1
戦いは終わった。
正統ローマ軍は、ガリアを守らんと出撃してきた連合ローマ軍の防衛ラインを悉く撃破。ついには打ち破るに至ったのだ。
連合ローマ軍の指揮官であるユリウス・カエサルは、皇帝カリギュラが討たれた時点で、戦況我にあらずと判断、撤退の命令を全軍に下した。
対する正統ローマ軍を率いるネロ・クラウディウスも、直ちに追撃を指示。
これにより、勢いに乗るブーディカ以下の軍勢は、敗走する連合ローマ軍の背後から襲い掛かった。
スパルタクスをも戦線に投入した追撃戦は熾烈を極めた。
連合ローマ兵達も必死の抵抗を示した物の、サーヴァントの圧倒的な戦闘力に、生身の人間が敵うはずもなく、戦線は次々と打ち破られていく結果となった。
この戦いで連合ローマのガリア派遣軍は壊滅に近い損害を被っている。
もし、撤退命令が遅ければ、より大きな損害に見舞われていたかもしれない。
結局、連合ローマ軍は、レオニダス率いる部隊が殿に立つ事で、正統ローマ軍の追撃を絶つ事に成功した。
しかし、全兵力の半数近くを失った連合ローマ軍は、それ以上の抵抗は無意味と判断し、彼らの領土へと退却して行った。
だが敗れたとは言え、連合ローマ軍の秩序は保たれ、最後まで整然としたまま撤退して言った。
それは指揮官であるカエサルが的確な指示を出し続けた事。そして殿に立ったレオニダスが、最後まで戦線を維持し続けたことが大きい。
2大サーヴァントの活躍が無ければ、連合ローマ軍の秩序は崩壊し、全軍潰走の状態になっていたとしても不思議は無かった。
連合ローマ軍が退却した事で、正統ローマ軍は正式にガリア奪回を宣言。
ガリア会戦は、正統ローマ軍の勝利に終わった。
ガリア入城を果たしたネロは、直ちに占領統治を開始し、インフラの整備、負傷者の救護、不足している物資の援助など、復興支援を次々と実行していった。
そこら辺は、流石は皇帝と言うべきだろう。一切の無駄が無く迅速、それでいて必要十分な支援内容だった。
そして勿論、降伏した敵兵に対しては寛大な措置が取られた。
一時は敵になったとはいえ、彼等もまたもともとはローマの民。戦いに敗れ、降伏した以上、むやみに滅ぼす理由は無かった。
「全ての道はローマに通ず」
この言葉には、2つの意味合いがある。
1つは読んで字の如く。ローマ時代、首都からヨーロッパ各地に向けて大規模な街道整備が行われた。その為、あらゆる道が「物理的」にローマに通じていた事。
そしてもう1つ。
ローマは、たとえ戦争に勝っても、相手の国を亡ぼすような真似はせず、むしろ相手に対して敬意を表し、自国の民として厚遇してきた。それ故、ヨーロッパ中のあらゆる文化がローマに集められたと言われる。
たとえば「奴隷」と言う存在は、現代でこそ「最下層の人間」「使い捨ての労働者」「特権階級の所有物」と言ったマイナスの意味合いが強いが、ローマ時代の奴隷とは「高度な知識や技術を持ち、招致された外国人」と言う存在であり、ローマ人の方が奴隷にむしろ敬意を持ち、高い報酬を払って教えを乞う事も少なくなかったと言う。
故に、あらゆる文化の起源はローマに集まる、と言う意味合いで上記の言葉が使われる事もある。
その精神を、ネロもまた実践していた。
戦い敗れて降った以上、彼等もまたローマの民。ならばいたずらに傷付け、辱める事は許されない。
ただ全てを受け入れ、迎え入れるのみだった。
こうして、会戦からわずか数日。ガリアはネロの指導の下、急速に復興を遂げていくのだった。
一方
敗戦の報せは、ただちに連合ローマの首都へも届けられた。
カエサル軍の敗北。
ガリアの失陥。
それらの凶報に、連合ローマ首脳部が色めきだっていた。
「馬鹿なッ あの無能者が、いったい何をやってるのだッ!!」
連合ローマで宮廷魔術師を務める男は、狂ったように叫び声を上げる。
ここは連合ローマの王城。その内部にある謁見の間である。
ここには今、宮廷魔術師である彼の他に、先にネロ暗殺に失敗し帰還したアサシンの女性。そして、彼らの「主君」の姿もあった。
その中で異彩を放っているのはやはり、人目もはばからずに周囲に当たり散らしている宮廷魔術師の存在だろう。
緑がかったコートにシルクハット。
ローマ人に比べて、少し線の細い印象の出で立ち。
それは見間違えるはずもない。
かつてはカルデアの技術主任を務めた、レフ・ライノールに他ならなかった。
炎上する冬木にて立香達と対峙し、かつての上司であるオルガマリー・アニムスフィアを抹殺した後、彼はこのローマの地に現れていたのだ。
だが、
そのレフが今、かつての落ち着き払った態度などかなぐり捨てたかのように、人目もはばからず喚き散らす様は、かつての同僚たるロマニやマシュが見れば、さぞかし唖然とすることだろう。
それ程までに、彼が受けた衝撃は大きかったのだ。
今回のガリアでの戦い、レフは確実に勝てると踏んでいた。
惨禍兵数こそ連合ローマ軍が劣っていた物の、カエサルほどの名将が率いる軍勢である。負けるはずが無いとさえ思っていた。
だが、現実にカエサルは敗れ、ガリアは奪還された。
しかもそれを成したのが、かつて取るに足らぬと捨て置いたカルデアのマスターとサーヴァント達だと言う。
レフとしても、臍を噛む想いだった。
これにより正統ローマ軍は、連合ローマ領に攻め込むための足掛かりを得たことになる。
逆に連合ローマ軍は、早急な作戦の見直しが迫られている。
当初はガリアの戦いで正統ローマ軍主力を撃破し、その後、ローマまで一気に攻めあがると言うのが連合ローマ軍の作戦だったのだが、今回の敗戦で、それが完全に破たんしてしまった事になる。
敗れたとはいえ、まだカエサル軍は壊滅した訳じゃないし、何より主力軍はまるまる残っている。
数の上では連合ローマは正統ローマを上回っている。
それを考えれば、戦いようはまだ、いくらでもあるだろう。
しかし、当初の計画に狂いが生じたのは確かだった。
「それと言うのも・・・・・・・・・・・・」
言いながら宮廷魔術師は、傍らに立つ女に目をやった。
うなだれたまま、その場に佇む女。
対してレフは、容赦なく罵声を浴びせる。
「貴様の責任だぞ、アサシン!! 貴様がネロ・クラウディウスの暗殺に失敗したせいで、このような事態に陥ったのだッ 恥を知れ、この無能者め!!」
「・・・・・・・・・・・・」
罵倒を受けても、アサシンの女性は黙したまま立ち尽くしている。
レフが言っている事は、確かに事実だった。
彼女がネロ・クラウディウスの暗殺に成功してさえいれば、あの時点で正統ローマは瓦解し、この戦争は連合ローマの勝利に終わっていた筈なのだ。
しかし彼女は失敗した。
その結果、ネロ指揮の下に完全に統一された正統ローマ軍により連合ローマ軍は敗北。ガリアが奪われると言う事態に陥ってしまったのだ。
弁明の余地は無かった。
「そもそも貴様のような奴がッ ・・・・・・・・・・・・」
さらに言い募るレフ。
その時だった。
「やめよ」
上座より、重々しい声が響き渡る。
その声に、それまでアサシンを罵っていたレフも、言葉を止めて振り返る。
2人の視線が集中する先。
上座に座した「君主」は、2人を見下ろしながら言った。
「それ以上の叱責は無用である。今は成すべき事を成せ」
「・・・・・・・・・・・・フンッ」
君主の言葉に、レフは鼻を鳴らす。
確かに、この場にあってアサシンを罵ったとしても、時間の無駄である。
冷静さを取り戻したレフは、肩を竦めて見せる。
「なに、心配には及ばんよ。既に待機している本軍には進撃を命じている。彼らの戦力に、カエサル軍の残存兵力を加えれば、ガリア奪還も、敵軍の撃破も簡単な事だろうさ。お前はただ、その玉座にふんぞり返って、吉報を待っていれば良い」
「・・・・・・・・・・・・」
仮にも自身の主君に対して、不遜とも取れる言葉。
だが、主君の方は一切何も告げず、沈黙を保ったままレフを見ている。。
代わりに激昂したのは、アサシンの方だった。
「貴様ッ 無礼にも程があるぞッ!!」
腰のナイフを抜きかけるアサシン。
鋭い眼光はレフを射抜く。
僅か一瞬。
それだけの時間があれば、アサシンはレフに対して斬りかかっていた事だろう。
だが、
「良い」
「ッ!?」
主君から発せられた重々しい言葉が、アサシンの動きを制する。
主君の言葉は、まるでそれ自体が不可視の拘束であるかのように、アサシンの動きを制していた。
そんな一連のやり取りを見て、レフはあざ笑うように言った。
「サーヴァントと言うのは難儀な物だね。同情に値するよ。いかな歴史に名を成した英霊と言えども、使い魔風情に落としてしまうのだからな」
もはやレフは、主君やアサシンに対するる嘲笑を隠そうとすらしていなかった。
彼にとっては、サーヴァントなど、自分の目的を果たす為の道具でしかない、と言う事だ。
踵を返すレフ。
その視線が、アサシンに向けられる。
「貴様に、もう一度チャンスをやる。次はしくじるなよ。場合によっては、宝具の開帳も許可してやる」
ありがたく思え。
捨て台詞のように言うと、そのまま部屋を出て行くレフ。
後には、主君とアサシンのみが残されるだけだった。
「閣下、申し訳ありません。私は・・・・・・」
「良い」
アサシンの言葉を、主君は重々しく制する。
その慈愛に満ちた眼差しが、アサシンをねぎらうように向けられる。
「おのれの責務を、全うせよ」
「・・・・・・ハッ」
主君の伊熱田割るようなこと名に対し、
アサシンは恭しく、頭を下げるのだった
2。
「ではブーディカ、後の事はよろしく頼むぞ」
別れ際に際して、ネロはブーディカを前にして告げる。
ガリアを奪回し、その占領統治についても目途が立ったことで、ネロたちはいったん、ローマにもどる事になったのである。
ネロは皇帝である。戦場で軍を指揮する以外にも、やる事は山のようにある。
このような戦時下にあるなら猶更、後方の安定は必須となる。
後顧に憂いがあっては、戦争はできない。
それ故にネロは一度、首都に戻る事にしたのだ。
それに実際のところ、ここにいてもネロができる事は少ない。
カエサル軍は事実上、壊滅状態に近い。
すぐに攻め込んでくる心配は無いだろうし、仮に無理を押して攻めて来たとしても、ブーディカ軍の敵ではない。
連合ローマ軍がガリア奪還に動くとすれば、後方で温存している主力軍を持ってこなくてはならないだろう。そして、それには時間がかかる。
よって、すぐに次の戦いは起きないだろう、と言うのがネロやブーディカが話し合った結果である。
「敵が攻めてくる事は無いだろうが、まだ残党が息をひそめている可能性はある。充分に注意してくれ」
「大丈夫だって。そこらの賊程度に敗れるあたしじゃないよ。あんただって知ってるだろ」
そう言って、豪快に笑うブーディカ。
確かに、普通の人間程度に、サーヴァントを倒す事は不可能である。
「う、うむ。確かに、そなた程、頼りになる存在はいないが・・・・・・・・・・・・」
何とも気まずそうに言いながら、目を逸らすネロ。
その様子を見ていた凛果が、そっと立香に耳打ちする。
「ねえねえ、ネロってやっぱり、ブーディカの事苦手なのかな?」
「ああ。そう言えば、最初から変だったよな」
ネロとブーディカの関係については、既にロマニやダ・ヴィンチから詳しく聞いて知っている。
かつて、ローマによって屈辱を受け、反乱を起こしたブーディカ。
そして、そのブーディカを討伐したネロ。
何とも複雑すぎる関係にある2人。
いかにブーディカが一度死んで、サーヴァントとして召喚された身であるとは言え、彼女がネロの配下に収まっている事の方が奇跡なのだ。
あるいはそのせいで、ネロがブーディカに対して負い目のような物を感じていたとしてもおかしくは無かった。
「と、とにかく頼んだぞ」
それだけ言い置くと、ネロは逃げるようにして退室していく。
その後ろ姿を嘆息交じりに見送ると、ブーディカは横にいる立香と凛果に目を向けた。
「2人とも、ネロの事、くれぐれもよろしく頼むよ」
「ああ、判ってる」
ブーディカの言葉に、頷きを返す立香。
カルデア特殊班もまた、ネロに同伴する形で一度、ローマにもどる事になっていた。
契約である為、戦争には参加するが、特殊班の本来の任務はこのローマのどこかにある、聖杯の探索、および確保である。
前線にいるよりも、首都のローマの方が情報が集まる可能性が高い為、ネロの申し出もあって、一旦戻る事になったのだ。
「ネロはあの調子だから、表面上は何ともないように振舞っているけど、何だかんだで結構しんどいと思うんだよね。こんな状況だから、信頼できる誰かが、そばにいて支えていてやんないといけないと思うんだよ」
言ってから、ブーディカは立香と凛果を見やる。
「何でかな、あんた達なら、あの子を任せても大丈夫って思えるから不思議だよ」
出会って間もないにもかかわらず、ブーディカの中では立香と凛果に対する信頼感が芽生えていた。
この子たちは、きっと自分たちを裏切らない。
そんな風に、ブーディカには思えるのだった。
「頼んだよ、2人とも」
そう言うとブーディカは、2人の肩を優しく叩くのだった。
一方その頃、
「うう、ブーディカの奴め・・・・・・恥ずかしい事を堂々と言いおって。あれでは余が、1人では何もできぬ
入り口脇で耳を欹てていたネロが、顔を赤くしてもごもごと呟く。
他人の会話を立ち聞きするなど、皇帝として、と言うか人としてどうかと思うが、自分の話題が出ているようなので、気になってしまったのだ。
道行く兵士たちが、皇帝陛下の奇行に対し、何事かと呆気に取られながら通り過ぎていく。
しかし、
確かに、ネロはブーディカに対し負い目を感じている。
理由は、立香達が考えていた通りだ。
地方総督が勝手にやったこととは言え、ブーディカの国を奪い、屈辱を与えたのはローマだ。
そして、反乱を起こしたブーディカを討伐したのは、他ならぬネロである。
連合ローマとの戦いが始まって暫くした頃、前線で指揮を執る自分の前にブーディカが現れた時、ネロは思わず我が目を疑った。
つい先ごろ、討伐したばかりの敵将が実は生きていて、しかも単身で自分のところに乗り込んで来たのだ。驚くな、と言う方が無理がある。
しかも、自分に協力してくれるとまで言っている。
これはもう、たちの悪い冗談か、あるいは敵の謀略を疑ったほどである。
だがブーディカの言葉に偽りなどなかった。
彼女はネロを献身的に支え、軍を指揮し、幾度となく起こった戦いで勝利をもたらしてくれた。
正直、今でもネロには信じられない。
ブーディカが生きていた事も、彼女が自分に協力してくれている事も。
だが、その事を決して不快には思っておらず、むしろ好感すら抱いている。
そして、
そんなブーディカから子ども扱いされる事は、ネロにとってこそばゆいやら恥ずかしいやら、何とも感情のやり場に困る事態であった。
何と言うか、
正直、こんな事を考える事自体、ネロにとっては恥ずかしい事この上何のだが、
ブーディカと接していると、どうにも母親と会話しているような気分になってくるのだ。
ネロは母の愛と言う物を知らない。
勿論、血の繋がった実の母はいた。
だがネロの母であり、先に討伐したカリギュラの妹でもあるアグリッピナと言う存在は到底、「母親」と言う存在とは無縁な存在だった。
人一倍権力欲の強かったアグリッピナは、自分の娘であるネロを皇帝の座に就かせるために、あらゆる謀略を駆使した。
先帝の暗殺。他の皇帝候補者の抹殺。元老院の懐柔。
全てはネロを皇帝にする為、翻せば自分を「皇帝の母親」にする為。
ネロが女の身でありながら皇帝の座についているのは全て、アグリッピナの差し金であった。
ネロが皇帝に就任した後、アグリッピナの増長はますます強くなった。
公費の私的流用、情実にまみれた政策と裁定、反対者の容赦ない粛清。
それらは全て、ネロの名の下にアグリッピナが行った事だった。
ネロは、彼女の言いなりになるしかなかった。もし逆らったら、ネロも殺されていただろう。否、あのまま行けば間違いなく、アグリッピナはネロ排除に動いていた事だろう。
彼女にとって、実の娘のネロですら、自身の権力を強化するための舞台装置に過ぎなかったのだから。
ある意味ネロにとってアグリッピナは、敵である連合ローマ以上に厄介な存在だった。
だからこそ、ネロは母親を排除するしかなかった。
母親の愛情を知らずに育ったネロ。
そんなネロにとってある意味、皮肉な事に、かつての敵将であったブーディカこそが、初めて「母親の愛情」を感じさせてくれる相手だったのだ。
と、
「ん、ネロ、そんなとこでどした?」
「ぅわをぃえぇッ!?」
突然背後から声を掛けられ、飛び上がらんばかりに驚くネロ。
正直その様子は、女の子としてちょっとどうかと思うのだが。
そんな少女の様子を、3人のサーヴァントが不審な物を見るような眼差しで眺めていた。
「どうかしたんですか、ネロさん?」
「あ、ああ、いや・・・・・・」
怪訝そうに尋ねてくるマシュに対し、ネロは慌てて取り繕うと、一つ咳払いして向き直った。
一瞬で居住まいを正すあたりは、流石皇帝と言ったところだろう。
「それより・・・・・・そなたたちも、この度は大儀であった。おかげでガリアを奪還する事が出来た。心から礼を言う」
「そんな・・・・・・恐れ多いです」
頭を下げるネロに、マシュは恐縮した体で制する。
「わたし達は結局、敵将カエサルを討ち取る事ができませんでしたし」
マシュの言う通りだろう。
当初の作戦では、敵陣に突入したカルデア特殊班が敵将(カエサル)を討ち取り、連合ローマ軍の指揮系統を破壊。その後、本軍が総攻撃を仕掛ける事で、敵を全軍潰走に追いやる手はずだった。
しかし、カエサル、レオニダスの予想外に頑強な抵抗にあい、襲撃は失敗。
最終的に勝利し、敵を撤退に追い込めたものの、戦果は不十分なままに終わってしまった。
「なに、そのような事は些事に過ぎぬ。事実、そなたたちが敵将を引き付けてくれたおかげで、敵は指揮系統に混乱を招いたのだ。上々の戦果と言えよう」
そう言ってネロは笑い飛ばす。
実際に勝てたのだから、それで良い。と言った感じである。
と、
そこでネロは何かを感じたように後ろを見ると、慌てた様子で振り返った。
「で、では、余は行く。帰りの船の用意もある故な。そなたらも、準備ができたら港までくるが良い」
そう告げると、そそくさとその場を後にする。
そんな皇帝陛下の後姿を、サーヴァント達は怪訝な面持ちで見送る。
「ん、何あれ?」
「さあ」
揃って首を傾げる響と美遊。
いったい、何なのだろう?
と、
「あれ、今、ネロがいなかったかい?」
本陣から出てきたブーディカが、怪訝な面持ちで尋ねて来た。
どうやらブーディカが出てくる気配がしたため、ネロは慌てて立ち去ったらしかった。
「あ、はい。今しがたまでいたのですが、急いで行ってしまわれました」
「・・・・・・・・・・・・ふうん」
どこか釈然としない感じに頷くブーディカ。
ネロの煮え切らない態度は、ブーディカとしてももどかしく感じている部分があった。
「あんた達」
「ん?」
「はい?」
呼ばれて、振り返る響達。
と、
ブーディカは両手を広げ、響、美遊、マシュを包み込むように抱きしめた。
「んッ」
「あッ」
「ブ、ブーディカさん、あの・・・・・・」
慌てた様子の3人。
だがブーディカは、抱擁を続ける。
「3人とも、今回はありがとうね。あんたちが来てくれて本当に助かったよ」
優しく語り掛けるブーディカに、3人もどこかこそばゆい気持ちになる。
だが、不思議と悪い気はしない。
「良いかい。また必ず戻ってきて、元気な姿を見せてね」
「・・・・・・はい、必ず」
答えるマシュ。
その心の内には、どこか陽だまりのような暖かさが広がっていくようだった。
第8話「母親」 終わり