1
城壁の上からは、矢が嵐のように降り注ぐ。
その眼下では、両軍の兵士が入り乱れて激突を繰り返している。
敵軍を少しでも近づけまいと、正統ローマ軍の奮戦は続いていた。
先の野戦では、敗れはしたものの、損害は軽微のまま、全軍をガリアに収容する事に成功している。
そこからは、決死の籠城戦だ。
ともかく、これ以上一歩も、敵軍を近づけさせるわけにはいかない。
城壁内には、まだ逃げ遅れた住人達がいる。彼らを守るためにも、正統ローマ軍は踏み止まる必要があった。
幸い、撤退戦におけるブーディカの采配が的確だったおかげで、正統ローマ軍は未だに戦力に余裕がある。
しかし、何と言っても敵の数が多すぎる。このままでは、遠からず押し切られてしまう事だろう。
そんな中、エリザベート・バートリは、手にした槍を縦横に振るって、迫りくる敵軍を薙ぎ払い続けていた。
「このッ 倒しても倒しても湧いてくるッ ファン会ならまだしも、ストーカーの群れはお断りよ!!」
叫びながら槍を一閃、
自身の前から剣を振り翳して迫る兵士を、槍で薙ぎ払う。
気が付けば、前回のフランスに続いて、再び召喚されていたエリザベート。
召喚されたのが、いきなり戦場のど真ん中だったから驚きである。
しかも場所はローマ、「あいつ」がいる時代である。
事情を知ったエリザベートは奮い立った。
ともかく、事情を察し、同時に召喚された相方と一緒に正統ローマ軍に加わったエリザベート。
それがいきなりピンチの連続と来た日には、笑うに笑えないところだ。
「まだ死ねないってのッ せめて生ネロを見るまではね!!」
だから生ネロとは何ぞ?
縦横に槍を振るい、敵軍を退けるエリザベート。
敵の攻勢が一息ついたところで、彼女も一旦城壁の傍まで下がる。
「キャット、そっちお願い!!」
「うむ、任せろ!!」
エリザベートの声に答え、喜び勇んで敵軍に飛び込んでいく少女。
何と言うか、その姿はなかなか「奇抜」だった。
メイド服に身を包んだ、タマモキャットと名乗る謎の少女は、後頭部で纏めた桃色の髪。その頭頂には獣のような茶色の耳があり、お尻にはふさふさした尻尾も生えている。そして手足にも、鋭い鉤爪のあるグローブ? のような物を嵌めていた。
サーヴァントには異様な風体の者が多いが、彼女もその例から漏れていない。
と言うか、割りと言ってふざけた格好である。
何やらびみょ~~~~~~に、エリザベートの頭の中で引っかかる物が無くは無いのだが、取りあえず今は無視しておくことにした。場合じゃないし。
だが、その戦闘力には疑いが無かった。
敵陣のど真ん中に飛び込むと、片っ端から敵軍を薙ぎ払っていく。
その戦闘力たるや、エリザベートですら舌を巻くほどの勢いで。
「さすがバーサーカー、遠慮も何も無いわね」
キャットの戦闘ぶりを苦笑しつつ眺めながら、エリザベートは周囲を眺める。
正統ローマ軍の兵士たちはよく善戦している。
生前、戦争になど出た事が無かったエリザベートだが、兵士達が実力以上の力を発揮してくれている事だけは理解していた。
何しろ今、正統ローマ軍には「指揮官」が存在しない。
先の野戦でブーディカは負傷し、城内に後送されたのだ。
サーヴァントであるから、魔力さえ戻れば傷の治療は可能だ。
しかしその間、正統ローマ軍は指揮系統の混乱は免れない。
しかし、その不利を歴戦のローマ軍兵士たちは、個々人の奮戦で押し留めていた。
流石はネロが鍛え、ブーディカが指揮したローマ兵士達だ。指揮系統が無くても、自分たちが何をすべきか、的確に理解している。
加えて残ったサーヴァント達。エリザベート、タマモキャット、スパルタクスの奮戦もあり、ガリアは辛うじて持ちこたえている状態だった。
「さて、このまま押し返せれば良いんだけど」
エリザベートが呟いた。
その時だった。
突如、
前線で悲鳴が巻き起こり、兵士が数人、吹き飛ばされて宙に舞うのが見えた。
「んなッ!?」
あまりと言えばあまりな光景に、驚くエリザベート。
近くまで飛ばされて、地面に叩きつけられた兵士に、慌てて駆け寄り抱き起す。
「ッ いったい、どうしたのッ!?」
「て、敵の新手、です・・・・・・その、せ、戦闘力、は、す、す、凄まじ・・・・・・く・・・・・・」
言っている間に、少女の腕の中で言切れる若い兵士。
エリザベートはそっと、兵士を地面に寝かせると、開いていた瞼を閉じてやる。
愛用の槍を手に、眦を上げるエリザベート。
いったい、何が来たと言うのか?
その視線の先で、
恐るべき悪鬼がいた。
全身は墨を塗ったように真っ黒で、顔は禿頭の下に爛々と輝く双眸がある。
頭頂は明らかに3メートルを超えている。
筋骨隆々というより、もはや古代の石像が呪いでも受けて動いているかのような印象だ。
手には戦斧を持っているが、大人の兵士でも5人がかりでようやく持ち上がりそうな、巨大な代物を、その大男は片手に一本ずつ、2本持っている。
正に、悪鬼の如くだ。
ダレイオス三世。
古代ペルシアはアケメネス朝の最後の王。
マケドニアの征服王イスカンダル(アレキサンダー大王)の好敵手としても有名であり、彼の大王の覇道に対し、幾度となく立ちはだかった不屈の男でもある。
「・・・・・・・・・・・・うわぁ」
げんなりした声を上げるエリザベート。
何と言うか、
ガチで相手したくない奴が来た感じだ。
そもそも、まともに戦ったら力負けする事は目に見えている。
「見るからにバーサーカーよね、あれ。ちょっと、相性悪すぎなんだけど?」
とは言え、今ここでアレの相手ができるのは自分1人である事も、エリザベートは自覚している。
故に、
「先手必勝よ!!」
背中の羽を広げると、大きく跳躍。
スカートの裾を翻しながら、ダレイオスに襲い掛かるエリザベート。
鋭い刺突が、ダレイオスに襲い掛かる。
大気を斬り裂くような一閃。
しかし、
エリザベートのその一撃を、ダレイオスは戦斧を旋回させて弾く。
「クッ!?」
凄まじい膂力。
エリザベートは空中で振り回され、地面に叩きつけられる。
だが、
「っとッ!?」
落着の直前、羽を広げてエアブレーキを掛けると、どうにか着地する事に成功する。
だが、ダレイオスの方でも、兵士たちと一線を画するエリザベートの存在を脅威と感じ取ったのだろう。
両手の二丁戦斧を振り翳して襲い掛かってくる。
「■■■■■■■■■■■■!!」
互いの間に立っていた兵士を弾き飛ばしながら迫るダレイオス。
対して、エリザベートも槍を構えて迎え撃つ。
「このッ!!」
繰り出される戦斧を、槍で弾くエリザベート。
ダレイオスもまた、すかさずもう一方の戦斧を振り翳して、エリザベートを叩き潰しにかかる。
身軽なエリザベートは、ダレイオスの攻撃を防ぎ、いなし、回避する事で、辛うじてやり過ごそうとする。
一時的に戦線が拮抗する両者。
だが、ダレイオスの攻撃を防ぐたびに、エリザベートの細腕が悲鳴を上げるのが判る。
そもそも体格差は大人と子供、否、大人と子イヌほども違いがある。
力比べでは勝負にならない。
「クッ!?」
槍を弾かれるエリザベート。
そのまま体勢が崩れて、地面に尻餅を突く。
「やばッ!?」
見上げる先には、戦斧を振り翳すダレイオス。
地獄の悪魔もかくやと言わんばかりの恐ろし気な姿に、流石のエリザベートも息を呑む。
「ここまでって、やつかな? 生ネロは、お預けね」
口元に苦笑を浮かべ、諦め気味に意味不明な事を呟く。
そのエリザベート目がけて、
巨大な戦斧が振り下ろされた。
次の瞬間、
彗星の如く駆け抜けた緋の閃光が、ダレイオスを袈裟懸けに斬り裂いた。
「■■■■■■■■■■■■!!」
苦悶の咆哮を上げてのけ反るダレイオス。
その巨体が、大地を揺らしながら数歩、後退する。
驚き、顔を上げるエリザベート。
その視界の中で、
緋色の大剣を携え、
深紅の衣装に翻した少女が、
エリザベートを守るように、凛然と巨雄にの前に立ちはだかっていた。
「余の居ぬ間に、随分と好き勝手やってくれたではないか」
怒りを押し殺したような、低い声で告げるネロ。
魔力を帯びた
「余の民、余の兵、余の仲間、余のローマを蹂躙する者には、このネロ・クラウディウスより、速やかなる死を与えられると思え!!」
切っ先を真っすぐに向けて、言い放つネロ。
一方、
「嘘・・・・・・ネロ? 本当に?」
自分を守ってくれた存在を見て、思わず言葉を漏らすエリザベート。
間違いない。
ネロ・クラウディウスだ。
他の誰を見間違えようと、彼女を見間違えるはずが無い。
振り返るネロ。
そこで、首を傾げる。
「うん? そなたとは、どこかで会ったか? そなたほど愛らしい容姿の者を、余が忘れるとは思えぬのだが・・・・・・」
「ああ、そうよね。今のあなたは、まだあたしとは会ってないのよね」
ネロの反応に苦笑するエリザベート。
今の彼女は、まだ生前の存在。
ならば「その後」に出会っている自分の事を、知っているはずもなかった。
と、
「ん、エリザ、何してる?」
兵士を斬り捨てながら、ネロに追いついて来た響が、首を傾げながら尋ねる。
その背後では美遊とマシュも敵軍と交戦中であり、更にその背後では立香と凛果が援護をしている。
報せを受け、取る物も取りあえずローマから急行してきたネロ達。
彼女達が到着したのは、正にガリアが陥落する間一髪のタイミングだったと言える。
「来るのが遅いわよ。 ったく、ブーディカからあんた達が来てるのは聞いてたけど、おかげで、アイドルのあたしが、こんな苦労までさせられる羽目になっちゃったわよ」
「ん、それ、いつもの事」
愚痴を言い募るエリザベートに対し、響は淡々とした口調で返す。
そんな2人のやり取りを、ネロは不思議そうな眼差しで見つめる。
「何だ、そなたら知り合いか?」
「ん、何かこの前、別の場所で会った」
「雑な紹介しないでよ!!」
響を押しのけつつ、エリザベートが前に出る。
「私の名前はエリザベート。まあ、細かい事は省くけど、ネロ、あんたとはそれなりに縁があるわね」
「ん、エリザもたいがい雑」
「うっさい」
2人のやり取りを聞いていたネロが、笑みを浮かべて頷く。
「うむ、何やらよく分からぬが、面白い漫才師である事はよく分かった」
「漫才師じゃないわよッ あたしはアイドル!! アイドルなんだから!!」
ガーッとがなるエリザベートを置いておいて、ネロは向き直る。
「まあ、積もる話は後にしようではないか。まずは・・・・・・」
「ええ、まずは・・・・・・」
「ん」
ネロ、エリザベート、響が向ける視線の先。
今も戦斧を振るって猛威を撒き散らす、ダレイオス三世の姿があった。
「あのデカブツを止めねばな!!」
ネロが言い放った時だった。
大盾を手に、マシュがダレイオスの前へと飛び出す。
「皆さんッ 私の後ろへ!! 疑似宝具仮想展開!!
ノータイムで宝具を解放するマシュ。
同時に、ダレイオスの戦斧が振り下ろされる。
展開される障壁。
空間を隔てる壁が、ダレイオスの戦斧がもたらす恐るべき破壊力を、辛うじて弾き返す。
先のネロの一撃を受けて、その膂力が僅かに鈍っていた可能性がある。
いずれにせよ、マシュの「護り」が、ダレイオスの「破壊」に僅差で打ち勝った。
「今ッ!!」
その隙を逃さず、飛び込んだのは美遊だ。
白いスカートを花のように靡かせ、跳躍と同時に手にした黄金の剣を振り下ろす。
鋭い一閃。
ダレイオスも、崩れた態勢ながら戦斧を振り翳して美遊を迎え撃つ。
巨像の如き男と、小柄な少女の影が交錯する。
一瞬の静寂。
次の瞬間、
大地を揺るがす音と共に、地面に落下する。
それは、ダレイオスが右手に持った戦斧だった。
見れば片方の戦斧は、中途から切断されて柄だけの状態になっている。
美遊の斬撃が、ダレイオスの戦斧を斬り飛ばしたのだ。
だが、
「■■■■■■■■■■■■!!」
咆哮と共に、もう片方の戦斧を振り翳して、美遊に斬りかかるダレイオス。
その強烈な破壊力が、再び美遊へと襲い掛かる。
対して、
「ッ!!」
短い呼吸と共に、振り返る美遊。
同時に繰り出された黄金の刀身。
その一閃が、
ダレイオスの戦斧を、真っ向から受け止め、弾き返した。
「強い。けど、あの時ほどじゃ、ない」
可憐な視線が、蹈鞴を踏みながら後退するダレイオスを睨みながら告げる。
かつて、冬木の地で対峙したヘラクレス。
ダレイオスは膂力において、決してヘラクレスに劣っているわけではないが、やはりかつて、神話級の大英雄と対峙した経験を持つ美遊にとっては、決して手届かぬ相手とは言えなかった。
体勢が崩れたダレイオス。
その瞬間を、美遊は見逃さなかった。
「響ッ!!」
相棒に合図を送る美遊。
その声を受け、
刀の切っ先を真っすぐに向けた響が、ダレイオスを睨む。
「んッ!!」
一歩、
少年の体は加速する。
二歩、
その姿は音速を超える。
三歩
刃は獰猛な牙となって襲い掛かる。
「餓狼一閃!!」
突き込まれる刃。
その一撃が、
ダレイオスの胸に、深々と突き刺さり、
巨体は宙に舞って吹き飛ばされた。
轟音と共に、地面に叩きつけられるダレイオス。
響は刀の切っ先を向けた状態で、その様子を見据える。
ダレイオスの体には、先程のネロの斬撃に加え、響の攻撃による深手も増えている。
明らかに致命傷だった。
だが、
「■■■■■■ッ」
それでも尚、身を起こそうとするダレイオス。
その巨大な腕が、何かを掴もうと宙に延ばされる。
やがて、
「Is・・・・・・kan・・・・・・dar・・・・・・・・・・・・」
短い呟き。
それと同時に、
その巨体は、光の粒子となって消えていった。
ダレイオスの消滅と、時を同じくして連合ローマ軍も、退却を始めていた。
猛威を振るったダレイオスの敗北。
更には皇帝ネロの参戦。
状況は完全に、正統ローマ軍の有利に傾いている。
とは言え、連合ローマ軍の退却も、全軍潰走のような無様な様子は無く、あくまで秩序を保ったまま、整然と退却していく。
一糸乱れぬその引き際は、まるである種の計算された行動のようだった。
そんな中、
状況を彼方から見守っていた連合ローマ軍指揮官の少年は、やれやれと肩を竦めた。
「あらら、ダレイオスはやられちゃったか。もう少し保つかと思ったんだけど、ちょっと計算が狂っちゃいましたね、先生」
「なに、問題は無い。目的は達したのだからな」
指揮官の言葉に、軍師は事も無げに答える。
事実、正統ローマ軍の壊滅も、ガリアの奪回も叶わなかった。
だが、それで良い。
2人の目的は、もっと別のところにあるのだから。
「先生の言った通りだった。これでようやく『彼女』に会う事ができる」
そう言って純真な視線を向ける先。
そこでは今も、軍を指揮して奮戦しているであろう少女がいる。
指揮官の少年は、どうしても「彼女」に会いたかった。会って、話してみたかった。
その為に、あえて強行軍を敢行し、尚且つダレイオスを捨て駒にまでしたのだ。
「ダレイオスには悪い事をしてしまったかな。機会があれば謝っておきたいところだ。けど、それでも彼のおかげで、僕は彼女に会う事ができる」
「その為のおぜん立ても、既に手は打っておいた。遅くとも数日の内には、あなたの願いは叶うだろう」
軍師の言葉に、指揮官は笑顔のまま頷く。
「楽しみだな、皇帝ネロ。早く貴女に会いたいよ」
まるで恋焦がれる少年のように、指揮官は呟きを放つのだった。
第12話「進撃の巨像」 終わり