Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第7話「暗殺剣士」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浅葱色の疾風が地を駆ける。

 

 銀の刃を掲げて走る響。

 

 その姿は、さながら低空を飛翔する鳥の如く。

 

 刺すように射かけられる、鋭い眼差し。

 

 その目指す先に立つは、ローマの頂。

 

 セイバーのサーヴァントにして、古今に名高き大英雄、ガイウス・ユリウス・カエサル。

 

 その見た目以上の存在感は、他を圧倒して戦場に君臨している。

 

 手にした長剣を手に、迫る響を迎え撃つカエサル。

 

 響もまた、刀の切っ先を真っすぐにカエサルへと向ける。

 

「来るかッ 少年!!」

「んッ!!」

 

 交錯する視線。

 

 ゼロになる、両者の間合い。

 

 次の瞬間、

 

 響は手にした刀を真っすぐに突き込む。

 

 閃光の如き、鋭さを持った刺突。

 

 対抗するようにカエサルもまた、剣を真っ向から振り下ろして繰り出す。

 

 刀と剣。

 

 激突する両者の刃。

 

 次の瞬間、

 

 衝撃が飛び散り、火花が激しく噴き出す。

 

 互いに弾かれ、僅かに後退する響とカエサル。

 

「ぬッ!?」

 

 腰を落として踏み止まるカエサル。

 

 と、

 

 大英雄の目は、驚愕と共に見開かれる。

 

「いないッ!?」

 

 目の前にいない響に、カエサルは声を上げる。

 

 一瞬、

 

 コンマ一秒にも満たない僅かな間、カエサルが視線を外した瞬間、響の姿が視界から消え去ったのだ。

 

 次の瞬間、

 

 殺気が迸る。

 

 殆ど反射的に振り返り、剣を横なぎに振るうカエサル。

 

 振り向き様に繰り出したの一閃が、

 

 背後から迫っていた響の刀を、真っ向から受け止めた。

 

 飛び散る火花。

 

 同時に、響とカエサルは、極至近距離で睨み合う。

 

 だが、そこで動きを止めない。

 

 先んじたのは、

 

 響だ。

 

「ん、まだ!!」

 

 響は、そのままカエサルの剣を支点代わりにして大きく宙返りをすると、その背後へと降り立つ。

 

 着地と同時に旋回、刀を突き込む響。

 

 対してカエサルも、振り向き様に剣を振るう。

 

 ぶつかり合う両者。

 

 再び巻き起こる衝撃波が周囲に撒き散らされ、一帯を薙ぎ払う。

 

「・・・・・・・・・・・・やるではないか」

 

 鍔競り合いの状態から、カエサルは笑みを向けて響に告げる。

 

「先ほどとは見違えるようだぞ。それが、貴様の宝具の力、と言う訳かね?」

「ん、そんなとこ」

 

 対して、響も刀を持つ手を支えながら、淡々とした調子で答える。

 

 その間にも、互いに剣を持つ手から力を抜かない。

 

 ぶつかり合ったまま、互いに次の一手を模索する。

 

 次の瞬間、

 

 両者は弾かれるように後退。

 

 再び剣を構えて対峙した。

 

 

 

 

 

「すごっ 響のアレ、何?」

「フォウッ フォウッ」

 

 響とカエサルの激突を後方で見守っていた凛果が、感嘆の声を漏らした。

 

 彼女の腕に抱かれたフォウも、興奮したように盛んに鳴いている。

 

 宝具を解放し、全力を発揮する事が可能になった響。

 

 先程までの苦戦が嘘のように、カエサルと互角の戦いを演じている。

 

 思えば凛果は、宝具を解放した響の戦いを見るのは初めての事だった。

 

 普段の響は、スピードは特殊班の中で随一と言っても過言ではないほどだったが、攻撃力については、さほどの物ではなかった。

 

 勿論、それでも十分強かったのは事実である。それは冬木やフランスでの奮戦ぶりを見れば明らかである。

 

 小柄な体に見合った凄まじいスピードで相手を翻弄し、隙を突いて必中の一撃を加える。

 

 言わば宙を飛ぶ蜂のような戦い方が、響の本分だった。

 

 だが今、響はカエサルを相手に真っ向から激突し、押し負けしていない。

 

 つまり、あれが響の宝具「盟約の羽織」の能力と言う訳だ。

 

 と、

 

《これは、驚いたね。宝具とは、こんな事も出来るのか》

「ダ・ヴィンチちゃん、どうしたの?」

「フォウッ」

 

 突然、腕の通信機から響いて来たダ・ヴィンチの声に、凛果が驚いて反応する。

 

 どうやらカルデアの方で観測していた、気になる事があったらしい。

 

《響君の霊基が変質している。いや、これはまさしく「変身」と言っても良いかもね》

「どういう事?」

《さっきまでの響君は、確かにアサシンだった。いや、今も根幹の部分はアサシンで変わり無いのだけれど、彼の霊基は今、その上から別の存在が上書きされている。今の響君は実質的にはセイバーに近いだろうね。こちらで観測できるパラメーターの数値も、それを物語っているよ》

 

 今現在、カルデアでモニタリングしているダ・ヴィンチの目の前で、響のパラメーターが数値化して映し出されている。

 

 それによると、もともと最高クラスだった敏捷の数値は殆ど変わらないが、筋力や耐久の数値が大幅な上昇を見せている。

 

 これなら、大英雄クラスの英霊と正面からぶつかっても、当たり負けしないはずである。

 

「要するに、クラスチェンジって事?」

「フォウ?」

《それに近いかね。本来の響君の上から、別の存在を覆いかぶせている感じかな》

 

 ゲーム的な用語を持ち出した凛果に、ダ・ヴィンチも頷きを返す。

 

 アサシンでありながら、同時にセイバーでもある。

 

 言わばダブルクラス、とでも言うべき存在が、今の響であると言えた。

 

 凛果が見つめる視界の先。

 

 そこでは、響がカエサル相手に互角以上の戦闘を繰り広げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルデア特殊班による連合ローマ軍本陣突入。

 

 それとほぼ時を同じくして起こった、カリギュラによるネロ襲撃。

 

 その攻防もまた、一進一退の様相を呈していた。

 

 大地を踏み抜くような勢いで接近してくるカリギュラ。

 

 対抗するように、ネロも剣を振るい迎え撃つ。

 

「おォォォォォォ!!」

 

 雄叫びと共に、拳を繰り出すカリギュラ。

 

 対してネロも、真っ向から斬り込む。

 

 激突する両者。

 

 だが、

 

 互いに退かず、その場に踏み止まる。

 

「やるなッ 伯父上!!」

「あァァァァァァ!!」

 

 すかさず、拳を返し、ネロへと殴りかかるカリギュラ。

 

 だが、

 

 その拳が空を切る。

 

 カリギュラが殴りかかるよりも先に、ネロはバックステップで距離を取り回避したのだ。

 

「遅いッ!!」

 

 同時にネロは、バックステップで得た勢いをそのまま、横軸の回転エネルギーに変換。

 

 回転切りの横領で、カリギュラへと斬りかかる。

 

 円を描く軌跡。

 

 歪な刃が、カリギュラへと迫る。

 

 本来なら、一旦間合いの外に出て回避を図るべきところ。

 

 だが、

 

 カリギュラは、

 

 迷う事無く、前へと踏み出した。

 

「ネェロォォォォォォ!!」

 

 バーサーカーのバーサーカーたる所以。

 

 停滞も退却も無く、ただ前進あるのみ。

 

「ぬッ!?」

 

 驚くネロ。

 

 カリギュラのあり得ざる動きを前に、少女の剣閃が僅かに揺らいだ。

 

 その隙を、狂戦士は見逃さない。

 

 ネロの剣戟が、カリギュラの拳に弾かれる。

 

 少女の懐に飛び込むカリギュラ。

 

 対して、攻撃を弾かれたネロは、無防備に等しい。

 

 その凶悪な拳が、少女を捉える。

 

 そう思った。

 

 次の瞬間、

 

 ネロは一瞬にして頭上へ跳躍。宙返りしながら、カリギュラの背後へと降り立った。

 

「ぬゥ・・・・・・・・・・・・」

 

 相手を仕留め損ねたことを悟り、カリギュラが振り返る。

 

 対抗するように、ネロもまた原初の火(アエストゥス・エストゥス)を構えて対峙する。

 

「流石は伯父上。狂ってはいてもその武勇に陰り無し。その在り様には、流石の余も感嘆を禁じえぬ」

「ネロ・・・・・・・・・・・・」

「だがッ」

 

 何かを言おうとしたカリギュラを遮り、ネロは切っ先を突きつける。

 

「余には皇帝としての責務が、皆と共に戦う使命が、ローマの民を守る想いがある。これ以上、余個人の感傷に囚われている訳にはいかぬ」

 

 言いながら、

 

 ネロは構えを改める。

 

 体を半身捻り、原初の火(アエストゥス・エストゥス)の長い刀身を脇に構える。

 

 ちょうど、正面から見れば刀身はネロの体に隠されて見えなくなる形だ。

 

「終わらせてもらうぞ、偽皇帝カリギュラ!!」

「ネロォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 次の瞬間、

 

 両者、同時に仕掛けた。

 

 拳を振り上げて襲い来るカリギュラ。

 

 大気すら粉砕する、強烈な一撃。

 

 対して、

 

 ネロは視線を真っすぐに向け、カリギュラを迎え撃つ。

 

喝采は剣戟の如く(グラディサヌス・プラウセルン)!!」

 

 縦横に奔る、斬撃の嵐。

 

 突撃してきたカリギュラは、投網の如く投げられた斬撃の重囲の中に、真っ向から飛び込んでいく。

 

 斬り裂かれる巨体。

 

 肉が裂かれ、骨が断たれ、鮮血が全身から噴き出す。

 

 それでもかまわず、拳を振り上げるカリギュラ。

 

 全てを粉砕する、砲弾の如き一撃。

 

 技を撃ち尽くしたネロは一瞬、動きを止めている。

 

 カリギュラの拳が、彼女へと迫った。

 

 次の瞬間、

 

 拳は、ネロの額に当たる直前で、ピタリと動きを止めた。

 

 少女の美しい前髪が、風圧で僅かに靡く。

 

 視線を交わす両皇帝。

 

 ややあって、

 

「ネロ・・・・・・・・・・・・」

 

 カリギュラの方から、口を開いた。

 

 だが、それは先程までのような狂乱した叫びではなく、どこか憑き物が落ちたような、穏やかな声である。

 

「ネロ・・・・・・我が、愛しき姪よ・・・・・・」

「伯父上・・・・・・・・・・・・」

「お前は・・・・・・・・・・・・美しい」

 

 言っている間に、

 

 カリギュラの体は金色の粒子に包まれていく。

 

 ネロの剣戟をまともに受けて、彼の体は既に限界を超えていたのだ。

 

 そっと、

 

 カリギュラの手が、ネロの頭を撫でる。

 

「あ・・・・・・・・・・・・」

 

 その昔、

 

 まだ幼い少女であったころ、そうしてもらったように。

 

「いつまでも、美しくあれ・・・・・・ネロ」

 

 そう告げるカリギュラ。

 

 最後に、

 

 自分を討ち取った姪に、優しく微笑みかけた気がした。

 

 完全に消滅するカリギュラ。

 

 後には、立ち尽くすネロだけが残された。

 

「・・・・・・・・・・・・伯父上」

 

 判っている。

 

 あれは敵だ。

 

 ネロの大切なローマを脅かす、憎むべき敵だ。

 

 敵は討ち果たさなければならない。

 

 そうでなくては、ローマを守れないから。

 

 だが、

 

 それでも尚、胸に去来する虚無感は、消しようが無かった。

 

 しかし、逡巡している暇は無かった。

 

 こうしている間にも、前線では苦しい戦いが続いているのだ。総指揮官である彼女が呆けている事は許されなかった。

 

「全軍に伝えよッ 偽皇帝カリギュラは、ネロ・クラウディウスが討ち取ったッ 今こそ攻勢の時ぞッ!!」

 

 ネロの宣言に、全軍が奮い立つ。

 

 既に、カルデア特殊班が連合ローマ軍の本陣の突入に成功した事で、連合ローマ軍の指揮系統には乱れが生じ始めている。

 

 そこに来て、ネロがカリギュラを討ち取った事は、敵味方双方に波及し始めていた。

 

 

 

 

 

 前線で指揮を執り続けているブーディカは、すぐに変化に気付いていた。

 

 敵の士気には乱れが生じ始めている。

 

 部隊の動きは遅く、個々の連携にも欠いている。

 

 明らかに指揮系統が機能していない軍の、典型的な特徴だった。

 

「ブーディカ将軍!!」

 

 そこへ、伝令の兵士が馬に乗って駆け寄って来た。

 

「報告しますッ 皇帝陛下が、敵の偽皇帝1名を討ち取りました。更に立香将軍の部隊も、敵の指揮官と交戦中の模様!!」

「成程、やってくれたようだね」

 

 報告を聞いて、ブーディカはニヤリと笑みを浮かべる。

 

 状況は追い風になりつつある。

 

 今こそ、この戦いの勝利条件が揃ったと判断すべきだった。

 

「全軍に通達ッ これより我が軍は攻勢に転じるッ 敵は指揮系統が混乱して浮足立っているッ 今こそ祖国を守る時だよ!!」

 

 ブーディカの大音声に歓声が上がる。

 

 同時に、それまで消極的な戦いに終始していた正統ローマ軍が、一気に攻勢に転じた。

 

 対して、連合ローマ軍も抵抗するものの、やはり指揮伝達がうまくいかないせいか、部隊間の連携は皆無に等しい。

 

 対して正統ローマ軍は、歴戦の戦闘女王に率いられ、高度な連携を可能にしている。

 

 戦線各所において、連合ローマ軍を圧倒し始めている。

 

 そして、

 

 その最前線には当然、この男がいる。

 

「見よッ 圧制者が退き始めたぞ!! 今こそ勝鬨を上げる時ぞ!!」

 

 叫びながら、先陣を切って突撃していくスパルタクス。

 

 その剣が振るわれるたび、確実に敵兵の死体が積み上げられる。

 

 圧倒的な戦闘力を示すスパルタクスの姿に、多くの正統ローマ兵が勇気づけられる。

 

「ウォォォッ スパルタクス将軍に続けェェェ!!」

「今こそ勝利を我らに!!」

 

 前線へ飛び込んでいくスパルタクスを追って、正統ローマ軍も次々と突撃を開始していた。

 

 

 

 

 

 前線における状況の変化は、既に連合ローマ軍本陣にも伝わっていた。

 

 この場にいる敵味方、合わせて5騎のサーヴァント達。

 

 その全員が、無傷ではない。

 

 特に重傷なのはレオニダスだろう。

 

 当初こそ圧倒的な防御力で戦線を支えていたレオニダスだが、美遊、マシュの2人から猛攻を受けては、無傷ではいられなかったようだ。

 

 その全身は、既に満身創痍の様相を呈している。

 

 一方、

 

 響とカエサルの戦いは、ほぼ互角の内に推移していた。

 

「・・・・・・・・・・・・フン」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 互いに剣を構えたまま向かい合う、響とカエサル。

 

 宝具を発動し、その身をアサシンからセイバーへと変化させた響の戦闘力は、カエサルと互角と言ってよかった。

 

 一方のカエサルも、大英雄なだけの事はある。一歩も引かずに響を迎え撃ち、全ての攻撃を押し留めていた。

 

 睨み合う両者。

 

 このまま、再び激突となるか。

 

 そう思った時、

 

「・・・・・・・・・・・・ここまでか」

 

 カエサルは呟きながら、ゆっくりと剣を下した。

 

「ん?」

「どうやら、カリギュラも討たれたらしい。前線は混乱している。ここで退かねば、我らの全滅は免れまい」

 

 言いながら、剣を収めるカエサル。

 

 それに合わせるように、レオニダスも後退してカエサルを守るようにして立つ。

 

「潮時ですかな?」

「ああ。これ以上は無意味であり、無駄だ。何より、我らが拘泥すれば、兵が死ぬ。それは望む所ではない」

 

 撤退を決断するカエサル。

 

 その決断の速さもまた、彼の英雄たる所以だろう。

 

 名将とは、常に勝ち、負けを知らない者を言うのではない。

 

 必要な時に必要な策を講じ、適切なタイミングで命令を下せる者のみが名将の称号を得る事ができる。

 

 敵わない事が判ったら、いち早く兵を退き体勢を立て直す。

 

 それができるからこそ、カエサルは後世の人々から名将と称えられているのだ。

 

「ん、逃げる?」

 

 対して、響は背を向けるカエサルに、挑発のような言葉を投げる。

 

 その切っ先は、油断無く切っ先を向け続けている。

 

 ほんの僅か、

 

 カエサルを守るレオニダスが隙を見せた瞬間、斬り込むつもりなのだ。

 

 カエサルが十分強いのは、戦った響がよく分かっている。

 

 ならばこそ、ここで討ち果たしておかなくてはならない。そうしなければネロの、ローマの、ひいては自分たちカルデアにとって大きな壁になり得るだろう。

 

 しかし、そこは傷ついても守護の大英雄。

 

 レオニダスは響に対し、一部の隙も見いだせない防御の構えを見せていた。

 

「付け上がるなよ、小僧」

 

 そんな響に対し、

 

 カエサルは重々しい口調で言い放った。

 

 場の空気を圧するほどの存在感。

 

 ただその場にいるだけで、全てを圧倒するほどの存在感を見せつける。

 

「このユリウス・カエサルを相手に、『片手間』で戦おうなどと、不敬にも程があろう」

「・・・・・・・・・・・・」

「次に会う時は、私を楽しませろ。さもなくばその首と、貴様の『玉』は、この私が遠慮なくいただく事になる」

 

 そう告げると、レオニダスを従えて立ち去っていくカエサル。

 

 それを追う事は、響達にはできなかった。

 

 

 

 

 

第7話「暗殺剣士」      終わり

 


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