Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第18話「神祖」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆け抜ける、一同の足音が廊下に響き渡る。

 

 既に敵は、殆どの兵力を前線に投入しているらしく、望外に現れる兵はほとんどいない。

 

 それでも時々現れる敵兵は、3人のサーヴァント達と、ネロ自身の手によって苦も無く葬られていった。

 

 抜け道を逆走する形で王城への突入に成功したカルデア特殊班は、玉座の間を目指して一心に駆けていた。

 

「こっちで合ってるんだよな?」

「うむ。間違いない。荊軻の調べでは、そのようになっていた」

 

 並走する立香の問いに、ネロは頷きを返す。

 

 彼女ならばもっと速く走れるだろうが、あえて立香達に度を合わせて走ってくれているようだ。

 

「ねえ、兄貴」

 

 そんな中、凛果が立香へ問いかけてきた。

 

「どうした?」

「その、さ。もし、宮廷魔術師とかいう人が、本当にレフ教授だったら、どうするの?」

 

 凛果の問いかけに、立香も沈黙する。

 

 妹の言いたい事は判る。

 

 もしこの先に本当にレフがいるなら、自分たちは彼を討たなくてはならない。

 

 あの特異点Fでの記憶。

 

 自分たちを裏切り、カルデアを爆破。更にオルガマリー所長を抹殺したレフの行為は、どうあっても許せるものではない。

 

 しかし、

 

 ほんのわずかな期間とは言え、共に時間を過ごし、会話も交わした相手だ。

 

 そんな人間を、自分たちは本当に討てるのか?

 

 否、

 

 自分たちはまだ良い。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 凛果はチラッと、傍らのマシュに目をやった。

 

 マシュとレフとの付き合いは、自分たちのそれよりもはるかに長く深い。

 

 其れもあってか、マシュはまだ吹っ切れていない部分がある。

 

「大丈夫です、先輩方」

「マシュ」

 

 後輩の言葉に、顔を上げる立香。

 

 マシュはと言えば、振り返る事無く前方を見据えて走っている。

 

「たとえ相手が誰であろうと、私は躊躇いません。先輩もそのつもりで、指揮をお願いします」

 

 力強く告げるマシュ。

 

 だが、

 

 立香は見逃さなかった。

 

 盾を握るマシュの手が、微かに震えている事を。

 

 どんなに強がっても、迷いは簡単には消せない。

 

 マシュの中で、レフ・ライノールは、それ程までに大きな存在であり続けているのだ。

 

 マシュを信じていない訳ではない。

 

 だが、優しい彼女が、果たしてレフを前にして平静でいられるかどうか、立香には疑問だった。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 眦を上げる立香。

 

 もし、

 

 もし本当に、「その時」が来たら、

 

 自分が・・・・・・・・・・・・

 

 その時だった。

 

「ここだッ」

 

 先頭を走っていたネロが、そう言って足を止める。

 

 そこには、一際大きな扉があり、内部の空間が広い事が伺える。

 

 まさに、王城の中心である事が伺えた。

 

「ここが、そうなのか?」

「うむ。謁見の間に間違いあるまい」

 

 と、

 

 同時に立香の通信機が鳴り響き、カルデアにいるロマニの声が聞こえてきた。

 

《間違いないね。その扉の向こうからサーヴァント1人分の反応・・・・・・それからもう1人分の反応があるよ》

 

 いよいよだ。

 

 一同が息を呑む。

 

 この扉の向こうにあるのは、紛う事無き決戦の地。

 

 このローマにおける、最後の戦いが待っている。

 

 頷き合う一同。

 

 よもや、この場において躊躇う者など、1人もいなかった。

 

 手を掛ける立香。

 

 扉が音を立てて開く。

 

 果たして、

 

 その視線の先では、

 

 緑のコートに、シルクハット姿の魔術師が、こちらを睨むようにして佇んでいた。

 

「ようこそ、カルデアの諸君。わざわざローマくんだりまでご苦労な事じゃないか。素人マスターにデミサーヴァント、それにどこの馬の骨とも分からんガキどもだけで、よくもたどり着いたものだ」

 

 玉座の間に入って来たカルデア特殊班を見回し、レフ・ライノールはどこか揶揄するような口調で言い放った。

 

「やはり・・・・・・」

「レフ教授」

「フォウ」

 

 立香とマシュが、緊張したように呟く。

 

 他の面々も同様。

 

 凛果が身構え、響、美遊、ネロはいつでも剣を抜けるようにする。

 

 そんな一同を前にして、レフは募る苛立ちを隠そうとすらしていない。

 

「まったく、どいつもこいつも、予定外の行動をする屑ばかりで吐き気がする。所詮は滅びさる劣等存在が、何を無駄に足掻いているのか」

 

 毒を吐くレフの姿に、マシュが息を呑むのが見えた。

 

 彼女は今まで信じていた。

 

 レフが裏切るなど、何かの間違いだ、と。

 

 だが今の彼の姿は、曲げようのない事実として彼女の前に立ちはだかっていた。

 

 レフは間違いなく自分たちを裏切った。

 

 カルデアを壊滅させ、マスター候補生46人を含む多数のスタッフを死傷させ、オルガマリー所長を死に追いやった張本人なのだ。

 

「レフ教授」

 

 そんなマシュを守るように、立香が前に出た。

 

「所長の・・・・・・みんなの仇だ。覚悟してもらうぞ」

 

 敢然と言い放つ少年。

 

 対して、レフは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

「ハッ あんな小娘1匹、殺したくらいが何だと言うのかね? まったく、最後の最後まで鬱陶しい女だったよ。無能で、無意味で、無様な、何の価値もない女だった。ああそうだ、唯一、美点があるとすれば、今や存在を過去形で語る事ができるくらいか。それくらいは感謝してやってもいいな。まあ、いずれにせよ、何の興味も無いがね」

 

 耳を塞ぎたくなるような罵声を吐きながら、レフは立香を睨む。

 

「それに、君も一端の口を利くようになったではないか、素人マスター風情が。そうそう、フランスではよくも余計な事をしてくれたな。おかげで私は神殿への帰還も許されず、ローマくんだりで尻ぬぐいだ。『子供の使いも満足に出来ぬのか』と、主に罵倒された、この私の屈辱が、貴様らに判るかッ!?」

 

 あのフランスでの出来事にも、どうやらレフは噛んでいたらしい。

 

 それに話を聞くと、フランスの特異点を立香達が修復してしまった事で、レフは何らかのペナルティを負う羽目になってしまったようだ。

 

 と、

 

 凛果の腕に嵌めてある通信機が鳴った。

 

《おやおや、低俗な愚痴を吐くとは、君も随分と落ちぶれたものだねレフ》

 

 どこか、楽し気に響くダ・ヴィンチの言葉。

 

 しかし、その声音には普段、立香やマシュをからかうような陽気な響きは無い。

 

 明らかに敵意を含んだ声だった。

 

《それに君は今、随分と重要な情報を私達に進呈してくれたね。君は今、「神殿への帰還」、と言った。と言う事は、どこかに君達の拠点となるべき場所が存在している事を意味している。それから「主」とも言った。それはつまり、今回の事は君の単独犯じゃない。少なくとも黒幕となるべき存在が誰かいると言う事だ》

 

 ダ・ヴィンチが言った事は、今はまだ些細な情報に過ぎない。

 

 だが、これまで闇の中に閉ざされて伺い知る事が出来なかった「敵」の輪郭が、僅かながら見え始めたのは事実だった。

 

「・・・・・・・・・・・・ダ・ヴィンチか。引きこもりのくせに、相変わらず余計な知恵だけは回る」

《そう誉めるなよ。天才にとって、この程度の事は呼吸や食事と同じくらい、ごく当たり前の事さ》

 

 ダ・ヴィンチの言葉に、レフは顔を歪める。

 

 カルデアでどや顔している彼女の顔が、ありありと浮かんできていた。

 

 明らかに苛立っている様子だ。

 

 だが、

 

「・・・・・・・・・・・・フンッ」

 

 ややあって、鼻を鳴らしながら。

 

「まあ、良い。どのみち、貴様らが真実にたどり着く事などあり得ぬしな」

 

 そう言って、肩を竦めるレフ。

 

 だが、

 

 そんなレフを、立香は真っ向から睨み返す。

 

「困難だって事は判っているさ」

「兄貴」

「先輩・・・・・・」

 

 妹と後輩の視線を受けながら、右手を掲げる立香。

 

 そこに刻まれた令呪が、鋭い輝きを放つ。

 

「だが俺は・・・・・・俺達は必ず、お前たちの下へとたどり着く。そして、必ず世界中の人たちを救って見せる」

 

 力強く発する言葉。

 

 その言葉に、凛果とマシュが目を輝かせる。

 

 立香は、決して強い訳じゃない。魔術師としては素人だし、喧嘩も強い訳じゃない。

 

 だが力が無いから、彼が弱いと言う訳じゃない。

 

 強さとは、ただ力の優劣だけで決まる物ではないのだ。

 

 そんな立香に対し、レフはいら立ったように鼻を鳴らす。

 

「やってみるがいい、何の力もないゴミ屑風情が!! 貴様如きがいくら粋がったところで、何も変わらぬと言う事を思い知らせてくれる!!」

 

 立ちはだかるように言い放つレフ。

 

 と、そこで、

 

 今まで黙っていたネロが、前へと出た。

 

「もう話は終わったか? まったく、余を差し置いて盛り上がるではない」

 

 不満げに言うと、ネロは原初の火(アエストゥス・エストゥス)を掲げてレフを睨んだ。

 

「宮廷魔術師とやら。貴様がどこの誰かは知らぬが、立香達の敵であるならば、余の敵である事に変わりはない。その首、このネロ・クラウディウスが手ずから叩き落してくれよう」

 

 勇ましく言い放つネロ。

 

 対して、レフは今気づいたとばかりに、薔薇の皇帝に向き直った。

 

「ああ、君がネロか。こうして会うのは初めてだね。まったく、君も君だ。さっさと死んで滅びていれば、こんな余計な苦労は背負わなかったと言うのに」

 

 言いながら、

 

 レフは横によける。

 

 開ける視界。

 

 その先には、王が座す玉座があった。

 

 と、

 

 そこで特殊班一同は、思わず息を呑んだ。

 

 誰か、いる。

 

 玉座に誰かが座しているのが見える。

 

 今まで一言も語らず、あまりにも静かすぎた為、そこに誰かがいる事に気付かなかったのだ。

 

 スッと、立ち上がる玉座の男。

 

 暗がりから、ゆっくりと顔を出す。

 

 そして、

 

「我は、ローマである」

 

 厳かに言い放つと、

 

 両手を斜め左右に向け、指先を揃えて伸ばす。

 

 大きい。

 

 スパルタクスやダレイオスには敵わないが、それでも相当な背の高さだ。

 

 また、その背を支える筋肉も隆々としているのが判る。

 

 否、

 

 そんな見た目の大きさではない。

 

 その存在が、

 

 発せられる気配が、

 

 とてつもなく大きく感じるのだ。

 

 まるで、高名な彫刻家の手による彫像を思わせる。

 

 それもダレイオスが凶悪な悪魔像なら、目の前の男は紛れもなく天にある最高神をかたどった神像だった。

 

 その姿を見たネロが、思わず息を呑む。

 

「あ・・・・・・ああ・・・・・・ま、まさか・・・・・・」

「ネロ、どうしたの?」

 

 心配顔で少女に近づく凛果。

 

 だが、少女の気遣いも、ネロには届いていない。

 

 薔薇の皇帝は、玉座の前で立つ男を真っすぐに見据えて立ち尽くしている。

 

「ネロ・・・・・・我が愛し子よ。よくぞ、ここまでたどり着いた」

「そ、そなたは・・・・・・いや、あなたは・・・・・・あなた様は・・・・・・」

 

 震えるネロ。

 

 その表情に、いつもの自信たっぷりな傲慢な態度は見られない。

 

 まるで迷子の子供が、親を見つけた時のような頼りなさが感じられる。

 

 男はスッと、ネロに手を差し出す。

 

「おいで、ネロ」

「ッ!?」

(ローマ)は、お前の全てを包み込もう」

 

 穏やかに告げられる言葉。

 

 そこに敵意は無い。

 

 ただ、大いなる愛があふれ出ているようだった。

 

 その様に、ネロは確信する。

 

「間違いない・・・・・・あなたは・・・・・・あなたは・・・・・・」

 

 震える声で、

 

 ネロは言い放った。

 

「神祖ロムルス!!」

 

 ロムルス

 

 ローマ神話に登場する軍神マルスと人間の娘との間に生まれた半神半人の大英雄にして、ローマ建国の王。

 

 地中海一帯を制覇してローマ繁栄の礎を築いた後、最後は生きたまま神の座に列席する事を許された。

 

 正にローマにおいては神その物として崇め奉られる人物である。

 

 そのロムルスが今、ネロに優しく手を伸ばしていた。

 

「さあ、おいでネロ。(ローマ)へと帰ってくるが良い。許す。お前も連なるが良い。お前の全てを(ローマ)は受け入れよう。お前の内なる獣も、(ローマ)は受け入れよう。だから、おいで。お前を受け入れてやれるのは(ローマ)だけなのだから」

「う・・・・・・あ・・・・・・」

 

 ネロは自分に伸ばされたてを凝視する。

 

 その脳裏に浮かぶのは、これまで歩んで来た彼女の人生。

 

 ローマを愛し、ローマの為に戦ってきたネロ。

 

 彼女程、ローマと、そこに住む人々をを愛している人間は他にいないだろう。

 

 だが、

 

 その一方で、その苛烈な愛は炎にも似ている。彼女に近づこうとした者は皆、彼女の愛が放つ炎によって焼き尽くされてしまうのだ。

 

 自らを陰謀に巻き込んだ母。政略の為、形だけの婚姻を結んだ妻。権力を脅かしかねなかった義弟。そして友のように慕い、尊敬した師。

 

 皆、ネロが死に追いやった。

 

 彼女の中には確かに、彼女自身ですら制御しきれない激情が存在していた。

 

 その全てを、神祖は受け入れてくれると言っているのだ。

 

 そうだ。

 

 目の前に差し出されている手。

 

 これを取れば良い。

 

 この手を取れば、自分はきっと幸せになれる。

 

 きっと、全てが許される。

 

 そうに、違いない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 手を、伸ばすネロ。

 

 ゆっくりと、前へ出た。

 

 次の瞬間、

 

 スッと、

 

 ネロを守るように、ロムルスの前に立ちはだかる影があった。

 

「ダメだよ、ネロ」

 

 静かに、

 

 しかし力強く、少年は言い放つ。

 

「行っちゃだめだ」

「立香・・・・・・・・・・・・」

 

 目の前に立つ少年を、ネロは力なく見つめる。

 

 立香には、何の力もない。

 

 響やマシュや美遊のように戦う事も出来ない。ネロやブーディカのように軍を指揮する事も出来ない。

 

 魔術師としてすら素人に過ぎない。

 

 この場にあって、無力に過ぎない少年。

 

 だが立香は、臆することなく、神祖ロムルスの前に立ちはだかっていた。

 

「そなたも、ローマか?」

「いや」

 

 尋ねるロムルスに、立香は首を振る。

 

「けど、ここに来て、ネロと一緒に色んなローマの場所を見させてもらった。みんな楽しそうで、幸せに暮らしている人がたくさんいた」

 

 言いながら、背後のネロに目をやる。

 

「みんなが幸せに暮らせるのは、ネロがいてくれるからだと、俺は思う。彼女がみんなの為に必死でやっているから、今のローマには幸せが溢れているんだと思う」

 

 ネロが人々を想い、人々もまたネロを想う。

 

 民を愛し、そして愛されるネロ。

 

 彼女がいたからこそ今のローマがあり、彼女無くして今のローマはあり得なかった。

 

「だから、そんなローマからネロを奪おうとするなら、たとえ誰であろうと俺は許さない」

 

 決然と、立香は言い放つ。

 

 対してロムルスは、静かな瞳で少年を見返す。

 

「・・・・・・よろしい、それもまた、ローマである」

 

 言いながら、

 

 手には巨大な槍が握られる。

 

 まるで巨木をそのまま削り出したような巨大な槍は、それ自体が原初の神々しさを放っているかのようだ。

 

「そなたらのローマを、この(ローマ)に見せてみよ」

 

 穂先を立香へと向けるロムルス。

 

 対して、

 

 そんな立香を守るように、少年暗殺者が前へと出る。

 

「響?」

「ん、立香、取りあえず、ネロ連れて下がって。このままじゃ、戦えない」

 

 言いながら、刀の柄に手を駆ける響。

 

「時間は、稼ぐ、から」

 

 言い放つとと同時に、少年の体は光に包まれる。

 

 纏われる浅葱色に白の段だらの羽織。

 

 次の瞬間、

 

 少年は刀を抜き放ち、壇上の神祖へ斬りかかった。

 

 

 

 

 

第18話「神祖」      終わり

 




神祖「ローマである」※Y字ポーズ
響 「ん、ローマ」※Y字ポーズ
美遊「・・・・・・何してるの、響?」
響 「ん、挨拶」

と言うシーンを入れようと思ったのだけど、それをやってしまうと響が田中並のアホっ子になってしまいそうだったのでやめました(爆

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