1
報告を聞き仰天したのは、他ならぬレフ・ライノールだった。
勝利の疑い無い戦いだったはずだ。
敵の倍以上の兵力。
指揮官であるサーヴァントも皆、大英雄と呼ばれる、歴史に名を刻まれた者達ばかり。
数でも、質でも、連合ローマ軍の方が圧倒的だったはず。
これで負ける方がおかしい。
負ける訳がない。
もたらされる報告は勝利を告げる物のはず。
そう確信していた。
だが、
もたらされた報告には、思わず腰を抜かしそうになった。
連合ローマ軍敗北。
戦力の半数以上を喪失。
アレキサンダー、諸葛亮孔明、ユリウス・カエサル、レオニダス一世、ブルータス、悉く敗死。
正統ローマ軍は戦力の再編成を終え、引き続き進軍を続行。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!!」
力任せに、テーブルの上に置いてある調度品を薙ぎ払う。
床に落ち、音を立てて砕け散る置物。
だが、そんな物に構っている余裕は無かった。
「なぜだッ なぜだッ なぜだァァァァァァ!!」
力任せに椅子を蹴り倒し、その場にある、ありとあらゆる物を破壊していく。
狂乱するレフ。
そんな「宮廷魔術師」の醜悪な様子を、
玉座に座った盟主は、無言のまま見据えていた。
やがて、
ひとしきり暴れて気も晴れたのか、レフは荒い息のまま動きを止める。
ようやく収まったかと思いきや、
「あの、無能者どもめッ」
その口からは、呪詛にも近い言葉がこぼれ出た。
その脳裏に浮かぶのは、自軍のサーヴァント達。
奴等が悪い。
奴等が不甲斐なかったばかりに戦いには敗れ、自分の計画は大いに狂わされてしまった。
奴等さえ、もっとしっかりしていれば。
「フンッ 所詮は英霊風情・・・・・・無能な連中に期待した私が愚かだった、と言う事か」
もはや、取り繕う余裕すら無くしたらしいレフ。
散って行ったサーヴァント達への侮辱は留まる事を知らない。
だが、
元はと言えば、この敗北の責任は自分にあると言う事を、レフは全く理解していなかった。
人間に向き、不向きがあるように、英霊にも特性と言う物がある。
サーヴァント特有のクラスも、その一つであろう。
セイバーやランサーなら正面戦闘が、アーチャーなら遠距離戦が、ライダーなら騎乗しての戦いが、といった具合に。中には例外も少なくないが、それぞれのサーヴァントが最も得意とする戦法と言う物は確かに存在している。
そして、それ以外にもある。
それは、英霊が持つ「逸話」に起因する個々の特性。
すなわち、侵略戦争の逸話がある英霊なら「攻め」、防衛戦の逸話がある英霊なら「護り」が得意となる。
だがレフは、そうした英霊の持つ内なる特性を一切、理解していなかった。
否、そもそも英霊を侮蔑する彼には、理解しようと言う気さえなかった。
だからこそ、防衛戦が得意なレオニダスに侵略の片棒を担がせ、また慎重な戦略を得意とする孔明(エルメロイ二世)に、拙速な攻めをさせた。
これではサーヴァント達が、その能力を十全に発揮できないのも当たり前である。
この敗戦は紛う事無く、レフが引き起こした物だった。
だが無論のこと、レフはその事実を全く理解しようとしなかったのだが。
と、
「いやー 無様だね。いっそ清々しいくらいだよ」
嘲りを隠そうともしない言葉に、レフは勢いよく振り返る。
その視線の先では、椅子に座ったまま笑みを浮かべている、軍服姿の少年がいた。
「アヴェンジャー、貴様・・・・・・」
「おっと、僕を怒るのは筋違いでしょう。僕は君に言われた通り、何もせずに見ていただけなんだしね」
怒りの目を向けてくるレフに対して、そう言って、肩を竦めるアヴェンジャー。
尚もへらへらと笑って見せるアヴェンジャー。
確かに、
カルデアが現れた直後、レフは彼に対して「手出し無用」と伝えてある。
そのせい、と言う訳でもないのだろうが、今までアヴェンジャーが表舞台に出る事は無かったのだ。
「それで、どうするの? このままカルデアとローマに降伏する? それで主には、どう言い訳するわけ?」
「黙れッ」
毒を吐くアヴェンジャーの言葉を、レフは激昂して遮る。
耳障りな少年の言葉を断ち切りながら、歯をきつく噛み鳴らす。
「まだだ・・・・・・まだ、負けたわけじゃないッ まだ聖杯も、切り札も私が握っているッ 更に新たな手駒を召喚する準備も既に終えている。奴ら如き虫けらに、この私が負ける道理など、ありはしないッ!!」
言い放つと、
レフは玉座に座した盟主へと振り返った。
「次は貴様にも出てもらうぞ。拒否は許さん。良いなッ」
吐き捨てるように言い放つと、足音も荒く部屋を出て行くレフ。
後には、静かになった部屋の中で、盟主とアヴェンジャーのみが残されるのだった。
「まったく、八つ当たりなんてみっともないよね。あんなのが味方だなんて思うと泣きたくなってくるよ」
そう言いながらも、アヴェンジャーの口元には薄ら笑いが浮かべられている。
明らかに、この状況を楽しんでいた。
その視線が、玉座の盟主へと向けられる。
「あなたも大変だね。あんなのに付き合わされてさ。まあけど、それもサーヴァントとしての役割だし、仕方がないか」
そう言って肩を竦めるアヴェンジャー。
それに対して、無言を貫く盟主。
サーヴァントと言う己の立場を受け入れているのか、あるいは語る間でもないと考えているのか。
そんな盟主の様子に、アヴェンジャーもまた、嘆息して肩を竦めるのだった。
2
ああ、また、夢か。
その光景を見た瞬間、美遊はすぐにそう、理解した。
なぜなら、
見ている夢の内容が、以前見た物と似ていたからだ。
登場人物は3人。
双子と思われる、よく似た女の子2人。そして、夢を見ている自分自身。
それにしても、見れば見る程、2人はよく似ている。
本当に、肌の色以外、違いを見つける事の方が難しかった。
『ねえねえ。今度の日曜日、またみんなで遊びに行かない?』
『良いわね。ちょうど、予定も入っていないし』
白い少女の提案に、黒い少女も同意する。
本当に鏡写しののような印象だ。下手をすると、どっちが喋っているのかすら分からなくなる。
『そうだ。どうせだったら、お兄ちゃんも誘わない』
まだ兄妹がいるのか。
黒い少女の言葉に、美遊は少し呆れた思いだった。
兄妹が多くいると言う事は楽しい物なのか? それとも煩わしい物なのか?
一人っ子だった美遊には、兄弟姉妹と言う概念が、いまいちピンとこなかった。
『で、でも、良いのかな? お兄ちゃん、部活とか忙しいんじゃないかな?』
『大丈夫大丈夫。可愛い妹たちにねだられて、拒否る程お兄ちゃんは甲斐性無しじゃないって』
不安そうにする白い少女の言葉に、黒い少女はそう言ってカラカラと笑う。
『それに・・・・・・』
悪戯っぽく笑いながら、
黒い少女の指が、白い少女のスカートへと延びる。
『いざとなったら、3人で誘惑しちゃえばいいんだし』
『キャァッ!? ちょっとォ!!』
めくられそうになったスカートを、慌てて押さえる。
間一髪で中までは見えなかったが、かなり危険な角度までスカートは持ち上げられた。
ていうか、「3人」と言う事は、自分も「誘惑」とやらの頭数に入っているのだろうか?
などと、どうでも良い事を考えている美遊。
しかし、
目の前で騒いでいる少女たち。
そんな2人の様子を見ながら、
こんな日常も、悪くは無いかもしれない。
そんな風に、思うのだった。
だから、だろう。
余計に、感じてしまう。
自分の中にある、大きな違和感。
その事を美遊は、どうしても、消し去る事が出来なかった。
目を開ける。
そこが、前線の天幕の中である事は、すぐに理解できた。
「・・・・・・また、あの夢?」
体を起こしながら、美遊は呟く。
小学校に通う自分。
気の置けない友達、と、思われる少女2人と過ごす、他愛のない風景。
もし、
自分が普通の家に生まれて、普通に小学校に行き、普通に友達を作っていたら、あんな風景が生まれていたのだろうか?
意味の無い夢想だと判っていても、美遊は考えずにはいられなかった。
だが、
その小さな胸の内には、どうしても消す事の出来ない違和感が存在していた。
あの夢の中でも感じた、小さな棘。
その正体が何なのか、
ついに、美遊には判らなかった。
起きて、すぐに美遊は調理場へと足を向ける。
こう見えてカルデアの食事担当(仮)である。特殊班の栄養事情は美遊が握っていると言っても過言ではない。
カルデアからの魔力補給によって必要な分は賄える響、マシュ、美遊はともかく、生身の立香と凛果は当然、栄養補給が必要になってくる。
その為、レイシフト先でも料理ができる美遊の存在は大きかった。
実際、ネロの意向もあって、正統ローマ軍は潤沢な物資を保持している。その為、食材に困る事は無い。
2人のマスターが飢える事無く戦いに赴けるのは、美遊達サーヴァントにとっても重要な事だった。
だが、
その日は少しだけ事情が違った。
美遊が調理場に来ると、既に先客がいたのだ。
「アハハハハハハハハハハハハ!!」
けたたましい笑い声。
思わず目を見張ると、ケモノ耳をした少女が、何やらポージングしながら美遊を待ち構えていた。
「遅かったな、剣士娘よッ 今日の調理場は、このキャットが占拠した!! 大人しく降伏するが良い!!」
「えっと・・・・・・タマモキャット、さん?」
先ごろ、仲間に加わったバーサーカー少女が、包丁を振り回しながら意味不明な事を叫んでいる。
ていうか、危ないからやめてほしかった。
「えっと・・・・・・占拠って、あの・・・・・・料理は?」
「うむ。まずは掛けるが良い!!」
無駄にテンションが高いキャット。
促されるまま椅子に腰かける。
するとどうだろう?
あれよあれよの間に、1人分の朝食がテーブルの上へと並べられていった。
どうやら美遊が起きる前に、全ての準備を終えていたらしい。
「・・・・・・・・・・・・」
出された料理を凝視する美遊。
見た目は悪くない。
だが、問題は味である。
果たして、どうか?
スープを掬い、口元へと運ぶ。
次の瞬間、
「・・・・・・・・・・・・美味しい」
「うむ」
美遊が漏らした感想に、タマモキャットは満足そうに頷く。
料理は過不足無く完璧だった。
薄味の物は薄味に、濃い味の物は濃い味に、茹で加減、焼き加減、全てにおいて文句のつけようが無かった。
バーサーカーと侮る事無かれ。
タマモキャットの意外過ぎる特技に、美遊も思わず食事をする手が止まらなかった。
「うむ。それではニンジンを所望するッ」
「え、に、ニンジン?」
相変わらず、言っている事の8割は意味不明だったが。
3
「うむ、つまりは決戦である」
『わー』
パチパチパチパチパチパチ
デンッ と胸を張るネロに、立香、凛果、響、美遊が拍手を返す。
何とも、牧歌的な風景である。
とても、決戦を前にした状況には見えない。
「何やってんだい、あんたら?」
呆れ気味にそう尋ねたのはブーディカだった。
先の戦いにおける傷が癒えた彼女は、ガリアに残っていた兵力を纏め、先日合流してきたのだ。
流石はサーヴァントと言うべきか、既に戦うのに何の支障もない様子だった。
「気分的な問題だ。気にするな」
そう告げると、ネロは自分の席へと座る。
それに合わせるようにして、一同も着席した。
既に正統ローマ軍は、先の荊軻が調べてきた連合首都まで、1日の距離まで進軍してきている。
早ければ明日には決戦に突入する事になる。
兵力においては、既に正統ローマ軍は連合ローマ軍を大きく上回っている。
本来なら、あとは掃討戦に移行してもおかしくは無い状況なのだが・・・・・・
「油断はできぬな」
「ああ、そうだね」
ネロの言葉に、頷きを返すブーディカ。
先程の緩い空気とは裏腹に、2人とも引き締まった表情を見せている。
兵力は壊滅させたとは言え、敵にはまだ見ぬ盟主の存在がある。
そこに加えて、謎の宮廷魔術師の存在。
それら不確定要素の存在を、無視する事は出来なかった。
「恐らく、敵は残存兵力を用いて、死に物狂いで抵抗してくる事だろう。それを突破する事は不可能ではないが、やはり困難を極める事が予想される。そこで・・・・・・」
ネロは自身の作戦を一同に示した。
ブーディカ率いる主力軍が敵に正面から仕掛け、その間に精鋭部隊が首都に潜入し、敵の盟主を討ち取るのだ。
「既に荊軻の調べで、隠し通路の存在は掴んでいる。その通路を使えば、一気に敵の城まで行くことができる筈だ」
次いでネロは、部隊編成について伝えた。
それによると、主力軍はブーディカを主将に、荊軻、スパルタクス、呂布、エリザベート、タマモキャット。突入する精鋭部隊は、立香、凛果、マシュ、響、美遊。そしてネロと言う事になる。
「皇帝陛下自ら敵のど真ん中に突入していくっていうのは感心しないわよ」
発表を聞いたブーディカは嘆息交じりに言いながら、ネロを見る。
「・・・・・・ま、言っても無駄か」
「うむ、当然であろう」
どや顔で胸を張るネロに対し、ブーディカは嘆息気味に肩を落とす。
何となく、やんちゃな娘に手を焼く母親のようなイメージだ。
仕方なく、ブーディカは立香達の方に向き直った。
「立香、凛果、あんた達だけが頼りだからね。この馬鹿皇帝を頼むよ」
「ああ、任せておいてくれ」
「何とかやってみるよ」
「むう、馬鹿とは何だ、馬鹿とは」
頷く藤丸兄妹とは裏腹に、むくれた顔を見せるネロ。
と、
そこで、立香の腕に嵌めている通信機から、カルデアにいるロマニの声が聞こえてきた。
《いよいよ大詰め、と言った感じだね。けど、立香君、やるべき事も忘れないでくれよ》
「ああ、判っているさ、ドクター」
通信機越しに頷きを返す。
件の宮廷魔術師の存在。
そいつがレフ・ライノールなのかどうか、まずは確かめなくてはならない。
もし、本当にレフなら、何としても討ち取らなくてはならない。
そして何より最重要目標である、聖杯の獲得もある。
それなくして、このローマにおける任務の達成はあり得なかった。
とにかくも、作戦は決まった。
後は突き進むのみだった。
4
そして、
ついに、その時は来た。
連合ローマ首都を前にした正統ローマ軍は、一斉に攻撃を開始。
この時の為に持ち込まれた投石器が次々と城壁に巨大な石を撃ち込み、弩部隊が長大な矢を放つ。
対して、連合ローマ軍も決死の反撃に出る。
生き残り、命からがら合流してきたカエサル、アレキサンダー両軍の残党兵士に加え、首都防衛の為に温存されていた近衛軍を加えた軍勢が迎え撃つ。
しかし、彼等には既に、昔日の勢いは無い。
兵力の大半を失い、将となるサーヴァントも悉く討ち死にした連合ローマ軍は、もはや軍としての体裁すら保てていなかった。
対して正統ローマ軍は、ここまで兵力の勝る敵を相手に戦い抜き、1人1人が歴戦の兵士となっている。そこへ更に、戦闘女王たるブーディカが指揮を執り、多くのサーヴァント達が要所を固めている状態である。
既に戦線維持は愚か、指揮系統の確立すら不可能になっている連合ローマ軍には、押し寄せる正統ローマ軍を押し留める事は不可能だった。
程なく、投石が城門を打ち破り、弩部隊が次々と城壁にいる兵士たちを撃ち倒していく光景が、そこかしこで見られるようになった。
「敵は崩れたッ 今こそ畳みかけるよ!!」
自らも剣を振るい、前線で指示を出すブーディカ。
それを受け、正統ローマ軍は、次々と城壁の中へとなだれ込んでいく。
先陣を切るのはやはり、スパルタクス、呂布の両バーサーカーだ。
圧倒的な力で、微弱な抵抗を示す敵兵を、次々と薙ぎ払い、前へと進んでいく。
最早、連合ローマ軍の落日は、誰の目から見ても明らかだった。
地上で激しい戦いが繰り広げられる一方、荊軻が調べた地下道を進んだ立香達は、程なく、地上へ抜けられる出口を発見し、這い出る事に成功した。
そこは城の庭にある一角で、ちょうど正門からは城の建物を挟んで反対側に当たる。
万が一の時、城の主が脱出する為の物なのだろう。周囲には大きな彫像と樹木が存在し、傍目には地下道の入り口が見えないようになっていた。
「ここが、敵の城か」
「思ったより、静かだね」
「フォウッ」
周囲を見回しながら、立香と凛果、フォウが呟く。
既に響、美遊、マシュの3人は、周囲を警戒するように見回している。
しかし、敵の兵士が現れる気配は一向に無い。
どうやら連合ローマ軍は、一兵に至るまで前線に投入し尽くしたらしかった。
「さて、見事に潜入を果たしたが、あまり時間も掛けてられぬぞ」
自身も剣を抜きながら、ネロが一同を促す。
頷き合う特殊班の面々。
その先に何が待ち受けているのか、
彼らはまだ、知る由もなかった。
第17話「首都、突入」 終わり