余地は無いだろう。

 

 フランス残党軍が退いてくれたのは幸いだった。

 

 遠くの戦場へと目を向ける立香。

 

 そこでは今、彼の仲間達が必死に戦っている。

 

「頼むぞ、みんな」

 

 祈るような気持ちで、立香は告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 触手がのたうちながら迫ってくるのが見える。

 

 青紫色の体表がぬめり、吐き気を催すような生理的嫌悪感を齎す。

 

 あの触手を叩きつけられれば、それだけで致命傷は免れないだろう。

 

 だが、

 

「ハァッ!!」

 

 黒太子エドワードは怯む事無く、手にした長剣を横に一閃する。

 

 銀の閃光が一文字に駆け抜ける。

 

 斬り飛ばされる触手。

 

 一瞬、海魔の攻撃が下火になる。

 

 しかし、それは本当に僅かな間に過ぎなかった。

 

 再び勢力を盛り返す海魔。

 

 異界から召喚された彼の怪物は、殆ど無尽蔵に近い形で触手を湧き出してくる。

 

「フンッ!!」

 

 前に出たジークフリートが、縦横に大剣を振るい、群がる触手を斬り捨てる。

 

 だが、やはりと言うべきか、結果は同じだった。

 

 触手は尚も湧き出し、群がってくる。

 

 キリが無い。

 

 1本触手を斬っている間に、5本は増えているような感覚だ。

 

 サーヴァント達は先ほどから、全く前に進む事が出来ず、後退を繰り返していた。

 

「やりにくさでは、ファブニール以上か・・・・・・」

 

 大剣で触手を切り払いながら、ジークフリートが低く呟きを漏らす。

 

 同じ巨大生物と言う意味では、海魔もファブニールと同じである。

 

 むしろ、「火力」と「装甲」と言う意味ではファブニールの方がはるかに勝っているだろう。

 

 しかし海魔の方は、文字通り無限に湧き出てくる。

 

 斬っても斬ってもすぐに再生してしまう海魔の厄介さは、ファブニール戦の比ではなかった。

 

 と、その時、

 

 群がって来た触手の群れを、旗を持った少女が結界を展開する事で弾くのが見えた。

 

 ジャンヌだ。

 

 セイバー2人が苦戦しているのを見て、とっさに援護に入ったのである。

 

「希望はあります。今はどうか耐えて!!」

 

 言いながらジャンヌは聖旗を振り払い、海魔を押し返す。

 

 怪物を相手に一歩も引かずに対峙する聖女。

 

 そんなジャンヌの傍らに立ちながら、エドワードは低く鼻を鳴らした。

 

「・・・・・・・・・・・・まさか、貴様と共闘する事になろうとはな」

「え?」

 

 皮肉めいたエドワードの言葉に、キョトンとした顔をするジャンヌ。

 

 ジャンヌは気付いていなかった。

 

 彼女が、実は黒太子エドワードにとっては天敵にも等しい存在であると言う事に。

 

 数多くの戦いに勝利し、百年戦争初期におけるイングランド軍勝利を不動のものとしたエドワード。

 

 対してジャンヌは百年戦争後期に彗星のごとく現れ、イングランド軍を押し返して劣勢のフランスを救った聖女である。

 

 言わばエドワードにとってジャンヌは「自分の功績を帳消しにした忌々しい存在」なのだ。

 

 もっともジャンヌからすれば、彼女自身の信じるままに戦った結果であり、エドワードの事など、一切頓着していないのだが。

 

 2人が生きた時代には、半世紀もの開きがある。

 

 生前交わる事の無かった2人。

 

 こんな状況でもなければ、共闘などありえなかっただろう。

 

 だが、

 

 剣を構えなおすエドワード。

 

 因縁も、宿命も、恩讐も、全ては過去の物。

 

 今この時、この場所で運命が交わった2人。

 

 そこにはイングランドもフランスも無い。

 

 ただカルデアの為、共に頂くマスターの為、

 

 そして人理を守る為、

 

 黒太子と聖女は、全てを越えて手を携える。

 

「斬り込むぞ、援護しろ」

「は、はいッ」

 

 剣を構えて斬りかかっていくエドワード。

 

 その背後から、ジャンヌも旗を振り翳して続くのだった。

 

 

 

 

 

 ジャンヌ達が海魔を押さえる一方、

 

 響と美遊は、大元であるジルへと迫っていた。

 

 駆け抜ける、白の剣士と黒の暗殺者。

 

 その視線の先では、異形の魔術師が待ち構える。

 

「あの海魔は、ジル元帥が呼び出した存在」

 

 剣を手に駆けながら、美遊が響に話しかける。

 

「なら、ジル元帥自身を倒せば、消える可能性が高い」

「ん」

 

 美遊の言葉に、響も頷きを返す。

 

 確かに、リヨンの戦いで対峙したマルタも、タラスクと言う竜を召喚し使役していた。

 

 そのタラスクも、マルタが倒されれば消えていった。

 

 ならば、同様の事がジルと海魔にも言える筈だった。

 

「おのれ匹夫共めッ」

 

 対して、

 

 迫る子供たちを睨み付けながら、ジルが喉から絞り出すような声で言った。

 

「我が聖女を横取りし、我が崇高なる想いすら踏みにじるかッ」

 

 言いながら本を開き、手を翳すジル。

 

 その手に、魔力の光が宿る。

 

「その悪行、万死に値すると知れい!!」

 

 放たれる魔力弾。

 

 闇色の一撃が、響と美遊を呑み込まんとして迫る。

 

 対して、

 

 絶妙のタイミングで左右に開き、ジルの攻撃を回避する響と美遊。

 

 ジルは更に、狂ったように攻撃を仕掛けてくるが、2人は巧みに回避しながら距離を詰めていく。

 

「おのれッ おのれおのれェェェェェェ!!」

 

 五月雨のように放たれる魔力弾。

 

 だが、

 

 僅かに開いた隙を、響は見逃さない。

 

「んッ!!」

 

 ジルが一瞬、魔力をチャージする為に攻撃を控えた。

 

 その隙に、一気に間合いを詰める。

 

「これ、で!!」

 

 袈裟懸けに繰り出される刃。

 

 銀の剣閃が、月牙の軌跡を描いてキャスターへと迫る。

 

 響の剣がジルを斬り裂く。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 響の剣は、ジルによって防ぎ止められた。

 

「なッ!?」

 

 驚く響。

 

 その視線の先。

 

 ジルの手には、

 

 一振りの剣が握られていた。

 

「フンッ」

 

 力任せの一閃。

 

 その一撃が、響の小さな体を弾き飛ばす。

 

「んッ!?」

 

 地面に転がりながらも、どうにか体を起こそうとする響。

 

 その間に、今度は美遊がジルに斬りかかる。

 

「やァァァァァァ!!」

 

 気合とと共に大上段から剣を振り下ろす美遊。

 

 だが、

 

 その一撃は、またしてもジルの剣で防がれてしまう。

 

「クッ こんな事が、ある訳!!」

 

 信じられない想いと共に、剣を振るう美遊。

 

 だがジルは、その全てを弾いてしまう。

 

 セイバーがキャスター相手に、剣で押し負けるなど、誰が想像し得ようか?

 

 そして、

 

「美遊、危ない!!」

「ッ!?」

 

 走る響の警告。

 

 その視界の中で、

 

 空いた手に、魔力の光を宿したジルの姿がある。

 

「しまったッ!?」

 

 驚き、とっさに後退しようとする美遊。

 

 だが、

 

「遅いッ!!」

 

 放たれる魔力弾。

 

 ほぼ至近距離で、美遊を直撃する。

 

「キャァァァァァァ!?」

 

 悲鳴と共に、吹き飛ばされる美遊。

 

 彼女が身に着けている胸部の甲冑が砕け、地面に叩きつけられる。

 

「美遊ッ!!」

 

 駆け寄ってくる響は、倒れている美遊を抱き起す。

 

「・・・・・・大丈夫、何とか」

 

 対して、美遊は苦し気に声を絞り出す。

 

 どうやら吹き飛ばされはしたものの、致命傷には至っていないようだ。

 

 だが、

 

「キャスターだから剣は使えないとでも思いましたか? それは油断しましたな」

 

 2人を見下ろしながら、ジルは不穏な声で告げる。

 

 その手には、骸骨兵士達が使う剣が握られている。

 

 恐らく戦場に落ちていたのを拾ったのだろう。それが今、ジルの魔力で強化されている。

 

「たとえ痩せても枯れても元フランス軍元帥のこの私が、凡百の英霊如きに後れを取る事など無いわ!!」

 

 吼えるジル。

 

 対して、

 

「響、ありがとう、もう大丈夫だから」

「美遊・・・・・・・・・・・・」

 

 響の手を借りて立ち上がる美遊。

 

 ジルの攻撃を喰らい、着ている甲冑はところどころ破損している。

 

 見るからに痛々しい恰好。

 

 しかし、美遊の身から迸る戦意は、聊かも衰えていなかった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 スッと、目を閉じる美遊。

 

 同時に、その小さな体は光に包まれていく。

 

「美遊?」

 

 響が見守る中、

 

 光の中から姿を現した美遊の見た目は一新されていた。

 

 彼女の体を覆っていた銀の甲冑は消え去り、下に着込んでいたノースリーブとミニスカートのドレス姿になる。

 

 より可愛らしさが増した戦姿。

 

 こうなると、手にした剣がアンバランスにすら思えてくる。

 

「これで、少し身軽になった」

 

 剣を構えなおしながら、美遊が呟く。

 

 同時に、

 

 少女は地を蹴って、ジルへと斬りかかった。

 

 一瞬で、距離を詰める美遊。

 

 対抗するように、ジルも剣を振り翳す。

 

「無駄だと言ったでしょう!!」

 

 振り下ろされた美遊の剣を、切り払うジル。

 

 その背後から漆黒の暗殺者が迫る。

 

「んッ!!」

 

 間合いに入ると同時に、切っ先を突き込む響。

 

 だが、

 

「甘いわァァァ!!」

「クッ!?」

 

 響の接近に気付いたジルが素早く反応。振り返りざまに、魔力弾を放ってくる。

 

 とっさに体を捻り、回避する響。

 

 ジルは更に美遊を振り払うと、響に向かって剣を振り下ろす。

 

「んッ 速い!?」

 

 ジルの剣を、何とか受ける響。

 

 だが、

 

「当然だッ!!」

 

 剣を振るい、ジルは更に追撃を掛ける。

 

「フランス軍を率い、多くの戦場を駆け抜けたこの私が、あなたのような子供に敗けるはずが無い!!」

 

 叫ぶジル。

 

 だが、

 

 剣が響に振り下ろされる前に美遊が割り込み、ジルの剣を弾く。

 

「クッ!?」

 

 蹈鞴を踏むジル。

 

 そこへ、

 

 響が襲い掛かる。

 

 美遊を飛び越える形で、大きく跳躍した響。

 

 その眼光が、眼下のジルを捉える。

 

「んッ!!」

「やらせんッ やらせんぞォォォォォォ!!」

 

 対抗するように、剣を振るって響の攻撃を受けるジル。

 

 上空からの一撃。

 

 ジルは防御には成功したものの、響の勢いを殺しきれず、刃は肩へと食い込む。

 

「クッ!?」

 

 痛みに、声を漏らすジル。

 

 そこへ、美遊が斬り込む。

 

 剣を振り翳す美遊。

 

「ハッ!!」

 

 美遊が振り翳した剣は、しかしジルがとっさに飛びのいた事で空振りに終わる。

 

「おのれェ!!」

 

 魔力弾を放つジル。

 

 だが、

 

 響と美遊は、最小限の動きでジルの攻撃を回避。そのまま斬り込んでいく。

 

 駆け抜ける、響と美遊。

 

 そんな中、

 

 美遊はなぜか、奇妙な感覚に囚われていた。

 

 自分のすぐ横を走る響。

 

 その瞳は、真っすぐにジルへと向けられている。

 

 彼が何を想い、

 

 そして何を考えているのか、

 

 不思議な事に、今の美遊には手に取るようにわかった。

 

 思えば、この戦いが始まってから、ずっとそうだった。

 

 美遊と響は苦戦しながらも、互いに連携しながらジルと戦っている。

 

 まるでお互いがお互いを気遣い、長所を活かし、弱点を補い合うかのように。

 

 一体感、とでも言うべきだろうか?

 

 美遊の動きと響の動きが連動している。

 

 響が、美遊に合わせているのかとも思ったが、違う。

 

 美遊にもまた、響がどのように動き、どう戦うのか分かっているのだ。

 

「小癪なァァァァァァ!!」

 

 焦れたジルが、剣を投げ捨てる。

 

 同時に、両手を掲げて魔力を集中させる。

 

 最大限の攻撃を仕掛けるつもりなのだ。

 

 だが、

 

「ん、今ッ!!」

「判った!!」

 

 頷き合う、響と美遊。

 

 同時に、2騎のサーヴァントは加速する。

 

 その動きに、ジルは追随できない。

 

「これでッ!!」

「終わりッ!!」

 

 間合いに入る両者。

 

 次の瞬間、

 

 響と美遊。

 

 2人の剣が、ジルの体を刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 猛威を振るう海魔。

 

 その無数の触手が異界から沸き起こり、サーヴァント達に襲い掛かる。

 

 迫りくる異界の怪物を前に、ジャンヌは最前線で聖旗を振るい続けていた。

 

 あのジャンヌ・オルタに寄り添っていたジル・ド・レェ。

 

 彼が、この特異点を生み出した、真の黒幕だった。

 

 ジャンヌを失い、狂気に走ったジルが、それでも諦めきれずに聖杯に縋った結果が、この惨状である。

 

 ならば、こうなった責任の一端はジャンヌにもある。

 

 彼女のせいでジルが狂ったとするならば、この始末は自分が着けなくてはならない。

 

 振り翳す聖旗が、触手を打ち払う。

 

 開いた道を、更に前へと進もうとするジャンヌ。

 

 だが、

 

 無限に湧き出してくる海魔を前に、いかに英霊と言えど、踏み止まるには限度があった。

 

 動きを止めたジャンヌ。

 

 そこへ、触手が殺到してくる。

 

 開かれる、鋭く不気味な顎。

 

 聖女が取り込まれる。

 

 そう思った、

 

 次の瞬間、

 

「ジャンヌ、手を!!」

 

 突如、駆け抜けてきたガラスの馬。

 

 馬上のマリーがジャンヌの手を取り引き上げる。

 

「マリー!!」

「1人で先走っちゃダメよジャンヌッ 焦ってもどうにもならない事よ!!」

 

 叱りつけるようなマリーの言葉に、ジャンヌは息を呑む。

 

「信じるのよッ あの子たちを」

「そうですね、すみません」

 

 マリーの言葉に答えながら、ジャンヌは周囲を見回す。

 

 触手は尚も異界から出現を続け、ジャンヌ達を追いかけてくる。

 

 まるで召喚したジルの意思が乗り移ったかのように執拗に殺到してくる。

 

「クッ!!」

 

 打ち払おうと、ジャンヌは馬上で旗を構えた。

 

 次の瞬間、

 

 突如、飛来した複数の矢が、迫りくる触手を一斉に撃ち抜いた。

 

「いったい、何が?」

 

 矢は次々と飛来し、ジャンヌ達を捉えようとしていた触手を容赦なく吹き飛ばしていく。

 

 ジャンヌとマリーが茫然として見守る中、五月雨のような攻撃はなおも続くのだった。

 

 

 

 

 

 暴れまわる海魔。

 

 その触手を正確に矢で撃ち抜いた存在は、既に次の攻撃に備えて己の武器を構えていた。

 

 あの触手の群れが、無限に湧き出してくるであろうことは、一目見ただけで気づいていた。

 

 あの規模の召喚獣だ。召喚したマスターの燃料切れを待つ、と言うのも一つの手段ではある。

 

 だが、敵が聖杯を手にし、無限とも言える魔力行使が可能な状態とあっては、その戦術も意味を成さない。

 

 残された手段は一つ。すなわち、召喚したマスターを倒すのみ。

 

 その間、あの海魔を足止めするのが、自分の役割だった。

 

「・・・・・・・・・・・・頼んだぞ」

 

 低い呟きは、誰に聞かれる事も無い。

 

 男は再び武器を構え、狙いを定めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 刃が貫く、確かな感触。

 

 手応えは、あった。

 

「ガハッ!?」

 

 血塊を吐き出すジル。

 

 貫く2振りの剣。

 

 そのうち、響の刀はジルの心臓を確実に捉えている。

 

 明らかな致命傷だった。

 

 剣を引き抜く、響と美遊。

 

「これで・・・・・・・・・・・・」

 

 美遊が言いかけた。

 

 次の瞬間、

 

「まだだァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 絶叫と共に、崩れかけていたジルが起き上がる。

 

 その身から噴き出る鮮血が草原に散らされ、視界が赤く染まる。

 

 祖国フランスに復讐する為、かつての盟友たるジャンヌ・ダルクを蘇らせるまでに執念を燃やす男は、頑なに倒れる事を拒んでいた。

 

「この程度でッ この程度でッ 我が悲願が潰えてなるものかァァァァァァ!!」

 

 掲げられる両腕。

 

 その手に光る、魔力の器。

 

「まさかッ 聖杯を使う気!?」

 

 悲鳴に近い美遊の声。

 

 自身も「生きた聖杯」である美遊は、ジルが何をしようとしているのかすぐに察する。

 

 ジルは聖杯の魔力を使い、自身の失った戦力を補おうとしているのだ。

 

 2人が見ている前で、輝きを増すジル。

 

 その間にも、魔力は高まっていく。

 

「慄くが良いッ 我が大いなる力の前にひれ伏すのだァァァァァァ!!」

 

 叫ぶジル。

 

 次の瞬間、

 

 ジルが掲げた掌から、巨大な閃光が迸る。

 

 とっさに回避して後退する響と美遊。

 

 だが、ジルは執拗に攻撃を繰り返す。

 

「死ねッ 死ねッ 死ねェェェェェェ!!」

 

 攻撃が激しさを増す。

 

 放たれる閃光が次々と襲い掛かり、響と美遊は回避に専念せざるを得なくなる。

 

「何て無茶をッ!!」

 

 舌打ち交じりの美遊。

 

 ジルの攻撃は、熾烈だが秩序だった要素は一切なく、ほとんど乱雑に解き放っているに等しい。

 

 それ故に先読みが難しい。

 

「何、これ、急に!?」

「たぶん、聖杯から受けた魔力を、全て攻撃に変換している!!」

 

 舌打ちする響に、美遊が答える。

 

 ジルは今、聖杯から得られた膨大な魔力を、全て攻撃に振り分けているのだ。それ故に、ここまで強力な攻撃魔術が可能となっているのである。

 

 しかも、それだけではない。

 

 ジルの体からは、先に響と美遊によって受けた傷がそのまま残り、鮮血を噴出している。

 

 ジルは己の傷すら顧みず、攻撃を続けているのだ。

 

 そこに、恐ろしいまでの執念を感じる。

 

 たとえ己が滅びようとも悲願を達成する。

 

 ジャンヌ・オルタを擁し、フランスを滅ぼす。

 

 悲願の為に全てを投げだす殉教者の如き妄執が、ジルからは感じられた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 攻撃を回避しながら、響は考える。

 

 多分、並の攻撃でジルを止める事は不可能。こちらも相応の覚悟をもって挑まなくてはなるまい。

 

「響、どうしたの?」

 

 沈黙する響に、訝るような視線を送る美遊。

 

 対して、

 

 響は刀をだらりと下げて立ち尽くす。

 

 狂乱したジル。

 

 あのジルを止め、勝利を確実な物とするには、こちらも出し惜しみするべきではなかった。

 

「ん、本気で行く」

 

 低く呟くと、

 

 己の体の中にある魔術回路を起動させる。

 

 体内で活性化する魔力。

 

 次の瞬間、

 

 少年の体は、眩いばかりに光り輝いた。

 

 

 

 

 

 一方その頃、

 

 戦線後方で戦況を見守っていた凛果たちにも、異変が生じていた。

 

「あ、アァァァァァァァァァァァァ!?」

「どうした凛果!?」

「凛果先輩!!」

「フォウッ フォウッ フォウッ」

 

 突如、右腕を押さえて蹲る凛果。

 

 慌てて立香達が駆け寄ると、凛果は顔を上げて腕を掲げて見せた。

 

「れ、令呪が・・・・・・・・・・・・」

「令呪?」

 

 見れば、凛果の右腕にある令呪が、一際光り輝いているのが見える。

 

 令呪は、英霊との繋がりを示す物。

 

 その令呪が反応していると言う事は、彼女のサーヴァントである響か美遊に、何か動きがあった事を意味する。

 

《落ち着き給え凛果ちゃん。魔力の急激な活性化によって、一時的に魔術回路が過負荷を起こしているんだ》

「だ、ダ・ヴィンチちゃん?」

《直に落ち着くから、ゆっくりと呼吸を繰り返して、意識を楽にしたまえ。急激な魔力の流れによって慣れない魔力回路が動いてしまったのだろう》

 

 言われた通りに呼吸を繰り返す凛果。

 

 不思議と、そうする事によって右手に感じていた痛みが和らいでいくようだった。

 

 その間、立香達が心配そうに少女を覗き込んでいる。

 

《今、調べてみた。どうやら、響君の霊基に反応があった。恐らく彼が何か仕掛けたんだろう》

「響が・・・・・・・・・・・・」

 

 自分の小さなサーヴァントを思い出し、凛果はそっと呟く。

 

 その想いは、彼方で今も戦っているであろう、少年達へと向けられていた。

 

 

 

 

 

 光が晴れる。

 

 目を開いた美遊の見る先で、

 

 少年の姿は一変していた。

 

 長い髪を後頭部で縛り、その身は黒装束と短パンに覆われている。そして手にした刀。

 

 そこまでは一緒だ。

 

 だが、

 

 いつもの黒装束。

 

 その上から、見慣れない羽織を着込んでる。

 

 浅葱地に、袖口を白い段だらで染め抜いた、目にも鮮やかな羽織。

 

 ただそれだけで、少年の存在が一変したかのようだった。

 

「響、その姿は?」

 

 唖然とした声で尋ねる美遊。

 

 対して、

 

 響は僅かに振り返っている。

 

「ん、これが宝具『盟約の羽織』」

 

 答えてから響は。

 

「下がって、美遊」

 

 真っ直ぐにジルを見据える。

 

「これで・・・決めるッ」

 

 低く呟くと同時に、

 

 響は地を蹴った。

 

 真っ向から向かう先では、

 

 聖杯を携え、迎え撃つジル・ド・レェ。

 

「おのれッ 来るか匹夫めがァァァ!!」

 

 放たれる魔力の閃光。

 

 大気すら焼き尽くすような強烈な一撃が、真っすぐに響へと延びる。

 

 次の瞬間、

 

「んッ!!」

 

 手にした刀を一閃。

 

 響は自分を狙って放たれた閃光を、真っ二つに斬り裂いてしまった。

 

「何ッ!?」

 

 驚くジル。

 

 その間にも、距離を詰めに掛かる響。

 

 ジルは再度、響に向けて魔力の閃光を放つ。

 

 しかし、結果は同じ。

 

 響が鋭く振るう剣によって、ジルの閃光は斬り裂かれ霧散する。

 

「おのれェェェェェェ!!」

 

 焦ったように魔力を次々と放つジル。

 

 対抗するように、響はその全てを斬り裂き、あるいはかわして切る。

 

「おのれ、何なのだッ!! 貴様はいったいッ!!」

 

 叫ぶジル。

 

 次の瞬間、

 

「ん、別に」

 

 脇をすり抜けた響が、低い声で告げる。

 

「ただの・・・・・・英霊モドキ」

 

 言いながら、

 

 刀を鞘に戻す。

 

 鳴り響く鍔鳴り。

 

 同時に、

 

 ジルは鮮血を噴出し、地に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

第20話「盟約の刃」      終わり

 

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