Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第2話「瓦礫の街で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不思議な光景だった。

 

 凛果の目の前に、彼女を守るようにして立つ少年は、見るからに幼さを残している。

 

 背は、比較的小柄な凛果よりも、更に頭半分くらいは低い。

 

 年齢も中学生くらいか、下手をすると小学校高学年くらいにしか見えない。

 

 だが、

 

 手に持っている日本刀は、決しておもちゃではありえない、殺気に満ちた輝きを放っている。

 

 勿論、つい先ほど、凛果に襲い掛かろうとしていた骸骨兵たちを、一瞬で斬り伏せた実力は本物だった。

 

「マスター?」

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 呼びかけられて我に返る凛果。

 

 見れば、アサシンが不思議そうな眼差しで、彼女を見上げてきていた。

 

 どうやら、何か指示を待っていると言った風情だ。

 

「あ、ご、ごめん。それで、えっと・・・・・・」

「アサシン、でいい」

 

 凛果が呼び方に窮していると察したアサシンが、制するように告げる。

 

 その言葉に、凛果は首をかしげる。

 

 アサシン。

 

 殺し屋? あるいは暗殺者だろうか?

 

 いずれにしても、おかしな呼び方だった。

 

「あのさ、それ本名じゃないよね?」

「ん。サーヴァントだから。クラス名」

 

 サーヴァント? クラス名?

 

 いったい何の事だろう?

 

 ますます訳の分からない単語が飛び出してきて、凛果の混乱は更に深みへとはまる。

 

「んー・・・・・・・・・・・・あ」

 

 何事かを考えていたアサシンが、思いついたように声を上げて凛果を見た。

 

「普通の召喚じゃない、から。分かんない?」

「はあ・・・・・・・・・・・・」

 

 だから何なんだ?

 

 いい加減、判らない事のオンパレードに、凛果が焦れてきた時だった。

 

「それはそうと・・・・・・・・・・・・」

 

 周囲を見回しながら、アサシンの方から口を開いて来た。

 

「ここって、冬木市?」

「冬木市・・・・・・・・・・・・確か、『特異点F』の場所、だったよね」

 

 思い出したように答える凛果。

 

 対して、アサシンは黙って周囲を見回している。

 

「・・・・・・・・・・・・ふうん」

 

 何かを懐かしむような、

 

 あるいは少し哀しんでいるような、

 

 表情の乏しい少年は、そんな風に燃える街並みを眺めていた。

 

 その時だった。

 

 微かに、

 

 炎の向こう側から、悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 

「今のって・・・・・・」

「ん、あっちから」

 

 アサシンは刀を腰に戻すと、凛果の手を取る。

 

「え、ちょっと・・・・・・」

「少し急ぐ。掴まって」

 

 そう言うと、アサシンは凛果の身体を軽々と抱え上げる。

 

 いわゆる「お姫様抱っこ」という形だった。

 

 かなり違和感がある。何しろ、体の小さいアサシンが、凛果を抱え上げているのだから。

 

「ちょ、ちょっとッ!?」

「しゃべると舌噛む。黙って」

 

 一方的にそう言い置くと、

 

 アサシンは地を蹴って一気に駆けだす。

 

 その後から、凛果の悲鳴が大気に乗って靡いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オルガマリー・アニムスフィアは、藤丸兄妹2人に比べれば、まだ状況を把握していると言えるだろう。

 

 突然放り込まれた世界。

 

 崩壊した街並み。

 

 そこが自分たちのファーストミッションの舞台である、「特異点F」である事はすぐに理解していた。

 

 異様な事態にも瞬時に理解が及ぶ辺りは流石、カルデアの所長と言うべきだろう。

 

 だが、

 

 まさか自分までレイシフトする事になってしまったのは、完全に予想外だった。

 

「何なのよッ 何でこんな事になっているのよ!?」

 

 街の中央にある大きな橋の上を駆けながら、オルガマリーは愚痴を吐き出す。

 

 予定では彼女は、カルデアの中央管制室でファーストミッションの全体指揮にあたるはずだった。

 

 それが、今にもレイシフトのシークエンスに入ろうとした瞬間、強烈な閃光に視界を奪われ、

 

 そして気が付いたら、この場所にいたのだ。

 

 いったい、あの閃光が何だったのか?

 

 カルデアは今、どうなっているのか?

 

 なぜ、自分までレイシフトしてしまったのか?

 

 そもそも帰れるのか?

 

 次々と湧き出る疑問を前に、彼女の頭はパニックに陥りつつあった。

 

 しかも極めつけは、

 

「来ないでッ!! 来ないでよォ!!」

 

 彼女を追ってくる、骸骨兵士の群れ。

 

 恐る恐る街の中を歩いていたオルガマリーは、奴らと遭遇してしまい、そのまま追いかけられる羽目になったのだ。

 

「助けてッ 助けてッ レフッ レフ―!!」

 

 信頼する教授の名を叫ぶ事しかできないオルガマリー。

 

 彼女もまた一流の魔術師である。何体かの骸骨兵士は倒す事に成功している。

 

 しかし、所詮は多勢に無勢だった。

 

 殆ど無限に湧いてくる骸骨兵士を相手に、魔術師とは言えたかが人間が対抗できるはずもなかった。

 

 今のオルガマリーにできる事は、とにかく悲鳴を上げて逃げ回る事だけ。

 

 ただ、闇雲に逃げれば逃げるほど、却って骸骨兵士たちを招き寄せる結果に繋がってしまう。

 

 そして彼女は、たまたま見つけた橋の方向へと逃げたのだ。

 

 だが、橋と言うのは構造上、入り口と出口が、それぞれ一つずつしかない。

 

 基本的に一本道。

 

 それ故に古代より橋は、軍事上の重要拠点として、数多の戦いの舞台となって来た。

 

 その橋に、考え無しに突入してしまったオルガマリー。

 

 だからこそ、

 

 その結末は必然だった。

 

「あッ・・・・・・・・・・・・」

 

 足を止めるオルガマリー。

 

 彼女の視線の先、自身の前方から新たな骸骨兵士の群れがやってくるのが見える。

 

 そして背後からも、追手として着いて来た骸骨兵士が群がろうとしている。

 

 今、オルガマリーが立っているのは、一本道の橋の上。

 

 完全に前後を挟まれた形である。

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・あ・・・・・・」

 

 絶望に震える。

 

 逃げ道は無い。

 

 骸骨兵士たちは、前後からじりじりと距離を詰めてくる。

 

「助けて・・・・・・助けて・・・・・・イヤッ・・・・・・イヤッ 死にたくない・・・・・・こんな所で死にたくない」

 

 ただ哀れに、命乞いを繰り返す事しかできないオルガマリー。

 

 体が小刻みに震え、歯の音が断続的に鳴り響く。

 

 じりじりと追いつめられるオルガマリー。

 

 だが、

 

 運命は無慈悲にも、彼女に襲い掛かる。

 

 剣を振り翳した骸骨兵士が、オルガマリーへ一気に殺到する。

 

「イ、イヤァァァァァァァァァァァァ!?」

 

 悲鳴と共に、その場に蹲るオルガマリー。

 

 次の瞬間、

 

 飛び込んで来た2つの影が、骸骨兵士を一瞬で蹴散らす。

 

 アサシンと、そしてマシュだ。

 

 アサシンは腰の鞘から刀を抜刀。横なぎの一閃で骸骨兵士の胴を斬り裂く。

 

 マシュは手にした大盾を振るい、叩き潰す。

 

 盾と言えば防御用の武器として捉えられがちだが、実際には相手を殴り、払い、押しつぶすなど攻撃に使う事も可能である。言わば万能武器と言える。

 

 マシュは、自身の身体よりも大きな盾を難なく振るっている。

 

 マシュが盾を振るう度に、確実に骸骨兵士は吹き飛ばされていった。

 

 その様は、まるで小型の台風のようだ。

 

 そんなマシュの攻撃をすり抜けて、オルガマリーに迫ろうとする骸骨兵士もいる。

 

 だが、

 

「ん、無駄」

 

 低い呟きと共に、長いマフラーを靡かせてアサシンが駆ける。

 

 手にした刀を振るい、一瞬にして数体の骸骨兵士を斬り捨てる。

 

 ほんのわずかな間に、動いている骸骨兵士は一体もいなくなってしまった。

 

「あ、あなた達、いったい・・・・・・・・・・・・」

 

 突然、助かったオルガマリーは、信じられない面持ちで、自分を助けてくれた2人を眺めるオルガマリー。

 

 しかも、その片方には見覚えがある。

 

「あなた、まさか・・・・・・マシュなの?」

 

 見間違えるはずもない。同じカルデア職員であるマシュ・キリエライトが、凛とした戦装束でその場に立っていた。

 

 だが、

 

 当の2人からすれば、未だに緊張を解くわけにはいかない。

 

 何しろ、相手は見知らぬ存在。そのうえ、自身と同一の立場にいる事は明白である。

 

 すなわち、共闘したとは言え、相手が味方であると言う保証はどこにもないのだ。

 

「んッ!?」

「敵、ですかッ!?」

 

 刀の切っ先を向けるアサシン。

 

 同時にマシュも、盾を構えて迎え撃つ。

 

 激発しそうになる両者。

 

 次の瞬間、

 

「待ったッ ちょっと待ったマシュ!!」

「アサシン、早とちりしないで!!」

 

 橋の右と左。

 

 それぞれの方向から叫ぶ声。

 

 見れば、カルデアの制服を着た男女が走ってくるのが見える。

 

 立香と凛果。

 

 それぞれ橋の反対側から走って来た兄妹は、互いを見て足を止めた。

 

「凛果ッ 無事だったか」

「兄貴も。 良かった・・・・・・」

 

 そう言って笑い合う2人。

 

 その姿を、アサシンが首をかしげて見つめていた。

 

「知り合い?」

「そう、わたしの兄貴。何か、一緒にこっちに来てたみたい」

 

 その言葉に納得したのか、アサシンは刀を鞘に納め、マシュへと向き直った。

 

 どうやら、お互いに早とちりしていた事を自覚したようだ。

 

「ん、ごめん」

「い、いえ、こちらこそ。早計な判断をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 そう言って、お互いに頭を下げるアサシンとマシュ。

 

 マシュの方も、アサシンに害意は無いと言う事は理解できたようだ。

 

 何にしても、早とちりで同士討ち、などと言う笑えない事態が避けられたのは何よりである。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・何なのよ」

 

 絞り出すような低い声。

 

 一同が振り返ると、橋の上に座り込んだままのオルガマリーが、信じられないと言った面持ちで、一同を見回していた。

 

「何なのよ・・・・・・あんた達は?」

 

 オルガマリーの視線は、その中の1人に向けられた。

 

「何なのよマシュ、その恰好は?」

「所長」

 

 マシュは盾を置くと、オルガマリーの前に膝を突いた。

 

「落ち着いてください。これも、カルデアの実験の一つだったのを覚えていますか?」

「・・・・・・・・・・・・あ」

 

 言われて、ようやく事態が呑み込めてきたのか、少し落ち着きを取り戻したように見える。

 

 確かにマシュの言う通りの実験があったのを思い出したのだ。

 

 オルガマリーが落ち着いたところで、マシュは立ち上がって一同を見た。

 

「ともかく、ここは危険です。どこか、落ち着ける場所へ移動して、話はそれからにしましょう」

 

 マシュの言葉に、一同は頷く。

 

 何はともあれ、錯綜している情報を、いったん整理する必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川の西岸には、比較的広い公園のような場所がある。

 

 橋を渡った一同は、取りあえずその場所まで行き、一息入れる事となった。

 

 念のため、アサシンとマシュが周囲を警戒しつつ、立香、凛果、オルガマリーの3人が話し合っていた。

 

 フォウはと言えば、アサシンの頭の上にちょこんと乗って、一緒に警戒に当たっている。

 

「・・・・・・・・・・・・成程ね。だいたいの事情は分かったわ」

 

 大凡の事情説明を受け、嘆息気味にオルガマリーが告げる。

 

 話をまとめると、やはりこの場所は「特異点F」。ファーストミッションの舞台である日本の冬木市で間違いないようだ。

 

「て、言うかッ」

 

 キッと眦を上げるオルガマリー。

 

 その視線の先には、

 

 戸惑いながら立ち尽くす、立香の姿があった。

 

「藤丸立香!! どうして寄りにもよって、あなたがマシュのマスターになっているのよッ!?」

「いや、どうしてって言われても・・・・・・」

 

 突然の糾弾に、返答を窮する立香。

 

 そもそも立香自身、巻き込まれたクチである。理由があるなら知りたいのは、こっちの方だった。

 

 だが、オルガマリーの方も、いささか立場的に引っ込みがつかない状態にある。

 

 何しろ自分が「ありがたい訓示」をしている最中に、居眠りをブッこいていた奴が、寄りにもよって自分の目の前にマスター面として立っているのだから。

 

 掛け値なしの一般人で、しかもこんな無礼者がなぜ? という思いはある。

 

 オルガマリーは立ち上がると、立香の胸倉に掴みかかる。

 

「言いなさいッ どんな乱暴な事をしてマシュのマスターになったのよ!?」

「だ、だから、俺は何もッ」

 

 理不尽な物言いに、しどろもどろな立香。

 

 オルガマリーは更に、凛果の方へと目を向ける。

 

「あなたもあなたよッ 私の話を聞かないで、さっさと出て行ったくせに!!」

「うわッ よく覚えてるなー」

 

 凛果は少しげっそりした感じにオルガマリーを見る。

 

 あの時、凛果は誰にも見られないようにそっと部屋を出たつもりだったが、どうやらオルガマリーは彼女を見逃していなかったらしい。

 

 それだけで、オルガマリーが細かい事を根に持つタイプである事が判る。

 

「だいたいッ」

 

 言いながら、今度はアサシンの方に目を向ける。

 

「ん?」

「フォウ?」

 

 まさか自分に矛先が向くと思っていなかったアサシンは、不思議そうな眼差しでオルガマリーを見やる。

 

 対してオルガマリーは、ここで一気に、全部の不満をぶちまけようとするかのように、舌鋒鋭く吐き出した。

 

「何で、よりによって『アサシン』なのよッ!?」

「えっと、それが何か?」

 

 意味が分からず、尋ねる凛果に、オルガマリーが更に続けた。

 

「アサシンが何て呼ばれているか知っているの? 『最弱のサーヴァント』よッ!? 直接の戦闘にはほとんど役立たず、唯一、敵のマスターを暗殺するくらいしか能の無いハズレサーヴァント。そのチビッ子がどこの誰だかは知らないけど、引くならもっと、マシなの引きなさいよ!!」

「フォウッ フォウッ」

 

 そう言うと、ビシッとアサシンを指差すオルガマリー。

 

 対して、フォウを頭の上にのっけたままのアサシンは淡々とした表情で、己のマスターを見上げる。

 

「凛果、あれ斬って良い?」

「ダメ」

 

 物騒な事を言うアサシンを、嘆息交じりで窘める凛果。

 

 気持ちは判らないでもないが、この場にいるメンバーではオルガマリーが最もベテランである。もろもろの事情説明の為には死んでもらっては困るのだ。

 

 無論、説明が終わったら殺して良い、という訳ではないが。

 

「その、所長・・・・・・」

 

 締め上げられた喉を押さえながら、立香がオルガマリーに尋ねた。

 

 ともかく、これ以上コントじみたやり取りをしていても始まらない。どうにか、話を進める必要があった。

 

「俺も凛果も、事情が全然分からないんですけど。サーヴァントとかマスターとか・・・・・・そこら辺の事、良かったら教えてもらいたいんですけど」

 

 物腰の柔らかい立香の態度に、オルガマリーも少し落ち着きを取り戻したように見える。

 

 ここに来て混乱の連続だった為に、半ばパニックに陥っていたオルガマリーだったが、予想外に柔らかい立香の物腰が、彼女に冷静さを取り戻させていた。

 

 一息入れるべく、ベンチに腰掛けるオルガマリー。

 

 代わって、マシュが口を開いた。

 

「先輩、この『特異点F』・・・・・・つまり冬木市では、2004年にとある魔術儀式が行われたとされています」

「魔術儀式?」

 

 マシュの説明に、立香と凛果は首をかしげる。

 

 「魔術儀式」などと言われると何となく、ヤギ頭の悪魔が、煮えたぎる鍋を前に魔法陣を描いてグルグルとかき混ぜている姿が想像された。

 

 そんな藤丸兄妹の疑問に構わず、マシュは説明を告げる。

 

「『聖杯戦争』と呼ばれる魔術儀式は、万能の願望機である聖杯の降臨を目指し、7人の魔術師がマスターとなって、7人の英霊、すなわちサーヴァントを使役して戦うバトルロイヤルだったそうです」

「そう7人の英霊とはつまり、『剣士(セイバー)』『弓兵(アーチャー)』『槍兵(ランサー)』『騎兵(ライダー)』『魔術師(キャスター)』『狂戦士(バーサーカー)』そして・・・・・・」

 

 マシュの説明を引き継ぐように説明するオルガマリー。

 

 一同の視線が、キョトンとした顔で立ち尽くすアサシンを見やった。

 

「『暗殺者(アサシン)』。この7つよ」

「じゃあ、アサシンも、その聖杯戦争ってのに参加する為に呼び出された英霊って事?」

 

 尋ねる凛果。

 

 だが、

 

「ちょっと違う」

 

 アサシンから返って来た返事は、意外な物だった。

 

「何か、特殊な召喚だった。たぶん、ここの聖杯戦争とは関係ないと思う」

「は? それってどういう意味よ?」

 

 たどたどしく説明するアサシンに、詰め寄るオルガマリー。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「ちょっとッ 答えなさいよ!!」

 

 不貞腐れたようにプクーッとほっぺを膨らませて、そっぽを向くアサシン。

 

 どうやら、先程ディスられたことで、へそを曲げてしまったらしい。

 

「こ、の・・・・・・」

「ま、まあまあ所長」

 

 慌ててフォローに入る立香。

 

 この2人にしゃべらせていたら、一向に話が進みそうにない。

 

 取りあえずアサシンとオルガマリーを引き離すと、立香は改めて少年の方に向き直った。

 

「お礼が遅くなったな。さっきは妹を助けてくれてありがとう」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 そう言って差し出された立香の手を、アサシンは握り返す。

 

 小さなアサシンの手。

 

 立香の手には、本当に子供サイズの小さな手の感触が伝わってくる。

 

 こんな小さな子が大きな力を秘めているなど、一般人だった立香には信じられないくらいである。

 

 しかしアサシンもまた、英霊と呼ばれる存在である事には変わりない。見た目通りに判断する事は出来なかった。

 

 アサシンの手を離すと、立香は今度はマシュの方に向き直った。

 

「じゃあ、マシュはどうして、さっきみたいに戦えたんだ? それも英霊って奴の力なんだろ?」

「はい。ただし、私の場合、アサシンさんとは少し事情が異なります」

 

 言いながら、マシュはオルガマリーに目をやる。

 

 何かを確認するような、マシュの視線。

 

 対して、オルガマリーはツイッと視線を逸らす。どうやら「好きにして良い」というサインらしい。

 

 それを受けて、マシュは再び語りだした。

 

「今回のミッションの前から、カルデアではとある実験が行われていました。それは、聖杯戦争で使われた英霊召喚システムを再現し、実際にサーヴァントを戦力として運用すると言う実験です」

 

 マシュによれば、召喚に応じた英霊は3体。

 

 うち、1体目はその存在を厳重に秘匿されている為に不明。3体目は現在、カルデアのスタッフとして力を貸してくれているのだとか。

 

 そして2体目は、

 

「2体目の英霊は、現代の人間に憑依させる実験を行う為に召喚されました。その人間が私、と言う訳です」

 

 つまり今のマシュは、人間と英霊が融合した存在。デミ・サーヴァントと呼べる状態だった。

 

 正式な英霊ではないとはいえ、英霊その物の霊基と技術を受け継いだことから、マシュの戦闘力は通常の英霊と比較しても、何ら引けを取らない事は、既に証明されていた。

 

「カルデアにいたころは全く成果が出なかったくせに、今の段階になっていきなり成功するなんて、いったいどういう風の吹き回しよ?」

「所長・・・・・・・・・・・・」

 

 辛らつなオルガマリーの言葉に、マシュはばつが悪そうに顔を俯かせる。

 

 そんなマシュを見ながら、オルガマリーもまた視線を逸らす。

 

 どうにも、お互いが相手に対し、何か思う事がある。そんな感じの態度だった。

 

「それより所長」

 

 手を上げて発言したのは凛果だった。

 

 マシュやオルガマリーの説明を聞いていた凛果は、自分の中でまとまった考えを口にしてみた。

 

「思ったんですけど、その『聖杯』ってのが、特異点の原因になってるんじゃないですか?」

「え?」

 

 一同が視線を集める中、凛果は説明を続ける。

 

「特異点が起こるのには、何か原因があるんですよね」

 

 言いながら、立香を見る凛果。

 

「わたしも兄貴も日本人だから判るんですけど、2004年の日本で、特異点になりそうな事って他にないんですよね。なら、消去法で聖杯が特異点の原因って考え方もありなんじゃないですか?」

「すごいな」

 

 妹の発言に、真っ先に感心したのは立香だった。

 

「お前、よくそんな事思いついたな。俺にはさっぱりだったよ」

「兄貴はブリーフィングで寝てたからでしょ」

 

 兄の能天気な発言に、呆れたように嘆息する凛果。

 

「確かに。凛果先輩の言葉には、一理あると思います。いずれにせよ、この冬木市ではそれ以外に原因なんて考えにくいですし」

「確かに。そう考えるのが一番自然よね」

「フォウッ」

 

 凛果の考えに、マシュとオルガマリーも頷きを返す。

 

 素人考えではあるが、

 

 あるいはだからこそ、というべきか、凛果の考えは正鵠を射ていた。

 

 その時だった。

 

 突如、立香の腕に嵌められてる、腕時計型の通信機が呼び出し音を発した。

 

「おわッ な、何だ!?」

「ん、敵襲?」

「あ、兄貴、それッ」

「フォウッ フォウッ」

 

 突然の事で、驚く立香達。

 

 確か、カルデアに到着した時に渡された物だが、使い方のレクチャーは一切受けていない為、どう操作したら良いか分からないのだ。

 

「先輩」

 

 マシュはそっと立香の腕を取ると、通信機のスイッチを入れる。

 

 途端に、聞き覚えのある声が飛び出して来た。

 

《立香君ッ 聞こえるか!? こちらロマンだ!! 聞こえたら返事をしてくれ!!》

「ドクター!?」

「ロマン君!?」

 

 先程、カルデアで別れたはずのロマンの声に、立香と凛果は、思わず通信機に憑りつく。

 

《良かった繋がったか。それにどうやら、凛果君もそっちにいるみたいだね。ひとまず安心だ》

 

 こっちは全く安心できる状態ではない。

 

 だが、ロマニのどこか抜けたような声を聴いていると、何となく落ち着くのは確かだった。

 

「誰?」

「カルデアにいる医療部門の部長です。どうやら、通信が回復したので、こちらに連絡を取って来たようです。」

 

 1人、事情が分かっていないアサシンに、マシュはそう言って説明する。

 

 と、

 

《うわッ マシュ!? どうしたんだい、その恰好は!?》

 

 通信機越しに、ロマニの驚く声が聞こえてきた。

 

 この通信機、どうやら繋げればカルデア側から視覚も共有できるらしい。

 

《ハレンチすぎるッ 僕は君をそんな子に育てた覚えは無いぞ!!》

「ハ、ハレンチ・・・・・・」

 

 あまりと言えばあまりなロマニの物言いに、思わず絶句するマシュ。

 

 とは言え、確かに。

 

 今のマシュはレオタード状のインナーの上から軽装の甲冑を纏っているだけの恰好をしている。

 

 甲冑やインナーが黒いので、白い肌のマシュが着れば、いささか目のやり場に困る姿になってしまっていた。

 

 ハレンチと言われれば、確かにその通り。返す言葉は無かった。

 

 因みに立香とアサシンは、それぞれ明後日の方向を向いている。何となく、気まずい雰囲気だった。

 

 そんな野郎共の反応に嘆息しつつ、マシュは自身の状況について説明に入った。

 

「落ち着いてください、ドクター」

 

 慌てるロマニに対し、マシュは冷静に声を掛けた。

 

「私の数値を調べてみてください。そうすれば、ご理解いただけると思います」

《へ? 数値? ・・・・・・・・・・・・お、お・・・・・・おおおおおおッ!?》

 

 カルデアのモニターでマシュの状態を精査したらしいロマニが、驚愕の声を上げる。

 

《身体能力、魔術回路、全ての数値が向上している!! これはもう人間じゃないッ サーヴァントの領域だ!! そうか、成功したのか!!》

 

 カルデア医療部門のトップをしているだけあり、ロマニもマシュの「実験」については理解しているのだろう。

 

 それだけにマシュの変化について、興奮するのも分からないでもなかった。

 

《それでマシュ、君の中にいた英霊は?》

「彼は・・・・・・・・・・・・」

 

 尋ねるロマニに、マシュは少し言い淀んでから告げた。

 

「彼は、私に戦闘能力だけを残して消滅しました」

 

 あの爆発があった時、本来ならマシュは死亡しているはずだった。

 

 だが、そこへ契約を持ちかけてきたのが、件の英霊だった。

 

 彼はマシュの命を救い、自らの戦闘能力を譲渡する代わりに、マシュに特異点の原因の調査、および排除を依頼してきたのだ。

 

 その申し出を受けたからこそ、マシュは今、こうしてここにいられるのだった。

 

 と、そこへオルガマリーが割り込んで来た。

 

「そんな事よりロマニッ!! 何で最初に出てくるのがあなたなのよ!? さっさとレフを出しなさい!!」

《キャァァァァァァッ!? しょ、所長ッ!?》

「何よ、人を幽霊みたいに!!」

 

 ド失礼な部下にツッコミを入れるオルガマリー。

 

 対して、通信機の向こうのロマニは、しどろもどろになりながら答える。

 

《だって、レイシフト適正もマスター適正も無かったのに。あの状況で、よくご無事で・・・・・・》

「いいからッ レフを出しなさい!!」

 

 苛立ちを募らせるオルガマリー。

 

 対して、

 

 ロマニはしばしの沈黙の後、重々しく口を開いた。

 

《・・・・・・・・・・・・レフ教授は管制室でレイシフトの指揮を執っていたでしょう? あの爆発の中心にいた以上、生存は絶望的です》

「そ、そんな・・・・・・・・・・・・」

 

 絶望の色を浮かべるオルガマリー。

 

 更に、ロマニは続ける。

 

《現在、生き残ったカルデア正規スタッフは、僕を入れても20人未満。その中で、最も階級が高いのが僕なので、現状、指揮代行を行っています》

「じゃ、じゃあッ 他のマスター適正者は!?」

 

 それが、カルデア所長として最も気になる所であった。

 

 立香と凛果を除く、46名のマスター候補生。その中には、魔術協会で将来を嘱望されたエリートも含まれる。

 

 彼等の身に万が一の事があれば、カルデアの、ひいてはアニムスフィア家、その当主であるオルガマリーが受ける政治的ダメージは、計り知れないものがあった。

 

 だが、現実は残酷に告げられた。

 

《46名、全員が危篤状態です。現在、医療器具も足りず、全員を助ける事は・・・・・・・・・・・・》

「ふざけないで!!」

 

 沈痛な声を発するロマニを、オルガマリーは通信機越しに怒鳴りつける。

 

「すぐに凍結保存に移行しなさい!! 蘇生方法は後回し!! 死なせない事が最優先よ!!」

《し、至急手配します!!》

 

 一連のやり取りを黙って聞いていたマシュが、オルガマリーの背後から声を掛けてきた。

 

「所長、凍結保存を本人の許諾なしに行うのは犯罪行為です」

「仕方ないでしょ!!」

 

 マシュの冷静な指摘に、オルガマリーはぴしゃりと言った口調で返す。

 

「死んでさえいなければ、あとでいくらでも弁明できるわ!! だいたい、46人分もの命を背負うなんて、私には無理よ!! できるはずない!!」

 

 悲痛な声を発するオルガマリー。

 

 それが本音だった。

 

 所長だ、当主だ、などと持ち上げられたところで、本性は世間知らずなお嬢様に過ぎない。

 

 立て続けに起こった異常事態を前に、オルガマリーの処理能力は完全にパンクしつつあった。

 

《所長。とにかく、こっちではレイシフト関係の設備の復旧を最優先でやらせています。通信はまだ不安定ですけど、緊急事態になったら、遠慮なく連絡をください》

「・・・・・・何よ。どうせSOSを送ったって、誰も助けに来てくれないくせに」

 

 ボソッと呟いたオルガマリーの言葉は、幸いにして誰にも聞き咎められる事は無かった。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・」

「フォウ?」

 

 それまで黙っていたアサシンが、何かの気配を察して振り返る。

 

 頭の上のフォウをそっと下ろす。

 

「どうしました、アサシンさん?」

「マシュ、構えて」

 

 尋ねるマシュに、静かな声で告げるアサシン。

 

 その手は腰の刀に掛かり、静かに鯉口が切られる。

 

 次の瞬間、

 

《気を付けてみんなッ!!》

 

 ロマニの警告が、鋭く奔る。

 

《急速に接近してくる反応ッ これは!!》

 

 ロマニの言葉と同時に、

 

 2つの黒い影が、襲い掛かってくる。

 

《サーヴァントだ!!》

 

 ほぼ同時に、

 

 アサシンとマシュも、迎え撃つべく地を蹴った。

 

 

 

 

 

第2話「瓦礫の街で」      終わり

 




えっちゃんGET。

ジャンヌ、ホームズ、酒呑に次いで、4人目の星5サバになります。

ネット上では色々と酷評されているえっちゃんですが、FGOを始める前から欲しかったキャラの1人なので嬉しいです。

響の並列夢幻召喚の元になった1人ですしね。

早速、レベルマックスにして、半ば無理やり主力として使っています。

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