Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第10話「ああ? 女神様?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブーディカは、臍を噛みたくなる想いで、彼方の光景を眺めていた。

 

 視界の先に布陣を進めるのは、見渡す限りの大軍勢。

 

 それは、先に対峙したカエサル軍よりも明らかに多い。

 

 油断をしていた。訳ではない。

 

 むしろブーディカは、先の戦勝に驕る事無く次の戦いに向けて、部隊の再編成や物資の補充などを急ピッチで行い、万全の準備を進めていたところであった。

 

 その矢先の、敵軍進行である。

 

 完全に虚を突かれた形だった。

 

 ブーディカは取る物も取りあえず、再編成の終わった部隊のみを引き連れてガリアの外へと布陣した。

 

 しかし、数的劣勢は明らかだった。

 

「やられた・・・・・・まさか、これほど早く敵の本軍が出てくるとはね」

 

 彼方の大軍を眺めながら、ブーディカは悔し気に呟いた。

 

 まさに神速と言っても良い、連合ローマ軍の進行。

 

 対して、正統ローマ軍はまだ、先の戦いの再編成中で、大半の部隊はまだ、出撃できる状態に無い。

 

 しかし、

 

「ここで退く訳には、いかないか」

 

 唇を噛み締めながら、ブーディカは呟く。

 

 ここで正統ローマ軍が退却すれば、再び連合ローマ軍にガリアを奪い返される事になる。そうなると、味方は再び前線の拠点を失う事になる。ネロが整備した統治政策も、初めからやり直しとなる。

 

 それだけは、避けなくてはならなかった。

 

「ブーディカ将軍、全部隊の配置完了しました。しかし・・・・・・」

「うん、判っている。多勢に無勢なのはね」

 

 伝令兵士に対して、自嘲気味に答える。

 

 先の戦いでは正統ローマ軍が兵力で勝っていたが、今回は明らかに数的劣勢にある。

 

 この状況下で味方を鼓舞して戦う方法はただ一つ。

 

 指揮官であるブーディカが、先陣を切って戦い、兵士たちの士気を高める以外に無かった。

 

荊軻(けいか)ッ!!」

「ああ、ここにいるぞ」

 

 呼びかけに対して、低い声が返される。

 

 同時に、人垣から顔を出すように、1人の女性が姿を現した。

 

 純白の着物を着た、怜悧な印象の女性。

 

 その印象は、どこか抜き身の刃物を連想させる。

 

「あたしは全軍の指揮を執る。あんたは後方に控えて、あたしが敗れたらすぐにローマに走るんだ。ネロに敵の侵攻を伝えるんだ。呂布も連れて行きな」

「良いのか、しかし・・・・・・・・・・・・」

 

 荊軻、と呼ばれた女性は言い淀む。

 

 敵軍の数が多いなら、自分も戦線に加わった方が良いと思うのだが。

 

 だが、ブーディカは頑として首を横に振る。

 

 どのみち、今の戦力じゃ敵には勝てない。

 

 現状を打破するには、ローマにいるネロに出撃を乞うしかないのだ。

 

 荊軻を下がらせてから、ブーディカは反対の方向に向く。

 

 自身の傍らに立つ少女たちを見ながら語り掛けた。

 

「あんた達も、すまないね。せっかく合流してくれたのに」

「仕方ないわ、こういう状況な訳だし」

「アハハハハハハハハハハハハ」

 

 少女たちは、ガリア戦後に加わってくれた新たなる客将である。

 

 申し訳なさそうに告げるブーディカに対し、フリフリとした衣装を着た少女は肩を竦める。

 

「気にしないで。この手の荒事には慣れているつもりだから。まあ、せっかくローマに来たんだし、できれば『生ネロ』に会うまでは頑張りたい所だけど」

「何だい生ネロって? このまえ響が言ってたハバネロみたいなもんかね?」

「アハハハハハハハハハハハハ」

 

 意味の分からない事を言う少女に対し、呆れ気味に告げるブーディカ。

 

 もう1人の少女は意味もなく笑い続けているだけだ。

 

 ともあれ、この劣勢の状況下で、2人の援軍はブーディカとしてもありがたかった。

 

 

 

 

 

 一方、連合ローマ軍の本陣では、軍を率いる指揮官と、それを補佐する軍師が、彼方に展開する正統ローマ軍の様子を眺めていた。

 

 その指揮官と軍師の姿は、異様とも言えた。

 

 指揮官は、どう見てもまだ子供。恐らく15~6歳程度の少年だった。中東辺りの軽装の民族衣装を羽織り、見事な赤い髪を三つ編みに纏めている。まだあどけなさの残る顔だちだ。

 

 そして軍師の方は、鋭い目付きをした長身の男性だ。黒のスーツを着込み、眼鏡をかけた姿は、どこかの大学の教授を思わせる。

 

「敵はまだこの間の戦いから立ち直っていないみたいだ。やっぱり、先生の言った通りだったね」

 

 自分より背の高い軍師を見上げながら、指揮官は楽しそうに告げる。

 

 見た目相応の無邪気さを見せる指揮官。

 

 対して軍師は、眼鏡の位置を直しながら答える。

 

「単純な計算の結果だ。敵よりも味方の方が数が多い。ならば、敵に立ち直るスキを与えず波状攻撃を仕掛ければ勝てる。それだけの結果だよ」

「言うのは簡単だ。けど、それをできるかどうかは別問題ですよ」

 

 そう言って指揮官は笑う。

 

 そんな「上官」の顔を見なあら、軍師は嘆息するように答える。

 

「それにしても『先生』か・・・・・・あなたからそのように呼ばれると、私としては複雑な感じがするのだが」

「僕は別に気にしませんよ」

 

 何やら因縁があるかのように語る2人。

 

 人種も、世代も、下手をすると生きた世界すら違いそうな2人だが、その間には常任には計り知れない繋がりがあるように思える。

 

 もっとも、

 

 2人とも、その事を不快には感じてはいない様子だが。

 

 次いで、指揮官は傍らに立つ、もう1人の男に目をやる。

 

 しかし、

 

 果たしてその人物を「人」のカテゴリに入れても良い物だろうか?

 

 頭頂は雲を衝くが如く聳え立ち、全身は墨を塗ったように真っ黒。理性を失った眼には狂気の光が宿る。

 

 ただ、そこにいるだけで恐怖を撒き散らしているかのようだ。

 

 だが、そんな男の雰囲気に構わず、指揮官は気軽に話しかける。

 

「君も、生前の僕とは因縁があるみたいだね。けど、今回は共に戦う身だ。よろしく頼むよ、ダレイオス」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ダレイオスと呼ばれた男は、指揮官の声に答える事は無い。

 

 無言のまま真っすぐに、敵軍を睨み据えている。

 

 それを受けて、笑みを浮かべる指揮官。

 

 軍師と目を合わせ、頷きを交わす。

 

「さあ、行こうか、みんな」

 

 高らかな宣言が響き渡る。

 

 同時に、連合ローマ軍は、一斉に動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響の目の前に現れた少女。

 

 その姿は、「可憐」であると同時に「妖艶」にも思えた。

 

 背は響と同じか少し高いくらい。

 

 青みがかった長い髪を頭の両サイドで結び、切れ長な瞳は蠱惑的に響を見詰めている。

 

 細い四肢は、一流の彫刻家による造形を思わせる。

 

 触れただけで手折れそうなほど、儚げな印象のある少女。

 

 だが、

 

 少女の全身からあふれる雰囲気が、響に最大限の警戒を促す。

 

 美しい少女。

 

 だが、その外見からは想像もできないような剣呑な雰囲気。

 

 まるでその美しい姿で人を惑わし、最後には食い殺す魔女をイメージさせる。

 

「どうしたの? そんなに警戒して?」

 

 クスクスと笑う少女。

 

 その何気ない仕草ですら、少年の脳髄を侵食し、精神を内から蕩かそうとするかのようだ。

 

 と、

 

「あら、あなた・・・・・・・・・・・・」

 

 少女は何かに気付いたように怪訝な表情をした後、響を見て薄く笑う。

 

「成程・・・・・・あなた、そう言う事なのね」

 

 何か、納得したようなことを告げる少女。

 

「これも抑止力の意思かしら? そう考えれば、随分と大胆なような気もするけど」

「ッ!?」

 

 少女の言葉に、響は一瞬、目を細める。

 

 身構える響。

 

 この少女は、ただ者ではない。

 

 その事を、否応なく感知する。

 

 対して、

 

「あら、図星だったかしら?」

 

 身構える響に対して、少女はあくまでも余裕の態度を崩さない。

 

 対して、

 

「・・・・・・ん」

 

 響は魔術回路を起動。

 

 手の中に愛刀を呼び出すと、柄に手を駆ける。

 

 目の前の少女は危険だ。

 

 何が、と聞かれても答えられるものではないが、本能がそう言っている。

 

 恐らく、彼女は響よりもずっと高位な存在なのだろう。

 

 故にこそ、その存在からくる危機感を響に与え続けている。

 

 もし彼女が敵だとしたら、すぐに排除しなくてはならない。

 

 今、この場で、

 

 斬るか?

 

 刀を鞘走らせるべく、力を籠める響。

 

 その時、

 

「何をしておるのだ、そなたら?」

 

 背後から聞こえてきたネロの声が、寸前で響の動きを制した。

 

 振り返れば、風呂から上がって来たのだろう。さっぱりした感じの凛果、美遊、マシュ、ネロの4人が立っていた。

 

 そんな中、

 

 なぜか美遊だけがどんよりした空気を出しているのが判る。

 

「ん、どした、美遊?」

「何でもない・・・・・・何でも無いの。お願いだから聞かないで」

 

 何かよく分からんが、精神的ダメージを被ったらしい美遊。

 

 ともかく強く生きろと言いたかった。

 

 ところで、

 

「ん、ネロ、知り合い?」

 

 現れた少女を指差しながら、響は尋ねた。

 

 どうも、先程のネロのフランクさを考えると、もともと2人は知り合いであったようにも思える。

 

 と、その時だった。

 

《ちょっと待ったァ!!》

「キャッ な、何よロマン君、急に大声出して!?」

 

 突如、腕の通信機から聞こえてきたロマニの声に、凛果は驚いて抗議の声を上げる。

 

 だがロマニは、そんな凛果の声を無視して、何やら興奮したように捲し立てた。

 

《この数値・・・・・・予測される霊基パターン・・・・・・いや、まさか・・・・・・そんな事が本当にあって良いのか・・・・・・》

 

 何やら通信機の向こうで、1人ブツブツと呟きを漏らし続けるロマニ。

 

 次の瞬間、

 

「ちょっとロマン君!!」

「ドクター!!」

《うわわッ!?》

 

 凛果とマシュに怒鳴られ、ロマニは慌てたような声を上げた。

 

《い、いったいどうしたんだい2人とも? 急に大声出したりして?》

「どうした、はこっちのセリフよ!!」

「ドクター、何か分かったのなら速やかに説明をッ」

 

 通信機越しに凛果とマシュに詰め寄られるロマニ。

 

 いったい、何だと言うのだろうか?

 

 ややあって、落ち着きを取り戻したらしいロマニが口を開いた。

 

《端的に説明すれば、君達の目の前にいる少女の霊基数値は異常としか言いようがない。これはもう、通常の「英霊」の枠に収まらない。勿論、かと言って普通の人間と言う訳でもない。はっきり言って「神霊」と言っても良いレベルだ》

 

 神霊。

 

 すなわち読んで字の如く「神の霊」である事を現す。

 

 其れは即ち、目の前の少女が正真正銘の「女神」である事を現していた。

 

 と、

 

「うむ、姿の見えぬ魔術師殿は博学であるな」

 

 それまで黙っていたネロが、尊大に言いながら少女に近づいた。

 

 促されるように、少女は口を開いた。

 

「私の名前はステンノ。ゴルゴン三姉妹の長姉にして、女神に名を連ねる一柱」

 

 ゴルゴン3姉妹。

 

 それはギリシャ神話に登場する女神の姉妹。

 

 ステンノ、エウリュアレ、メデューサの3人で、人々の崇拝を集める「偶像」としての運命を背負わされた少女たちだ。

 

 特に有名なのは三女のメデューサだろう。

 

 無力な姉2人を守る為に戦い続けた結果、その身を怪物と化し、最後は美女アンドロメダを救いに来た勇者ペルセウスに討たれるのは、有名な神話である。

 

 そのゴルゴン三姉妹の一柱にして長女。

 

 正真正銘の女神が、目の前に立っていた。

 

「ん、ゴルゴ? 『狙い撃つぜ』的な?」

「ゴルゴ『ン』」

 

 ツッコミどころ満載な響の発言に対し、ジト目で訂正するステンノ。

 

 何と言うか、先程までの妖艶な雰囲気が幾分か薄らいだ印象があった。

 

「その、ちょっと良い?」

 

 それまで発言を控えていた凛果が、恐る恐ると言った感じに手を上げて尋ねた。

 

「その女神様が、何でここにいるの?」

「うむ。よくぞ聞いてくれた、凛果よ」

 

 対して、ネロは割と大きめの胸を張って、

 

 堂々と言い放った。

 

「愛らしいから保護した」

「うん。だと思った」

 

 ネロの性格からすれば、そう答えるであろうことは予想できていた。

 

 ある意味、安定のネロクオリティである。

 

「まったく・・・・・・・・・・・・」

 

 ステンノはやれやれと肩を竦めながらネロを見やる。

 

「ネロ、お風呂に入るなら私も誘ってくれれば良かったじゃない」

「いや、すまぬ。そなたはいつも、部屋に引きこもっている故な」

 

 非難がましいステンノに、そう言って苦笑するネロ。

 

 その様子を見て。

 

「・・・・・・・・・・・・ん」

「響?」

 

 響は黙って刀を戻す。

 

 美遊が怪訝な眼差しを向ける中、嘆息したまま肩を竦める。

 

 ステンノが何者であれ、取りあえず敵ではないのだろう。それはネロの態度を見ればわかる。

 

 ネロがあれだけ親しくしている相手だ。そんな少女が、敵であるはずが無かった。

 

「さて、皆の者。改めてガリア戦勝利の祝宴と行こうではないか。今夜は大いに飲んで騒ぐがいい」

 

 ネロの言葉に、歓声を上げる特殊班一同。

 

 お祭り好きなネロが皇帝でだと、こういう事があるから楽しかった。

 

 

 

 

 

 その頃、

 

 ガリア戦勝に湧く城の外壁に、

 

 静かに佇む影があった。

 

 闇に溶ける外套に身を包み、顔をすっぽりと覆っている。

 

 音も無く、

 

 影のように、その場に会って城を見上げる。

 

 外套の奥から覗く眼差し。

 

 そこに、ただならぬ気配を纏う。

 

「・・・・・・・・・・・・今度こそ、確実に」

 

 低く呟く声。

 

 同時に、両手には怪しい輝きを放つ、ナイフが握られる。

 

 次の瞬間、

 

 壁を見上げて跳躍した。

 

 

 

 

 

第10話「ああ? 女神様?」      終わり

 


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