Fate/cross wind   作:ファルクラム

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第21話「想い背負う切っ先」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆け抜ける両者。

 

 共に、己が武器を振り抜き、全てを出し切った状態。

 

 互いに背を向け、響とロムルスは立っていた。

 

 静寂が、支配する。

 

 遠くでは尚も、レフ・ライノール・フラウロスとサーヴァント達との間で激しい戦闘が繰り広げられ、激しい騒音が鳴り響いている。

 

 しかし、

 

 今、この瞬間、この場所では、響とロムルスと言う、2騎のサーヴァントが作り出す静寂だけが存在していた。

 

 ややあって、

 

「見事、なり」

 

 重々しい言葉と共に、ロムルスが振り返る。

 

 それに合わせるように、響もまた振り返る。

 

 その視界の中に見えるロムルスの体には、袈裟懸けの傷が刻まれていた。

 

 あの交錯の一瞬。

 

 ロムルスの攻撃よりも早く、響の蜂閃華が神祖の体を斬り裂いたのだ。

 

「実に、見事な、一撃だった」

「ん、ローマ・・・・・・」

 

 頷きを返しながら、刀を鞘に納める響。

 

 ロムルスから戦気が消えている。彼にはもう、自分と戦う意思は無いと判断したのだ。

 

「行くが良い」

 

 厳かに声を掛けるロムルス。

 

 不思議そうな眼差しで見上げてくる響に対し、諭すように告げる。

 

「お前の大切な者達が、待っている。後の事は、この(ローマ)に任せるが良い」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 響は悟る。

 

 ロムルスに残された時間は少ない。

 

 響の蜂閃華で致命傷を受け、既に体の崩壊は始まっている。

 

 保って、あと数分が現界だろう。

 

 ならばその、残された時間で神祖が何を成そうとしているのか、を。

 

「良きローマに出会えた事、感謝する」

「・・・・・・・・・・・・ん」

 

 ロムルスの言葉に、響は頷きを返す。

 

 言わばこれは、ロムルスなりの返礼だ。

 

 彼と全身全霊で戦った響に対する、

 

 そして、その響が共に戦うネロに対する。

 

 駆けていく響を見送りながら、ロムルスは静かに目を閉じる。

 

 強い子だった。

 

 まだまだ粗削りではあるが、あの少年の強さは底が見えない。

 

 それに、

 

 あの子には、何か守るべき物がある。

 

 それが何かは、ロムルスにも判らない。

 

 しかし、守るべき物があり続ける限り、あの子はまだまだ強くなるだろう。

 

「本当に、良きローマだった」

 

 満足そうに笑みを浮かべて呟く。

 

 あの子は、まだずっと先。この時代より未来から来た英霊だと言う事は、ロムルスにも判っている。

 

 しかし、そんな事はどうでもよかった。

 

 未来は、繋がっている。

 

 たとえローマが滅びようとも、その魂は受け継がれ、どこまでも続いていく。

 

 なぜなら、

 

 全ての道はローマに通じているのだから。

 

 だからこそ、守らねばならない。今、この時のローマを。

 

「ネロ・・・・・・愛しき、我が子よ」

 

 呟くロムルス。

 

 その間にも、神祖の体からは光の粒子が零れ始める。

 

 体の崩壊が、始まっているのだ。

 

 しかし、

 

 ロムルスは構う事無く、槍を振り上げる。

 

 神祖の体からこぼれ陥ちる金の粒子。

 

 だがロムルスは、残された魔力を振り絞る。

 

 その視界の先。

 

 尚も猛威を振るい続ける、魔神柱フラウロスを睨む。

 

 サーヴァント達の総攻撃でかなりのダメージを負っているようだが、しかしその醜悪な存在感は尚も健在である。

 

「ネロのローマを守り、それに続く全てのローマを守る。それこそが(ローマ)の、使命だ!!」

 

 言い放つと同時に、

 

 ロムルスは、手にした槍を、大地へと突き立てた。

 

全ては我が槍に通ず(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)!!」

 

 次の瞬間、

 

 ロムルスの槍を通じ、

 

 大地に激震が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変化は、衝撃的だった。

 

 尚も猛攻撃を仕掛けるサーヴァント達。

 

 対して、レフの意思を受けた魔神柱フラウロスは、頑強な抵抗を続けていた。

 

 切り札である「焼却式フラウロス」こそ、謎の攻撃によって発動を封じられたが、それえも圧倒的な火力と防御力は健在である。

 

 サーヴァント達が繰り広げる攻撃を防ぎ止め、反撃していけば確実に勝てる。そう思っていた。

 

 だが、

 

 唐突に、

 

 「それ」は起こった。

 

 突如、鳴動する大地。

 

 全てが震え、地面から魔力が噴き出すのを感じる。

 

「な、何だッ!?」

 

 マシュや美遊と交戦してたレフが、思わず攻撃の手を止めて振り返った。

 

 次の瞬間、

 

 突如、

 

 大地を突き割り、

 

 巨大な大樹が、

 

 一気に天を衝いた。

 

 大樹は一瞬に成長し、根を張り、枝を伸ばし、葉を茂らせる。

 

 視界は一瞬にして緑に染まる。

 

 幹はしなるように身をくねらせ、そそり立つ魔神柱に絡みつき、引き倒すようにその動きを封じる。

 

 その幹の太さたるや、魔神柱を余裕で上回っている。

 

「馬鹿なッ 何なのだ、これはッ!?」

 

 突然の光景に、訳が分からず狼狽を隠せないレフ。

 

 そこへ、白い少女が容赦なく斬りかかる。

 

「はァァァァァァ!!」

 

 美遊の剣閃が鋭く奔る。

 

 少女剣士の一撃が、とっさに後退するレフの腕を僅かに斬り裂いた。

 

 どうやら、強化魔術は追いつかなかったらしい。

 

「おのれッ」

 

 傷口を押さえて後退するレフ。

 

 その間にも大樹は成長を続けている。

 

 今や完全に魔神柱を取り込み、その動きを封じている。

 

 ロムルスの宝具「全ては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌム)

 

 ローマ建国の礎となったパラディウムの丘に突き立てられた伝説の槍。

 

 すなわちローマの原点であり、全てを象徴する存在。

 

 ローマの現在・過去・未来の姿を映し、ローマの大地を支える。

 

 言わば、ローマそのものと言える宝具だ。

 

 その圧倒的な質量を誇る宝具が、今や魔神柱を飲み込み、引き倒そうとしていた。

 

「おのれッ あの裏切り者めがァァァ!!」

 

 この場にいないロムルスに対し、恨みを込めた毒を吐くレフ。

 

 だが、

 

 レフが地団太を踏んでいる隙に、魔神柱へと駆け寄る少女があった。

 

 緋の衣装を靡かせて、炎の剣を翳したネロが、魔神柱フラウロスの根元へと迫っていた。

 

「消え去るがいいッ 貴様の存在はローマに、否ッ!! この世界に必要ないッ 我が剣を持って、無に還るが良いッ!!」

 

 一閃

 

 緋の一撃が、魔神柱の幹を斬り裂く。

 

 対して、

 

 サーヴァントの総攻撃に加え、ロムルスの宝具に絡め取られ、魔神柱フラウロスは、既に青息吐息の状態だった。

 

 そのような状況下で、

 

 ネロが放つ渾身の一撃に、耐えられる通りは無かった。

 

 苦悶に打ち震える声が、ローマの空に木霊する。

 

 同時に、

 

 大地に根付いていた巨体は、音を上げて倒れ始めた。

 

 

 

 

 

 倒れていく魔神柱。

 

 その様子を、ロムルスは離れた場所で見つめていた。

 

 自身の宝具に絡め取られた魔神柱。

 

 そこにトドメを刺したのは、彼の愛し子だった。

 

「見事だ・・・・・・ネロ」

 

 金色の粒子を噴き上げ、急速に崩壊していくロムルス。

 

 そんな中で、

 

 神祖は満足そうに笑みを浮かべた。

 

 ネロ

 

 そして響。

 

 あのような子達がいる限り、ローマは、そして世界(ローマ)は安泰だろう。

 

 たとえ、どれほどの困難がこの先振りかかろうとも、あの子たちなら乗り越えていける。

 

 そう思うのだった。

 

「頼んだぞ」

 

 最後にそれだけ、呟くように告げると、

 

 音も無く静かに、

 

 ロムルスは消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 一方

 

 レフの狼狽は、もはや周囲をはばからず、とどまる所を知らなかった。

 

 満を持して召喚した魔神柱。

 

 人の枠を大きく超え、英雄ですら遥かに凌駕する魔神の顕現。

 

 それ即ち、自分の勝利を確定付けるのに十分だったはずだ。

 

 だが、その確定された勝利が今や、足元から突き崩されていた。

 

 魔神柱は倒れ、完全に倒壊している。

 

 もはや、何の戦力にもならないのは、火を見るよりも明らかだった。

 

「なぜだッ いったいなぜッ このような事になったのだ!?」

 

 勝てるはずの戦い。

 

 疑いない勝利。

 

 それが、自分の掌から零れ落ちようとしている。

 

 その事が、レフには信じられなかった。

 

 

 

 

 

 立香は駆けていた。

 

 既に魔神柱は倒れ、大勢は決しようとしている。

 

 紛う事無く正統ローマの、そして自分達、カルデア特殊班の勝利だ。

 

 あとは残ったレフを倒し、聖杯を手に入れるだけ。それだけで、このローマにおける自分たちの役割は終わりとなる。

 

 だが、

 

 どうしても一つ、

 

 立香には譲れない物があった。

 

 その譲れない物の為に、立香は走る。

 

 少年の脳裏に浮かぶのは、あの日の光景。

 

『イヤッ イヤッ 誰か助けて!! 私、こんな所で死にたくない!! だってまだ、褒められてない!! 誰も私を認めていないじゃない!! 誰もわたしを評価してくれなかった!! みんな、私を嫌ってた!! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのに!!』

 

 悲痛な叫びを上げながら、燃え盛るカルデアスに飲み込まれていったオルガマリー。

 

 否、彼女だけではない。

 

 訳が分からないまま、爆発に巻き込まれてた他のマスター候補や、命を落としたカルデア職員たち。

 

 彼らの拭い切れぬ無念を抱え、立香は走る。

 

 己が仇敵を目指して。

 

 対して、

 

 魔神柱フラウロスの予想外の敗北に、茫然自失していたレフだが、自身に向かって駆けてくる少年を目ざとく見つけ、悪魔のような形相で振り返る。

 

「おのれッ 調子に乗るなッ!! ムシケラがァァァ!!」

 

 言い放つと同時に、立香に魔力弾を放つレフ。

 

 閃光が、真っすぐに少年に向けて飛ぶ。

 

 サーヴァントならいざ知らず、生身の人間である立香にとっては、充分に致命傷になり得る一撃。

 

 だが、立香は一切、目を逸らさない。

 

 自分が倒すべき敵。

 

 皆の仇であるレフを見据え、真っすぐに駆ける。

 

 次の瞬間、

 

 立香の前に飛び込んできた少女が、手にした盾でレフの攻撃を弾いた。

 

「先輩ッ 今のうちに!!」

「マシュ!!」

 

 レフと対峙し、既に満身創痍に近い盾兵の少女は、それでも最後の力を振り絞って、自分のマスターを、大切な先輩を守り切る。

 

 と、

 

「立香ッ!!」

 

 呼び声に振り返る立香。

 

 そこへ、投げ渡された物を、とっさに受け取る。

 

「これはッ!?」

 

 それは、一振りの日本刀だった。

 

 視線の先には、投げた少年自身がいる。

 

 響だ。

 

 ロムルスとの対決を経て、この最後のタイミングに間に合ったのだ。

 

「それで、決めてッ」

「ああッ!!」

 

 響に頷く立香。

 

 手にした刀は、ひどく重く感じる。

 

 思えばこれは、立香が初めて握った「人を殺せる道具」だ。

 

 響の刀は、とある英霊から譲り受けたものであるが、無銘の、宝具でも何でもない、ただの日本刀である。

 

 とは言え、それでも英霊の使う刀。切れ味は最高級の名刀に勝る。

 

 その柄をしっかりと握ると、立香は踵を返し、再び駆ける。

 

 追随するマシュが、盾で全ての攻撃を弾く。

 

「お、おのれェェェェェェ!!」

 

 躍起になって魔力弾を放つレフ。

 

 だが、マシュが掲げる盾を貫く事は敵わない。

 

 次の瞬間、

 

 マシュの影から飛び出す立香。

 

 切っ先は真っ直ぐに、レフへと向ける。

 

「うあぁ、しまっ・・・・・・・・・・・・」

 

 マシュに注意が向いていたレフは、飛び出して来た立香への備えが一瞬遅れる。

 

 慌てて魔力を込めた掌を向けようとする、

 

 だが、

 

 もう、遅い。

 

「ウオォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 雄叫び上げ、一足で間合いを詰める。

 

 次の瞬間、

 

 立香の持つ刀は、

 

 真っ向から、レフを刺し貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決まった。

 

 見守っていた誰もが、そう確信する。

 

 立香の手にある刀。

 

 その切っ先は、真っ向からレフ・ライノールの体を貫いていたのだ。

 

「や、やった・・・・・・・・・・・・」

 

 肩で息をつきながら、立香は己の手に感じた、確かな手ごたえを握りしめていた。

 

 と、同時に立香は刀の柄を放し、そのまま腰が抜けたように、その場に座り込む。

 

 レフに一矢報いた事で、どうやら張り詰めていた気が抜けてしまったらしかった。

 

 そこへ、マシュが慌てて駆け寄って来た。

 

「先輩ッ 先輩!!」

 

 立香を助け起こしながら、縋りつくマシュ。

 

 そんなマシュに、

 

 立香も笑いかける。

 

「マシュ、俺、やったよ・・・・・・所長の・・・・・・みんなの仇、取ったよ」

「はい・・・・・・はいッ」

 

 マシュも目に、涙を浮かべ、何度も頷きを返す。

 

 レフ・ライノール。

 

 かつてカルデアの技術者でありながら皆を裏切り、そしてオルガマリー所長を死に追いやった憎むべき敵。

 

 その相手に立香は、ついに一矢報いたのだ。

 

「う、う・・・あァ・・・・・・そ、そんな、馬鹿な・・・・・・」

 

 うわ言のように呟きながら、レフはよろけるように数歩後退する。

 

 自身に刺さっていた刀をどうにか抜き捨てるが、そこまでが精いっぱいだった。

 

 素人のマスターに、出来損ないのデミ・サーヴァント、それに得体の知れないガキどもと、寄せ集めのサーヴァント達。

 

 彼は今の今まで、カルデア特殊班をそんな風に思い、侮蔑していた。

 

 否、今でもその認識は変わっていない。

 

 所詮、どれだけ足掻いたところで自分に勝てるはずが無い。最後に笑うのは自分だと、

 

 つい今しがたまで、本気でそう思っていたのだ。

 

 だが、その素人マスターに、今やレフは完全に追い詰められていた。

 

「終わり、だね」

「ん」

 

 美遊の言葉に、刀を拾いながら響が頷く。

 

 それぞれ、武器の切っ先をレフに向け続けている。

 

 既にレフが脅威ではないのは火を見るよりも明らかだが、油断はできなかった。

 

 間もなく、魔神柱を掃討し終えたネロたちもやってくるだろう。

 

 だが、

 

「クッ・・・・・・クックックックックック」

 

 くぐもった声が、レフの口から洩れる。

 

 響と美遊が警戒する中、ゆっくりと顔を上げた。

 

「勝った・・・・・・とでも思ったかね? 甘いッ 甘いぞッ ムシケラ共が!! 貴様ら如きに、この私が負けるはずが無いだろうが!!」

 

 血反吐交じりの叫びを発するレフ。

 

 対して、

 

 響と美遊は、どこか白けた調子でレフを見た。

 

「悪あがき、だね」

「ん、無様」

 

 これ以上、付き合う気は無い。さっさと倒して聖杯を回収しよう。

 

 そう思った時だった。

 

 レフが懐から何かを差し出し、高々と掲げて見せる。

 

「これを見ろォォォ!!」

 

 その手にある物、

 

 黄金に輝く器が、一同の目を引き付ける。

 

「あれはッ 聖杯かッ!?」

 

 声を上げる立香。

 

 対して、レフは勝ち誇ったように高笑いを上げる。

 

「まだ、私には聖杯(これ)があるッ!! これさえあれば、貴様ら如き、簡単にひねり潰せる英霊を呼び出せるのだ!!」

 

 言い放つと同時に、召喚式を起動させるレフ。

 

 響と美遊が、慌てて攻撃態勢に入るが、もう遅い。

 

 次の瞬間、

 

 周囲一帯が、閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

第21話「想い背負う切っ先」      終わり

 


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